》ヒビノのこと―――大好きなんですね。
そう自分からその言葉を放った時、時間が止まったように感じた。
『なんて鬼畜……! 好いた人の前で好意を明かされるとか自殺するレベルものよ、ソレ! これがキチナミクオリティ……!』
通信から凜の声が漏れていた。
うるさいので外野は黙っていて欲しい。こっちは割と真剣なのだ。
放たれた側の―――即ち、キャスターがまるで故障した機械のようにがたがたと震え止まったからだ。
あのー、キャスターさん?
「…………………………………っ、な、なんでしょうかっ」
がんがんと倒れたヒビノの頭を何度も踏みつけている。キャスターはこちらに振り返ることはせず、ただ聞き返しただけだった。
しかし―――彼女は耳まで真っ赤にしているのは自分達からはよく見えた。
どうやら見立ては、間違っていないらしい。
聞こえなかったというならもう一度言うまでだ。
》ヒビノのこと大好きなん―――。
「だっ、誰がっ! こんな、バカッ―――いえ、アホの事にス……好意を覚えるなど、ありえません!」
―――どくん。
五停心観がまたも反応した。もはや、彼女の嘘に騙されるものはいない。
「この男は、嫌がらせだけで宝具を破棄させるような大馬鹿なんですよ! ど、どうしてそんなアホとバカの超合金を好かねばならないのです!」
ずどんずどんとセリフを紡ぐ度にヒビノの頭が踏みつけられる。もはや、悲鳴は聞こえずただ踏まれるだけである―――ただの屍のようだ。
「ええ、そうです……この男を好きになる根拠がありません。好意を抱く道理がありません。理由がそもそもない」
と彼女は自分を落ち着かせるようにそんな言い訳染みた言葉を重ねていく。
しかし、五停心観が彼女に反応したのは事実。ひょっとすれば、彼女自身それ自体には気づいていなかったのかもしれない。
そこまで否定すると言うのなら―――事実を持って認めさせるまでである。
》じゃあ、どうしてヒビノを聖堂の中に閉じ込めたんだ!
「そ、それは―――この人は、私を裏切りました。本当なら腕をちぎって足を引き裂いて、目玉をくりぬいて一生ウジ虫として暮らしてもらいたい程です」
とキャスターは言っているが―――彼女にしては余りにぬるい。自分達を黒い森で自殺に追い込もうとしていた。あくまで今日は命を取らないと言っていたのは、黒の森で自殺する事が見えていたからだ。
それに彼女は久しぶりにヒビノと会話したと言っていた。機嫌がよさそうに見えたのはそのせいだと考えれば筋道が通る。
しかし、それだけではない。彼女がヒビノに好意を抱いているという証拠は他にもある。
一つ目は、この聖堂の位置。死に誘う黒い森が周りを囲むように配置され、まるでヒビノを外敵からまもろうとしているようだった。かくいう自分も、最初にヒビノの気転がなければ――ただ森でさまよって死んでいたかもしれない。
二つ目は、彼の記憶を覗こうとしたこと。
それに、だ。
彼女は、こちらが黒い森を突破することを分かった上であの魔術を使った。つまり、彼女はこちらのことを常に知っていたからあの魔術を使おうとしたのだ―――自分たちが関わらなければ完成しない魔術だった。―――ヒビノを含め自分達のことをずっと見ていたのかもしれない。ヒビノに何度も会いに彼の元に行っていたと聞くし。
そして三つ目。
『キャスターの性格は超合理的。アイツの飯は―――栄養しか入っていないような一切無駄のない食事だった。それを食べて数日は体調よかったし。なお味が考えないものとする。
とかく。あの舞台装置にはもう一つ役目があったんじゃないか?』
ヒビノはそう言っていた。
舞台装置―――記憶の再現をする魔術式にあったもう一つの役目。それこそが彼女のヒビノに対する
あの魔術には彼女のいくつもの狙いがあった。ヒビノの記憶を解き明かすこと。そして侵入者の撃退。
最後には―――彼女のエゴが隠されている。
そもサーヴァントにとってマスターというものはどういうものだったか。
「それに、サーヴァントである私はマスターなしでは現界できません。迷宮の衛士となった今、その縛りはありませんが。折檻するのに、この監獄はちょうどよかった」
いや、明らかに嘘だ。初めから彼女は折檻などしていない。何度も会いに行ったくせにそれらしいことをしてないじゃないか!
