死んだ者は蘇らない。これは鉄則。
暖かな日差しが柔らかく部屋を照らし出していた。
見渡せば、白い石造りで出来ていて―――何処かで見たことがあるような気さえする。
目の前には、湯気が立ち上る暖かそうな食べ物――オーツ麦と牛乳で煮込んだポリッジ。
鼻腔をくすぐる匂いが懐かしさを助長させる。
さらに、視線を移せば―――――
「――――え?」
―――そんなはずはない。こんなことがあるはずがない。
わき出たのは、驚きを通りこした拒絶。余りにも相反した事実が目線の先にあった。
心臓が、痛みを覚えるほど鼓動が早く強く高鳴る。ガンガンと伝わる血流が血管を通じて頭を揺らす。身体が緊張していくのが分かる。喉から水分が抜けていく。
その原因となっている
「どうかしましたか、モードレッド。食べないのですか?」
冷めますよと言って、自分が食べた皿を横に三枚積み上げ、給士におかわりを要求していた。自分はその声を掛けてきた相手と食事をしていたらしい。
―――凜とした空気を纏い、太陽もかくやと言うような金髪を後ろで結い上げて、青い衣服を着た人物。
――何故、貴方が
「……アーサー王」
そんな驚愕に震えるように口から小さく言葉がこぼれ落ちた。
「朝だというのに、何を辛気くさい顔をしているのですか。明日には貴方の戴冠式があるというのに」
――――――は?
思わず我が耳を疑った。それくらいに信じられないことだと思ったのだ。
だが、同時に――――ああ、そうだったと、思い出したような、納得するような感覚も浮かび上がってもくる。と成れば此処はキャメロットか。
驚きで内心動揺の激しい自分を諫めるのに必死で沈黙する様を、戴冠式に対しての不安故に沈黙したのだと受け取ったのか、続きを話し始めた。
「貴方はみごとに私の留守を勤め上げた。モードレッド卿……いや、今となっては息子か。ふふ、―――少し感慨深い」
―――ああ、思い出した。
父上はフランスへ遠征へ行き、自分は 留守を預かった/アーサー王を■すために■■した のだ。
その功績を認めてとのコトらしい。そう言えば、ガリアに行く前にそんな話を されていたような気がする/そんな事実は無いはず 。
――なんか、さっきから頭が時折痛くなるな。
「……本当にどうしたのですか?体調でも悪く―――」
「いや、何でもねぇよ父上」
頭を軽く振れば、頭痛は収まった。
別段気にするコトではないと目の前のポリッジを口に運ぶ。確か今年は、年に類を見ない程の豊作だったとか。これで飢える民衆も少なくなると父上も喜んでいらっしゃったのを覚えている。この前のアーサー王との市中の見回りの時など、馬上から見渡せば民草の安心感からの笑顔で溢れていた。歓声まで沸く始末だったのを覚えている。
アーサー王の治世は誰が評しようとも、素晴らしい、の一言だろう。民草に真摯に向き合い、多くの苦難を乗り越えてブリテンは大きな発展期を迎えている位だ。
自分はその後を継ぐ。ただ継ぐだけではだめだ。それ以上に繁栄させなくてはならない。
―――――自分は、この王を超えることが出来るだろうか。
そんな疑問が頭をもたげてきた。だが、そんな些細なものは、目の前の人を見れば分かる。
「なんですか、その口草は」
「なんでもないです、父上」
少し、父上と雑談して食事を楽しんだ。
―――――――――――――何か、忘れている気がする。
――――ザザッ――――
*
刻限は、夕日を持って知る。
黄昏に濡れたその丘は――――――――多くの屍をもって出来ていた。
大地に乱雑に立った敗者の剣は墓標を示す。
―――――――――この地獄をオレは知っている。
「アーサー王は
向ってくる剣士を一薙ぎにして殺す。
匂い立つ鉄臭さにえずく暇も無い。一時間はぶっ通しで切り続けている。
もはや、自分の周りには誰も居ない。屍しかない。
背後に気配を感じ、直感のままに振り向く。
―――――アーサー王がそこには居た。
自分を掻き立てる激情のままに叫ぶ。
「……どうだ。――どうだ、アーサー王よ!貴方の国はこれで終りだ!これが私に王位を譲らなかった報いだッ!」
そんな自分の叫びにアーサー王は答えない。表情は伺いしれず。答えない所か、聖剣――『
