ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

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思ったより早く書けたので初投稿です。


原作、外伝五巻分
迷宮の楽園に灰は降る


 霧(けぶ)るダンジョンの草花を踏む。

 12階層を駆ける四つの影。ベル、リリルカ、ヴェルフ、アスカの四名は遭遇するモンスターを駆逐しながら俊敏に移動していた。

 目指すは13階層、中層への入り口。ベルが先行し、撃ち漏らしをヴェルフが片付け、リリルカが支援する。アスカは相変わらず後をついていくだけだった。

 その銀の瞳は、『サラマンダー・ウール』を纏うパーティメンバーを見つめている。

 

 ヴェルフに『火の時代』の鍛冶を教えてから一週間。アスカはベル達の探索に追従し、ヴェルフに鍛冶を教えつつ、深夜にフェルズに魔術講座を行って過ごしていた。

 これといった成果はまだない。ヴェルフは種火の扱いに苦心しており、フェルズはまだ魔術師としてひよっ子である。彼らがアスカの望む成果を上げるには、まだまだ時間が必要だろう。

 ベル達の探索についてはいつも通りだ。『ドロップアイテム』の多さに首を傾げたリリルカが「アスカ様、また何かしてませんか?」と聞いたくらいか。「私は『運』が良い」、アスカはそれだけを伝えた。

 【ヘスティア・ファミリア】は探索で稼いだ資金を元に人数分の『サラマンダー・ウール』を購入した。当然アスカにも割り振られており、闇色の長衣の上にケープタイプの精霊の護符(サラマンダー・ウール)を羽織っている。

 『精霊の護符』。それは『火の時代』に存在しなかった代物だ。神に最も近いと謳われる精霊の力が込められた護符。『サラマンダー・ウール』は火に耐性があり、耐寒効果もあるという。

 精霊には別段興味のないアスカだが、それはそれとして『サラマンダー・ウール』を得た事は不死の蒐集癖を僅かばかり満足させた。大事にしよう、と無意識に、心の中で口ずさむ。

 

 そう考えている内に霧を抜け、ベル達は13階層に続く階段の前に辿り着いた。そこで一行は中層突入前の最終確認をする。

 前衛はヴェルフ、中衛はベル、後衛はリリルカ。アスカは一応後衛で、どうしようもなくなった時の最終手段だ。

 「危なくなったらお願いしますよ!」とリリルカは真剣な顔で言った。伊達に命が懸かっている訳ではない、アスカもコクリと頷いた。

 話を進めている内に、ふとヴェルフがベルが笑っている事を指摘する。気付いてなかったベルは、パーティで未開の地に挑む事に興奮しているようだった。「ワクワクしない?」という質問にヴェルフは手を叩いて賛同し、リリルカは微笑ましそうに苦笑する。

 そしてアスカは、同意した。未だ到達し得ぬ未知の領域。それは不死としては敬遠に値するものであっても、新たな手段を求め続ける“灰”にとっては歓迎すべきものだから。

 心を一つにした一同は、胸を張って中層に挑戦する。

 

 ゴォッ!! と風が逆巻き、目にも留まらぬ速度で人影が現れたのは、その時だった。

 

「――あァ? なんでてめーがここにいやがる、“灰”野郎」

 

 大地を削って急ブレーキをかけ、驚くベル達の前に現れたのは灰色の体毛を持つ狼人(ウェアウルフ)

 【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。現在深層に遠征している筈の【ロキ・ファミリア】第一級冒険者は、胡乱げな視線でアスカを突き刺した。

 

「ベル達の中層進出に同行している。私はそれだけだ」

「けっ、そーかよ。ダンジョンでてめーの面なんざ拝みたくなかったぜ」

「そうか。それで、貴公はなぜ此処にいる?」

「どーでもいいだろ。てめーには関係ねー」

 

 明らかに不機嫌なベートにアスカは平然と会話を重ねていく。何も変わらない幼女の態度に舌打ちしたベートは、そのまま駆け出そうとして、不意に止まる。

 鋭く突き刺さる琥珀色の視線。暫しの間狼人(ウェアウルフ)と灰髪の小人族(パルゥム)は対峙し、アスカがコテンと見た目相応に首を傾げる。それを(すが)めた眼で睨み、ベートは牙を剥き出しにしながら声を上げた。

 

「……おい、“灰”野郎。てめー確か、回復魔法が使えたよな?」

「? ああ、貴公はあの場に居たのだったな。そうだ、私は回復系統の魔法が使える」

「毒はどうなんだ。毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒くれーは解毒できんのか?」

「出来るが、それがどうかしたのか?」

「……てめー、俺達に借りがあるっつったよな」

「ああ。貴公らには借りがある。()()()()()()()()()()()()

「…………それじゃあ、俺への借りを返して貰うぜ。ついて来い、てめーの魔法に用がある」

「今か? 私はベル達の中層進出を眺めていたいのだが」

「あ? 関係あるかよ、どーせてめーにはどうでもいい事だろうが。ゴチャゴチャ言ってねーでさっさとついて来やがれ」

「……仕方ないな。貴公への借りを返すとしよう」

「――ちょっ、ちょっと待ってください!?」

 

 トントン拍子に決まったベートとアスカの会話。それに無理矢理割り込んだのは焦りまくるリリルカだった。

 「あァ?」とベートがリリルカを睨む。それに悲鳴を漏らしながらも、アスカにやられた事よりはマシだったので小人族(パルゥム)の少女は急ぎ足でアスカに駆け寄り、顔を寄せて小さな声で怒鳴りつけた。

 

「何を考えているのですかアスカ様!? 何勝手な事しようとしているんですか!」

「仕方なかろう、リリルカ。ベート・ローガには借りがある。それは出来る限り早く返済しなければならないものだ。借りは、後回しにするほど面倒になる」

「それは分かりますが、時と場所を考えてください!? 何もこれから中層に進出しようって時にパーティから抜けようとしないでくださいよ!? リリ達だけでは、もしもの時に全滅する危険がずっと高くなってしまいます!!」

「問題ない。保険は既にかけてある」

「ほ、保険、ですか……?」

「おい、早くしろ“灰”野郎。こっちは急いでんだ、モタモタしてんなら引き摺って連れてくぞ」

「ああ、済まない、ベート・ローガ。今、行く」

「あっ!? アスカ様、話はまだ……!」

 

 引き留めようとするリリルカに手を振って、アスカはベートに近寄る。リリルカはアスカを追いかけようとしたが、アスカを睨んでいるベートに気圧されて(すく)んでしまう。

 それに気付いたベートは、リリルカ、ヴェルフ、ベルを流し見て――獰猛に牙を剥き、鼻で嘲笑った。

 

「はっ――なんだ手前ら、“灰”野郎におんぶに抱っこじゃなきゃ何もできねーのか? 身の程を弁えろよ雑魚ども、そんなザマじゃあ中層に出る資格なんざねぇ。

 他人の力に頼るしかねー雑魚なら、自分より(よえ)ー上層の雑魚モンスター共をチマチマ狩ってるのがお似合いだぜ」

「――なんだと!?」

 

 ベートの罵倒に反応したのはヴェルフだった。矜持を持つが故に反骨精神を見せたヴェルフは、しかしベートの一睨みで言葉に詰まってしまう。

 隔絶したLv.(レベル)の差。それは如何に己の信を持つ鍛冶師であろうと無視できるものではない。少なくとも今のヴェルフではそれ以上言葉を続けられなかった。

 それにベートは舌打ちし、他に目を移す。リリルカは耐えるように俯いたまま、そしてベルは――確かな怯えや畏れを顔に描きながら、しかし決してベートから視線を逸らさなかった。

 その事実に。震えながら逃げぬ覚悟が見え隠れする少年に、ベートはニイッと口角を曲げて嗤う。

 

「てめーはどうなんだ、兎野郎」

「……え?」

「ボケんなよ、てめー以外に兎野郎なんざいねーだろうが。

 こんな“灰”野郎にすがって恥ずかしくねーのか。てめー、雄だろーが。てめーの事はてめーで背負うって顔してやがるが、いざとなったら女の陰に隠れて震えるつもりか? 俺だったら死にたくなるぜ」

「っ……!」

「てめーの命を背負えねーならダンジョンになんぞ来るんじゃねえ。ここが天国だとでも思ってんのか? ここは地獄だ。てめーら雑魚の命なんぞ一飲みにしちまうクソの底だ。

 ――目障りなんだよ。雑魚のくせに粋がってる奴を見るのはよ〜。命を懸ける気がねーなら俺の前から消えやがれ。巣穴に籠もって二度と出てくるんじゃねー。足りねー頭で理解したか? ()()野郎」

「……」

 

 心底から吐き出した罵倒をぶつけると、ベルは俯いてしまう。それを嗤いながら、ベートの目元は不機嫌そうに歪んでいた。

 けれど、次の瞬間、ベルは顔を上げ――そこにはベートが目を瞠るくらいの、()()()()()()()()があった。

 

「――()()()()()()()()()()!!」

 

 そして満面の笑みでそう声を張り、兎のような少年は勢い良く頭を下げる。告げられたのは、感謝。罵倒の返答にも、なんなら冒険者にも見合わないストレートな謝礼に、さしものベートも困惑した。

 

「あ、あァ?」

「ありがとうございます、ベートさん! ベートさんのおかげで僕がどれだけ甘かったか――どれだけ弱くて、覚悟が足りなかったか知る事が出来ました!

 僕は、絶対に強くなります! 絶対に絶対に、ベートさん達の居る場所に追いついてみせます!

