「ふぅ」
『ホォォス』
ナンジャモに案内されるままに民家に足を踏み入れ、アズマは息を吐いた。横では手助けしてくれたランドロスが合体を解除し、ふよふよと浮いている。ポケモンとしてはそこそこの大柄だが扉を潜って入れる辺り、田舎で土地の使い方が結構豪快なことが多いとはいえこの家の持ち主は大型のポケモンと暮らしていたのだろう。中の広さ以上に扉の大きさがそれを物語る
と思ったところで、アズマは近づく気配に気がついた。それは……
「っ!」
思わずボールを構えるアズマ。顔を覗かせたのは、プラズマ団の服に身を包んだ男、鳥尾であった
「ま、待ってくれませんか」
が、敵意無くぱたぱた手を降って扉を後ろ手に閉める男を見てアズマはニダンギルのボールを仕舞い込んだ
「敵意も、謎のオーラも無いようですね」
でも、とアズマは目線を鋭く相手を睨む
「何がどうなっているのか、説明を貰えますか?」
「アズマ氏アズマ氏、此処はこの人のお家で、ボク鍵を貸してもらっただけだから穏便に」
「分かりますよナンジャモさん。でも、はっきりさせないと皆不安を隠せませんから」
オーラも気にせずソワソワするオーガポン、バッグに立て籠もったディアンシー。上空でギリギリ電波妨害範囲を飛び出せたからかボールに戻りたがらずアズマの周囲をずっと二本の剣に分離して旋回しているニダンギル。そして、アズマを見つめて静かに待つフリーズ村から突如として駆け付けてくれたニ体
外に出ている全匹が、落ち着きを取り戻せないでいる。ぎゅっと、あげたときより強く仮面を被り、可愛らしい素顔を覆い隠すオーガポンは、何かと壁を……いや、その向こう、遠くに居るだろうモモンのポケモンの方へと目線を送っていた
「……そのポケモン等は」
と、慄く男が鎮座する伝説に問い掛ける
『どるら』
『ブルホォォス!』
「……おれの知り合いではあるんですが」
と、アズマはブリザポスの凍った鬣の中に、手紙が結んであるのを見つけた
解いて拡げてみれば、それは……子供に代筆してもらったのであろう、たどたどしい字のバドレックスからの伝言。ヨは村のために今は場を離れられないが、ドンナモンジャTVを見ると胸騒ぎがしたのでランドロスに行ってもらうのである、との事だった
「知ってるとは思いますが、ちょっとこのキタカミのオモテ祭りやともっこ伝説について動画配信してまして。それを見ていた中で不穏な空気を感じたとあるポケモンが、危機的な事態が起きた時にと送り出してくれたみたいです」
ぽん、とアズマはバッグからニンジン……は残念ながら流石に持ち合わせがないので色合いが似ている甘い白色ポロックをブリザポスの鼻先に差し出しつつ告げた
「ドンピシャタイミング!仕込みを疑うレベル」
「仕込みだったら、ナンジャモさんに最初から動画撮っててと言いますよ。でも、本当に助かる救援でした
おれ達だけじゃ、手詰まり感がありましたからね」
ポロックが消えた手を引き戻し、手元へとアズマは目線を落とす。全然繰り出す事は無かったが、それでも最近は何時も其処にあったボールは、今はない
「皆はどうしちゃったのか……あれ、変だったよね?」
「はい、今回のオモテ祭りは最初から少し可笑しくて」
と、男はキタカミのじんべえではなく白いプラズマ団の制服を祭りだというのに着込み、襟を正して頷く
「プラズマ団が手伝っているのはそうなのですが、手伝いに現れた彼等を纏める男が、祭りを楽しんでもらう為と紫色の餅を、当日配り始めたのです」
これです、と鳥尾は冷蔵庫を開け、中から数個の餅を取り出した
「美味しそう、ボク一個……」
「ナンジャモさん」
『ぽにがおー!』
フラフラと手を伸ばすナンジャモ、それを見て吠えるオーガポン
「っと!ナンジャモは混乱が解けた!
