―――自分達に残された時間はすくない。
生徒会奥のプロジェクターを通して観測される文明圏の喪失。
それは、あと一日で完遂される、とシュミレータでは予測されている。
BBの手で確実に実行される前に、止めなくてはならない。
その最期の壁の前に自分は立っていた。
目の前にはキャスターの壁――――迷宮の核が立ちはだかっている。
この先にたどり着くには、取り払うよりほかない。
……そして、相手はメルトリリスだけではない。
その後こそが最大の難関。
ムーンセルそのものになろうとしているBBを止めなければ、人類は緩やかな死を迎える。
その前に、なんとしても。
「奏者、深呼吸だ。顔が、こわばっておるぞ。人類の未来がかかっているだとかは、今は気にするな。奏者の出来ることだけに目を向けるのだ」
セイバーの励ましに、ありがとう、と礼を返す。
……確かに、気負いすぎた。
今は、生徒会のメンバーが、頼りになる仲間がいるのだ。自分一人で、気負う必要はない。
そして、これから戦うのは――――あのキャスター・モルガン。
そのマスター・ヒビノコウヘイ。
彼女らの能力の高さは、二層で思い知っている。いくら情報が少ないといっても、こちらの全力を鎧袖一触とばかりに撃退されてしまった。
『全て失われるべき理想郷』こそ、攻略は難しいが……勝ち目はある。
―――これが、最期の戦いだ!
***
……何処かで、泥が流れ落ちるような―――粘ついた音が聞こえる。
まるで、耳朶を通して脳内を冒されているような、あるいは全身を焼き焦がそうとする熱さを想起させる―――黒い海の底。冷たい海の底で熱い熱水が噴き出す境界層。
深海の環境。
孤独。虚栄。憤怒。蔑視。
寂しさ。意地。快楽。自傷。
「―――なんだ、この、気味の悪い音は! まるで胸の奥を刷り上げられているようななんとも言えぬ不快感……。あやつ、こんな心を抱えておったのか?」
たぶん、彼女の“死の欲動”がこうして音になっているのではないだろうか?
熱を奪う、冷たい孤独。
「生きたい」という欲求を食い潰そうとする「死にたい」という欲求。
……いっそ、死んでしまえば楽になれるとすら思っただろう、原初への退行欲求そのもの。
逃げ出したかったのに、逃げ出せなかった彼女という役割。
醜い、呪いの奥底。
確か、彼女はブリテンの原初の呪力を受け継いだ、と言っていた。それが関係しているのだろうか。
「……や、………いや……、いやよ、こんなの。頭の奥を食べられてる……? 私、食べられているの? 全身がぞっとして、まるで、ガランドウになってしまったようで――――寒いの寒い寒い寒い寒い……!」
それは、彼女の嘆き。生来の嘆き。
「何が、呪いの巫女よ! 私が知らないと本気で知らないとでも思ったの、お父様! 都合の良い役目を押しつけて、母様だけ欲しいから、お前は―――消えろって、そんな風に思っていたのでしょう? 知っていたわよ……誰も、私を欲してくれないなんて」
彼女の境遇が、徹底した絶望と孤独を植え付けていた。
……その経験が、彼女の心の基礎になってしまった。
追いやられるように何処か遠い場所に幽閉された。彼女の口ぶりからは、そう感じた。
「どうして……? 寒い寒い寒い怖い寒い………火はたいているのに、おかしな、話……わたし、死ぬの……?」
その孤独が死を予感させる。想像させる。
蛆のわく屍肉を彼女は知っている。
どんな風に人が死んでいくかなんて彼女が知らぬはずがなかった。
その情報は、想像の死をより繊細に色づけした。
「やだ、やだやだやだやだ……! 私、何も悪い事してないわ! 何も、何も何も、してない、のに……死ぬ、なんて嫌よ! わたしは、生きたい。私は、生きたい。生きなきゃ、生きても、生きれたら………死ぬのは、いや」
キャスターは、子供もの様に叫んでいる。
強い生存への渇望。
……されど、彼女の生への熱を奪う孤独。
「――――だれも、私をしらない。私はいらない。私は、いないほうが……いいの? 死にたくないのに、生きることも赦してくれないの? 邪魔、ゴミ――――ここは、ごみばこ。私は廃棄品。