―――この人は絶対に自分を認めようとしない。こうなることはわかっていたはずで、こうなることすら知っていたはずだ。
あふれ出る憎悪は止まらず、アーサー王に激情を突きつける。
「――――っ、憎いかッ!そんなに私が憎いのか!?魔女の子であるオレが憎かったのか!!」
どんな問いを投げかけようと、アーサー王は答えない。
ただ、拒絶を示すのみだった。
自分の憎悪など理解する気はないのだ。
納得はできない。荒れ狂う憎悪が殺意をともない始める。
じれた自分は、暴力をもって答えさせようと―――剣を振るう。
「――――答えろ――!アーサーッ―――!!」
やはり王は答えない。
渾身の一撃は、アーサー王から、その象徴の『
が、自分の身体は大きくのけぞった。
丘の何処かに突き刺さったのが、音で分かった。
「……私は貴公を憎んだことは一度も無い」
抑揚なく、穏やかに。しかし、明確な拒絶。
白銀の
「貴公に王位を譲らなかったのは―――――――貴公には、王としての器がないからだ」
アーサー王は、無慈悲と残酷さを顕にして、機械的に断じた。
一度の瞬きの内に、目の前にアーサー王はその白銀の槍を振りかぶって―――。
―――オレの腹へと突き刺した。
**
「―――――っ、はぁっ、はぁッ」
寝起きは最悪だった。あんな
しかし、やたら現実みを帯びた夢だった。
昨日の政務処理や、仕事の引き継ぎ、確認で慌ただしかったせいか、かなり疲れていたのかも知れない。
あるいは―――自分の迷いが見せた夢なのか。
昨日の政務の終り際に、父上がこう言ったのだ。
『自分がどんな王になりたいのか―――決めておきなさい』
その言葉を発した時の表情は何処か違ったような気がする。具体的に、と言われると困るけども。
寝汗を拭いながら、思考を進ませる。
―――オレのなりたい王か……。
しかも、アーサー王の知世を超えるような王。
アーサー王を思い起こす。それによって自分のなりたい王の在り方が浮かぶのではないかと考えたからだ。
―――清廉潔白、滅私奉公。あのアーサー王はそれを体現した王だった。その正しさに騎士はかしずき、民は貧窮に耐える希望を見た。
アーサー王が戴冠される前などそれこそ、民の生活は過酷だったと聞く。次の日に市が訪れないことを必死に祈るような毎日。余裕など一切ない貧困。次に餓死するのは誰だと死神に鎌を毎日突きつけられる、そんな日々。
――――万人にとって善き生活、善き人生を善しとし、弱きを助け強気をくじく。
それこそがアーサー王の王道だった。
一握りの強者たちではなく、より多くの力持たぬものたちを治めるための王道だった。
あのアーサーの問いは自分の王道を問うたのだ。お前は何をもって王となるのかと。
――――わからない。
いや、自分の王道がわからない、ではない。ただ、その王道が。自分の示そうとした王道が―――アーサー王の王道には及ばないという、もはや確信に近いものがあった。
王、というのは一つの機械だ。国を回すための歯車であり、それ以外は補充の利く部品でしかない。そのはずだ。
あれこれ、うんうんと悩んでいれば―――コンコン、と誰かがドアを叩いた。
誰であれ、待たせるわけにはいかない。面倒だが自分で開けに行こうとすると――ガチャリ、とドアが開いた。
「入りますよ――起きていましたか、モードレッド」
「――アーサー王!?」
突然の来訪者の正体はアーサー王その人だった。
「刻限になったというのに、一向に執務室に来ないので寝ているのかと思っていたのですが」
ああ、そういえば昼前、戴冠式の前に執務室の前に来いと言われていた。
というか、自分は今までずっと考え込んでいたのか。
「ふむ、なるほど。やはりとは考えていましたが――――悩んでいるな、モードレッド」
部屋をぐるりと見渡すと、雰囲気を王のそれに変えてオレに問うた。
嘘は通じない。この人には何でもお見通しだ。
「………貴公は、どのような王になりたいのだ」
怜悧な双眸。機械じみていながら、正しくあり続けた王の問い。
「……オレは―――」
***
―――何処かに自分は立っている。
見渡す限りの草原。太陽が、あたりを黄金色に染め上げている。
