大海原の祖なる龍   作:残骸の獣

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スパンダム編クライマックス、原作キャラ死にますので注意!


次回からいつもの感じに…出来ればいいなあ


12 悪役(予備軍)、祖龍と出会う 後

銃声を聞き、飛び出したわたしはすぐに隣りのまりあさん家に駆けて行った。

信じたくないけど銃声はお隣さんの家の中で聞こえた、信じたくないけど……まりあさんとじぇいくの悲鳴も聞こえた…。

つまり…2人が危ない……!!

 

 

正面玄関の扉には鍵がかかってなかった、それに泥だらけの靴の足跡が廊下についてて…

 

 

「2人とも!だいじょう………ぶ…」

 

 

床にはお腹から血を流して倒れてるまりあさん、それにボコボコに殴られて腫れぼったじぇいくの姿が目に映った。

 

 

「あ?テメェ…見たな?」

 

 

男がこっちを向く、ボロボロの服装で歯は所々抜けてる。ボサボサの髪がまるで浮浪者みたい…

 

 

「あなた……だれ…?」

 

 

男は片手にピストルを持ち、腰に剣を携えて、まるで焦点の合ってない目でこっちを見てる…正直すごく怖い。

 

 

「…テメェ、写真の娘だな…分かりやすい見た目してやがる。

復讐も済んだ、お前を連れて帰りゃ俺は晴れて自由の身だ!」

 

 

「…!!」

 

 

飛びかかってきた男から咄嗟に横に飛び退いて避けた。

その後も闇雲にわたしを捕らえようとするこのひとから逃げ続ける。

はやく2人を治療しなきゃ命が危ない、急いでこの人を気絶させるかして倒さないと…

 

 

「チョコマカ動き回りやがって…なら…これでどうだ?」

 

 

そう呟いた男の足元にコロンッと何かが転がった、そこから煙が吹き出してあっという間に部屋中に広がってく。

 

……あ、あれ………だんだん視界がぶれて…上手く立てない…

 

バランスを取れなくなって思わず尻餅を着いた、足に力が入らない。

 

 

「頭が…ふらふら……するぅ……」

 

 

「対獣用の昏倒ガスさ、人間にゃ効かねえからケモノのお前には丁度いいぜ…手間掛けさせやがって!」

 

 

「ぁうッ…」

 

 

思いきりお腹に蹴りを食らった、部屋の壁に激突して起き上がれない。視界がぐるぐるまわって上も下も分からなくなる…

 

ぁ…だめ…いしきが……保てな………

 

 

 

 

 

 

「やっと静かになったか…」

 

 

意識を失ったイルミーナに海楼石でできた手錠を嵌め男は一息ついた。

彼は言われたのだ。憎きゼファーに復讐するなら手を貸してやる、その代わり海軍本部の居住地にいるある娘を誘拐して来い。と。

黒服達に言われるまま指定された場所へ行くとご丁寧に剣と銃、そして動物用の麻酔薬が濃縮された煙玉が用意されていた。聞けば誘拐する娘は動物系の能力者らしい、海楼石の手錠も渡された。準備は全て整って男は万全の状態で復讐へと乗り出す事ができた。

 

 

「あっけねぇなあ、復讐なんてこんなモンか」

 

 

銃弾を3発も撃ち込み、血だまりを作って床に伏せるマリアを男は一瞥する。ボコボコに殴られ顔面が三倍程にも膨れ上がったジェイクも痛みで気を失っていた。

 

 

「恨むんなら俺の仲間をバラバラにした旦那を恨むんだな、奥さんよ」

 

 

放っておいてもこの女は出血死するだろう。予想外の抵抗にあい思わず発砲してしまったし、騒ぎを聞きつけて人が来るのも時間の問題だ。

この娘を連れて一刻も早くここから立ち去らねば…

 

その時、マリアの身体がピクリと動く。

 

まだこの女は生きている、彼の身の内から並々ならぬ憎悪の感情が溢れ出た。

 

自分は部下を失ったのに

 

何故お前は平和に家庭を作ってる?

