暗い部屋。冷たいコンクリートの中。
脱出口を示す緑色のライト。
足下を照らす非常用ライト。
古びたエントランスの奥―――カウンターには何人かの名前が書かれた名簿。
カウンターの上を軽く指でなぞってみれば、濃い埃が指先についた。――何年も使われていないことが分かった。
ここに来る前にこの施設のことを周囲に住む人達に聞いてきた。
彼らが言うに曰く、『病院があったことは確かだが、いつから廃されたのかはわからない』。
全員が口を揃えてそう言っていた。
最後の公式の情報――新聞紙や役所には、二年半前まで掲載されていた。何故廃されたのか役所に聞いてみたがどうにもわからないらしい。届け出がないことは異常な筈。しかし、担当者は不思議に思ってなどいなかった。言及した今ですら、対応しようとはしない。むしろ
それは何故か。自問する。
――暗示、だろう。しかもかなり用意周到な誰かだ。
では、誰か。
――当然、
つまりは、ビンゴ。ここは魔術師の隠れ家に違いない。
意図的に隠された廃病院。魔術師によってひた隠しにされた場所。
付近では、三年前を皮切りに神隠し―――行方不明が相次いでいる。
そして、最近は黒い影がこの付近で頻繁に確認されているらしい。
今はまだ、都市伝説程度にすぎない。
しかし、放っておくことはできない。
これはもはや火々乃家の案件だ。実体を本家に報告すれば―――排除の依頼が来るだろう。
だが、今は俺が先に受けた依頼を優先させて貰うとしよう。
肌にへばりつくような粘ついた空気。
霊道を無理矢理歪め接続し館内に張り巡らしてある。おかげさまでよくない瘴気の吹き溜まりと化している。何を作っているかなど簡単に想像につく。
異界―――それも地獄の類いだろう。
『おや。久方のお客…………しかし、その、傍目からでも分かる“神秘”。ふむ……かなりの魔術師とみたが、何者かね?』
不意に声が響く。どこからともなく。
さて、なんと答えるべきか。取り敢えずは―――。
「火々乃晃平……しがない魔術師だ」
この程度が当たり障りのない回答だろう。
『コーヘイ? ヒビノコーヘイか! あの降霊科で交霊の研究をしていた……あの! いやぁ、会えて嬉しいよ! 鼻つまみ者のくせに、
よーしぶち殺し決定。
お前死んだわ。いや殺すわ。つーか死ね。とくと死ね。
黄色じゃありません~。色は『黒』ですぅ~。
色位は
だいたいあの色位なんて“冠位になるまで
冠位になったらなったで講師になるか封印指定されるかの二択。ごめんこうむるだぜ!
そう心の中で訴えた。
ツッコんでも聞いてくれる奴等なんて魔術師にいるはずないからね。…………なんか、無性に悲しくなってきた。
『しかし……何故私の工房に? 今私は手が離せなくてね。何せ、いい素体が手に入ったものでね。これから研究で忙しくなる―――』
「いやね? 俺も別にテメェがナニしようと別に知ったこったちゃ無いんだが……立場上一つ聞いておかなきゃいけないんだ」
『ほう。何かね? 色位の猿』
おっと、俺の殺意が漏れてしまう所だった。いちいち鼻につく言い方だ。よほど死にたいらしいが……俺は誠実な男だから、一応事実確認をしないとな。
十中八九、コイツがヤッたと俺は思うがあるのは状況証拠だけだし。
「―――――――――最近、女子大生が神隠しがあったらしくてさぁ……黒髪、長髪、二十歳程度の女らしいんだが……単刀直入に聞く。お前か?」
嘘は許さないと張り巡らされた霊道を通して伝える。
