Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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妖姫:結

 

 彼女は、夫への愛を頑なに認めなかった。

 

 男は、妻への愛を自分が囁いてはいけないのだと勝手に理解していた。

 

 だからこそ、三つ目のねじれ。

 

 間が悪かった、と言えばそれだけだが。それを認められるような間柄ではないのだ。

 

 モルガンは―――夢を砕いた男を恨んでいるのが当然で。

 

 男は―――自分の犯した罪に贖罪するのが(が彼女を愛するのは)当然で。

 

 彼女(自分)自分(彼女)に抱く思いは偽物――そう規定した。

 

 彼女が意地をこれでもかと張って否定したから、男はそれに対して意地を張って肯定したのだ。

 

 

 やがて、時は流れ。

 

 

 遂には、その時―――彼が、王に忠を尽すときが来てしまった。

 

 

 かの王に不満を抱く諸侯をまとめ上げ―――反乱する、前日の別れの日。

 

 ―――男が命を捨てる気なのは、彼女も薄々感づいていた。

 

 だが、彼女がそこで無様に“自分の元に戻ってきて欲しい”と言える性格はしていない。

 

 

 でも、男には。

 

 別れの日、戦陣へ赴こうとする男とその妻は向き合った。

 

 

 男は別れをつげるために。

 

 女はそれを見送るために。

 

 

 男は、彼女の顔を見た。

 

 無理して笑おうとしている女の顔があった。今のも泣き出しそうで―――それでも、笑おうとして。自分が死のうとしていることに感づいると男は知ってしまった。

 

 そんな顔をする彼女を見てしまったからだろう。

 

 男は、一つの嘘をついた(ユメを見せた)

 

 

『絶対、君の元に帰ってくるから―――どうか、待っていてほしい』

 

 

 酷い話があったものだ。

 

 帰ってこれぬと知っている人に、自分を待たせるなど。

 

 どうせなら、いつものように罵ってくれればいい。いつものような、不満そうな顔で言ってくればよかった。

 

 でも彼女は―――嘘にすがった(ユメに期待した)

 

 

『じゃあ、さっさと行ってきてください。期待せずに待っています』

 

 

 顔を背けて、そう言うのが彼女の精一杯だった。

 

 ―――死んだら死んだらで清々する。

 

 もう妻という在り方にこだわらなくてもいいからだ。それこそもう一度、自分の騎士を作ってもいい。

 

 そう思い込もうとした彼女の頬には透明な雫が流れ落ちていく。

 

 

 ――――引き留めれば、彼が死ぬことはなかったのに。

 

 

 四つ目のねじれ。それは悔恨。

 

 ――大切な人を死なせてしまった呪い。

 

***

 

 

 男の生涯は、そこで終わった。

 

 自分が成した、不満を持つ諸侯を全て絶やすことに成功した。

 

 だが、お前は終われない。

 

 ―――たった一つの約束を覚えていたからだ。

 

 

 だが、やっぱり現実は都合よくは歪んでくれないもので。

 

 肉体が先に、死に絶えた。

 

 

 ―――ここからが、お前の知らない物語だ。

 

***

 

 

 遂には、男は帰ってこなかった。

 

 

 ――――――女は、驚くほど失意に飲まれた。

 

 

 こんな筈じゃ、無かったのに、と。彼女は呟いた。

 

 おかしい。

 

 自分は、もう妻にこだわらなくていい。自由なのだ。

 

 そう自分を塗り替えたのに。

 

 

 ―――どうして、こんなにムナシイのだろう。

 

 

 ざわざわと、呪いが騒ぎ立つ。

 

 お前だ。お前が悪い。

 

 あの日引き留めてさえいれば―――失う事はなかった。

 

 

 つまらない意地。

 

 戻ってこない日常。

 

 消え去った、希望。

 

 残ってしまった、絶望。

 

 

 あれだけ、焦がれていた騎士(ユメミタモノ)への恋慕も消え去った。

 

 

 嗚呼、なんてことを。

 

 女は、罪を自覚した。

 

 

 失意と絶望の渦の中―――。

 

 

 ―――本当に、彼女は間が悪い。俺ですらそう思えて仕方ない。

 

 

 彼が死んだ同時期に、ある魔竜が討たれることになる。

 

 その竜の名は、ヴォーティガーン。卑王の名を持つ王が白き竜の血を飲み変成したものだ。

 

 彼はブリテンの意志と同化し、魔竜となったものの。

 

 アーサー・ペンドラゴンに討たれた。

 

