月の裏:Prologue
―――深い微睡み。
目覚めることはなく、必要とされることもない。
意識は停止。思想は凍り付く。
稼働不能。起動不可。
動力がないのだから当然か。
暗く、黒く、光のない場所。
して、寒くはなく。かといって暖かいわけでもない。
単に―――瞼を開いてないだけかもしれない。
まあ、瞼を開く気は無い。■は残滓に過ぎない。稼働する気は無い。既に枯れ果てたモノだ。
終りの際に、何の因果か終わらなかったモノ。果てたモノが果てたものだからだろう。容易な終りを認めない。
生きているからには生きなくてはならない。されど、■は生きているわけでもない。
少しすれば、やはり消えるモノでしかない。
もがかぬのか。抗わぬのか。そう、問われても。
■は動く自由があろうとも動く気はなかった―――。
――――ああ、しかし。
声が聞こえる。
つい耳を澄ましてしまう。生物だった名残故か。
―――――――――――――■けて
誰かの絞り出すような声。恐怖の中で必死に紡いだ幼い叫び。
許容は赦されない。
応える義務はない。
稼働する気はない。いや無かった。
―――■のした誰かとの勝手にした約束が頭によぎる。
再びどこからか聞こえる声。
―――――――――――――誰か
よほど、事態は逼迫しているのか声は切実だ。
放っておけば消え入る声だ。
無視するべきだ。■の残滓が動くなどおこがましい。■の記録にすらならない。手を伸ばそうと意味の無い、意味を持たない。
故に――。
―――――――――――――――助けて
―――そこまで救いを求めるか。
■を求めるか。
身勝手に消える
残滓でしかないこの■に――!
ならば――もう一度声高に叫ぶがいい――!応えるモノがいなくとも、無意味で終わりたくないと叫ぶなら!
誰も―――お前を救わぬ、手をさしのべぬと言うのなら!
『助けて!』
―――――――フハハハハッ――!愉快だ!求められれば応えねば!夢を護る
――誰もがお前を見捨てても、俺だけは見捨てまい――――。
***
―――――――夢の澱。
ここは何処だろうか。
気がつけば
深く暗い森のなか。太陽さえ空に輝いていたなら、木漏れ日の映える深緑の美しい森だろうが。
しかし、今は夜の帳でも降りているのか、先が見渡せぬほどの暗さである。
魔術で、右手の上に炎を出して軽く明かりを確保する。
先は見通せぬが――、道は続いているらしい。
道があるならば――。
何処か、認識がふわふわとして視界がぼやけるように曖昧だが。
そんな身体を引きずって歩いて行く。
意外と森自体は深くなかったようで、十分と歩けば―――開けた所に出る。
大きく澄んだ湖。今が夜ということも相まって、黒くおどろおどろしさが強いが昼頃なら美しさに息を呑むだろう。
俺が居るのはその畔か。
視界を動かし、周りを見渡すと―――。
橋が架かっているのが分かり、それを目で追っていくと――。
「―――あれは」
白く白い建物。清廉潔白さ、神々しさをにじませる建物―――たぶん、神殿だ。
誘われるように身体が動く。その建物に向うべく―――歩き始めた。
焦燥感のようなものが、俺を進ませる。由縁の分からない痛みが身体を指示する。
やがて、大きな門の前に立った。三メートルはあろう門。装飾は――ふむ、妙だ。自身の知識との照合ができない、いや阻害されている。
押せば、ぎぎぎと音を立てて開き中の様子が窺える。
大理石だ作られたのかしっとりとした印象のする壁と柱。白い柱の間に穴が掘られ、そこにかがり火が灯っている。荘厳。清廉。この建物の持ち主はなかなかの趣味をしているらしい。
足を踏み入れ、中央の開けた場所まで来た。
「――――――――だれ?」
純真無垢さの現れのような可愛らしい幼い声。少女特有の高くしっとりとした白さを讃えた声。
俺はその声に振り返って―――――――。
***
――――――目が覚めた。
何やら、欠けた夢を見ていたらしい。
頭が痛い。あの、寝過ぎたときの目のショボショボ感と頭のジリジリと蝕まれているような痛み。吐き気がないだけの二日酔い。
酒は飲んだ覚えがないが、とかく酔った様な気がする。
身体を起こし、周りを見渡す。
――――どうやら、保健室のようだ。
作りは古く時代錯誤な印象を抱かせる。木造で、少なくとも俺の時代の学校では余りない類い。レトロ感が非常にいい。
傍らを見れば、白衣の少女がこちらの様子を窺っている。
――――誰?
