Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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迷宮編その一。


白い幻術:シロイユメ

 

 ―――暗い。

 

 暗い部屋にいると、時間の概念が狂うと聞いたことがあるが――今がきっとその状況なのだろう。かなりの時間が過ぎたと思ったのに、手元の時計―――ヒビノから迷わないために持って行け、と貰ったもの―――を見ればやはり少しの時間しかたっていない。

 耳元では蠅が飛び交うような雑音。足下がおぼつかなくなった気がして足下を見る。

 足下は見えても、その道の白さと自分の足を比べたらやっぱり黒い。

 道は時折、明滅する。

 歩けあるけども、奥につく気が少しもしない。

 ―――子供から見た森の不気味さ恐ろしさを具現化したような空間。ヒトという異分子が潜在的に感じている罪の意識。樹木を敬っておきながらソレを切り倒して命を繋ぐ行為。人類が繁栄するために積み上げた負債。その始まりの呪いそのもの。

 

「……大丈夫か、奏者よ。少し、顔色が悪いように見えるぞ? 一旦、旧校舎に戻ったほうが良いのではないか? 旧校舎と言わずとも、聖堂の前までは引き返しても良いのではないか?」

 

 心配してくれるセイバーに大丈夫と返す。

 

「余は退屈だ! あのキャスターめ、何を考えておるのだ―――迷宮に一体も敵性プログラム(エネミー)を配置せんとは……全くもってつまらぬ!」

 

 そう、この迷宮のなか、というかこの黒い森に入ってからと言うものエネミーの影すら見当たらない。セイバーが余りの閑寂さに癇癪をおこす。

 

 何処を行っても、三叉路ばかり。何処も同じ風景にしか見えない。結構な速度で踏破したと思うのだが――心の壁――シールドの一つも見当たらない。

 

 携帯端末のマッピング機能も全く役に立たない。ざぁざぁとノイズが走ってまともに地図として使用することは出来なかった。これ自体は、この階層に入ってからずっと。自分がどこにいるかは、ヒビノのいた聖堂が表示されている場所と自分のいる場所との距離から判断するしかない。

 

 今、地図を見て気づいた。聖堂から離れるように進んでいたのにいつの間にか、聖堂近くまで来ていた。

 

 ふと、出る前のヒビノから助言を思い出す。確か、“魔術トラップ”がどうのこうのとか行っていた気がする。

 ひょっとしたらこの状況も何か関わっているのかも知れない。解決方法を知っているかどうか分からないが一応聞いてみよう。

 

 後ろの分岐路まで戻り、東の方向――聖堂の方へ近づくように進む。

 

 少し歩けば――聖堂の方へついた。

 

 聖堂前の鉄格子の前へ歩いて近づくと―――。

 

「へいよ~かるでらっくす。調子はどうだね……って、悪いからオレの元に来たのか。で? 何が聞きたいんだい?」

 

 ヒビノはこちらの姿を見つけるとすぐにそう言った。

 話が早くて助かる。

 よく分からない挨拶文を受け流し、本題―――というか、黒い森のなかであったことを話した。

 

「ふむふむ。白い道は明滅、黒い森は一辺倒。オマケに全て囲碁目のように整然とした道ばかり。奥に向って歩いたのに実は戻ってきていた……ね。用は迷子になった、ってことだろう? しかも、シールド前にすら到達出来なかったと」

 

 ははは、と彼は笑っているが、自分達からすれば笑い事ではない。手がかり一つも得れなかったのだから。

 

「……気分は大丈夫かい? 明滅する道に暗い森の中とくれば―――結構ストレスがたまっているだろう。そこで休むが良い。

 ふむ……しかし、魔術的な要因は――微妙だな。あると言えばあるし、ないと言えばない」

 

 彼にしては煮え切らない回答――いつも似た感じだったといえば頷くしかないのだが。

 

