アズマからイベルタルのボールを引ったくったのは、内気な少年スグリ。きゅっとそのボールを握り締めると、輝いて杖を取り巻くように仮面が回転し始めたプラズマ団の男へと、期待するような目線を向けた
「こ、これで良いんだ……」
「ええ、彼の特異性、貴方を貶める主役性、それはイベルタルに特に集約される。それさえ無ければ、輝けますよ」
「……ベルのボールを返すんだ、スグリ君」
『がおー!』
アズマの横で、ぽにっとした顔を歪めたろうオーガポンが仮面を着けて吠える。所在無さげに伸ばされた小さな手。が、俯いた少年はそれを振り切るように、ボールを手にプラズマ団へと歩みを進めた
「君は!」
「これで良いのです。全てを奪う主人公。伝説の破壊ポケモン!」
大仰に再度ローブが翻る
「カロス地方に大災厄を巻き起こすというイベルタル!そんな化け物を連れ、悪しき鬼と共にこのキタカミをも滅ぼしに現れた邪悪」
ぎりっ、と。アズマは奥歯を噛んだ
眼前には輝く四つの面。それは、アズマ達が取って来たテラス結晶が嵌め込まれたっぽく先端が光を放つ杖を中心に回転し、ボール機能をジャミングしている
イベルタルはボールから出られない。破壊は……多分可能だろうが、ボールを内部から砕くことを躊躇している。他のポケモン達も出てこれない
そして何より……
ともっこ3匹とミライドンが、眼前に居る。凄むアズマを前にして、イベルタルすら現れて。貰ったのだろうキタカミ名産のモチを食べている余裕すら見せる3匹。流石の伝承のポケモンだ
ボールをアズマの手で握り潰してでもニダンギル達を出したとして、勝てるかというと怪しい。ならば、ある程度安全なボール内に戻してやれないリスクを負ってまで出すべきじゃない
が、そうなると……
『(戦わないと……)』
「勝てる見込みのない戦いは勇気じゃないよ、姫」
バッグ内で震えるディアンシー。そう、ボールにあまり入りたがらない彼女だけは外にいる。が、1vs4なんてさせられない。それでも戦わなきゃいけない時だってある。あるけれど……
「オーガポン」
スグリに向けて伸ばした手できゅっと被った仮面の端を握る鬼を見て、アズマは更に拳を握る
『ミラギャァス』
一歩、ミライドンが歩みを進めた。横で3匹はどうする?とばかりに顔を突き合わせている
どうする?とアズマは己の腰に手を当てる。ボール機能の阻害とはいえ、そういったものを基本受けない切り札はある。そう、イベルタルに向けてかつて投げられ、先んじてアズマの投げたボールに捕獲された事で起動せずに転がったマスターボールだ
最悪の手段だが、これならば妨害を無視して、ともっこのうち一匹を無理矢理捕獲する事は可能だろう。繰り出せないし出したとして従ってくれるとも思えないが、立ちはだかるのを排除できる
けれど!
勝ち誇るプラズマ団、少し暗い顔で、けれども小さく好い気味だとつぶやくスグリ。周囲の人々は、鬼を倒す新たなキタカミ伝承の誕生に湧き立ち、アズマの味方をしてくれそうな人は居ない
いや、きょろきょろしている白いプラズマ団は見えるが、何を出来るか迷っていそうだ
その時、不意にオーガポンが今一度鳴き声を張り上げた
『ぽにがおー!』
ぽにがおー、と。鬼が山に反響が響く鳴き声。が、それで……
いや、変わった
『ワギイイイイ!』
応じるように、野太い咆哮が返される
「……何です」
「こ、コードさん、これ森に居るっていうバケモンの」
何かが、近付いてくる。猛然と山肌を駆け、崖から跳躍して……アズマとオーガポンの眼の前、櫓付近に張り巡らされた提灯を吊るす紐の一本をその重さで千切りながら、轟音と共に舗装された道路に巨大な影が降り立つ
「っ!リングマ!?いや、デカすぎるし、これは!」
それは、二足歩行する、巨大なリングマのようなポケモンであった。ちらりとオーガポンを振り返る左目は潰れているように黒く、ぱっと見隻眼。額には傷なのか何なのか赫い月のような模様を魅せる
が、漆黒の左目に、アズマは確かに光を見た気がした
『ぽにお!』
『ワギィ』
どうやら知り合いらしく、オーガポンが仮面をずらして素顔で手を上げれば、こくりと頷いた巨大熊はオーガポンを守るようにその前に立ち、泥炭の鎧に守られた体をミライドンへと曝す
