大海原の祖なる龍   作:残骸の獣

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41 祖龍(モドキ)、デートする

「またアマテラス宮が奴隷を逃がしたえ!」

 

「その目だ、その色の違う目がお前や周りをおかしくするんだえ!」

 

「気持ち悪い…私の子供に近寄るなアマス!」

 

心無い罵倒、繰り返される罵詈雑言、時には石も投げられた。私にとって聖地とは、巨大な〝檻〟と変わらない。

気持ち悪い人の形をした何かが蠢いていて毎日私を攻撃してくる。

創造主の子孫?馬鹿馬鹿しい、ここに居るのはただの人。人間である事を否定したいだけの無様な人類なのに。

 

「アマテラス宮……いや、うずめ。明日からお前は都市部を離れ、わちしの所有する別荘に移るのだ。此処に居てはお前の肩身が狭くなろう。それに、わちしの評判も下がってしまう。

決して不自由はさせぬから、どうか納得しておくれ……」

 

決して目を合わさずそう話す父も他人行儀で、どこかで私を遠ざけていた。母はもうこの世にはいない、私を産んですぐ亡くなった。それすらも私を貶める為の口実にされる。

 

私を産んだからお母様は呪われて死んでしまったんだって

 

その瞳には悪魔が宿っているんだって

 

天竜人の恥晒しだって

 

毎晩部屋の隅ですすり泣いていた。

お父様から昔言われたの、「悪い事をすると〝D〟に食われてしまうぞ」って。私はなんにも悪い事なんてしていないのに、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの?

Dが何なのか、聞いてもお父様は決して答えてはくれなかったけど、こんな生活が続くなら、いっそ食べられて死んでしまった方が世の為になる。そう本気で考えていた。

 

別荘での隔離生活、話し相手は護衛のステューシーとヤタガラスだけ。

有り余る財産と数人の護衛に囲まれながら数年過ごした。奴隷も買う気なんてなかったし、時々見える()()()を見ながら、ただぼんやりと生きてきた。

 

空から赤い光が落ちてきて、大地が抉られる夢を見た。

 

肌の色が私たちとは違う、大きな人が市街地を暴れ回り、天竜人達を殺していく夢も見た。

 

私の見聞色は人とは色々違うみたい、だから誰にも言えなかった。これ以上異端者(ばけもの)だと思われるのは嫌だったから…

 

 

でも、彼女なら私を受け入れてくれる。否定され続けてきた人生で、あんなに親切にされたのは初めてだった、時折見せる彼女の笑顔に心が震えた。朝日に照らされるように、凍りついた私の心を溶かしてくれるあの人こそ、私の運命の人。

……人?彼女は人なの?

一瞬だけ疑問に思ったけど、それもスグに掻き消えた。

貴女の為ならどんな障害も乗り越えてみせる、どんな敵でも排除する、それがたとえ世界貴族だろうとなんだろうと、皆殺しにして貴女の前に立つ。

 

だいすきです、旦那様。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜…書類重かったよー…」

 

なんて愚痴を零しながら海軍本部の廊下を歩く。新入りの雑用係である私は、さっきまでずっと大量の書類をセンゴク大将の執務室からガープ中将の執務室まで何度も往復して運び続けていた。

どうやらまたガープ中将はサボって何処かに行っちゃったらしい、偉い人って自由なんだね。

他の雑用の子は皆別の事に駆り出されてたから、私1人で全部運ぶ羽目になってしまった。おかげで腰がちょっと痛い、この若さで腰痛持ちとかシャレにならないよ…

 

でも、立派な海兵になる為には小さな事からコツコツとやっていくしかない。特に私みたいな大した実力もない下っ端なら尚更だ。偉い人に信頼されれば出世のチャンスも回って来るだろうしね!でも…サカズキ中将の所だけはちょっと遠慮したいかな……顔怖いし…

 

「まだまだ…頑張れ私…!」

 

海兵としてはまだまだ未熟な雑用係である私だけど、いつか憧れのミラ中将みたいなカッコいい将校になりたいな!