 泉の縁に腰掛け、息をつく。体の中にたまっていた気疲れが肺の空気とともに抜けていくようだった。

 

「視覚への干渉。それだけならば科学的な見解で済んでしまうからね」

「……そう言えば、蠅が耳元で飛んでいるような雑音が常にあったぞ。思わず余の頭痛が引き起こされるくらいのうっとうしさだった」

「ほう? 実際に蠅は飛んでいたかね?」

「いいや、飛んでいなかったと思うが……奏者は見たか?」

 

 いや、見なかった。

 

 そう言えばあれだけ聞こえてきたのに、蠅やらその他の虫すら見当たらなかった。

 

「ならそれは幻聴だ。何によってかは、今のオレにはあずかり知らぬ所ではあるが……魔術的なものだとするなら――幻術だろうな」

 

 ―――幻術?

 

 思わず聞き返してしまった。

 幻術――催眠術の一種のようなものだろうか。

 

「薬物、旋律、サブリミナル、明暗点滅エトセトラ………まあ、幻覚を見せる術全般を指して使われる言葉だ。薬物は――触覚や認識をぼかし、旋律は聴覚を誤魔化し、サブリミナル、明暗点滅は視覚情報をマンネリ化させる。後は、ぼけた相手に何かしっかりした情報をすり込んでやれば――幻術の完成。いもしない者に怯え、アリもしないことに恐怖する。用は悪夢に閉じ込めることだ」

 

 悪夢に、閉じ込める。

 

 何故かその言葉が重く耳の中に残った。

 

「明滅する白い道。耳障りな蠅の羽音。何処も同じ風景。暇ばかりだと人間は死ぬ。その事例に近い魔術工程だな。同じ行為を永遠と繰り返させ――たどり着けない、出れないという事実だけを積み重ねていく。心を折るための一工夫ってやつだよ。後二十分ぐらいさまよっていたら、お前は自殺を選んでいただろうよ」

「なんと……」

 

 心臓がドクンと大きくはねあがった。

 知らず知らずのうちに自殺に追い込まれていたとか、笑えない。確かにあの森に入ってからずっと、暗い、身に思いことをよく思い浮かべていた。暗鬱とした気分に誘導されていた、ということか。

 

「その通りだ。あの森は死の桴海そのもの。漂っているうちに自殺願望を植え付ける。もし、現世でこの森を作ったなら――自殺の名スポットになるだろうな。まあ、死ぬ瞬間まで苦しみ続けるんだがね。だからこそ、自死こそが救いとすり込むのさ」

 

 自殺の名スポット。

 名を有名にすると言うことは―――それこそ何千単位の死を作っていくということだ。きっと彼はそう言うニュアンスで言っている。

 

『あれが、死の概念が渦巻きやすい――むしろ作為的にそれを作っていることは分かりました。ならば、それをどうにかすれば―――』

「どうにかってどうすんの? まさか、森ごと丸焼きにでもするのか? ガウェインでもいなきゃ無理だろそれ―――皮肉なことにな」

 

 ガウェインはもういない。彼は―――。

 

「ああ――そんな顔をするなよ、岸波! どうにか――というか突破方法は山ほどある。この手のものは森自体をどうにかする必要は無い!」

 

 というと、どういうことだろうか。

 

「あれは――自殺へ誘導する森。前提として催眠にかからないと死に誘導できない。そう、催眠にさえかからなきゃいいんだ」

 

 つまり。

 

「催眠にかかる環境。ソレさえ機能しなくすればいい。……そうだな。ああいった催眠系はそれ全てが滞りなく作用してナンボってもんだ。なら、一つ崩すだけ―――――おっと、あったあった」

 

 ヒビノは話ながら、色んなところ歩いて、ごそごそと物音を立てた後――いくつかの石? を持ってきた。

 

 これは――?