 だから待ってて――いえ、先に走っていてください! 僕は絶対に逃げたり――諦めたりしませんから!」

「……!」

「行こう! リリ、ヴェルフ!」

 

 振り向いたベルは仲間に笑いかけて、中層へ向かう階段に駆け出す。呆気に取られていたリリルカとヴェルフは、互いに顔を見合わせ、どちらともなく微笑ましそうな笑みを浮かべた。

 リリルカはバックパックを担ぎ直し、ベートに向けて舌を出す。

 

「全く、よくもベル様を焚き付けてくれましたね! これだから冒険者様は嫌いです! ベーッ、です、ベーッ!」

 

 言ってる途中で自分のやってる事がどれだけ危険か思い出して、リリルカは早々に切り上げつつも最後まで言い切った。そして前を向き、先に向かったベルを追いかける。

 それを見ながらくっくっと笑うヴェルフは大刀を肩に担ぎ、不敵な笑みをベートに見せつける。

 

「せいぜい笑ってろ、第一級。あんたがそこで腹抱えて足踏みしてる間に、俺もベルも、リリスケだって、あっという間にあんたを追い越すぜ?」

 

 言うだけ言って、ヴェルフも駆け出す。そこには鍛冶師の矜持が、いや、ベルの仲間としての確かな意地があった。

 

「……」

 

 ベートは無言で見送る。これまで散々投げかけた罵倒から思いもよらぬ遠吠え(へんじ)が返ってきて、ベートは調子を狂わされていた。

 そんなベートに、アスカは手を伸ばし。ポン、と頭を撫でてやる。

 そして一言、古鐘の声を擦りならした。

 

「貴公の負けだな。ベート・ローガ」

「――――負けてねえっっっ!!!」

 

 頭を撫でる不愉快な小さな手を撥ね退けて、狼人(ウェアウルフ)の青年は全力で吼えるのだった。

 

 

 

 

 灰色の岩で形成された岩盤の洞窟を、狼が疾駆する。

 ギルドの定める最初の死線(ファーストライン)、ダンジョン13階層以下に広がる『中層』を、ベート・ローガはその健脚を遺憾無く発揮して疾走していた。

 その背には、生まれより伸びる灰髪を(なび)かせる小人族(パルゥム)――“灰”の姿がある。

 

「なんだっててめーは俺の背中に乗ってんだ!?」

「説明しただろう、ベート・ローガ。私はあまり持久力(スタミナ)がない。一昼夜を走る事は出来るが、休まず走り続ける事は出来ない。

 短期の休息を挟まねば、私の持久力(スタミナ)はあっという間に尽きるのだ。だから先を急ぐなら、貴公の背に乗る方が早い。最初にそう言った筈だがな」

「んな事聞いてんじゃねえ! 振り払っても乗ってきやがるフザケた真似を止めろっつってんだ!」

「断る。私は楽がしたい」

「それが本音だろーがぁッ!?」

 

 ぎゃいのぎゃいのと騒ぎながらベートは足を止めない。理性では“灰”の言葉に従った方が早いと分かっているからだ。だがベートの矜持がそんな事を許さない。隙あらば振り落とそうとするベートの攻撃を平凡に回避しながら、“灰”は現れるモンスターを《竜騎兵の弓》で撃ち抜いていた。

 特に中層で危険視される犬のモンスター、『ヘルハウンド』を“灰”は見つけ次第撃ち殺している。『放火魔(パスカヴィル)』の異名を持つ『ヘルハウンド』は火炎を放射する有害なモンスターだ。最速で『魔石』を撃ち抜くのは確かに道理に適っている。

 

「犬は殺す。必ず殺す。畜生風情が、分を弁えろ」

「犬に何の恨みがあるんだ、てめーは……」

 

 しかし道理云々以前に明らかな私情で『ヘルハウンド』を撃つ“灰”に、ベートはげんなりした様子で呟いた。気になりはするが、その話題をベートから切り出すなんて死んでも許容できない。決して“灰”を許容するわけにはいかないベートは、背中から発せられる古鐘の声に適当に答えていた。

 

「それで、ベート・ローガ。解毒を必要としている者はどの程度いる」

「……全体の三分の一以上だ。半分は行ってねえが、動けねえぐれーの奴が大勢いる」

「成程。【ロキ・ファミリア】の規模と、それから【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)もいるのだったか。ふむ、ならば――三日、と言ったところだな。『灰のエスト瓶』の容量も加味して、その程度の時間があれば全員完治させられるだろう」

「そーかよ。なら急ぐぞ、つーかさっさと降りやがれ!」

「断る」

「クソがぁッ! 覚えてろよ“灰”野郎ッ!」

 

 怒り狂うベートなぞ何処吹く風で“灰”は狼人(ウェアウルフ)の背に乗り続ける。それに吠え立てながら、ベートは中層を駆け抜けるのだった。

 

 

 

 

「……ベート。どういう状況か説明してくれるかな?」

 

 18階層に蜻蛉(リベルラ)返りしたベートを出迎えたフィンの最初の台詞はそれだった。

 第一級冒険者にとっては地上まで大した距離じゃないだろうにゼーゼーと息を荒らげるベート。その背からは見慣れた灰髪の小人族(パルゥム)がひょっこりと顔を覗かせている。

 ベートの背に引っ付いているのもそうだが、そもそも“灰”がいる理由がよく分からない。片目を(つむ)小人族(パルゥム)の首領にベートはうんざりしながら手短に説明する。

 結果、到達階層を伸ばそうとしているパーティから人員を引き剥がしたベートを窘めつつ、フィンは驚きを顔に浮かべた。フィンの見識では特効薬と【戦場の聖女(デア・セイント)】の高位治療魔法でしか払拭できない毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒を、“灰”は解毒できるというのだ。

 それについては議論を重ねる前に実践で確かめる流れになった。“灰”の姿にざわつく看病する団員達の間を抜け、“灰”は一人の患者――現在劇毒で倒れている団員の中で最もレベルと【ステイタス】が低い者――の前に立つ。そしてソウルの器から《結晶の聖鈴》を取り出し、魔術と奇跡――【治癒】と【治癒の涙】を発動した。

 小ロンドの三人の封印者の一人、赤衣のユルヴァが扱った小ロンド独特の治癒術である【治癒】は、あらゆる毒の蓄積を減らし、またあらゆる毒状態を解除する。これにより毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒と言えど、そのほとんどを解毒する事が出来る。

 そして魔術の【治癒】を逃れた少量の劇毒は、女神クァトの死を巡る物語を奇跡とした【治癒の涙】によって完全に分解された。“灰”を中心に展開される魔法円(マジックサークル)の輝きは、眼前の患者のみならず、周囲の患者にも奇跡の光を分け与え、顔色を良くさせる。

 

「リヴェリア。これで解毒は出来た筈だ。私は【治癒の涙】が作用した者達に【治癒】を掛けてくる。貴公は劇毒が残っていないか確かめるといい」

「ああ、分かっている」

 

 “灰”の言葉にリヴェリアが頷き、希少な解毒系の治療魔法を扱える魔道士、治療師(ヒーラー)を引き連れて“灰”が解毒した患者を診察する。

 “灰”が【治癒】を掛け回って戻ってくる頃にはリヴェリアは診察を終えていた。翡翠色の瞳で灰髪の幼女を見つめる王族妖精(ハイエルフ)は、感心した様子で結果を口にする。

 

「確かに毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)の劇毒が払拭されていた。すごいものだ、驚嘆に値する。流石は我が師、と言ったところか」

 

 リヴェリアの何気ない発言に『我が師!?』とエルフ達がざわつく。

 

「毒は厄介だ。解毒の方法は多数持つに限る」

「道理だな。ところで【治癒】は魔術だと分かったが、【治癒の涙】とは何だ? 私の予想では魔術とは別系統の魔法と見たが」

「その通りだ。【治癒の涙】は奇跡に該当する」

「……教えてはくれないのか?」

「貴公は魔術師(ソーサラー)だ。聖職者(クレリック)ではない。信仰に長けていれば教えもしたが、貴公はそうではなかろう。

 故に教える理由はない。貴公が知れるのは、【治癒】のみだ」

「そうか……確かに私自身、信心深いとは言えないな。しかし残念だ。その奇跡とやらは、私の好奇心を刺激して止まないのだが」

「魔術で我慢する事だな。それに貴公は、まず私との契約を果たして貰わねばならない。期待しているぞ、我が弟子よ」

 

 アスカが銀の半眼でリヴェリアを見つめると『我が弟子!?』とエルフ達が騒ぎ立てた。『なんて不敬な!?』『許されません!』とけたたましいエルフ達にリヴェリアは頭を痛め、一喝して場を鎮める。

 それでも恨めし気な視線をぶつけてくるエルフ達を無視して、“灰”は近場で観察していたフィンに近寄った。

 

「フィン・ディムナ。私はベートへの借りを返しに来た。以後、全ての患者を治癒するまで、貴公の言葉に従おう。この場では依頼(クエスト)を受けた冒険者として、振る舞わせて貰う」

「ンー、承知したよ、“灰”。君の献身に感謝する。それと、ベートが済まないね。本来なら君に頼るつもりはなかったんだけど……全ての責任は僕にある。もし君のパーティ、引いては君の所属する【ファミリア】に被害があったのなら、償わせてくれ」

「分かった。頭に入れておこう」

「ありがとう。さて、それじゃあ早速だけど、君には倒れた団員(なかま)の治療に当たって欲しい。必要な物があれば適宜言ってくれ、出来る限り用意する。寝床もこちらで用意しよう。君も、リヴィラに滞在する気はないだろ?」

「ああ。私に(しとね)は必要ないが、くれるというならありがたく世話になろう」

「他に何か聞きたい事はあるかい?」

「……そうだな。質問というわけではないが、私はダンジョン探索に当たり、常に物資を携行している。そのいくつかを貴公らに支援しよう」

 

 “灰”は手を伸ばし、青白いソウルを溢れさせる。それは“灰”の側に広がったかと思うと、次の瞬間、ドンドンドンッ! と音を立てて大人二人で抱える程の大きさの木箱が数十個現れた。

 

「『食料箱』と『生活箱』だ。それぞれに食料と生活用品が入っている。とりあえず二十ずつ、計四十を渡しておく。必要ならば、役立てるが良い」

「有り難いね、重ね重ね恩に着る。アキ! “灰”が提供してくれた物資を運んでくれ!」

「は、はい!?」

 

 “灰”の“ソウルの業”に慣れているフィンに比べ、周囲の団員は初めて見る空間から大量の物を取り出す離れ業に面食らっていた。その中でフィンに呼ばれた【ロキ・ファミリア】二軍の中核メンバー、アナキティ・オータム――アキは慌てて人員を抽出し、物資の点検と運搬に取り掛かる。

 

「うわっ、すごい……! 新品のタオルとか包帯とかがこんなに……! これでみんなの看病も捗ります!」

「肉、魚、野菜に調味料各種……一箱にどれだけ食料を詰め込んでるの……? しかもどれも新鮮だし、腐ってる様子もない……」

「ええっ!? こ、これはまさか、『アルヴの清水(せいすい)』!? ごくりっ……毒味は必要ですよね……!」

「こらっ、アリシア! 勝手に手を付けちゃ駄目ですよ〜!」

 

