ダクソかブラボとダンまちのクロス流行れ   作:鷲羽ユスラ

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はたけやまさんから素晴らしい絵を何枚も頂きました……!
こんな幸せな事があっていいのでしょうか……! 是非皆さんもご覧ください!


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(このとてもとても良き絵を頂いたのが数ヶ月前というのは内緒)


外伝六巻分
戦い続ける者達よ


 剣を振るう。

 翳される盾、防がれる刃。数度の攻防、蹴り、盾を剥がし、致命。殺す。

 短剣が閃く。

 素早い連撃、肌を掠める鉄。入れ替わり立ち替わり、背後を取られ致命。殺される。

 

 大剣を振り回す。

 敵の攻撃の当たる限限(ぎりぎり)の一歩。見切り、踏み込み、振り抜く。殺す。

 特大剣が空気を薙ぐ。

 重い一撃、たたらを踏む。互いに待ちの千日手。痺れを切らし、踏み込み、粉砕。殺される。

 

 曲剣を踊らせる。

 先読み不能の神速。先の先を取る軽く鋭利な刃。追い斬り、斬り刻む。殺す。

 大曲剣が斬り払われる。

 走りからの斬り払い。鋭く、痛みも大きい。パリィを狙い、失敗。殺される。

 

 刀を鞘に入れ、構える。

 攻防一体、居合とパリィ。二択を迫り、猛進。こちらが一歩速く、斬首。殺す。

 刺剣がピタリと静止している。

 初動を潰す流麗な一刺し。手に、足に、そして胸に穴が開く。殺される。

 

 斧を持ち、叫ぶ。

 己の鼓舞、湧き上がる力。体当たり、崩し、頭頂へ一撃。殺す。

 大斧が迫る。

 盾で防ぐ。脆弱、破損。破片の最中に迫る鉄塊の(きっさき)。殺される。

 

 槌を手に、走る。

 粗末な盾、戦い慣れてない不用意さ。正面から殴る。何度も、何度も、何度も。殺す。

 大槌が高々と振り上げられている。

 へたり込んだ体。とっさに上げられた手。言葉虚しく、振り下ろされる巨塊。殺される。

 

 槍を両手に前方を刺す。

 長い射程(リーチ)、届かざる敵の一撃。腕に覚えがあろうと、無意味。殺す。

 長槍と大盾が鎮座する。

 反撃狙いの不動の構え。一切の隙なし、考えなく攻撃。ただ反撃が蓄積する。殺される。

 

 斧槍を前方に構え、待つ。

 突き、払い、断つ。武器種固有の有利。生かさぬ手はなく、手練とて獲物に過ぎない。殺す。

 突撃槍が空を裂く。

 止まらぬ猛進、防ぎ切れぬ勢い。大盾を弾かれ、磔となるまで突き破られる。殺される。

 

 両刃剣を回し、刃圏を築く。

 より特化した攻撃性。円の回転と重量の加わった斬撃。盾の防御は間に合わない。殺す。

 鎌が翻る。

 武器とは呼べぬ特異性。故の独特と熟達した剣技。対応が間に合わず、斬壊。殺される。

 

 ムチが(しな)る。

 肉を叩き、肌を弾け飛ばす痛みの武器。怯むばかりでは、戦いにならない。殺す。

 拳を構える不死は笑った。

 屈強も貧弱も関係ないハリボテの肉体。それでも己を懸け、拳で進む。殺される。

 

 爪を擦り合わせる。

 人になき獣のそれを模倣した鋼。狩人たる敵は、だが獣と誤認した。殺す。

 弓が引き絞られ、矢が放たれる。

 次はなかった。次々に刺さる矢の雨粒。雨は止まず、千本の山となる。殺される。

 

 大弓に退路はなく、ただ待つのみ。

 回り込む敵をどこまでも捕捉し続け、相打ち覚悟で解き放つ。粉砕するのは、敵の頭。殺す。

 クロスボウに殴られ、続く矢に間髪はない。

 それにのみ縋った者の執念。脆弱な武器を屈強なそれに変えた、貪欲なる攻撃。殺される。

 

 杖にソウルが集う。

 魔術師の証、近距離の無作法。侮った敵の腹をソウルの大剣で両断する。殺す。

 手に火を抱き、炎を操る。

 求道者たる呪術師、その火は苛烈、そして憧憬。溶岩に退路を断たれ、混沌が投擲。殺される。

 

 タリスマンは寄る辺なき旅人のお守りだ。

 どのような過酷にも耐え忍ぶ旅人の支え。血の滲むタリスマンは、時に闇すら招く。殺す。

 聖鈴が鳴り、奇跡は再現する。

 聖職者、腐り果て、なおも純粋なる人。その祈りほど、雷鳴は高らかに。殺される。

 

 火炎壺が弧を描く。

 炎を吹き出す、それだけの道具は、致命傷に到らぬ不死の最後をよく照らす。殺す。

 投げナイフが複数の軌道で迫る。

 あと一撃。ボロボロの肉体を全盛のままに、逃げて、逃げて、逃げ切れない。殺される。

 

 

 武器を使う。魔法を使う。道具を使う。何をも使う。

 昼夜を問わず、場所を問わず、彼らは出会い、殺し合う。

 殺し殺され、踏み躙り踏み躙られる。敗者に言葉はなく、ただ屍を晒すのみ。

 空虚、だが鮮烈に。無意味、だが炎に向かう蛾の如く。

 その歴史が始まった時から、人は殺し合いを続け。

 その身に呪いを刻まれて、なお戦いだけは捨てられなかった。

 殺す。殺される。殺す。殺される。

 死なずが繰り広げる戦いの螺旋。

 終わる事のない――不死の闘技。

 

 誰もそれが目的ではなかった。

 “灰”は無感動に、だが確信を持って呟くだろう。

 無限の戦いに身を投じる不死が、求めるものは――

 

 

 

 

「……アスカ? どうか、した?」

「――」

 

 微かな潮の香りが乗った風。そこに混じる到来の匂いを感じ取っていた“灰”は、湖を眺める銀の半眼を隣に滑らせる。

 そこには瑞々しい肢体を惜しげもなく陽光の下にさらす、水着姿のアイズがいた。

 

「アスカ?」

「いや、何でもない」

 

 それだけ言って、幼女は視線を前方に戻す。臙脂(えんじ)色のフードを被る“灰”は、黒いべールの奥に常と変わらぬ凍てついた太陽のような瞳を湛えていた。

 風に混じる、血錆の匂い。第一級冒険者(アイズ)ですら気付かないそれは、果てしない闘争に身を置いた者のみに通じる匂いだ。

 何か、あるいは誰かがやってくる。濃密で底の無い、血と殺戮の闘争を求めて。

 

「何しとるんやー、アスカたん!」

 

 その何かに思いを巡らせる“灰”の邪魔をしたのはロキだった。黒い胸当てに包まれた幼女の胸を遠慮なく鷲掴んだ道化の女神は、モミモミと蛞蝓(なめくじ)のように指を動かす。

 何も感じない“灰”は、だが鬱陶しいと思ったのだろう。片手に垂れ下げていた扇を閉じ、背中越しにロキの頭を一閃。「ぐへぇっ!?」と地面に倒れるロキの朱髪を黒いブーツで踏みつける。

 女神(へんたい)を見下ろす絶対零度の視線。それにロキは心底震えながらも、臙脂色のパレオの奥で際どいラインを描く下衣をガン見し、女体の神秘に鼻血を垂らしていた。

 

「眼福やぁ、ご褒美やぁ……アスカたん連れてきてホンマ良かったわぁ……」

「……何の用だ、ロキ」

 

 意味不明の言葉を口走る道化の理解を差し置いて、“灰”は端的に目的を問う。「ぐへへへへ」と気味の悪い笑い声を上げるロキは、ニマニマしながら言葉を垂れる。

 

「いやなぁ、アスカたんが泳ぎもせんとずーっと湖ばっか見とるから気になってなぁ。アイズたんも気になってたみたいやし、ここは主催者(ホスト)のうちが楽しませなあかん思て来たんや」

「そうか。ならば私は気にするな。望んでこの場にいる訳ではない」

「いけずやわぁ、アスカたん。ちゅうかなんでうちのあげた水着着てへんの? その格好もアマゾネスみたいでエロ、げふんげふん可愛(かわ)えーけど、うちは水着姿のアスカたんが見たいんや!」

「知らん。貴公の願望を叶える義理などない。何より、神に賜った衣服など、私が袖を通す筈もなかろう」

 

 “灰”はソウルの器から取り出し摘み上げた闇色の水着――ロキ曰く「オフショルダーフリルつきショートパンツ」――を眺め、再びソウルの器に還す。水中専用の衣服など何の興味もないが、不死の収集癖ゆえに手放す事はしなかった。

 それに満足そうな顔をするロキは「ちょ、踏みつける力が強なっとる! ギブ、ギブやアスカたーん!?」と叫ぶが、綺麗に無視された。道化の女神を踏みつけたまま、“灰”はアイズに視線を移す。

 

「それで、アイズ。貴公こそどうした。貴公の仲間(ファミリア)は、ああして湖水浴を楽しんでいる。参加はしないのか?」

「…………えっと……私、泳げなくて……」

「そうか。奇遇だな。私も泳げない」

「……! そう、なの?」

 

 ふいっと視線を逸らして呟くアイズに“灰”がそう言うと、アイズは驚いたようだった。大抵の事を(そつ)なく(こな)すイメージのある“灰”が泳げないなどと、考えもしなかったのだろう。

 

「私に限らず、不死と水は相性が悪い。この身はどんな水にも浮かばず、沈む。水を掻こうと水面に届かぬのなら、それは泳げないのと同じだ」

 

 “灰”の言葉通り、不死と水は相性が悪い。それは不死という化物が現れた時から変わらぬ、自然の摂理の一つだった。

 不死は泳げない。浅瀬程度なら歩けもするが、背丈より深い水面に入れば空を落ちるが如く沈む。そして浮かばず底に溜まり、死を受容する事でしか戻れない。

 それはどのような不死も同じだ。海に産まれ、海と共に生きた人とて、不死となれば拒絶される。漁村や港街で不死となってしまった者は、往々にして海に追いやられ、二度と浮かばぬ水葬の餌食となる。終末期ともなれば、途方もない不死の山が水底に積もっていたであろう。

 一説にそれは不死が闇の魂を抱いているからだという。闇は何よりも暗く、重い。不死の体は闇に等しく、幼女とてその身に似合わぬ重さがある。それでも軽くはあるのだろうが、水に浮くほどの力がない。故に不死は沈むのだ。地にへばりつくしかない影か、あるいは世界の枷の如く。

 何時しかに聞いた、原罪の探求者の言葉。それを“灰”は思い返す。そうしているとアイズはレフィーヤに誘われ、水辺へ歩いていった。

 そして水面に入り、仰向けに浮かんだと思えば、俯せになり――沈む。高速で水中に消えるアイズに慌てる一同を眺め、“灰”はふむ、と顎を撫ぜる。

 無駄な筋肉の強張り、過度な緊張。何より水辺に相対し何かを想起する仕草。どうやらアイズが泳げないのは、過去の心傷(トラウマ)に原因があるようだ。

 

「あー、いかんなぁ。こりゃあリヴェリアとの特訓がトラウマになっとる」

「……」

「そこはツッコんでほしいでアスカたん! 気になるやろ、気にならんか!?」

「知らん。話がしたいのなら己の眷族と話せ」

 

 “灰”はロキの頭から脚をどけて尻を蹴飛ばす。「殺生やー! でもありがとうございますッ!」と神特有の戯言を口走りながらロキはアイズ達の方へすっ飛んでいった。

 

「ねーねー、アスカー! アスカも泳ごうよ!」

 