 

『蛍石……ですね。フッ化カルシウムを主成分とする代表的な鉱物です』

「ほう? さすがはラニペディアさん。なかなかの情報通で――つーかアトラスの人間なら知ってて当然か。錬金術の最奥ども連中が集まるような場所だし」

『その不快なネーミングは拒否しますが讃辞は受け取っておきます』

 

 蛍石といえば乳白ガラスの混合剤。あるいは製鉄なんかに使用される鉱物ではなかったろうか。

 

「光学ガラスとかにもよく使われ――じゃねぇ。したいのはその解説じゃなくてだな。蛍石ってもんは、蛍って名がついているようにぽうっと淡く光る。それを森の中で目印代わりにつかえ。人間は認識の殆どを視覚野に頼っている。視覚さえ安定すれば、必ず道は開けるだろうよ」

 

 ―――ヒビノから、いくつもの蛍石を貰った。

 

 一色だと面白くないからと、いくつもの色違いのを渡された。

 

 これを森の中に目印としておいていけば、迷うことはないだろう。

 

 ありがとうと伝えれば、少し照れたのかぶっきらぼうに“気をつけろ”と言われた。

 

***

 

 彼から貰った蛍石を道なりに配置していく。

 

 道が明滅しても、それは光ったまま。緑色や黄色。あるいは紫といったカラフルさで森の中を神秘的に彩る。

 それによってこの道は通ったかどうかも判別できるようになった。

 

 道は当然ながら上下に続くものも多かった。その単純さの中に複雑な道を隠していたのだ。その道の手前で既に幻術にかかっていて見逃し、単純に構成された道しか通れないようにしたのだ。

 催眠によって同じ道を通ったかすら疑わせなかったのだ。

 

 キャスターの名は伊達では無い。この幻術――恐らく、ヒビノの助言がなければさまよって死ぬだけだった。通信が通じていたならまだしも、あの森の中では通信はできない。正気には戻れなかっただろう。

 

 しばらく歩いていくと、一つの門のようなものの前にたどり着いた。

 

 それはシールドのようなものとは違い、白い茨が編み上げたような形をした門だった。

 

「む? 奏者よ。どうやら鍵はかかっていないようだぞ」

 

 とセイバーが茨の門を見ていった。

 

 深く注視すれば僅かながら開いていることがわかる――まるで、誘いこむような隙間。

 

「罠という可能性もないではないが……まあ、考えてもしかたあるまい」

 

 自分達は前に何があったとしても進むだけだ。かつての―――記憶のあやふやな自分とは違う。

 

 茨で出来た門の中に押し入る。扉取っ手にはこれ見よがしに茨がまとわりついていなかった。それを掴んで押し込めば、重かったもののゆっくりとだが開いてくれた。

 

 ――――目の前に、雪が舞う。

 

 

***

 

 

 

 ―――白い。

 

 最初に浮かんできた感想はそれだけだった。

 

 一面の白。

 空には白い月。闇にぽっかりと空いた穴のよう。

 しんしんと降り積もる白。

 

 それは、どう考えても雪原だった。

 

 ――え? なんで?

 

「………奏者。ひょっとして余は夢を、いや幻術にかかっておるのか? 余の目には雪原がうつっておるのだが!」

 

 うん。自分の目にもそうみえる。

 

 というか寒さも感じるし、ここ完全に雪原――――なんで?

 

 ワープしたとか、そういうあれ? いや、どういうアレ?

 

 はっとして端末を調べてみたが――全く反応がない。彼女らも観測しているのだろうか?

