キアラの五停心観を譲り受けた岸波白野は再びサクラ迷宮へ足を踏み入れていた。
彼の傍らには、白きセイバー。
「気を引き締めよ、マスター」
『迷宮への再侵入確認しました。凜さんの反応は……奥に移動しています』
『探索には最新の注意を。とりあえず、昨日の壁を目指しましょう。コーヘイさんは、入り口で待機。白野さんが危ないと思ったら介入してください』
「遊撃ってことね……ほいほい、りょーかいですよ。気をつけて行ってこい、岸波」
「ああ、行ってくる」
聞いての通り、俺は岸波のバックアップ戦闘員となった。
キアラの五停心観を俺も受け入れれば、岸波に戦わせることもないのだが……そもそも俺の身体の状態からして、コードキャストを身体に受け入れることはできない。礼装に付加されたものなら起動・使用ができるのだが、コードキャストを身体にインストールすることはできないのだ。機能として取り込めないというか、よしんば取り込めたとしても起動できない。
というわけで、岸波に任せるしかない。
こっちも、こさえてきた礼装――遠見の水晶玉をもってきた。これで岸波の動向がこちらもわかる。
岸波が―――何かを見つけ足を止めた。
「アレは、塔でしょうか?―――いいもの、ではなさそうです」
『む、脳を眩ませる朱色の香り……奏者よ、用心せよ。この先に何か善からぬものがあるようだ』
『……サクラ、あの建物にスキャンを。中の状態は分かりますか?』
『いえ、それが……あの建物だけ、スキャンが通りにくいんです』
『まるで後から付け足したみたいに、構造が他と違っていて』
他と構造が違う?
―――何か隠しているのか?
『ええ、今は少しでも情報が欲しい。調査をお願いします、白野さん。ですが十分に気をつけて。ミス遠坂とランサーが、いつ仕掛けてくるか分かりませんから』
「それが秘密なら―――俺なら、即死トラップ仕掛けるけどな」
俺の呟きが岸波に聞こえたのか、そうじゃないといいなぁと言うのが見えた。
岸波は塔の入り口へ続く坂を上がって行き扉の前へ着いた。
がかん、と重い金属の檻のような意匠を感じる扉を開け、押し入る。
――――そこには。
背中に怖気が走る光景。中に入った岸波より強く感じているだろう。
部屋中に飛び散った赤。
はりつけにされた体からこぼれおちる赤。
床にたまり、少しずつ広がっていく赤。
一面の赤。
一面の苦悶。
一面の―――――この世ならざる血の牢獄。
この世の大凡の苦痛で埋め尽くされた壁面。
壁の向こうには昆虫票補本のように縫い止められた人々の姿。
脇腹や肩、二の腕に穿たれた傷跡から、だくだくと血を流している。致命傷からほど遠い場所をあえて傷つけている―――俺にはそう見えた。
『酷い……』
そう呟くのは桜だ。続いてレオの声。
『白野さん、その壁は破れますか?……やはり破れませんか。そのアリーナの管理者権限ですね。見たところ人間のようですが……サクラ、彼らはどちらですか?NPCか、それともマスターか』
『……両方です。おそらく、皆さんと同じように表側で捕まった電脳体でしょう。あのヒトたちは旧校舎に逃げきれず、迷宮に囚われてしまったと推測されます』
岸波が動揺し、頭を抑えるのが見える。おぞましすぎる惨状。一般人に近い精神性をもつ彼には耐えがたいものかもしれない。
死んでいるならまだしも―――彼らは生きている。――なんのために?
『う……ああ……眠い……だるい……誰か……そこに、いるのか……?』
恐ろしい。死体になっていれば紡がない言葉を彼らは生きている故に吐き出す。
えげつない仕打ち。これを行ったヤツがいたとしたら―――人を人として認識していないだろう。敬愛など微塵も感じない。快楽殺人より面倒な――そうして当然と考えるヤツなのだろう。
岸波は彼らの生存に希望の火を見たようだが―――。
『喜ぶのは早いぞ奏者よ。確かに命はあろう。しかし……事によっては、より残酷な仕打ちだ』
ああ、本当に残酷だ。生きていることを辛くする拷問方法。脳裏にジジイの影がよぎる。
ぎりり、と歯を鳴らしてしまう。俺は―――これを行った者を許すまい。
『う、ぅあ……あ……あ……返して、くれ……もう、一生このままで、いい、から……なあ、返してくれよ……返して……返せ……返せ……返せ、返せ返せ、返せ!
