「んで、にぃちゃんもやっぱり?」
アズマの頼んだ(今回はやっぱり年長だということでアズマの奢りである)ミルクコーヒーを飲みながら、帽子の少年は言葉を紡ぐ
「まあ、ね」
当然だろ?とアズマは返す。ショウブには聞かない。いや、当然聞く必要なんて無い。その頭の脱がない帽子が全てを物語っている
「カロスリーグ。見に来たんだ」
「エキシビションとれればなー!」
帽子に手を当て、少年は呟く
「やっぱり取れなかったのか」
「取れないってあんなの!抽選ナンバイだよ!」
ダン!と机を叩いて吠える
その頭の帽子こそ、少年の見たかったものを示している
カロス地方とはそこそこ近い地方、ガラル地方において10年無敗の伝説のチャンピオン、ダンデの王冠のような帽子が
余談にはなるが、此処カロスチャンピオンであるカルネさんは3年目がもうすぐ行われるカロスリーグで終わり、次シーズンから4年目に突入するくらい。ガラルを除いた最長が、ホウエンチャンピオンであるダイゴの6年なのだから、10年チャンピオンやっているというのが如何に恐ろしいかそれだけで分かろうというものである
「……えっと、確か600倍?」
「ろっぴゃ……マジかよにぃちゃん!」
「確か、ね」
言っておくが、決して数十人程度を選ぶ抽選ではなかった。トレーナーカードIDを打ち込むことで1人1回だけ抽選が行え、当選率は当初1/100くらいではないかと言われていたそのリーグ鑑賞券エキシビション日は、推定枚数では10000枚はあるはずなのだ。実は皆からそんな人気がない為予選二日目の券だけ(予選初日はエキシビションと開会式があり、本戦からは毎回激戦が繰り広げられるものの、予選二日目半分くらい消化試合なのである。それでも面白いけど、人気は他より低い。トーナメント式フルバトルな本戦と異なり、予選はスピード重視で勝率が上から4名が勝ち上がるグループ総当たり1vs1。出すポケモンの変更は無し。言っては悪いが、初日の数戦が終わった時点で何となく誰が残るのか分かってしまう)は残り僅か表記……残り5%を切った時に出る表記がありながら300枚ほど残っていた事をアズマは覚えている
日によってスタジアムに入れる人数が変わる訳ではない為、それだけで最低でも6000人以上、それでも少ないため恐らくは10000を越える数の人間がスタジアムに入れるのだろう。それだけの数の券の抽選倍率が何と600倍、抽選が当たり終わるまでたった8分。実にその8分の間に600万人がエキシビション見たい!とカロスリーグの予約サーバーに押し掛けたことになる
お疲れ様です、とPCを支えていたのであろう電脳の戦士なポケモン達に心の中で意味もなく労いながら、アズマは買い替えた赤いホロキャスターを開く
「最新型じゃん」
「前のが壊れちゃって、良い機会かなと
うん、602倍。今のチケット相場は……いよいよって事もあって大体12倍だな」
「ん?ちょっと安くなったの?」
「そりゃそうだろ?今から即決で落札して、カイリュー速達でシンオウ地方までチケット送って貰ったとして、それでももうそこからエキシビションの日までにカロスに来れるだけの航空便の席は取れないだろ?そういうことで、今から落札する人間はやっぱりどうしてもい行きたいカロスの人か、何とか来れないこともないホウエンの人か……ガラルはもう間に合わないかな……って感じ」
「あ、そっか」
大手旅客会社ラティアス航空のカロス地方ミアレ空港行き便はエキシビション前日と決勝四日前~決勝前日分は全地方発が売り切れ済である。当日便では重要な場面に間に合わないので空きはあるが、乗る意味がそもそもあまり無い
「後さ、目先の金に目が眩んでるけど、取れた皆だってやっぱりさ、見たいだろ、ダンデさんのエキシビション
いや、テレビ中継はあるよ?チャンピオンエキシビション、ダイゴvsアルフみたいに機材が壊れて録画がおじゃんとか無いだろうし、ネットで見返せるよ?それでもさ、直に見たいだろ普通」
補足だが、ダイゴvSアルフはカイオーガすら追い込んだダイゴとメガメタグロスに対し、ぶっつけ本番のゲンシカイキで挑んだ結果、カイオーガにより室内に雨が降ることまでは想定していたが室内に暴風雨が吹き荒れることまでは想定してなかった録画と放送機材が軒並みゲンシカイオーガによって吹き飛ばされた結果動画が残っていない
だが、流石にダンデvsセレナではそんな事は起きないだろう。ゲンシカイオーガクラスのバケモノは有名人である互いの手持ちに居ない。強いて言えばキョダイリザードンくらいだが、とても残念なことに、ダイマックスにはガラル粒子なるものが必要らしく、カロスではまず見せられないだろうという事なので出てこないだろう
「まあ、一応テレビでは見られるし」
「でもやっぱ、本物見たいのになー。だって、テレビ越しに見るだけでワクワクすんじゃん
『リザードン、キョダイマックスだ!』ってさ!」
俯いて目を瞑り、三本指を立てた手を天に掲げ、その少年は叫ぶ
普通ならばカフェでやればちょっと迷惑ではあるが、周囲の人の目は優しい。何故ならば、大体皆ダンデのファンではあるのだから。少年が憧れてリザードンポーズを取るくらい温かく見守る。ダンデとは、それだけのカリスマなのだ
「でもまあ、今回はダイマックスは無しだろうし」
「そこなんだよなー。幾らチャンピオン・ダンデでもキョダイマックス無しってなるとさー」
「その分、セレナさんもメガシンカをするか怪しいしな
ってかショウブ、お前どっち応援してるの?」
「モチロン、両方だ!」
「だよな!」
アズマとてそれは同じ。両方とも憧れの人で、だから応援したいに決まっている
同意の意味を込めて軽く握手し
『(バカは引き合うんですのね……)』
なんてテレパシーが飛んできて、すぐに離す
「んでさ、話は変わるんだけどさにぃちゃん。にぃちゃんはあのシンカ出来るのか?」
それで一区切り付いたからだろうか、突然ショウブが語るのは全く別の話題
「ああ、メガシンカか……。そういやショウブは?」
「ふっふっふっ
何とにぃちゃんとそっちのポケモンから貰ったダイヤモンドから腕輪作って貰ってさ」
自慢げに見せるその腕には、金属製のリング。黒光りするシンプルなそれに、桃色の宝石が輝く
「6つめのジムに挑戦する時から、遂に自由に使えるようになったぜ!」
「凄いなそれは」
アズマとて、やろうとしたことはある
そして、断念した
「おれは……無理だったよ。メガシンカ出来るポケモンが、コルニさんに聞いても手持ちに居なかった」
「何だよ、だっせーなにぃちゃん」
「……でも、お前に負けない凄いものは、おれとギル達にもあるんだぜ、舐めないでくれないか」
そのアズマの言葉に、にっと好戦的に、嫌味無く年下の少年は笑う
「なら、そのにぃちゃんのスゴ技、オレサマとリザードンが受けてやるぜ!」
「……良いぜ、やろうじゃないかショウブ!」
『(せ、戦闘狂が居ますわー!)』
ディアンシーが叫ぶなか、受けて立つとばかりにボールから飛び出すニダンギルと共に、アズマは好戦的に笑い返した