 アイズに弾かれて湖の藻屑と化すロキを静観していると、入れ替わるようにティオナがやってきた。燦然と輝く太陽の如く、快活な笑みを咲かせるアマゾネスの少女は自然に“灰”の小さな手を取る。

 

「悪いが、私は泳げない。だから遠慮させて貰おう」

「えーっ!? アスカも泳げないのー!? じゃあさ、アイズと一緒に練習しようよ!」

「いや、私は――」

「いいからいいから!」

 

 “灰”が説明する前にティオナは笑顔で引っ張っていった。強引に言葉を切られた形の“灰”は、まあ良いかと追従する。

 この場にいるのも望んでではない。“灰”は【ロキ・ファミリア】の幹部勢に背負った借り、その返済をしているだけに過ぎないのだから。

 

 事の発端はウラノスへの報告のために18階層から“灰”一人で地上に戻った後の事だ。いつも通り魔術を用いてギルドの表から出た“灰”は、何故か路地裏でロキに捕まった。

 「女神のカンや」と嘯く道化にティオネの借りを突き付けられ、“灰”は渋々港街(メレン)に同行する事となった。ベルやヘスティア、リリルカはまだ本拠(ホーム)に戻っていなかったので、置き手紙を(したた)め一足先に港街(メレン)へ足を運んだのだ。

 合流時に知ったがどうやらロキの独断だったらしく、ティオネは怒髪天を衝く勢いで激怒したという。それをフィンに押し付けて悠々と退散した逸話は腐っても神だと“灰”に思わせた。

 以上が、“灰”が【ロキ・ファミリア】と行動を共にする経緯である。前回と同じく依頼(クエスト)形式で請け負っている“灰”は、オラリオに戻るまで彼らに従うつもりだった。

 

 だから、泳ぎの練習にも付き合おう。それが報われぬ努力と知っていても、それを知るのは“灰”だけだ。見せてやらねば人は分からない。ティオナに促されて湖に脚を踏み入れた“灰”は、そのまま前進し――水面の底へ消えていく。

 蟒蛇(うわばみ)のように広がった灰髪が湖の蒼に引きずり込まれ、気泡の一つも浮かばない。見守っていたティオナ達は、慌てて“灰”の救出に向かった。

 

 水上に引きずり出される“灰”。逆様(さかさま)になった視界には、湖岸に並ぶ街並みが広がっていた。

 今日も港街(メレン)は平和である。ここ数年の平穏と同じように。

 

 

 

 

 ティオネ・ヒリュテにとって、“灰”は気に入らない女である。

 

「全く……泳げないんだったら先に言いなさいよね。無駄に苦労しちゃったわ」

「済まないな。ティオネ・ヒリュテ」

「ティオネでいいわよ、面倒くさいから。アスカだっけ? 私もあんたの事そう呼ぶわよ」

「貴公がそれを望むなら、好きにするが良い」

 

 腕を組んで不機嫌そうに言うティオネに“灰”はコクリと頷いた。興味があるのかないのか、どうでも良さそうなその態度。それがティオネは気に入らない。

 思い返せば最初に出会った時からそうだった。『深層』で事も無げにモンスターを屠ったあの姿。魔法を用い、杖を垂れ下げ、気怠げに立ち去ろうとした灰色の幼女。

 その幼い容貌に見合わぬ不遜な態度が、第一級冒険者(ティオネ)達を歯牙にもかけないその姿勢が、何より蟲を見るような冷たい銀の双眸が(かん)に障った。

 ティオネはアマゾネスだ。ベートほど傲岸かつ厳格ではないが己の力に自信を持っているし、闘争に血を滾らせる己の性質も受け入れている。

 しかし“灰”の瞳は、それを真っ向から否定する。ティオネが積み上げたもの、勝ち取ったものなど無意味だと告げるように、その暗い銀の半眼はティオネ・ヒリュテという存在になんら価値を見出さない。

 ()()()()()()()。挑発に人一倍敏感なアマゾネスのティオネにとってそれは受け入れ難い屈辱だった。だが目つきが気に入らないからと喧嘩を売る真似はできない。せいぜいが不機嫌な態度を露にするくらいだった。

 

「それで、私達にどんな魔術をかけんのよ? 変なのだったら承知しないわよ」

「心配するな。効能は実証されている。実際に使うのは初めてだがな」

「ちょっと、実験台はごめんよ!」

「危険はない。それが信じられないのなら、貴公にはかけないでおこう」

「何よそれ、私がビビってるって言いたい訳!?」

「そのつもりはないが、気分を害したのなら謝罪する。済まんな、ティオネ」

「ッ……! フン!」

 

 これだ。どうでも良さそうに頭を下げるその態度。ティオネの神経を逆撫でる事すら分かっていて、アスカはそうする。

 ティオネ・ヒリュテという存在に、心底興味を抱いていない。それが如実に分かるから、ティオネは苛立ち交じりにそっぽを向いた。

 全く忌々しい。これじゃ一方的に敵視している自分が馬鹿みたいではないか。腕を組んでロログ湖を睨みつけるティオネは、トントンと指で二の腕を叩いた。

 

 そもそも。そもそもだ。どうしてティオネがこんなにも敵愾心を抱いているかと言えば――彼女の愛する異性(ひと)であるフィン・ディムナが、アスカをやたらめったら特別視するからである。

 最初の遭遇(であい)もそうだし、地上に帰ってからも、遠征中救援を求められて鉢合わせた時も、18階層に滞在していた時も――そして今も。

 フィンはアスカばかりを見ていて、そこには彼が生涯を捧げている野望の光が見て取れた。

 

(団長……どうして私にあんな事を……)

 

 ティオネは港街(メレン)に向かう直前、フィンにこう言い含められている。

 

「“灰”の動向を注視してほしい。本来の目的を(おろそ)かにしない程度でいい、その上で“灰”について君の所感を聞かせてくれ。

 君の意見が必要なんだ。僕らの中でおそらく、最も公平な目を“灰”に向けている君の意見がね。

 ……頼むよ、ティオネ。君にしか任せられない。どうか聞き入れてくれないかい?」

 

 愛する(オス)に頼られる――その嬉しさのあまり二つ返事で引き受けたティオネだったが、よくよく考えてみればおかしな話だ。

 ティオネはあまり頭が良くない。流石に能天気な(ティオナ)には負けないが、教養のある方ではないし人を見る目があるわけでもない。

 “灰”を見極める、というだけならティオネよりフィンやリヴェリア達の方がずっと得意な筈だ。なのにフィンは、ティオネに頼んだ。まるで彼の指が、疼きと共に知恵を示したかのように。

 

(団長のお考えは分からないわ……私はただ、言われた事を精一杯務めるだけ。でも、アスカの何を見ればいいの?

 この気に食わない小人族(パルゥム)は、見ただけじゃ何も分からないってのに)

 

 ティオネはちらりとアスカを見る。その小さな体より長い杖を持つ幼女は、再起動したリヴェリアに説明しながら魔術を構築していた。

 放出される魔力はレフィーヤ並みだ。つまり、全力じゃない。18階層で観戦していた時も思ったが、アスカは必要以上の実力を見せない。

 老木のような威圧感。凍てついた太陽のような瞳。生まれより伸びる灰色の髪。

 印象に残るのはそれくらいで、アスカは強さが()()()()()()。侮るべきでないと直観するのに、肝心の判断材料が不明瞭だ。

 だからティオネは、積極的に関わろうとしなかった。何となく、近づきたくないのだ。近寄り難いのだ。

 

 アスカからは――ティオネの最も嫌悪する故郷(テルスキュラ)()()()()()()()()()

 

(――チッ、余計な事思い出しちゃったわ。それもこれもコイツのせい! 本当に忌々しいヤツ!

 見た目に欠点がないのも腹が立つわ! 顔綺麗だし、体の造形(ライン)ばっちりだし、乳デカいし……その乳で団長を、団長を――!!)

 

 わざわざフィンの前で全裸を見せつけたあの『夜』を思い出して、ティオネの心に嫉妬の業火が――……燃え盛らない。

 ティオネは恋する女戦士(アマゾネス)である。愛する団長(フィン)に擦り寄ったり媚を売る雌豚どもなんか片っ端から殴り飛ばしてきた。

 その価値基準から言えば、フィンが熱視線を送り続けるアスカなんか真っ先に『敵』認定してもおかしくないのだが……不思議とティオネは、そんな気持ちが全く湧かなかった。

 ()()()()()()()。妙な確信がある。根拠のない、得体の知れない気持ち悪さ。それがティオネに忌避を選択させる一因であるのは、間違いない。

 ティオネが横目で見続けていると、やがて魔術が発動してティオネの周囲を水流が取り巻く。はしゃぐティオナに溜息をついて、意識を切り替えたティオネは妹と共にロログ湖へ飛び込んだ。

 

 『古代』より続く生粋の、『闘争』に身を捧げた戦闘民族(アマゾネス)

 彼女に流れる『戦士』の血は――“灰”と呼ばれる不死の、何を感じ取ったのだろうか。

 

 

 

 

「ふむ……『水精霊の護布(ウンディーネ・クロス)』と相乗し、効果が増幅している。これならば『潜水』のアビリティを持たずとも、水中での活動がより広がるだろう。

 【集う水流】――素晴らしい魔術だ。これは是非とも研究したいな」

 

 ロキの用意した際どい二枚布水着(スリングショット)――ではなく、『水精霊の護布(ウンディーネ・クロス)』で仕立てたワンピースタイプの水泳服を着こなすリヴェリアは、水辺に立ち魔術の効果を検証していた。

 【集う水流】。『火の時代』の産物ではなく、()()()()編み出された()()()魔術。その意味を一旦隅に置いて、新米魔術師は探究に勤しんでいる。

 リヴェリアの薄い唇よりこぼれる推測、検証、実践の言葉。言葉の上に形作られる理論に“灰”は耳を傾けていたが、先程から鬱陶しいロキの自己主張に眼を閉じて、道化の女神に付き従う。

 主神のために用意された砂浜日傘(ビーチパラソル)の下、簡素なテーブルに座った一人と一柱は無貌と笑顔を突き合わせた。

 

「んじゃ、情報の擦り合わせといこか。自分、どこまで掴んどるん?」

「18階層に存在するダンジョンの()()への入り口。その位置を把握している」

「……ほーん?」

 

 ニコニコと道化らしい笑みを浮かべるロキの、薄く見開かれた眼だけが“灰”を貫く。何とも冷酷で、恐ろしい眼だ。神と対峙するひ弱な不死は、その表情に上り切らぬ恐怖を抱いたまま、端的に経緯を説明する。

 

「リヴェリアに『裸の探求』を教授した折、ベルとレフィーヤ・ウィリディスが『新種のモンスター』と戦っていたのは知っている。闇派閥(イヴィルス)の残党らしき者達がいた事も。

 その残党共を始末した『仮面』は、以前私が相対した者だろう。私から偽の『宝玉』を奪い、後に砕き、それ故にソウルの残り香を漂わせる者。アレが動く程、匂いは残り、私に道を指し示す。

 その結果の一つが、18階層の入り口というだけの話だ」

「その場所はどこや?」

地図(マップ)に記してある。適宜、確認するがいい」

「ん、あんがとさん。他に情報はあるか?」

 

 巻かれた羊皮紙を受け取ったロキは、開かず懐にしまって話を続ける。“灰”は一度視線を外し、辺りを見渡した。

 ヒリュテ姉妹の帰還を待つ者。リヴェリアの周囲で魔術を観察する者。それとなくこちらを監視する者。

 それらを流し見て、再びロキに向き直る。

 

疑懼(ぎく)に値する対象が幾人かいる。だが、確証はない。故にここでは伏せておく」

「分かった。次はこっちの情報な」

 