いや……無意味に死ぬのは……無価値なままは……私は、何のために………生まれてきたのよ! わたしの生まれた意味って何なの………だれか、助けてよ。
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて………誰か、いないの? 私は、わたしは……」
彼女は、生きながら死に続けている。
何度も繰り返される叫びは―――誰も、その声に応えなかったことを指している。
「……苦しかろうな。孤独のつらさは、余とて知っている。―――廃棄とまで、言わせるほどなら、常軌を逸したものだったのだろう」
……だれも彼女に答えなかった。
「ずっと私は、助けをもとめたけど……それも無意味だって知っていた。子供嘆きなんて、誰にも届かない。そんなの、知っていた筈なのに。喚いているだけの私に、こんな無様な女に、声を掛けてくれる人なんて――――」
冷たさが――彼女の中で濃くなってく。
――――彼女の待ち人が、そこにくるまで。
「……私に、答えてくれる人が―――そこまで来ていた。大丈夫か、なんて脳天気な声で私に声を掛けてきた。たぶん、ここで無様さたっぷりの―――助けて、なんて言えればよかったのでしょう。でも、私は―――言えなかった。そんな、泣いていたなんて恥はかきたくなかった。
でも、彼の言葉は暖かかった。そんなの初めてで―――――」
彼女の恋の始まり。だからこそ、意地を張ってしまって、助けてとは告げられなかった。
闇夜に消えるだけの命火が瞬く間に強く燃え上がった。
「――――誰かを護りたいだなんて吐く男に、私は恋をしました。騎士という在り方を目指して、その場を歩き去っていったけど。いつか逢おうなんて、約束までして。貴方にもう一度あったとき“綺麗だ”なんて言ってもらえることを期待しながら、自分を磨いてきました。
師はロクデナシでしたが。だからこそ、真っ当に学ぶ事が出来ました。
今思っても、恥ずかしい―――約束でした。結局、初恋は泡沫の夢と消えてしまうのですけど……それからは、少しはよい日々を生きられました。
こんな私を求めてくれる人とも出会えましたし。まあ、不満はありましたが、それだけで、ええ、満ち足りていました」
あの日までは―――と彼女は続けた。
「どうして、大切なものは生まれてしまうのでしょうか?……どうして、私の大切なものは何処かにいってしまうのでしょうね? ………どうせなら、自分の手で――――殺してしまったら、よかった」
その声を聞いた瞬間に全身が総毛立った。
彼女は、狂気は制御したといっていたが………どう聞いても、これは狂っている。
消えてしまうのなら、せめて自分の手で殺してしまいたいだなんて……これは、破滅願望の始まりに過ぎなかったのか。
「………ぜんぶ、
「何もかもを壊したい、か。余は、
アーサー王。
モルガンの宿敵。―――それには、彼女の八つ当たりじみた憎悪が関わっていた。
冷徹な魔女が目をつり上げて、獲物をにらむ。
「そうです! 良いことを思いつきました! ―――自分の生んだ子と殺し合って貰いましょう。ふふふふ、ふふふ、ハハハハハハ―――!! 私が関係を持って作った子だって知ったあの子の顔が目に浮かぶわ! ………どう、絶望してくれるのかしら?」
残忍な嬌笑が響き渡る。狭笑にして嘲笑。
……ヒビノとのやり取りで忘れそうになるが、彼女は悪。それも、名高い魔女なのだ。
「……私は、悪。私は、呪い。私は、魔女。―――私は、もう、ここまで堕ちました……こんな私をみたら、貴方は、どう思うのでしょうね……?」
その貴方は、誰に向けられたものなのか。
その恋を護るためには――――自分を貶め傷つけ、罰さなくてはならなかったのかもしれない。
彼女の言葉尻には――拒絶に怯えているように自分は感じた。
彼女にどうなりたいのか聞いたが、彼女自身にも分かっていなかったのかもしれない。
まるでそれは、子供の嘆き。
大人のカラを厚くして―――ずっと心は行き止まり。
過去への隷属。いや、執着。あるいは、妄信。
その彼女を隣で見続けた―――彼は、一体どう思ったのだろうか?