 リーネ、アキ、アリシア、エルフィが点検作業をしながら口々に言い合う。それを尻目に“灰”は移動し、リヴェリアと共に患者の治療に勤しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

生活箱

商人が運輸によく使う大きな木箱

様々な生活用品が入っている

 

人並みでいるためには必要だが

不死にとっての価値は薄い

 

それでも、人を忘れぬために

これを求める不死は多い

 

 

 

 

食糧箱

商人が運輸によく使う大きな木箱

様々な食糧と調味料が入っている

 

ソウルの濃いある種の地域では

腐るべきものが腐らぬことがあるという

 

特に、道半ばに果てた者の糧は

ずっと腐らず、だが死体を漁り

それを口にする者など、あろう筈もない

 

 

 

 

 

 

 

 

 青い瓶に揺れる灰エストを飲んでは、劇毒の治癒を繰り返す。

 最大限強化された“灰”の『集中力(フォーカス)』は、それなりに最大値が高い。

 しかし、所詮はそれなりだ。数多の不死を渡し見ても特段に才能がない“灰”は、ズレた世界で垣間見た己と同等の不死どもと比べると、下から数えた方が早い程度の集中力(フォーカス)しか持たなかった。

 15口飲める灰エストを3口飲めば最大まで回復する程度の集中力(フォーカス)。灰エストが尽きるまで劇毒の治癒を繰り返した結果、完治した団員はざっと三十人前後だ。

 これは『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』の劇毒が強力であるため、その分【治癒】と【治癒の涙】に集中力(フォーカス)を割かねばならなかった結果である。ある程度の事は何でも出来るが故に純粋な魔術師(ソーサラー)聖職者(クレリック)より劣る“灰”は、それを当然の事と受け入れていた。

 

「リヴェリア。『灰のエスト瓶』……『精神力回復薬(マジック・ポーション)』が尽きた。これ以上は、精神力(マインド)の回復を待たねば治療は出来ん。

 私の持つ『火の時代』に由来する道具(アイテム)ならば、無理矢理にでも精神力(マインド)を回復できるが、どうする?」

「……いや、いくら依頼した立場とはいえ、そこまで頼るのは沽券に関わる」

「そうか。ならばやはり、三日だな。私の精神力(マインド)の自然回復速度を考えれば、それが妥当だろう」

「分かった。……しかし、三日か。我々は構わないが、お前の【ファミリア】は大丈夫か? 中層に初挑戦すると聞いている、もし『異常事態(イレギュラー)』でもあれば……」

「問題ない。弁える者がいるし、仮にそうなったとしても保険はかけてある」

「そうか……その言葉を、信じるとしよう」

 

 頷くリヴェリアを流し見て、“灰”は《結晶の聖鈴》を器にしまった。そして銀の半眼でリヴェリアを見上げる。

 

「さて、時間も出来た事だ。リヴェリア、フィン・ディムナ以下、私が装備を貸し出した者を呼んでくれ。特にアイズを呼ぶのが好ましい。私はアイズに伝えねばならない事がある」

「そうなのか?」

「貸した武装を返してもらうのが先だがな。さあ、頼むぞ、我が弟子よ。貴公らの本営にて、私は待つ」

「了解した。我が師よ」

 

 胸に手を当てて一礼したリヴェリアは、魔道士達に指示を出して颯爽とその場を立ち去った。それを見送り、“灰”は首を(もた)げ、(マム)の花のような水晶群が乱立する天井を見上げる。

 乱反射する水晶の輝きに呼応するように、脳裏に刻まれた確かな(しるし)が明滅し。“灰”は静かに、眼を閉じた。

 

 

 

 

 18階層、『昼』。

 階層天井を覆う水晶群の発光によって擬似的な昼夜が存在する18階層の『昼下がり』。森林地帯で野営地を設営している【ロキ・ファミリア】の本営、一際大きな天幕の内では、幹部が一堂に勢揃いしていた。

 部外者は今回、依頼という形で収まった“灰”と――【ヘファイストス・ファミリア】団長、椿(ツバキ)・コルブランドの二人である。

 

「……さて、フィン・ディムナ。なぜ椿(ツバキ)・コルブランドがここにいる?」

「ンー……呼ぶつもりはなかったんだけどね。端的に言って、君が貸してくれた武装にいたく興味が湧いたらしい」

「はっはっはっ! そういう事よ、“灰”とやら! 良いであろう、減るものでもあるまいし!」

 

 胸を張って呵呵大笑する椿(ツバキ)にフィンは頭を痛める。額に手を当てて苦笑していた小人族(パルゥム)の首領は、しかしすぐに表情を改め、真剣な目で椿(ツバキ)を見た。

 

椿(ツバキ)。何度も言うが、“灰”は【ロキ・ファミリア(ぼくら)】との()()()()関わりでここにいる。もし彼女の迷惑になるようであれば、いくら君でも許す事は出来ない。

 場合によっては、君よりも“灰”を優先させてもらう。それを忘れないでほしいね」

「分かっておる! これでも身の程は弁えておるつもりだ、度が過ぎる事はせんわ!」

 

 笑いながら、椿(ツバキ)はずいっと“灰”に顔を寄せた。冷たい銀の瞳と、炎のような緋色の単眼が交差する。無感動に動かない半眼を見つめ、椿(ツバキ)はニィッと唇を曲げた。

 

「構わんよな、“灰”とやら。手前はただ、お主の貸した武器を見たいだけなのだ。それ以上は手出しも口出しもせんと誓おう」

「……成程。それならば良いだろう。どうやら我々は、()()()()興味が無いようだ」

「はっはっはっ! その通りであるようだな! そら、フィン! 言質は取ったぞ!」

「……やれやれ。ひやひやさせてくれるね」

 

 いい笑顔でサムズアップする椿(ツバキ)にフィンは首を振る。ともあれ、懸念事項は片付いた。そう判断した小人族(パルゥム)の勇者は、改めて“灰”に向き合った。

 

「それじゃあ早速だけど、君から借りた武装を返却しよう。と言っても、ほとんどは壊れてしまったんだけどね」

「構わない。破損は私には問題にならない。その説明も込めて、まずは返却を受け入れよう」

「へえ、興味深いね。詳しく聞きたいな」

 

 フィンが和やかに、“灰”がいつも通りの鉄面皮で談笑する横で、ティオネが双剣と指輪の入ったバックパックを持ってきて“灰”に渡した。

 中身を見て、フィンの言葉通りほとんどが破損しているのを確認した“灰”は、木椅子を器から取り出しその場で座る。そして鍛冶道具一式を並べて、鉄床(アンビル)の上に壊れた指輪を一つ置いた。

 

「ではまずは、貸した武装の修理をしよう。まあ、見ているがいい」

 

 それだけ言って、“灰”は『修理箱』に手を伸ばす。古く使い込まれた布を広げ、その上に石臼(いしうす)を置き、円柱型の臼の中央に空いた穴に魔力を帯びた金属の欠片を入れる。そのままゴリゴリと臼を引き、生成された金属粉――『修理の光粉』を集めた“灰”は、鉄床(アンビル)の上の壊れた指輪に光粉を撒き、ソウルを流し込み――そして槌で何度も叩く。

 カンカンカンと簡素に響く槌の旋律。じっと見つめる【ロキ・ファミリア】幹部勢と爛々と輝く片目にそれを映す『単眼の巨師(キュクロプス)』の前で、破損した指輪は徐々に再生し――気付けば壊れていた指輪は、元の形に戻っていた。

 

「これが、『火の時代』の基本的な修理方法だ。何か質問はあるか?」

「……どういう理屈だ。なんで半分も欠けた指輪が槌で叩いて元に戻りやがる」

「『修理の光粉』を媒介にソウルを消費し、ソウルの記憶を元に破損前へ成形し直す。やっているのは単純な事だ」

「……」

 

 独り言のように呟いたベートは、“灰”の説明に唇をへの字に曲げた。どうやら理解を放棄したらしい。その近くで一字一句逃さず聞いていた椿(ツバキ)は、見開かれた片目で続けて指輪を直す“灰”を凝視する。

 最上級鍛冶師(マスタースミス)と呼ばれる椿(ツバキ)ですら知らない鍛冶の作法。それは何であれ、確実に椿(ツバキ)の糧になるものだった。

 “灰”は黙々と指輪を直す。破損し、使い物にならなくなった指輪の数々は、見る間に新品同様に生まれ変わっていった。

 そして残すは、ベートに貸与した双剣――《月光の双剣》のみとなる。

 

「このまま直してもいいが、折角だ。リヴェリア、貴公に一つ、魔術を教えよう」

「魔術?」

「そうだ。【修復】と呼ばれる魔術がある。それはこういった壊れた装備品を文字通り修復する力がある」

 

 《魔術師の杖》を取り出した“灰”は杖の先を双剣に向ける。

 無詠唱で放たれる【修復】の光。魔力で構成された光の粉が双剣に触れ、見る間に元の形を成していく。

 

「【修復】は古い黄金の魔術の国、ウーラシールに伝わる光の魔術だ。元々は生活に深く根ざした魔術であるが、秘術にあたるひとつでもある。

 光は時、回帰は禁断の知恵。時を過去に戻すこの魔術は、それ故に扱いやすく、また危険な秘術である」

「――時を過去に戻す、だと!? 時間回帰をしているとでも言うのか!?」

 

 “灰”の淡々とした説明とは裏腹の内容に驚愕のあまり、リヴェリアは声を張り上げた。普段冷静沈着なハイエルフの叫びに目を剥く一同の前で、リヴェリアは思わず“灰”に詰め寄る。

 

「それは神の領域だぞ!? 明らかに人の手に余る……!」

「いいや、人の領域だ。【修復】はあくまで魔術の理を利用しているに過ぎない。この力は神と人、双方手の届く場所にあり、たまたま神がより上手く扱えるだけだ。

 人もまた、回帰の力を我が物と出来る。現につい先程見せた『修理の光粉』は、この魔術が元になったと言われている。解き明かせぬものではない。光と時、それもまた探求の道だ。

 故に、努々(ゆめゆめ)忘れぬようにしろ。禁断の知恵とは、それが時であるからではない。ウーラシールの黄金の魔術、その真髄を知らぬ者は、決して触れ得ぬ力なのだ」

「……」

 

 擦り鳴らされる古鐘の声にリヴェリアは難しい顔で沈黙した。それなりに魔術を扱えるようになったとはいえ、彼女はまだまだひよっ子だ。魔術の深奥、『火の時代』の奥深さを測りかねていた部分もある。

