「……は?」
完全にフリーズ
『(な、なにやってるんですの!)』
というディアンシーの声に、数秒して漸くアズマは自分を取り戻した
その手の中には何故かは全くもって分からないがどうしてなのかボールの中に収まってしまった伝説のポケモンであるイベルタルのモンスターボール
マスターボールを避けるため……だはないだろう。確かに一理あるのだがそれならば避けた後でボールから飛び出しても何ら問題はない。だが、アズマの手に収まると同時、ボールの光は消えた。このボールを、自身の居るべき場所と認めた証。見限り出ていく事は不可能ではないが、そのトレーナーのポケモンとなろうと決めた、その証明
ボールが軽く揺れる。内部から破壊するといった趣ではないが、早く出せとでも言いたげに
「……分かったよ」
空へとボールを掲げ、スイッチ。モンスターボール特有の赤い光と共に、空に巨鳥の姿が再び現れた
『レッカ!』
「……イベルタル」
「……少年、分かっていますね?」
大の大人が。しかもポケモンを苦しめ悪用する悪の組織が、少しだけ後退り気味に。それでも虚勢か、冷静げに言葉を紡ぐ
「貴方が下手な行動をすればディアンシーは……」
「それはどうかな?」
『レッカ!』
アズマの頭上で巨鳥が吠える。いや、普通に考えれば吠えるというよりも鳴くというべきなのだろうが……空気を震わせるそれは、鳥ポケモンの鳴き声と呼ぶにはあまりにも空気を震わせすぎていた
「……ぐっ!」
『ルガァァァァァァァッ!』
それでも尚、ヘルガーは吠える。勇敢に……という訳でもないだろう。その血走った目には一切の恐れはなく。けれどもそれは彼のトレーナーの腕の機械により引き出された殺意によるもの。本ポケモンの意思は無関係に荒れ狂っているから、怯えないだけのもの。普通のポケモンであれば、恐れぬはずもないその脅威に対して猛る
「良いですか少年。今すぐに」
「さっき投げたでしょう。マスターボールは、もうそちらには無い。姫を確実に捕獲する手は、失われた」
「……ですが、それだけとは」
「そもそも、気を取られ過ぎ」
「……え?」
ジャケットの男が手元を見る
そこに捕らえているはずのディアンシーを
だが。そこに居た。いや、あったのは……
「身代わり人形!?」
『みがわり』。一時的に技エネルギーで自分の代わりに攻撃を受けてくれる人形をつくりだす技だ。人形の中に隠れていたり、或いは人形の裏であったり、隠れ場所はまちまちだが基本的に人形がある限り技エネルギーによるダメージを受けずに済む守りの力。アズマ自身は連続で攻撃してきても発動している間は確実に受けきれるはずの(伝説のポケモン達には打ち破られたりしているのだが)『まもる』を好んでいるのだが、それと並ぶ有名な守りの手段だ
「げっ!何処に逃げやがった!」
筋肉な男は、その身代わりを投げ捨て
「あ、バカ!」
「もう、遅い!」
『なの!』
ぽん!と身代わりは姿を変える。そう、こそっとディアンシーの頭の上に乗ったゾロアが、軽い煙と共にその姿を見せる
ジャケットの男はディアンシーを離してなどいなかった。ならば、手離せさせれば良い。だが……突然ディアンシーが偽物に変わっていても、そうそう騙されはしないだろう。何か変だと疑われるはずだ。だが……身代わり人形は多くのポケモンが出せるもの。ならばとアズマは考え、そして、その考えは正しかったと証明された
「姫!」
『……』
「姫!こっちへ!」
駆け出しつつ、アズマは叫ぶ
『(ですが)』
「ヘルガァァァッ!」
「ライボルト!」
ジャケットは追わず、傍らに控えるポケモンを呼ぶ。ある種の正解。人間とポケモンであれば、基本的にはポケモンの方が強い。相手を止めるならば、人間を攻撃させるというタブーさえ無視できるならばポケモンにやらせた方が楽だ
「こっち!大丈夫だから!」
誰が今のアズマの言葉を信じると言うのだろう。アズマ自身は分からない。けれども、その背後には殆どのポケモンが恐怖する紅の巨鳥が悠然と羽ばたいていて
ディアンシーは足を止める。ゾロアは気にせず進む。だいぶんアズマに慣れているというよりも、悪タイプであるから。ダークオーラ、イベルタルが放ちアズマも持っているらしいその昏いオーラは、悪タイプにとってのみ心地よいものであるらしいから
そうして、そのまま……
「ぐっ!」
反転、後ろ足での片足蹴り
アズマに一歩間に合わないと思ったのか、ヘルガーは攻撃行動に移り、そのままアズマの顔面を蹴り飛ばす。咄嗟にディアンシーを掴み、アズマは土の上を転がる
『レッカ!』
叫びと共に、イベルタルが動く
「あ、おい!ちょっ……」
