ポケットモンスター &Z   作:雨在新人

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劇場版ポケットモンスター&Z ヨと豊穣の帝王LANDORUS part7

『……オード?』

 前足に顔を埋めて眠っていた青い狼のポケモンが、漂う香りにふと顔を上げる

 

 「シア、起きた?

 ダイ木の実の砂糖煮ならあるけど、食べる?」

 そんなポケモンを見て、アズマはこれはシアのだからとやはり全部食べたそうなレイスポスから死守した鍋の取っ手を持ち、見えるように中身を傾けた

 『ォード!』

 一声鳴くや、シアンのポケモンは行儀良く立ち上がり、そして体勢を直して伏せる。人を良く知るポケモンの礼儀正しさを見て頷き、アズマは……量がそれなりにあるので、待つ間に少し冷えた鍋ごと目の前に置いた

 

 「どうせ洗うから、そのままどうぞ

 それとも、ちょっと熱いから嫌?」

 大丈夫だとばかりにその前足でちょんと鍋を叩いて温度を確認すると、巨狼は鍋の中でざく切りにされて煮込まれた甘くこってりした実に牙を立てた

 

 「……さて」

 父はとっくにカレーを食べ終わり、近くの水辺で皿を洗い終わって此方を遠巻きに見守っている。フカマルは地上付近を飛ぶヒトツキやドラパルトの子竜と鬼ごっこして遊び、ボーマンダとドラパルトの親竜は子供のポケモン達が野生のポケモンに襲われないように空にその威容を晒して威圧していた

 

 そんな状況で、アズマは横でニコニコしている少女や、少しだけ不満げなレイスポスの首を撫でて落ち着かせているバドレックスと最後の話し合いをすべく、言葉を切り出した

 

 「レイスポスは落ち着いてくれたし、シアも元気に……なれるかな?」

 「頑張ったですし、きっと美味しいです」

 「うん、そうだね

 だとすると……」

 アズマは、カンムリ雪原の果て、ダイ木の丘とは村方面を挟んで逆に聳え立つ山を見上げる。中腹近く、かつての雪深い畑にまでは行ったが、本来最後に目指すべきは山頂、豊穣の王を奉る神殿だ

 そして今は……伝説のポケモンであるランドロスが、ブリザポスを従えて待ち構える場でもある

 

 「バドレックスの為には、行かないといけないかな」

 「『その事なのであるが……』」

 大きな蕾の頭を揺らして、小さな豊穣王が告げる

 「『ダメなのである。今のヨでは、敵わぬのである』」

 「確かに、ブリザポスもランドロスも恐ろしく強いポケモンだ」

 こくりと頷いて、アズマは同意する

 

 そして、父からお前に必要ない気もするがと渡されているボールを手の中で握った

 「どっちかゲット出来たりしたら何とかなる気はするけど、多分認めてなんて貰えないだろうし……」

 「おうまさん、ヨさんが立派なところを見せたらヨさんのところに帰ってきてくれたりしませんか?」

 「『そうではないのである』」

 「あ、違ったんだ、ごめん」

 

 謝るアズマに良いのであると言いながら、小さな手でバドレックスは何かを持つようにして、虚空を引く動作を行った

 

 「人の子等よ。今のヨを見て足りないものは感じないであるか?」

 その言葉に、アズマはチナと共に馬上のポケモンを見た

 

 特に変なところはない

 足りないと言えば威厳……くらいにも見える。バドレックスそのものの造形が豊穣の王の異名を持つ伝説のポケモンにしては、同じく豊穣のポケモンであるランドロスに比べてあまりにも愛らしさしかないが故に、伝説の割には威圧感が無い

 「無いかな」

 「あ、」

 しかし、横の少女はアズマとは違う感想だったようで……

 

 「チナ、何か足りないものあった?」

 「アズマさん、ポケモンに乗る時はどうするですか?」

 「え?頼んで背に乗るけど……」

 「そうですけど、そうじゃないです!

 ヘッドギアとか、付けること多くないですか?」

 言われてみればと深く同意して、アズマは改めて鹿のような兎のようなポケモンを見返す

 ヘッドギア……は必要ないだろう。冠のような角と蕾が頭より大きく、万が一投げ出されても割と安心に見える

 では、他にポケモンに乗る際に良く使われるものは……

 

 「鞍?」 

 サメハダーといった、体に下手に触れると怪我をするポケモンと海を行く際の必須器具の名前をアズマは出した

 「手綱もかもしれないです」

 「『タヅナである』」

 「手綱なんだ。確かに無いけど……」

 「『かのタヅナで結ばれたヨと愛馬は正に【じんばいったい】』」

 「ポケ馬一体じゃなくて?」 

 「アズマさん、ポケポケ一体になっちゃいますよ?」

 「なら、神馬一体で良いのかな?」

 

 「『こほん、である

 心と体を一つに縦横無尽に駆け巡るのである

 されど今やヨの手元にタヅナは無く、只乗っているだけ……ああ嘆かしや』」

 「つまり、本来は手綱を付けてやると二体で合わせて凄い力を出せるけど」

 必要かとばかりに近付いてきたボーマンダの頭の上に、チナがフカマルを乗せる

 『フカァ!』

 高い高いと喜ぶフカマルと、バランスを取って頭を上げてやるボーマンダ

 

