パチリと、暖炉の火がはぜる
……耳に痛い沈黙の中、火だけは音を立てて燃え続けていた
「……父さん、何が起きたんだ」
その沈黙を破ったのはアズマ
雪の上に倒れそのまま目を覚まさぬバドレックスを診ていた父は、顔を上げると静かに首を横に振った
「どうもこうもない。単純に、力を使い尽くしただけだ」
「それって、」
「他に何を言うことがある。力尽きた、それだけだ」
「じゃあ、どうすれば
ご飯とか?」
「普通のポケモンならばな
伝説とされるポケモンともなれば、また違うだろう。食事で元気になるとは限らん
そもそも、単純な体力が尽きた訳でもない
……では、どうする」
静かにアズマを見て、父はそう問いかける
「……力を取り戻してもらう?
でも、どうやって!」
「どうやって、か。どうやってだと思う?」
「……分からないよ!」
だから!と、アズマはそれを知ってそうな父を見上げる
「……豊穣の王伝説。正直なところ、オレはそれをランドロスか或いはゼルネアスの伝承の変形だと思っていた。故、巨人伝説の方が興味があった
だが、お前達がそれを覆した。豊穣の王バドレックス。それは、お前達が始めた伝説の調査だ
……ならば、もう少し考えてみろ、アズマ。お前も、オレのように伝説研究家になりたいと聞いたぞ?
直ぐに他人に頼るな、考え抜け
……それでもどうしようもなくなったらオレに言え。但し、その場合この先干渉はさせない。この借り宿に籠って貰う」
だが、返ってくる答えは何処までも冷たく
そのまま、父は口を閉じ、椅子へと座る
バドレックスを寝かせたベッドの側には、アズマだけが残った
「……分かったら、苦労しないよ……」
ぽつり、アズマは呟いて
カラン、と扉の鳴る音に、借りた一軒家の玄関を振り返った
「……チナ?」
外は寒い。今日は雪だ。だというのに、飛び出していく銀の髪の女の子
「……アズマさん!分かったです!」
「……分かった?」
「ヨさんに、元気になって貰う方法がです!」
「……何だって!」
その興奮気味な声に、跳ね起きるようにアズマは玄関へ向かう
「ギル!バドレックスを見ててくれ、頼む!」
それだけ言い残すや、外靴を履くのすら面倒と言いたい程に焦り、左右を間違えながら靴を履いて、アズマは雪空へと飛び出す
「チナ!本当なのか」
「思い出してくださいアズマさん、最初にあったとき、ヨさんは信仰が力の源って言ってました」
「じゃあ、おれがもっとバドレックスを信じてやれば……?」
「そうじゃないです!一人で頑張ろうとしすぎです!」
アズマの手を握り、ぶんぶんと上下に振りながら、少女は語る
「アズマさんはすごいですけど、それじゃ一人で頑張りすぎです!
そうじゃなくて、みんなです!おとぎ話だって全然ヨさんを信じてくれてない村の皆に、豊穣の王を信じて貰うです!
そうすれば、信仰が力になってきっと元気になるって……」
『ウルォード!』
「……そう、だな
やろう、チナ!皆に、バドレックスの存在を、おとぎ話なんかじゃないって事を……信じて貰うんだ!」
「お願いします!」
「お願いです!王さまのことを、信じてあげてください!」
……それから30分後
アズマ達の姿は、村の真ん中の畑にあった
豊穣の王の存在を信じて貰うといって、一番近い位置に居たはずのフリーズ村で、皆がおとぎ話だと言っているのに何をすれば良いのかなど、9歳のアズマには考え付く筈もない
出来ることは、ただ信じてくれ、あの馬ポケモンは伝説にある王の愛馬で、暴れた愛馬を抑えるために豊穣の王が力を使ったんだと。豊穣の王はおとぎ話なんかじゃないんだと、みんなを護ってくれたのだと、ただひたすらに叫ぶことだけ
「迷惑じゃ、叫びたいなら他でやっとくれ」
「……それでも、お願いします……」
当然、そんなもの通る筈もない。言って信じてくれれば苦労なんてない
けれども、愚直に言い続けるしか、アズマには手がなくて
「旅人よ、あまり子供に言いたくはないのじゃが……邪魔じゃよ」
向けられる村人からの視線は、冠を直していた頃の生暖かさは消えた冷ややかさで
それでも、アズマは横の友人とひたすらに頭を下げ続けた
石を投げられるような事は無かった
煩く騒ぐ子供達を、力付くで排除することも
それはきっと、微動だにせず二人の子供を見守るシアンの巨狼ポケモンが居なくとも変わることはなかったろう
だが、その声を村人達が聞くことは遂に無く
「止めよ、幼い旅人達よ」
遂には、村長が家を出て、アズマの前に立つ
「……でも」
「誰も、豊穣の王を信じたくなどない」
少しだけ目線はアズマよりも下にズレ
見下ろすように、老人は告げる
「これ以上村に迷惑をかけるのであれば、すまんが出ていって貰う事になる
これ以上は止めよ」
「……そうかもしれないけど、でも
あんな風に、像まで建てて、昔は王と、バドレックスと、そうして仲良くしてた筈なのに!」
「……人も見込めぬ。そろそろあの像も、撤去を考えていた所だ
みんな、豊穣の王は、おとぎ話の方が都合が良いのだ」
「……何でだよ!」
村にだって、色々な思惑はあるのだろう
信仰を無くして、豊穣の王が居るなら、こんな貧しい生活なんてしてないって思って
鉄道が引かれて、近くに冠リゾートが作られて。その豊かさに惹かれて、多くの若者が消えた、子供と老人だけの残る村。豊穣の王など実際に居る筈ない、だからこんなに苦しいんだと王を恨みながら寒さと貧しさに震えて眠った夜も、きっと村の皆にあるのだろう
それでも、と
レイスポスを止め、村人を護る為に、信仰を喪って人参数本を育てるのに疲れるくらいしか力が残っていないのに無理に力を振るったあの王を信じしてくれないのが、どうしようもなくかなしくて
「バカヤロー!
