「いいぞ! 簡単に死ぬなよ! カイタイしがいが無くなっちまうからなァ!」
「ええい――! 執拗に首を狙ってきおって――」
雪原に紅と黒が跳ね回る。
紅はセイバー。黒はヒビノ。
剣が交される度に火花が散る。
何度も交されるソレは火花だけを地上に残す―――互いは互角。一歩も譲らない。
ヒビノは地面を抉るように蹴りあげ、雪をばらまく。雪質は――実質砂に近い。
舞い上がった雪は見事にセイバーの視界を奪い―――その隙にヒビノは死角に踏みはいる。
疾風のように斬りつけてくる刀をセイバーはひらりと躱し、剣を返す。当然のようにヒビノは凌ぐ。
その繰り返しだった。
しかし―――彼はサーヴァントではなく、唯の人間。永遠に続くとさえ錯覚するような
「bomb(32);―――――!」
「――――くっ」
自分の礼装を起動させコードキャストを放つ。相手にダメージとスタンを与えるコードキャストだ。
気を見て何度も撃ったが、その度に交されていた。
セイバーの強力な振り下ろしを防ぐので精一杯だったらしく、自分の放ったコードキャストが当たる。
刹那の麻痺が勝敗を分けた。
サーヴァント足を止めると言うことは―――死を受け入れたということに等しい。
「『
彼の腹に赤い線が滑り込み―――切り裂いた。
ぱりん、と。まるでガラスが――いや、陶器が割れたような音。
男の胴体がまるっと崩れ落ちて。崩壊していく。
それを男は呆然とみていた。
「―――――――なんだこれ?」
疑問の声は、切り裂かれた男から発せられた。
どうやら彼は自分に起こっている状況が分かっていないらしい。それ故の呆けた声。
しかし、考えれば思い当たるところでもあったのか――ヒビノはけたけたと嗤い出した。
「あははっハハッ――! なるほど―――そういうことか。本当にユメだったとは……。くははっ、愉快だ。しかし―――――同時に不愉快だな」
嗤い出したと思ったら突然憎々しげに吐き捨てた。
だが、状況を掴めないのはこっちも同じ。分かったというなら教えて欲しい。
「あん? 殺した敵に言うセリフじゃあ、ないな―――。ふむ、しかし。アレだな。君もどうやら雌狐に騙された口……いや、答えるな。その面を見れば想定できる」
雌狐、とはキャスターを指して言っているのだろうか。
ガチャン、とさらに彼のカラダは崩れていく。
「ちっ。時間は無い、か………詳しいことは
刀を腰横に据え、軽く後ろに垂らすように構える。
それは――居合い構え。
居合術を成すための構え。抜刀術としてそれは有名ではあるが―――それの構えで何をなそうと言うのか。
彼が見据えるのは、遙か天に覗く白い月。
「む? 貴様、何をしようと―――」
「だぁってろ、赤いの。……クソアマが。俺の―――ユメを騙りやがって! 代償は負って貰う。アイツの、ダチ公――――をコロしていいのは
銀の一線が虚空に振るわれる。ほのかに乗った魔力が蒼い閃となって刃先から飛び出した。
途端、世界が着られた布きれのように剥がれ落ち、砂城が風に攫われるように消えた。
―――目を覆う発光。視界が白に塗りつぶされる。
瞼の裏で白と黒が何度もグルグルと回った後―――しばらくして、目を開ける。
そこは迷宮の中。道とは違い少し広めに取られた場所。
振り返れば白い茨の扉があった。
そして――視界の奥には、青いシールド。
SGによって切り開かれる扉にして壁。心の一部をカタチにしたもの。
シールドの前には、女がいた。
前頭に飾られた青と黒の髪飾り。それから薄い黒色のフェイスベールが垂れ下がり貌の印象をぼかしている。青いラインと黒の薄いコートでぴったりと肌に張付くデザインで、妖艶で、かといって下品ではなく、むしろ上品さがにじみ出ている。
見間違えようもない―――キャスターだ。
彼女は杖を何かを防ぐように構えていた。
杖の中心からは白く細い煙、焦げ付いたような臭いがあたりに舞っていた。
「――――驚きました。まさか、被せただけの人形のクセにこんな出力発揮してくるだなんて………いえ、見誤ったのは私の方、か……。少し、記憶を覗いただけで……そんなに怒らなくてもらなくてもよいではないか……」
彼女の声色からは、驚きとともにちょっと気落ちしたような感じがした。しかし、何処かキャスターとは違うような。
……ええと?