 だがそれも、今更であるとリヴェリアは首を振る。一度踏み出したのならば、まだ見ぬ世界の頂に辿り着くまで止めるつもりはない。“灰”を見つめる翡翠色の瞳には、不退転の覚悟があった。

 

「――ウーラシールの黄金の魔術。私がそれを理解するのは何時になると思う?」

「貴公が望むなら、すぐにでも。貴公は賢しい、その『理力』があれば黄金の魔術も、『ビッグハット』に連なる結晶の秘法すら我が物と出来るだろう。

 そう踏んだからこそ私は貴公を選んだ。そうであるからこそ私は貴公と契約した。誇るが良い、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 『火の時代』の魔術を学んだその先に。貴公の切り開くべき地平線が、待っている」

「……そうか。ならば、怖気づくのは止めねばな」

 

 美しい微笑で口元を彩るリヴェリアは、「これからもよろしく頼む、我が師」と深々と頭を下げる。それに頷いて、“灰”は鍛冶道具一式を収納した。椿(ツバキ)は「鍛冶はもう終わりか?」と言いたげな顔をしていたが、自身の言葉通り手出しも口出しもしない。それを流し見て、“灰”はアイズの前に立つ。

 

「さて、リヴェリアの魔術講座は後にするとして――アイズ。私は貴公に言ったな。遠征から帰った後であれば、教えてやれる事があると。

 今がその時だ。約束通り、教えてやろう。“ソウルの業”の禁忌――私の力の秘密をな」

「――!」

 

 アイズは金色の瞳を見開いて、端正な相貌に真剣味を帯びる。椿(ツバキ)を除く他の面々も同様だ。

 “灰”は、【ロキ・ファミリア】幹部勢をぐるりと見渡す。そして掲げた右手にソウルの光を収束させ、複数の羊皮紙を取り出した。

 その数は七。幹部勢と同じ数の羊皮紙には、同じ内容が書かれている。

 即ち、それは――()()()()()()

 主なきソウルを己の糧とし、自らのソウルを直接強化する、禁忌の業。

 『火の時代』以来、誰一人気付く事もなかった禁断の箱が、神降り立つ『神時代』に、静かに開こうとしていた。

 

 

 

 

 鋭い剣閃が宙を舞う。

 銀の残光を描き、中空を踊る不壊剣。アイズ・ヴァレンシュタインの得物である《デスペレート》が、幾度となく斬閃を描き、舞い散る木の葉がそれに触れ、塵となって風に消える。

 その『力』は、Lv.(レベル)()だった。

 その『器用』は、Lv.(レベル)()だった。

 飛躍という言葉では到底収まらない、アイズ・ヴァレンシュタインの『激変』。

 その理由は、遠目でアイズを見つめ続ける、灰髪の小人族(パルゥム)にあった。

 

「ソウルレベル……?」

 

 少し前、本営ではアスカがある言葉を口にしていた。聞いた事のない単語に、アイズを始めとした一同は首を傾げている。

 椿(ツバキ)の姿はない。武装の修理が終わった後、興味を失くした彼女は「ちょっくら武器でも打つとするか!」と意気揚々と天幕を去っていった。フィンに他言無用を厳重に言い渡された後である。

 自身の強さに興味がなく、また他派閥の団長である立場を弁えた行動でもあった。ここから先は聞くべきではない、そういった鍛冶師の勘が働いたのかもしれない。

 ともあれ、懸念事項が消えたフィンは、“灰”に続きを促した。どちらでも良かった幼女は、まず取り出した羊皮紙を一人一枚ずつ配る。開かれたそこには、以下の内容が書かれていた。

 

 

 

 

“灰”
ソウルレベル802⇒802
所持ソウル999999999⇒999999999
必要ソウル-
能力値
生命力99⇒99
集中力99⇒99
持久力99⇒99
体力99⇒99
筋力99⇒99
技量99⇒99
理力99⇒99
信仰99⇒99
99⇒99

 

 

 

 

「これって……?」

「ソウルレベル……802!?」

「レベル802って事!?」

「いや、流石にそれはなかろう……ない、筈だ」

「一概には何とも言えんなあ。ふむ、能力値(アビリティ)の数は九か。見慣れん項目もあるな」

「99は一見低い数値に見えるけど、それだと“灰”の能力と釣り合わない……この数字は、もしかしたら……」

「……」

 

 ある者は驚き、ある者は睨み、ある者は考察する。口々に物を言い合う彼らは、最終的に言葉を止め、一斉に“灰”を見た。混合する様々な視線、それらを受け止めて、“灰”はそれを説明する。

 

SL(ソウルレベル)とはその名の通り、自らのソウルの力を可視化したものだ。現在のSLと所持ソウル、次のレベルアップに必要なソウル、そして九つの能力値(アビリティ)が記されている。

 SLは1レベルにつき能力値(アビリティ)を一つ上げる。つまり、貴公らが受けている『神の恩恵(ファルナ)』のような階位昇華(ランクアップ)による『飛躍』は起こらない。あくまで『蓄積』、レベルを積み重ねる事で徐々に強さを得ていくのがSLだ」

「『蓄積』ね……“灰”、一ついいかな? 今の説明だとソウルレベルは能力値(アビリティ)の総決算のように聞こえる。けれど君のソウルレベルと能力値(アビリティ)の合計は計算が合わないようだ」

「それは『素性』に関係している。SLを強化する前の最初の能力値、その者の歩んだ人生(れきし)によって変化したソウルの形を大まかに分類したものだ」

 

 “灰”は新しい羊皮紙を配る。それには『素性』の分類――『騎士』『傭兵』『戦士』『伝令』『盗人』『刺客』『魔術師』『呪術師』『聖職者』『持たざる者』――が記されていた。

 

「産まれたばかりの人のソウルは、無垢だ。無垢なる魂は歩んだ時間、経験によって尖り、あるいは衰え、その形を変えていく。それはある種当然であり、逆らえぬ理であるとも言える。貴公らの神が、天に還った魂を浄化するように。地を這うしかない我らのソウルは、薄汚れ、それ故に形を変えるのだ」

「……それにしては、分類が少ないようだが」

「『素性』という概念を生み出したのは偏屈な不死の学者だ。そもそもSLとは、()()()()()求めるもの。呪いを受け、人の世界を追放され、亡者となるまで放浪と闘争を余儀なくされた者達。それを調べれば必然、戦える者しか残らない。

 ある種の、人の世界でこそ価値ある職業に就く者は、不死の世界では皆『持たざる者』だ。人の世界を追われ、なおそれを名乗る事に、最早意味などないのだから。故に私も、狂王などと呼ばれていたが、その実体は『持たざる者』に他ならない」

「……」

 

 『持たざる者』の能力値が書かれた羊皮紙を見ながらリヴェリアは黙考する。不死の運命、“灰”に関しては本人から話を聞いていたが、いざ想像してみるとそれがどれほど過酷な旅であったか今更ながらに思い至る。

 遠い時代の話だ。今を生きるリヴェリア達には、何の関係もない忘れ去られた時代。それに思いを馳せたところで、意味など何もないのだろうが――せめてこそ、感傷を抱くのは、間違っているだろうか。

 湧き上がる情動をリヴェリアは瞳を閉じて押し殺す。その隣で、ガレスが“灰”に質問した。

 

「ふーむ、この分類に従えば、儂の『素性』は『戦士』か? 『騎士』や『傭兵』という柄でもないし、『魔術師』だの『呪術師』だのという如何にもな魔法使いでもない。ま、あえて言うなら儂は『鉱夫』じゃがな」

「いや……おそらくだが、どの『素性』にも当て嵌まるまい。貴公だけでなく、貴公ら『神時代』――『神の恩恵(ファルナ)』を受けし()は全て、どのような『素性』も持たないだろう」

「んん? どういう事じゃ、それは?」

「これに関しては、説明するよりも見せた方が早い。リヴェリア、貴公のSLを開示して構わないか?」

「私のソウルレベル、だと?」

 

 唐突に振られたリヴェリアは顔を上げて鸚鵡(おうむ)返す。“灰”は右手を前に突き出し、暗い魂の光――火防女の献身、小人の狂王の業を灯して説明する。

 

「最初に魔術を教えた時だ。貴公はこの光、私の暗い魂に触れたな。これこそは本来、“ソウルの業”の禁忌、主なきソウルをその者の力とする業なのだ。

 だからこそ私は、貴公のSLを知っている。あの時「私の暗い魂に触れたまえ」と言ったのは、貴公のソウルを見たかったからだ。『記憶スロット』を始めとした、貴公の魂、その全て。それを私は見通した」

「……それが、我々に『素性』がない事と関係があると言うのか?」

「そうだ。先にも言ったが、見た方が早い。貴公が許すのならば、それをここで開示するが、どうする?」

「……良いだろう。ただし、この場にいる者以外には他言無用だ」

「了承した。それでは見るがいい。おそらくはそれが、貴公ら全ての、ソウルの形だ」

 

 “灰”は三つ目の羊皮紙を渡す。巻かれた羊皮紙を受け取り、開いた一同は、一様に驚愕で目を見開いた。

 

 

 

 

リヴェリア・リヨス・アールヴ
ソウルレベル0⇒0
所持ソウル173271656⇒173271656
必要ソウル724
能力値
生命力0⇒0
集中力0⇒0
持久力0⇒0
体力0⇒0
筋力0⇒0
技量0⇒0
理力0⇒0
信仰0⇒0
0⇒0

 

 

 

 

「なにこれー!?」

「ソウルレベル0ですって……!?」

全能力(アビリティ)初期値(オールゼロ)……!?」

「どうなってやがる……“灰”野郎の言う通りならババアの『素性』は『魔術師』じゃねーのか?」

「それ以前の問題だね。彼女の渡した『素性』を見ても、全能力初期値(アビリティオールゼロ)は存在しない……『持たざる者』でさえだ」

「成程のう。見た方が早いとはこういう事か。こりゃ確かにそうだわい。おいリヴェリア、大丈夫か?」

「……………………」

 

 次々と声が上がる中、リヴェリアは羊皮紙を握り締めて沈黙を保っていた。その双眸は驚愕に固まったままだ。自身のソウル、自分の魂が、これまで歩んできた生の中で何も変化していない。その事実に衝撃を受けるのは、当然と言えるだろう。

 

