Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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どうせ滅んでしまうならば―――繁栄とは何のために。


全ては幸福追求のツールとして生まれたのだ―――繁栄すらも。


生がただ苦しみを積み重ねるだけの研鑽だと言うのなら、その先には確かな報酬が約束されてしかるべきである。


―――君たちもそう思わないか?







Last Episode

 ―――認めよう。

 

 死あっての生であると。死がなくては、人は立ち上がることすらままならないと。

 

 それこそが人間の、生きる物の変えられぬ本質だ。

 

 しかし、ならば―――

 

 何故、君たちは生きたのか。そも生きようなど思うのか。

 

 いずれ辿る結末()を知っていてなお生に吠えるのか。

 

 生とは、苦しみと死への絶望を積み重ねる道程である。

 

 唯苦しむだけならば何故。何をしようと無に帰すだけなのに。

 

 ―――お前達の一生に何の意味があるのか。

 

 

 

 

 

 

 死の間際には、もう見ることはない、そう思っていた教室に私はいた。

 

 あの男――火々乃晃平の事情とやらで、生を得たのだ。

 

 しかし、当の本人は教室には見当たらない。

 

『聖杯戦争も終わったし、ライダーの護衛も必要ない。そいつらつれて教室で休んでいろ。俺は部屋の荷物纏めてくるから。適当に作った礼装とか、こっちの資料とか、無駄にあるし。ま、そんなには時間は掛からん。すぐ戻る』

 

 そう言って、スタコラサッサといってしまった。

 

 残されたのは、私とセイバーとライダーの三人である。セイバーは不機嫌そうに首輪をいじり、ライダーと言えば……何処か興奮した面持ちだった。

 

「つーかよ。何の説明もなしに行くもんかね。……オイ、ライダー。テメェはなんかお前のマスターから聞いてないのかよ」

 

 セイバーはそんな疑問をライダーへとぶつける。

 

 確かに気になるところだ。自分たちがどうして死から逃れられたのか。首輪が何か関係してるのは分かるが、どんな原理でこうなったのかさっぱりだ。

 コーヘイは礼装だのどうだのと言ってはいたが。

 

「……直接は聞いてないわね。そも、貴方達を助けるだなんて言ってなかったし」

 

 と、ライダーは言う。

 

 というか、ライダーにコーヘイが言っていないことに驚いたが。てっきり話しているとばかり。ライダーもコーヘイが何をするつもりだったのか知っていて、動揺しなかったのだと。

 

 ――ライダーは、己がマスターが何をするつもりなのか察していたのだろうか?

 

「そりゃ当然!私はコーヘイのサーヴァントよ、分からないはずないじゃない!」

 

 では、私達は何のために?

 

「―――オルドのためよ!」

 

 は?オルド?

 

 ――確か、オルドとは騎馬民族の欧州で言う所のハーレムだったような。実体は、しきたりの一つで戦争で勝利した相手から戦利品として女を貰っていく風習が強化されたものだったようだが。

 

 目の前にふふんと胸を張っている少女の名は彼のチンギス・ハン。故に対戦するとあって彼女のことを調べるうちに数々の逸話と共にオルドという言葉が多く出てきた。曰く、人類で最も子を残す、女と床を共にした人物だと。主に薄い本(ソリッドブック)で出てきそうな「くっころ」とかマジでやった人物とも。

 

 まさか―――そのオルドだろうか。

 

「ふ、マスターも恥ずかしがり屋ね。そういうことならこの私に言ってくれればよかったのに。大方、折檻でもされると思ったのでしょうけど……こう言うことなら問題ないわ!」

 

 私達には問題あるんですけど。

 

「敗者に人権などないわ。それこそ我が民族のしきたり。ちょっと心配してたのよね、実はウチのマスター、女の子に発情出来ないんじゃないかって」

 

 どう言う心配だ!?俺そう言う心配されてのか!?しかも、不能の疑い!?