 

これは只の逆恨みである。思うままに海賊をし、結果捕まって罰を受けたのは彼の自業自得だ。

 

だが今の彼を突き動かすには充分過ぎた。

 

 

殺してやろう

 

俺から仲間を奪ったように

 

アイツにも家族を失う悲しみを

 

 

「味わえゼファー……ッ!」

 

 

憎々しく呟いて引き金を引き、マリアへと銃口を向けた。

 

 

 

 

その時

 

 

 

 

バオオオオオオオッ!!!

 

 

突然象の鳴き声が響く、それが何処からくる声か確認する暇もなく男は巨大な鼻に叩き飛ばされた。

横殴りにされた彼はリビングの大窓を突き破り道路へと弾き出され見えなくなる。

 

 

「………テメェ…何やってんだ…」

 

 

叩きつけられた衝撃で朦朧とする意識の中、男はそんな声を聞いた。

 

 

「そいつ等に触んじゃねえよクソ海賊があああああああッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ3人とも!しっかりしろ」

 

ファンクフリードで男を家の外へ吹き飛ばし、慌ててイルミーナ達の下に駆け寄る。

幸い目立った外傷はないようだ、だが海楼石の手錠を嵌められているから殆ど無防備と同じ、油断できねえ。

問題はこっちの2人だ、たしかゼファー元大将の息子と嫁だったか。

息子はただ殴られただけで打撲程度だが嫁さんの方はひどい重症だ、腹を3発も撃たれてて血もかなり流れてる。今すぐ医者に診せないと命が危ない!

 

 

「クソ…どうしてもっと早く動かなかった…!」

 

 

様子を見てから行こうと判断した数分前の自分をぶん殴ってやりてえ…判断を誤ったが故にこのざまだ。

 

窓を破ったことにより空気が循環し始めてイルミーナを昏倒させたガスは抜けてきた、俺はその元凶の煙玉を見やる。

これは猛獣を仕留める時にハンターが使うような強力な代物だ。

こんな特殊なモンその辺の海賊が持てるもんじゃねえ、それにあんな物を持ってたってことはイルミーナが動物系の能力者だと予め理解した上で行動に及んだってことだ。

 

だとしたら…

 

 

「親父か…親父が企んでんのか…」

 

 

麻酔玉に海楼石の錠

こんな高価な物を簡単に取り揃えられるのは…親父しかいない…!

きっとあの男もいいように金で雇われた海賊なんだろう、此処へも入ってこれるように手引きしたんだ。

じゃなきゃ常時厳戒態勢の居住区まで海賊が入り込めるわけがない。

 

 

「ふざけんな…親父…。

俺がやるって言ってんだろうがッ……」

 

 

こうならないために親父と話したのに、結局こうなっちまうのかよ……

 

 

取り敢えず嫁さんを止血だ。

医者じゃないから完璧とは言えねえが俺なりに頑張って応急処置を施した。

 

 

「……ぅ」

 

 

「!?オイ!大丈夫か!?俺が見えるか!?」

 

 

「貴方……ミラさんの所の…スパンダム…くん……?」

 

 

「ああそうだ。もうこれ以上喋って体力を削るな!ここでじっとしてろ、スグに医者が助けてくれる!」

 

 

なるべく負担が少なくなるように手近にあったクッションを敷き嫁さんを床に寝かせ、奴を追って外に出ようとした時、服の裾をマリアに掴まれた

 

 

「あの人…夫の友人だって……家に押し入って来て……急に銃を持ち出して…撃たれたの……。

彼…これは復讐だって言ってた……ゼファーも同じ目に合わせてやるって…」

 

 

「ッッッッ!!…分かった…もう喋るな、ホントに死んじまう…!」

 

 

泣きながら必死で話す嫁さん。

そうか……海賊を焚き付けたんだな…。

海賊は単純な生き物だから、それを上手く利用したんだ。『お前もこれくらいできるようになれ』って前にも同じ事を俺に教えてくれたよな。

だが今回は、自分の手は汚さずに…関係無ェ奴を巻き込んで……親父ィ…

 

 

「この野郎…この野郎この野郎この野郎この野郎オオオオオオッッ!!」

 

親父…アンタは…

 

 

「フッざけんじゃねえええッッ!!」

 

 

力の限り叫んだ

 

 

この悲劇の引き金を引いたのは全て親父だ、俺の家族だ。

ゼファー先生の嫁さんと息子がこんな目にあったのも、イルミーナがあわや攫われる直前にまで追い込まれたのも。

 

俺を傍に置いてくれたミラさんを裏切っちまったのも

 

 

全部……俺のせいだ

 

 

「なんでだ親父!ミラさん1人連れて帰れば済んだ話だろォ!