そして、自分の目の前の台座には―――一本の剣。
―――それは、選定の剣。王となるものにこそ引き抜けると謳われる一振り。
それを―――引き抜こうと手を伸ばしたところで、頭に迷いがよぎった。
これは、一つの選択肢。
引き抜けば―――
小さな迷いに過ぎなかった。迷い、と呼ぶべきかも怪しかった。
オレの望みは――――王になることだったのか。王になったとして―――。
そんな、選定の剣の前にしては無力に消える迷いだった。迷わず、いや、迷いなど気にせず引き抜けばいい。そのはずなのに、オレは手を止め悩んでしまった。
「――――おや?抜かないのかい?」
背後からそんな言葉を投げかける男がいた。
振り返り、男を見れば白いフードを被った魔術師のようだった。
―――男の背後から、自分とよく似た、それでも何かが違う少女がまっすぐに歩いてきた。
思わず、体を引いてしまい、彼女に道を譲ってしまう。
―――不思議とその人の顔から、目が背けられなかった。
彼女は、選定の剣の前に立った。白い魔術師はその少女に声を掛ける。自分以上に厳しい言葉で。
「それを手に取る前に、きちんと考えたほうがいい」
――そうだ。貴方がその
それは、彼女自身がよく知っているはず。
「それを手にしたら最後、キミは人間ではなくなるよ――?」
その言葉に振り向かず、間髪入れずにこう答えた。
「いいえ。多くの人が笑っていました。それはきっと――――間違いではないと思います」
そう言うと、迷いを見せず選定の剣へと手を伸ばし――柄を握って一息で剣を台座から引き抜いた。
―――ああ、今わかった。
我欲がないことを仕える者たちは恐れた、父はそう言う存在なのだろうと自分すらも考えていた。
そうではなかった。ただ、父上の報酬は誰にとっての報酬でもなく。皆が道端に放り捨てるような代物だっただけ。
父は輝く宝石を欲しがるのではなく。道端に転がるくすんだ石をこそ慈しんだのだ。
その石に、何より大切で痛切な過去を見出した故に。
「――――さあ、キミはどうする?」
***
がたり、と席を立つ。
「――――悪い父上。オレは王位を継げない」
そんなものは———オレの望みではない。
父が王になった目的は“名も知らぬ誰かが笑うため”という馬鹿馬鹿しく、愚かしく、悲しい、儚く尊い理由だったのだ。
オレは―――。だからもう、選定の剣も、王位も必要はない。
それに気づいた以上、ここに意味もなく揺蕩う必要もない。すでに記憶は戻り、周りの景色は霧とばかりに消え始める。
こんな夢にとらわれる気はない。確かに、かつてではできなかったこと、それこそアーサー王との語らいは楽しかったが、所詮は———
「———目が覚めたようですね。モードレッド」
———偽物、ってうん?
「貴方が王位を継ぐだとか抜かしたらその場でエクスカリバる気でしたが、そうならなくてよかった」
偽物のはずの、夢から覚めれば消えるはずのアーサー王が、優し気な顔から真顔、オレのよく知る顔をして口を開いた。
「鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていますね。ええ、そんな顔を見たのはこの妙な夢の中でも初めてです」
「ま、まさか———いやでも、ありえない」
「———悪趣味な、それでいて儚い夢ですね。この夢を作った者は、よほど人間というものにこだわっていたようだ」
いつの間にか周りは境界線のない白く空白の空間へと変わっていた。影すら浮かばぬそこでありながら、立っている感覚はある。気持ちわる!
「持ち込める知識を制限し、かつての苦痛とする瞬間と幸福な夢を比較して見せ、そのうえで選ばせる。それが狙いだったようです」
目の前のアーサー王はなぜか冷静に状況を分析している。ちょっとまて。
「貴方は、私の夢のはずだ!なんで——!?」
「意識を持っている上に、動き回っているのか、ですか?」
大したことなど何もないようかにふるまっているが、どういうことなのか。
「簡単な話です。まだ、貴方は夢から覚めていない。目が覚めても、まだ体は夢に囚われたままだ。だから私も消えていない」
「だからって」
「———それこそがあの男の誤算だ」
誤算?