 

 と、言う叫びが聞こえてきそうな衝撃的な回答だった。

 

「だいたい、こっちが勇気だして誘っているのに全く見向きしないのよ!完全に幼気な子を見るような、お兄さん目線だったわ。あの、『ふ、背伸びしたがりな子だな』とでも言いたげな目!」

「あー、確かにアイツ他の人間とはなんか違うよな」

 

 思わぬ賛同の声が。

 

「テメェのサーヴァントには無神経で当たるのに、他にゃそう言うことはいわねぇ。天然にしては出来すぎだ」

 

 セイバーは、女性であると認識されることに極度の反応を示す。サーヴァントとの付き合いかたが上手いと言うことだろうか。

 

「……まるで、そいつの性格に合わせてるような印象をうける」

 

 ……欲しい反応をあえてしているかのような。それは私もわかる。しかし、それは奇妙なことに嫌悪感を引き起こさせないのだ。

 それが彼にとっては嘘ではないのかもしれない。

 

 まるで、いくつもの人格を貼り合わせたかのような―――

 

「でも、マスターの疑いは消えたわ!なにせ自分でオルドを作ろうとしたんだから!」

 

 本人はそんな理由(こと)で疑いをもってほしくも、解消されて欲しくもなかったと思うが。

 

 ん?まってほしい。……その考えで行くとアレだろうか。自分たちは後宮のために?

 

「むしろそうとしか考えられないわ。礼装作った時も私の逸話がどうたら言ってたし。オルドは強さの証。私の夫となるんだから一つや二つ持たせないとね」

「はぁ!?冗談じゃねぇぞ!なんであんなヤツ抱かれるだどうだって話になんだ!」

 

 セイバーの抗議ももっともである。というか、コーヘイはそんなコトのために手を尽すタイプのようには思えないのだが。聖杯戦争終わったのにそんなコトをするとはとても。

 

「フ、甘いわね。男の性欲を甘く見ない方がいいわよ、エリカ。征服欲に際限はなく、特に陵辱ものとなればそそり立たせる物よ」

 

 ナニが立つのかは聞かない。フラグだろうか。

 

あのチンギス・ハンがそう言うと説得力が無駄にある。

 

 ライダーは言うやいなやセイバーへ飛びかかった。

 

「ふへへへ……!抵抗しようと……むしろ抵抗なさい、セイバー!そっちの方が興奮するわ!」

「て、テメッ、唯の変態じゃねぇか!ちょ、何処さわって…!」

「ここがええんじゃろ?……ほう、こっちもか。ほれ、ほれほれ!」

 

 ……自分はナニを見せられているのか。

 

 今の一瞬ほど逃げ出したいと思ったことはない。

 

 ライダーに至ってはもはや唯のおっさんである。

 

 コーヘイには早く帰ってきて欲しい。主にモーさんの耐久がなくなる前に。

 

 

 

 

 そんな出来事が起こっているとはつゆ知らず。

 

 男はマイルームの荷物を整理し終え、廊下を歩いていた。

 

 

 聖杯戦争はここに、男の勝利を持って終焉を迎えた。

 

 校舎は、彼が初めて来て時の熱気は既に感じ取れず、孤独を知らしめるような静寂さで成り立っていた。

 

 聖杯戦争のイレギュラーをのぞいた一組だけがこの校舎にいる。

 

 どうやら、勝者への道――即ち、熾天の玉座へ至る道は昇降機から直にいけるようだ。

 

 一線終えるごとに、校舎が沈み始めていることには気づいていたが。

 

「して、何のようだ言峰神父。テメェにわざわざ告げるような別れの言葉なんざ、持ち合わせていないぞ」

「ふ。まったく、奇妙なマスターだ。死地から対戦相手を質にして逃がすとは―――君の本性からは考えられない行為だ。何か理由があるのかね?」

 

 ライダーに赤い障壁を宝具でもってぶち抜き、セラフの観測状況を一瞬とは言え落とし、そのうえで、ライダーの逸話であるオルドと自分の隷従の概念を組み合わせた礼装でエリカとセイバーを戦利品―――セラフの判定でも、物になるようにしたのだ。

 

 だからこそ、セラフは自分の仕事はなした物と観測し間違えた。

 

「理由?」

「そうだ。君は理由なくして動くことのない男だと思っているが?」

 

 言峰は全てを推察していた。これからこの男が一体何を成すのかさえ。

 

「人が持つべき確かな原動力がお前には欠損している。だからこそ、理由がなくては何をすることもできない」

 

 偽りの感情では出来なかったもの。完全故の不和。

 