なんで…関係ねぇ奴までこんな目に…なんで………」

 

 

やはりあの時ミラさんを連れて行くのは止めておけと親父に進言するべきだった。

それを俺は自身の甘さで誤魔化した。

情けない、後悔と自責の念で頭がおかしくなりそうだ。

 

 

その時ガラリと瓦礫の崩れる音がした、どうやら吹き飛ばした海賊が目を覚ましたらしい。

 

 

「まだ生きてやがる……海賊風情が…」

 

 

ファンクフリードを握って海賊に向かって走り出す。

取り敢えずはアイツを殺す、イルミーナ達をこんなにしたクソ海賊をぶち殺す、必ず殺してやる!

 

 

「この…クソ海賊がああああああっ!」

 

 

頭に血が上って猛進してくる俺に驚いたのか海賊は一瞬怯んだように見えたが直ぐに持ち直し、コッチに銃口を向けて来た。

続く銃声、海賊の放った銃弾が足に当たって俺は大きく転倒した。それでもアイツを殺してやりたい一心で足を引き摺って近づこうと必死にもがく。

 

 

「ファンクフリード!アイツを…あのクソ海賊をぶち殺せぇ…『象牙突進(アイボリーダート)』ッ!」

 

 

バオオオオオッ!!

 

 

俺の怒りに呼応するようにファンクフリードが伸び、剣になった鼻が大きく海賊の身体を切り裂く。

胸から血を吹き出しながら悲鳴を上げる海賊、しかし急所を外したようで吹き飛びながらも傷口を抑えながら奴は逃げて行く。

あの距離はファンクフリードの射程外だ!

 

あのクズを逃がしてしまう!

 

 

「クソッ!動けっ!」

 

 

でも足は動かない、諦めかけたその時

 

 

 

「んん〜?おかしいねェ~…なんで此処に海賊がいるんだい?」

 

 

まるでマフィアのような格好をした男が…ボルサリーノ中将が海賊の前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありゃあ、ゼファー先生の家がとんでもない事になってるよォ〜。

護衛はなにやってんのさァ」

 

 

呑気にそんな事を言いながら窓の吹き飛んだゼファー宅を見るボルサリーノ、予定より早く仕事の片付いた彼はステラのプリンを楽しみにしながらミラの家に向かっていた。

そして家までたどり着いた時、汚い格好をした男とスパンダムを発見したのだ。

 

 

「ありゃあ、スパンダム君だっけ。

大丈夫かい?」

 

 

「これが…大丈夫に見えますか…」

 

 

息も絶え絶えのスパンダムを見ながらボルサリーノは考えを巡らせる。

取り敢えず目の前の海賊っぽい奴に目を向ける。彼も長いこと海軍として海賊を狩り続けてきた身だ、雰囲気で大体この男も海賊だと理解した。

 

 

「お前さん、ちょ~っとあっしと任意同行してもらえるかイ?

まあ断ったら、それはそれで…(パンパンパンッ

あァ〜、いい返答だよォ」

 

 

返答がわりに海賊の撃った弾丸はボルサリーノの身体をすり抜けていった。

ボルサリーノはピカピカの実を食した光人間、普通の銃弾など効くはずもない、だがこれで彼は確信がいった。

海軍本部の居住区に無断で立ち入り、ゼファー先生宅を破壊、ついでにミラ准将の弟子を負傷させたこの海賊は。

 

 

「これは前にミラちゃんが言ってた〝正当防衛〟ってヤツだねェ、死んどきなよォ〜」

 

 

一瞬の出来事だった、文字通り光速で移動したボルサリーノは海賊の頭にかかと落としを御見舞し顎から地面にめり込ませた。衝撃で道に大きな亀裂が入る。

 