 “灰”の言葉を軽く流してロキは自分の持つ情報を開示する。それを“灰”が理解する必要はない。一字一句違わず、愚者(フェルズ)に伝えれば良いだけだ。

 彼らは、頭が良い。能のない“灰”と違って、僅かな断片でも正答を導ける。

 だから“灰”の為すべきは、収集と実働。それだけで良い。それしか出来ない。

 沈黙を守る灰色の不死は、密やかに、その時を待ち続けている。

 

「……ってな感じやな。ま、アスカたんの情報に見合う収穫っちゅう収穫はない。そこん所は謝っとくわ」

「いや、問題ない。感謝する、ロキ」

「ええってええって、うちの子供たちも世話になっとるしな。こんくらいは――……ん?」

 

 ケラケラと笑うロキの言葉は不意に途切れた。明後日を見る視線を追えば、一隻のガレオン船に触手が絡みついている。

 『新種のモンスター』か。救出に動こうとする【ロキ・ファミリア】を横目に眺めるだけの“灰”は、船より飛び出し食人花を斬り裂いたアマゾネスに目を留める。

 ひどい匂いだ。咽るような、血錆の匂い。船より溢れ、押し寄せるような闘争の気配は、そこに潜む者たちの性質を否応なしに突き付ける。

 

 ――血と殺戮の願望者。果てしない闘争を望む者たち。

 

 面倒事が起きそうだ。“灰”は薄く息をつき、入港するガレオン船を追う【ロキ・ファミリア】に付き従った。

 

 

 

 

 眼下で二人のアマゾネスが暴れている。互いを貪る無限の蛇のように、『蛇』の異名を与えられた【怒蛇(ティオネ)】と【女神の分身(アルガナ)】は獰猛に相手を喰らわんとしていた。

 拳が交差し、脚星が閃く。隙あらば牙を突き立てんとするアルガナにティオネは憤怒を逆立て、溢れる感情のまま怒濤の攻めを叩き込んでいた。

 どちらが勝つか、それに“灰”は興味がない。あえてどちらが有利かと問われれば、アルガナに軍配を上げるだろう。

 己の力を十全に振るえる者と、力に意識が追いつかない者。加えて心に躊躇を宿すティオネでは、純粋な殺意を抱くアルガナに劣っていると言わざるを得ない。

 ティオネ・ヒリュテは、おそらく負ける。決着がつくまでは分からないが、そう見当をつけていると――現れたロキとカーリーが戦いを止めた。

 

「……」

 

 (うそぶ)いた笑顔で語らう二神を屋根上から見下ろす“灰”は、眷族を引き連れて去っていく仮面の女神に眼を細める。

 ()()が一番、血腥(ちなまぐさ)い。あの神から溢れ出す闘争の気配は全く消え去っていない。

 ここではない、と判断しているのだろう。闘争であれ、殺戮であれ、あの女神が求めるものには相応しい舞台が必要だ。

 いずれまた、相見(あいまみ)える事になる。その時の立ち位置は定かではないがな――と“灰”が黙考していると、こちらに目配せをしてちょいちょいと指を曲げるロキに気付いた。

 

「アスカたん、居たんなら止めても良かったんちゃうか?」

 

 屋根から無音で降り立った“灰”に開口一番ロキが言う。灰髪の幼女は《フィリアノールの聖鈴》で【大回復】を放ちつつ、懸念を端的に告げる。

 

「【ロキ・ファミリア】と【カーリー・ファミリア】の小競り合いに、私が交じる。第三派閥である身としては、その結果起こり得る【ヘスティア・ファミリア】への不利益を考慮した。

 それに元より、貴公が私に命じたのは【カーリー・ファミリア】の監視のみ。それ以上の行動動機は私にはない」

「んー、まっそれもそうやな。いらんこと言ったわ。そんで、アスカたんから見てドチビ二号はどうやった?」

「また、事を起こすだろう。その時は自らの神意に適うよう、周到な用意をする筈だ」

「……目的はティオナとティオネ、ちゅーことか?」

「それについては知らん。だが、あの女神は闘争を求めている。私にすらそうと分かる程に、血に飢えている。

 ならばアレらは、雌伏の獣だ。その時をただ待つのか、あるいは自ら招き寄せるのか。どちらにせよ、嬉々としてこの平穏を掻き乱すのだろうさ。

 それが迷宮都市(オラリオ)の外であれ――()()()()

「――」

 

 “灰”がそう締め括ると、ロキは押し黙った。この程度の予想は神には容易い筈だが、何か思う所があったのだろうか。どうでもいい、と“灰”は遠く聳えるオラリオの外壁を見遣る。

 早く、ベルの元へ帰りたいものだ。幼女が思うのは、それだけであった。

 

 

 

 

 レフィーヤ・ウィリディスが拐われた。それを“灰”が報告したのは大分後になってからだ。

 レフィーヤを拐った【カーリー・ファミリア】の後をつけ、海蝕洞(かいしょくどう)を発見。戻る際にヒリュテ姉妹を見かけ、そのままロキに報告した。

 何か言いたそうなロキだったが、“灰”への依頼を監視のみに留めていたのは彼女自身だ。深々と溜息を吐いた後、矢継ぎ早に己の眷族へ指示を出したロキは、神妙な表情で“灰”に告げる。

 

「アスカたん、カーリーをうちの前に引っ張り出してくれ」

「構わないが、良いのか? 他派閥である私が手を下しても」

「うちが許す。この件、どーもきな臭い。今ティオネらを連れ戻しに行かせてんけど、最悪何かしらの妨害受けて連れ戻せんかもしれん。そうなったら全部カーリーの思惑通りや。

 ――んなもん、うちが許すわけないやろ」

「……恐らくは、眷族(アマゾネス)達が立ち塞がるだろう。そちらはどうする?」

()()()()。ああ、言うとくけど殺しはナシや。後々面倒になるからな。半殺しくらいなら構わへん。むしろそれぐらいイテコマしたりぃ」

「承った。可能な限り、貴公の要望に応えよう」

 

 平静を装う顔の裏に瞋恚を猛らせる神に、“灰”はそう言い残して立ち去った。向かうは海蝕洞――【カーリー・ファミリア】の根城である。

 

 

 

 

 コツリ、コツリと音が鳴る。

 水滴の滴る黒い海蝕洞。鋭い岩肌を歩む影は大きく、まさしく岩のような姿をしている。

 かつて巨人と友誼を結び、太陽の光の王の古い戦友と謳われた戦士の鎧。2(メドル)を超えるそれを着込む“灰”は、鎧の内側から外界を臨む。

 ソウルの補強によって矮小な体より巨大な鎧を操る“灰”は、控えめな足音をあえて踏み鳴らしながら進んでいた。

 己の誇示、あるいは虚勢。自らの弱さを信じて(はばか)らない不死は、やがて開けた空洞に辿り着いた。

 石棺のように岩の折り重なった場所。これから行われる儀式の祭壇の如く、闘国(テルスキュラ)の戦士たちが集う闘技場に“灰”は無粋にも足を踏み入れる。

 岩のような鎧に影が落ち、見上げた不死に剛撃が叩きつけられたのは、その時だった。

 

「――」

「ほう、やるな」

 

 頭上からの一撃を軽くいなすと、降り立ったアルガナは唇を吊り上げた。アマゾネス語で呟かれた一言を理解するも、“灰”は反応せず部屋の一番奥を見る。

 泰然とそこに鎮座する殺戮の女神、カーリーを前に“灰”は己の目的のみを発した。

 

「ロキからの依頼だ。共に来て貰おう、カーリー」

「……何かと思えばロキの差し金か。これから大事な儀式じゃと言うのに無粋な奴よ」

 

 退屈、失望。そんな感情を眼差しに混ぜるカーリーは、だが獰猛な笑みを形作っていた。女神の勘か、あるいは『最強の戦士』を求める性か。眼前の大鎧がただの虚仮威しでない事を見抜く女神は、既に戦闘態勢に入っているアルガナに告げる。

 

「アルガナよ、ちと早いが余興の時間じゃ。ティオネの前にこやつを食ってしまえ」

「心得た、カーリー」

 

 言うや否や、最速でアルガナは“灰”に仕掛ける。徒手空拳、だがLv.(レベル)6の『力』により放たれる一撃必殺の連撃を《ハベルの大盾》によって“灰”は凌ぐ。

 更に反撃するは《大竜牙》。朽ちぬ古竜の牙をそのまま武器にしたとされる大槌を振るい、アルガナの四肢を叩き潰さんと剛閃が炸裂する。

 石棺の祭壇を揺るがす破壊音。軽装を通り越した下着のような服装のアルガナでは、『耐久』を加味しても当たれば無事に済まないだろう。その事実に凄絶に嗤って、アルガナは眼前の獲物へ突貫した。

 

 アルガナの攻撃は変幻自在だ。亀の歩みのように緩い拳もあれば、蛇行する一撃が喉元を食い千切りにかかる。緩急を織り交ぜた間隙のない打撃の嵐。得物を仕留めるまで獰猛に飛びかかり締め上げる、蛇の如き苛烈さがアルガナの強みだ。

 加えて“灰”の体に組み付き、鎧の隙間より流れる血を啜る行為。それによって戦闘力が増加していく。上昇量に(むら)があるのは啜る血の量ゆえか。何らかの魔法、もしくは呪詛(カース)を使用している可能性が高い。

 大振りの攻撃に鉄壁の盾。隙を見せて攻撃を誘い、相手の出方と手数を見る。“灰”に染み付き、こびりついた(けん)の戦法。それは実を結びつつあり、“灰”はアルガナの“底”を見据えていた。

 だが――

 

(……ジリ貧だな。このままでは、私の方が先に死ぬ。その上この女は、半殺し程度では止められない)

 

 肌を流れる血の量が、己の体力の無さを“灰”に示している。戦闘開始から数分、“灰”の体力は既に半分を切っていた。それ程アルガナの攻撃は激しく、そして自身を顧みない。

 《大竜牙》の一撃はアルガナの横腹に直撃した。少なくないダメージであった筈だがアルガナは意に介さず、むしろ戦意を爆発させ更なる力を吐き出している。

 死を前に高ぶり、増大する戦闘力。戦いを至上とする中毒者にありがちな闘争そのものに価値を求める行為。

 ある意味で“灰”と相容れないそれが、ロキの依頼の達成を困難にしていた。殺してはいけない。だが半殺しでは止まらない。どちらかが死ぬまで、あるいは()()()()この闘争は続く。

 カーリーを連れて行くにはアルガナと、同格とされるバーチェ、そして闘技場を形作るアマゾネスの戦士達を倒さねばならない。その道の険しさを確認した“灰”は――無数に用意した手段の一つを、この場で切る事にした。

 

 不意に、“灰”が両手の得物を手放した。ガラガラと音を立てて落ちる《大竜牙》と《ハベルの大盾》。咄嗟に動きを止めたアルガナは、怪訝そうに顔を歪める。

 

「……武器を手放した? お前、何のつもりだ――」

 

 言葉は続かなかった。アルガナの眼前で2(メドル)の鎧の頭が、()()()と転がり落ちたからだ。

 アルガナに限らず、唖然とするアマゾネス達。ゴロゴロと転がる兜が背後の洞窟に消えるのをただ眺める。理解不能の困惑のまま、首なしの鎧に視線を戻し――そして気付く。

 空っぽ。何もない胴体が首の断面から見える鎧は、次々に部位を落とし自壊していく。

 手首が、二の腕が、肩が。足首が、脛が、太腿が。それぞれの部位に相当する鎧が崩れ落ち――そして最期に、残った胴体が前後に割れて離れる。

 その中から現れたのは、闇色の長衣を纏った灰髪の幼女だった。

 