「――そうだ。貴公らのソウルは、人から何一つ外れてはいない」

 

 そこに、古鐘の声が擦り鳴らされる。羊皮紙から顔を上げる一同は、その声の主に視線を吸い寄せる。

 生まれより伸びる灰色の髪。美しい白い肌と、神の如き美貌。少なくとも見た目は人の形を保っている――だが尋常ならざるソウルの持ち主を。

 

「それは私にも驚くべき事実だった。貴公らのソウルは穢れ、その色を変える事はあれど、その形を変質させる事はない。おそらくは生涯を無垢な人のまま過ごし、終わる。

 それは『火の時代』にあって在り得ない事だ。全ての人はソウルに惹かれ、容易く形を失う生き物。人に生まれようとも、そのソウルが歪になれば、自ずと人を外れていく。

 だが貴公らは違う。この時代の人は皆、人のまま生を終えていく。儚い『ダークソウル』を宿しながら、その力を知る事は生涯ない。それがきっと、『神時代』に生まれし貴公らの、逃れ得ぬ運命(さだめ)なのだろう」

『……』

 

 擦り鳴らされる古鐘の声に、沈黙が返ってくる。“灰”の語った事実、忘れ去られし理の一端に触れた彼らは、心中で何を考えているのか。

 “灰”には、どうでもいい事だ。重要なのは、ここからなのだから。

 

「さて。これで貴公らは、“ソウルの業”の禁忌を知った。ここで足を止めるのも手だが、更に先へ進む事も出来る」

 

 “灰”は暗い魂の光を灯す。その輝きは、今の彼らには魔性だ。近づいてはならない何かがあると知りながら、暗い魂から目が離せない。

 そこには確かな、力への手がかりがある。

 

「私は火防女(ひもりめ)の真似事が出来る。主なきソウルを器に注ぎ、貴公らのソウルを変質させ、肥大化させる事が出来る。

 それは禁じられし“ソウルの業”。不死でなくば求める事も許されない、禁忌に値する業の一つ。

 故に約束しよう。貴公らが、この業を受けるというのなら。確実に貴公らは――今よりもっと強くなると」

「――!」

 

 喉を鳴らす一同の中で、顕著な反応を示したアイズ。それを銀の半眼で見据え、“灰”は火防女の献身を――小人の狂王の暗い業を、示し続けるのだった。

 

 

 

 

 ヒュンヒュンと剣が舞い、金の長髪が風に流れる。

 虚空に想像上の敵を見立て、素振りをするアイズ。

 その『力』は、Lv.(レベル)7だった。

 その『器用』は、Lv.(レベル)7だった。

 『飛躍』という言葉では説明がつかないアイズの『激変』。

 それを(もたら)した灰髪の小人族(パルゥム)は、遠目でただ観察を続ける。

 アイズだけではない――彼女の周りで同じように己の力量を確かめている、【ロキ・ファミリア】幹部の面々を。

 

「すごーい! 見て見て、ティオネ! 私の『力』、すっごい上がってるよ!」

「そんな事分かってるわよ、って()った!? ちょっと、殴りかかってこないでよ! 『耐久』まで上昇してるわけじゃないのよ!?」

「えー? でもでも、やっぱり戦ってみなくちゃ、ちゃんと分かんなくない?」

「それで体壊したら元も子もないでしょうが、この馬鹿!」

「ぎゃー!?」

「うっせーぞバカゾネスども! ……チッ、『敏捷(はやさ)』は『筋力』と『技量』の(あい)の子かよ……めんどくせえな」

「わっ!? ベート、砂埃立てないでよ!? 口に入っちゃったでしょ!」

「知るかバカゾネス」

「なんだとー!?」

「あやつらは元気じゃのう……儂はもういいわい。確認は終わったしのう……やれやれ、この程度で休みたいと思うのは歳を食ったもんじゃ。おいフィン、お主の調子はどうじゃ?」

「ンー……きっかり1Lv.(レベル)分、って感じかな。【ランクアップ】した時の感覚と似ているよ。ただ、似ているだけで完全に同じってわけじゃない。これはもう少し確かめておきたいね。リヴェリア、君はどうだい?」

「……難しいな。試しに『理力』を上げてみたが、魔力制御が追いつかん。優れた魔術師は技量に長けていると言ったアスカの言葉が今ならよく分かる。これは安易に触れるには、問題が山積みだな」

「そうかい。……それにしても便利だね、この『指輪』は。おかげでこうして試す事が出来る」

 

 言いながら、フィンは光に透かすように己の手を上げる。小人族(パルゥム)特有の小さな手には奇妙な形の『指輪』が(はま)っていた。

 

 “灰”が“ソウルの業”の禁忌、SL(ソウルレベル)による(ソウル)の強化を示した後、真っ先に手を上げたのはアイズだった。

 力が欲しい。ある目的のために貪欲に強さを求める少女は、SLによる自身の強化を試みようとしたのである。

 それを止めたのは、フィンを始めとする【ロキ・ファミリア】の三首領だった。理由は明白、どんな危険(リスク)があるか分からないからだ。

 フィンが矢継ぎ早に“灰”に質問したところによると、SLの強化は基本的に不可逆。一度強化した能力値を戻す事は出来ないし、消費したソウルも戻ってこない。

 ()()()()事は可能だと言っていたが、それは一旦隅に置く事にした。フィンが知りたかったのは、要約すれば()()()()()()()()()という点だ。

 ソウルの強化による力の向上。それ自体は冒険者として非常に興味がある。だが不可逆であるのならば、それによって(こうむ)った不利益(デメリット)もまた不可逆になってしまう。

 だから()()()()SLを上げる方法はないか。聡明なフィンはその可能性に思い当たり、“灰”に尋ねた。しかして“灰”は、是と答えた。

 その結果が幹部勢が装備している『指輪』だ。『力の指輪』『技の指輪』『叡智の指輪』『祈りの指輪』『騎士の指輪』『狩人の指輪』『賢者の指輪』『祭議長の指輪』――SLの能力値を上げる指輪の数々を提示され、彼らはそれを身につける事でソウルの強化がどのようなものか確かめる事が出来たのだ。

 

「……本音を言えば、『筋力』『技量』『理力』『信仰』以外の五つの能力値(アビリティ)も確かめてみたかったけれどね」

「ソウルレベルに直接関わる指輪がないというのじゃからしょうがないじゃろ。儂としては『体力』や『持久力』を確かめたかったのう」

「私は『運』だな。抽象的だが、それ故に心惹かれる。まあ、ないものねだりをするつもりはないが。

 それよりもフィン――気付いているか?」

「ああ。今の僕らは『筋力』『技量』『理力』『信仰』がそれぞれ10、ソウルレベルが40の筈だ。それで感覚的には【ランクアップ】時と同等――いや、【ランクアップ】した上で、アビリティを【ランクアップ】前と同じ値まで持っていった状態と同等だと思っている」

「つまり、ソウルレベルにおける能力値10は、『神の恩恵(ファルナ)』でいうアビリティ1000と同等、という事か?」

「大雑把に言えばそうなるだろうな。だが、『神の恩恵(ファルナ)』は【ランクアップ】で『飛躍』する。それを加味すればソウルレベルのアビリティの『蓄積』は、あるいは『神の恩恵(ファルナ)』より大きいやもしれん」

「それはおいおい考えるとしよう。今はソウルレベルの能力値1が『神の恩恵(ファルナ)』のアビリティ100と仮定する。そしてリヴェリア、君のようにソウルレベルが0、全能力初期値(アビリティオールゼロ)の状態を『神の恩恵(ファルナ)』でいうLv.(レベル)1の初期状態だとすると――

 

 ――――“灰”は、()()()()()()()()()()()()()()()()()――――という事になる。

 

 それも、あらゆるアビリティを()()()、と言っても過言ではないくらいのね」

「「…………」」

 

 気が付けば、場に沈黙が降りていた。三首領の話を小耳に挟んでいたアイズ達は、驚愕を露にし、遠目で立っている“灰”を思わず凝視する。

 限りなくLv.(レベル)11に近いLv.(レベル)10。そんな怪物は、千年に渡る『神時代』において一人として存在しない。

 かつてオラリオで全盛を誇った【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】。当時の都市最強、いや世界最強は男神(ゼウス)の眷族、Lv.(レベル)8の傑物(おとこ)

 そして世界最恐(さいきょう)女神(ヘラ)の眷族、Lv.(レベル)9の女帝(おんな)だった。

 

 それを超える、Lv.(レベル)10。限りなくLv.(レベル)11に近く、更に全ての能力値(アビリティ)を極めた怪物。

 それが、“灰”。それこそが“灰”。名も無き不死、『火の時代』の蚕食者。

 推定ではあるが、その事実を知った時、彼らの胸中に芽生えたのは納得と疑念だった。

 

 “灰”は、底が見えない。深淵に広がる無限の闇のように何も見えず、ただ老木の如き巨大な威圧感だけを放っている。

 それが限りなくLv.(レベル)11に近いLv.(レベル)10だったから、と知れば納得だ。今の今まで彼らは誰一人として、“灰”に挑み、そして勝つイメージが湧かなかったのだから。

 ――しかし、本当に()()()()なのか? “灰”の強さは、そんな程度で足りる程のものなのか?