頭部が陥没する程の衝撃、勿論即死。

たった一撃で海賊の復讐劇は幕を閉じた。

 

 

「やれやれ、何だったんだい今の奴ァ。

……あらァ、ゼファー先生の奥さん撃たれてるよォ。不味いねェ~、医療班に電話と……スパンダム君電伝虫持ってない?」

 

 

「緊張感皆無か!!」

 

 

「こういう性格だから仕方ないよォ〜」

 

 

 

さっきまでの緊張感はどこへやら、ツッコミを入れる元気を取り戻したスパンダムは改めて海軍中将の強さを認識した。

 

 

 

その後、マリアとジェイク、イルミーナは呼び出された医療班により直ぐに搬送されなんとか事なきを得た。

脚を撃たれたスパンダムも暫く入院するようにとお達しがあり渋々ながらも承諾。

 

それよりも問題になったのは海賊が海軍本部に単独侵入したという事実、直ぐに元帥コングは原因究明に乗り出した。捜査班が調べた結果、ゼファー親子が襲われた時間帯のみ居住区警備のシフトにぽっかりと穴が空いていたのだ。明らかな陰謀の香りを感じ取ったコングはこれを五老星に報告した。

 

まもなく五老星による情報提供で、襲撃した海賊は元奴隷である事実、それからイルミーナに嵌められた海楼石の手錠の製造ナンバーから割り出したところ、裏で手を引いていたのがスパンダインだという証拠を入手した。

しかし彼はCPの高官である、政府の諜報員を海軍が逮捕する事は法律的に難しかった。元は政府主導で作成された政府に都合の良い法律だからだ。

 

証拠はあるのに治外法権故に手は出せない、皆が歯痒い思いをする中。

言わずもがな居住区襲撃の話は彼女の耳にも届いていた。

 

 

 

 

そう、祖龍ミラルーツ(ミラ准将)の下に

 

 

 

 

……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るぞ」

 

 

 

「ああ」

 

 

スパンダムの短い返答、ミラは静かにドアを閉めて部屋に入った。

いつも通りバトルドレスに海軍のコートを羽織って、いつもの凛とした佇まい。だがこの時だけはほんのわずかだけ哀愁が満ちているように見える。

 

 

「脚はどうだ?」

 

 

「ゼファー先生の奥さんに比べりゃマシさ、完治まで時間はかからねえよ…」

 

 

「そうか、イルミーナは?」

 

 

「別室で寝てる、腹を蹴られただけで目立った外傷は無ェから心配無ェ」

 

 

「……そうか」

 

 

スパンダムとイルミーナの無事を安心し、ひと息吐いたミラはスパンダムの目を見て静かに話を切り出した。

 

 

「………何があった」

 

 

沈黙、スパンダムとミラは見つめ合いながら互いに黙ったままだ。ミラはじっとスパンダムの返答を待っている。

 

 

「……俺の……せいだ」

 

 

遂に、スパンダムが口を開いた。

 

 

「俺の…親父のせいだ……!

親父がッ……ミラさんをマリージョアに……連れてッ来る為に''……イルミーナを攫おうと''……ゼファー先生の''奥さんと息子まで巻き込んでッ……」

 

 

嗚咽混じりのスパンダムの証言にただただ無表情でミラは話を聞いている。

 

 

胸の内に秘める思いをスパンダムは涙と共に吐露していく。

 

そして最後にミラが一番聞きたくなかった台詞がスパンダムの口から漏れた。

 

 

「俺が……ミラさん所に来なけりゃ…こんな事には…」

 

 

「もういい黙れ」

 

 

「……ぇ」

 

 

ミラによる突然の静止、思わず間抜けな声を上げる。

スパンダムは何が起こったのか分からなかった。上半身を包まれる温かくて心地良い感覚。

彼はミラに抱きしめられていた。

耳をすませばミラの心臓の音まで聞こえそうな程近い距離。

 

 

「ありがとう、私の家族を救ってくれて。

そして許して欲しい、お前の事を少しでも疑っていた私を。後で好きなだけ罵倒してくれたって構わない。

だから……」

 