「……女? 小人族(パルゥム)?」

 

 思わず、アルガナが呟く。背格好とくぐもった低い声から男だと当たりをつけていたアルガナは、ある意味対極に位置する存在の出現に困惑していた。

 その隙を、見逃す“灰”ではない。手段を行使する準備を整えてから、幼女は静かに、眼前の敵に語りかけた。

 

「貴公は、強いな」

 

 流暢なアマゾネス語。驚くアルガナに構わず、“灰”は暗い銀の瞳でアルガナを眺めた。

 

「強く、そして死を恐れぬ戦士だ。貴公はきっと、殺しても止まる事がないのだろう。

 私はロキにカーリーを連れてくるよう依頼されている。だが、殺しは禁じられた。許されたのは、半殺しまでだ」

「……それがどうした。お前にそれが出来るとでも言うのか?」

「出来る出来ないの話ではない。このままでは、私は依頼を達成できない。

 だから、致し方ない話だ――貴公を()()、殺すとしよう」

 

 ふつふつと煮える戦意を湛えるアルガナに、周囲に散らばった武装を変換した青いソウルを纏う“灰”は、ある物を向ける。

 灰の零れる、(てのひら)の中。青い布を握った――『王者の遺骨』を。

 

「【不死の闘技】」

 

 “灰”は静かに、そう呟き。

 アルガナの世界は一変した。

 

 

 

 

「何だ、これは……!?」

 

 変容した世界にアルガナは飛び退いた。それは戦士としての勘というより動物的本能に近い。

 それ程までに世界は激変していた。ここはもはや、あの闘技場さながらの祭壇ではない。

 空が開けている。薄く曇った暗い夜空がどこまでも広がっている。地平線に見えるのは雪がかった山々か。麓すら見えぬ高い峰が四方八方に並んでいる。天空には青い三日月が輝いていた。

 更にはアルガナの立つ円形の舞台。縁に手摺があるのみの簡素な平地は完全な石造りで、おそらくは塔の頂に位置するのだろう。

 だが、そんな事は重要ではない。実妹にして獲物であるバーチェが、自身に全てを教え与えてくれた女神カーリーが、有象無象の戦士達がここにはいない。

 いるのはたった一人だけだ。アルガナの眼前に佇む、灰髪の小人族(パルゥム)のみ。

 

「これをやったのはお前か!? 何をした!」

 

 警戒心を最大限引き上げたアルガナが吼える。“灰”は密やかに、古鐘の声を擦り鳴らす。

 

「貴公に、【不死の闘技】を挑んだ」

「何だと?」

「【不死の闘技】だ。ここは、『円舞台』。闘技を行う不死達に好まれた、最も公平な闘技場だ。

 見ての通り、ここには何もない。貴公と私以外、邪魔する物はない。

 ここでなら――存分に殺し合う事が出来る」

「――」

 

 “灰”の言葉にアルガナは瞠目する。開いていた唇をゆっくりと閉じ――端を凄惨に引き裂いて次の瞬間、盛大に嗤った。

 

「く、くはははははははは!?

 何だお前、私と戦いたかったのか!? 訳の分からない【魔法】まで使って、この私と一対一で!」

「ああ。その認識で差し支えない」

「はははははははは! いいだろう、いいじゃないか戦ってやる! ティオネを喰らうまでの余興のつもりだったが、気が変わった!

 喰い散らかしてやろう!! 『戦士』として、貴様をな!」

 

 蜷局(とぐろ)を巻いて前方に顔を突き出す蛇のようにアルガナは構える。それに“灰”は、《ロングソード》と《騎士の盾》を取り出した。

 蛇と不死が睨み合う。死なず共の記憶で象られた『円舞台』の上で――【不死の闘技】が、始まった。

 

 

 

 

 この小人族(パルゥム)の戦法は単純だ。

 攻撃の直剣、防御の中盾。左で受け、右で斬る。単純単調のその戦法は、だがそのシンプルさ故に隙がない。

 加えて小人族(パルゥム)の、信じがたい程の『筋力』と『技量』。アルガナの攻撃を受けるどころか押し返し、剣の速さはアルガナの反応速度を超えている。

 ただ強く、ただ速い。数多の闘争を潜り抜け、数多の同胞の血を啜り、Lv.(レベル)6にすら達したアルガナを以てさえ、この小人族(パルゥム)には届かない。

 こんなにも強い小人族(パルゥム)がいたのか。こんなにも速い小人族(パルゥム)がいたのか。

 闘国(テルスキュラ)では決して相見える事のない敵を相手に、アルガナは頬を引き裂き凄笑した。

 

「――くははははははははははははははははっ!!!」

 

 アルガナは滾っていた。眼前の雌が、いくら攻撃しても揺らがない敵が、アマゾネスの闘争本能に火をつける。

 強いからどうした。速いからどうした。強ければ強い程、肉体を巡る命の熱は高くなる。速ければ速い程、生を叫ぶ心臓の鼓動が加速する。

 例えようのない、生の実感。今まで殺してきた同胞たちが体内で甦るかのようにアルガナは猛り荒ぶ。

 闘争。そう、闘争だ。アルガナの生きる意味、存在理由。いずれ『最強の戦士』へ至るために、アルガナ・カリフは闘争を続ける。

 眼前の小人族(パルゥム)は極上の獲物。如何なる攻撃も防ぎ、如何なる防御もすり抜け、アルガナを斬り刻む。今のところ薄皮一枚に留めているが、いずれ急所を捉えるだろう。

 ならばその前に速攻を仕掛けるのみ。相手より速く、相手より強く。そのためには――血を啜る他あるまい。

 

「がぁああああああああっ!」

 

 アルガナは叫び、捨て身で小人族(パルゥム)に組み付いた。胴体を直剣が貫くが構わず、首筋を噛み千切る。

 弾ける鮮血、口腔を巡る肉の味。胴を貫いた剣が振り抜かれる前に、アルガナは飛び下がり距離を取る。

 

(チッ……なんてひどい味だ。この血の味だけは最悪だな)

 

 肉ごと小人族(パルゥム)の血を呑み込むアルガナは赤く染まった唾を吐く。

 この小人族(パルゥム)の血はひどく不味い。命を啜るような背徳的な味ではなく、汚泥に溜まった灰の如き味の上、舌を刺すような痛みが走る。

 血の温度も曖昧だ。滴る血は氷のように冷たいと言うのに、今しがた噛み締めた血肉は燃え盛るが如く熱かった。味もひどい上温度も違うとなれば、呑み込むのにも苦労する。

 だが見返りは大きい。深い痛手を避けるために啜る事はできなかったが、これまで感じた事のない力が湧き上がってくる。

 アルガナの呪詛(カース)【カーリマー】の効果は血潮吸収(ブラッドドレイン)。『神の恩恵(ファルナ)』を受けた者の血を啜るだけ強くなる凶悪な呪詛(カース)だ。

 代償に『耐久』が激減するが、さしたる問題ではない。闘争において命懸けは当然で、危険(リスク)の増大と引き換えに更なる力を得られるのならそれ程喜ばしい事はない。

 それに、アルガナは見抜いた。いや、この場合は見抜いてしまったと言うべきだろう。

 眼前の灰髪の小人族(パルゥム)、その弱点を。

 

「お前、脆いな」

「……」

「最初の儀式を超えた『戦士』……いや、それ以下の下級戦士の脆さだ。

 残念だ。お前は私と同じ、ともすればそれ以上の『戦士』だと言うのに。その様では、私に勝つ事など出来ない」

「それは、やってみなければ分からんだろう」

「いいや分かるさ。何故ならお前の剣が届くより先に――お前の頭蓋を砕くからだ!」

 

 言うや否や、アルガナは驀進する。敵を翻弄する縦横無尽の大疾走。それに小人族(パルゥム)は見事に反応し、必殺の一撃を受け流す。

 『パリィ』。相手の攻撃を全霊で受け流し、致命の一撃を叩き込む賭け。それに勝った小人族(パルゥム)は幾億も繰り返した動きの通り、空中のアルガナに致命を入れようとして――気付く。

 アルガナは、嗤っていた。まるでそれを待っていたかのように獰猛な笑みを引き裂くアマゾネスは――小人族(パルゥム)の致命の一撃を()()()()()()

 『パリィ返し』。小人族(パルゥム)によって受け流された攻撃の力をそのままに、空中で回転し敵の致命を強引に蹴り上げる凄まじい荒技。

 カウンター狙いを読んでいたアルガナによる才気溢れる反撃だ。凡人には到底出来ない真似に小人族(パルゥム)は反応できず、剣を手放さないまでも剣先を打ち上げられる。

 無防備になった、がらんどうの肉体。アルガナは舌を舐めずり――殺意を乗せた渾身の一撃が、小人族(パルゥム)の頭部を貫いた。

 長い灰髪が飛散する。頭蓋だった物が『円舞台』の上にバシャリと弾け、アルガナの腕は赤黒く濡れていた。

 

「こんなものか……もう少し出来ると期待していたんだがな」

 

 腕にこびりついた血肉を舐め、振り捨てたアルガナは落胆する。棒立ちのままの死体に目もくれず、背後を振り返ったアマゾネスの戦士は手摺の先の景色に鼻を鳴らす。

 

「さて、術者は殺したがこの【魔法】はいつ解けるんだ? この手の魔法は術者が死ねば崩壊すると相場が決まっているものだが」

 

 「そもそもこれは幻術か何かなのか?」とアルガナは呟く。答えを求めての事ではなかった。今やこの『円舞台』には彼女しかいないのだから。

 

「これは【不死の闘技】だ。貴公と私、どちらかが折れるまで終わる事はない」

 

 だから。

 背後から聞こえたその言葉に、アルガナは反応出来なかった。

 

 ぞぶりと、アルガナの腹部から直剣が生える。

 

「あっ、がっ……!?」

「敵を前に余所見とは、余裕だな。よほど命が軽いと見える」

「ぐっ……!?」

 

 直剣で引き裂かれる前に強引に前進して抜き去り、アルガナは反転する。痛みに歪んだ顔が刻むのは驚愕だ。大量に発汗する彼女は血が溢れ出る腹部を押さえ、小人族(パルゥム)を睨む。

 頭を殴り飛ばした筈の、何の変哲もなく佇む五体満足の小人族(パルゥム)を。

 

「どうなっている……!? 私は確かにお前の頭蓋を砕いた筈だ!」

「聞いていなかったのか? 【不死の闘技】だ。貴公も私も、ここでは死なず。(ソウル)のみで動いている。

 魂は、何度でも殺せる。だからここで死ぬ事はない。理解したか? ――アルガナ・カリフ」

「……!」

「では、行くぞ」

「っ!?」

 

 腹の傷を押さえるアルガナに小人族(パルゥム)が接近する。アルガナは奥歯を噛み締め、吹き出す血を無視して迎撃した。

 だが、間に合わない。呪詛(カース)によって上昇した能力を小人族(パルゥム)は軽々と超えてみせる。腹に空いた二つの穴など障害にはならない、アルガナは純粋な戦力で圧倒されていた。

 片腕が斬り飛ばされる。残った手足で反撃するも防がれ、両脚を切断される。

 そして、アルガナの体が地に落ちる前に。

 小人族(パルゥム)の閃かせた刃が、呆気なくアルガナの首を両断した。

 

 

 

 

(負けた? 負けたのか? この私が、あんな小人族(パルゥム)に敗北した?)