「……俺は臆病でね。あらゆる可能性を否定できない。自分の理解から離れた所からの攻撃や、奇襲。人間の知覚範囲などたかが知れている。アンタですら、次の瞬間には攻撃してくるんじゃないかって思っている」

 

 人への不信。なにもかもが信頼、信用できない男。信用などしなくても、道化て、信頼してみせる。自分に嘘をつくのが得意なのだ。この男は。

 

「ここから先もそうだ。得体の知れない敵がいるんじゃないか。そう考えたから、彼女を助けた。助ける手段も運良く見つかったしな。アイツとは、何の運命か何度も一緒に戦う事があったんでね。人となりはしっているし――――予測通りに動いてくれる」

 

 とどのつまり。男が命を助けたのは―――全て都合がよかったからだ。

 

「そうか。……私にしてはつまらないことに興味をもったものだ。―――私はアリーナの前で終末を待つ。もし、ムーンセルが名残惜しければ、私の元に来るといい。それと―――」

 

 かすかな沈黙。

 

「――君の優しいユメが何を描ききるのか。楽しみにさせて貰おう」

 

 そう言って言峰はアリーナの方へ歩いて行った。

 

「ムーンセルは観測者。意志を持たぬ存在。見守ろうとする強さを携えたアーティファクト」

 

 これは無意味な呟きに過ぎない。だが、決意を含んでいる。

 

「……我が命題への回答を。全てを喰ってでも、嗤うのは俺だ…!」

 

 瞳は狂気を孕み、荒誕するは業を深めた悪行者。死せるはだれか、生きるはだれか。

 

 ああ、まずは。と男はサーヴァントを呼びに教室に向うのだった。

 

 

 

 

 

 

「悪ぃ。ちょっと遅くなったな。いや、そこで外道麻婆神父が話しかけてきて―――――って」

 

 

 

 固まった。

 

 

 

 コーヘイだけではなく、私も。

 

 

 

 なにせ部屋の中央にはライダーとセイバーが絡み合っている(比喩なし、誤解あり)。顔は赤らみ、発汗している。ライダーがセイバーを押し倒している…としか見えない、いや、押し倒いるのだが。

 

 他の誰が見ても、情事にしか見えなかった。

 

 とかく、コーヘイは濃厚な絡み合いを見てこう言った。

 

「―――――間違えました」

 

 ガラリと扉がスライドし閉まる。まさかのそっと閉じである。

 

『あれー?気がついたら、セイバーとライダーの間でキマシタワーがたってたぞぅ?どういうことだってばよ?見間いか?ひょっとしたら、ライダーではなかったかもしれん』

「いや、テメェのサーヴァントだろ!なんとかしろ!――うおっ」

 

 そんな必死な割と切羽詰まった声を聞いてか。

 

「……らいだーちゃん?何やってんの?いや、ナニやってんの?」

「ナニってナニよ。見ればわかるでしょう?というか、そのために彼女達を捕まえたのでしょうに。混ざってもいいのよ?恥ずかしがらなくてもいい―――あいたっ!?」

 

 有無を言わさず、コーヘイの高速チョップがきまる。

 

「え?なに?そんなことのために礼装使ったと本気で思ったの?」

「いったい――!結構痛かったわよ、今の!―――だって、貴方聖杯戦争に参加して一ヶ月近くよ?たまってるでしょう、性欲が。今、発散するなら私も―――」

「……この色情魔」

 

 コーヘイから放たれた口撃。それは暴走したライダーの精神に直撃した。具体的に言えばがーんとショックを受けていた。

 

「し…色情魔?私が、色、情、魔?」

 

 口撃一発で暴走が止まった。ついでにぐでっと崩れ落ちた。

 

 すごい。私達が何を言っても止まらなかった――むしろ燃え上がっていたのに。一言で止めて見せた。

 

「はぁっ……はぁ、助かったぜ、ライダーのマスター」

 

 セイバーは、熱に顔を赤くして、どこか色っぽさを感じる表情。

 

「――すまんな、俺のサーヴァントが。無駄に()()を持てあましているのは薄々感づいてはいたが……本当にすまない」

 

 本気の、申し訳なく思っていることが良く伝わってくる謝罪だった。ライダーに棘のある言い方でもあったが。

 

「べ、べつに?大して気にしてねぇよ。ああ、うん。ホントだから、マスターもそんな生暖かい目でオレを見んな!」

「あと、首輪についてだが。あと数分もすればとれるようになる。故、気にするな。首輪状になったのはたまたまだ」

「お?外れるのか」

「当然だ。それとも外さずに付けていたいと言うなら構わんが」

 

 言いたいことはある程度終わったのか男はコホンと咳をして話題を切り替えた。

 

「お前たちを生かしたのは、ある可能性を考えついたからだ」

 

 ある可能性?