「が、ガチグマ!?進化方法の伝えが途切れて久しいって……」
『ぽに!』
よし、というようにオーガポンが巨大熊の肩へとぴょんと飛び乗る。見れば、ガチグマの全身には木の葉や川の水等が付着している。恐らくだが、オーガポンの為に盗られた仮面を探してやっていたのだろう
「オーガポンを、助けてくれるのか?」
こくり、と。熊はそう頷いたように見えた
「なら!」
が、その瞬間
「……ポケモン風情が」
『ぽ、ぽに!?』
不意にガチグマの姿はかき消え、オーガポンが地に落ちる
漆黒に1条の雷のようなラインが入ったボールが、勝手にプラズマ団の手へと戻っていく。ロック部分が赤く光るのは、ポケモンを捕獲しようとした時の共通規格だ
「っ、捕獲しようと」
が、基本的に多少ポケモンに対して非道でもと内部からは破壊されないようアホほど強化されたマスターボール以外のボールは、ポケモン次第で出ることが出来る。何度もボールを投げれば捕まるとはいうが、それは基本そこまで自分の力が欲しいならばとポケモン側が歩み寄るからなのだ
だからこそ、歩み寄る気など欠片もない今のガチグマにとって、そんなボールなど無意味。……な筈であった
けれども
バチン、と火花が迸る。2度、3度、そして一際大きなスパークを走らせ、ボールは停止した
『ぽに!?』
ぽん、と投げられる黒いボール。そこからスパークと共に飛び出してくるガチグマ
が、様子が可笑しい。繰り出した後だというのに、時折全身にスパークが走っている。そして、血走った瞳
『がお……』
『ワギィガァァァァッ!』
振るわれる腕が、小柄な鬼を大きく吹き飛ばした
「っ!オーガポン!」
「お、鬼さま!?」
思わずといったように、スグリも叫ぶ。迷いはきっと、あるのだろう
「スグリ君、君は本当に、それで良いのか!」
「伝説を従えて、鬼さまもナンジャモさんも仲良くして。何処までも主人公みたいだな
けんど、アズマさん、アンタだって今此処じゃ主人公じゃない!」
「そのオーガポンが」
高く弾き飛ばされた草鬼は、仮面が外れぬよう庇うようにして、人混みの外に落ちる
「何をしているのです?欲しいのでしょう?」
すっ、と男が横で迷うスグリへと同じ黒いボールを投げる
「全てのポケモンをワタクシに従わせるプラズマボール。今ならば、その鬼を捕まえるなど容易いこと」
「わ、わやじゃ……けど」
「信じるから、己のものにしておかないから奪われるのです。鬼退治の時間です、貴方が、鬼を捕らえ英雄になる」
そんなやりとりの横で、動く影があった。何だか空気気味になっていたともっこ3匹である
「っ!オーガポン」
『ヌンダフルッ!』
その中でも一際巨体を持つイイネイヌが、仮面ごとオーガポンを片腕で掴んで持ち上げる
「待て!」
そして、何とかオーガポンのところまで行こうとさりげなく止めてくる人垣を潜り抜けたアズマの眼前で、小鬼をキタカミセンターの崖から突き落とした
『ぽにーっ!』
「っ!」
一瞬の迷い、ポケモンの手を借りずに、落とされたオーガポンを救い出せるか?
そんなアズマの背に、機械竜ミライドンが足のエンジンを噴かせて頭から突貫した
「がはっ!?」
『(きゃあっ!?)』
足元の地面が無くなって、アズマは自分がミライドンのタックルで崖から突き落とされたと気が付く
「くそっ!」
ほぼ墜落だ。止めようがない。じっとアズマを見下ろし、凶暴……かは分からない電子の瞳で見下ろしてくるミライドン、そして横で優美に宙を舞いながら嘴に翼を当てて嘲るキチキギスが助けてくれよう筈もない
その瞬間、異様に熱い砂嵐が吹いた
『どろるらぁ、ホォォスっ!』
一陣の熱砂嵐と共に現れた影がオーガポンを攫い、アズマをも抱えて崖上へと吹き抜ける
そうして大地に君臨するのは白馬の王。そう、タヅナでもって2匹でひとつとなった……
「ブリザポス、そして……ランドロスさんっ!」
その名をランドロス(白馬上の姿)。かつてバドレックスとカンムリ雪原の豊穣を巡って争い和解した伝説の豊穣の王である
「……え?」
少しだけ心配そうな表情をしていた少年の感情が、顔面から抜け落ちた
注意:当たり前のように登場してますが白馬ランドロスは独自設定です。ゲームには実在しません。