 

 回転する視界の中で、アルガナは愕然としていた。

 

(馬鹿な……まだティオネを喰らっていないのに……私は、私たちは……『最強の戦士』、に……)

 

 意識が薄れる。視界が霞む。ゴロゴロと転がるアルガナの首は、最期に、佇む小人族(パルゥム)の姿を見た。

 生まれより伸びる灰色の髪。闇に浸したような長衣。凍てついた太陽のような瞳。

 その暗い銀に映る己の生首が、アルガナの最期に残った記憶だった。

 

 ――そして、気が付けば。

 アルガナは再び、五体満足で『円舞台』に立っていた。

 

「――ハッ!?」

 

 思わず、と言った風にアルガナは己の首を掴む。そこにあるのは頭と胴体を繋げる己の首だけだ。斬られても、離れてもいない。

 

(何が起こった!? 幻覚なのか!? ……いや、あの痛み、あの無力感、何より仕留めた獲物の死体のような冷たい感覚は、紛れもなく本物の――!)

 

 焦燥するアルガナは、ザリッ、と擦り鳴らされる音にビクリと反応する。バッと顔を上げれば、そこには何も変わらず佇む小人族(パルゥム)の姿があった。

 冷たい銀の半眼が、アルガナを鋭く貫いている。

 

「ッ……お前ッ……! お前、一体何をしたっ!?」

「何をした、とは?」

「とぼけるなッ! 私は確かにお前を殺した! 私はお前に殺されたッ!

 なのに何故、私もお前も生きているッ!?」

「言った筈だ。【不死の闘技】だと。私は死なず、貴公は死なない。どちらかが折れるまで、我々は無限に戦い続ける」

「不死……まさか、本当に……?」

 

 アルガナは呆然と呟く。

 幻覚の類かと疑った。訳の分からない【魔法】の効果に違いないと。

 だがこの記憶は、紛れもない事実だ。アルガナと小人族(パルゥム)、ただ二人きりのこの世界は間違いなく現実だ。

 ならば……小人族(パルゥム)の言葉もまた、真実なのだろう。

 【不死の闘技】。互いに死なぬ、無限の闘争。その意味を呑み込んだアルガナは絶句し――そして。

 

「…………く――はは、ははははははははははははははははっ!!!」

 

 闘争を求めるアマゾネスの戦士は、心の底から嗤った。

 

「無限の闘争!! 無限の闘争か! いいな、それはっ! それはいい!!

 【不死の闘技】!! お前に出会えた事を我が女神(カーリー)に感謝しよう、小人族(パルゥム)! お前を殺し、私を殺す! ここで戦い続ける事で私はもっともっと強くなれる!!

 礼の代わりだ、名を聞いてやる! 名を名乗れ、小人族(パルゥム)!」

「名前はない。ただ“灰”と呼ばれている」

「ははははははははっ! そうか、では“灰”とやら! 殺し合うぞ!

 折れる骨もない程に――お前を食らい尽くしてやる!!」

 

 戦意を爆発させるアルガナに、“灰”は静かに、《クレイモア》を両手で構えた。

 

 

 

 

 剣を振るう。

 ぶつかり合う拳と大剣。絶え間ない拳の嵐を凌ぎ、一閃。殺す。

 拳が閃く。

 舞う血飛沫、舐め取る蛇。敵を凌駕する渾身の一打。殺される。

 

 槍を構える。

 零距離における小人族(パルゥム)の槍術。回し、払い、そして穿つ。殺す。

 肘が打ち込まれる。

 幾先の闘争を経た肘の扱い。柄を弾き、前へ、鳩尾に叩き込まれる。殺される。

 

 弓を番う。

 近接戦での弓使い。飛び上がり距離を取り、拳を打ち、関節を狙い、最後には眉間。殺す。

 脚が舞う。

 太く、筋繊維に満ちた破壊力。着地を狙い、舞台を揺らし、怯みを討ち取られる。殺される。

 

 斧を振り上げる。

 純粋な膂力の戦い。拳と鉄が交錯し、肉を粉砕。そのまま頭部を斬り砕く。殺す。

 膝が空を裂く。

 宙を踊る驚異の一撃。武器を弾かれた隙を突かれ、直撃。殺される。

 

「――ははははははははははははははははっ!!」

 

 殺し殺される、血みどろの死合。狂笑するアルガナは生涯最高の高揚に身を任せていた。

 愉しい。肉を砕く感触が、身を抉られる苦痛が、“灰”の生を奪う快感が、殺される死の冷たさでさえ。

 アルガナ・カリフは愉しんでいた。闘争を、【不死の闘技】を。“灰”によって齎された無限の戦いに嬉々として荒ぶっている。

 

(カーリーは言っていた。全知全能の神々は死なない。だから不真面目で命を懸けた『真の闘争』をしないのだと)

 

 だがどうだ。死なずとなったアルガナは、己が全霊を闘争に注いでいる。

 油断も驕慢(きょうまん)も微塵もない。“灰”の一挙一動を睨み、己の拳に最強の想定(イメージ)を重ね、全てを懸けて死闘を繰り広げている。

 命懸け、いや命すらも捨て、全てを焚べる――(ソウル)の闘争。

 アルガナは今、カーリーの神意(しんい)神理(しんり)たる『最強の戦士』に到ろうとしていた。

 即ち、何者にも敗北する事のない――『無双』へと。

 

「ははははっ、ははははははははははははははははっ!!」

 

 拳を振るう。

 呪詛(カース)は継続する。致死量を遥かに超えて啜り、拳は破壊の権化と化す。殺す。

 刃を向ける。

 呪詛(カース)によって劣化した肉体は、もはや不死と同等だ。傷にもならぬ傷が致命となる。殺される。

 

 繰り返される幾十の戦い。アルガナは嗤い続けた。

 

 頭を振り被る。

 行動類型(パターン)を読み切った“灰”への、慮外の行動。対応を許さず、額にて撲殺。殺す。

 柄を握る。

 刃のみならず、鍔による刺殺、柄による撲殺。読み切っても、回避は許されない。殺される。

 

 繰り返される幾百の戦い。アルガナは嗤い続けた。

 

 背中を向ける。

 手札を見せ切ったのなら、付け焼き刃でも闘争に用いる。女神より聞きし異国の背撃。殺す。

 髪を翻す。

 生まれより伸びる灰色の髪。唯一硬質のそれを盾に、あるいは刃に。殺される。

 

 繰り返される幾千の戦い。アルガナは嗤っていた。

 

 蛇のように這う。

 【不死の闘技】を通して身につけた奥義。全てを敵にぶつける捨て身の極み。殺す。

 不死は佇む。

 何も、変わりはないと云うように。ただ構え、ただ振るい、ただ殺す。殺される。

 

 繰り返される幾万の戦い。アルガナは、嗤う。

 

 拳を、振るう。

 もはや技も何もない。全て出し切り、見切られてしまった。それでも殴れる。それでも、殺せる。

 剣を振るう。

 翳される盾、防がれる拳。数度の攻防、打ち払い、防御を剥がし、致命。殺される。

 

 繰り返される、数え切れぬ戦い。アルガナは――

 

(――一体いつまで、私は戦わなければならない?)

 

 夥しい勝利。夥しい死。生涯を通した闘争の数など既に超えた闘技の最中、そんな思考がアルガナを過ぎった。

 

「っ!?」

 

 馬鹿な、と思わず頭を振る。瞬間、斬首。首を落とされたアルガナは『円舞台』に甦り、迫りくる“灰”に対応する。

 汗が吹き出す。当然だ、数えるのも億劫な程殺し殺され、戦い続けている。呼吸も乱れ、視界が覚束ない。

 錯覚だ。アルガナの体力は未だ尽きていない。いや、これほど戦ってもまるで減っていない。甦る度、最盛を取り戻すように、アルガナは常に万全である。

 そう知った。【不死の闘技】とはそういうものだと体感した。ここでは、失う物が何もない。

 ならばこの体の震えは何だ? どうして手足が震える、どうして“灰”の攻撃に硬直する。鈍らない筈なのに鈍くなる感覚に、アルガナは焦りを覚えながらも戦い続ける。

 

 殺す。殺される。殺す。殺される。

 交互じゃない。アルガナが圧倒的に殺している。“灰”が遥かに死んでいる。

 なのに、灰髪の小人族(パルゥム)はまるで揺らがない。もはや遠い最初の戦いから、何一つ変わらない瞳で挑んでくる。

 アルガナはそれを、ずっと見ていた。

 凍てついた太陽のような銀色の奥に、光も差さぬ深淵を秘める“灰”の眼を。

 

「ぐっ――!?」

 

 暗闇の底を覗き込むような銀の半眼に、顔を歪めたアルガナは思わず飛び退いた。

 “灰”が追い縋る。アルガナが退(しりぞ)く。『円舞台』に逃走劇はない、すぐにアルガナは追い詰められる。

 アマゾネスの戦士は必死の形相で殴った。“灰”の盾に防がれる。それでも殴る、蹴り頭突く。内から溢れ出ようとする蓋を押し留めるが如く、アルガナは全力で抵抗する。

 それでも――首を刎ね落とされた。攻撃の隙間を縫う凡庸な一撃が、来ると分かっていたのにアルガナの首を両断した。

 そしてまた、甦る。眼前には佇む小人族(パルゥム)。灰髪の幼女。大剣を両手に握る“灰”は、幾度目かも分からない同じ動きで迫りくる。

 

 その姿に、アルガナは初めて――――“恐怖”を抱いた。

 

「うっ、うわぁああああああああああああああああっ!?」

 

 遮二無二に手足を振り回す。“灰”は潜り抜け、アルガナの心臓を貫く。

 殺す。殺される。殺す。殺される。

 それでもアルガナは殺している。それでも“灰”は止まらない。

 永遠に終わらない【不死の闘技】において、慣れ切ったかのような態度で、それでも何かを見出すように戦っている。

 

 アルガナ・カリフは闘国(テルスキュラ)の頭領姉妹だ。

 物心ついた頃から闘争に明け暮れ、怪物を殺し、同胞を殺し、殺した全ての獲物の血を啜ってきた。遂には師であるベルナスを殺しLv.(レベル)6に至った。

 アルガナの知る『最強』とはカーリーに教えられたLv.(レベル)7。頭領となってからも研鑽を積み、ティオネを喰らい、実妹であるバーチェを喰らえばそこへ辿り着くまでに迫った。

 【女神の分身(カーリマー)】。戦いの女神の化身。『最強の戦士』に最も近い存在。

 そう呼ばれていたアルガナが。自他ともに認める闘国(テルスキュラ)最凶の戦士が。

 

 たった一人の不死に、恐怖している。

 

 戦いこそ、アルガナの全て。闘争こそアルガナの存在理由。 

 アルガナ・カリフを支える絶対的な柱。

 それに僅かでも、疑念を抱いてしまえば――

 

「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 決壊する。闘争そのものを目的としていたアルガナが闘争を厭えば、死の恐怖を克服する理由はなくなる。

 命を奪い合う喜びは恐怖に。痛みの歓喜は苦しみに。甦りは高揚から極寒に変わる。

 もはやアルガナの意志は機能していなかった。体に染み付いた反射だけで戦い、当然のように殺し、殺される。

 

 恐怖に呑まれていくアルガナは、最後に見た。

 殺され、なおもアルガナを惨殺する小人族(パルゥム)。この無限の闘争に君臨する『王者』。

 アルガナ・カリフが【女神の分身(カーリマー)】だと云うのなら。

 “灰”を名乗る、数多の武装を従え戦い続ける『戦士』は、まさに――

 

「――――【闘争、そのもの(カーリー)】――――ッ!?」

 

 その言葉を最後に。

 アルガナの(ソウル)は、ただ一人の不死に敗北した。

 

 

 

 

「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

『ッ!?』

 

