ロキ・ファミリアに父親がいるのは間違っているだろうか   作:ユキシア

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死妖精

「おう。【剣姫】ならオレ様のところにも来たぞ」

街一番の買取り所を営むボールス・エルダーのもとに、秋夜達は訪れた。

街の大頭(トップ)である彼の情報網は広い。秋夜達はそれを頼りに足を運んだ。

「盾を預かってください、ってな。くれぐれも無くさないようになんて、珍しく釘を刺してきたぜ」

「アイズが…………? それは珍しいな」

『リヴィラの街』には冒険者の装備を有料で一時的に保管する倉庫があり、ボールスもそれで泡銭を稼いでいる。

差し出された緑玉石(エメラルド)のプロテクターはどう見ても下級冒険者が装備するもので第一級冒険者であるアイズが何故それを持っていたのかと疑問が残る。

「あの、アイズさんは何か言ってませんでしたか? 私達、アイズさんが向かった詳しい場所を知りたくて……………」

「ん~、【剣姫】の行き先かぁ」

立ち上がってレフィーヤを見下ろすヒューマンの大男は、その石のような顎を片手でさする。

ニヤニヤと、もったいぶるように笑いながら。

「オレ様の大好きな金の音を聞けば、何か思い出すかもしれねえな~?」

「……………相変わらずだな、ボールス」

嘆息する秋夜は変わらず金には目がないボールスに懐から羊皮紙を取り出して証文を作ると、それをボールスに渡す。

「情報料ならそれだけあればいいだろう?」

「おおっ! さっすが剣帝だ! 気前がいいぜ!」

証文に書かれた額を見て歓喜するボールスはアイズに関する情報を話した。

血肉(トラップアイテム)と赤い石英(タイプ)隠蔽布(カモフラージュ)など、それらを情報を頼りにアイズが向かった先は食糧庫(パントリー)

「ところでよ、秋夜。お前また『死妖精(バンシー)』と組んでんのか?」

ボールスは一人離れた場所にいるフィルヴィスを見やる。

「おう、悪いか?」

「いや、悪くはねえんだが……………あいつと組むもの好きなんてお前ぐらいだぞ?」

「下らない噂で臆病風に吹かれる未熟者と一緒にするな。―――それとな」

秋夜は鋭い眼でボールスを睨み付ける。

「俺の前であいつを『死妖精(バンシー)』なんて呼ぶんじゃねえ」

「す、すまん……………」

気圧されて冷汗を流しながら謝る。

「あ、あの……………それってフィルヴィスさんのことですよね?」

心をざわついたレフィーヤは、恐る恐る尋ねた。

「……………ああ、冒険者が勝手につけた渾名だ。レフィーヤは六年前の『27階層の悪夢』は知っているな?」

「は、話くらいなら……………大勢の冒険者が、亡くなったって」

「そうだ。闇派閥(イヴィルス)が起こした悪行の中でも一際凄惨な事件だ」

悪名高き闇派閥(イヴィルス)

ダンジョンの中で不審な動きがあるという情報をわざと漏洩(リーク)させ、無数の冒険者パーティを27階層のとある地帯(エリア)に誘き寄せた。そして、闇派閥(イヴィルス)は総がかりで捨て身の『怪物進呈(パス・パレード)』を敢行した。

階層中のモンスター、果ては階層主までも巻き込んだ敵味方入り乱れての混戦は地獄絵図と化した。

「フィルヴィスは、その事件の数少ない生き残りだ」

その時の事を思い出すかのように遠い眼差しを作る秋夜は言葉を続ける。

「その日を境にフィルヴィスに関わったパーティはフィルヴィスを残して全滅。都合四回。フィルヴィス一人残して、な……………」

『あのエルフと組んだら死ぬ』と縁起でもない噂が広まり、厄介払いするかのように冒険者達はフィルヴィスのことをこう呼んでいる。

 

パーティ殺しの妖精(エルフ)―――『死妖精(バンシー)』。

 

自派閥である団員からも煙たがってしまうらしい。

「でも、秋夜さんは……………」

そう、秋夜は何度もフィルヴィスと一緒にダンジョンに潜っては冒険をしている。

「ああ、俺が一緒に冒険したらあいつの下らない噂話も少しは解消されると思ってな……………だけど、俺自身の実力もあるせいか、何も変えてやることができねぇ。情けない限りだ」