 

お疲れさん。

今はもう休め、後は全部私がやる。

 

 

 

ミラの言葉にとうとう我慢出来なくなったスパンダムは涙を溢れさせながら力尽きるまでミラの胸の中で泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

泣き疲れ寝てしまったスパンダムを横に寝かせ、同伴しているステラからイルミーナの容態を確認した後、ミラは病室を後にした。

すれ違う度看護婦や医師をビビらせながら無言で廊下を歩く、その背中からは抑えきれない怒りが紅雷となって漏れ出ていた。

そんな事も気にせずにズンズン廊下を進み、出口付近まで辿り着いた時、ゼファーとすれ違う。

 

 

「ひでぇ面してんなミラ」

 

 

「…ゼファー先生」

 

 

「………なんだ」

 

 

ゼファーもまた、果物の盛り合わせを持って家族の元へと向かおうとしていた。医療班の話によると、予め行われていた止血処置が無ければマリアの命は無かったそうだ。スパンダムには感謝してもしきれない。

 

 

「私は正直な所、人間のことが良く分からなかった。頭では分かったつもりでいても、上手く心まで理解できなかった。

だからこそ人の世界に馴染もうとした。

でも少しだけ分かったよ」

 

 

「ああ」

 

 

「〝怒り〟…この感情は人も龍も共通だ…それを再確認できた。

こんな感情は久しぶりだよ……ッ

私は席を外す、まさか止めるとは言うまいな?」

 

 

「……俺は引退した身だ、今更何も言わねえよ。ただ…」

 

 

バレねぇようにな……?

 

 

「………ああ」

 

 

お互い微かに笑い合って別れ、ミラは病院を後にした。

 

 

「龍にも心はある、か。

そんなモン、お前を見てりゃスグ分かるだろうに」

 

 

ミラは気付いたのだ。

ほんの遊び感覚で救い、ずっと一緒に居た人間に愛着が湧いた事に。

だからこそイルミーナ(逆鱗)に触れられ激怒していたのだ。

ゼファーは内心恐怖していた。もし攫われたのがイルミーナではなくジェイクだったら、応急処置が間に合わずマリアが手遅れになっていたら…。

今のミラのように復讐に身を落としてしまうだろうか。

 

 

 

「………復讐なんて随分〝人間〟らしい事考えるじゃねえかよ、ミラ。」

 

 

ミラが去った静かな病室の中で、ゼファーは小さく呟いた。

 

 

 

 

 

五老星の間

 

 

チックショウメー!チックショウメー!チックショウメー!

 

 

電伝虫が鳴り響く、老人の1人が静かに受話器を取った。

 

 

『五老星、私だ』

 

 

「…………何かね」

 

 

『この前お前達が私に寄越したスパンダム、その父親の居場所を教えろ。

それから……これから起こる事柄全てを包み隠せ。我からの〝お願いだ〟』

 

 

「………分かった、対処しよう」

 

 

 

短く返答し、老人は受話器を下ろす。

そして深く溜息を吐いた。

 

 

「やってしまったな……」

 

 

「奴は文字通り彼女の逆鱗に触れた、もうどうしようもない」

 

 

「ポジティブに考えろ、そろそろ長官の首もすげ替えようと思っていたところ。奴は些か勝手が過ぎた」

 

 

「〝9〟は実質的な一時解散だな、これは…」

 

 

「隠蔽の準備を整えよう。彼女が何をするか検討もつかないが…。

我々もまだ詰めが甘いという事か」

 

 

5人の老人達は真っ白なこの部屋で、これから起こる惨劇をどう誤魔化そうかを思案していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スパンダイン邸

 

赤い大地(レッドライン)に作られた天竜人の街マリージョア、その郊外。

ゴテゴテした建物が立ち並ぶ中心街とは違い、静かで落ち着いた雰囲気の一角に居を構えるこの豪邸は、他の居住地に住む天竜人と同じ様に厳重な警備と監視の目に守られていた。

敷地面積も広く、噴水付きの大きな庭園の向こうには最新鋭のデザイナーが設計した邸宅が広がっている。

その一室、数々のインテリアが部屋のあちこちに散りばめられた書斎でこの館の主、スパンダインは豪華なソファに腰掛けワイングラスを揺らしていた。

 

