vs???・前編
『このように、ポケモンをゲットする場合、バトルで力を見せることはとても重要な役割を持つのです』
ツンツンと頬をつつく感覚に、少年は読みふけっていた本……『はじめてのポケモンゲット!』から顔を上げた
此処はセントラルカロス、アサメタウンに近い場所に立てられた大きな屋敷……その地下室
そして、少年の名はアズマ。今年で14になる、この屋敷の持ち主の息子である
「どうしたんだ、ギル?」
頬をつついていたのは、鞘に入った剣……のような姿をした一体のポケモン、とうけんポケモンのヒトツキ。物言わぬポケモンながら、長い時間をこの屋敷で共に過ごしてきて心が繋がっている、アズマのトモダチだ。ギルというのは渾名。ニダンギル、そしてギルガルドと進化するらしいからギル。割と安直な名前かもしれないけれど、案外気に入っている
いつもは、本を読んでいる時のアズマを邪魔することはなく、近くを飛び回っているのだが……
なおも、ヒトツキはアズマの頬をつついている
アズマが本を閉じると、露出した掌を、鞘に入った刀身部分……体でぺちぺちと叩く
それが意味する所は……
緊急事態
「ギル、何かあったんだな?」
鞘が手を叩く……肯定
アズマは、地下室を飛び出した
「何だ……これ」
階段を一段飛ばしに駆け上がり、一階へ
一階、エントランス。屋敷の玄関が……
吹き飛んでいた。扉と、その付近の壁が崩れ、大穴が空いている
「じい!」
この屋敷に雇われている老執事が、その瓦礫の中に倒れていた。辺りには、執事のポケモン達……マリルリとゲンガー。どちらも力尽き、倒れている
「坊っちゃん……」
「何があった!」
「ポケモンが」
「ポケモン?」
老執事の言葉に、開けられた穴の先を見る
其処には、見たことの無い一体のポケモンが居た。全体としては……ヘルガーに似ているだろうか。だが、角は無いし、目はハニカムみたいな格好をしているし、全身が黒くて、一部だけが緑色。そんなヘルガーは居ない。アズマ自身ポケモンの本はそれなりに読んでいるし、カロスに居ないポケモンだとしても見分けられる……気がしていたのだが、それでも、あのポケモンが何なのか分からない
「ギル」
アズマの横で、ヒトツキが揺れる
「『つるぎのまい』!」
先手必勝!あの謎のポケモンが、何らかの理由で屋敷を襲ってきた野生であろうとも、何らかの理由でトレーナーに襲撃を命じられたポケモンであろうとも、屋敷を守るならばバトルは必須
ならば、先に仕掛ける。勝つために、ヒトツキの攻撃を鋭くする
謎のポケモンは、ゆっくりと堂々と、玄関を踏み越えて入ってくる
「坊っちゃん!お使い下され!」
老執事のモンスターボールから、一体のポケモンが飛び出す
ウインディ。名前はウィン。執事がこの屋敷に仕え始める前、トレーナーとして旅をしていた頃からの相棒だというポケモン
「ウィン、力を借りるぞ」
『ディ!』
応えるように、相手を威嚇するようにウインディは吠えた
不意に、謎のポケモンの姿がかき消える。次の瞬間、奴はウインディに激突していた
正に神速の突撃、『しんそく』だろう。ウィンも使える技だ。それを使ってくるということはあのポケモンはノーマルタイプ……いや、ウインディだって炎タイプ、断定は出来ない
謎のポケモンの突進にウインディの巨体が浮き上がる。だが、老執事と共に戦ってきた歴戦のポケモン、それで終わりはしない
「ウィン、『ワイルドボルト』!ギルは『かげうち』!」
一回転しての綺麗な着地。ウインディはそのまま雷を纏い、逆に謎のポケモンへと突進する!
だが、謎のポケモンに当たると、雷は霧散する
ということは、謎のポケモンは地面タイプなのだろうか
ヒトツキのかげうちは、頭に当たるもあまりダメージにはなっていない。とはいえ、通ると言うことはノーマルタイプではない
「ギル、もう一度『つるぎのまい』!ウィンは……『鬼火』!」
ならばと指示は様子見の一手。幻の炎で火傷すれば、『しんそく』の踏み込みも痛みで弱くなるだろう。次を考える手もある
だが、その火は、吹き上がる力に散らされる。謎のポケモンが、緑色に輝き出す
「なんだ?」
「坊っちゃん、『りゅうのまい』だと」
りゅうのまい……ドラゴンのエネルギーを纏い、力を一時的に上げる技
つまり、次は……
「止めろ、『かげうち』!『しんそく』!」
大技が来ると見て良いだろう。ならば、その前に体勢を崩させて止める!
ウインディが、さっきの謎のポケモンと同様に神速の一撃を放つ
ヒトツキから伸びた影が、背後から謎のポケモンを叩く
だが、そのどちらも、謎のポケモンは受け止め、微動だにせず……
緑の光は、大きくなって行く
「守れ!ギル!」
伏せながらアズマは叫ぶ
緑の光が、全てを塗り潰した