秋夜はオラリオだけじゃない。世界中でも名が知れ渡っているほどに有名だ。

その実力も当然。だからなのか、『死妖精(バンシー)』と一緒でも問題ないようにフィルヴィスの風評を変えることが出来なかった。

「俺じゃ、あいつの………フィルヴィスの心を救うことはできねぇ。フィルヴィスを変えられるとしたら自分と同じ目線にいる奴だけだろうな」

哀しげな眼差しでそう呟いた秋夜はレフィーヤの肩に手を置いた。

「レフィーヤ。悪いが、フィルヴィスと友達になってやってくれ」

「ど、どうして私なんかを……………」

「お前は自分の正直な気持ちをそのまま相手にぶつけられるからだ。時にはその素直な言葉が人を動かす」

苦笑を見せて、レフィーヤの頭を軽く叩くと秋夜は踵を返す。

「俺はもう少し情報を集めてくる。それまで話でもしておいてくれ」

そう言ってこの場から離れていく秋夜にレフィーヤは叩かれた頭を押さえながら困惑する。

秋夜でもできないことが自分にできるのだろうか、と不安に走る。

それでも、頼まれたからには自分がやらなければと自分を鼓舞するレフィーヤはフィルヴィスに歩み寄る。

なんて言えばいいのか、わからない。戸惑いも隠せれない。

それでも、なんとかしてみようと口を開きかけた瞬間。

「レフィーヤ・ウィリディス…………間違っても私に情を移すな。近づくな」

先にフィルヴィスが拒絶を現すかのように告げた。

「秋夜さんから私の噂は聞いたのだろう?」

「……………」

無言で応える。

「あの日、私だけが生き残った、私だけが助かった…………無様なままに生き恥を晒しながら、な」

その美しい顔立ちに相応しくないほどの、自嘲と、そして自傷の笑みだった。

「で、でも、秋夜さんは……………」

そんなフィルヴィスに口を開いたレフィーヤの疑問は最もなものだ。

フィルヴィスは秋夜だけは慕うほどに心を許している。

「……………あの人は特別だ」

特別。そう呼ぶ理由がフィルヴィスにはあった。

「六年前のあの事件。当時【ロキ・ファミリア】…………【勇者(ブレイバー)】は27階層を切り捨て、候補に挙がっていた闇派閥(イヴィルス)の本拠地を全て襲撃した」

「え…………?」

初めて聞いたといわんばかりに目を丸くする。

「それに関して【勇者(ブレイバー)】を憎みはしない。どのみち間に合わないということは私も理解している。そのおかげで闇派閥(イヴィルス)の神々を多く送還させることに成功したのだから」

フィルヴィスの言葉は紛れもない事実だ。

当時フィンは27階層の救援は間に合わないと判断し、切り捨てた。

しかし、その決断で闇派閥(イヴィルス)に大打撃を与えることに成功した。

「だけど、あの人は……………秋夜さんだけは【ファミリア】の命を背いて一人で27階層に訪れ、私を救ってくれた」

自身の胸元で手を強く握り締めるフィルヴィスの記憶にある『悪夢』の光景にたった一人で、一振りの刀でモンスターを階層主を切り裂く秋夜の姿が鮮明に残っている。

『すまない……………』

そして、モンスターを倒し終えた秋夜は申し訳なさそうにフィルヴィスに謝った。

どうして謝るのか? あの時はわからなかったが、今ではわかる。

自分(フィルヴィス)の仲間を助けられなかったことについて謝ったことに。

だけど、フィルヴィスは感謝や恩はあっても恨みや憎しみはない。

助けてもらったのは本当なのだから。

それからも『死妖精(バンシー)』と呼ばれるようになって一人で孤独に苛まれている時も秋夜は気軽に声をかけて来てくれた。

命の恩人に不幸を招くわけにはいかない、と始めは拒絶した。

それでも――

『安心しろ。呪いごときで死ぬほど俺は弱くはねえから』

そう言って、フィルヴィスの手を取って冒険に連れて行ってくれた。

何度も励ましてくれた。

それが、フィルヴィスの心の奥にある感情(おもい)が芽吹き、それが『恋心』へと変わるのも時間はかからなかった。

「あの人だけ、なんだ……………。この汚れている手を取ってくれたのは……………」

悟るかのように弱弱しく微笑む。

そんなフィルヴィスにレフィーヤは咄嗟に腕を伸ばし、フィルヴィスの手首を掴んだ。

「貴方は汚れてなんかいない!!」

嘘偽りのない叫びが、エルフの細長い耳を叩く。

瞠目するフィルヴィスは自分を見据える紺碧色の瞳と、その告げられた言葉に大きく目を見開いていたが……………はっ、と一瞬遅れて手を振り払う。

手首を押さえ後退るフィルヴィスは、うろたえているようだった。

すぐさま手を振りほどかなかったことを、自分でも驚いているように、握られた右手を見下ろしている。

「貴方は汚れてなんかいない! 私なんかよりずっと美しくて優しい人です!!」

同情でも、慰めでも、ましてや気休めでもない。レフィーヤの本心である。

その本心が強い言葉となって届く中、狼狽していたフィルヴィスは、赤緋の瞳できっと睨み付けた。

怒気を滲ませた声をレフィーヤの鼻っ面に叩きつける。

「何故そんなことがわかるっ、いい加減なことを言うなっ。私とお前はまだ会って間もない筈だ」

「わかります!!」

反射的にレフィーヤは叫んだ。

「あの人が……………秋夜さんが認めている貴方が汚れているわけがないことぐらい、私でもわかります!! 秋夜さんは普段はだらしなく、無駄にお節介で、無類の酒好きで、親馬鹿で、何でこんな人がリヴェリア様と…………と山のように指摘したいところはありますが、剣の腕と人を見る目だけは【ロキ・ファミリア】の誰もが認めています!!」

貶しているのか、褒めているのか。この場に秋夜がいたら一言文句を飛ばすだろう。

だけど、そんな秋夜を慕っているフィルヴィスにとっては反論もできない言葉だった。

「ですからこれ以上、自分を陥れることは言わないでください!!」

フィルヴィスの手を強く握り、少女(レフィーヤ)は本心のままに叫ぶ。

その時、フィルヴィスの脳裏にあの言葉が過る。

『自分で自分を侮辱するということは自分が持つ誇りさえも穢すということだ。誇りなき者は獣同然に堕ちる。俺はそんなお前を見たくはない。だから、それ以上自分を陥れるな、フィルヴィス』

彼女の言葉をきっかけにかつて秋夜が自分に向けて告げたその言葉を思い出す。

あの人(秋夜)も、少女(レフィーヤ)も自分の手を掴んでこれ以上堕ちないように支えてくれている。

そのことにフィルヴィスはようやく気が付いた。


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