みんなの、バカヤロー!!」
思わず叫び、アズマは走る
どれだけ言っても聞き入れてくれないと分かっていて、ぶつけても仕方ないのも知っていて
やりきれない行き場の無い思いを、何処にぶつけられる事もなくて。友達すら置いて、雪道を一人、当てもなく走り
「ふげっ!」
当然のように、村人が踏み固め、氷として固まった雪に足を滑らせ、頭から脇道に突っ込んだ
「……何でだよ……」
雪の冷たさを唇に感じ、アズマは呟く
『ぴゅい!』
そんなアズマの頬を、無邪気に撫でる感触があった
「ふわふわちゃん、どうしたのかしら
あら、可愛らしい旅人さん?」
「……おばあさん」
それは、夜空色のポケモンを連れた、一人の村人の老婆であった
「あらあら、大丈夫かしら旅人さん?」
「……そうねぇ、みんな、信じるなんて言えないでしょうね」
老婆の家の中
少し上がっていきなさいな、そこの可愛らしい子も一緒にと家に通されたアズマは、シチューをかき混ぜる老婆から、そんな事を聞かされていた
「……でも」
「みんなね、怖いのよ」
「怖いって、何がですか
あいつは、そんな怖いポケモンじゃ……」
「旅人さん達は、最近来たばっかりだから、実感は無いかもしれないわねぇ。直ぐに像に気が付いて、その日のうちには直そうって思って
そんな旅人さん達は、おうさまが怖いなんて、思いもしないわね」
「そうなんですけど、じゃあ、みなさんは……」
アズマの横、貰ったホットミルクをちびちびと飲みつつ、少女が問いかける
「わたしが子供だった頃、既に像の冠は取れていたし、おうさまなんて居ないんだぜっていうのが、常識だったの
わたしも、10歳の頃には信じてなくて、でも、おうさまのお祭りが昔はあったのにって事だけは残念に思っていたわ」
「……仕方ないのかもしれませんけど
でも、それは」
「ええ。子供なら、また信じるのも簡単ね
でもね、みんな、おうさまの像を直そうとも、またお祭りを開いておうさまに来て貰おうとも、なんにもしなかったの。おうさまなんて居ない、助けてくれない、おとぎ話だって、ね」
「……」
その言葉に、アズマは何も返せない
返しても無意味だと、分かるから
「何年も、何十年も、わたしが子供だった頃に優しかったおじいちゃんの頃には、もうずうっと
そんなおとぎ話のおうさまが本当に居るって言われても、みんな怖いの
旅人さん達は、最初からおうさまを信じていたから大丈夫かもしれない。でもね
そんな風におうさまを忘れて、蔑ろにしてきたみんなはね。おうさまに恨まれてるんじゃないかって、そう思っちゃうのよ」
「あいつは、そんなポケモンじゃない!