 突如として、アルガナが叫んだ。

 バーチェも、祭壇を囲む戦士たちも、カーリーでさえ瞠目する。

 2(メドル)の鎧から現れた灰髪の小人族(パルゥム)。ともすればカーリーより幼い容貌の幼女が人の手の骨のような物を翳した瞬間、アルガナは叫び膝を折る。

 ガクリと崩れ落ち、項垂れるアルガナ。苦心して育て上げた己の眷族が突然起こした行動に、カーリーは立ち上がった。

 

「――何をしておる、アルガナ! 立て! 立って奴と戦え!」

 

 カーリーの大呼にビクリと震え、アルガナは油の切れた人形のように首を回す。

 

「……カー、リー……」

「っ!?」

 

 振り向いたアルガナは、憔悴していた。まるで何十年も苦行を強いられた奴隷のように、恐れと怯えがありありと浮かび上がる卑屈な目をしている。

 アルガナがそんな目をする筈がない。強い戦意、自信、凶気。幾多の『儀式』によってカーリーの理想近くまで育て上げたアルガナが、こんな弱々しい目をするわけがない。

 側に控えるバーチェも驚愕している。常に捕食者、恐怖の対象であったアルガナがこんな様になっているのを信じられない目で見ている。

 カーリーは原因と思しき存在を睨んだ。手に握る『骨』を青い光に溶かす小人族(パルゥム)は、暗い半眼でこちらを見上げている。

 

「貴様……アルガナに一体何をした!?」

「心を折った。私がやったのはそれだけだ」

「馬鹿な……!? アルガナは闘国(テルスキュラ)最高の『戦士』! たかが『マジックアイテム』如きで心折れるものか!」

「『マジックアイテム』? そんな物を、私は使っていない。

 私はただ――【不死の闘技】を、挑んだだけだ」

「【不死の闘技】、じゃと……?」

 

 聞き慣れぬ言葉にカーリーは口元を歪める。

 闘技は分かる。不死という言葉も。だがそれを繋げて何になる。まさか本当に不死身となって戦うとでも言うのか。

 訳の分からない小人族(パルゥム)の戯言に拳を握っていると、ざわざわと動揺する戦士たちが目についた。

 皆、へたり込むアルガナと小人族(パルゥム)を見ている。何が起こったのかと口々に言葉を交わし合い、小人族(パルゥム)を指差している。

 一部にはアルガナに侮蔑の目を向ける者もいた。何が起こったかはともかく、現実に起こったのは闘争の最中に突然叫び、戦意を喪失したアルガナだ。闘争を旨とする者たち、その頭領が無様を晒しては『最強の戦士』を目指す彼女らが憤るのも当然だ。

 たとえ常日頃よりその強さと残忍さを知っていようとも、だからこそ大一番の前に怖気づくなど受け入れられない。ましてや余興、見た事もない小人族(パルゥム)相手にこんな様では、己が代わりに『儀式』を遂げる方が良い。

 アルガナに冷たい視線を送るのはそう考える者たちだ。そしてそれは、徐々に増えていっている。

 だが、それはカーリーの神意にそぐわない。『最強の戦士』をこの目で拝むために、どれ程の時間をかけてここまで漕ぎ着けたか。変わり種の姉妹が闘国(テルスキュラ)を抜け、『外』で強くなりカーリーの育てた頭領姉妹とぶつかり合う。こんな下界の未知と奇跡、今後起こる保証などない。

 

「――皆の者! その小人族(パルゥム)を殺せ!」

 

 だからカーリーは自らの神意を遂げるため、決した。一斉に視線を捧げる眷族たちに、神らしく威厳を放ち命じる。

 

「そやつは得体の知れぬ邪法を持って、アルガナの意志を狂わせた! 神性不可侵、何人にも穢されてはならぬ我らの『儀式』に外法を持ち込んだのじゃ!!

 アルガナを見よ! 斯様にも心を狂わせ、戦士らしからぬ姿を晒しておる! このままでは、ここにいる皆も同じ末路を辿ろう!

 ――その前に殺せ。殺すのじゃ! 今宵は『最強の戦士』を生む『儀式』の刻! 何者であろうとも邪魔させてはならぬ!」

 

 有無を言わさぬカーリーの発声に戦士たちは即座に従った。石棺の戦場(アリーナ)、その中心に立つ小人族(パルゥム)へ次々に飛びかかる。

 カーリーと――なおもアルガナを見つめるバーチェだけが動かない。

 

「――ああ。多対一は、最も苦手なのだがな」

 

 そして、灰髪の小人族(パルゥム)は。垂れ下げた手に再び『遺骨』を顕現させる。

 襲いかかるアマゾネスの戦士たちを、暗い銀眼で見上げ。

 

「【不死の闘技】」

 

 石棺の闘技場に在る全ての者を、魂の闘争に(いざな)った。

 

 

 

 

 遥かなる巨大な山の峰に、その遺跡は存在している。

 『古竜遺跡』。名を抹消された戦神が古竜の友と共に君臨していた遺跡の名残。

 数多く存在する不死たちの、【古竜への道】を行く者の一部がこの地に辿り着き、その記憶は【不死の闘技】の舞台となった。

 その場所に今、集うのは――【カーリー・ファミリア】。

 突如として変容した世界に、戦士たちは混乱していた。

 

「何だ!?」

「何が起こった!?」

 

 アマゾネス語の叫び声が飛び交う。広い遺跡の至る所に飛ばされた戦士たちは合流を図りながら敵を探していた。

 この事態を引き起こしたであろう小人族(パルゥム)、“灰”を。

 

 その“灰”は、『古竜遺跡』の頂にて神と対峙していた。

 アルガナ、バーチェと共にある、カーリーと。

 

「あ、あぁああああ、あぁっ……!?」

 

 カーリーの膝下でアルガナが呻く。既に心折られた戦士は再び【不死の闘技】を挑まれたと悟り、頭を抱え絶望していた。

 今のアルガナに、死と再生を繰り返す【不死の闘技】は耐えられない。

 それを見つめるカーリーは憐憫を湛えていた。愛する眷族(わがこ)(あら)れもない有様に、そっと首を振る。

 

「……アルガナはもう駄目か。これでは『最強の戦士』どころか、今後戦う事すら出来まい……」

「そうでもなかろう。それは最初期の不死にみられる兆候だ。大抵は心折れたままだが、意志が強ければやがて立ち上がる。

 アルガナ・カリフもそうなるだろう。いずれ必ず再起する――私に対する、憤怒と憎悪を携えてな」

「……最初期の不死、か。成程、読めたわ。お主がアルガナに何をしたのか」

 

 優しく肩に手を置き、震えるアルガナの前に立つカーリーは“灰”を睥睨する。

 

「殺したのじゃろう? この地で、おそらくは幾度も。死の恐怖を心髄に刻み、心折れる程に」

「ほう、鋭いな。足らぬばかりの私の言葉で、よくぞ見抜いたものだ」

「妾を誰じゃと思うておる。妾の名はカーリー――血と殺戮、闘争を司る神よ。

 闘争における万事を、(しか)とこの目で見定めてきたわ。アルガナの心中がどうなっておるのか、一目見ればすぐに分かる」

「では何故、そのような目で私を見る」

 

 鮮血のようなカーリーの瞳に宿るのは怒りと不満、そして――眷族への■だ。

 “灰”の理解できない感情。それが何処に向かっているかは分かっても、それそのものは理解できない。

 露骨に観察の眼を向ける“灰”にやれやれとカーリーは溜息を吐いた。

 

「お主がその殺し合いを妾に見せなかったからじゃ! アルガナをここまでへし折った『戦士』がお主ならば、その闘争を見逃した事実は痛恨の極み!

 アルガナも無念じゃろう……このような形で『最強の戦士』への道を断たれるなど。

 なればこそ、妾は仇を取らねばなるまい? アルガナを折ったお主という『戦士』を見定める事でな!」

「それは貴公の、神意に過ぎまい」

「それがどうした。理解せよとは言わん、妾は妾で在る限り、己が司る『闘争』を極めるのみよ。

 ――さあ、やがてここに妾の眷族(こら)が集う。まずはそれを見事討ち取ってみせよ。

 さすればお主を認めよう――我が神意に適う、『最強の戦士』に到れる者じゃとな!」

 

 カーリーの宣言と同時に、既に集まっていたアマゾネスの戦士たちが“灰”に襲い掛かった。

 既に察知していた不死は、神の思惑の上で踊る事実に溜息をつき――

 

「『闘争』に身を捧げる者達。頭領を折った程度では止まらぬか。ならばいい。来るが良い。

 戦い続ける者達よ――心逝(こころゆ)くまで、折れ続けろ」

 

 ――己の半身たる、半ばより折れた闇色の刃を、ソウルの光から抜き去った。

 

 

 

 

 右手に垂れ下げた折れた刃。

 闇の滴る見窄らしい武器は、的確に戦士たちの首を刎ねた。

 頭部を失い、倒れるアマゾネス。その骸が消える瞬間を見る暇もなく、“灰”は次々と首を刎ねる。

 同時に襲い掛かってきた戦士たちの包囲網を突破し、既に知っている『古竜遺跡』の構造を駆使して“灰”は縦横無尽に駆け回る。

 “灰”の軌跡を追いかける灰色の髪。それすらも捉え切れない灰色の残像は、進路の戦士たちに反応も許さず斬首、首を落として次を狙う。

 “灰”に変化はない。半身たる刃を引き抜いたとて、その力が変わる事はない。

 だが、一つだけ。“灰”はこの折れた刃を手にする時、決めている事がある。

 

 それは――眼前の敵の抹殺に、全力を尽くす事。

 

 (けん)を取らない。傷を許容しない。己が持てる全てを用いて、敵の抹殺を完遂する。

 掛け値なしの、“灰”の本気。【ロキ・ファミリア】にも、闇派閥(イヴィルス)にも、都市最強(オッタル)にすら見せなかった全力の闘争を今、“灰”は体現していた。

 何の事はない――()()()()()()()()()()()()()()()()()という、“狂王”(かつて)の遺志の名残によって。

 幼稚な我儘(ワガママ)だ。それは結果的に、カーリーの神意通りにしかならない。

 それでも“灰”は、半ばより折れた刃を振るう。

 ただ、眼前の神に。不死の刃の行く先を、示すように。

 

「――」

 

 結果として“灰”の選択は、カーリーの神意から外れていた。

 量より質の『神時代』。推定Lv.(レベル)10の能力を持つ“灰”が見積もっても第二級冒険者相当の戦士たちに勝るのは、至極当然の結果である。

 しかし――カーリーの眼は訴えていた。

 Lv.(レベル)による絶対的な格差。そんなものは、“灰”には存在しないのだと。

 

 甦った戦士たちはなおも“灰”に突貫する。

 始めのうちは殺され、狼狽えていたアマゾネスたちは【不死の闘技】の性質を体感するに連れ、闘争に没頭した。

 死せぬ闘技。それを理性や知恵で彼女らは判断できない。闘争本能で育てられ、埋め尽くされた思考は死を超越してなお戦いを望む。

 だが、届かない。届きはしない。掠り傷一つすら、戦士たちは“灰”に刻めない。

 それは掠り傷一つさえ、“灰”には致命傷に成り得るからだ。『神時代』の理に乗っ取るのなら、Lv.(レベル)による格差は著しい『耐久』の違いで現れる。

 そもそもの攻撃が通らない。それでは敵に勝つ事など、ましてや殺す事など出来はしない。

 だが“灰”は、違うのだ。カーリーは見る。その能力から推測できるLv.(レベル)に換算すれば、反応する必要のない攻撃をも弾き、避ける“灰”の戦いを。

 カーリーは確信する。“灰”の強さは、『神の恩恵(ファルナ)』によるものではない。

 そうでなければああまでも避ける必要はない。『神の恩恵(ファルナ)』が引き出す可能性、人類の到達点はあのような形では決してないのだ。

 だから“灰”は違う。おそらくは『未知』の、誰も知り得ぬ方法によって“灰”はあの強さを得ている。

 しかし今は――()()()()()()()()()()()