 

「そろそろ諜報員が小娘を連れてくる頃合いか……

ムハハハ…大事な娘を奴隷にされるとなりゃあさしもの准将様も従わざるをえんだろう。」

 

 

ワインを1口飲んでほくそ笑む。

待てども待てども息子のスパンダムはいつまで経ってもミラを連れてこない、なので彼は強硬策に出た。

手頃な海賊を担ぎ上げてミラの親族を攫わせる、下準備は全てこちらで済ませ実行するのは海賊だ。万一失敗しても全ての罪を海賊に擦りつければこちらに角は立たない。

もし海賊が「裏で手を引いている」と供述しても、世間から散々邪険にされてる海賊の言うことなど誰も耳を貸さないだろう。

 

 

「全く便利だよなァ海賊ってのは、大体の事は海賊が悪いの一言で済んじまうんだからよォ…」

 

 

スパンダインはこうした手を何度か使い自分の地位を上げてきた。彼の部下にはCPの猛者たちもいる、人智を超越した六式を使いこなす彼等に守られながら自らの完全犯罪が達成された悦に浸るスパンダインであった。

 

実質、彼の計画は完璧だった。

 

実の息子と自分の上司に真実をリークされていなければ

 

 

 

 

………………

 

 

 

 

 

 

 

大きな地響きが屋敷全体を震わせる。その衝撃は書斎も大きく揺らし、机に飾られた壺などの陶器が地面に落ちて割れてしまった。

 

 

「チッ…高かったのによォ。

地震か、かなり揺れてんな」

 

 

「スパンダイン長官!たたたた…大変ですッッ!!」

 

 

ノックもせずに部屋に飛び込んできたのは護衛の諜報員だ、額には汗を滲ませ柄にもなく随分焦っているようだった。

 

 

「しししし正面の、庭園に…………化け物が……」

 

 

「化け物ォ?んな馬鹿な話が…」

 

 

半信半疑でスパンダインは書斎の大窓のカーテンを開ける、ここを開けば庭園の様子が一望出来るはずだ。

 

 

カーテンを開き、思わず持っていたワイングラスを取り落とした。

 

庭園の中心、元は大きな噴水があった場所を中心に蜘蛛の巣上の大きな亀裂が走り、その真ん中には

 

 

巨大な三本の紅い角を冠する白亜の巨龍が全身から紅い雷を瞬かせながら佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

◆真なる祖◆

 

 

 

 

「もっと弾を持ってこい!」

 

 

「チクショウ!全然効いてねえぞ、どうなってんだ!」

 

 

庭園では黒服の諜報員達が群れを成し、突然現れた巨大な龍に無謀にも戦いを挑んでいた。

それを龍は一瞥し、紅い雷を纏わせた尻尾で一薙ぎする。

 

まるで羽虫を払う様な一振り

 

たったそれだけで集まっていた諜報員の半分以上が巻き込まれ、バラバラになって消し飛んだ。残った者もあまりの光景に絶句し、皆一様に呆気に取られている。

いち早く意識を取り戻し、現実を脳が理解した者から反狂乱で叫び声を上げ、その場から逃亡する者も現れた。

 

 

オオオオオオオオオオオオオッ!!

 

 

すると龍は逃げていく者達を見据え、その首をもたげ大きく咆哮した。

あまりにも甲高く、大きな咆哮に硝子程度では耐えきれず屋敷中の窓ガラスが粉々に砕け散っていく。

 

耳どころか頭まで壊れてしまいそうな咆哮の後、逃げ狂う諜報員達へと巨大な紅い落雷がピンポイントで降り注ぎ、直撃した者は全て悲鳴をあげる暇もなく消滅した。人体の耐えられる温度をゆうに超える雷撃を受け、痕跡を一切残さずに只の焼け跡に成り果てたのだ。

 

 

「なんだあの化け物はッ!?畜生…嵐脚!嵐きゃバッ……」

 

 