恨んでるなら、力を振り絞って助けたりしない!」
「ええ、そうね。きっと、おうさまは優しいおうさまなのね
けれど、何年もそう思ってたら、直ぐに変えられるものじゃないの」
どこまでも優しい声音で、シチュー鍋を混ぜて、老婆は語る
「……はい。旅人さん
おうさまのお祭りシチュー、おあがりなさいな。本物は、もうおうさまのおうまの大好きな人参が取れないから作れないけど……」
「……ありがとうございます、おばあさん」
一礼。出された木の皿を見て、アズマは礼を言って
「お祭りのシチュー?」
ふと、その単語を気に止めた
「ええ。お祭りのシチュー
本当は、向こうに見えるおっきな木があるでしょう?あの下で、あの木の実と、おうさまのおうまが大好きな二種類の人参と、普通の人参の3つの人参が主役のシチューを作るの。おうさまとおうまと、この土地に感謝を込めて」
「……それが、祭りのシチュー……」
「といっても、もうあの木まで行くのも危険だし、おうまの大好きな人参は取れないし……」
「おばあさん、そのレシピ、教えてください!」
「ヨさんの、おうさまの為に、お願いします!」
「まっくろにんじん、まっしろにんじん、ミルクの海でこーとこと……」
ダイ木の丘
父に連れてきて貰った其処、天辺が白い大きな赤い木の下で、アズマは友人のチナ、そしてポケモン達と共に、其処に放置されていた鍋……はさすがに劣化しすぎていたので借り家から持ち出した鍋でもって、シチューを煮始めていた
「ぐらぐらおなべがなったなら、ダイ木あかい実花咲かせ……」
ヒトツキに切って貰い、教えられた歌の通りにその見上げる巨木の実を鍋に放り込む
「にんじん溶けたら、沢山の
畑の野菜をまぜこんで」
予め切っておいたジャガイモ、タマネギをチナが放り込み、優しい味わいのモーモーミルクでじっくりと煮込む
「最後にピリリとヒメリをぱらーぱら」
擂り潰したヒメリの実を振り掛けて、火を止める
「……良し、出来た!」
「つめたいにんじんさん、一本護れてて良かったです」
「……ホントだよ。無ければ、作れなかった」
チナが引っこ抜いて持ってきた黒いにんじん。バドレックスが護ろうとした白いにんじん。それらを使って完成したシチューを前に、アズマはしみじみと思う
白と黒とオレンジの人参が溶け込んだクリーム色のシチュー。白と黒は馬の色、そしてオレンジは人の色。そのメインとなる人参全てがダイ木の実とミルクから(タマネギやジャガイモは脇役として入っているが)出来たバドレックス色のクリーム色のなかに溶け込んだそれが、老婆から教えられた祭りの一品であった
「……バドレックス」
それに意味があるのかは分からない。祭りの品を作ったとして、それが信仰を取り戻す事になるのか、力になるのかなんてアズマには見当がつかない
けれども、意味があると信じて
父が近寄るポケモンを見張るなか、シアンのポケモンの背に乗せて連れてきたバドレックスの口に向けて、鍋からシチューを掬った木の匙を向ける
そして、その口に優しく流し込む
『……カムゥ』
二匙目。ゆっくりと、ウサギのような鹿のような顔立ちをしたポケモンが、その目を開けた
「ヨさん!良かったです……本当に、良かったです……」
ぐすんと涙ぐみながら、あまり粗っぽくする訳にも行かないので抱き付かずに頭の冠を、銀髪の少女が撫でる
『ウルード』
頷くように、シアンの狼も吠え
『バクロォース!』
更には、レイスポスまでもが嘶きと共に現れる
「……レイスポス!」
一瞬、アズマは身構え……
そして、首を軽く振りながら、警戒を解いた
駆け寄った黒馬は、遠慮無く鍋に首を突っ込み、シチューを食み出す
その背に、ひょいとアズマは抱えあげたバドレックスを乗せた
……抵抗はない。一心不乱にそのポケモンはシチューをなめ続ける
その背を、目を覚ましたバドレックスは優しく撫で擦る
『「……こやつも、ヨが信仰を喪い、苦しみ疲れていたのであるな……」』
威厳を出そうという口調に反し、妙に可愛らしい声が、アズマの耳に届いた
「……ん?」
『「……実に、感謝してもしきれないのである
至極感謝である。お陰で、ヨはまた愛馬とまみえることが出来た」』
『クロォース!』
『「ヨの愛馬レイスポス……。信仰なくシチューが貰えないならばヨに従うのはやってられないというだけで、シチューがあれば戻ってきてくれるか」』
響く、鈴を鳴らすような透き通ったチナの声とはまた違う、耳に残る甘い声
「……ノリがちょっと軽くない?」
「というか、この声、ヨさんですか?」
『「いかにもヨだ。人の子らよ。お陰で直接話せるようになった、感謝してもしきれないのである」』
「……なんか、いや外見とは合ってるんだけど……
口調から感じるイメージと声が違う……」
豊穣の王子が圧倒的不人気なのでヨは♀相当となりました
……可笑しい……一応元々王。の筈なのに……
話に出てきた豊穣の王バドレックスですが、今どうしてると思いますか?(アンケート結果によって出てきかたが変わります)
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ヨはフリーズ村振興V
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ヨはマント白ニーソの豊穣の王女
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ヨは白馬の豊穣の王子様である
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ヨはありのままのヨである
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村の人参ウメェー!外とか行かない