「この夢は、貴公の夢、つまり貴公の記憶から作られている。———貴方の私に対する思いは他のものと比べ、簡単なものでなかった」
だから、アーサー王は目が覚めた今でも消えないということだった。なんだか気恥ずかしい。
「貴方の生きた一瞬は、苦難にあふれていたとしても、間違いだったとしても。こんな軽い夢に負けてしまうような、安い一生ではなかったのです」
それこそ、私のようなものが生まれるくらい、と言っていた。
「ええ、だから誤算です。あの男は自分のしたことがどれほどの
アーサー王は話を続ける。
「———そして、二つ目の誤算」
そう言うや否や、手に聖剣を出現させ、剣の先を上に向けて構える。魔力の収縮を感じ———って、まさか!
「あの者は、貴公がここから出られるとは考えていないだろう。『
所有者の魔力を光に変換、集束・加速させることで運動量を増大させ、光の斬撃による「究極の一撃」として放つ。
その聖剣のすさまじい威力に夢の檻となっていた空間は無残にも砕け散る。
「———そして、最後の大誤算」
そういうと、アーサー王はオレのほうへ振り返る。
「貴公は、貴公の役目を果たせ。これは、選別だ」
そういうと、ポイっと
「———ちょ、おい!」
「落としたら殺しますよ」
慌てて、抱えるようにしてつかむ。アーサー王はなぜか殺気マシマシである。——なんで!?
「一度だけ、貴方でも使うことが出来ます。貴方だけでは、アレには勝てないでしょうから苦肉の策としてですが。———では、行きなさいモードレッド」
そう言って、聖剣で穴をあけた空間を指でさす。
しかし———でも、余分で、蛇足で、夢である以上意味のないものかもしれないが、オレは一つアーサー王に問いたいことがある。たとえ、答えが沈黙であったとしても。
「———貴方は、俺を憎んではいないのか?」
「———貴公を憎んだことは、一度もない。……だが——」
そう言葉をきって。
「——だが、私が貴公を赦すことはない」
「………」
「私と貴公の間にもはや語る言葉などない」
以上だと、言わんばかりにアーサー王はオレに背を向けて———突然、空間が震えた。
『いやいやいや、せっかく夢なんだからもう一言ぐらい言ってもいいんじゃないかな、アルトリア。これじゃただの拒絶だ。どうせ露と消える夢なのだし、ちゃんと正確に語る言葉は必要ない、言おうが言いまいが貴公は勝手に言い、そしてそれを真ん前から否定する気はない、ってぐらいは言わないとせっかくの——』
「やはり、見ていましたかマーリン。まさか、この事態は貴方が?」
『いやいや、全く関わっていないよ。今の君の在り方は全くの奇跡だ。偶然に過ぎないとはいえ、とんでもない偉業だよコレ』
少しだけ興奮したように、マーリンは言っている。
「ほかに質問はないのでしょう?貴公にも急ぐ理由があるはずだ」
「———そうだ、マスター!」
いろんなことがザっと起こって忘れていたが、マスターのもとに急がなければ。
しかし———。
「二度も言わせるな。さっさと行くがいい」
だが、無言で去るのは性分ではないので、一礼し、空間の穴に向かって飛び込んだ。
『……君たちってホントに不器用だね』
そんなマーリンの呆れた声は無視した。
————夢から覚める。
****
目が覚めれば———妙な場所にいた。
冷たい——黒い岩壁の上に横たえられていた。
「いってて、どこだ此処」
そんなところで寝かされていたからか、体の節々が痛む。
周りは、一面ごつごつの岩でできていて、それは暗い。暗いというか、黒いものと灰色のものが複雑にまじりあっているような——そんな不安定な混沌とした空。異常に広大な空間が広がっていることが分かった。
妙に、空に模様に指向性があることが気になったが——突然背後から掛けられた声に、思考を中断した。
「やっと、目を覚ましたのね。
こちらに向かって親し気に話すそいつは、褐色の服を着流し、茶髪の髪を後ろにハーフアップに結った、臙脂色の瞳を輝かせる少女。
「んなっ!?お、おまっ!?なんで——ここに、ていうか、なんで生きてんだ————ライダー!?」
着物を揺らし、蠱惑的にほほ笑む彼女は、まぎれもなくライダー:チンギス・ハンその人だ。
「いい反応ね、セイバー。ええ、あまりの可愛さに私のオルドに加えたいくらい。ま、それは置いといて、質問に答えるにしてもコレは言っとかないとね———ようこそ、我が霊廟に——!歓迎するわ、セイバー」
———ここからすべては終わりに向けて走り出す。
いろいろ突っ込みどころが多い回になってしまった。面白かった?なら、是非もないネ!