俺の、俺の才能を返してくれぇぇええ!』
『……そういう事ですか。NPCからは自己復元できるギリギリまで血液……データを抜き、マスターからは魔術回路を引き抜いていく。魔術師としての天性の素質である才能、そのものを』
「―――――ふん」
『……デザインベビーの逆だな。ここは
陣地作成のスキルと、Aランク相当の拷問技術……戦闘ではなく殺人に特化したサーヴァント』
「完全に
「――キャスター、喋るな。不快だ。―――――岸波、聞いての通りキャスターにもそれは解除できない」
『なら、長いは無用だ。どの道、捕まっているマスターどもは助けられない。毒される前に先を急げ』
ユリウスの指示は冷たさを感じる者だが、冷酷では無い。本気で岸波の身を案じているのだろう。
『この惨状は決して許してはならないものだ。たとえ、相手が凜だったとしても』
『うむ、それでこそ我が奏者よ!今は記憶を失っているが、魂の輝きにかわりはない。その怒りは青い炎のようだ。あやつとの決戦にて、存分に燃え盛るがよい』
岸波は、深呼吸をし、その顔に生気を取りもどす。――なるほど。それが君の在り方か。
ただの一般人ではない。
『同じ指示を繰り返させるな。そこにいて何になる。本当にそいつらを助けたいのなら、原因を探せ』
ユリウスの言う通りだ。これを行ったサーヴァントさえ倒せれば、助かる可能性はある。
「―――アレが、遠坂の秘密、だとしたら相当なサイコパスだぞ。岸波、お前はどう思う?」
俺には遠坂の記憶が未だに戻りきっていない。岸波の方が詳しそうだ。まあ、最初にあったイメージからすれば――。
『いや、違うと思う』
『ええ、ボクも同意見です。ミス遠坂の秘密というからにはもっと面白おかしいモノでしょう』
俺もそんな気がする。
『秘密は他にあるはずです。まずはこのフロアをすみずみまで探索してみましょう』
岸波は再び探索を開始した。
*
奥に見えるは夕日。
アリーナの奥の部屋に赤い――遠坂凜がいた。
『ああもうっ、酷いバカをしたわ。よりによって、岸波くんにあんな醜態を見られるなんて……!』
おおう、良い悶絶ぐわい。何か恥ずかしいことでもやったのだろうか。具体的にはコントとか。
『って、岸波くん!?いつからそこに!?』
凜は岸波の気配に気づいて振り返ってそう言った。
『ど、どうしてここに……いつの間に侵入してきたのよ!本当、油断も隙もないんだから。今すぐに迷宮からたたき出してやるわ――――!』
『! 気をつけてください岸波さん!サーヴァント反応出げ……はい?』
凜の声に応じるかのようにサーヴァント―――ではなく。
ゴミエネミーが召喚された。
ひょっとして、コイツ―――。
『な、なによ!残念そうな顔で黙っちゃって……私は月の女王なの。貴方みたいな虫、直接相手にしないのよ!』
ほー、へー。
『だから、その……手加減してあげたわけじゃないんだからね!!』
「ぶっ、―――――っ」
急いで口に手を当てたが、吹いてしまった。
それは―――反則では?もの凄く面白いんですけど……ふっ。
レオの言うとおり面白い秘密を隠していそう―――ていうか、もろだし?