こう、顔が整っていて美しい紫の髪、可愛らしくもある少女ではあるのだが、とんと覚えがない。全然かすらない。保健室ならば――保健室用マスターの健康管理AIだろうが。やはり覚えがない。俺の性格から考慮して窺わないということはないと思うのだが。
ここに寝かされていた事情もさっぱり分からん。
「おはようございます」
「あ?ああ、おはよう?」
「アバターの反応はまだ鈍いとは思いますが、すぐに元の調子に戻ると思います」
言われて身体の感覚を確かめる。
確かに、少しぼやけた感覚が少しずつ鮮明になっているような。
「で、君は?ここは一体何処なんだ?ああ、いや、此処が保健室とは分か――」
「その質問に答える前に――少し、私の質問に応えてくれますか?」
「まあ、構わないが」
「火々乃晃平さん。貴方は、自分が誰なのか分かりますか?」
いや、今俺の名前呼んだじゃん。と思わぬでもないが、まあ、自分の正体についてだろう。というか、俺はお前知らないのにお前は知ってるのか。管理用AIだから、マスターの名前全部知っているのかもしれない。
意識するまでもないことだが。改めて整理するか。
俺は誰なのか―――火々乃晃平。月海原学園に通う生徒―――というわけではなく。
「……火々乃晃平。二十歳。魔術師だ」
「自身の記録があるようですね。ところで――今は西暦何年で、此処は何処ですか?」
ここが何処かは俺が聞きたいが、論理的に考えれば分かる。
「今は西暦2030年。此処は――セラフと呼ばれる擬似霊子演算装置ムーンセル・オートマトンの中、仮想電脳空間……で、あってるか?」
「はい。その通りです」
ではここは、セラフに造られた学園型の開場の一つと言うことだろうか。しかし、俺の知っている校舎とはだいぶ違う気がするのだが。
「弱き者に聖杯は与えられません。貴方達は自分が生命として優れている……最強であることを証明しなくてはならない。
その方法として、ムーンセルは貴方達に戦闘を代行するソースを与えました。それはなんですか?」
戦いを行うもの。
魔術師のバイタルソースを糧とし、共に戦う一心同体のパートナー。
「―――サーヴァントだ」
………思い出した。
俺はムーンセルの用意した予選を突破し、令呪と共に聖杯戦争に参加する資格を与えられた。外部である世界から己の世界線の出来事を利用し、自らの望みを叶えに来た
「そこまでは、問題ないようですね。じゃあ……コレが、一番大事なコトなんですけど。
あのですね?
火々乃さん、聖杯戦争中のコト、少しでも憶えていますか?」
はははは、そんなの憶えている――――
―――憶え………て、アレ?
――アレ?
――――――――――――思いだせん!
参加したことはわかるし、どうして参加したかも分かる。計画を進行させたことも―――。
ばっさりと――
「やっぱり……他の皆さんと同じですね。自分が誰なのかは憶えてはいるけれど、聖杯戦争中の記憶は思い出せない……落ち着いて聞いて下さいね。火々乃さんは『自分がマスターであること』しか思い出せない状態なんです」
き、記憶障害デスカ。
まったく実感がわかないが。事実、自分は思い出せない。
「私の名前は間桐桜です。皆さんの健康管理AIです。体調なんかで問題があったら遠慮無く言って下さいね?」
「ああ、その時は。頼りにさせて貰う」
健康管理AIの間桐桜ね。
聞いたときは違和感を憶えたが、記憶が無い影響だろう。
ちらりと自分以外の寝ている誰かを見つける。――何処にでもいるような容姿をした少年が寝ていた。
が、特に気にすることも無いので、保健室を後にした。
*
ガラリ、と出たはいいが。
これからどうしたものか。
しかし、それを考える前にしなくてはならない、解決しなくてはならない事案がある。
――――ある疑問の回答がさっきからでないのだ。
それは、自分のサーヴァント。
記憶では、確かに召喚し契約したはずなのだがサッパリ思い出せないのである。がばがば過ぎる。とかクラスすらも分からん。
つーか、何処居るんだうちのサーヴァント。マスター放置とか、馬鹿なのか!