ゴーストダイブ。アズマの意思を無視して巨鳥はその姿を隠し、瞬時にアズマと、彼を蹴り飛ばしたヘルガーの間に姿を現す。そして……
口から溢れ出すのは、恐ろしい光
『(ひっ!)』
「イベルタル!良い!止めろ!止めてくれ!」
本能的に、アズマは理解する。それが、何なのか
『デスウイング』。そう、父ナンテン博士の資料にあった伝説のポケモンイベルタルの伝説たる最大の力、専用技である。禍翼が紅に輝く時、昏光に照らされた全ての命はその翼によって世界から拭い去られる。そう、資料にはあった。即ち、命を終わらせる光。ディアンシーやコルニ風に言うならば、生命波動、命のオーラを奪い取り自分に溜め込む技。受けた者は、人であれポケモンであれ、余程強い生命の光を持たない限り、全ての波動を奪われてその生命を終わるだろう。他の技でも、致命傷となる事はゼロではない。余程の差があり、加減も何もなければ万が一という事はある。だが、そうではない。この技だけは、そんな生易しいものであるはずもない
即死だ。デスウイングだけは……イベルタルの放つその技だけは、伝承が真実であれば間違いなく概念的に相手の命を終わらせる力である
見たくない。たとえ、自分を殺しに来ているとしても。許せないポケモンだとしても。もう二度と、目の前で誰かのポケモンが……死んでいくのを見たくなんて無い。ミアだけでもう、沢山だ
そう、アズマは心で叫んで
「ヘルガー、『オーバーヒート』!」
「行くぜライボルト!伝説なんぞ、メガシンカの敵じゃねえ!」
二体は吼える。トレーナー達も、立ち向かう
けれども。アズマの前に立ち塞がるその巨鳥は何一つ意に介さず、光を溜める
「止めろ!止めろぉぉぉぉぉっ!」
今イベルタルがその場から消えたらどうなるか。そんなこと分かっていて。イベルタルへ向けられた炎は間違いなくアズマを直撃するだろう。生き残れるだろうか、そんなこと分からないなんて、当然アズマにも分かっていて
それでも、手の中のモンスターボールを翳す。対応する手持ちポケモンをボールへと戻す光。当たり前の機能を使い……
その赤い光は、紅の体に弾かれて消えた。伝説の力は、ボールの中へ帰ることを拒絶したのだ
『ルガァァァァァッ!』
『ボルゥゥァァァッ!』
二匹のメガシンカが吼える。迸る雷と炎が、紅の巨体に襲い掛かり……
せめていっそ、それで倒れてくれ。不謹慎なそのアズマの願いは……
その双方が膨れ上がった紅の光に掻き消された事で潰える。放たれた光は突き進み……
『……ル、ガ……』
黒きポケモンに直撃する
『ボルルゥ……』
直撃は避けたものの、ライボルトにも影響はあるのか、青と黄色の体が震え……
違和感を、アズマは覚える。あのライボルトは、メガシンカしていたはずだ。強制的に、暴れていたはずだ。だが、その姿は、眼は、もう普通のもので……
どさり、とライボルトが地面に倒れ伏す。流石にもう、戦えないだろう。だが、強烈な違和感
メガシンカが解ける。それは確かだ。だが、それは倒れると同時であったはず。だが、倒れる前にはライボルトのメガシンカは解けていた
「……イベルタル、お前……
ひょっとして、助けようとしてたのか?」
過剰に膨れ上がらせられた命のオーラがメガシンカと暴走を引き起こす。それがメガウェーブによるメガシンカ。ならば、イベルタルがその暴走部分を奪い取れば元に戻るのかもしれない。ならば、言い過ぎた
そう、アズマは反省しようとして……
眼前で物言わぬ石と貸したヘルガーを見て、その認識を改めた
「……やりすぎだろ」
その言葉に、イベルタルは一度だけアズマを振り返り。気にせず、再び紅の光を溜め始める
もう、ポケモンは居ない。で、あるならば……
「おい、逃げるぞ。ヤバい」
「メガウェーブの解除を可能とする伝説……相性が、あまりにも悪すぎます。勝ち目など、同士以外にはありません、か
下がるしかないようですね」
言って、二人のジャケットは踵を返し……
「おい!お前達のポケモンだろ!置いてくなよ!」
アズマの声に、男はライボルトだけをボールに戻す
そのまま、森の奥へと消えていった
それを、静かに巨鳥は眺める
「……止めてくれ、もう、良いだろう」
イベルタルは、森へと狙いを定めて……
「おれを、あいつら以下の最低なポケモン殺しにして人殺しに、しないでくれ」
言って、最低だなとアズマは苦笑する
だがその言葉が効いたように、イベルタルは頭を下げて、光を消す
「……ごめんな、お前も……きっと、おれを助けようとしてくれたんだろ?
でも、やりすぎだ」
見守ってたトレーナーがズタボロにされてブチ切れて繭から目覚めて大切なトレーナーを傷付けたクソッタレな奴等相手に無双したら守ろうとした相手から怒られる可哀想なメインヒロインの図