ヤケを起こし、破れかぶれで六式を龍に向けて連発する一部の諜報員達に龍は尻尾を叩きつけ纏めて血飛沫に変えていく。

あまりにも残酷な光景だった。

昨日まで一緒に飯を食っていた同胞が目の前で血飛沫を上げながらバラバラにされていく光景を目の当たりにした彼等の心が折れるのは時間の問題だ。

戦うのも駄目、逃げるのも駄目。

そんな事実に気付いた者のたどり着く答えは一つ、命乞いだった。

 

 

「ごめんなざいごめんなざい!ゆるじでぐだざい!」

 

 

「たずげで!だずげでぐだざいぃぃ」

 

 

鼻水と涙を垂らしながら土下座を敢行する姿はとても政府の諜報員とは思えない。

必死に命を乞う者、現実から逃げる者、それらを全て龍は紅い雷を撒き散らしながら踏みつけ、潰し、蹂躙していく。

悲鳴と共に肉の塊になっていく光景は最早地獄絵図だ、必死に逃げ惑う諜報員達を血飛沫に変えていく龍の姿はスパンダインの目にもありありと映し出されていた。

 

龍が一歩踏み鳴らす度に大地へ紅雷と共に亀裂が走り、衝撃で人がバラバラになっていく。

翼を広げれば風圧で人は塵のように舞い上がり、もう彼らは地面に脚を付けることはないだろう。空中で雷に撃たれて跡形も無く消滅するのだから。

スパンダインは龍が猛り狂う咆哮を上げながら、徐々にこちらへ近づいて来ているのに気付いた。

そばに居た護衛は既に恐怖のあまり叫び声を上げながら逃げ去った、だが彼は足が縫い付けられたかのようにその場から動かない。

目の前の光景に脳がショートしたのか、ただ驚愕に目を見開いて龍と対峙している。

 

そして彼と龍の距離は徐々に縮んでいき、もう目と鼻の先にまで迫っていた。

 

 

「…………あ…………ぁ…ぁ………」

 

 

破壊の化身に見つめられる彼の脚は情けなくガクガクと震え、悲鳴を上げようにも声が震えて言葉が出ない。

ズボンには黄色い染みが出来ていた。

 

その赤い瞳に魂まで吸い取られるような錯覚を覚え、スパンダインは意識が遠くなった。

 

その時

 

 

オオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!

 

 

一際大きな咆哮でスパンダインは覚醒する。鼓膜が破れて使い物にならなくなっているのだろうか、もううるさいとも思わなかった。

 

ビリビリと空気を震わせる咆哮の後、蔑むような視線をスパンダインに浴びせた龍は天高く飛び上がり、それきり屋敷の上空から姿が見えなくなった。

 

助かったのか……?

 

風圧で書斎どころか屋敷の中じゅう滅茶苦茶だ、だが命は取り留めた。

 

 

「や…やった…生き残ったんだ…俺は…俺……は?」

 

 

漸く現実へと戻ってこれたスパンダインは歓喜し空を見上げ、それに気付く。

 

 

夜空に光る紅い点。最初は一つ、だがポツポツと点は増えていきやがては空を覆い尽くすほどの紅い輝きとなって雲一つない夜空に瞬いていた。

光はどんどん激しくなり、直視できない程輝いているのを見て彼は漸く理解する。

 

それは空から堕ちてきていたのだ

 

次の瞬間、屋敷の一角に紅い塊が炸裂した。衝突し、炸裂した部分は広範囲に渡ってごっそりと抉り取られたように跡形も残らず消滅し、大きなクレーターが出来ている。

何が起こっているのか理解する暇もなく、空から次々と赤い塊が降り注ぎ、周りを消滅させていく光景を目の当たりにしたスパンダインの中で何かが途切れ、彼はやがて思考を放棄した。

 

 

紅雷が屋敷と赤い大地を抉っていく

 

 

呆然とその様子を見つめる彼の頭上へ一際大きな雷球が落下したのはそのわずか数秒後の出来事だった。

 

 

 

 

………………………

 

 

 

 

