『シカ、リ……』
そうしてアズマが荷物を漁る中、黒いポケモンは静かに手を伸ばし……
気が付いた時、アズマは再びの闇の中に居た
初めてこの世界に来た瞬間のような完全な闇。周囲は基本的に暗く、けれどもその中でもしっかりと蒼い雷を迸らせて輝いていた黒き竜ゼクロムの光はあったはずだ。その光があればこそ、アズマはメガロポリスの中でも普通に動けていたのだから
ならば、と荷物の中にまだあるはずの前に来たときに借りたマスクを付けようとして……荷物が無いことに気が付く
いや、荷物だけではない。地面すらも無い真っ暗闇。ふとその事に気が付いてしまうと、そもそも今自分がしっかり地面に立っているのか、それすらも分からなくなってしまう。平衡感覚を喪い、地面に倒れこんだ……と、アズマは自己認識するが、実際に倒れているのか、それともそうだと思い込んでいるのか、それすらもアズマには理解出来なかった
ただ、右手首が、いや其処にある黒い水晶で出来た腕輪だけが焼けるように熱く、ただそれだけがアズマに自己を認識させてくれている
「……ギル?」
答えはない
「サザ、姫!
Nさん!」
やはりというか、何も反っては来ない。声をあげられているのか、出した気になっているだけなのか、それもアズマには良く分からなくなってきている
「……サザ!『ブラックホールイクリプス』!」
ならばと、ダメ元でアズマは叫ぶ
命のオーラを纏い放つ切り札。Nやカルムからアズマが聞いたところによるとアローラ地方ではかなり研究が進んでいるらしいその力。そのオーラならば、何かを掴めるのではないかと
だが
「やっぱり、ダメか……」
微かに体に走るだるさにほとんど感覚の無い体を任せ、アズマは呟く
全身に残るだるさは確かにZ技を放った後のもの。この一週間幾度と無くアズマは二匹のポケモンとそれを特訓し、その度に感じていた。ディアンシーのダイヤモンドを借りて放つならば大分負担は少なく、そうでなければかなりの負担
……だが、何も起きない
息を吐いたアズマ
だが、何も起きなかった……訳ではなかった
不意に、闇が晴れる
何処とも知れない、光に満ちた世界。都会のような、良く分からない場所。中央に光を放つタワーが見える辺りアズマの知るミアレシティっぽさはあり、けれども全くそれとは違う街並み。暖かな陽射しが降り注ぐ光溢れる世界
その中心のタワーを見上げるように、何処かの建物の上にアズマは寝転がっていて
タワーの天辺、太陽のように輝く光があった。暖かな光、命の息吹を感じる柔らかな風は其処から届いている、とアズマには感じられ。平衡感覚を取り戻して立ち上がる
「光……シカリ……」
そこそこの良さの目を凝らし、アズマはその何かを見ようとする
太陽を直接見た時ほどではないがショボショボする目を誤魔化しながら、何とか輪郭だけでも……として
「……でっかい……ガブリアス?」
そんなものが見えた気がした。いやまともに見えたわけではないから何とも言えないが、翼と腕が一体になった竜のような姿だった気が、アズマにはして
「ぁ痛だだだだだだだだっ!」
唐突に、アズマは現実に引き戻されていた
全身に走る鋭い痛み。電気マッサージの出力を間違えたかのような……
『バリッシュ!』
「ゼク……ロム」
「取り込まれかけてたけど、大丈夫!?」
「コルニさん!?そんな事になってたんですか」
気が付くとアズマの体は、異様な気だるさを抱えてゼクロムのヒレのような腕に抱え上げられていた。見上げたその竜の一本角は蒼く帯電しており、微かに雷鳴の音がする。アズマからは見えないが、発電機であるゼクロムの尻尾は大量の電気を湛え眩く輝いている事だろう
「あれは……お前の……」
呟くアズマの眼前で、黒きポケモンはその姿を……変えない。一瞬だけ輝きと共にその姿が分かれ、紅の巨鳥のような姿を取ったものの、即座にその姿は掻き消えた
「でも、ダメだ
今してやれることは特に無いよ」
あれがあの黒い水晶のポケモンの何らかのフォルムだとして、アズマがその為に出来ることなんてなにもない。命の光、今の黒いポケモンからはそれが感じられない。だからといって何をすれば良いというのだ。アズマには全くもって分からない
静かに、黒いポケモンはアズマを見据える
そうして、不意に空間を割り、姿を消した。後には、不可思議な次元の穴だけが残される
『マヒナペーア!』
「どうやらお怒りのようだね早く本来のあるべき世界に戻ろう」
『バリッ』
響く高い鳴き声。かつてアズマが遠目に見た伝説のポケモン、ルナアーラの声。未だしっかりは動けず、飛来するその翼を見上げながらアズマはゼクロムに抱えられ次元の扉を潜る……