「ご、ごめん!ジム開けなきゃ
じゃ、じゃあ、後は宜しく!」
少しだけどもりながら、取り外していたローラースケートのブレードを靴裏に嵌め込み、そそくさと去っていくジムリーダーの少女の揺れるテールを、アズマは呆然と眺めて
「ゼクロム」
バチっという静電気に、右腕を抑えた
「痛っ!」
僅かに、黒竜の頭の一角の先が、青く輝いている。微かな電気を行使したのだろう
「何を」
「これでも反応はないのか
キミの運命がこれだけの光をキミに託していながらも側に居ないというのは本当のようだね」
「それの確認ですか……
ゲッコウガ映画のグレイ・ニンジャ=サンでも無いんで、技撃つとか止めてください。おれはああいう映画の主人公と違って、ポケモンの技を食らって平気な顔は出来ないんで」
「技ではないよ」
「いやまあ、そうかもしれませんけど」
と、アズマは頬を掻き
「すまん、ナンテンの息子よ
外でやってくれんか?」
というタワー管理者の言葉に、すみませんと頭を下げた
「心地良い風だね」
『キャッ!』
と、地味に潮が満ちてきてギリギリ浸かり始めた道を見ながら、青年はそう言葉を発した。流石に目立ちすぎる為かゼクロムはボールに戻しているが、その頭に乗っていた小さな黒い獣……ゾロアはそのままだ
「ゾロアはそのままで良いんですか?」
「彼女もボクのトモダチさボクは基本的にはモンスターボールでポケモンを縛ったりしない」
「そういえば、プラズマ団の象徴的にはその方が正しいんでしたね」
「そこの気高い姫のようにポケモンはボールで縛らなくとも良いはずさ」
『(な、なんでこっちを見るんですの!?
べ、別に、一時的なナイトだから捕まったりしたくないだけですわ!)』
「聞こえてきたよキミが彼の事を心配する言葉が」
『(言ってません、言ってませんわ!)』
「姫ー、あまり動くと海に落ちるぞ
ここは昨日と違って満潮時には沈むってだけで普段は道だから落ちたところでなんだけどさ」
頭をぶんぶんと大袈裟に振るディアンシーを、アズマはひょいと左の手で抱き上げた。右利きではあるし、ディアンシーも多少重いので(秤で測ってみたところ、6.8kgであった。本来確認されるディアンシーより幼いらしいので、一般的な重さはもう少しあるのだろう。いや、他の個体に出会うことなどほぼ無いだろうし、基準がどうとかいうのはナンセンスではあるが)出来れば利き腕は使いたかったが、何時の間にか増殖して腕輪状になった黒水晶が当たらないようにという配慮だ
「ちょっと重い」
『(ふふん)』
「れでぃは軽いと言うべきですわ、とか言わないんだな」
『(人間はそう言うんですの?)』
「重いって女性に言うと怒られるって、じいに習った」
『(人間って、不思議ですのね
体が重く、そして大きいほど立派だって、鉱国では皆が言ってましたわ。まだまだ軽いって、皆バカにするんですの!)』
「イシツブテ達もそう話しているね」
「さっすが岩タイプ」
と、アズマは頷いた
「ライ、実は地面タイプなお前も……
って、お前はスピード勝負の為に減量考えたりしてたんだっけ」
フライゴンにも話題を振りかけ、無駄だった事にアズマは気が付く
「それで、Nさんは何をしに?」
「旅を」
「いやまあ、それは流石に記事で知ってますが
というか、おれがボールを使ってたりすることは、もう良いんですか?」
ふと気になって、アズマはそう問い掛ける
Nはモンスターボールを嫌っていたはずだ。トモダチを傷付けるとして、トレーナーもまた
「トモダチを傷付ける酷いトレーナーばかりではないと彼のおかげで知ったよ
キミのポケモンはキミを信じているキミを守りたいと助けたいとだから強くならなきゃと言っていた」
「サザ、お前が?」
右手でゴージャスボールを取りだし、訪ねる
答えはボールの中のポケモンしか知らない故、返ってこないが
「有り難うな、サザ」
それでも、こんこんと人差し指でボール表面をつつき、礼を示す
「それで、実際に旅をしたいってだけで?」
「キミは何をしたい?」
そう問い掛ける青年の瞳は、虹彩が薄くて表情を読みづらく
「今は、強くなりたい
こいつらと一緒に、勝てるように。とりあえずは、コルニさんに勝てるように」
「彼女に?」
「そりゃ、他でバッジを取れば良いやって逃げようかと思ったこともあります。けれども、やっぱり負けたままで終わりたくなんて無いじゃないですか」
右手で、モノズのボールを握り締める
強く、強く
「それだけかい?」
「いえ。直近の目標ってだけです
弱さは、数日前に痛感しましたから。もっと強いポケモンが居れば、いや、おれに付いてきてくれたギルやサザが駄目だって言うんじゃないんです
それでも、もっと強くなければ、きっと大切なものを失ってしまう。あの日、ミア……あっ、父さんのトリミアンの事です。ミアをただ、看取る事しか出来なかったみたいに
だから、強くありたい。おれと、おれを信じてついてきてくれるポケモン達とで。ラ・ヴィ団だかという奴等にも、あの黒いポケモンにも、ハニカムなポケモンにも、大切なものを奪われない為に
その為に、何か出来るならば」
「出来るよ」
「おれは……って、出来るんですか!?」
「出来るさ
おいでキミの手を借りたいんだ」
『にゃーお!』
青年の手招きに応じたのか、不意にビシュンという空気のブレる音と共に、一匹のポケモンが姿を見せていた
濃い青い毛並みに、分かれた長い尻尾、目のような模様を持った耳を持つ、女性に人気のポケモン。ニャオニクス(オスの姿)である
「テレポート、いや、サイコキネシス?」
「サイコキネシス
12番道路の彼に少しだけ来てもらったよ」
『にゃっ!』
『ロアッ!』
張り合うかのように、青年の足元でゾロアが鳴いた
「見せてあげよう『Zリフレクター』」
『にゃお、にーっ!』
瞬間、青年とニャオニクスからアズマの目にも分かるオーラが立ち上ぼり、消える
……いや、ニャオニクスはオーラを纏ったままだ。その外部には、ニャオニクスに合わせて動く薄い光で出来た壁もしっかりと存在する。リフレクターはしっかりと発生し、更にという形で、ニャオニクスがオーラを纏っている
「Nさんでも、出来るんですね……」
「Nで良いよ
キミも出来るはずだろう」
「いや、まあ、出来ますけど……」
「キミの体は彼のようにポケモンの光を浴びてその力を帯びた……帯びた
「……確かに、そうかもしれません」
「ボクはポケモンの王N
キミを見極め助けるために来た」
「手を貸して、くれますか?」
「彼はそのためにボクを呼んだ」
「……有り難う、御座います」
ゴージャスボールはポケットに戻し
アズマは、右手でしっかりと青年と握手を交わした