こちらが反応を窺い損ねていると。
キャスターはこちらが幻術から抜け出したことを今認識したらしく、コホンと恥ずかしさを隠すように咳をして自分らを見据えてきた。
「……抜け出してくるなんて、随分運がいいのですね。まあ、彼の助けあってのものですが」
キャスターはそう言う。
説明をする気はないようで―――というか、初めからこちらに興味などないようだった。
「セイバーのマスター。貴方は、この壁を越えることは出来ません。だって、ふふふ、貴方SGが分かっていないでしょう? 迷宮をどれだけ探索しても―――有用なアイテムくらいしか無かったのでは?」
くすくすと笑いながら彼女は意地悪げに言う。
確かに彼女の言う通り、有用なアイテムしかない――エリクサーありがとうございます。ラニのようにチェス盤のような――何かヒントになりそうなものも無かった。
しかし―――SGのシールドがある以上、SGがないわけはない。是までの人達が面白―――げふん、なものがあった。それはモノだけではなく、態度やあるいは迷宮の構造として出ていたように思う。
そういえば、彼女のマスター、ヒビノも迷宮に彼女の精神構造が出ているとかなんとか言っていた気がする。
ひょっとして――彼はもう彼女のSGに気づいていたりして。
「では、私はもう帰らせて貰いますね―――もう、知りたいことは分かったので。今の貴方達、無駄に足掻いて手足をもがれたムカデのような無意味な生き物ようで滑稽でした」
そう言って、キャスターはシールドの奥に去って行った。
「知りたいこと、などと言っていたな。状況、というかあの幻術の中でのことと合わせて考れば――キャスターめの知りたいこととは、ヒビノの記憶、ということか?」
きっとそうだろう。
彼女も記憶を覗いたとか言っていた。幻術の中のヒビノも、激しくあの状況に反発していたように思う。思い返せば凄まじい激怒ぐあいだった。
彼があんな激しい怒りを見せるのは―――最初のエリザベートの所行の時はそこまでではなかった―――そう言えば、初めて見たような気がする。
とかく。ユメの中の彼は本人に聞けとか言っていた。
キャスターは今日は会えそうにない。ここはヒビノから話を聞くとしよう。
***
「――――――わぁお」
自分達からの説明を受けてヒビノはそんな間の抜けた声を出した。
ちょっと突拍子もないことを言っているのは分かっているが、どうか飲み込んで欲しい。なにぶんこちらにはヒントの一つも無いし、当然見当の一つもつけられない。
今は彼が頼りなのだ。
「いやあ、しかし、なあ……。はあ、事ここに至っては仕方ない。これは、
取り敢えず、あの時の幻術はどうしてかかったのだろうか。幻術に対する対策はしていたはず。
「あん? そりゃあ、簡単な話、キャスターがテメェでお前達に幻術を掛けたんだろ。まあ、重ね掛け――現実を捻るレベルのそれは、単に幻術というよりは魔術の一種としてスノードームの中に閉じ込められたに近い」
ふむ? 全く分からん。
「スノードームの素材を俺の記憶で作ったって考えてくれ。場所を指定し、人形を置いただけの世界。魔術の工程としては―――場所を再現し、人形に記録を被せて、最後に状況を再現する。そこまでしてやっと起動する魔術だ。再現より再演と言ったほうがいいだろう。
話を聞く限りだと――ユメの中の俺は、被せられたとか言ってたんだろ? ―――お前達が体験したのは俺の記憶だ。……大切な人を殺した記憶だよ」
………ひょっとして聞いてはいけなかったことだろうか。
そういえば彼はダチコウ、と自分を指して言っていた。なら、彼が手に掛けたのは―――。
「……お前がそんな顔するなよ。――――おそらく、だが。キャスターは、俺の記憶を覗きたかったらしい。というのも、俺の記憶―――それも大切なもんは全て俺自身にしか読み取れないよう
なるほど。だとしたら、彼女にはどうしても覗きたい理由があった。だから魔術まで行使してまで再現させることで知りたかったのではないだろうか。手順を聞く限り、結構面倒そうだし。
「アイツの趣味って可能性もあるぞ? 知りたがりの顔があるのかもしれん。自分は手を出さないとか言ったのは、アレを再現するのに相手が必要だったからだろう。いや、お前達も始末できて一石二鳥って感覚だったかもな。人形の俺が空間を割って事なきを得たようだが―――お前達がオレを倒したことでユメは破綻した。ひょっとしたら出口のない空間ぐらしになってたかもだぜ?」
それは、ぞっとする。あの魔術世界が破綻したらでられないとか所見殺しにも程がある。条件が倒したら負けとか見切れるはずがない。
「しかし、アイツのSGがてんでわからん。俺の記憶覗きたい理由って、オレを辱めるためか! それは是非阻止したっ―――待てよ? 俺の複雑化処理した記憶は一つじゃない……なら何度も繰り返される可能性が……!? それはまずい! というか恥ずかしいぞ!」
「ただ叩き潰すというのは、流石の余も遠慮する。時間ももったいないしな」
「なんでオレが負ける前提――いや、まあ当然だな。当然だったわ」
そういえば、さっきヒビノはキャスターのSGにあたりを付けているとか言ってはいなかっただろうか?