え、でも美味しそうで食べなきゃって気持ちになるし……ナニコレ!?」
「欲望のままに動きたく気持ち……プラズマ団として人々に迷惑をかけ、ポケモンとの仲を引き裂いていた頃を思い出して自分は思い留まったのですが、如何せんこれだけ美味しそうで、かつ人々から相応に信用を集めていたプラズマ団が配る餅、多くの人が口にしていました」
「そうして、何だか妙になったと。謎に反応は薄いし、此方に襲い掛かってくるし……」
ぽつりと、アズマは呟く。そこまで親しくなくとも、異様さは分かる程度には彼等は可笑しかった
「ボクも襲われかけたよー。人気者は身バレ怖いなーと思ったけど、違いそうで逃げてきた」
「だから空から?って、放っておいたらそのうち空まで人々の出した鳥ポケモンに覆われそうでしたけど」
「其処はほら、アズマ氏怖いし?」
「おれをなんだと思ってるんですか」
けれども、まあ実際ランドロスの力ならば蹴散らして逃げることは可能だったろう
「……あれ、アズマ氏?」
ボールではなく、ランドロスへと目配せするアズマを見て、少女の頭のコイルが大きく揺れた
「……今、ベルのボールをスグリ君に取られてて」
「スグリ氏!?ビックリ過ぎて」
「……スグリ君。どうして君は」
ぎゅっと、手を握り込むアズマ。怒りよりも困惑が勝つ
「ま、ボク的には分かるかなー?」
「分かるんですかナンジャモさん?」
静かに頷くプラズマ団。アズマは目を瞬かせ、仮面を仕舞って寄ってきたオーガポンにもポロックとりんご飴を差し出しながら首を傾げた
「あー、そこそこそれだよアズマ氏」
「オーガポン?」
「何と!アズマ氏は特別な選ばれし人間なのだー!って雰囲気
実際物語の主人公かな?ってくらいに特別な立場なのもそうなんだけど、纏う空気感からしてそれを当然って思ってるっていうか……」
言われ、アズマは頬を掻いた
『(ですわね)』
バッグの中からディアンシーのテレパシー。言われたことが嬉しいというのかニダンギルはくるくると回り、オーガポンは激怒が抜けたのかぽにっとした穏やかな顔でりんご飴を食べる
「確かにね。おれは父さんの……ナンテン博士の息子として、相応に立派であれと思ってましたから
でも、スグリ君からしたらウザかったのかな?」
「いやー、ウザいっていうか、格の差を見せ付けてくる?っていうかね?
例えばボクのチャンネルは今はもう大きいけどさ、新人で伸び悩んでる配信者の前にいきなりボクが現れて色々とアドバイスしだしたらどう?」
「どうって、半年くらい前にやってませんでしたかその企画?」
「実はアレ仕込みなのだー!
事前に協議して、いきなりって体で進めてっただけ」
へぇ、とアズマは頷いた
「確かにいきなり過ぎて本気なら段取りとか上手くいかないでしょうし、企画として問題もありますね」
「そう!って違うくて
アズマ氏、本気でサプライズでやってるボクみたいな側なんだよね。相手を考えるし優しいけど、自分が特別な側だって自覚してそれを出しながらナチュラル
良くも悪くもとんでもないっていうか、特別なアンタならそうだろうけど!って叫びたくなる。スグリ氏はそれに耐えきれなくなった……のかも」
「おれのせい、ですか」
ぎゅっと、アズマは拳を握る
「止めないと。苦しむのは分かるけど、このまま行ったら戻れなくなる」
「でも、どうやって?変なバリアとかあって」
「いや、勝ち目はありますよ」
「え嘘?」
「不思議な守りと、タイプを変えられるテラスタル。けれど……ナンジャモさん、例えばナンジャモさんがあのミライドンと杖を持ってて、仮面の四種類とミライドン自身で5タイプに変化できるとします。ランドロスさんが地面技を撃ったらどうします?」
「炎タイプだと結局食らうし、水か草にテラスさせる」
「ならば、おれは同時にブリザポスに氷技を撃って貰います」
「テラスの選択は水しか無いね」
「……その技が、もしもフリーズドライなら?」
「あ」
アズマはそう、と手を叩いた
「一匹のポケモン相手なら勿論無双です。止めようなんてありません
でも、皆が居てくれたら、どんなテラスになってもバリアをぶち抜ける。それもあって、相手はボールの機能を封じてきたんだと思います」
勿論、とアズマは目を伏せる
「相手は伝説のテツノオロチ、生半可な火力じゃバリアを貫通してもまともなダメージを与えられないでしょうが……対抗は出来ます」
腕に食い込んだ黒水晶を見ながら、アズマは告げた
この水晶の力で放つZ技ならば、相応にダメージを通せるだろう
それで、勝てるかは兎も角
「……ベルさえ取り戻せれば、何とか」
「うーん」
「ボールを砕くわけにもいきませんし、どうにかしてあの電波を無効化さえ出来れば、どうせボールを返しても何も出来ないとたかを括ってそうな向こうを油断させられるんですが……」
「というかさアズマ氏、ボールから出られない電波?って何?」
「ああそれは」
そういえば、あの場に最初は居なかったナンジャモは知らないな、とアズマは頷いて話を通す
すると、少しの間周囲にコイル型の装置を回して考え込んだ少女は、ぽんと手を打った
「出来るよアズマ氏!」
「……本当ですか?」
「いやー、自信ないけど」
「無いんですか!?」
『ぽにおー?』
「けど、その装置の妨害電波の大元が結晶だっていうなら
きっとあの方法なら出来るよアズマ氏」