 

「…きゃっ!?」 ドンッ

 

「んっ」

 

気を取り直して廊下の曲がり角を曲がった時、どんっと誰かにぶつかった。その勢いのまま床に尻餅を着いちゃった。

 

「わあああごめんなさいごめんなさい!ボーッとしてましたぁ!」

 

あわわわわ不味い不味い!

曲がり角でぶつかったとか注意散漫かよ私!?取り敢えず謝っておかないとー!

 

「いや、こちらこそ。

君は…雑用係の子だな、怪我はないか?」

 

「いえ…痛い所はありまs……ヴァッ!?」

 

「…?」

 

一瞬、時が止まった。

ぶつかったのは本部じゃ見たことも無い男の人。

白亜に近い白い髪、紅色の瞳に凛々しいお顔…ていうか…

 

滅茶苦茶イケメンじゃないですかあああああ!?

 

その微笑みに脳がショートしそうになった、彼の後ろがキラキラ煌めいていて、思わず見蕩れてしまう。

やっと手を差し伸べられているのに気づいて慌ててその手を取った。やばい、今日はもう手洗わない。

 

「…大丈夫か?顔が真っ赤だぞ?」

 

「だだだ大丈夫ですももも問題ありません!」

 

「そうか、良かった。お互い廊下は気を付けような。じゃあ…」

 

そう言って颯爽と彼は去っていった。

 

暫く廊下で呆然と立ち尽くす私。他の雑用係の子に話しかけられるまで、私は固まったままだった。

この『海軍本部に現れる謎のイケメンX』は後に海軍本部七不思議の一つとして多くの海兵に語られるようになる。

 

 

 

 

 

 

我、祖龍。天竜人とデートなう、と。

心のTw〇tterに書き込んでおいた。

 

場所はシャボンディ諸島内、シャボンディパークの前でございます。

いつものスーツ姿とは違い、今日はタキシードでキメておる訳ですが、サラシ巻いてるから胸がキツイ…

何故俺氏が男装せにゃならなくなったのかというと、マトモな天竜人ことうずめちゃんとのデートがあるからだ。護衛も兼ねてるので俺氏も変装する事にした結果、男装まがいの格好で本日を迎える事になった。

服を設えたテリジアが鼻血を垂らしながら「ヤヴァイ…ヤヴァイですわ…お姉様イケメン過ぎません…?死人が出ますわよ……写真写真…」とかボソボソ言ってるのが聞こえたけどもう気にしないでおこう。いろいろ諦めた。

 

「お待たせ致しました、旦那様。」

 

ふと、声がしたので前を向く。

そこには昨日とは違い、大きな帽子にフリルをあしらったワンピース姿ののうずめちゃんが、ちょっぴりおどおどしながら立っていた。

 

「す…すみません…ステューシーから色々聞いて準備したのですが、和服以外これしか無くて…」

 

「いえ、大変似合ってますよ。」

 

「…ありがとうございます。

敬語は結構ですよ、旦那様と私の仲ではないですか。私のことは気軽にうずめとお呼び下さい。うふふふふふふ…」

 

「…ああ分かった、じゃあ行こうか。うずめ。」

 

「うふふふふふふ…♡」

 

一瞬だけ照れたみたいだけどすぐにいつもの調子に戻り、喜んでいるのかどんどん瞳のハイライトが消えてくうずめちゃんが若干怖くなったのでさっさと入場券買って入りましょうかねー!

因みに片腕は万力みたいな力でうずめちゃんに固定されてますハイ。

 

 

 

 

2人がシャボンディパークへ入っていくのを、物陰から覗く者達がいた。

サングラスで素顔を隠しているつもりなのだろうか、ステューシーとテリジア、イルミーナ、そして半ば無理やり連れてこられたガスパーデ、ゾルダン、ロシナンテの6名である。

 

因みに近場の波止場にはミラ中将の蒸気船が停めてあり、そちらではレムやアンを始めとしたクルー達が待機していた。お忍びとはいえ天竜人の来訪である、当然の如く厳戒態勢だった。

 