 

「――熾天の座に誰かがいる。敵対者か、あるいは。とかく、そんな可能性がある」

 

 どうしてそう思うのだろうか。

 

「このムーンセル・オートマトンは唯の観測者であり、意志を持っていない願望機だ。意志を持っていないのに、肝心の聖杯へ至る方法がこんな殺意溢れたものであるはずがない。そこには何者かの干渉があったはずだ」

「私達はその戦力として……?」

「ああ、簡単な干渉ではない。よってかなりの実力者、あるいは得体の知れないナニカがいるだろうと予測した。……お前にとっても悪い話ではない。俺は聖杯をもって自分の座標をはじき出さなくてはならないが、俺がいた世界線は別。お前一人の帰還くらいは叶うだろう」

 

 もっとも、ムーンセルに居続けたれば別だが。とも言っていた。

 

 せっかくの申し出。受けぬ理由はない。

 

「ええ、私でよければ」

 

 一度は死を覚悟した身。願いに関しては、ほんの少し未練があるが。

 

「俺が聖杯を使用したあとで良ければ君が使えばいい。そっからは自由だ。なに、万能の聖杯だ。一つ二つ叶えられる願いの数が決まっている訳ではないだろうよ」

 

 聖杯戦争で生き残れるのは唯一人とは書いてあったが、叶えられる願いは一つだとは書いていなかった。盲点である。てっきりもう願いは叶えられぬとばかり。

 

「じゃ、了承も得たところで出発するぞ。おい、ライダー?」

 

 膝をかかえゴロリと横になっているライダーに呼びかけるが反応がない。

 

「……私は色情魔じゃないもん」

 

 …………。

 

「すまんな、たびたび。こう言うヤツなんだ」

「大変、ですね」

 

 

 

 

 

 なんとかライダーの精神を立て直した俺達は熾天の座へと続く昇降機へと乗り込む。

 

 幾度とみた殺風景なエレベーター。ドアは重々しく閉じる。

 

 やたら長い航路。ドルアーガの塔なみに長い工程(ロード)

 

 しかして終りは来るもので、扉がひらく。

 

 

 視界の先は――――一本道が敷かれていた。まだ続くのか。

 

 

 まっすぐに一本道が延び、それ以外は不要とばかりに暗い黒一色。

 

 赤く色づいた無機質な道を歩いて行く。

 

「思えば、なかなかに得がたい戦いの連続だったわね。わずか七戦とは言っても、相手は人類史に冠たる英傑たちだから当然なんだけど。あと、テュポーンとか、魔神とか。イレギュラーも多かったし」

 

 いきなりそんなことをライダーは言ってきた。歩きながら話は膨らむ。

 

 それは独白。最後だからこそ、未練、後悔をなくすように。

 

「―――かつての私は、孤独を、意味の無い渇きを潤わすためにあらゆる手を尽したわ。

 

 惨殺、虐殺、陵辱。悪の贄を尽してきた。(わたし)は、飢餓から逃れるために、多くの人生を踏みにじってきた。

 

 生前は一度も渇きから逃れることなんてできやしなかった。不老不死だって求めたけど、余の求めるものは無かったみたいでな。ふふ、不老不死なんて求めて、たとえ手にしたとしても――死から逃避すれば、残ったのは飽くなき渇き。ないと言われて、良かったとすら思う。もし、あるのだと言われれば、身体がそれを求めるだろうから。

 

 理性は本能を抑制するものだと言うのに。私は其処が欠落していたのだと思う。昔はそうではなかったはずなのに、二十をこえる頃には私は本能に逆らえなくなっていた。だからだろうな。彼が、親友が―――ジャムカが私から離れたのは。誰も余の醜い顔を見なくなったのは。

 

 渇きがうずく。奪われたくない。自分から離れるな。奪われたなら奪い返す。もっと、もっと。刻まれた飢餓が私を焦がす。愉しむ余裕すらなくなっていった。妻が、信頼できるものがいなかったならどうなっていたことか。

 

 今だから告白しよう。余はそなたとここまで勝ち抜ける自信が無かった。ちんまいからとかではないぞ?

