「ギル、任せた!」
最初の指示は曖昧
だが、これで良い。此方の勝利条件は怯えるディアンシーを守る事。勿論アズマだってバトルに負ける気はないが、気を取られている間に高性能なボールで無理矢理な捕獲をされるのが最悪の負け方だ。ヒトツキはその想いを汲み、しっかりと守ってくれるだろう
ボールの持ち逃げにだけは気を付けつつ自身が捕獲してしまうのが一番楽……なのだが、それでは謎ジャケット達と何ら変わらない。寧ろ保護の名目で騙す分更に悪辣かもしれない
「ズバット、『あやしいひかり』を!」
「ズルッグ、潰せ!」
「サザ、まずはよけろ!」
指示はまちまち。科学者風のジャケットは搦め手を、筋肉は直接的な突破を、それぞれ行うようだ
それに対し、アズマの行動は様子見。あくまでも最初は出方を見る。幾らヤヤコマとは何度も戦闘したとはいえ、本格的なバトルを繰り返しての信頼関係は、まだアズマとモノズの間には無いのだから
横目でヒトツキを確認する
指示通り、ディアンシーを護るようにその眼前に浮かんでいる。剣と盾のギルガルドであれば、王女を守る騎士っぽくてさぞ絵になっただろう。心配はいらない。きっと何時ものように守らなくても良いスキに『つるぎのまい』を行い、勝利への布石を用意していてくれるだろう
一方、モノズ側は……
ズバットの口から放出されたふわふわとした光がモノズの顔の前でくるくると回る
その後ろから、ズルッグが頭を前にしてロケットのように飛び掛かった
恐らくは、『ずつき』
「右!」
アズマの声に合わせ、モノズがしっかり右へと跳躍し、頭突きをかわす
目が悪いモノズには、『あやしいひかり』の効きは悪いのだ
勢い余ったズルッグは、そのまま近くの木へと激突した。幾ら頭突きとはいえ、多少のダメージは追うだろう
「『りゅうのいぶき』!」
そうして、反動で動きが止まる。相手に当てたならば兎も角、木に当たっての硬直は明確な隙になる
ならば、そこを狙わない手はない
モノズの口から、息吹が吹き出す。それは一直線にズルッグを狙った
だが、ズルッグとて頭突きを行う程の石頭。直ぐに立ち直り、避けようとする
そこを、影から飛び出した剣が叩き下ろし、その場に押し留めた
「ギル、ナイスフォロー」
『かげうち』だ。全体的に木々の薄暗い影の中、離れた場所からであっても奇襲は容易
頭を打たれ、回避がままならなかったズルッグは、そのまままともに息吹を受けた
木に再び、今度は背から激突したズルッグは、だがしかし立ち上がろうとする。まだ戦闘不能ではない
だが、その身が痺れたように硬直する。『りゅうのいぶき』の追加効果、麻痺だ。息吹に含まれるドラゴンのエネルギーが、たまに相手の体を痺れさせる
ある程度ズルッグは無力化した。ならば、アズマの次の一手は
「ズバット。トレーナーに『あやしいひかり』!」
「ズルッグ、少年から潰せ!」
淡い光が視界をぐるぐるしたかと思うと、世界が4つに分裂した
いや、アズマの目にそう見えるだけだ。世界はどうもなっていない。だが、アズマの目には、四分割された世界しか映らない
左上の視界では、ズルッグとズバットは右の方に居る。が、他の視界では違う
どれかは恐らく本来の景色。だが、それがどこであるか分からなければ頓珍漢な指示になるだろう
「サザ、ズバットに『だいちのちか……」
言いかけて、止まる
バカだろうか。羽ばたいて飛んでいるズバットに対し、地面のエネルギーを吹き出させる『だいちのちから』が当たる訳もない。隙を晒させるだけの悪手の極みだ
やはり、混乱しているようだ
と思った所で、足に強い衝撃を受けた
思わずアズマは足を押さえしゃがみこむ
痛みで混乱が解け、視界がクリアになる
ズルッグに足を蹴られたのだ。恐らくは『ローキック』。痛みを我慢すれば歩けない程の怪我ではないが、内出血は、しているだろう
筋肉の男が、近付いているのが見える
だが、痛む足では避けられ……
木が、アズマとズルッグ、そして男を分断した
ヒトツキだ。木を斬り倒して障害を作ってくれたのだろう。更には
「サザ、木の上から『あくのはどう』!」
倒れた木により高さを稼げば、飛行しているズバット相手にも、当てやすくなる!
「『ローキック』だ!木を砕け!」
「『きゅうけつ』で迎え撃つのです!」
だが、そこまで上手く事は運ばない
相手だって当然ながら対応してくる
そう。けれどもそれで良い
最初の攻防で大体の地力は確認した。流石はサザンドラになるポケモンといった所か、モノズの力はズバット達をそれなりに上回る。ヒトツキについては言わずもがな
つまりは、此方の指示ミスさえなければ順当に勝てる相手ということ
モノズの口から、黒い波動が溢れ出す。『あくのはどう』、悪タイプが得意とする、悪タイプのエネルギーをぶつける技だ
迎え撃つ用にズバットが迫る。体勢を崩そうと、ズルッグもまた
「サザ、目標ズルッグ!」
放たれる瞬間、突如として更に波動が膨れ上がる
モノズの頭よりも大きくなった悪のエネルギーは、そのまま痺れて動きの鈍いズルッグを飲み込んだ
下方向へ発射した反動でモノズも浮かび上がり、その下を空しくズバット が牙を立てようとして通りすぎる
「ギル、『かげうち』でズバットを」
カンッと軽い音がして、此方へモンスターボールが飛ばされてきた
恐らくは、科学者風の男が投げたものを弾いたのだろう。ヒトツキはしっかりとディアンシーを保護してくれているようだ
だが、逆に言えば別の行動をしなければならないということ。ズバットとズルッグは、アズマとモノズに任されたという事にもなる
「ならば!」
波動が止まった時、ズルッグは地に倒れていた。完全に、戦闘不能
「トレーナーを倒せば終わりです!『あやしいひかり』からの『きゅうけつ』!」
モノズに避けられ、アズマ近くまで来ていたズバットの口から三度光が放たれる
再度、アズマの視界が分裂した
「がっ!」
混乱の隙に首を何かに捕まれ、持ち上げられる
恐らくは、筋肉の方。いつのまにか、木を乗り越えて来たのだろう
更に首筋に痛みが走り、頭に霧がかかっていく
ヒトツキに生命エネルギーを吸わせた時と似た感覚。吸血されているのだろうと当たりは付くが、視界が狂っていて確認出来ない
「ギル、サザ……撃つな!」
咄嗟にアズマの口から出たのは、そんな言葉であった
最悪、トレーナーを殺すか気絶させてしまえば、ポケモンは無力化出来る。それは間違いではない。倒したトレーナーからモンスターボールを奪って閉じ込めてしまえば良いのだから
だが、それでも、そこまでの事を、アズマはしたくなかったし、ポケモン達にもさせたくなかったのだ
そんなことは、悪の組織のやる事なのだから
「捕まえたぜ少年」