「(特に今回のように天竜人の証であるスーツも着ずにお出かけとなると…人攫いに拉致される危険もある。万一アマテラス宮様に危険が及ぶような事になったら…せっかく得た信頼と出世のチャンスがフイになってしまうわ!?それだけはなんとしても避けないと…!!)」

 

ましてや天竜人に復讐したい人間など星の数ほど存在している。彼女程の美少女が天竜人に恨みを持つ人間に捕まってしまったら…それは流石に同じ女性として看過できない。天竜人を恨むのは勝手だが、奴隷すら買ったことのないアマテラス宮自身には何の非も無いのだから。

 

「お2人が園内に入っていきます、追いますよ皆様!」

 

「付き人がやる気満々なんだが」

 

「文句言うんじゃありませんガスパーデ、それでもお姉様の下僕ですか。

私だって…おねえさまとキャッキャウフフイチャイチャズルズルレロレロしたかったですわ…」

 

「よーしアンタを今すぐ憲兵のとこへ引っ張ってやる。あと誰が下僕だ。」

 

「HA☆NA☆SE!!!」

 

「ろしー、なんで耳塞ぐの?」

 

「イルミーナちゃんは聞かなくてもいい事だからだよ。」

 

「男装されたミラ中将……なんと凛々しい…アリだな…」

 

「一人で来ればよかった…」

 

個性豊かでは済まない曲者揃いの仲間を連れながら、ミラ達を追うようにステューシー達もシャボンディパークへ足を踏み入れた。

 

 

 

 

シャボンディパークは、恐らくは偉大なる航路前半では最大の娯楽施設である。敷地面積はシャボンディ諸島の巨大マングローブ二つ分に跨ぐ程大きく、大観覧車を始めとするアトラクションの数々は子供だけならず大人までも魅了し、諸島に訪れた者達がこぞって足を踏み入れる有名な観光スポットだ。利用者の中には観光客のみならず、二度三度と此処を訪れるリピーターも多いと聞く。

しかしその栄光の裏には、人攫いを行う絶好のポイントという陰が潜んでいた。気分が浮かれて気付いたら子供が消えて、人攫いに攫われていたなど、海賊や人攫いを生業とする者達からすればかなり都合のいい場所でもある。

また、シャボンディ諸島より海底一万メートルにある魚人の故郷『魚人島』でもシャボンディパークに憧れ、こっそりやってくる者もいる為、格好の標的となっていた。

 

そんなことはつゆ知らず、ミラとうずめはシャボンディパークを満喫している。

 

ある時は

 

「ひゃああああああああああああああッ!?!?」

 

「おー凄い速いなー。」

 

ジェットコースターを満喫し、またある時は

 

ヒュ〜ドロドロドロ…

 

「きゃあああ旦那様コワーイ♪」

 

「いや満面の笑みで抱き着かれても…絶対平気だろお前。」

 

お化け屋敷を満喫し、二人は時間も忘れ、純粋に遊園地を楽しんでいた。その後、流石に脚が疲れたのか、うずめの要望により園内のカフェテリアで休憩を取ることになった。

 

「はーいお待たせしました、ドリンクとランチでーす。」

 

「ああご苦労様…て、なんだこのグラスは…」

 

「はいー、そちらのお客様のご要望で、カップル専用グラスとなっておりますー。」

 

そう言ってサンバイザーを被った店員は笑顔で去っていく。

 

ミラとうずめが挟む机に置かれたのは、一個のグラスにストローが二本入ったドリンクだ。それもハート型になるようにストローの形が曲げてある。

ミラの顔がちょっと引き攣ったが、うずめは相変わらずニコニコしながら店員に御礼を言い、躊躇いもなく片方のストローに口をつけた。

 

「うふふふ…旦那様もどうぞ。美味しいですよ?」

 

「う…まあ、これも仕方ないか…デートだもんな、デート…」

 

二人で飲み物を吸うとストローの中を伝ってピンクのハートマークができるような仕組みになっている。

 

困惑しながら飲むミラを見つめながら彼女とは対照的に満面の笑みでドリンクを啜るうずめは幸せそうだ。

 

…傍から見ると馬鹿っプルのそれだが、気にしてはいけない。デートだもの。

 