桜に居場所を聞かなかったのは、まずかったかな。
右手を見れば令呪が
「推理しようにも、サーヴァントのことが思い出せないから
と、なんとなく歩いていると窓から外の景色が見えた。
―――夕方ごろの景色なのか、太陽は沈む前の黄金色で――校舎側には、大きな桜が見える。
ふむ、綺麗だ。ああいうのは、下から見るとなお綺麗なんだよなぁ。
そう思って、移動する。サーヴァント?マスター放置するヤツなんて知らねぇな。ま、見てからでも遅くないだろう。
一階の廊下から下駄箱を通り運動場側へ通る。
校舎から外に出れば、その大きな桜の木はすぐそこにあった。
「おおー、いいねコレ。写真機があるなら是非写真として残したいくらいだね」
―――美しい桜色。
桜の花が煌びやかに咲き乱れ、絢爛さを引き立たせている。現実感の薄れるようななりではあるが神秘的ともいえる。
湖面があって、なおかつ夜で、空には白い貌がのぞく。そのうえ、月明かりで花がより引き立ち淡い無垢さから妖艶さを引き出せれば―――べすと!
そう芸術感に浸って、妄想していると―――。
「―――ここにいたのですか、
そんな妄言を宣う女性が背後に立っていた。突然、現れた以上サーヴァントだろうが…俺のことを――――奴隷っていってなかった?
思わず振り返り、己がサーヴァントを目に収める。
前頭に飾られた青と黒の髪飾り。それから薄い黒色のフェイスベールが垂れ下がり貌の印象をぼかしている。されど、冷酷さのにじませる目つきは分かった。
青いラインと黒の薄いコートでぴったりと肌に張付くデザインで、妖艶で、かといって下品ではなく、むしろ上品さがにじみ出ている。
デザイン上身体のスタイルの良さも浮き彫りとなっていて――――胸が大きい。なかなかのバスト。
そして白く美しい髪。長く腰下にまで伸びている。俺の身長と比べてちょっと低い程度なので170はある。
まるで、妖精か女神でも現れたかと。蠱惑的で、魅力的な声をしている。
「……なに、黙っているのですか?目線が―――ああ、そうですか。貴方も男ですからね」
「理解してくれて何より、と言いたいが―――俺のサーヴァントで、あってるな」
「――ええ、私は事実貴方のサーヴァント・キャスター。憶えては―――いないのでしたね」
フェイスベールのせいで彼女の表情は窺い知れない。
――――しかし、キャスターか。記憶を失っているせいか。違和感を憶える――本当に俺のサーヴァントはキャスターだったかと。
すこし、頭が痛む。
「では、
「……わかった。行こうか、キャスター」
何はともあれ、彼女、サーヴァントを信じることにしよう。疑っても答えは出ない。
彼女は霊体化し、着いてくるようだ。
彼女が言うには、マイルームを造ったとか。流石はキャスターと言うべきか。あるいは―――考えたくないが罠かもしれない。やたらと外を気にしているような気がしたし。綺麗な女には毒があるとは定石。警戒するに越したことはない。
校舎に入って、一階の職員室の扉の前にたった。
(貴方の電子端末をかざせば繋がるようにしています)
と、キャスターから伝えられ。
電子端末をかざすと、淡く輝く。
扉を開けて中に入る。
そこは―――一つの部屋。
簡易的なベッドが二つある簡素な部屋。
ふぅ、と緊張した身体を休めるためにベッドに腰掛ける。
そして―――。
「あのー、キャスターさんや?」
「どうしました?奴隷」
「いや、俺は奴隷じゃね―――この際、そこではどうでもいいが。何故にひっついておられるので……?」
キャスターは何故か俺の横に腰を降ろし、ひっつくと言うよりはしだれ懸かってくる。良い匂いがいたしますはい。
「ふふ、あそこでは他の目がありましたから―――ここなら二人きりですから。それに……気になってたでしょう?コレ」
と、フェイスベールを掴みひらひらさせる。