この地でここまでラインを上手く歪めて維持させた手腕は褒められる所だが――雑。ねじり方はど素人じゃないか。うちのメイドの方がもう少し上手く……じゃない。
さっさと仕事終わらせて寝たいんだ。なんでどこの魔術師も夜型なんかねぇホント。いやまあ俺も夜型なんですけど。しかも明け方前。
『――ああ! ひょっとしたらアレかな? トモダチにメイドしている子がいるとか言っていた子かな? うん、思い当たるのはそれくらいだけど………いい素材だったよ。ちょっといじりすぎてぶっ壊れちゃったけどさぁ。私的にはもうちょっともっても欲しかったけど眼球をほじったところまではよかったんだけどねぇ。まあ……ほかのゴミに比べたらましかな? こないだのガキみたいに少し腕を分解しただけで“ママ助けて!”なんて言う野猿比べればだけど』
地下二階―――恐らく霊安室だろう場所を潜行させていた
換気系が作動していないようだから死臭は相当のものだろう。
蛆が山ほどわいている。まあ処理がてらに飼っているのかそれとも放ったか。
その山ほどある死体の一つに―――目玉がなく、腹が裂け、おそらく子宮が引っこ抜かれた身体が蛆に食われながらも無造作に捨てられていた。
ああ、ナルホド。
つまりコイツが。
未だにベラベラ喋り続けているソイツのいるだろう方向を見据える。
長話をしてくれたおかげで神秘の流れ込む場所、その中心地にあたりがつけれた。
『私は再現した! 完全に! 是こそが死者の国、死者の園! 根源への第一歩を私は踏み出したのだ! ふ、フハハハハッ!』
よくもまあ、のんきに笑えるものだ。たいした事でもないことを延々と聞かされるこっちの身にもなれ。というか、余りにも見当違い甚だしくて笑えてくる。
『お先に私は根源に――――』
「たどり着けるわけねぇだろ。ンなんで根源に到達出来たら世に魔術師は沸かないっての」
痛いほどの沈黙。
さぞ顔真っ赤に違いない。
地獄を再現―――確かに、死や呪いが集まるように霊道を歪め一つの界で封鎖し、膨大なエーテル素をため込む――はよく出来ている。加速度的に蓄積されていくそれを300年単位で圧縮していけば、あるいは。
だが、結局は地獄の再現程度で終わる。
『………ああ、そうか! 嫉妬だな! 私の才能に嫉妬して――』
「お前、道ばたの石に嫉妬したことあんの?」
だとしたら、かなり卑屈なヤツだな。蹴飛ばすことも躊躇するに違いあるまい。
再現の魔術式、
これほどのものを作っておきながら、地獄を理解していないのである。
結局、地獄を再現しようがそこどまり。その先を全く知らない見ない。
どうしても『根源』に行きたいというならその先の黄泉―――あの
耐えようとするなら――――第三魔法でも持ってこいという話になるのだ。因って、この魔術はよく出来ているが根源にはたどり着けない。鶏が先か卵が先か。
第三魔法を得ているなら話は違ってくるのだが、魔法を得ているならそもそも挑む必要がないだろう。
『~~~~ッ! どいつもコイツもッ、私を馬鹿にして――!』
彼がそう言うや否や、俺の周りを囲うように黒い澱となったエーテル素が吹き出し人型に練り上げられていった。
「Agiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiiii―――!」
なんという汚さ。
腐ったエーテル。汚れた
『混ざれ混ざれ混ざり合え、刻限は今日この日虚の底。現出せよ―――
ふむ。シュヴァルツヴァルトにしてフェルトベルグに死霊魔術とくれば、古ゲルマン式か?