 だが、その瞬間にソレは呪いを残す。アーサーに対する激情を。全てを焦がさんとする憎悪を。吐き出した。

 

 

 モルガンは、先王ウーサーより、この島の主であり持ちものとする権利を持つ。言い換えれば、その島は彼女そのものと言っていい。

 ブリテンに吐き出された呪いは、容易に彼女の意志を汚した。

 

 失意と絶望に染まった彼女が避けることなど、出来はしなかった。

 

 

 ――――――――彼女は、発狂した。

 

 

 腹の中をウジ虫が這い回るような。

 

 脳裏をムカデが這い回って。

 

 頭の中をガジガジとかじられて。

 

 胸が破裂しそうなほど、痛くなって。

 

 

 彼女は、狂った。

 

 意識が、ぐるりと回って。

 

 

 ―――彼女は、反転した。

 

 

「あは、ハハハハハハハッハハハハッッハハハッハッハ!」

 

 

 何もかもがおかしかった。

 

 ちっぽけな男で悩むことも。女にとってはもはやどうでも―――いや。

 

 

 その狂気が、あることに。

 

 不道徳に。背徳に。

 

 彼女をよがらせた。

 

 

 失うことに、興奮させた。

 

 喪失感こそが彼女の快楽点となった。

 

 

「―――簡単だわ! そうよ、()()()()()()()()()いいのよ! それは、とてもとてもキモチイイわ!」

 

 

 アーサー王すらも、ちょうどいい憎悪相手(遊び相手)

 

 

 だいたい、あの男が死んだのは―――アイツのせいじゃないか。

 

 いいことを思いついた、と彼女は妖しく笑う。

 

「どうせなら、ええ。末路は自分の息子に殺されるってのはどうかしら。自分とうり二つで、醜悪なほど似ていて―――貴様のせいで自分はこうしたってそういわせれば……!」

 

 ――嗚呼、あの子に絶望させられる。

 

 ――自分も、愛したモノを無くしてキモチイイし!

 

 蕩けるような顔で。憎悪(劣情)を膨らませていく。

 

 ガウェインも、ガレスもガヘリスも、アグラグェインも。

 

 全部悲惨な末路を辿らせる。

 

 マーリンに匹敵する程、魔術を極めた妖姫は妖艶に笑う。

 

 夫が大切にしてきたものを壊すことを頭に描いては―――絶頂した。

 

 

 かくして、女は妖姫になった。

 

 いたずらに運命を狂わす、魔性に成り果てた。

 

 

 女は、閨に男を呼ぶようになった。

 

 男を淫らに誘い。堕落のかぎりを尽した。

 

 倒錯した交わりもあった。自分の子と同年代とも交わった。老人ですら誘った。

 

 遂には、義弟にだって手を出した。

 

 堕落。愛憎。嫉妬。嫌悪。情愛。狂愛。

 

 ―――自分を壊せることに、浅ましく興奮した。

 

 

***

 

 

 

 そんな狂った女の最後は、呆気ない。

 

 

 

 彼女は合理の化身。賢者と歌われた知謀。戦乙女が如き剛胆さ。オマケに武芸もできるときた。

 

 それが―――たった一人を殺すために向けられる。

 

 アーサー王を犯す毒として。すり込まれた呪いが、王を憎悪する。言いがかりにも等しい、八つ当たりの憎悪。

 

 自分の身体を駒にしたその妄執、執着は王を致死へいたらせた。

 

 幾日が過ぎ去って。

 

 やがて、アーサー王の全てを奪った。

 

 全部、台無しにしてやった。今頃、モードレッドと殺し合ってくれることだろう。

 

 

 ―――なら、次の。

 

 

 と、舌なめずりをして。

 

 しまっていた、王の鞘を取り出した。

 

 最後に、これを捨ててしまえば――彼女の全てが、計画が達成される。

 

 

 ――――何となく。

 

 

 彼女は、空を見上げる。

 

 

 空には、白い天蓋。

 

 大きな白い月―――。

 

 

 何の因果か。

 

 彼女がそれを捨てようと―――いや、捨てた時。

 

 ―――突然、彼女を覆っていた狂気が霧散した。

 

 

 魔法の鞘には、呪いを払う力もあった。

 

 ソレが、原因。

 

 アーサー王にしか反応しないはずのものが悪戯に起動したのだ。

 

 

「―――――――――――――あ」

 

 

 全てを、彼女は思い出す。

 

 

 自分の積み上げた負債が。もう耐えられないほど。重くのしかかった。

 

 

 その悪徳を、罪を。

 