やったことと言えば、ヒビノの様子を窺っただけ。
》本当は―――守って欲しかったくせに!
「――――――――え?」
――――どくん。
また五停心観が鼓動する。キャスターは呆けたように言葉を呟いた。
こちらに向けた顔は、無表情。赤く染まっていた顔も、色を無くした病人のようになっている。
「……違う。それは違います。そんなの願ってない。そんなこと考えたこともない……!」
どくん。ドクン。ドクン。
彼女はそう声を震わせて否定する。
だが、五停心観は激しく反応している。―――まだ、SGが浮き出ていないのに。
彼女はただ記憶を見たかったのではない。むしろ知りたかったことはちょうどいい理由だったに過ぎない。
三つ目――あの魔術の再現は、彼を自らを守らせる騎士と見立てたもの故だったのだ。
彼女にとって大切な――それこそ破られることのない聖堂の中に閉じ込めて置くほどのマスターをわざわざ、自分達を倒すための先兵として差し向けたのだ。
「――――違う、違う違う違う! 私は、そんなことは望まない! そんなの……望んだとしたら……っ、それは私じゃない…!」
まるで、子供のように叫んでいる。あまつさえ、自分の隠したエゴを認めようとしない。
知って欲しくないのに知って欲しい。確か、衛士に選ばれた少女はそうなりやすいという話をラニから聞いたような気がする。それは彼女も例外ではなかった。
―――そして、SGとして摘出するにはそれだけではたりない。
あくまでそれは一面性に過ぎないのだ。
『私じゃない』と彼女は言った。
たぶん、彼女にはいくつもの顔がある―――それこそがSGに繋がっているのだ。
『――――驚きました。まさか、被せただけの人形のクセにこんな出力発揮してくるだなんて………いえ、見誤ったのは私の方、か……。少し、記憶を覗いただけで……そんなに怒らなくてもらなくてもよいではないか……』
思い出すのはヒビノとの会話で頭によみがえったあの光景。それを彼は武人故の堂々とした美しさ――壮麗さだと言った。
『ランサーの行為を合理的でいいものとした残忍さも彼女は持っている』
とも彼は言っていた。それは彼女の残忍さ。過度な合理的な考えが結びついてこその残忍さ―――つまり、魔術師としての冷酷さそのもの。ヒビノは魔女と称するだろう。
そして最後は―――ヒビノに恋を抱く少女としての側面。もはや言わずもがな。彼女が恋を抱いているのは無意識に彼女が抱いていた願いを考えれば分かる。守りたいのに護られたい。サーヴァントとしては大きく歪んだ願いだ。……普通の女の子としてはありがちな願いだが。
魔女。武人。少女。
その三面性こそが―――彼女のSGだ!
》―――『三位一体』。
「――――ああ、あああ、そんなっ」
キャスターの身体が空中に浮かび――胸の中心から赤く発光するものが出てくる。
それに向って引き込まれるように自分の身体ごと腕を伸ばす。
――――――SG1。
輝くSGは砕けた。
この階層における支配はキャスターから離れたらしく―――鉄格子がガシャンと消えた。ヒビノは解放されたようだ。
なお、彼はぴくりともしない。
「―――――これでは、こんな……私では、マスターに顔向けできません……。――っ! よくも、私に恥をかかせてくれましたね―――その身体、24分割にしても飽き足りません。岸波白野……私の全てを持って貴方を殺します――!」
殺意を込めてキャスターはそう言った。ちらりと一瞬、ヒビノを見た後―――キャスターは去って言った。
『彼女のSGは、“三位一体”。……ということは、彼女は女神に近い特性を持っているということでしょうか』
おそらくそうだろう。
ヒビノもそう言っていたことだし――――――って、ヒビノ!
彼は何度もキャスターに踏みつけられ―――後半からはもはや意識を保っていないようだった。
無事だろうか―――!