いやまあ、今となってはどうでもいいんだけどさ。手加減する気も無いし。する必要も無いし。
『その男を、潰せ……テュラン!!』
「iiiiiiiiiiigiiiiiiiiiiiiiiigiiiiiiiiiii――――!!!」
黒い人影は一つに捻り合わさり一体の怪物になった。悲鳴ともとれる叫びがけたたましく鳴り響く。
人間に獅子の頭をくっつけ、太い尻尾に鼻と耳をそぎ落としたような怪物。それはオレを見下ろすように立ち上がった。
テュラン。Tyurn。つまりは、暴君か。
確かに異様な外見に名前をつけるとしたらそんな名だろう。しかし―――まあ、アレだな。
判明しているだけで四十一人は死んでいるらしいのに、その成果がこれとか。残念にも程がある。
『ふっはっはははっはは! どうだ! 是が我が才!その具げッ……!!』
「―――その程度で吠えるな、たわけ者め」
俺は懐から一つの小瓶を取り出す。中身には黒いどろっとした液体が入っている。光沢は見られず、辛うじて液体と判断できる。
「ハッ……どうせだ。今のお前に相応しい魔術を使ってやろう。冥土の土産にでもするがいいッ……!!」
蓋を開け、中にある液体を地面へと垂らす。
それは不思議なことに、地面に落ちても音がしない。
黒い液体は薄く広く―――部屋の床を覆っていく。
「―――――――――それは、原初の呪い。秩序を食い荒らす混迷の徒。死者が生者を喰らう悪徳にして必然悪」
黒い泥の中から、白いものが浮きでてくる。
ソレは200近くの小さくても一メートルは超えているだろう白い棒。巨大な一つの髑髏。
そうあれば、その光景を見た者は当然だが人間の骨格が出てきたと感づくだろう。
がしゃ。がしゃ。がしゃ。
「黄泉よさらば。我が身は地獄の鬼こそ相応しき」
骨は組み上がっていき―――上半身の骨格が組み上がった。巨大な髑髏の目にエーテルがくべられ燃え上がる。
―――どくん。
空間が揺れる。
それは心臓。その骸骨の巨体に相応しき心臓が動いている。
血肉はないが、骨子がある。
猛々しい炎を発しているとすら思えるほどの圧倒的な魔力と神秘。
その姿を日本人が見たならこう形容するだろう。
――――――がしゃどくろ、と。
『な、なんだ……それ』
絶望の声が聞こえてくる。
大凡の魔術師は是を見ただけでそうなる。地獄には、地獄の使者。使者にして死者。あ、ここジョークポイントね。
「―――――――igggggggggggiiッ…………!!!!」
むんず、と白い骸骨は黒い怪物を鷲づかみにして頭からかみ砕いた。なにぶん掌は広げれば最大で五メートル大。たかが三メートルの怪物でどうにか出来るものではない。
もしゃもしゃと咀嚼し。ばりばりとかみ砕く。恐ろしき威容は流石。
テュランとよばれた怪物は呆気なく絶命した。
白い骸骨はうめく。
「――――――――――た、リナイ。タリない……たりな、い…! タリナイィィィィィッ……!!」
この骸骨は俺が作った魔術式そのもの。ベースこそ、『日本国現報善悪霊異記』から引っ張ってきた逸話、伝承だが本質は別だ。
日本国現報善悪霊異記とは、平安時代にかかれた最古の説話集である。奇蹟や怪異を主に取り扱ってある。備後国(広島県)に住む男の説話を使い一つの魔術式として組み上げた。
さらに、
おかげさまで生者殺戮マシーンと化してしまった。これには流石の俺もやっちまったなぁと反省しているヨ。何故か原爆のイメージまで引っ付けてきたらしく何というかとんでもないものになってしまった。ちょっと後悔している。近くにいると熱いんだよね。
とかく。大抵の魔術師は是を見た瞬間に逃げ出す。何せ、ひっつけた呪いの方が強すぎて邪視まで振りまくようになってる。
……ふぅ。制御するのも一苦労だ。ライダーも性能的に言えばかなり魔力を持っていくがコイツはその日ではない。一時間連続使用でガス欠になる。
「ついてこい、魑魅魍魎。お前の欲している者はこの先にいる」
カタカタカタカタッと骨をならしてついてくる。
かつて代行者に狙われた時には十体連続使役とかしたけど―――まあ、この程度の相手ならばそこまでいじめることもあるまい。
後ろにいる髑髏のせいでやたら熱くなった廊下を進んでいく。
もはやこの時点で決着はついた。
今頃、魔術師は尻尾巻いて逃げる準備でもしているのだろう。
――――ここにいる魔術師は
余りにも稚拙な魔術工房から察した。理論と実力が見合ってない。地獄の再現。霊道のいじる技術。裏に他の魔術師がいるのは明白だ。
まあ想定の範囲内。ここからそう遠くない場所からこちらを見ていることだろう。
なので―――わざわざこの髑髏を使った。
圧倒的な神秘を見れば魔術師で在る以上注目せざるを得ない。そしてここから漏れ出す魔力がある種のジャミングとなり―――彼女を見逃すだろう。
「―――やれ、ライダー」
火「なんか長くなったから閑話を二つに分けたらしい。次回は――」
ラ「私の出番ね...!」
火「だといいよな」
ラ「えっ」
火「えっ」