「よっと」
パソコンから転送されてきたモンスターボールを受け取り、アズマはそれをしっかりと握り込む
此処は、ヒヨクシティにほど近い小さな町のポケモンセンター。小さいとはいえ、パソコン通信も完備されている、しっかりとした場所だ。そこまで歩き、アズマは傷付いたポケモン達を一度預け、こうして執事と改めて話していた
家のだ、宣言により、集まっていた人だかりは割とあっさりと消えた。まあ、フライゴンはこの辺りでは中々珍しいポケモンとはいえ、人のポケモンを取るような奴はそうは居ない。一応、進化前のナックラーならヒヨクシティを隔てて13番道路側には生息している訳だし。ずっと連れているディアンシーに関してもほえーと振り返る人はそこそこ居ても奪いに来たりする馬鹿が居ないのは、その認識が人々の中に浸透しているから。悪の組織と呼ばれた者達……ロケット団、ギンガ団、プラズマ団辺りであればまた違うのだろうが、それらの残党がカロス地方で暗躍しているなんて噂は聞かない。気になるのは、生命を冠した謎の集団……ラ・ヴィ団を名乗る連中だ。あのフラダリさんがリーダーを務めていたというフレア団とは、また別の組織だろう。少なくとも、アズマはそう信じている。ディアンシーを狙った際のあの行動は、
まあ、再び彼等と会わなければ……何とも判断しにくい話だ
「届いたよ、じい」
思考を切り替え、アズマはホロキャスターに向けてそう語りかける
送って貰ったのは、一つのモンスターボール。そう、フライゴン用のボールだ。抱えられるし最悪バッグに入って貰って背負う等でも良い大きさのディアンシーと違い、アズマより背丈のあるフライゴンをずっと連れ歩くのも近所迷惑だからだ。いや、バッグに押し込むのはそれはそれで虐待っぽいので、どうしても全力で逃げなければならない場合以外は駄目だろうが
「坊っちゃん、本当にそれだけで良いので?」
「良いよ、じい
それはもう、確かに皆が居れば心強いよ。皆だって、きっとおれにも力を貸してくれるってのは分かってる」
言って、アズマは屋敷に残る執事のポケモン達を思い浮かべる
フレフワン、ゲンガーにマリルリ、そしてフライゴンとは別行動でおれを探してカロスを走り回ってくれているらしいウインディ。彼等彼女等が居れば、確かに頼れるだろう
それが、アズマにはいけなかった
「そして、頼りきってしまう。皆強いから、ギリギリまで足掻く前に、今回は頼むって逃げてしまう
それじゃあ、ダメダメだと思うから。トレーナーとして、自分のポケモン達と強くなれないから。だから、皆は屋敷を護っていて欲しいんだ。けれども、空を飛べるポケモンを捕まえられていないから、ライだけを借りていくよ」
ホログラムの執事の背後の影にこっそりと隠れるゲンガーの姿に、笑いかけ
「帰ったその時に、少しは成長した姿を見せられるように。ギルと、そして出会った皆と、自分達の力でやってみる」
アズマはそう告げて、通話を切……ろうとし、ふと気が付く
「坊っちゃん。その腕は?」
……そう。あの黒いポケモンに貫かれた手の甲。砕け残った水晶体が、そこにはまだ残っていた
「ん……と、取れないな」
ホロキャスターは握ったまま、小指を引っ掻けて剥がれないかアズマはやってみるが、水晶体はびくともしない。まるで、体の一部であるかのように合体し、鈍く黒く、光を受けて反射している
『(痛くは無いんですの?)』
「取れずに残ってる事に気が付かなかったくらいには平気」
何もかも、分からない事だらけ
だけれども、今は問題ないからとアズマは笑う
あのハニカムのポケモンとも、あの黒いポケモンとも、そして……ディアンシーと旅をする限りあのジャケット達とも、また出会うことになるだろうから
謎は、きっと解ける。その為に、アズマは一度は
「だから、改めて
行ってきます、じい。行ってくるよ、ゲン」
「お気をつけて、坊っちゃん」
『ケケッ!』
見守るゲンガーと執事に既に離れているからどこか可笑しな挨拶を投げ、アズマはホロキャスターの通信を切る
そこまでの怪我でなかったヒトツキとモノズを受け取り、ポケモンセンターを出る
其所には……
「何やってるんだライ」
フライゴンのしなやかで長い尻尾に締め上げられるヒノヤコマの姿があった
「ダッセーにーちゃん!