そんな2人を遠巻きに眺めるのは、ステューシー達だけではなかった。

薄汚い格好で物陰から他の客の目に留まるのを恐れているかのように、まるで品定めするかのような視線で彼女達を見つめてる。

 

「オイ見ろよ。あの女、なかなかの上玉だぜ。」

 

「男のほうもかなりの美形だな、女の買い手が多そうだ…」

 

「げへへ…二人で3000万は固いなァ…

能天気な面してるし、楽勝だろ。」

 

などと卑下た薄ら笑いを浮かべる男達。彼等は人攫いを生業とし、攫った者をヒューマンショップやヒューマンオークションへ売り捌いた金で生計を立てる者達だ。

奴隷は正当な商売で、シャボンディ諸島で人攫いは立派な職業である。故にちゃんと仕事をしている人間を海兵は裁けない。それが人道にもとっていないかはさて置き。

 

「いつものように一人になった所を片方ずつ攫って行くか…それとも「あ、やっぱりいた。」…あん?なンだガキ。」

 

男の言葉を遮ったのはいつの間にか目の前に現れていた銀髪の少女、ただしその身体には狼の尻尾が着いている。長年人攫いを続けている彼等は目の前の少女が〝能力者〟であると一目で判断した。

 

「おじさんたち、こんな所で何やってるの?」

 

無垢な瞳でそう問いかける少女。

悪魔の実の能力者は多少変動はするもののかなりの額で売れることがある。男達は目標をあのカップルから能力者の少女へと変えることにした。

 

「俺たちかい?俺達は…パークの掃除屋さ。だから隅っこの方まで頑張って掃除してんの。」

 

「お嬢ちゃん可愛いね。そんなお客様にはいいものをあげるようにオーナーから言われてるんだ。」

 

「いいもの?」

 

「そうそう、とってもいいものさ。だからおじさん達に付いてきてくれるかな?」

 

ヒュッ ドスッ

 

「…ぇ」

 

そこまで言った男は背中に軽い振動を感じ、体を見下ろした。

 

血まみれの指が心臓から突き出ていた。

 

 

「なっ…ぎゃああああッ!?!?」

 

驚き、痛み。あらん限りの大声で叫ぶも、大通りの誰も反応しない。まるで何も聞こえていないかのように。

やがて血を吐きながら男は身体をビクビクと痙攣させ、死んだ。

 

「なんだ!?どうなってんだ!?」

 

「……………」

 

音がなにも聞こえない。

驚いて隣にいるはずの同僚を見れば、彼は物言わぬ銀の彫刻に成り果てていた。その表情は恐怖で歪み、苦痛が滲み出ているようだ。

 

「うわああああ!?」

 

現状が把握できない。立て続けに殺された後ろの2人を見て、最早少女に構ってられないと路地の奥へと走り出した途端、大きな壁にぶつかった。

 

「なっ…なんだテメェ…」

 

「あー、まあなんだ。ウチの(モン)に目ぇ付けた不幸を呪うこった。死ね。」

 

「あっ…ひっ…ひぎゃあああ…かっ…カッ………」

 

大男が伸ばした手がドロリと溶けて、彼の頭を覆う。当然息が出来ず、苦しみ悶えながら人攫いは皆息を引き取った。

 

「終わったぜ、付き人さんよ。」

 

「ご苦労様です。

彼らの身元は直ぐに割れます、こちらで()()()()()()()()()()にしておきますので悪しからず。」

 

「おー怖ぇ怖ぇ。

ウワサの〝0〟に掛かれば人間の命なんてちっぽけなモンだな。」

 

ガスパーデがおどけてみせるが、ステューシーの表情は厳しいものだ。

 

「我々はこういう時の為の機関ですから。

危機管理能力の無い方々のお守りが…おっと失礼。

まあ、杞憂ですがね。アマテラス宮に限ってはヤタガラスが常時張っています。彼女の身に危険が迫るようなら、彼が対処するでしょう。」

 

「ヤタガラスぅ?」

 

ヤタガラス、と聞きなれない言葉にガスパーデ達は首を傾げている。その中で、ゾルダンだけが淡々と話し始めた。

 