 底の見えない闇。強いかも弱いかも分からず、ただ深淵から覗いてくる瞳。それが“灰”の凍てついた太陽のような眼であるのなら、まだ何かある。

 そう――こんな真向から打ち勝つような、正々堂々とした力ではなく。もっと闇に潜む、哀れな貧者の如き狡猾さが、“灰”にはあるのではないか。

 今なお【ロキ・ファミリア】の観察を続ける“灰”に、彼らは一様にそのような感情を抱いていた。

 

「……ねえ、アスカ」

「何だ、アイズ」

「――私と戦って」

 

 その中で、動いたのはアイズだった。抜き身の《デスペレート》を携えたまま、“灰”に近付いた金の少女は、率直に己の願望を口にする。

 

「何故だ?」

「知りたいから。アスカの、強さ。アスカの力を」

「知ってどうする」

「――私は、強くなりたい。強くならなきゃ、いけない。私は、私の悲願(ねがい)のために――誰よりも、強くなりたい。

 だから、戦って。アスカと戦えば、何か、掴める気がするから」

「……まあ、良いだろう。貴公がそれを望むなら、受け入れるとしよう」

「……! ありがとう、アスカ!」

 

 少しばかりアイズを観察して、“灰”は首肯した。それに表情には出さないが、アイズは喜ぶ。心の中の小さな幼女(アイズ)が、仮面巨人と一緒にファイティングポーズを取っていた。

 そんなアイズの心中を悟って、リヴェリアが苦笑する。ガレスは「やれやれ」と口角を上げ、ティオナは「あっ! アイズずるーい! 私も戦いたーい!」と声を上げ、ティオネは「遠征で疲れてるんだから止めときなさいよ」と言いつつも血を疼かせる。ベートは無言で睨み、そしてフィンは、場を纏めるために彼女らの下へ歩いた。

 

「アイズ。他派閥の冒険者と勝手に戦おうとするのは感心しないね」

「あっ……ご、ごめんなさい」

「幸い、彼女は受け入れてくれたようだから大きな問題にはならないと思うけど、気を付けるんだよ。一歩間違えば『抗争』にも発展しかねないからね。

 さて、“灰”。話が前後したけれど、こちらとしてはアイズが君と戦う事は許可するつもりだ。君の方も、派閥に断り無く戦えるくらいの裁量を持っていると受け取っていいかい?」

「ああ。元より私は、私のやり方しか通せない。ヘスティアがどう言おうと、止めるつもりはない」

「ンー、それは問題がある気がするけれど……他派閥(よそ)の話だ、口出しはしないよ。

 それじゃあ、場所を移してもいいかな? 君と戦うのなら、アイズはおそらく本気を出すだろう。それを他の冒険者に見られたくないんだ。厳重に見張りを立てた場所を用意したい」

「構わない。貴公がそれを望むなら、そうすればいい」

「ありがとう、“灰”。早速移動しようか」

 

 フィンの提案に頷いた“灰”は、アイズを伴って先導するフィンの背を追いかける。小人族(パルゥム)の首領はラウルを呼んで手早く指示を出すのだった。

 

 

 

 

 18階層、森林地帯の中心付近。17階層への入り口近くにある【ロキ・ファミリア】の野営地からほど近い場所。

 立地的に覗き見がされにくい場所に警備を立て、アイズと“灰”の戦いの場は整っていた。見物しているのは【ロキ・ファミリア】幹部勢、そして二軍の中核メンバーである。

 

「い、一体何が始まるっすか……?」

 

 体の震えを押さえるように両腕で肩を抱き締めるのはラウル・ノールドだ。彼の視界には向かい合うアイズと“灰”の姿がある。

 片や抜き身の《デスペレート》を構え、これ以上ない戦意を研ぎ澄ます【剣姫(けんき)】。片や無手を保ち、何の姿勢も取らず、ただ老木のような存在感を放つ“灰”。

 双方の威圧がぶつかり合う戦場は、Lv.(レベル)4であるラウルであっても震え上がってしまう程のものだった。元々臆病な気質であるのは、この際無視する事にする。

 

「こら! 怯えてないでびしっとしなさいよ! 団長達もいるんだからね!」

(いった)ぁ!? なんで叩くんすか!?」

「なよなよしてるあんたが悪い! それともなに、文句あるの?」

「な、ないっす……」

 

 そんなラウルを許さないのがアキだ。ラウルと同期である猫人(キャットピープル)の少女は情けないラウルの姿に「まったく……!」と眉を吊り上げる。

 

「まあまあアキ、しょうがないよ。私らだって緊張してるしさー」

「そうだな。正直身震いを止めるので精一杯だ。あの“灰”って奴は、どれだけ強いんだ……?」

「……リヴェリア様が師と仰ぐ方です。高貴なお方の名を汚さぬ程度の力はあると思いますが」

「アリシアは厳しいですねー。レフィーヤはどう思いますか〜?」

「うーん、“灰”、さんは魔道士として強いって事ですよね? 50階層で見た魔法といい、とても強い人だと思いますけれど、魔道士なのにアイズさんと真向から戦えるんでしょうか?」

「あの、それは私も気になってました。元々は『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』の劇毒治療のために呼んだと聞いてますし、実際に治癒魔法を行使する場面も見ています。魔道士としての能力は疑いようもありませんが、アイズさんと戦えるかと言われれば……」

「うーん、情報が足りなすぎるわ。団長達も“灰”(あの人)に関しては情報を出し渋ってるみたいだし……自分の目で確かめてみろ、って事なのかしらね……」

 

 ナルヴィ、クルス、アリシア、エルフィ、レフィーヤ、リーネが推測を重ねていく。最後にアキが締めくくって、二軍のメンバーは観戦に集中した。

 それを片目を瞑って見遣りつつ、フィンも観戦に加わっている。後ろに並ぶのは対峙する二人を凝望する【ロキ・ファミリア】幹部勢だ。場が整ったと判断したフィンは片手を上げた。

 

「双方、準備はいいかい?」

「大丈夫」

「問題はない」

「それじゃあ――始めっ!」

 

 手を振り下ろすと同時に開始を宣言する。同時に動いたのは【剣姫(けんき)】、アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

 初手で風の付与魔法(エンチャント)、【エアリエル】を発動したアイズは風の砲弾となって“灰”に突進した。

 

「アイズさんが魔法(エアリエル)を使った!?」

 

 ただの付与魔法(エンチャント)に収まらない【エアリエル】の力を知るレフィーヤが驚愕の声を上げる。アイズには届いていない、眼前の“灰”に全集中する【剣姫(けんき)】は本気の一撃を叩きつけた。

 森林に響く金属音。渾身の一撃は、棒立ちのままだった“灰”の零秒武装、《番兵の大盾》によって防がれる。

 

「む――」

「はあああああああああっ!!」

 

 気合を込めたアイズの裂帛。流れるように繰り出される風を纏った連続攻撃。織り成される剣の旋律に、“灰”は初撃で盾を捨て、《番兵の直剣》で防御する。

 互いの剣が交錯し、弾ける金属音が連続した。幾重にも重なる剣閃を打ち落とす両者、それは少なくとも、アイズと“灰”の『敏捷』と『器用』が拮抗している証だった。

 

「あのアイズさんと打ち合ってる!?」

「まさか!? アイズはLv.(レベル)6で、しかも魔法を使ってる状態なのに!?」

「いえ……むしろアイズさんが押されていませんか!?」

「すごいです……! あれ、でも……血……?」

 

 一際大きな音が鳴り響き、両者は弾け飛び、距離を取った。険しい顔で《デスペレート》を構えるアイズと対象的に、“灰”は余裕すら見える無表情のままだ。だがその手からは、ポタポタと血が滴っている。

 盾無き不死に防ぎ切れる攻撃など無い。ましてアイズの風は『火の時代』において竜の嵐ほどしか比べられるものがない。

 だから盾では防げない。風を完璧に防ぐ盾など無い。故に“灰”は、剣戟による防御を選択した。それが己の脆い体を、更に傷付けると知っていても。

 戦いの序盤、アイズが突貫したのは直感的に分かっていたからだ。

 本質的な不死の脆さ。“灰”は、攻め尽くせば討ち取れる。幾多の()()との戦いによって得た経験が、アイズにそれを教えていた。

 そしてそれは、正しかった。このまま強く攻め続ければ、勝つのはアイズ・ヴァレンシュタインだろう。それは“灰”も分かっている。

 

 だからこそ。序盤の攻防で負った“灰”の傷は、最初で最後の傷だった。

 

 アイズが再び突貫する寸前、動いたのは“灰”だった。

 

「!?」

 

 一瞬で掻き消える灰髪の幼女。第一級冒険者であるアイズの動体視力を振り切って、“灰”は【剣姫(けんき)】の背後に回る。

 出鼻を挫かれつつも、Lv.(レベル)6の器によって生じる超感覚で感知し、アイズは迎撃する。

 振り下ろされる一撃。その余りの重さに、アイズはたたらを踏んだ。

 

(直剣、じゃない……特大剣!)

 

 “灰”の武装は既に《番兵の特大剣》に変わっていた。極めて頑丈な造りの漆黒の特大剣。本来“灰”ほどの小さき者ではなく、巨人が使うのではないかと思わせる特大剣を、灰髪の小人族(パルゥム)は小枝のように振り回す。

 細剣であるアイズの《デスペレート》よりも速く。縦横無尽に空気を薙ぐ重閃に、アイズは崩れた姿勢を戻し切れない。

 

(やり辛い――!?)

 

 それは以前、黒衣の人物の依頼で共闘した時とは真逆の思考だ。あの時は家族(ファミリア)に背を任せているような信頼と安心感があった。

 だが今は違う。アイズに有利な状況を作らせないように――アイズに全力を出させないように、“灰”は巧みに立ち回っている。

 アイズが踏み込もうとすれば逆に踏み込み、タイミングを外す。間合いを調整しようにも、“灰”の足取りは特大剣の有利を取り続ける。視線、予備動作、先読み、牽制。長年積み重ねてきたアイズの『駆け引き』を、“灰”は完全に上回っている。

 何より――風を纏い最大まで強化されたアイズの剣が、今は掠りもしない。【エアリエル】を付与された《デスペレート》は見た目以上の間合いを誇るというのに、“灰”は最小限の動きで回避していた。

 

(見切られてる!?)

 

 瞬間、アイズの脳裏に冷たいものが走る。序盤の攻防、最初の攻撃。“灰”はあの時、ただ防御するのではなくアイズの動きを見ていたのではないか? そしてたったあれだけの剣戟で、アイズの剣筋を見切ったのではないか。

 その疑念は、確信に変わる。アイズの僅かな癖、剣筋の偏り。それらを完全に見切っていなければ、紙一重で(かわ)す事なんて出来ない。

 

「くっ!?」

 

 アイズの表情に焦りが差す。それはこの状況では悪手だ。空を斬り裂く特大剣を何とか凌ぎ、反撃に繋げるものの、それが一向に実を結ばない。

 次第に押されていくアイズ。冒険者の頂点に立つ【剣姫(けんき)】が劣勢なのは、誰の目から見ても明らかだった。

 その時。“灰”は不意に攻撃を止め、大きく距離を取った。何時しか呼吸を乱していたアイズは、その行動に疑問を覚える。

 

「距離を取った? どうして……」

「あのまま攻め切れば、アイズさんに勝てたかもしれないのに……」

「ばっ、馬鹿な事言わないでくださいクルスさん!? アイズさんが負けるわけないじゃないですか!?」

「でもレフィーヤ、この戦いはどう見ても……」

「“灰”は、ここまで強かったんすか……?」

 

 外野の声がうるさい。そう感じ取ったアイズは、自意識の乱れを自覚する。呼吸を整え、再度集中する。どうして“灰”が距離を取ったのか分からないが、この状況を生かさない選択肢はない。

 

「――攻め切れんな」

 

 アイズが意識を切り替えていると、古鐘の声が擦り鳴らされた。【剣姫(けんき)】が強い眼差しで“灰”を見れば、棒立ちの幼女は両手を小さく広げる。

 右手には《番兵の特大剣》が握られている。そして左手には《番兵の直剣》が現れる。両手に武器を装備する“灰”の姿から――次の瞬間、()()()()()()

 

「……?」

 

 それにアイズが眉根を寄せた瞬間、“灰”は一瞬でアイズの眼前まで距離を詰め、何も持たない左手を振るう。

 ――否、違う! その左手には、その指には、先程までなかった指輪が光っている!