「まあ、一応それなりに過ごした仲だからな。どうしてオレのサーヴァントなんてやっていたのか分からんがね。だからこそ――アイツをずっと探ってた。態度、性格、性的嗜好――はアイツが何度も言ってきたヤツだが、それなりには情報を揃えている。アイツから真名は聞いてないが、予想はついてる。このSGはアイツの真名に関わっているものとオレは予測していたんだが……ちょっと聞く限りだと自信ない」
五停心観のプログラム状、自分がSGを命名しないとSGを入手することはできない。となれば――彼から聞くことも叶うまい。
しかし、SGに関係していたものか。
『えっと、それじゃあ現状は手詰まりってことでしょうか』
桜が通信からそう聞いてきた。
『手詰まりなら一旦岸波さんを旧校舎に返して休憩を取って貰いたいな、と思うんですけど……よくわからない空間に囚われたあとだったとなればなおさら』
「いや、今日を逃すのはまずい。岸波を逃したのは気まぐれだ。知りたいことを知った以上彼女は手を抜く事なんてしない」
ヒントとか本当にないんだろうか?
―――例えば、森や聖堂の配置、あの記憶との関、係性なんか……に……?
なんだろう。すごく違和感があったような。
でも、何に――――。
――ドクン。
心臓が強く鼓動したような。
五停心観が反応した―――?
それは、一体何処で?
あたりを見渡し、もう一度配置を思い出す。
彼女の迷宮―――黒い森はこの聖堂を中心に広がっているような形状をしている。
――ドクン。
また心臓の鼓動が強くなった。
「もし……オレのSGへの認識が間違っていなかったなら。いや、現状からも十分道筋は立つ。まあ、信用がおけるかはそっちで判断するがいいさ。―――――ふと、疑問に思った。アイツは記憶を、記憶だけが見たいがためにあの舞台装置を用意したのかってさ」
――ドクン。
ヒビノの予想が恐らく正しいものだと、コードキャストが教えてくれている。
「キャスターの性格は超合理的。アイツの飯は―――栄養しか入っていないような一切無駄のない食事だった。それを食べて数日は体調よかったし。なお味が考えないものとする。
とかく。あの舞台装置にはもう一つ役目があったんじゃないか?」
それ、は―――。
なんだか、のど元まで出かけているが、言葉としては表れない。
「アイツと話していて違和感はなかったか?――――例えば、口調、とか」
『――――驚きました。まさか、被せただけの人形のクセにこんな出力発揮してくるだなんて………いえ、見誤ったのは私の方、か……。少し、記憶を覗いただけで……そんなに怒らなくてもらなくてもよいではないか……』
そうキャスターが言っていたのを思い出す。いつもの彼女は敬語調で話していたのに、その時だけは抜けていた。
状況からすると思わず出てしまったという風に感じた。
「そうだな。いつもの可憐さというより壮麗さに近いような感じか? 堂々とした美しさは武人らしい――」
武人? 彼女はキャスターではなかったのか?