 彼女は、認めた。

 

 

「――――――――――――」

 

 いっそ、叫んで仕舞えたら。

 

 どんなによかっただろうか。

 

 ―――失意と、絶望が。

 

 きりきりと、胸を締め上げる。

 

 だれかの妻だった女は、多くの不義を犯した。

 

 

 ―――決して、彼女は恥を知らぬ女ではない。

 

 

 

 捨てたことで――叉、狂気が頭を這ってきた。

 

 

 ふと、目を落とせば。

 

 

 鈍く光る―――銀色の短剣。

 

 ちょうどいい、と彼女は拾う。

 

 

 ――――――馬鹿みたい。

 

 

 のど元に、刃を突きつける。

 

 ひんやりとした金属がキモチイイ。

 

 今の、自分に出来ることなど。

 

 

 ――――――この狂気(呪い)を、理想郷に送らないことだ。

 

 

 終りを、彼女は認め―――刃を深く突き刺す。

 

 痛い。痛い。痛い。

 

 首から、噴き出る血が―――喪失感を作り出す。

 

 だって言うのに、気持ちよくない。

 

 噴き出た血で、魔方陣を描く。

 

 最後は―――焼死を彼女は、選んだ。

 

 もう、身体を雄に使われるのは、ごめんだ。

 

 

 無垢な白い月が、汚れた自分を嗤っている。そんなことで、赦されるつもりなのか、と。

 

 

 

 ―――――――――彼女の人生は、孤独を孕んで死んでいった。

 

 

***

 

 エピローグは、物語につきもので。

 

 

 こっから先はただの蛇足。すでに上映は終わった。

 

 

 女は、呪いに蝕まれて死んだ。

 

 ムーンセルは、彼女を月の裏に追放した。

 

 ―――着いてきた呪いが、オートマトンを汚しかねないからだ。

 

 

 彼女を隔離したのだ。

 

 

 彼女は、狂気に支配されて目覚める。

 

 意志はヴォーティガーンに飲まれている。

 

 実質、彼女は全権を奪われていた。

 

 

 彼の狙いは―――唯一つ。この手で――アーサー王を殺すことである。

 

 

 なればこそ、彼は肉体を手に入れなくてはならなかった。当然、竜の身体をだ。

 

 キャスターの身体を乗っ取れたのはいいが、月の裏側では何もできないも同然だ。

 

 ―――そんな彼に運気が訪れる。

 

 巨大な衝撃とともに、ナニカが落ちてきた。

 

 

 それは、死体らしく―――膨大な神秘に桁違いのリソースを持っていた。

 

 ヴォーティガーンは歓喜した。

 

 とんだ神の落とし物を手に入れたものだと。

 

 ――――――そうして、触れて、契約する。

 

 ソレの持つ全てのリソースを奪うために。

 

 だが、同時に、彼にとっては予期しないことが起こった。

 

 

 契約したが最後、彼は彼女の裏側へ意識を沈める羽目になったのだ。

 

 原因は、男の段違いの呪い抵抗体質。

 

 ただの契約者でしかないサーヴァントにまでそれは発揮された。

 

 

 ―――気がつけば、女は月の裏に。

 

 当然、事の成り行きはヴォーティガーンしかしらない。

 

 残されたのは――死体と、彼女だった。

 

 死体――はもう言うまでも無く。

 

 俺――つまりは火々乃晃平だった身体だ。魂がすでに在るべき場所に帰った残りかすだ。

 

 そんな身体に誰かが不躾に入ってきた。

 

 

 

 ―――連鎖召喚。

 

 

 おそらくは――キャスターにでも引かれたか。

 

 死に切れなかった、男が俺の身体の中に入ってきた。

 

 オマケに、俺として行動しやがったのだ。

 

 

 もうここまで言えばわかるよな、オマエの正体が。

 

 

***

 

 

 

「お、れは―――」

 

 

 

 何もかも想い出した。

 

 自分が誰で。

 

 今まで、何をしてきたのか。

 

 ずっと、何をしたかったのか。

 

 

「彼女が、最初の質問に答えられなかったのは―――彼女にも分からなかったから、という落ちだ。で? 想い出せたかい?」

「ああ………オレは」

 

 

 そう、オレは。

 

 

 彼女を襲って、こじれさせてしまった原因。

 

 恥知らずに、ヒビノというふりをし続けた乱造品。

 

 

「オレは―――ロト、なんだな」

「その通りだ、客人。お前の名はロトだ。オークニーのロット王とは声高に! 彼のアーサー王もマーリン幻惑がなく、戦場に到着していたとしたら――負けていたと言わせる名将だ。逢えて、光栄だよ」

