そして、数日後
「さあ!今年も8つのバッジを揃えた偉大なポケモントレーナー達による、その歳の最強チャレンジャーを決める祭典が今!正に!始まろうとしている!」
マイクで拡声されたキーンと響くそんな声がアズマの耳に響く
此処はミアレシティに存在するダイスタジアム。大規模コンテストや……こうしてポケモンリーグ大会にも使用される場所だ
ポケモンリーグ挑戦権こそチャンピオンロードを抜けてカロスリーグ本部へと手続きをしに行かなければならないのだが、人々が見やすいように大会そのものは毎年ここミアレシティで行われる
そんなスタジアムの熱狂は、例年高い倍率を誇るチケットを買い直接見ることが出来る優越感……等もあるだろうが、多くは違う
初日の最初の戦いこそがエキシビションマッチ。他地方の実力者を招いて前年優勝者と戦って貰うという、観客だけでなく参加者への激励にもなるドリームマッチ
そして、今回のゲストこそは、ガラルの生ける伝説、9年通してのガラルトーナメント通算勝率9.000。相棒のリザードンと共に少年に莫大な人気を誇るガラルチャンピオン、ダンデである
伝説のポケモン……それもカロスに伝わるあのゼルネアスと共にリーグを駆け抜けたカロススターに相対する相手として、同じ女性でチャンピオンなシロナさんの次くらいに相応しい相手だろう。カルネさん?あの人はカロスチャンピオンだから端から選択肢にない
確か、事前の予想アンケートではシロナさん30%、ダンデさん29%、元ホウエンチャンピオンで実力は同等以上なダイゴさんが3位で15%、アデクさんが12%……って感じでずらりとチャンピオン名が並んでた筈だ。例外は5%程居たその他(アルフさん)だけ
その彼も現ホウエンチャンピオンミクリさんの弟子で、あのゲンシカイオーガを従えている人だし……明らかに今年のエキシビションは注目度が例年とは違いすぎる
皆、伝説のポケモンや伝説扱いされるトレーナーの戦いをその目で見たくて仕方ないのだ
例年だってエキシビションがメインと言う人も居るくらいだが、今年はもう仕方ないだろう
そんな熱狂の中、そことは隔離された関係者席で、アズマは昨日買った礼服のネクタイを気にしていた
「……うーん、ちょっと合わなかったかな……」
「アズマさんにしては珍しい色です」
と、横で同じく関係者席に入ってきた銀髪の女の子が呟く
「前の服はダメなんですか?」
「ダメダメだよチナ。おれの前の礼服って、フラダリさんに憧れて色揃えた奴だからさ
おれ自身はあの人は辛く考えすぎて行き過ぎたけど志は正しかったって思ってる。でも……」
と、アズマは窓の外から蒸し暑くなっているだろうスタジアムに押し掛けた人々を少しだけ寂しそうに見た
「皆にとって、もうフラダリさんは恐ろしい悪だ。そんな相手っぽく仕立てた服なんて人前で着れないよ」
「で、ですよね……。わたしも、アズマさんには悪いですけど、酷い人だって気持ちはあるですし」
「実際、やったことは酷いことだよ。酷い人でもあることは、おれだって分かってる。フレア団も、それの影響を受けてそうな彼等も、おれは許せない
でも、あの人の気高かった想いの欠片……赤いネクタイくらいと思ったけど、青系のスーツにはちょっと間違えたかな……」
『(……です、わよね)』
実際にジャケットの一団に襲われていたディアンシーがバッグから顔を覗かせつつ相づちを打つ
そんな風に場違いな話を呟いていると、チナと二人+ディアンシー一匹だった関係者席の扉が開いた
「あ、おはようございますです、シロナさん」
「あとNさん、久し振りで……」
と、アズマは固まる
「ってNさん!?こんな大都市の大イベントに居て大丈夫ですか!?」
一般的に、Nは一部ファンこそ居るものの、プラズマ団事件の首謀者の一人として追われる立場である。プラズマ団自体、ポケモン愛護の精神は間違いなく持っていた事から今ではイッシュ地方でボランティア団体として贖罪に励むメンバーも居るらしく、多少は受け入れられてきたものの……一般人からそこまで良い顔は間違いなくされないだろう。フラダリ風礼服のアズマと同じだ
