『「それで、以上であるか?」』
「いや、あと一個素材が要るんだけど……」
感心感心と頷く伝説のポケモンに、アズマは少しだけ言いにくそうに言った
「これが一番難しいかもしれないんだ」
『「何と!それほど難のあるものであるか」』
「かがやくはな、っていうものが必要なんだって話なんだけど……どういうものなのかすら検討もつかないんだ」
「かがやくおはな……シェイミさんみたいなポケモンさんなら知ってるでしょうか?」
「分からない。分からないから困るんだ
手掛かりも何もないし……」
『「そうであったか」』
「バドレックス?」
何か感じ入るように目を閉じたポケモンを見て、アズマは首をかしげる
『「人々がヨにタヅナを捧げなくなったのは、ヨを忘れたからと思っていたが……ヨがその材料を咲かせなくなったからであったか
随分とながく、勘違いをしていたのであるな……」』
「でも、ヨさんにそれをちゃんと言えばきっとわかりあえたです!」
何か反省の心を抱いていそうなバドレックスに、チナはフォローのように言葉をかけ
「それにさ。今分かったからもう大丈夫
……というよりも、ひょっとして咲かせられるの?」
『「かがやくはなとは、ヨが咲かせるとある花のことなのである
美しく青く輝く青い花……ああ懐かしや。かつては祭りの度に咲かせたものであるが……力を大きく消費するので何時しかヨは咲かせなくなっていったのである」』
「そうやって、おうさまへの感謝、小さなことが重なって忘れていっちゃったですね……」
銀の髪の少女が話を聞いてしょんぼりする
そもそも豊穣の王のお陰の生活に馴れて感謝が減ったのが原因では?という言葉を、アズマは無粋過ぎるなと呑み込んだ
『「しかし、もう誤解はないのである」』
「花、咲かせられる?」
『「疲れは激しいが、これもヨの愛する地を取り戻すため……
人の子等が精一杯なのにヨが横着は出来ぬのである」』
そう言うと、小さな伝説は頭の冠のような蕾を淡く光らせ、目を閉じてむむむ……と唸る
『カムカクラーゥ!』
ぽん、と小さな音と共に、その掌に一輪の青い花が咲いた
『「たった一輪……足りるであろうか」』
「きっと足りるよ、装飾というか、王と馬を結ぶための王の象徴として……ってものらしいから」
『「うむ!人の子よ、頼むのである」』
そうしてアズマは、手にした材料を手に……写させて貰った資料を元に編めるか挑戦してみる
が……
「よし出来た。シア、これで良い?」
再び三編みと思いきやイヤイヤをする狼相手に、ならばと根元をリボンで縛ったツインテール状にした鬣ををリングを作るように結い、アズマは現実逃避をしていた
「アズマさん、がんばです!」
『ウルォード!』
『フカァッ!』
ポケモン達やチナも口々に言うが……
「え?これ、どうやるの」
書き写した資料を前に、アズマは頭を抱える
遥か昔の資料には、確かに手綱の作り方そのものは書いてあったのだが……編みかたの記述は曖昧で、しかもガラル編みなる基礎となる部分に白馬の鬣を組み込むアズマの知らない技法を使うと書かれていたり……。とても、家で雑誌片手にトリミアンのカットを趣味でやっている程度のアズマが作れるような代物では無かった
『「失敗を恐れてはいけないのである」』
「でも、失敗したら下手したらシアの鬣をもう一回貰うことになるし、しろいたてがみが足りなくなったらどうしようもなくなるから、下手な事は出来ないよ
絡まってほどけなくなったらどうするのさ」
「む、難しいですね……」
やっぱり、手を借りるしかない
そもそもだ。此処は……バドレックスとフリーズ村、いやガラルの問題から始まったことだから。外から来た自分がどれだけ頑張っても、それだけじゃ駄目なんだ
そう思ったアズマは、素材を手に再度、村長の家を訪ねていた
伝統的な編み方だって、村長なら分かるかもしれない。そう思って……頼み込む
「お願いします!」
「ヨさんの為に、おうさまの為に!お願いです!」
けれど、厄介そうにしながらも出迎えてはくれた村長は、苦い顔をする
「旅人よ。何度も言うが……」
「でも、今からだって、やり直せる!違うんですか!
確かに、王の事をお伽噺としていた事があって、受け入れにくいのかもしれませんけど、それでも!