―――無限とも錯覚するにする、心の旅路。
一瞬か、あるいは永劫の体感時間のあと、キャスターの心の中心が見えてきた――――
***
迷宮の核、彼女の心の最深部に―――キャスターは
彼女の背後には、巨大な釜のようなものが設置されている。
彼女の背以上の―――それこそ、大人が何人もすっぽり入ってしまうような、車より大きな釜。
―――魔女の大釜。
だが、それよりも……この空間に漂う異常な臭いが気になった。
「むう、胸中を毟るような不快な音の次は―――鼻が曲りそうな臭いと来たか。―――キャスターよ、この臭いはなんだ!」
……本当に酷い臭いだ。
腐臭と死臭。
腐った魚のはらわたを煮込んでより臭いを濃くしたような。蠅が好みそうな臭いだ。
生臭いというか、鉄臭いというか、ちょっと甘い匂いも混じっている。それがより吐き気を促進させる臭いへと昇華させているのだが。
「…………………」
キャスターは、答えない。
じっと、釜を見つめたまま動かない。
―――臭いの元は、恐らく。
彼女の奥にある大釜。釜の色は黄金。
魔女、ときけば必ず想起されるだろうソレがそこに鎮座していた。
―――どくん。どくん。
と、まるで心臓の鼓動のような音が釜から響いてくる。
落ちてくる際には―――赤黒い液体で染まっていた。
謎の液体はこぽこぽ、と音を立てていて、湯を沸騰させたような音だった。
――――一体何が……
そこまで考えて、ふと気がついた。
―――ヒビノがいない。
「キャスター……貴様、己がマスターを何処にやった!」
実験がどうとか、彼女は言っていた。
……ひょっとして、あのどう見てもギャグにしか見えない悲鳴は、割と本気の悲鳴だったのだろうか?
「…………
「何?」
ごぱっ――!!
突然、釜の中身が大きく流動し始めた。
い、一体何がっ―――!
中身がぐにゃぐにゃと曲がり、ひねり、圧縮と膨張を繰り返しながら―――
がんっとキャスターが釜を蹴って、中身をフロアにこぼした。
粘性の高そうな液体――というか半固体はフロアの中心で、人間大の赤い球体になった。
まるで、顕微鏡でみた細胞のか―――――
「――――っ、奏者! どういうことかは全く分からんが――――アレの中から、余と同じ―――
セイバーの半場悲鳴染みた警告。
ねじれるように球体が流動し始めて――――、表面がはじけ飛んだ。
煙が上がる。中身は、視認できない。
「……成功、です、ね……。ふ、ふふふ、あはははっ」
キャスターの嬌笑。悪魔的な笑い。いや、嗤い。
成功……なら、その、中身は……
煙が、晴れていく。
―――まず、見えたのは白銀の鎧。
次いで、右肩の鎧を突き抜けて生えた爪。あるいは、角なのか。
そこから侵食するように白い鱗が腕を覆うように生えている。あるいは、癒着している。
兜もまた、白銀で―――赤い虹彩、蛇の目玉のように瞳孔は縦に避けている。
左腕には他所と比べると鱗などは見られないが肘から白い鱗と爪が飛び出ている。
赤い雷が彼の周りで迸る。
右手先には―――白銀の剣。
鎧も相まって、一見して騎士に見える。鱗や爪といった怪物要素が強くなければ、だが。清廉さを汚す禍々しさ。
……そういえば、彼女の願いの一つには――――
「……貴方が、悪いのですよ、コーヘイ。私を、本気にさせたのですから……。もっとも、今の貴方に、心はあるんでしょうかね?」
そう言って、くすくす笑う。
……なにが、おかしい。
「―――おかしいでしょう? この人は、私を信じてなんていない。でも、ほっとけない。そんな、馬鹿の理屈で、ここまでされて。好きにならない理由なんて、なかった。―――この人には、好きな、人がいたんです」
「……ヒビノが、前に契約していたサーヴァントとやらか?」
「察しがいいですね、セイバー。……ええ、そうです。その人を、この人は愛していたんです。……だから、私は、この人にとってのサーヴァントであろうと思ったのに。
脳天気な顔で、馬鹿みたいな理由で、あっさりと私の中に入り込んでっ……!