 「今は、これとそう変わらない状態、ってこと?」

 「『同意である

 ヨとて、豊穣の王として頑張りたいのであるが……ランドロスめに力を見せられぬ今は致し方無し』」

 「何とかして、その手綱を作らないといけないんだ」

 「『迷惑をかけるのである』」

 「大丈夫。頑張ろうチナ」

 「ポケモンさん達も一緒に頑張るです!」

 少女の言葉に合わせて、ヒトツキがアズマの回りを一周し、

 『ウルォードッ!』

 『フカフカァッ!』

 二匹のポケモンが同意するように鳴いた

 

 「じゃあ、手綱を作らないといけないんだけど……」 

 脳裏に何か引っ掛かるものを感じ、アズマは少しだけ悩む

 「チナ、村長さんの家に、そういう資料無かったっけ?」

 

 食べ終わった鍋を洗い、フリーズ村へと戻ってくる

 確か、前は今は読まなくて良いと飛ばしたページに手綱についても何か書いてあったような……という記憶に基づいて、今一度村長を訪ねるために

 

 そうして、微妙な顔をされながらも村長の家に居れて貰い、資料を見て……

 「難しいね……」

 アズマの口から出たのはそんな言葉だった

 

 「『どうだったのである?』」

 借りている家に戻ると、暖炉の前でふよふよと浮いていたバドレックスがそんな言葉をかけてくる。外では伏せるシアンの巨狼に見守られ、村で何度も野菜泥棒していたからかバツが悪そうなレイスポスが半透明になりながら大人しくテントの中に寝転がっていた

 

 「材料は分かったよ

 まず、王の馬の鬣。それが記述は微妙に分かりにくかったけど……多分両方、つまりレイスポスとブリザポスの分」

 「そこが難しいんですよね……」

 暖炉に当たって暖まりながらチナ

 「レイスポスさんは兎も角、ブリザポスさんの分は……」

 「オレが持っている」

 そう言ったのは、アズマの父であった

 

 「父さん。持ってるの」

 「礼ならばあのポケモンに言え。オレはお前の為にブリザポスを追い払った時に噛み千切ったものを回収していたに過ぎん

 本来は持ち帰って研究するつもりだったがな、必要ならば仕方ない」

 「そっか、シアが……後でもっとお礼言わないと」

 「一緒に言うです」

 「うん。まずは第一関門は突破で……」

 言いつつ、机の上に父から渡された白くて冷たい鬣とシアンのポケモンが畑を守る際に噛み千切っていた鬣を置いて、アズマは見た資料を思い返す

 

 「愛馬の鬣なんかを編み込むのに、確か……強靭でしなやかな何かが要るって」

 「そっちも難しいです」

 「『具体的にはなんであるか?』」

 「分からない」

 アズマは首を傾げた

 

 「バドレックス、何か覚えはない?」

 「『むぅ、ヨがキズナのタヅナを人から献上されていたのは何分昔の事であるが故……

 難色……そも、毎度少しづつちがっていたような……』」

 

 「つまり、割と何でも良い?」

 「それなら……あれ?だとしても強靭でしなやかで長くて……編めるものって何があるです?」

 「そこなんだよね……」

 そんな都合の良い素材、アズマには覚えがないし、近くで見た覚えもない

 

 「『むむ……難しや……』」

 「例えば、ミアの毛……じゃ流石に足りないかな?」

 ふと、アズマは思い付くが

 「トリミアンさんです?」

 「加工出来んし、そもそも家で留守番しているだろう」

 不可能な事として切り捨てられる

 

 「やっぱりダメか……」

 と、その時、借り家の窓がトントンと叩かれた

 「あ、ごめん。話に加わりたかったんだな、シア」

 窓に鼻先を押し付けるのは、大柄な狼のポケモン。そんな彼女が話せるべく、アズマは窓を開けて……

 

 「寒っ」

 吹き込む風に小さく身を震わせた

 

 『スォード!』

 小器用に前足を縁に乗せて顔を開けた窓から室内に突っ込むと、そのポケモンは優雅に編まれた赤い髪のような毛を靡かせて、一声吠えた

 「シア?」

 見せ付けるように、そのポケモンは……初めて出会った時に枝が絡まっていたのでアズマが櫛ですいて編み込んだ赤い毛を揺らす

 「ちゃんと編めてるよ、シア?」

 『ォード!』

 ひょっとして編んで欲しいのかと思いきや、ほどけかけていたりはしない

 不思議に思うアズマの前で……人に友好的な豊穣の王はその目を真ん丸に見開いていた

 

 「『ほ、本気であるか……?』」

 「ん?バドレックス?」

 「『人の子よ。この鬣を使って良いとの事である』」

 バドレックスの言葉に同意するように、シアンの狼は一声吠えて揺れる赤い毛を頭を振ることでアズマの方へと向けた

 

 「……そっか」

 良いのかと訊く気は無い。良いからこそ、こうして吠えている

 その事はアズマにも分かるから、何も聞かずに相棒を呼ぶ

 

 ポケモンは基本的に大文字に焼かれようがエアスラッシュで斬られようが大きく姿が変わらない程に頑丈だが、ポケモン自身が認めれば毛等一部は刈り取ることが出来る。そうでなければ、トリミアンのカットなんて出来る筈もないし、メリープ毛の布団だって作れない

 「ありがとうな、シア

 使わせて貰うよ。あと、後で編み直すから」

 アズマはその三編みの鬣らしい毛を一端ほどき、両側から1/4ずつくらいの量を選り分ける

 そして……

 

 「ギル!」

 アズマの声と共に、シアンの狼の選り分けられた鬣を、ヒトツキが切り落とした


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