やり直せない訳ではないでしょう!」
「『その通りである』」
突然、父の声が響いた
アズマが振り返ると、ふよふよと浮いた父と共に、黒い愛馬に跨がったバドレックスがゆっくりと歩いてきたところであった
隠す気は無い。堂々と、その伝説は自身の実在を示すように、村の最中を……まあ仕方ないですねと言わんばかりにツーンとした振る舞いのシアンの巨狼を引き連れて行進する
「バドレックス!?」
自分で人間に言葉を伝える力すらもまた無くなるくらいに消耗したのかと思うも、何処か誇らしげに闊歩するレイスポスを見るにそれはない
「豊穣の、王……」
その姿を見て、村長は固まる
当然だろう。お伽噺として蔑ろにしていた伝説が、像通りに馬のポケモンに乗って姿を現したのだから
「『人の子よ』」
父の口を通して出る言葉に、あっ……とアズマは理解する
確かに父の口を借りるべきだ。バドレックス単体で話しては……声の質が甘く柔らかすぎる。元々王という言葉にしては小さく可愛らしい姿なのに、声まであれでは威厳というものが足りないから、男性の声帯を借りているのだろう
「良いの?」
「『ヨに任せるのである
オヌシ等に任せて隠れていては王として情けなや……やはり、ヨがせねばならぬ』」
決意を込めた顔をしたガラル王たるそのポケモンは、黒い愛馬を止めて村長の前に立った
「『ヨはバドレックス
豊穣の王と呼ばれし者』」
一度だけアズマ達によって冠を直された像を見て、そのポケモンは改めてその名を告げる
「『長き時を経て、ヨは忘れ去られ……力を喪い、人を嫌い、姿を隠した』」
大きくポケモンは小さく短い両の腕を拡げる
「『しかし、遠くより来る人の子等によって、ヨは思い出した
人々の温もり、優しさ、そういったものを』」
「王よ」
目の前に居られては、必要ない等とは言えはしない。だから、村長は口ごもる。集まってきたフリーズ村の人々も、何も言えずにただ遠巻きに見守るしかない
それは、恐れられていた光景。もはや信じていないからお伽噺の方がいい。豊穣の王が実在したら、忘れ去った自分達を恨んで、仕返しをするかもしれないから
そんな王が、本当に姿を見せた。姿を現したバドレックスを見守る人々の目には、明らかな怯えが浮かんでいた
「『やはり、ヨは……この地の人々が、自然が、ポケモン達が……その総てが輝かしく、愛おしいのである
久しく忘れていたその事を、小さな旅人はヨに教えてくれたのであるな』」
から、から、からと自分の口でそのポケモンは笑い、手を叩く
「『そも、ヨにも問題はあった。オヌシ等が忘れるのも、口惜しいが仕方なし
悲しい過去は変えられぬのであるが……未来は変えられる
人の子等よ、今一度、ヨとやり直してはくれぬか?』」
「王よ、それは」
「『最早村は貧しく、豊穣の王とは名ばかり……
そんなヨと、豊穣を取り戻して欲しいのである』」
『レイホォォォス!』
締めとばかりに、レイスポスが嘶いた
その言葉に、村長は……じっとアズマ達を見る
同じ主張をしてきた、ガラル外から来た子供達を
「この村を、変えようとするか」
「変えるのは皆です、村長さん。おれ達は……単に、バドレックスの為に頑張っただけ」
「皆が変わってくれないと、意味ないですから」
「……その通りじゃな」
王がしっかりと言葉にした。恐怖からか、失望からか、さもなくば諦めからか……姿を消していた王は、誰の非も責めることなく再び姿を見せたのだ
まだまだぎこちないながらも、村長は……漸く憑き物が落ちたように小さくうなずきを返した
「少年。その手綱の材料を渡しなさい」
「っ!はいっ!」
「『かんら、から、から……』」
目を細めて、バドレックスが喜ぶ
そして……
「ならばかつてのように祭が要るだろう」
「あ、父さん」
何時かのように自力でポケモンのテレパシーを解除して、アズマの父ナンテン博士が呟く
「確かにそうだけど、でも……」
「アズマ。オレが豊穣の王伝説を本格的に追う事にしておいて、何も頼まなかったと思うか?」
「え?」
「フリーズ線で運べる限り色々と注文してきた。どれだけかかるか分かったものじゃなかったからな
祭のために好きに使え。必要経費だ」
その言葉に、村長が目をむいた
「旅人よ、それは」
「オレは伝説研究家だぞ?かつて伝説へ捧げた祭の再現を、伝統が未だ残る村に頼んでいるだけだ。オレの仕事の一つに過ぎん」
言外にだからしっかりやれよ?と釘を刺しながら、父はそろそろ到着するだろう荷物を積んだ列車を出迎えるべく、ボールからボーマンダを出すや颯爽と飛び去っていった
注意:バドレックス(れきせんのおう)はゲームには実在しません
この作品ではキズナのタヅナにザシアンの鬣を使うから、一応理論上あり得るだけです
バドレックスには幾つかの姿がありますが、好きなものは?
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黒馬上の姿(エスパー/ゴースト)
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白馬上の姿(エスパー/こおり)
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ヨ(エスパー/草)
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歴戦の王(フェアリー/エスパー)