炎を纏った牙と、震わせられた羽根が激突した
「サザ!」
「アメモース!」
羽根の振動に当てられ、モノズより小さな体が吹き飛ばされる
それを咄嗟に受け止めかけ……アズマは、手を止める。正式なバトルにおいて、トレーナーの手出しは基本的には御法度だ。その時点で負けまで有り得る。介入をしたいならば、正式に審判に言って時間を取り、その上でアイテムの使用なり何なりをしなければならない
そのままモノズの体は吹き飛び、テントの壁に激突した
硬くはない、そこまでの衝撃にはならないだろう
だが、振動はそうではない。鱗粉に増幅され、振動として叩き込まれた虫のエネルギーは、悪タイプにとっては致命的な程のダメージとなりかねない
ふと、相手はどうかとアメモースを見る
鱗粉を焼かれ、地面に倒れ伏している。動く気配はない。……戦闘不能だろうか
モノズも倒れたままだ。
「両者、戦闘ふの……」
気がついたらそこに居た審判が言いかけ、止まる
アメモースの羽根が動いていた?そのまま、よろよろと浮かび上がる
……倒しきれていなかったのだろうか、いや
「きあいのハチマキ……」
そう、アメモースが巻いているのはそう呼ばれる道具だ。気を失ったときに、即座に意識を取り戻す事があるとされる道具。気合いと付く事からも分かるように、結局は根性論、頭に巻くと刺激されて気合いを入れやすいだけだとか言われているが、良く分からない気休め道具。きあいのタスキというやっぱり理屈は良く分からないが、一撃であまりにも大きなダメージを受けたときに輝き、意識を取り戻す謎のタスキの方が好まれる為ロマン道具だ
だが、それがギリギリでアメモースを留まらせたのだろう
「モノズ、戦闘不能、アメモースの」
『モノ』
触発されたのか、モノズが鳴き声をあげる。自分もまだだと言いたげに
だが、立ててすらいない。まず戦闘の続行は不可能だろう。判定ルール上戦闘不能で無いだけだ。次の一撃は耐えられない。回避も何もない
ふっ、とアメモースの体に、火の粉が舞った
ほのおタイプエネルギーの残留、火傷だ。それが一押しとなり、アメモースが再び地面に落ちる
……また、運に助けられた
「アメモース、戦闘不能、モノズの勝ち」
今度こそ、審判が言葉を言い切る
「良く頑張った、サイコーだったよ、アメモース」
ビオラがモンスターボールをかざし、アメモースを戻す
「ああ、頑張ったな、サザ」
アズマもモノズをボールに戻した。長時間休まなければしっかりとした休息にはならないだろうが、それでも外よりは良い。ボール内は快適な方なのだから。それに、バトルは2vs2、ヒトツキが切り札を倒してくれれば、こんなギリギリのモノズを戦わせる事もない
アイテム使用休憩を挟む事も考えたが、それはしない。基本的にジムリーダーは道具休憩を挟まない。だが、挑戦者側が言い出した場合はその限りではないし、その時間に挑戦者が傷薬なりを使うならば、ジムリーダーだって使う。下手に休憩を挟めば、元気の欠片なり何なりでもう一度アメモースと対峙する事にもなりかねない。ルール上、使用は認められているし、それで復帰したポケモンはもう一度そのバトルで使用出来る。アメモースと対峙して良く分かった。ジムリーダーは格上だ。道具を使って不利になるのは此方でしか有り得ない
「ギル、頼むぞ」
「Go!ビビヨン!」
アズマが頼るのは、やはりというか当然というか、ずっと共にやって来たパートナー。ビオラが呼んだのは、外を飛んでいたメガネの蝶、ビビヨンだった
……こうかくレンズだろうか、アレは。広角レンズ、視界を補助し、当てにくい技を当てやすくするメガネ。ポケモン毎に特注するので、利用者はあまり多くない
……ということは、よほど当てにくい技を当てたいのだろう、と警戒を強める
「へぇ、そこの岩タイプっぽい子で来ないんだ」
観戦しているディアンシーを見て、ビオラは意外そうに言った
……メレシーの変異種であるディアンシーのタイプは岩/フェアリー。虫タイプ使いに対しては有利に戦えるはずだ。普通に考えれば、出してくると思うだろう
「姫は利害の一致で一緒に居ますけど、おれのポケモンじゃ無いですから。おれと共に戦うって決めて付いてきてくれたこいつらと戦いますよ、当然」
ビビヨンが、風を巻き上げ、首から下げていた小さなペンダントを宙に浮かせた
「そのペンダント、カメラ、ですか?」
「そう、ポケモン達に撮って貰うから、サイコーのタイミングで撮れるワケ」
つまり、あのアズマの写真は、ビビヨンが撮ってくれたのだろう
だが、それは今は関係ない。バトルはゼンリョクでやるものだ
「ギル、『つるぎのまい』!」
「ビビヨン、『ねむりごな』!」
アズマがやるのは、あくまでも何時もの一手。変えてしまってもロクな事はない。地力は当然ビビヨンが上だろう。ならば短期決戦、無理矢理に終わらせに行くべき。だとすれば、火力を上げるのは急務だ
それに対し、ビビヨンは大きな羽根の鱗粉を撒き、風で此方へと吹き付けて来た
ねむりごな。ポケモンを眠らせてしまう鱗粉や胞子を撒く技だ。その眠りは浅いとはいえ、暫くでも意識を奪えるのはとても強力に決まっている
避けきれるものではない。ヒトツキはまともに粉を浴び、鞘に刀身を仕舞ったまま、フラフラとしながら地面に降りる
降りるまで耐えてくれたのは有り難い。けれども、戦況は決して良くはない
「さあ、見せつけましょうビビヨン!『ちょうのまい』!」
「ギル、行けるか!」
ビオラの指示は予想通りのもの。眠らせて何をするか、そんなもの、確実な勝利を期すならば、一時的な能力増加に決まっている。圧倒的な差があるならばその限りではないが、ジムリーダーともあろうものが、仮にも先鋒を越えた相手にそんな行動は取らない
『ビィー!』
応えるように、ビビヨンが再度鱗粉を撒き散らす。今度はそれを纏い、自身の力と変えるために
ヒトツキは、地面で眠っている。目覚めない
「もう一度!『ちょうのまい』!」
「ギル」
ビビヨンの纏う鱗粉が増大する。ヒトツキは、目覚めない
「これで終わり、『ソーラービーム』!」
ビオラの指示と共に、ビビヨンがその小さな手を精一杯に広げる。その手の間に、段々と強い光が集まっていく。その太陽のような赤と黄色の羽根が、光を受けて輝き出す
ソーラービーム。太陽の光を受けて産み出す草のエネルギーの奔流を叩き付ける大技。その威力は、かのハイドロポンプをも、当然ながら越える。欠点としては、強い光が無ければ、チャージに時間が掛かること。利点としては、エネルギーの奔流は光である為、見てから避けるなんて芸当をさせない事。避けるならば、軌道を予測して予め範囲から逃げるしかない
『(……大丈夫、なんですの?)』
「ああ。大丈夫。信じてる」
心配そうに見ているディアンシーにそう返す
そうとしか、アズマの答えようはない。実際の事なんて分からない。けれども、自分のポケモンすら信じきれないトレーナーに、ポケモンが応える訳もない
「発射!」
『ビィー、ビィ!』
チャージが終わる。目を閉じ眠ったままのポケモンに対する最後の審判、ソーラービームが解き放たれる
「なあ、そうだろう?ギル」
あまりにも強い光が、アズマの視界を白く染めた