「世辞はいい」

「け―――。さっきまでなよなよしかったくせに、真名を取り戻したらそれか」

 

 ま、いいや、男は言う。

 

「お前が―――火々乃晃平か?」

「そうとも言えるが、違うとも言える」

「――――――オレは、マーリンが嫌いだ」

 

 威圧を込めて、さっさと話させる。

 もし、剣があったなら。

 

「要は、もったいぶるなってことだろ? はいはい、いいますよ。―――俺は火々乃晃平の精神ってやつだ。身体は――微妙なラインだが、まあ俺のものだ。主人格を成してると思ってくれ。で――お前は、俺の本能。つまり魂。それら三位がそろって――ヒビノコウヘイ、というわけさ」

 

 なるほど。

 

「お前は、英霊のなり損ないだ普通は信仰で英霊の座へ担がれるだろうに―――彼女にこだわってわざわざ、その座をすててさまよった。幻霊に該当する状態で徘徊して――最終地点に俺の身体があった、というわけだ」

 

 男は、嘘を言っていないらしい。

 

 わざわざ

「どうすれば、彼女を救える?」

「――――救う? どうやって? あの女は救えない。俺達では救えない。それが結論だ」

「貴様ッ」

 

 襟をつかみ引き寄せる。

 

「傲慢が過ぎるぞ、ロット王。いつから女を救えると錯覚した。勝手に人の身体に入り込んで皮を被るしかないクセに、よくもまあソンナ言えたもんだな」

「ッ―――!」

 

 図星だった。

 

 自分では、救えない。

 

 それを見せられたのだから。

 

 殴ろうと引き上げた手を、降ろす。

 

「…………っ、ああもう! なんなんだお前は!」

 

 突然、火々乃は怒り出した。

 

「その面で、しょんぼりしないでくんない!? 腹立つんだよ、人の身体でそれされるとさぁ!」

 

 そんなこと、言われても。

 

「……彼女の狂気は――英霊の座に登録されている。どう足掻いても――消えねぇんだ。向き合っていくしかない」

 

 ―――やっぱりか。

 

 

 白い竜の残したものはずっと。

 

 彼女に残り続ける。

 

「俺は、第五魔法を持ってるわけでもないんで過去には飛べんしな」

 

 がたん。

 

 席を立って、出口に向う。

 

「―――外へ行って、どうする気だ?」

「モルガンを、放ってはおけない」

 

 男は耳穴をほじって聞いているんだか聞いていないんだかわからない動作をしている。

 

「そうかい。なら―――そこ、出口を通れば、意識が浮上する」

「―――――さっきは、悪かった」

 

 彼の差した出口へむかう。

 

 

 扉を開けようとしたとき。

 

 

「―――――――はぁ」

 

 

 しょうが無い、とでもいうかのように。男はため息を吐いた。

 

 

「おい、色男。一応、方法はある。――――この夜は譲ってやる。だから―――お前の手で、彼女のSGを抜いてくるがいい。それを、俺への依頼であり、報酬として受け取る」

「それは、」

「いいから。こっちは、その用意がある。―――お前次第では、乗り気になる」

 

 “全てすら掛けてやっていい”とまで、男はいった。

 

 何故、彼は。

 

「―――いや、ね。俺も、楽しかったんだ。彼女との日常は。いやぁ、ほんと悪くない。だから―――幸せになってほしい。そう思った。―――白馬の王子様役は、お前にしかできないことなんだ。やってみせな。それが、キミタチの最後の夜だ――くれぐれも譲るなよ」

「いいのか?」

 

 

 “さっきの怒りはどうしたんだ”と笑って。

 

 “いいんだ”と優しく言った。

 

 

 ロクデナシな自分より、もっといいやつだったのだろうか。

 

 

 ここは、ユメの果て。故に、浮かべば、殆ど忘れるやり取り。

 

 

 でも―――この、彼女との約束だけは。

 

 

 ――――忘れない。

 




火「ちなみに―――ロット王がモルガンを襲った理由だが。彼は――元より呪いへの体勢はめちゃめちゃ高い。つまり、彼女の肉欲に魅了されたのは他の要因があったんだ。だろ、マーリン!」
マ「あは。バレちゃった?」
火「バレたじゃねぇよ。アイツらがこじれたのだいたいお前のせいじゃん」
マ「だって彼女いい年して彼氏の一人いないんだよ?」
火「だからって、無理矢理ヤらせますかねぇ......」
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