「ここは……」
立っていたのは、暗闇の中だった
何も見えない。一般的には暗闇といっても、微かな光はあるものだ。ぼんやりとは分かる。薄暗い地下室で、桃色の巨大な水晶にもたれ掛かりながら本を読むことが日課だったアズマにとっては、暗がりなんてものは慣れ親しんだもの。良く此処で本読めるなお前、オレじゃ暗くて文字読めねぇと父に呆れられた事を覚えている
そんな夜目は効くほうなアズマでも、周囲の状況は全くもって分からない
ディアンシーは居るのか、それすらも
「姫?」
『(な、何ですのここーっ!)』
「何だ、居るのか」
安堵と共に、息苦しさが沸いてきた
緊張で気にしていなかっただけなのだろう、落ち着いてみると、空気が重く、そして不味い。喉に貼り付き、粘膜を焼く気がする
「けほっ、大丈夫か姫は」
『(息苦しい、ですわ……)』
「だな……」
けほけほと咳をしても、何も変わらない。寧ろ肺が空気を求め、息苦しさが悪化するばかり
ならばとシャツを口に当て、せめてものろ過を試してみるものの、何も変わらない
「……毒か?」
『(……さあ?)』
「分かるわけないな……」
肩を竦め、暗闇の中それでも胸元に刺してあるから手探りでも何とか取り出せるタブレットケースから、二つの金のタブレットを取り出し、在りかが分かりきっている二つのボールの中に入れておく
げんきのかけら。そう名乗る商品だ。傷付いたポケモンを元気にしてくれる成分が多分に含まれたタブレット状の錠剤。正直安くはない、ポケモンセンター等で休ませた方が安上がりだし健康的だ。アズマ的にも、頑張ってくれたポケモン達へは美味しくないらしいタブレットよりも美味しいきのみの方でゆっくり休ませてやりたい。けれども、ポケモンセンターはこんな場所にある気がしないし、傷付いたポケモン達を毒かも知れない空気の中に出す気にもなれない
ふと見上げると、明かりが一つだけ見えた
いや、違う。幾条もの光だ。けれども、光源は一つだけ
それは、巨大な灯台にも見えた
此処まで光は届かない。真っ暗闇
けれども、明かりの元へ行けばなにか分かる気がして、アズマは一歩踏み出した
……コンクリートのような感触がした。とりあえず、ずっと立っていたが、実は周囲の地面が人間が歩くことに対応していなかったなんてオチはなかったらしい
「っと、少し待ってくれ」
ふと気が付き、アズマは荷物の中からとあるものを取り出す
光を放つ機器であれば、照らせるのではないかという話だ。懐中電灯もあるにはあるが、荷物の底から探すのは面倒だ。その点すぐに見付かるからとホロキャスターを起動する
「……ダメか」
少しして、アズマはそう結論付けた
ホロキャスターは確かに起動した。恐らくは正常に動いている。ボタンに触れれば、反応音がしたのだから
……だが、完全に圏外、更にはそもそも点灯しない。動いているのに、光が奪われている
『(ダメなんですの?)』
「動いてるのに、光が付かない
これはもう、光が奪われている以外の結論無いな」
『(光を……奪う?まさかあの)』
「知っているのか、姫?
光を奪うポケモン……親父の資料に……あったような、無かったような……」
『(い、イベルタルが……)』
「それはない」
どっと脱力した
「奪う、という所からの連想だろうけど、イベルタルが奪うのは命の波動、オーラだよ。光じゃない
いや、オーラを光と思えば当てはまるのか?
けれど、これはイベルタルのせいじゃないよ」
何でか確信出来て、アズマはそう言った
『(ほっ、良かった)』
「そんなにイベルタルが怖いのか、姫?」
『(怖いって、ゼルネアスの対となるバケモノですのよ!
怖いなんてものじゃありませんわ!)』
「……そう、か。おれはそうは思わないけど、一般的には怖いのかやっぱり」
『(王国の子は、勝手に知らない場所に行くとイベルタルの繭に出会ってしまうよ、と聞かされて育つんですのよ
イベルタルに会いたくなくて、皆良い子になるんですの)』
「恐怖の魔王扱いだな……」
『(あの場所に暮らすポケモンなら当然ですわ!)』
「……そうなのか?」
『(なんですの!
寧ろ、あのイベルタルをそんなに庇うなんて、ニンゲンは不思議な生き物ですのね?)』
「いや、おれも昔学校で好きなポケモンの絵を書きましょうって課題が出てさ。イベルタルを親父の資料を元に書いてみたら信じられないものを見る目で見られたよ
……でもさ。イベルタルが悪でゼルネアスが善。そんなだったら、秩序を護るジガルデはイベルタルを倒せば良い。ゼルネアスを止める必要なんてないだろ?けれども、伝説によればジガルデってポケモンはその昔ゼルネアスとイベルタルを止めに現れたらしいんだ
だからきっと、イベルタルが悪いポケモンだなんて、話はそんなに単純じゃないんだ」
と、アズマは屈み、手を差し出す
『(……?)』
「手を、姫
此処ではぐれると、下手したら一生迷う」
少しして、手の甲にとても小さな掌が触れる
岩タイプだからか、冷たかった
その手を掴み、抱えあげる。10kgも無い小さなポケモンの体は、軽々と抱えられた
『(な、何ですの何ですの!)』
「こうしないと、屈んで歩くことになる」
『(なるほど……って、おーろーしーてー!)』