凜はそう言って消えた。
*
なんなく、岸波はエネミーを倒した。
『お疲れさまです。戦いにもすっかり慣れたようですね。ミス遠坂のあの態度―――秘密はもう、掴んだも同然かと』
『いや、しかし……あまりにも分かり易すぎないか?秘密とは思えんほど露骨だったが』
『秘密なんて、案外そんなものかもしれませんよ?とはいえ、決め手に欠けているのは事実です。サクラ、ミス遠坂の反応は今どこに?』
『凜さんの反応、シールド付近で途絶えています。そこから先は、現物観測できません』
『では一旦シールドまで戻って、ミス遠坂との再接触をはかりましょう。今度こそ秘密を曝けるかもしれません。こちらに気づいた以上、ミス遠坂はランサーと合流する可能性があります。その前に追いつけるといいのですか……』
――遠坂の秘密分かり易すぎでは?
俺の想像通りだとすると相当恥ずかしいものだ。しかも曝かれる。知れ渡るのコンボ付き。
俺なら恥ずかしくて穴に埋まるね。
「――――この濃厚な血の臭い、ランサーが来たようです」
「らしいぞ、岸波。お前達の近くに出現している――シールドの前だ。―――これは俺も動いたほうが良さそうだな!」
「――!? マスター、どこへ行くつもりですか!?」
俺は、キャスターの静止を聞かず―――魔術で一気に加速し、シールドへ向う。どうか間に合って欲しい。
岸波が走って門に向っているだろう。
「きゃああああ――――!」
そんな叫び声。女性の高い声だ。
まずいな。ちらっと確認しただけだが―――。
「いや、いやあああ!お願い、助けて!もう逃げないから!そんなもので突き刺さないで……!」
恐怖で錯乱した声で命乞いをする――血だらけのNPCを発見した。どっかから逃げてきたのか――?
そんな彼女にランサーは残酷さを向きさしにして応える。
「もう?もうですって?二度目があるのは人間だけよ。ねえ、哀れなウサギさん?特別に私が嫌いな言葉を教えてあげる。
それは脱獄、叛逆、くちごたえ。
ウサギはウサギらしく、可愛いだけで良かったのにね!」
「そんな……いやぁ、やめてぇ!消えちゃう、今度こそ消えちゃう、からぁ……!」
「はあ?そんな生ぬるいオチ、私が許すワケないじゃない。生け贄はカンタンに手放さないわ。貴方達は家畜。私が飽きるまで吸血課金地獄でいたぶられる運命なの。分かったらサッサと檻の中に戻るコトね!」
――――――目の前で奪われようとする命を、俺は……!
「ライ○―、キッッック――――!」
「―――な」
許すワケねぇだろ、スカポンタンが――!
がん、と鈍い音。
赤いランサーの不意を突く形で俺の跳び蹴りを頭に食らわす。NPCに相当お冠だったようで俺の攻撃に直前まで気づかれなかった。魔術で軽く気配をぼかしたのも効いたかもしれない。
よっ、と着地し、振り返り様に女性を抱えて猛ダッシュ。
「いっった―――!」
という声はガン無視し、逃走する。
「え?え?―――ぐ」
と、何が起こったのか分からない顔をしている女性。魔術を体にかけ
ここなら一応サーヴァントもいるし、ランサーがきても安泰である。
「ふぅ、ここまでくれば安心だ。よっと、キャスター治癒してやってくれ、出来るだろ?」
「………はい、出来ますが―――彼女はNPCですよ?」
「だから?」
「……戻ってから聞くことにします。―――%&」
キャスターが呪文を使うとNPCの体がたちまち治っていった。
NPCは死ぬ寸前までいたぶられたせいか、ここに持ってきた時点で気絶していた。
*
NPCを校舎に届けたあとに遠見の水晶玉で見ると、赤いランサーと岸波がアホな会話をした後むかついたからと言う理由で戦闘を仕掛けられていた。
まあ、惨敗にちかい戦闘だった。岸波も記憶が残ってない上に、経験血がリセットされたサーヴァントときた。むしろ惨殺されてないだけましか。
『くっ……こやつ、細身のくせになんという怪力か……!』
ランサーの攻撃力はセイバーを完全に上回っていた。
『ああ、たまんない……いい顔で見上げてくれるじゃない、
―――なるほど。彼女の出生は――ならばうなずける。
『貴い血筋、だと?』
『ええ、その通りよ!バトルは三流だったけど、きっちり聞き返すあたりオーディエンスとしては一流ね』
やたら、テンションを上げ、詰め寄るように言葉を口にする。
『気になる?気になるのね?知りたいのね!?』
『ナイスコール!よろしくてよ、そんなに知りたいなら教えてあげる!』
ちょろいわ、コイツ。
『私こそ高貴なる竜の娘!才色兼備のスーパーソニック、鬼も十八番茶も出花―――雷鳴とどろくヤーノシュ山より舞い降りた鮮血の唄歌い!