「……セイバーと戦ったときの様子を思い出してみろ。お前のセイバーは確かにあの時は能力が落ちていたが―――はたして、それはキャスター風情の棒術すら防げないものか?」
いや、それはない。
確かに彼女は正当な剣戟もって戦った英霊ではない。皇帝特権で無理矢理セイバーになっているだけだ。
しかし、その剣閃は多くのサーヴァントを打ち倒してきた。決して、ただの魔術師に負けるようなものではない。
となれば―――彼女、キャスターはセイバーを圧倒できる技能を持っていたことになる。それが、彼が武人と呼んだ理由だろう。
「ランサーの行為を合理的でいいものとした残忍さも彼女は持っている―――とまあ、オレの提供できる情報はここまでだ」
そう彼は言うが、彼の示す情報自体には五停心観は発動しなかった。
それら自体が彼女のSGに繋がるわけじゃない。
―――あるいは、彼も見えていないことがSG?
心臓が高鳴ったのは地図を見たときだ。
もう一度、それを見た時頭の中にある考えがうかんできた。
まるで、城みたい。
それも、日本の城のような―――黒い森を掘りとして、本丸を聖堂とすれば。
―――どくん。
心臓が高鳴る。
あたりだ。
そういえば、ヒビノは、あの舞台装置には他の意味があるのではないか、と言っていた。たぶんそれは正しい。今なら分かる気がする―――!
きっと、彼女は―――最初から、
となれば――――。
「はあ? ここに、キャスターを呼びつけれないかだって? いや、オレに呼び出すことなんか出来ないよ。第一どこにいるか…………ひょっとして、SGに見当がついたのか?」
ああ。
そう言って頷く。
「マジでか! おいおい……マスターのオレですら見当違いかもっておもうんだがなぁ。ちょっとショックなんじゃが」
「ふふん! まあ、余のマスター故当然だな! ……余はわからんかったが」
「おい、今ぼそっと……重要なのはそこじゃないよな。―――で、自信はあるのか」
再び、強く頷く。
きっと彼の予想していたSGできっと合っていると思う。内容が見方によってずれていただけなのだ。彼は答えを知っていても過程を知り得ていないだけなのだ。
「わぁったよ。この手は、もう二度と使え無いからな」
そう言って彼はイスから降りた。
しかし呼びつけろといった手前、聞きづらいが一体どうやって呼びつける気だろう?
「―――――――――――第二の令呪を持って命じる。キャスターよ、そのフェイスベールを、破棄せよ」
な、ななな――!
ヒビノは令呪の刻まれた方の手を高く上げて、そう命令した。
なんで――!?
「嫌がらせ兼、呼びつけのために」
『コイツアホだ――――!』
どや顔でそう言うヒビノに、盛大に凜が突っ込む。
聖堂の前に風が―――魔力が吹き荒れる。
そして、キャスターが現れた。顔は赤く怒り色。
「な、なにしてくれやがってんですか――――!このクソマスター―――!!」
もっともな怒りをぶつけていた。
いつもの静々とした彼女はいない。
「なぜに!? どうして!? Why!?」
「落ち着けよキャスター、ふふ、ふはははっ! どうしてってそりゃあ、い・や・が・ら・せ――――ぐえっ」
「貴方に流れているのは墨汁ですか―――!?」
鉄格子越しに彼の首を絞めて揺さぶっている。
……そろそろ、いいだろうか。ヒビノの顔も青くなっていっているようだし。
こほん。と咳をすれば、彼女はこちらに気がついたらしく―――乱れた服を直し、砂を払うかのような仕草をしたあと、一呼吸し。
「私を呼びつけたのは貴方達ですね? 決して! ここにいる!アホマスターでは!
在りませんよね?」
そう笑顔でいいながら鉄格子越しに倒れているヒビノの頭を踏みつけている。
笑顔を殺意とともに向けてくる彼女に、あっハイ、としか言えない自分がいた。
―――しかし、これは、一つのチャンスではないだろうか。
今彼女は大きく感情が揺れている―――なら、自分の言葉は大きな効果をもたらすのではないだろうか。
「うむ。今がチャンス、と言うのは余も分かる。あれだけ心情の乱れているキャスターだ。奏者の言葉を躱す余裕もあるまい。というか――それすらこみでヒビノの狙い道理だったら、と考えたら途端に有能なヤツに見えるぞ!」
まさか、ね。
――――――取り敢えず、彼女に掛ける言葉は唯一つ。
》ヒビノのこと―――大好きなんですね。
岸波の放った最後の言葉はあくまでSGを取り出すための起爆点でしかないです。