 

「!?」

 

 咄嗟に剣で防御したのはアイズの本能だった。戦いの始まりから今の今まで、ゾッとする程変わらない冷たい瞳。それを見た瞬間、アイズの本能が遮二無二に防御を選択させた。

 構えられる《デスペレート》。それが独りでに金属音を上げるのと同時に、“灰”の左手が止まる。傍目からは分からずとも、アイズはそれで理解した。

 “灰”は武器をしまったのではない――何らかの指輪の力で見えなくしたのだと!

 

(まずい――!?)

 

 アイズは目を凝らして、最大限まで警戒を引き上げる。

 こちらは“灰”と違って、動きを完全に見切っているわけではない。そんな有様で自分より格上の()()()()()を相手取らねばならない。

 それがどれだけ困難な事か。武器そのものが見えないのなら、相手の動き、僅かな空気の揺れ、微かな音で判断するしかない。

 それはアイズに過度な集中を強いた。通常では必要のない部分まで注意を払わなくては戦いにすらならない。

 しかも“灰”は、悪辣だ。零秒で武装を着脱できるのをいい事に、右手と左手の武器を絶えず入れ替えている。直剣かと思えば特大剣が叩き込まれ、特大剣かと思えば直剣で防御を透かされる。

 見えない武器、両手の武器の高速入替(スイッチング)、そして純粋な『技と駆け引き』。それがアイズを、【剣姫(けんき)】と賞賛される第一級冒険者を追い詰めている。

 「攻め切れんな」――その言葉の意味を、アイズは今になって理解していた。少し前の攻防は確かに劣勢だったが、まだ逆転の目があった。

 しかし今は、それが見えない。たった一つの要素、『武器を見えなくする』、それだけでこうも追い詰められている。

 

 このままじゃ、負ける。そう遠くない未来の敗北を、アイズは悟った。

 そして知った。“灰”は、本気でも何でもない。ただアイズを測って、ただ勝つのに必要な要素を選別して、それが揃ってからやっと戦い始めただけに過ぎないのだと。

 

「――【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

 瞬間、アイズは(まなじり)を決した。風を最大出力で放射し、“灰”から無理矢理距離を取る。

 目指すは戦いの場(バトルグラウンド)の端、森に散在する水晶。一際大きな結晶の塊に()()した【剣姫(けんき)】は、最大出力を解放した【エアリエル】を纏い、“灰”目掛けて渾身の力で水晶を蹴った。

 ――そう、アイズには『必殺』がある。巨大な難敵を打ち砕く逆転の一手が、不可能を可能にする英雄の一撃がある。

 それは神風の如き勢いで放たれる風の螺旋矢。嵐のように吹き荒れる【エアリエル】を纏い、剣の(きっさき)に全ての力を集中させた一点突破攻撃。

 

「――――リル・ラファーガ!!」

 

 掛け値なしの全力。手加減などかなぐり捨てた全霊の一撃を、アイズは解き放った。神速となったアイズの風の矢が駆け抜け、棒立ちの“灰”との彼我の距離を一気に詰める。

 

 そう、アイズは『雛』だ。いずれ現れるであろう英雄の雛。未だ限界を知らぬ未完の『器』は、金の少女が英雄に足る事を示している。

 それは彼女がこれまで乗り越えてきた数々の『偉業』が物語っていた。常人では呆気なく死ぬ程の、常軌を逸した戦いの記憶。それがアイズをここまで成長させ、更に先へ進ませている。

 ――そうだとも。アイズ・ヴァレンシュタインは、一度だって()()()()()()()。どんなに強い敵でも、初見でも、格上でも――敗ける事はあれど、決して挫けぬ不屈の精神と覚悟を以て、勝利を掴み取って来たのだ。

 それがどれ程の『偉業』であるのか、不死たる“灰”にはよく分かる。何の才覚もない凡人、ただ折れぬ心だけを持った貧者。ただそれだけの虫けらのような“灰”は、死に続ける事だけでしか前に進めなかった。

 きっとアイズならば。ここに集う【ロキ・ファミリア】の面々あらば。“灰”が死ぬ事でしか切り開けなかった道も、死なずに、何も失わずに駆け抜けたのだろう。

 不可能を可能とする。それこそが、英雄の証であるが故に。彼ら彼女らはきっと、“灰”と同じ運命にあったとしても、死なぬ英雄足り得たのだ。

 

「ああ――」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 何の才能もないから、何の力もないから、死んで、死んで、ただひたすらに死んで、積み上げてきた“灰”の『経験』。それはどんな怪物でも――英雄すらも殺す、“灰”の唯一の牙なのだから。

 

「それはもう、知っているぞ――アイズ・ヴァレンシュタイン」

 

 

 それが、既に一度眼にしたものであるのなら、尚更に。

 アイズ・ヴァレンシュタインの『必殺』を知る不死は、静かに左手を突き出した。

 

 激突する。神風と化したアイズの一撃と、“灰”の左手がぶつかり合う。

 

 瞬間、吹き荒れる風の力。凝縮された【エアリエル】の風が、彼方へと駆け抜けていく。

 “灰”を貫き、灰髪を荒らしながら後方へ――()()()()

 “灰”の頭上、天井に咲く水晶群に向かって。

 

「――」

 

 やった事は単純だ。左手の武器を《パリングダガー》に持ち替えた“灰”は、アイズの《デスペレート》を絡め取り、上空へ受け流(パリィ)した。

 ()()()()()()。それがどれ程緻密なタイミングと精密動作を要求されようが、腕尽くでアイズの『必殺』を巻き上げるだけの力が必要だろうが、関係はない。

 何度だって繰り返してきた。何度だって死に続けてきた。幾億も幾億も積み重ねた“灰”の『経験』が、アイズ・ヴァレンシュタインの全てを上回っていた。

 これはただ、その結果が現れただけなのだ。

 

「あ――」

 

 そしてアイズは、理解する。

 自分は死ぬ。間違いなく死ぬ。空中を飛び、剣を腕ごと巻き上げられたこの姿勢。出来る事は何もない。

 そして目の前には、“灰”がいる。凍てついた太陽のような銀の瞳で見つめ続ける、一人の不死が。その手には既に、《番兵の直剣》が見えている。

 あれに貫かれて、終わるのだろう。何も果たせず、悲願(ねがい)にも届かず。不思議とそれに対する怒りや絶望は湧いてこなかった。

 そして、一秒後。アイズは勢いのまま“灰”と重なり。

 ポスッ、と軽い音を立てて、灰髪の幼女に受け止められた。

 

「貴公の負けだな、アイズ」

 

 ポンポンと背を叩きながら、“灰”は言う。それにパチパチと目を瞬かせて、アイズは体を離した“灰”と向き合う。

 いつも通りの、銀の半眼。綺麗な眉毛に隠されるその瞳と目が合って、しばらく。

 

「……うん。私の、負け」

 

 何かおかしくて、恥ずかしくなって、はにかむアイズは。

 そうして、自身の敗北を認めるのだった。

 

 

 

 

「皆、どうだったかい? アイズと“灰”の戦いは」

『……』

 

 フィンが二軍の中核メンバーに尋ねると、沈黙が返ってくる。

 彼らは一様に唖然としていた。特にアイズの『必殺』、『リル・ラファーガ』を“灰”がパリィした時から口が開きっぱなしだ。

 【ロキ・ファミリア】の二軍を先導する彼らは、アイズの強さを、アイズの高みを嫌というほど理解している。

 そのアイズが、まるで子供扱いだった。――いや、ぺたりと座り込むアイズを“灰”が撫でている光景を言っているのではない――

 アイズが攻め切れたのは、最初だけだ。後は防戦一方、なけなしの攻撃も簡単に(かわ)され、“灰”の攻撃に翻弄されていた。それは戦いと言うより教導、【ロキ・ファミリア】で実践している先達が後輩に行う模擬戦に近かった。

 “灰”が加減していたのは明らかだ。何故ならアイズには、傷一つない。二軍メンバーから見ても明らかな隙にさえ攻撃を加えなかった。相手を無傷で倒す事がどれだけ難しいのかは語るまでもない。アイズと“灰”には、それだけの力の差がある。

 それを悟ったラウルは、青い顔をしながらフィンに顔を向けた。そして言い淀むものの、はっきりと言葉を口にする。

 

「団長……俺達にこの戦いを見せたのは……“灰”が、俺に似てるからっすか……?」

「はあ? 何言ってんのよラウル――」

「そうだよラウル。“灰”は僕らの中じゃ、君に一番近い」

『!?』

 

 アキの発言を遮ってフィンは告げる。それに驚愕する一同を前に、フィンはラウルと向き合って話を続ける。

 

「ラウル。君はよく、自分の事を卑下しているだろ? やれ才能がないだとか、やれ二流止まりだとか、勿論僕はそんな風に思っていないけれどね? 君には期待しているんだ」

「いや、その……て、照れるっす……」

「ハハハ。……けれど“灰”は、君以上だ。君よりも才能がなくて、君よりも自分を卑下している。そして何より――ここにいる誰よりも、貪欲だ」

 

 フィンは神妙な顔で“灰”を見遣る。聡明さを宿す碧眼に映るのは、敬意を評すべき灰髪の小人族(どうほう)か、それとも『火の時代』の怪物か。瞳を細めるフィンは、ラウル達に向けて言う。

 

「まだ詳細は明かせないけれど、“灰”はここにいる誰よりも強い。僕よりも速く、ガレスよりも強く、リヴェリアより魔法に長けている。実際に確かめたわけじゃないけれど、それはまず間違いなく事実だ」