私こそはハンガリーにその名も名高い、エ――――――』
『バカバカバカ、そこまでよランサー!真名を明かすとか何考えてんの!?後で怒られても知らないわよ!?』
凜が現れた。またおっちょこちょいが増えたのだ。
――――ランサーはアホ確定(異論無し)
『っと、いけない、真名は秘匿事項よね。マネージャーと契約したとき、おいそれと名乗るなって言われたんだったわ』
『真名だけじゃなくて、能力は全部秘密!アンタ、他に妙なコト口走ってないでしょうね!?』
『え、他のコト?えーと……………………うん。ちっとも口走ってないわ、私』
―――ハンガリーの拷問技術高そうでヤーノシュ山近くの英霊、と言えばエリ…なんとかぐらいだが。唄歌いってのがネックだな。ホント、誰なんだろな~~。
『奏者よ。あやつ、竜の娘と言っていたな』
『しっかりばらしているじゃない!』
完全にコントである。相性が良すぎたのか―――?
その後エリ……ランサーが何やら拷問について言った後、あろう事か凜はさっさと殺すのはつまらない、という理由でランサーを帰還させた。
岸波を見逃したのである。
『ふ、ふん。なにその目。いいこと?私は弱いものいじめはしないっていっただけよ』
くるな――――遠坂節が。
『別に貴方を気遣った訳じゃないの。次も懲りずに忍び込んできたら、その時は本気で搾り取らせてもあるから』
ふん、と顔を背けて言う遠坂。
俺は。
「――――――っ、ふふっ」
笑う一歩手前です。岸波の挙動に変化が起こる。具体的に言うと岸波の左手が持ち上がり―――。
『ぜっったいに勘違いしないでよね!私は貴方のコトなんてなんとも思っていないんだから!』
「ぶふっ―――ま、まだだ」
『なんと………さすがはリン、よもやそこまでとは……これには余もまいったと言わざるをえん……』
『コレは―――』
『……来てしまったな』
『?? 今のが何か?至って普通の、騎士道精神に基づいた発言でしたが?』
『へ?何この空気?見逃してあげたの私の方よね?なんでアンタ達が憐れむような目をしてんの?』
ほ、本気で気づいていない……!
『って、いたっ!?ちょっ、どういうコト!?いきなり胸が、苦しく―――』
「ふ、ははははっハハハッ!!」
笑いが堪えられなかった。
遠坂の胸が赤く光って―――赤い球体のようなものが見える。
『SG、判明しました!それが凜さんのシールドを破る“秘密”です!』
岸波は地面を蹴って矢のように駆ける。
凜の胸―――光る紅玉に向って手を突っ込む。
瞬間。
岸波に摘出された、凜の胸の
『っ……な、なによ、今の――――くっ……分身が、保てない……無敵のハズの
ふーん、なるほど。
アレは本体から流出した意識の一つか。というより一部か。
SG化の障害でそうなったのか。複雑な感情の機敏を分けて使えば――より簡潔な感情に寄りやすい。
『ここで消えるのは私の都合だから!決して、アンタのためなんかじゃないんだからね!』
―――最後にそんなことをいって凜の反応は消えた。
「――――っ、―――――ははっ」
伝統芸能の域を息をするように行うとは―――もはや、敬意すら覚える。このまま殺してあげたほうがいいような口にすることすらおもんばかられる赤っ恥。
ふぅ、わらったわらった。久しぶりかもしれん。こんなに笑ったのは。
今回の探索はこれで切り上げのようだ。
『コーヘイさんも、一旦帰還してください』
レオからそう通信が入り、マイルームに帰還した。