「アマテラス宮の一族が代々所有する専属護衛の事だ。悪魔の実の中でも更に希少なトリトリの実幻獣種、モデル『八咫烏』を食した烏がアマテラス宮を護衛してる。

八咫烏とは3本の脚を持ち、古き神話では太陽の化身とも言われている神鳥の名。私も直接は見た事がないのだが、その力は一国を軽く焼き払うとも伝えられている。」

 

「わたしと一緒?」

 

「そんな馬鹿な、たかが鳥一匹が国を焼き払うとか………いや、あるかもな。」

 

そう言うロシナンテは自分の上司の顔を真っ先に思い出した。

 

「確かに彼女なら島とか余裕で消し飛ばすな…」

 

「そもそもボス何歳だよ、初めて会った時から見た目全く変わってねぇぞ。」

 

「おっとそこまでですわよ下僕共、これ以上乙女の禁則事項に触れるなら私がお姉様に代わって成敗しますわ。」

 

テリジアの目はマジだった。

乙女には決して触れてはならぬ部分がある。

 

「ねえ、みんな。おひめさまとみらは?」

 

イルミーナの言葉で全員がハッと顔を上げた、カフェテリアに座っていた筈の二人の姿がない。

 

「み…見失った!?

まずい…まずいです!ガスパーデ少将、至急待機している海兵達を捜索に出しなさい!ただし女性の隊員は除いて!他にこの島へ来ている天竜人に目を付けられてこれ以上面倒事が増えたら堪りません!」

 

狼狽えながらガスパーデに指示を出し、答えも聞かずステューシーは剃と月歩を使い建物の上へ駆け上がる。そこから目を凝らして園内を見渡しても、アマテラス宮とミラの姿は一向に確認出来なかった。

 

「ポルポ、俺だ。

ボスと護衛対象が消えた、大至急シャボンディ諸島内の全G(グローブ)を班ごとに分かれて捜索しろ。ただし女の隊員は出すんじゃねェぞ。」

 

『了解!

…アンさんとレムさんには伝えましょうか?』

 

「あの2人は報告だけしろ、絶対に出すな。

特にアンの方は寝てたら絶対に起こすなよ!アイツらが出るのは最後の手段なんだからな!」

 

『はい!』

 

荒々しくそう告げて電伝虫を切るガスパーデ。そのままロシナンテ、ゾルダンと共に走っていった。

 

「イルミたん、行きますわよ!」

 

「ん…」

 

テリジアも狼化したイルミーナの背に乗り、途中でステューシーを拾ってからシャボンディパークを飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼致します。」

 

「………」

 

ここはミラの蒸気船の中。ノックをし、女性の海兵がお茶とクッキーを持って二人の下へと入室した。

 

「お茶とお菓子をお持ちしました。どうぞ。」

 

「……そう。」

 

部屋の中は静かにページをめくる音と、すうすうと寝息が聞こえている。

 

机で分厚い本を読む白髪の女性、レムは海兵に短くそう答え、再び本に目を落とした。

そんな彼女に少しもじもじしながら海兵は問う。

 

「あの…レムさん。少しだけ見てもいいですか?」

 

「黙認。好きにすればいい、但し起こさないようにして。寝起きは特に機嫌が悪いから。」

 

何を見てもいいのか、許可を貰った海兵はぱあっと明るい笑顔になり、この時の為だけに会得した剃(忍び足Ver.)で起こさないようにそろりそろりと部屋の奥、カーテンで仕切られた彼女の昼寝部屋に忍び寄る。

そして仕切られたカーテンをほんの少しだけそっと開け、それを眺めた。

 

丁度人一人が寝ころべる程大きなクッションの上で、まるで猫のように丸まって気持ちよさそうに寝息を立てるパジャマ姿のアンを。

 

瞬間 心 弾ける

 

「(ぐっはああああああなんて破壊力ゥ!?普段のガサツな態度の裏にこんな安らかな表情でお昼寝してるアン料理長…最高に可愛いぃぃぃぃ!!)」

 

