「……ふう」
『イガレッカ!』
息を吐くアズマ
何一つ終わってなどいなくて。けれども、一時的に事態は終息を遂げた
『イヌヌワッ!』
「ハチ、お前……」
紫のボールを加えて此方に駆け寄ってくる短足のポケモンの頭を撫でつつ抱え上げ、アズマはそれを受け取る
マスターボール。最強にして最悪のモンスターボール。ポケモンの意志を無視した捕獲を可能とする唯一にして究極の力。基本的に、止めなければならない余程の被害がなければ、投げることすら許されない伝説のボール。素材は特殊なもののある程度の数の生産が可能なようだが、当たるはずもない大型くじの景品くらいでしか一般に出回ることの無いそれ
鈍い光を反射し、ずしりとした重さで確かにそれはアズマの手の中に収まった
そんなアズマからすればあまり好ましくないボールは一時的にポケットに突っ込んで、アズマはそんなことよりと帰ってきた犬ポケモンを撫で回す
「良く帰ってきたなーハチ。ルトも居るし、親父も……」
帰って、と続ける前に、けれどもワンパチはその身を捩ってアズマの腕の中から抜け出し、駆け出す
「待ってくれ」
その先に姿を現した大きな頭の竜に小柄な影は駆け寄り
「まだ、お礼も……」
共に、姿を消した
「……なあ、どうしちまったんだよ、ルト、ハチ……」
目の前から、何より瓦礫に近くとも家である此処から消える意味が分からず、半端に伸ばした手のまま、アズマは呆然と呟く
『(ひ、酷い目に逢いましたわ……)』
と、その声にアズマは他にも色々とある問題を思い出す
「っと、姫。大丈夫なのか」
『(近付かないで!)』
響くテレパシーに、アズマは踏み出しかけた足を盛大に踏み外した
「おわっ!」
『カッ!』
広げられる紅の翼。イベルタルに支えられ、何とか地面に転がらずに済む
「……ごめん、助かったよ」
イベルタルに礼をして、改めてアズマは瓦礫に隠れがちなポケモンを見る
「姫、どうしたんだ」
『(ひっ!)』
……まるで、最初に戻ったようなやり取り
アズマが何をするにも、小さなポケモンは怯えその顔を隠すのみ
「オーラ、か?」
『(昏くて……)』
それか、とアズマは困ったな、と笑う
アズマ自身、オーラは良く分からない。とりあえず、自身の纏うというオーラの出所は、幼い頃、まだまだ病弱であった頃に飲んでしまった桃色水晶……イベルタルの繭を覆っていたそれを通して、イベルタルの力が流れ込んでいたからだろう、という事は分かった
だが、それだけだ。ある程度の制御は効くようになり、Z技に転用できるようになった……といっても、それは活性化方向。沈静化は無理だ
どうするかな、とアズマが頭を悩ませていると
『バリバリダー!』
大きな鳴き声と共に、庭に巨大な黒竜が降り立つ
伝説のポケモン、ゼクロム。そして当然……そのポケモンを連れた存在、N
「大丈夫?」
「大丈夫……そう、だね」
そしてついでに、継承者とこのアサメの有名人。戦っていたのだろう二人
「Nさん、コルニさん、カルムさん
あと、ゼクロム」
『バリッ!』
「ってごめん、人を先に纏めた方が良いかなってだけなんだ」
少し不満げにに鳴く黒竜に、最後に呼んだのに理由はないよと弁明し
「何とか、片は付いた……感じです」
「此方も、何とかなったよ
寧ろ、彼には此処に行って貰った方が良かったかもしれないね」
ボロボロになった庭、瓦礫そのものの家を見て、伝説と対峙した事もあるだろう青年は呟く
「ボクには未来が見えた
いや見えると思っていただけかもしれないねだけれども今回彼は彼の運命に出逢うという事が分かりきっていたボクの出る幕ではないと」
『イガレッ!』
早口な緑髪の青年の言葉に応とばかりに紅の鳥が鳴いて
『(悪くない、そんなの分かっていて……
でも怖いですわ!)』
喋り倒す青年の足に、ディアンシーがしがみついていた
「大丈夫さ鉱石の姫
彼は何一つ変わっていないよただ運命に漸く出逢ったそれだけの話さ」
「運命、ね」
自分より大きな巨鳥、神話のように暴れるでもなく静かに羽を畳んで地面に立つ伝説を見て、ぽつりとアズマは呟く
「それってイベルタル……だよね?」
トリプルテールが揺れ、金髪の少女が首を傾げる
「伝説だと辺り一帯を石に変えたりととても凶悪なポケモンだと言うのだけど……」
「凶悪ですよ
きっと、おれを助けようとしてくれた……ってのは分かりますけれど」
アズマは指差す
其所に居る、いや、あるのは一匹のポケモンの石像。アズマに向けてオーバーヒートを撃ち放つ姿のまま石になった、かつてヘルガーであったもの
「「あ、はは……」」
何て返せば良いのか分からないのだろう。二人のトレーナーは顔を見合わせて微妙な表情を浮かべ
「……イベルタル?」
『レッカ!』
不意に、イベルタルの体が紅く輝いた
同時
『……ル、ガ、……』
石であったはずのヘルガーが命を取り戻し、そして……地面に倒れ伏した
「……イベルタル」
不満そうに、首を振る
「……ベル」
『レッ!』
何がいけないのだろうと名前を短縮してみると、良しとばかりに頷かれた
あれだろうか。他のポケモン達は種族ではなくそれぞれ名前を付けているのに、自分はイベルタルというのが気に入らなかったとか?いやでも、ベルってそんな新米ポケモン研究者としてちょっとだけ名前が通っている女性にあるようなので本当に良いのだろうか。伝説ポケモンは複雑怪奇だ
「ベル。お前、石から戻せたのか?というか、戻してくれたのか?」
「そのようだね」
「命を奪うだけじゃなくて、返せるんだ……」
「まあ、自身の体に奪ったエネルギーを溜め込んで、最後に繭となって眠りにつく際に全てを大地に還元するというサイクルだと父は推測していましたし、その要領で還元すれば何とかなる……んでしょうか」
やっぱり、未知の、特に伝説と呼ばれる特異なポケモンのやること成すことを研究し、推測し、世界を解明する事は楽しいな、と思う
実際にそうなのかは分からない。ただ、考えてみるだけで面白い
「そうそう、キミ、やっぱりあの人の息子なんだね」
なんて笑うカルムに、そうかもしれませんねとアズマは返して
「ヘルガーと、あとは皆と
休ませてやりたいんで、ポケモンセンター……が、まだ出来てないんでしたっけ」
「あ、そこは大丈夫
今日が今年のリーグの締め切りだからね
2週間後から次シーズンというだけあって、ほぼ中身は完成しているよ。使えると思う」