「何があるんですか?」
人だかりが気になり、アズマは其処に首を突っ込む
皆を休めてやりたいのは確かだが、それよりも好奇心が上回った。あのレーザーはエスパータイプの性質を持っていたのだろうか、直撃したはずのモノズもそこまで大きなダメージは受けていなかったからだ。というよりも、水面に叩きつけられたアズマと、苦手らしい水にどっぷりと浸かって近くのおじさんの救助を待ったディアンシーの方が重症まである程度のダメージだったのだ
だからそこまでは急ぐこともなく、何もかも分からない黒いポケモンやあの住人がメガロポリスと呼んでいた世界に関しては、何れ休める所で父親にでも聞こう、それまで考えても仕方がないとして、アズマは切り替えた
何より、また出会う気がしたのだ。だからこそ、その時に考えれば良い。それに、あのポケモンはきっと……最後にレーザーがアズマの横を駆け抜けた時、きっと助けようとしていた。アズマを呼んだのがあのポケモンなら、きっとヒヨクシティの近くに落としたのもあのポケモン。何らかの理由で狙っていて、けれども塔から落ち、このままでは転落死必至のアズマを放っておけなくて元の世界に返してくれた。だから、だ。きっと分かり合える。アズマはそう思い、危機感も暫くは忘れることにした
「ああ、珍しいポケモンが居てね」
アズマの声を受け、遠巻きに見ていた男性が、そう答えた
『(珍しい、ですの?)』
バッグの中身も大分水を吸ってしまった。だからとアズマに抱えられたディアンシーが、テレパシーでもって語りかけてくる
「ああ、成程。それは人だかりが出来ますね」
しっかりとディアンシーを抱え、アズマは頷く。珍しいポケモン……といっても、ディアンシー程ではないだろう。幻とされるその目撃例の少なさは伊達ではない。まあ、幻とされるポケモンの中には、とある街に住み着いている個体は何時でも見れるが他の場所ではほぼ見掛けないから幻扱い、見るだけならその街に行けば割と簡単なポケモンも何種類か居るのだが。その最たるものだったのがビクティニ。イッシュ地方、リバティガーデン島でかつては何時も姿を見掛けたらしい。その個体は……その力を得ようと島をプラズマ団が占拠した後、忽然と姿を消したのだが。一説には、その後プラズマ団と強い因縁を持つようになり、遂には伝説の白き龍に選ばれリーダーすら倒しプラズマ団からイッシュを救った伝説のトレーナー、トウヤに付いていき、その勝利を手助けしていたとか。といっても、トウヤがビクティニを公式戦で使った事は無く、あくまでもウワサでしかないのだが。アズマが昔父親に連れられて巡った際に、外では悪夢を見せるポケモンと忌み嫌われているがアラモスタウンでは守護者のように言われているらしいダークライや、デセルシティに暮らす光輪の魔人フーパは見掛けた事がある。水の都アルトマーレで幾らでも姿を見るからと、幻のポケモン枠から学会で外されたラティアスとラティオスの例だってある
閑話休題
どんなポケモンなのか、姿を見ようとしたアズマの耳が、聞き覚えのある声を拾った
「っと、ちょこまかと!」
そう。かつてゲコガシラと共にアズマに勝ったトレーナーの少年、ショウブの声である
それが気になり、更に一歩足を進め、アズマの目はそのポケモンを捉えた
赤いレンズに覆われた両の目。細長くしなやかな体。刺々しさはなく、砂嵐を受け流すすらっとしているが要所要所が丸っこいフォルム。砂嵐を巻き起こし、不思議な音を奏でる、引き伸ばした菱型の翼
そう、せいれいポケモン、フライゴンである
「フライゴン……」
『(珍しいんですの?)』
「少なくとも、この辺りでは見掛けないポケモンだな」
ひょいひょいと、赤い毛の鳥ポケモン……ヒノヤコマの突撃を、そして織り混ぜられるモンスターボールを体の細さを活かして避けるフライゴンをみながら、アズマはひとつ違和感を感じ
「ってライじゃないかあいつ。何をやってるんだろうあいつは……」
正体に気が付いて、脱力した
ライ。そう、人の名前に近い形の種族名の略称をニックネームとする形式から分かるように……あのフライゴン、アズマの知り合いである。というか、執事のポケモンの一匹である。襲ってきたドラゴンタイプらしいハニカムのポケモン相手ならドラゴンタイプなので頼れただろうが、生憎とその時はちょっと遠くの街にメモと財布を入れた篭を持って買い出しに行っていて間に合わなかった、執事の主力の一匹。良く良く見ると、右羽根の付け根辺りに、父親のボーマンダと激戦を繰り広げた際に付いた特徴的な傷跡がちょっと残っている
「ストーップ!」
その事に気が付き、アズマは小江をあげる
「何だよ、弱いにーちゃんか
悪いけど、早い者勝ち。後から来て横取りは無しだぜ!」
「いや、元々家のだ、そいつ」
「はいっ?」
尚もボールを投げようとしたショウブの手から、ボールがすっぽ抜ける
「いや、家のポケモンなんで、そもそも早い者勝ちも何もない」
足元に転がってきたそのボールを拾い、ほいっとフライゴンに投げる。知り合いからのボールは避けず、そのモンスターボールはその額に当たり……
一度開くも、ばちっというスパークと共に割れ落ちる。既に他のモンスターボールに入っている、トレーナーのポケモンが纏う微弱な電磁波に対するモンスターボールの反応、人のポケモン泥棒防止機能の発動である。オーレなる地方では、そのボールの機能を停止させるコードをボールに送り込み、強引に他人のポケモンを自身のモンスターボールに押し込める装置があるとか無いとか。とはいえ、ポケモン側も抵抗するので何らかの理由でボールから逃げられないけれども逃げ出したいポケモンしか捕まえられないとは思うが
まあ、その機能が発動するということは、人のポケモンである証明である
「分かったか?人のポケモンなんだ、こいつ
いや、最初から投げられたボール避けるなよライ……。そのせいで珍しい野生のフライゴン扱いされたんだろうに」
『(格下の攻撃に当たってやる義理は無い、だそうですわ)』
「負けず嫌いかっ!いや、父さんの切り札と張り合う位には負けず嫌いだったな……」
苦笑しながら、呆然とするショウブ等は置いておいて、アズマはホロキャスターを起動する
「じい、ライを見掛けたんだけれども、どうしたんだ?」
「坊っちゃん!よくぞ御無事で。この二週間、何処へ」
「……はい?」
捲し立てるように帰ってきた声に、アズマは一瞬首を傾げ、漸く気が付く
ホロキャスターに表示された日付が、ハクダンシティジムに挑んだ……その二週間は後だということに。体感的には一日経ってないあの世界の探索は、本来の世界では二週間もの行方不明だったのだった
「あっはっはっ、ちょっと……珍しいポケモンを追ってて。ずっと圏外で困ってた」
それはもう、探されるに決まっているな、と苦笑しながら、アズマはそう返した