どんどん表情が緩んでいく。

かなり興奮しているのか、彼女の鼻からたらりと赤い物が垂れ始め、床を汚すまいと慌ててポケットティッシュを鼻に詰めた。

 

「(キラキラ光る金髪にパジャマ越しでも分かる黄金比で整った美しい肉体、頭の上から尻尾の先まで全てが完璧!あの海賊女帝すら霞むその寝姿はまさにパーフェクト!パーフェクトよウォルター!…ウォルターって誰?まあいいわ!それよりも早くこの桃源郷をフィルムに収めて…駄目よ駄目駄目こんな所でカメラのフラッシュなんて焚いたら料理長が起きてしまうわそうなったら最悪じゃないでも彼女に殺されるなら私も本望いやいや駄目よ命あっての物種だものそうだわ今はこの目に焼き付けておきましょうそうしましょうあああああああああ料理長可愛い可愛い可愛い可愛い可愛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!)」

 

「ん…」

 

「ッッッ!?!?」

 

もぞりと身体を動かすアンに一瞬起きたのかとドキリとしたが、再び寝息を立て始めた。どうやら杞憂だったようだ。

 

「…んぅ……ん…」

 

「(ふぉぉぉぉぉぉぉぉ起きたかと思ったぁぁぁぁぁ!?でもこのスリルが堪らないのぉぉぉぉぉ…)」

 

 

そんなことを高速で思考しながらアンの寝姿を堪能した海兵は、何事も無かったかのように無音でカーテンを閉め、レムに挨拶をして出ていった。

 

「(ふぅ…ミラ派とレム派の皆には悪いけど、やっぱり私はアン料理長が至高だわ。ガサツな性格の中に時折見せる可愛い一面、特に料理上手のギャップが堪らなく愛くるしい…くふふふふ//推しの寝てるクッションになりたい(切実)。司教の次の作品に期待しましょう…)」

司教の次の作品に期待しましょう…)」

 

まるで悟りを開いたかのように晴れ晴れとした表情で二人の船室を後にする。

そんな時、同僚のポルポ曹長とすれ違った。

 

「どうしたのポルポ、そんなに急いで。」

 

「レティ曹長か。ガスパーデ少将からシャボンディ諸島へ捜索命令が出たんだ。それと女性陣は危ないから船で待機してろってさ。それをレムさんとアンさんへ通達に…」

 

そこまで言ってポルポはがしっと両肩をレティに掴まれ、清々しい程の笑顔を見せる彼女にこう言われた。

 

「待ちなさい、その報告私がやるわ。貴方は出撃準備をしておきなさい、面倒な伝達は私に任せて。」

 

「え…でも…」

 

「 い い か ら 」

 

「わ、分かった頼む!

俺は男どもを掻き集めてくるよ。」

 

レティの鬼気迫る笑顔に気圧されたのか、ポルポは伝達を彼女に任せ去ってく。彼の姿が見えなくなった頃、レティは無言で渾身のガッツポーズをかました。

 

「(くっふ〜〜〜ッ!!!//もう1回料理長の寝顔見られるううううううッ!!)」

 

彼女はスキップしながら再び船室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………美味しい。」

 

 

部屋の外でそんなやり取りが行われているのも知らず、レティの置いていったクッキーを咀嚼しながらレムは静かに呟いた。

 

海軍は今日も平和である

 

 

 

 

 

 

と、いうわけで。ガスパーデ達はシャボンディパークから離れていった訳なんだが…

 

「どういう事だうずめ、わざわざこっそり付いてきている護衛を撒くなんて。」

 

「全て計画通りです。うふふふふ…」

 

今俺達がいる場所はカフェテリアの室内トイレの中、わざわざ目を盗んで入ったからあいつらは俺達が消えたと思っているだろう。

勿論便座は一つしかないので便器に座る俺氏の膝にちょこんとうずめちゃんが座ってるわけだが…

 

「……少し、私のお話をしましょう。

実は私、未来が見えるのです。」

 

そういう痛い子いるいる

 

「そのお顔は信用してませんね?