「消してしまう事も出来ますが、面白くないでしょう?―――めくってみたくありませんか?」
「え?いいの?」
「ええ、貴方になら」
媚びるような声色で囁く様に言う。何というか男を知っているというか、何を言えば興奮するか知っているのか。―――いやになく、高揚させられる。
少し、荒い呼吸になるのを自覚しながらキャスターのフェイスベールの端を掴みゆっくりと上げていく。
薄い唇。口元が弧を描いているのが見え、白い肌を徐々に露出させていく。
目元までめくって、一気に頭にまでめくり上げる。
―――何処かでみたような顔。肌は色白で、瞳は群青の色。何処か無垢さを残した顔つき。しかし、薄く弧を描いた口元は妖艶。
彼女と目が合う。
瞬間。
きらり、と輝いて見えた。
途端、頭の中をかき回されるような酩酊感。
ぐらりと身体が揺れるが、キャスターに抑えられる。しゅん、とフェイスベールが消える。
「ふふ、馬鹿な人」
そんな状態になった俺を押し倒し、そう評した。ちろりと赤い舌が唇をなでる――舌なめずり。俺はされるがままである。おそらく魅了の魔眼だろう(俺に効くとは言ってない)。なかなかの高ランク。精神系耐性高い家出身なんで効かないけどね。
「こんな魔力量持ちのくせにとんだ間抜けですね。男はこんなものだって知ってはいるのですけど――ふふ」
蠱惑的に歪み妖艶さを醸し出して、退廃的な雰囲気と女性の甘い匂いが部屋を満たす。
俺の身体を撫でつけながら話している。まるで、気に巻き付く蛇のよう。完全に俺が魅了に引っかかったと思っているようだ。いや~、俺俳優めざせるんじゃね?(鼻ほじ)
「ええ、貴方は私の奴隷。光栄に思ってくださいね?―――これだけ良質なもの、ぜーんぶ、吸い尽くしてあげます。いえ、吸い尽くすのはもったいない。生かさず殺さずです。でも、貴方もイイコトずくめ。
男は女に種を注ぐのが使命、いえ、機能。私と快楽の海に溺れましょう――?ふふふ、あはははっ」
俺の間抜けさ加減か、これからへの期待による物か。彼女は嗤い始めた。
そしてあろう事か―――。
「……んっ……じゅる、ふふっ……ぇれろ……」
首筋に吸い付き、舐め上げ始めた。魅了に掛かっていない事実に気づかず、キャスターは柔らかな胸を押しつけ、一心不乱に舐め、吸い付く。どうやら魔力をじわじわと吸い上げているようだ。
俺の身体は送り込まれる快楽に抗えず、下腹部に熱が堪っていく。俺にだって劣情はあるんです。
「ん……ふふ、興奮してきましたね。身体に正直になって、私に身体を預け―――え?」
どうやら、俺の身体を傀儡にする気だったようだが―――彼女は完全に失念していた。様子を見ていたら完全にR-18である。さすがにこれは股間にわるい。気分的には悪くないのだが―――そろそろ反撃するか。
「性欲を持てあます……!とか行ってる場合じゃないな!流石に性奴隷は簡便な!」
衣服の穴という穴から夥しい数の折紙を吐き出す―――。
「――貴方っ、――――きゃっ!」
「生憎、俺はドSでね。縛られるより縛りたい派だ。ちょっとは休もうとは思ったが……それはあとな。後で、迎えにくるわ」
折紙がかみ合って―――キャスターの身体を縛り上げる。
む、むしろより――いや、考えるのはよそう。何故か悪寒がする。
「ちょっとまって……ひゃっ、このまま――」
「それ、もがけばもがくほど締まるから気をつけろ。んじゃ」
忠告したのにもがく彼女を置いて。
がらりと教室を後にした。
こうして、彼は月の裏の探索をするのだった。
*
ラ「.......これ、浮気じゃない?ねぇ、ますたー?」
火「タンマ!なんで笹巻き!?アレ浮気じゃないから――落ち着けっ、落ち着いてその炎の剣をおk―――あああああ!!」
主人公の明日はどっちだ!?
*
ザビは出ないと言ったな...アレは嘘だ!