だから、
愛おしそうに、その
顔は、それこそ恋慕に溶けた表情をしていると思ったのだが―――冷酷な笑みにも見えた。
彼女は、麗しき唇で―――彼の耳に囁く。
「……貴方の全てを私に下さい。貴方が全てを私に差し出しなさい。私の全てを貴方にあげます。―――今宵は、新月。
彼女は、女王としての在り方も持っているのだったか。
彼女のささやきはある種の呪詛でもあるのだろう。息を吹き込むように、母のように慈しむ。
「貴方は、私の騎士です。私だけを愛して、私だけを護って、私だけに護られて。―――嗚呼、愛しき私の騎士よ。今や、貴方は無敵。誰にも負けない。負けるわけがない」
少女のような可憐さで、世にも残酷な言葉を口にする。悪徳の華は咲き誇る。彼女に咲いた華は、いともたやすく彼を絡み取る。
魔性の女。
「……ヒビノは、その騎士とやらになったわけか」
「なった……? いえ、生まれ変わったのです。彼にはもうリソースはありませんでしたし―――それに、心臓は白き竜の破片と
「貴様っ―――己がマスターをその手で殺したか!」
「はぁ? 話、聞いていましたか? 私は、作り直したのです。結果的に死んだことと同じになっただけですよ」
―――当たり前のように、彼女は狂気を口にした。
「あはははっ、そんな顔しないでくださいな。貴方達にも勝ち目はありますよ? ほら、私ってサーヴァントですから、この騎士を倒せば―――そのまま私も死にます。ま、勝てればですけど」
勝ちを確信して、彼女は笑う。
目の前の怪物は―――こちらを、殺気だって見ている。まるで―――バーサーカー。
……彼に、落ち度はなかった。いつも彼女のこと考えて、最優先として対処してきた。
そんな彼を、こんな風に辱めて―――。
彼だって、死に怯えながら戦った。怖くとも―――決して逃げ出さなかった。
譲れぬモノのために戦った。
これは、赦されない。
「そのふしだらな悪意。胡乱に過ぎる恋……キャスター。あやつは、決して貴様を手放さなかったのに、貴様は突き飛ばしたのだな。……貴様は、ヒビノには相応しくないサーヴァントだ」
――――ぴしり。
場が凍った。
あるいは張り詰めていた空気が割れた音だったかもしれない。
「なんですって?」
「貴様の、その腐った恋はもう届かぬ。―――憐れよな」
「――――私が憐れ、ですって?」
「当然だ。腐りきった捨て置くべき恋を持ち出した貴様が―――いや、あの男が浮かばれまい」
「―――――失言だぞ、セイバー。 私の恋は、腐ってなんかいない!」
最期の呪詛を彼女は告げる。
「―――殺して、我が騎士! 私を、アイツラを徹底的に殺してっ――――!!」
騎士は、唸る。
獣がごとく。その声は、あるいは竜の遠吠えのごとく。
「■■■■■■――――!!!」
バーサーカーのような激情を込めたその声は、大気を大きく振るわせる。
鱗は逆立ち、その威圧感は―――凄まじいの一言につきる。
ふっと、騎士は一瞬消えて。
刹那。
轟音と共に、セイバーと鍔競り合いをして―――自分の目の前に現れた。
激しく火花を散らして、彼は殺意を突きつけてくる。
》勝ってくれ、セイバー!
「当然だ! 余は、獣程度に遅れをとらぬ!」
どん、と彼を押しのけ後退させ。
彼女は宣言した。
「―――せめて、一人の騎士として倒してやろう! それが、ヒビノにできる余の誠意だ!」
赤と白が火花を散らす。
皮肉にも、ブリテンの物語と同じように。
ならば、決着も―――見え透いたものだろう。
ラ「頬にキス。頬にきす。頬に――」
火「なあ、ライダー。俺とアイツは別人っていってるよな......なんで、剣構えてんの?炎滾らせてんの?」
ラ「...なんか、ムカムカするのよ。女の子には、よくあるのよ」
火「なんだ、生理――――あ゛あ゛ーーーーー!!」
ラ「どうして、そなたは、こんなにデリカシーが無いのかしら!」