 

「――『戦士』よ、お主は何故戦う?」

「私の使命を、果たすため」

 

 闘技の最中、カーリーは問う。

 敵を殺し続ける“灰”は、静かに、だが力強い言葉で呟く。

 

「『戦士』よ、お主は何故闘争を好まぬ?」

「戦いなど、とうの昔に飽いたからだ」

 

 己の神理の外にいる存在に、カーリーは問う。

 “灰”は変わらぬ銀の半眼で前を見据え、殺戮を繰り返す。

 

「『戦士』よ、お主は何故――『最強の戦士』に到らぬ?」

「決まっている――『闘争』そのものに、意味など無いからだ」

 

 その戦いを、カーリーは見る。

 終わり無き(ソウル)の闘争。数多くの戦士と戦い続ける、灰髪の舞う一人の不死を。

 それは『最強の戦士』などではない。『最強の戦士』とは、比類無き者。『無双』へと辿り着きし者。

 そして――闘争のために生き、闘争のために死ぬ者。

 “灰”は違う。“灰”はそうではない。その力がカーリーの知るどの人類(こどもたち)より強いとしても、“灰”は決して闘争を目的としない。

 だからこそ、カーリーの瞳に映るのは『最強の戦士』などではなく。

 無限の闘争、【不死の闘技】。それに血と殺戮の女神が、見出したのは――

 

 やがて、最後の一人が倒れ伏す。

 甦り、そのまま打ち崩れたアマゾネス。彼女らはアルガナ程ではなく、数千の死を経て皆心が折れた。

 散在するアマゾネス達。その中心に立つのは、ただ一人の勝者。

 闇の滴る折れた刃を握り締める“灰”は、暗い半眼をカーリーに向けた。

 

「さあ――まだ、続けるか?」

「……いや、もうよい。もう十分じゃ。此度の闘争――妾の敗北(まけ)よ」

「っ!? カーリー……!?」

 

 血塗られた『戦士』を前に降伏するカーリーに、バーチェが叫ぶ。

 まだ私がいる。まだ戦っていない。たとえアルガナが折られたとしても、私まで折れた訳じゃない。

 言外にそう抗議するバーチェに、カーリーは慈しむ目を向けた。額に汗するフェイスベールの『戦士』に、全てを見通すカーリーは告げる。

 

「よいのじゃ、バーチェ。お主が戦えぬ事などもう分かっておる」

「っ!?」

「お主の戦う理由は『死への恐怖』。死にたくないからお主は戦う。死を受容せぬがゆえに、『最強の戦士』への道を進む。

 じゃがお主の恐怖の象徴たるアルガナはこ奴に敗れた。斯様に心折られてな。

 なればもう、お主は戦えまい。彼の『戦士』はアルガナより遥か格上よ。お主であろうと死は免れん。ましてこの、【不死の闘技】じゃったか? 死してなお戦い続けるなど――到底無理であろう?」

「ッ……」

 

 何かを言葉にしようとして、バーチェは口籠った。カーリーの言葉は全て事実だったからだ。

 バーチェ・カリフは死にたくない。その一心で闘国(テルスキュラ)を生き延びてきた。

 唯一の肉親であるアルガナも、一度だって姉と思った事などない。常にバーチェを喰らおうとする恐るべき魔物がアルガナであり、それから逃れたくて強くなった。

 そのアルガナが、無残にも心折られてしまう程の闘争。死してなお続く【不死の闘技】に、バーチェが足を踏み入れられるか?

 ――否である。バーチェは一度だって死にたくない。たとえ甦ると分かっていたとしても、アルガナを折った『戦士』に挑もうなどと考える筈もなかった。

 

「……」

「この通り、妾を守る戦士はもういない。後はお主の好きにせよ」

 

 沈黙するバーチェに微笑んで、カーリーは身を差し出した。暗い半眼で眺めていた“灰”は、【不死の闘技】を終了する。

 『古竜遺跡』が消え、世界は海蝕洞の石棺に戻る。倒れ伏すアマゾネス達の中心で、“灰”は静かに呼びかけた。

 

「共に来て貰おう、カーリー。ロキが、貴公を待っている」

「うむ」

 

 己の神理に則り、敗者としてカーリーは従う。自発的に降りてくる女神を待ち、“灰”はカーリーを連れて海蝕洞を後にしようとした。

 

「――ウゥ、ウゥウウウゥ――」

 

 獣のような唸り声が聞こえたのは、その時だ。“灰”が振り返ると、心折った筈のアルガナが女神と不死を見つめている。

 いや、“灰”を睨んでいると言った方が正しいだろう。恐れ、怯えるアルガナの眼は、その奥底に頼りない闘争の火を揺らめかせている。

 

「思ったよりも早いな、貴公。なおも闘争を求めるとは、純粋と見える。

 ……いや。貴公ほどの才気溢れる戦士だ。遥か格下、凡夫の私に、再起の予見など出来る筈もないか」

 

 当然のように己を卑下する“灰”は、少し考えて武装を取り出した。

 人を解体するための武器、《肉断ち包丁》を。

 

「追ってこられても面倒だ。貴公はここで、再起不能であるのが望ましい。

 故に、その手足を断ち切ろう。なに、命までは取るまいよ。ただこの先――肉達磨として、生きるがいい」

「ウゥ――ッ!?」

 

 唸り続けるアルガナは、恐怖に突き動かされ後退る。だが、背中にあるのは石の壁だ。そこにぶつかり、逃げ場もないアマゾネスに“灰”はゆっくり歩み寄った。

 その眼前に、一人のアマゾネスが降り立つ。

 

「……何のつもりだ。バーチェ・カリフ」

 

 “灰”の前に立ち塞がったのは、バーチェだった。目を見開く彼女は、震える手で拳を作り、構える。

 

(何だ……!? 何をしているんだ、私は……!?)

 

 心中で自身の行動を信じられないと罵るバーチェは、それでも“灰”の前から立ち退かなかった。

 背後には、アルガナがいる。あんなにも恐ろしかった姉とも思えない姉が、弱々しく。

 それがバーチェの心にある何かを突き動かした。姉をこんな様に変えてしまった、“灰”の前に立つ無謀を。

 かつてティオネを守るために、カーリーと契約し同胞を殺したティオナのように。

 弟子であった天真爛漫な少女に抱いた憧憬を、この瞬間バーチェは見ていた。

 

「退け。バーチェ・カリフ」

 

 そしてそれは、“灰”には関係ない。人を見続けた経験からバーチェの真意を推測し、言葉では退かぬと判断して背後のカーリーに告げる。

 

「カーリー、命令しろ」

「……無理じゃな。妾の命でもバーチェは退かぬよ」

「何故?」

「家族を守る絆、という奴よ。まさかバーチェがそうするとは思わなんだが……変わるもんじゃなぁ。

 まっこと子らは、不変の神々(わらわたち)とは違う……つくづくそう思わされるのう」

 

 愛おしそうにバーチェを眺めるカーリーはそれ以上の言葉を打ち切った。女神の表情は、この後に訪れる未来を雄弁に語っていたからだ。

 ■と憐憫、そして諦念。これから起こる惨劇の予感を見据えるカーリーの前で、“灰”は呟く。

 

「バーチェ・カリフ。貴公に、【不死の闘技】は挑まない。死を恐れる生者であれば、アレは不要な代物だ。

 故に貴公は、半殺す。どうあっても退かぬというのなら――私はそうしよう」

「ッ……!!」

 

 “灰”より放たれる、老木のような威圧感。それはこれまでのどの場面よりも強く、バーチェの心をへし折りにかかる。

 それでも。バーチェはアルガナの前に立つのを止めず。

 震える拳で対峙するアマゾネスに――不死は静かに、眼を細めた。

 

 

 

 

 ティオネは走っていた。

 湖に面する海蝕洞、そこへ突入し、奥へ、奥へ。

 道はすぐに分かった。奴らの垂らした錆びついた匂い、それが不愉快にもティオネに道を教えてくれる。

 

「待ってよ、ティオネ! 皆を置いてちゃってどうするの!? 私達だけでバーチェ達と戦うの!?」

「うっさいティオナ! あんな奴に、アスカなんかに任せておける訳ないでしょ!!」

 

 追いかけてくるティオナに吐き捨ててティオネは走る。怒り、迷い、その心に渦巻くのは自分でも分からない感情の嵐だ。

 しかし、アスカに――“灰”になんて任せておけない。その一心だけは確かだと、海蝕洞を突き進む。

 

 ティオナとティオネは迎えに来た【ロキ・ファミリア】の団員に連れ戻された。

 いや、正確には逃げようとしたティオネに団員がこう叫んだのが原因だろう。

 

「ロキがあの“灰”って人にカーリーを引っ張り出すよう言ってたんです!?」

 

 その言葉に困惑と憤怒を爆発させたティオネはすぐに戻ってロキに詰め寄った。

 

「ロキ! あんたなんでアスカなんかにカーリーの所行かせたの!?」

「自分らを戦わせたくなかったんや。前はともかく、今の自分らはうちの眷族(こども)や。子供が主神(おや)も頼らんで二人で危ない真似しとったら、お節介焼くのは当然やんか」

「ッ……でもっ! アスカは何の関係もないでしょ!?」

「だからこそや。あの子は何も関係あらへん。誰だろうが何だろうが、頼まれたらぶちのめす。借りの返済、依頼(クエスト)ならそれこそ殺しでも引き受けるんやろなぁ、あの子は」

「ならッ!」

「だからアスカたんに頼んだんや。ティオネ、自分はもう殺しなんぞしなくてええ。カーリーんとこの連中やアスカたんみたいに()()()じゃあらへん。

 何よりうちは、ティオネに殺しなんぞして欲しくないんや。親心、ちゅーやつやな。他の皆も同じやと思うで」

 

 ロキは周りを見渡す。アイズやリヴェリア、アナキティ、リーネ、【カーリー・ファミリア】にやられたエルフィ達も皆心配そうにティオネを見ている。

 それを見て、ティオネは俯く。分かっている、皆を守るためだなんて言い訳して、自分の手で決着をつける事に拘っているのは。

 

「……それでも、あんな奴なんかに……!」

「……分かった。んじゃ、行ってええで」

「え……?」

「ただし、皆でや。皆で行って、一緒に決着つけて()い。それならうちも文句言わへん」

「……」

 

 にっかりと笑うロキにそう言われ、ティオネはアイズ達と共に海蝕洞を目指した。

 港街(メレン)に食人花が現れたのはその時だ。【カーリー・ファミリア】より食人花の対処を優先したアイズ達を置いて、ティオネはティオナを引き連れ海蝕洞に走ったのである。

 その理由は、やはり私情だ。アスカなんかに任せてられない、過去との決着は自分でつけねばならない――その思いに駆られたアマゾネスは海蝕洞を突き進む。

 一層濃厚になる血錆の匂い。黒い岩肌を駆け抜け、石棺の部屋に辿り着いたティオネが見たものは。

 

 血溜まりの上に膝から崩れ落ちた、傷だらけのバーチェ。

 縋るように、支えるように、バーチェの背後で唸り声を上げる憔悴したアルガナ。

 その二人を静かに見つめ続けるカーリー。

 

 そして――見窄らしい、折れた刃を右手に携える、“灰”。

 

 その光景を見た瞬間、ティオネの意識は灼熱に侵され、暴発した。

 

「――――何やってんだっ、てめえはぁっ!!」

 