翌日、新聞の一面にて『マリージョアの一角、地震により崩落』という記事が大々的に報じられた。

マリージョアで生じた大規模地震により大地の一部が完全に崩落し、偶然そこへ居を構えていたスパンダイン家の屋敷が完全に消失した。と

これによりスパンダイン含む200名以上の人命が失われ、過去最大の災害として後の世に語り継がれることになった…………以上が五老星の用意したシナリオである。

勿論真実は異なる、これは龍による意図的な災害だ。赤い大地はミラによって一部が抉り取られたのだ。

これにより壁の一部にできた巨大な隙間は崩落した地面の欠片で海流が荒れ狂い、とても通れるような場所ではなく。後に『龍の巣』と呼ばれるようになった。

 

尚、既にスパンダインの違法行為は全て暴かれていたが後継者であるスパンダムの面目を保つ為公表されなかった。

 

幸いスパンダインの息子、スパンダムはマリンフォードまで降りていた為、政府の人的負担はそこまで大きなものにはならずに済んだ。

近くスパンダムは父親の遺した仕事を片付けるためラスキー諜報員の指導の元政府の長官に任命されることになる。

 

 

しかし一夜にして200名余りの諜報員を失った事に五老星は再び頭を悩ませ、ある決断に踏み切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆甘い刺激◆

 

 

 

マリージョアが崩落する夜、新世界の何処かにて

 

 

一人の少女が死体の山の頂上に佇んでいた

 

 

周囲に人はなく、代わりに少女は周りに大量の銀の粒子と銀色の液体を浮かばせて暇を持て余している。

銀色の球体はまるで生き物のように彼女の周囲を規則的に飛び回り、時折糸のように細く伸びたり縮んだりを繰り返す。

 

 

「………んんんッ//」

 

 

急に少女は艶ばった声を上げて身をよじらせた、彼女に呼応するように銀色の塊が伸縮を繰り返す。

 

 

「はぁ…はぁ……//また…ですのね。

やっぱりこの感じ…間違いありません」

 

 

彼女が最初にそれを感じたのは数日前。適当に目に付いた海賊達を襲い、乗っ取った海賊船で夕食を取っていた時だった。

 

身体中を駆け巡る様な甘い衝撃、人一倍電気を通しやすい身体だからこそ感じ取れたその刺激に彼女はたちまち虜になった。

そして此度、2度目の刺激…

寿命の概念が薄い自分が久しく感じる事が出来なかったときめき。身を焦がすほどの甘い激情。

 

 

前回よりも遥かに大きな刺激の波で大体の位置は掴めた。

 

 

あとは会いに行くだけだ

 

 

「待っていて下さいましね…私の王子様ぁ……♡」

 

 

蕩けるような笑顔とともに少女は死体の山から駆け下りて、島を後にする。

空っぽになった海賊船を永久拝借し、銀のすじが糸のように船全体に広がって勝手に動き出した。

向かうはこの刺激を与えてくれる王子様の元へ、何があっても、どんな手段を用いても。

〝この雷を落とした人の下へ〟

 

 

人はこれを恋心(狂気)と呼ぶ、そして世界にはこんな言葉が存在した。

 

『恋はいつでもハリケーン』と




3話もかかったスパンダム編やっと終わりです。
相変わらず駄文で申し訳ない。

これによりスパンダムは原作よりほんの少しだけ成長します、身体的には8道力が50道力になるくらいの些細な差ですが…
せ…精神的にね?親父の威厳に頼らずに己の力で後に再編されるCP9の長官になる予定、です。
そしてそれにより救われる命が一つ。

「男なら造った船にドンと胸を張れ!」



もとよりこの作品には3人のオリキャラを登場させる予定でした、後の海軍三大将と対になるように。
それが本文最後に登場した彼女です。
オリジナル設定付きでどんな力を持つのかは…まあ何となく察されそうですが

カッコイイですよね、キャンプ壊してきますけど…

追記
沢山の評価、ご感想、お気に入りありがとうございます。
初めはお気に入り10個くらい貰えればいいやくらいで考えていた本作も先日遂にお気に入り3000件を突破しておりました。
ありがたや…ありがたや…
繁忙期故に相変わらずの不安定投稿ですがお付き合い頂ければ幸いです。

次回、ツケは払わんとね

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