『――!?』

「だからこそ、この戦いを君達に見せた。“灰”は貪欲だけれど、得たものには頓着しない。

 ――いつか必ずその強さを、白日の下に晒す日が来る。だから先に言っておくよ。

 

 “灰”を目指すのはいい、けれど“灰”のようにはなるな。

 

 ……僕らよりは君達の方が、きっと彼女に惹かれるだろうからね」

『……!』

 

 苦笑するフィンの言葉に、ラウル達は一斉に“灰”を見る。アイズと“灰”の側に集まる【ロキ・ファミリア】幹部勢の中で、“灰”の姿だけが異彩を放っている。

 それは他派閥だからどうこうじゃなく、その強さだ。アイズを圧倒しながらも、その戦い方は平凡だった。凡庸な立ち回りで、武器の扱い方も普通で、言ってしまえばラウルよりも普遍的だった。

 それがどこか、第一級冒険者(えいゆう)のようになれないと諦めている二軍の面々には輝いて見えるのだ。自分よりも才能が無くても、自分よりも一般的でも、あの場所に立てる人がいる。それはある種の、全てを呑み込む底なしの希望のようで。

 俺達だって――そんな考えと奮起が過ぎったのは嘘ではない。彼らは英雄より只人(ただびと)に近いからこそ、誘蛾のように狂王たる“灰”に惹かれてしまう。

 それは強さを求め、だが折れてしまった者にしか分からない感覚だろう。凡人では辿り着けないと思った場所に、辿り着いた凡人がいる。それを目の当たりにして何も思わないのなら、端から冒険者などにはならないのだ。

 それをフィンは見越して、忠告するためにこの場を設けた。いつか知るであろう“灰”の姿に、惑わされないように。良くも悪くも“灰”はきっと、表舞台に立つ事で全てを変えていってしまう。

 闇の中にいつしか火が灯り、全てを照らし、焼き払うように。彼女は全てを変えながら、それに何の興味も持たず、歩き続けるのだろう。

 

「……」

 

 フィンは考える。“灰”にどう接していくべきかを。

 フィン・ディムナには野望がある。今は落ちぶれた同胞、全ての小人族(パルゥム)の『光』となる事だ。今は無き小人族(パルゥム)の旗印、『勇気』の象徴として同胞を照らし続けんとしている。

 もしも、“灰”にその気があるのなら。“灰”はきっと小人族(パルゥム)の架空の信仰である女神『フィアナ』と同じ、いやそれを超える眩い『太陽』となれる筈だ。それをどこか望む自分がいる事も、自覚している。

 だがそれは、危険な賭けだ。“灰”は、地平線に広がる闇のように底が見えない。いくら片鱗を知ろうとも、その本質に辿り着けていないのではないか。フィンにはその懸念がある。

 だからフィンは、見定め続ける。“灰”がフィンの野望に利する存在であるか否か。小人族(パルゥム)の勇者は――自身を贋作、人工の英雄と認識する男は、“灰”をこれからも見定めるのだろう。

 

 そしてまた、深淵を覗く時、深淵もこちらを覗いているのだ。

 

 次は誰が戦うかで盛り上がっている幹部勢。その中でひっそりと佇む“灰”は、フィンを銀の半眼で見返していた。

 その凍てついた太陽のような瞳に、どんな感情が宿っているのか。――それを知るのは、深淵に眠る者だけだ。

 




ついにソウルレベル解禁とアスカの推定Lv.(レベル)が開示されました。
ここまで長かった……ソウルレベルについてはまだ書き足りないので五巻分の内に情報を追加すると思います。
というか書くつもりのなかったラウル達が急に出てきたりして困惑……書く気があった事を書けなかったり、書くつもりのなかった事を書いたり、執筆って不思議ですよね。

さて、ここからは長い作者のダンまちLv.(レベル)≒ソウルレベルの考察となります。考察というか、メタデータからゴリ押しで擦り合わせただけと言いますか、まあとにかく書いたので折角だから後書きに載せたいと思います。




折角なので作者の独断と偏見で作成した、
ダンまちレベル≒ソウルレベル換算のガバガバ理論を書き記そうと思う。

前提としてダークソウルにおけるボスとの戦いはホストを「侵入者」と見なす。
侵入者はホストの次のレベルアップに必要なソウル量の4%を取得できる。
ボスを倒した際に手に入るソウル量を必要ソウル量の4%としてSLを逆算する。

例:灰の審判者グンダ 取得ソウル量3000⇒SL112⇒平均ステ23程度

平均ステはボスに無理矢理SLを当て嵌める弊害を解消するためのもの。
実際には違うだろうし整合性を取るつもりもない。あくまで目安。
なおこの計算だと「王たちの化身」はSL452⇒平均ステ60の化物である。
カンストだとSL635⇒平均ステ80となる。やべえ。

このボスの計算からダンまち側のレベルと擦り合わせていく。

基準となるソウルレベルはダークソウル3方式。
『生命力』『集中力』『持久力』『体力』『筋力』『技量』『理力』『信仰』『運』
以上9項目、カンストした場合のSLを802とする。

このSLとダンまちのレベル、『神の恩恵』をふわっと比較して、計算しやすくする。

『神の恩恵』は前提として、ただの村人でもゴブリン程度を簡単に倒せるようになる。
『神の恩恵』は初期値は誰しもが0。それ以前の【経験値】はスキル、魔法に反映?
とかく、おそらくは【ステイタス】に載らない隠しステになると思われる。

ダークソウルでは無印、3の序盤、初期ステでのボス討伐がチュートリアルである。
戦う相手は「不死院のデーモン」と「灰の審判者、グンダ」。
このボスとダンまちの『ミノタウロス』を比較した場合、おそらくダクソ側が勝つ。
なのでボス二体はダンまちにおけるレベル2かそれ以上と思われる。
そのボス二体を例え持たざるものでも倒せるダクソ側は、初期ステがレベル2相当(?)。
こう考えると、『神の恩恵』とソウルレベルは以下のように比較できると考えられる。

素性「持たざるもの」=SL1、平均ステ10は『神の恩恵』レベル2相当。
ならば平均ステ1、あるいは0であれば『神の恩恵』レベル1初期値となる筈。
よって『神の恩恵』の初期ステ≒SLマイナス89(!)の平均ステ0。
つまり『神の恩恵』の数値とSLは100対1で比較可能なのではないか。

例1:『神の恩恵』レベル1、『力』900≒SL『筋力』9。
例2:『神の恩恵』レベル6、『力』900(トータル5500)≒SL『筋力』55。

『神の恩恵』はランクアップによって「飛躍」するのに対し、SLは「蓄積」である。
『神の恩恵』はアビリティ評価D、つまりステ500以上でランクアップ可能。
レベル1から『力』D評価でレベル6までランクアップした場合、『力』の熟練度はトータル3000〜3500の間となる。
これはSL『筋力』30〜35の数値とする。
SL『筋力』60は『神の恩恵』の『力』をレベル1から極めたレベル6で同等となる。
ただしランクアップは「飛躍」のため、一概に比較できないところもある。
その辺はその場のノリと勢いでどうにか誤魔化しつつ突破する。

以上をもってダンまちキャラをSL換算する。

ここで目安となるのはソウルを取得できるアイテムソウル。
ダクソ3における「偉大な英雄のソウル」は50000ソウルである。
そして「王たちの化身」のソウルである「王たちのソウル」は20000ソウル。
実際に「王たちの化身」から得られるのは100000ソウルであるため、
「偉大な英雄」とは得られるソウルの5倍、つまりカンスト化身と同等だと考えられる。
カンスト化身=255000ソウル、偉大な英雄の5倍、250000ソウル。
これを元に各アイテムソウルを計算していく。
「英雄のソウル」は25000、その5倍で125000。換算してSL491。
「老強者のソウル」は20000、5倍が100000、SL452。
「古強者のソウル」は12500、5倍で62500、SL386。

オッタルはレベル7である。
「ファミリアクロニクル エピソードフレイヤ」で明かされた【ステイタス】はほぼS。
『力』『耐久』『器用』『敏捷』がそれぞれトータル7000に近い(とする)。
これをダクソ3方式SLに当て嵌めると『生命力』『持久力』『体力』『筋力』『技量』がほぼ70という事になる。
魔力はD評価なので半分、それに少し足したトータル4000程度とする。
『集中力』『理力』『信仰』が40。
『運』はベル・クラネル以外、一律で0とする。
大雑把にまとめるとオッタルはSL470。
「英雄」と「老強者」の間である。
……どうだろう? 見えるだろうか? ダンまち的にも納得できるSLだと思われる。
SL的に言えば一周目化身<オッタル<<<<<カンスト化身となる。
SLは強さの明確な指標にならないが、オッタルなら一周目化身を倒せる! と作者は思うのでこれで合っていると考える。(強さ的に重要なのはカンスト周回だし)
なお、SL470に達するには約3億3000万ソウル必要なので。
オッタルはそれだけのソウルを使わずに所持していると思われる。

フィン、リヴェリア、ガレスのレベル6組は面倒なので適当に換算する。
均一に平均ステ60−『運』として、SL391。
「老強者」と「古強者」の間、所持ソウルは約1億7000万ソウルとする。
三首領以外のアイズ達【ロキ・ファミリア】幹部勢は原作でもレベル6に成り立てなので。
平均ステ52−『運』としてSL327。
まだまだひよっこ、所持ソウルは約9500万ソウルである。

ダンまちとダクソのレベル比較はこんな感じです。
穴だらけの理論ではありますが、説得力があればいいと思ってるのでご容赦いただければ。


補足

ダクソには武器を「両手持ち」する事で『筋力』値を1.5倍にする特性がある。
しかしそれだと計算がおかしな事になるので(『筋力』60の「両手持ち」=『筋力』90≒『神の恩恵』の『力』を極めたレベル9と同等(!?))
「両手持ち」はあくまで片手で持てない武器を両手で持てるだけという事にする。
あくまでもバランス、バランスが大事よ……更木剣八じゃあないんだからさ……

『知ってるか? 剣ってのは片手で振るより両手で振った方が強ェんだとよ』

『……あァ? 何言ってやがんだてめぇ? そんなもん……』

『分かり切ってんだろうが!!!』

『……分かり切っちゃいねぇさ……』

『知らねえだろ』

『どれくらい強さが違うのか』

    ドッ




謎のBLEACHを挟んで後書き終わり。

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