「問題ないさポケモン達にとっても大事なトレーナーと共に挑むバトルは決して悪ではないと」
「いえ、そうではなく」
「大丈夫よ。今の彼はそこまで危険人物ではない……というのが見解だから
とはいえ、誰も同行せず野放しとまでは行かないけれど」
「あ、良いんですね」
「関係者席と言っても、此処は訳ありな人達向け。他に誰も来ないから安心して」
じゃあ、とアズマはVIPルーム的にかなり豪華ではある(家のソファーと同じくらいふかふかの寝られる大きさのソファーが真ん中に2つ置かれていたりする)が贅沢に空きスペースがある天井の高い部屋を見回す
「皆を出しても?」
「……新米ジムリーダーさんから頼まれてるわ」
「……良かった」
と、アズマは四つのボールを構える
「ギル!サザ!アーク!」
だが、呼び出すのは三匹だけ
流石にイベルタルなんて伝説を下手に外に出してはやれない。そう思ってアズマは彼……いや彼女かもしれないポケモンも外を見やすいようにボールを一つ手で持ったまま、残りの皆を共に観戦する為にボールから出す
「……アズマさん、その子は?」
「ベルはちょっと大きさが……」
入りそうな広さはしている。翼を下手に拡げて暴れなければ少し小柄な個体……なのでは?とアズマが勝手に思っているイベルタルは部屋に収まるだろう
だが、アズマはちょっとだけ不満げに揺れるボールを撫でて宥めながら、そう告げ……
「ん?チナは?」
と、アズマは幼馴染に問い掛けた
「チナもポケモン達と一緒にエキシビションを見ないの?」
「あはは……わたしも、連れてきているポケモンさんがちょっと大きくて……」
と、困ったように笑うチナ
シェイミは今日は頭の上に乗っておらず、フカマルは母の手伝いに置いてきたらしく……そういえば、アズマは他の手持ちを知らない
「大丈夫よ、チナちゃん」
「君の運命に枷は要らないよ」
と、保護者……ではないが、見守るチャンピオンと伝説に選ばれたポケモンの王がそれぞれを諭す
「でも」
『ババリッシュ!』
ボールから飛び出してきて、大人しく尻尾のエンジンの光を灯さずにマジックミラーな窓から外を見るのは伝説の黒竜ゼクロム
そして、その瞬間
「あ、Dia様勝手に出てきちゃ」
ゼクロムの存在に触発されたのか、勝手に少女のボールが開き、一匹……いや一柱の巨大な四つ足の神が現れる
そして……
「ベル!ストップ!」
ボールに収まってちゃいられないとばかりに、アズマの背後に紅の巨鳥が降臨した
『GubGuryyyyy!』
『イガレッカ!』
ほぼ同時に少年少女の手のボールから降臨した巨獣がちょっと抑え目に吠え、
『(か、怪獣大戦争ですわー!)』
姫がテレパシーと共に何も見てませんと言わんばかりにアズマのバッグに飛び込んで閉じ籠る
「イベル……タル」
「像の印象より大分小さいけど、この姿は……まさかディアルガ!?」
「あは、は……」
だがしかし、一瞬で皆の間に走った緊張は……
「Dia様、わたしはだいじょぶです」
「ベル、落ち着いてくれ。チナがおれにとって危険な筈が無いからさ」
アズマが自分を守ろうというかのように翼の羽毛で包もうとしたイベルタルの額を数度撫でると即座に氷解した
『レッカ!』
「あんまり出してやれなくてごめんな
でも、お前を下手に人前で出したら大惨事になるんだ分かってくれベル。旅の最中なら幾らでも遊んでやるから」
撫で続けると、イベルタルは破壊ポケモンというその分類からすれば異様だが……人懐っこいポケモンのように撫でる手に自ら額を擦り付け、目を細める
興味を喪ったようにディアルガ……と思われる金剛の胸を持つ青い巨獣は少女の横で前を向き、最初から知ってたとばかりに大人しかったゼクロムはNの横から欠片も動いていない
「あれ?チナ、イベルタルが……」
「えっと、実はアズマさんとそのイベルタルのことはシロナさんと一緒に聞いてて……最初から知ってたです」
「そっか……」
だから落ち着いてるのか、とアズマは一人納得しようとして……
「いや、ちょっと待ってくれチナ
そこのディアルガは一体!?」