 

 悪逆に満ちた生涯を送った私は、それこそ悪性の塊。そなたが憎むべき敵だ。いづれ、決定的な決裂ができると思っていたのだ、私というヤツは。

 

 だが、そなたは赦した。こんな私が(いだ)くべきでない夢を何故嘲笑わなかった?せめて嗤ってくれたならそなたにこんな想いなど……(いだ)くことなかったのに。

 

 ありがとうマスター。そなたと居た日々で、満たされなかった日は一度も無い。こんな余と共に――歩いてくれてありがとう」

 

 それはこっちのセリフだ。

 

 ぼうっと青い円が近づいてくる。

 

「―――それは、こっちのセリフだぞ。俺も、お前とここまで来れたのは一つの奇跡だ。頼りないマスターだったろ、最初の頃なんて。よく分からない世界、未知に突っ込まれて唯狼狽するだけのみっともない男だった―――そんな俺と、ここまで付き合ってくれた。感謝を。ありがとう、ライダー」

 

 

 

 ゆったりとした心地よい沈黙。

 

 

 

 

「では、参ろうぞ、我が想い人!この先に何があろうとも―――そなたを護るためならば、全霊を尽そう!」

 

 

 青い球体に接触する――――。

 

 

 

 

 広大な部屋。

 

 いや、ここまでの規模になると、部屋と呼ぶのもためらわれる。

 

 大きな空間でありながら、物はほとんどない。

 

 だから真っ先に中央の異物に目が行った。

 

 ささやかに浮かぶ単眼のオブジェ。形としてはさほど奇妙ではないが、何処か異質な、深いな肌触りが感じられる。

 

 

 それ以外にはナニもなかった。

 

 

 敵対者すらいないのだ。

 

「杞憂だったみたいですね」

 

 そう言うのはエリカだ。

 

「ああ、そうらしい。なら―――」

 

 オブジェに続く階段が現れる。それは聖杯へいたるたった一つの道。

 

「行ってくるよ、ライダー。もとの世界に」

 

 すこし複雑な顔で―――一緒にいる選択肢はないのか、とでも言いたげな顔。

 

「……改めて。ライダー、ありがとう。君が居なくてはここにはたどり着けなかった。お前と会えたのは本当に奇跡だった。できれば―――」

 

「そんな顔はしないでほしい、でしょ?分かっているわよ」

 

 くるりと俺に背を向けた。こまったな。かつてこそ、駄々をこねた子供みたいでいらっときた時はあったが、それが今となっては愛しさすら覚える――君の顔が見れないじゃないか。最後だってのに。記念写真に写りたがらない中学生か。

 

 ぶっきらぼうに、別に貴方のコトなんてなんとも想っていないんだから、といった声色。彼女らしい意地の張り方だ。

 

 振り向く気は無いようだ。

 もはや語る言葉もない、というコトだろう。

 

 

 ―――別れは惜しまない。

 

 

 俺は聖杯に向ってほのかに笑って歩き出す。

 

 

 ――――――振り返りはしない。

 

 

 聖杯に近づく後一歩の所で身体を止めた。

 

 

 

 

 身体中の魔力回路()隆起させる(スイッチを入れる)。こころがそげていく。()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 熾天の玉座はすぐ其処に。

 

 

 

 

 

 

 

「……本当にありがとう、ライダー」

 

 

 こぼれ落ちる言葉は何のために。顔からは(表情)が抜け落ちているだろう。無意識で能面になってしまう。

 

 

 

 

 

「――――最後の令呪を持って命ずる。自害せよ、ライダー」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――え?」

 

 

 小さくこぼれ落ちた言葉は誰のものか。

 

 

 ぶしゅう、とナニかが吹き出す音がする。鉄臭さも漂ってくる。

 

 

 赤い――――ヒガンバナが咲いたのだ。

 

 

 




良い夢を見れたようで何よりだ

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