 ティオネの拳が唸る。半ば反射的なティオネの攻撃は、振り返った“灰”の左顔面に突き刺さり、吹き飛ばした。

 舞い散る灰髪に拳が振り抜かれる。ビシャリと血と脳髄が飛び散り、“灰”の頭部が半分になる。

 それでも“灰”は、何も変わらなかった。激情に満ちたティオネの表情を、恐ろしいほど静謐な銀の右眼でただ見ている。それにティオネが硬直している間に、ティオナは焦燥を噛み締めながらティオネを羽交い締めにした。

 

「何してんのティオネ!? アスカを殺す気!?」

「うるせえっ! 黙ってろティオナッ!!」

 

 目を血走らせるティオネはなおも暴れる。力の限りティオナが押さえつけている間に、“灰”は『エスト瓶』を取り出し、半分になった唇に流し込む。

 再生する“灰”の頭部。灰髪も、半ば砕けた髪飾りも元に戻った“灰”は、右手の武器をしまいティオネに話しかけた。

 

「さて……何のつもりだ、ティオネ。貴公に殴られる覚えなど、私にはないのだが」

「っせーんだよアスカッ! なんでてめぇが戦ってんだっ! てめぇがロキに言われたのはカーリーを連れ出せってだけだろうが!」

「カーリーの眷族は、その障害であった。私はそれを排除したに過ぎない」

「だからッ、バーチェを()ったのか!? アルガナに何をしやがった!? あのアルガナが、何をしたらそんな風になるッ!?」

 

 指差すティオネの燃える双眸にさえ、アルガナは怯え、体を震わせる。ただ唸るだけの、痩せ細った負け犬のような姿に出処の知れない怒りが沸き上がる。

 そのティオネに“灰”は淡々と説明した。因縁と決着。そんなものになど、心底興味がないと言わんばかりに。

 

「バーチェ・カリフは死んでいない。このような(なり)だが、生きている。半殺しにしただけだ。

 アルガナ・カリフには【不死の闘技】を挑んだ。戦いの末、心を折った。

 他のアマゾネス達も似たようなものだ。皆心折れ、倒れている」

「〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?」

 

 血が流れる程ティオネの歯が軋る。そんな事は聞いていない。そんな説明は求めていない!

 ティオネ・ヒリュテが聞きたいのは、言いたい事は――

 

「――私がやらなきゃならなかったんだッ!!」

 

 叫ぶ。驚くティオナの腕の中で、ティオネは思いの丈をぶちまける。

 

「私が、ティオナが戦わなきゃいけなかった! 戦って、勝って、金輪際私らに、私らの家族(なかま)に関われないようボコボコにブッ潰してやらなきゃならなかったッ!

 そうしないとこいつらは何処までも追ってくる! そうしなきゃ――私の過去はいつまでもいつまでも付き纏うッ!

 だからッ、私がブン殴って分からせて、二度と近づけないようにしたかった! そうしないと、私は明日笑えない! 皆の前で、団長(あのひと)の前で――胸を張って笑えない!!」

「ティオネ……」

 

 心の内を曝け出すティオネにティオナは呟く。そんな妹の声が耳障りで、とても安心して、だからティオネは叫び続ける。

 

「なのにあんたは踏み躙った! 私もティオナも、カーリーもアルガナ達も、誰かの思惑なんて関係なしにまとめて蝿みたいに叩き潰した!!

 なんでそんな事が出来る!? どうして誰も顧みない!?

 私はあんたのそんな所が――誰かの大事なものを分かってて踏み躙れるその眼がッ、大ッ嫌いっ!!」

「……」

 

 心中を吐き切ったティオネを、“灰”は無言で眺める。正面から感情をぶつけられても痛痒にすら値しないとありありと浮かぶその無貌は、可愛らしく、場違いに、ぺこりと頭を下げた。

 

「済まなかったな。ティオネ」

「――」

「貴公の想いは分かった。私がそれを為すべきでなかったのも、今はっきりと理解した。

 だからこそ、貴公に謝ろう。済まないな、ティオネ。

 貴公の『過去』を、二度と癒えぬ『傷』に変えてしまって――本当に済まないと、そう思っている」

「――――……」

 

 ああ、分かっていた事だ。

 どうでも良いから、謝罪する。何の価値も見出してないから、簡単に謝れる。

 “灰”の丁寧な、丁寧なだけの辞儀は、ティオネの心を掻き毟り――そして悟らせた。

 

 何を言っても、無駄なのだ。“灰”はとっくに――()()()()()()

 人として生きるつもりなんて、毛頭ない。それを理解したティオネは、怒った。

 

「……クソが……」

 

 項垂れたティオネが呟く。秘めたる想いを聞いて緩んでいたティオナの腕を振り払い、ティオネは数歩前に出る。

 

「クソが、クソが、クソが……クソったれぇええええええええええええええええっ!!!」

 

 石棺に差し込む一条の光を見上げ、ティオネは吼えた。

 どうにもならぬ不条理に怒る、アマゾネスの咆哮。ともすればそれは、泣き喚く子供の悲鳴のようであった。

 

 

 

 

「……ねえ、アスカはそれで良いの?」

 

 数分後。“灰”に背を向け入り口に戻り、壁を横殴りにして沈黙したティオネを心配しながらも、ティオナは言う。

 ティオナはいつも、誰かのために笑っていた。辛い時も、苦しい時も、思いっきり笑って、笑えない誰かの分まで太陽のような笑顔を浮かべていた。

 いつかその誰かが、心の底から笑ってくれるように。

 幼い頃、闘争しかない血と灰の世界で、壊れそうだったティオネも笑ってくれた。

 【ロキ・ファミリア】で出会った、強さを求めるばかりのアイズも偶に微笑むようになった。

 ティオナは馬鹿だ。考える事は苦手だし、難しい事は分からない。

 でも、笑ってない誰かは見過ごせない。だからティオナは“灰”と笑顔で向き合った。

 いつか仏頂面なアスカも、笑ってくれる日が来てくれると信じて。

 けれど――

 

「アスカはさ、自分の役に立つかどうかでしか、人を見てないよね。上手く言えないけど……なんとなく、そんな風に見られてる気がするんだ」

「そうだな、ティオナ。私は貴公を、値踏んでいる」

「……それって、辛くないの? それじゃきっと、皆離れていっちゃう。誰とも友達になれなくて、一人ぼっちになっちゃうよ。

 それでもアスカは良いの? ――それでもアスカは、笑えるの?」

「――笑えるさ」

 

 目を瞠るティオナの前で、“灰”は微笑む。

 

「私にはベルがいる。ただ一つの私の『願い』、その側にいる事を許されている。

 だから私は、何でも出来る。何をも受け入れられる。

 私の全てを捧げられる『願い』が、そこにあるのなら。

 笑えるさ。大切な家族と共にいるのなら――それは、当たり前の事だろう?」

「――」

 

 火に照らされる星々のように、“灰”は美しく微笑んだ。

 それを見つめ、ティオナは、悲しそうに眉を下げる。

 だってそれは、まるで――死者の肖像画だ。

 とっくにいなくなった死人。そんな風に微笑む彼女は、灰のように儚かった。

 

 ティオナもこの日、悟ってしまう。

 ティオナがこの先、どれほど太陽のように笑おうとも。

 

 “灰”が心の底から笑う日は、決して来ないのだろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お主、アスカと呼ばれておったな。それがお主の名か?」

「名前はない。ただ“灰”と呼ばれている」

「“灰”じゃと? うーむ、何とも味気ないのう。そうじゃ、妾が名をつけてやろう」

「要らん」

「そうじゃなぁ……そういえばお主をまだ称えておらんかったな。

 『汝こそ、真の戦士(ゼ・ウィーガ)』――うむ、これに(なぞら)えて、『戦王(ウィーガ)』とでも呼ぶかの」

「どうでもいい」

「まあ聞け。『戦王(ウィーガ)』とは妾が下界に降りる前、『古代』闘国(テルスキュラ)の歴史上最強と謳われた争姫(おんな)の名でな。その強さは闘国(テルスキュラ)ですら異端と称される程じゃったという。

 是非とも、この(まなこ)で拝みたかったのう……そういった『戦士』は他にもおってな。神の名を冠する格闘武器を操り、『神の恩恵(ファルナ)』を持たぬ身で竜を屠った『ビッグF』の伝説など――」

「…………」

 

 全てが終わった、後日。

 【ロキ・ファミリア】が撤収するまで港街(メレン)に滞在していた“灰”は、ずっとカーリーに付き纏われ、延々と昔話を聞かされたという。

 

 

 

 

「ご苦労だったね、ティオネ」

「……」

「……済まない。やはり軽率な判断だった。謝ろう――君に、“灰”を監視させるべきではなかった」

「いえ、そんな! ……団長は、何も悪くありませんから……」

「せやせや! 悪いんは勝手にアスカたん連れてきたうちやしな!」

「っっっ!!!」

()ったあぁああああああああっ!? ちょっ、本気!? 本気で殴らんでもええやろ!?」

「今のはロキが悪いよ。……さて、本題に戻ろう。ロキ、貴方から見て“灰”はどうだった?」

「んー、やっぱり印象が変わったなあ。うちに色眼鏡ガンガンにかかっとんのは間違いないで。

 正直もう、うちはアスカたんの事面白おかしく見られへん。せいぜい道化らしくおちょくるくらいしか無理やろな。

 その上で分かったんは――アスカたんが()()()()()()()()()()()()()事くらいや」

「そうか……前々から予想はしていたが、やはりか」

「私兵っちゅーよりは傭兵よりやろうけどな。ちょいと調べればかなり好き勝手しとるのは分かるし」

「そうだね。僕らが『深層』で出会う前から、彼女はオラリオに存在していた。表舞台に出て来なかったのは……おそらくはベル・クラネル、かな?」

「そうやろなー。ドチビんとこの眷族()、冒険者になってまだ数カ月も経ってないみたいやし。ちゅーかアイズたんの記録塗り替えるとか、ホンマ腹立つわぁ……」

「まあまあ、その話は置いておこう。……それじゃあ、ティオネ。君の所感を聞かせてくれ。

 君は“灰”を、どう思う?」

「……団長。団長はそれを聞いて、どうするおつもりですか?」

「場合によっては、僕の野望の()になって貰う。まあ、最悪の仮定だけどね」

「……そうですか。じゃあ、言います。あいつは、アスカは……糞野郎です。

 

 そしてあいつは――――(けもの)です」

 

 魔石灯の灯る、夜の団長室。

 椅子に腰掛けるフィンと机に座るロキの前で、ティオネは断言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴血

戦いの女神カーリーの血に飢えた奇跡

筋力と技量を大きく向上させる

また、受けたダメージの量で効果が上昇する

 

血潮の雨を啜り、闘争の行く末を知る

それを望んだ血と殺戮の神は

死せぬ者たちの闘技に、「真の戦士」を見た

 

 

 

 

火の一閃

歴史に消えた「愚者」が編み出した魔術

ソウルより火を生じ、大剣として攻撃する

 

イザリスの魔女は混沌に飲まれ

以降、炎の魔術は失われた

そして全てが忘れ去られた時代の果て

「愚者」の叡智は、だが届き得たのだ

 

 

 

 

集う水流

歴史に消えた「愚者」が編み出した魔術

ソウルの水流を纏い、炎のダメージを軽減する

また水流は水中での動き、呼吸を助ける

 

水を操るこの魔術は精霊の働きに近しい

万象の根幹、ソウルの業を探究した「愚者」は

ソウルと精霊との、本質的な似通いを見出した

 




書き損じてる間に初ソシャゲど嵌り真君になってしまった私を許してほしい(原神)

外伝6巻を一話で終えて、次回よりついに『戦争遊戯』編に入ります。
ついに“灰”が表舞台に立つ時がやってきてしまった……是非とも暴れさせたいものですねぇ。

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