視線を彼がいたほうに向けると、ヒビノは何食わぬ顔で立ち上がっていた。
首をこきこきとならしている。
その大丈夫だった? 何度も踏みつけられていたけど。
「後半意識が飛んでたわ。……しかし、見事だな岸波。よく彼女のSGを暴いた。今回ほど奇々怪々なSGはないだろうから後は普通に抜いていくだけでいいぞ」
そう言って、スタスタと歩き去ろうとしていた。
え、ちょっとまってくれ! どこにいこうとしているんだ!?
「あん? そりゃあ、キャスターの所だけど? オレは、アイツのマスターだしな」
そう不敵に笑う。
「それにアイツを
―――なっ!?
聞き間違えではなければ、今彼はBBにキャスターを売ったと言わなかったか。
「そうだよ。つーかそれ自体は始めからいってただろ?」
「―――そう言えば、聞いていなかったな。ヒビノ、貴様何が狙いだ? 何のためにキャスターを売ったのだ!」
戯言は許さないとばかりの剣幕でセイバーはヒビノに言う。
「………本当は、オレだけの手で終わらせる気だったんだが、巻き込むことになりそうだな。はぁ………仕方ない。全ては自業自得だ」
なにやらブツブツと言っていたが、こちらに真剣な様子で振り返った。
「――――あの女はまじめ生真面目くそ真面目だ。だからこそ、今はサーヴァントという
化け物……? どういうことだろう?
「今は言ったところで飲み込めないだろう。だが―――覚えておいて欲しい。オレは、彼女を救いたいだけだ」
ヒビノはそう言って今度こそ去っていた。“それだけがオレたる
***
SG1【三位一体(三相女神)】
簡単に言えば―――
それらが悪魔合体したものがSGとなっている。
彼女の逸話として大きく関係しているため強い言及は伏せておく。
三位一体というより三相女神という概念に近い。
三相女神とは、太古の昔から世界を創造した地母神の三相と呼ばれている概念である。
ソレを表すのに上弦の月、満月、下弦の月と表される。左からそれぞれ、少女、母親、老婆を表す。
月の満ち欠けの様子から死と再生の女神などによく見られる。
というか、三相とか言っているが、大きく分けて三つにカテゴライズされるのであって実際はそれ以上の面を持つ。いくつかは聖なる数字を三倍してください。
とかく、彼女のSG――つまり隠したかったモノは唯一つ。ヒビノに護って欲しいという願いそのもの―――いや、その願うと言う狂気。それは、今の彼女には破綻したモノだ。
キャスターはサーヴァントである、という自分の役割にこだわって動いている。その自分が護ると決めた対象を死地に送り込もうとするなど狂気余る行為である。
愛しているのに傷つけたい。恋した筈なのに壊したい。
ヒビノがキャスターを生真面目と称したが、それ以上の相応しい言葉はない。
まじめだからこそ、強く岸波の言葉を否定したのだ。
――――キャスターはヒビノに恋をしている。
もはやそれは隠しようのない事実である。
いつ惚れたとか、何が原因だとかは、たいした理由はない。少々……丈夫(笑)だっただけだ。しかし、結果としてキャスターはヒビノの好意を抱いてしまった。
自分はそんなものを抱いてはならないと思っていながらそれを抱いてしまった。記憶の殆どを見た以上、彼女は彼の側に立つ自分でない誰かをしているのだ。
この恋が叶わないなら、せめて――彼を護るサーヴァントとしてあろう。
だが、同時に――彼はずっと私に護られていればいい。私だけを護って欲しい。
そんなエゴが彼女の中に生まれてしまったのだ。
それが、あの魔術であり、迷宮の仕組みとして現れていた。
火「あばばばばばば―――――!」(金属フックに釣られて燃やされている人の図)
ラ「フフフフ、フハハハッ! 燃えろ燃えろ――! 女の敵は焼き討ちよ!」
「ふぅ...。こんなこともあろうかと人形用意しといてよかっ―――え?」(ざしゅっ)
ラ「どうせ逃げ出すだろうと思って、トラバサミ仕掛けておいてよかったわ」
火「お許し下さいライダー様、ぼくぁ決して君を裏切ろうとしたとかそういうアレではなくてですね―――是は致し方ないじじょうが」
ラ「うるさい。サッサと私に殺されなさい―――!」
「ア゛アアアア―――!」