にーちゃんの所のポケモンって聞いて、本気見たかったんだ」
「……だから、今度は逃げに徹しないだろう今、ちょっとヒノヤコマでバトルを仕掛けたと?」
アズマの問いに、うんうんとショウブが頷く
「でも強いなダッセーにーちゃんのポケモンなのに」
「ダッセーは余計だ
あと、ライは家の執事のポケモンで、借りてるだけなんだ。だから強くて当然。君の父上だって、強いだろう?」
「いんや、とーさんは全国巡りとか怖いからって一個記念にジムバッジ取って旅を止めたよ。オレサマの方がよっぽどつえー」
その言葉に、そんな事もあるか、とアズマは一人頷く
考えてみれば当たり前の話。本気で皆の憧れ……漠然とポケモンマスターと呼ばれる域にまで行けるトレーナーは決して多くない。ジムリーダーや或いは四天王にチャンピオン、若しくは国際警察といったポケモンと共に戦う超エリートへの道は、とても遠い。その前提とも言われる毎年のリーグだって、出場にまでこぎつけるのは旅立った子供達の一割以下だ。まあ、ポケモン共に暮らすのは、決してトレーナーばかりが道ではないので当然の話なのだが、アズマ自身は……博士として各地の伝説のポケモンについての研究をしている父も、ほぼ帰ってこない父に愛想をつかして出ていった母も、そして父とホウエン地方で出会って意気投合し執事として雇われたらしいじいも、全員がトレーナーだったので忘れていた。母について、ちょっと思うことはあるが……まあ良かったと思う。いなくなったのはアズマが幼い頃だけれども、トレーナーとしてはそこそこ強かったらしいけれども心の強くないあの人は、きっとアクア団事件の後に父が『グラードンは既にホウエンを離れ別所で未だ覚醒を待っている』という内容の論文を発表した際に、徒に不安を煽る等の理由から行われたバッシングに耐えきれずに壊れてしまっただろうから
「それもそうか
……ショウブ、前は女の子連れてなかったか?」
ふと気になり、ヒヨクへの道を歩きながらアズマはそう問う
「あいつは残った」
「残ったって……何処に?」
「それはもう中心、ミアレシティ。でっけー街だから早く見たいってゴーゴートタクシーに乗って早めに行ったワケだけどさ、近々大きなコンテストがあるからそれも見たいし、ヒヨク方面に行くには13番道路通らないといけないじゃん」
「ミアレの荒野か……
女の子には辛いな」
ミアレの荒野。十三番道路と番号が振られた大きな砂漠地帯だ。良く砂嵐が吹く地帯で、大きな発電所を有する。まあ、砂嵐に砂漠に荒れ地と、女の子にとっては嫌なもののオンパレードだろう。行きたくないというのも、無理はないかもしれない
『(……行ってみたいですわ!なんて楽しそうな場所……鉱国の皆にも教えたいですわ)』
「………………」
一瞬、流れ込んできた
そして、思い出す。冗談めかして……まあ、実際にもそうらしいし姫と呼んでいる、どこか女の子っぽいお姫様なポケモンの事を
「そういえばいわ/フェアリーだったな、姫は」
砂嵐を好むポケモンだっている。主に岩タイプと地面タイプ、後は鋼タイプにも好むのは居る。女の子らしいディアンシーでも、好みは岩タイプだったようだ
「んで、ヒヨクシティジム突破して、それから合流しようぜって話で一人で来たんだけど、予想以上にジムリーダーが弱っちくてさ」
「そうなのか?」
「リザードン一匹で片付いたぜ」
「それは仕方ないな」
リザードンはほのお/ひこうタイプの強力なポケモンだ。カロスでは珍しいポケモンだが、何でかこのショウブは心を通わせてしまったのだろう。だとすれば、ヒヨクシティジムは草タイプのジムらしいし、有利タイプ同士の複合したリザードンで勝てない道理はあんまりない。寧ろ負けたら恥だ
「んで、ちょっと海を見に来たら、ダッセーにーちゃんと会ったってワケ
急ぐとなったらリザードンに乗ってくぜ」
「そっか。頑張ってるんだな」
「ダッセーにーちゃんは?バトルしてみるか?」
「止めとくよ
まだ、バッジ一個しか取れてないしね」
そう、アズマは首を振り……
「ショウブ!ボールを構えて」
ふと、道路の端に……見覚えの無い顔と、見覚えのあるジャケットを確認し、アズマはそう叫んだ
アズマの軌跡
ナンテン屋敷➡アサメタウン➡アサメの小道(一番道路)➡メイスイタウン➡アバンセ通り(二番道路)➡ハクダンの森➡ハクダンの森奥➡ウベール通り(三番道路)➡ハクダンシティ➡ハクダンシティジム➡ウルトラメガロポリス➡フラージュ通り(十二番道路)東海岸
何だこの謎ルート(素)
追記:悪の組織関連ですが、ゴーゴー4兄弟やスナッチ団等の外伝系はアズマくんが存在を良く知らない、スカル団は単なる落伍者の溜まり場、エーテル財団は正体を現す前、アクア団マグマ団はちょっと過激派の自然保護団体である、そしてフレア団はアズマくんがフラダリ贔屓、という理由でそれぞれ悪の組織認定から外れています