 

 混乱した自分をよそにセイバーは花も恥じらうような笑顔ではしゃいで回っている。

 雪に手を突っ込んで救い上げてはほわぁ~と見ている。

 

「うむ! 意味は分からんが言い催しだぞ、キャスター! 余は気に入った! この空間が余と同じ宝具とかなら是非―――ふむ? 雪原のなかのチャペルというのもなかなか……乙というものではないか!?」

 

 

 あーはいはい、落ち着いて下さい皇帝様。

 目的忘れないでくだ――――。

 

 

 ぞく。

 

 背筋に何かが這い上がったような―――鋭く冷たい刃物で軽くなでられたような感覚。

 

 迷いのない殺気。表でこれでもか味わった―――殺気。

 

 それをセイバーも感じてか、冷たい殺気から自分を逃すように自分の前に立つ。

 そとの気温。その寒さを急に感じるような気がする。

 

 その発生源は―――。

 

 

 黒い着物を揺らして―――その()は、歩いてきた。

 黒い髪に、()()()

 典型的な日本人の容姿をした見覚えの―――自分に助言を与えた男。キャスターの作った檻の中に閉じ込められているはずの男が殺気をこちらに送っていた。

 

 殺す。殺す。殺す。コロス。

 その言葉を幻聴しそうになるほど濃厚だ。ひしひしとそれを感じて―――その男の周囲だけ歪んでいるような気さえする。

 

 ――息が、乱される。

 見据えれば、まるで腹にナイフ押し当てられた感覚がする。

 

 現実感を侵食する(ユメ)―――彼は、そういうものだとカラダが理解した。

 

 ――ヒビノ、コウヘイ。

 

 かすれた声が乾いた唇を割って出てきた。

 

「………貴様。キャスターだけでなく、よもや余らにまで嘘をついたか!」

「………………………」

 

 男はセイバーの問いかけに答えない。

 

 ヒビノは虚ろな目で空を見上げる。

 つられて目線を追うと――白い月。満月。

 いつの間にか、しんしん振っていた雪は消えている。

 空は―――蒼く暗い。

 

 地表の先まで雪で覆われている錯覚。地平線を境にした白と黒のコントラスト。

 

「―――――ああ、酷いユメ。これを悪夢と言うんだろうか。ああいや、自業自得。自業地獄とも呼べよう。出来損ないもいいところだ――――そうは、思わないか? ダチコウよ」

 

 彼はこの状況をそう語った。

 

 夢? 悪夢?

 何のことを言っているのだろう?

 

「わざわざ、ご苦労なこった。死んでまで俺の前に現れるとか―――頭を落としただけじゃたりないらしい」

 

 ――なにか、様子がおかしい。その言い方では、まるで……他の誰かと話しているような。

 

 彼の、無機質な、無感情な目がこちらを捉える。

 

「…………しかし、閻魔さまに聞かなかったのかよ? 死んだヤツが生者の前に出てきちゃダメだってさ。――――お前の願いはカナワナイ」

 

 しゃらん。

 

 彼が持っていた剣が鞘から抜かれた。あの独特な形状の曲刀は―――日本刀だろうか。

 

 刀身は涼しさを感じる白銀。刃先は灰に濡れ、妖しさを引き立たせている。

 

「何を言っている!―――ええいッ! キャスターの幻惑にでもかかったか!?」

 

 言われて気づく。確かに今の彼は普通じゃない。

 

 自分のマスターを手先に―――ん? それはおかしくないか? どうして自分のマスターを使い捨てるような………。

 

「喋るんじゃねぇよ、髑髏(シャレコウベ)。もう一度言うぞ。―――お前のユメはカナワナイ。死んだ人間は生き返らない―――それをお前は思い知った筈だ! 生き返らせる手段など何処にも無いのだと! 見せつけられた筈だ! 死徒を解体して何度調べようと調べ尽そうと―――生き返らないという証明だけが積み重なっていった!

 ………もう、いいだろ。もう休め。

 ―――――もう、さまよい出れないように、カイタイしつくしてやる。アイツの元に返るがいい、亡霊―――!」

 

 銀の刃を煌めかせて、ツバメのように、滑空するように―――こちらに走ってきた。

 

 

「くっ――! やむをえん! 迎撃するぞ、奏者!」

 

 

 




キャスターのSGは面倒くさいです。ええ、本当に。

ちなみに真名に近づくSGでもあります。
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