まあ未来が見えるといっても、夢の中です。見聞色の覇気、とも言うそうなのですが、私のそれは鍛錬して会得するものではなく、先天的に与えられていたものらしいです。」

 

マリージョアの一部が崩落するのも、魚人の方が聖地で暴れ回るのも、夢で見ました。と説明してくれるうずめちゃん。

俺氏そういうスピリチュアルなのは分かんないなー、美輪〇宏でも連れてこいっつの。

 

「ですがそれもつい先日まで何故か見えなかったのですが、旦那様と出会った昨日の夜、久しぶりに見たのです。その内容をお伝えしたくて。

………今日、恐らくはこのシャボンディ諸島の何処かで、天竜人が死にます。」

 

とんでもねえ爆弾発言かまされたでござる。

 

「死ぬのか。」

 

「死にます。

人数までは分かりません、その中に私が含まれているのかも分かりません。見えたのは断片的でしたので。

ですが旦那様とのデートを取り付けた矢先にこんな不吉な夢を見て…私、怖くて…」

 

膝の上で小さく震えるうずめちゃん。これだけ本気で怯えているという事は、あながち妄言ってわけじゃないのだろう。

 

「なら私との約束など取りやめてしまえば良かったのに、聖地にいれば安全だったんだろう?」

 

「いえ、だからこそです。私の見た夢は断片的ですが旦那様が一度も出てこなかった。なのでこうして旦那様と一緒に居れば未来に何かしら変化があるのかも、と思いました。」

 

「夢の出来事なのによく覚えてるな…」

 

「旦那様のお顔を私が見逃す筈ありませんから♡」

 

「ソウダネー」

 

冗談はおいといて。うずめちゃんは本気で自分の夢が未来に起こる現実だと思っているようだ。見聞色の覇気を利用した予知夢みたいなものだろう。

もっとも、先天的な物なので本人にも制御が利かないらしい。

天竜人が死ぬのはぶっちゃけ知ったこっちゃないが、その中にうずめちゃんが含まれているなら人として黙っている訳にはいかないよネ。

 

「で、見た夢の中で他に印象的なものは覚えているのか?

少しでも分かればそのシーンが来た時護りやすいんだが。」

 

「そうですね……ヒューマンショップ…初老の男性…赤い髪……あと…悪魔。」

 

「本当に断片的だな…」

 

ヒューマンショップが出てくるという事は奴隷に関係する事なんだろうな。

初老の男性に悪魔って…

 

「その男性が悪魔…何かの実の能力者かもな。」

 

「その方が天竜人の命を狙っている、というのが大体の仮説になりますね。」

 

正直奴隷自体が厄ネタ過ぎて人が死ぬ気配しかしないんだが。

 

「有り得るとすれば海賊の襲撃か?

この時期は偉大なる航路前半のルーキー達がログを辿ってシャボンディ諸島へ集まってくる。少し前に調べた時は確か…億越えは3人程度だった筈だ。」

 

「『首斬りソレイユ』、『悪食ビルマ』、『簒奪仮面ドンドルマン』でしたっけ。」

 

「よく知っているな。ソレイユは1億5000万、ビルマは2億、ドンドルマンは1億8000万だったか。」

 

「ステューシーに頼んで世界経済新聞なども時折読んでおりますので多少は。

旦那様の海兵としての意見をお聞かせください。」

 

「一番懸賞金の高いビルマは癇癪を起こして街を壊滅させる程気性が荒い。奴等も充分理解しているだろうが、衝動的に天竜人を殺ってしまう可能性があるな。

ドンドルマンは金持ちの貴族ばかりを狙って金品を奪う悪党だ。へんてこりんなマスクで常に顔を隠し、素顔は誰にも分からない。狡猾で海兵相手に平気で一般人を人質に取るし、天竜人の金を狙って拉致する可能性もありうる。

ソレイユは…これと言って話は聞かないな。実力は確かなようだが…」

 

並大抵の海賊は大将の報復を恐れているので無闇に天竜人へ手を出したりはしない。だがしかし、億越えともなるとその残虐性や人格破綻っぷりは他の海賊とも一線を画してる。それが実力者ならなおのこと面倒臭い。

その点においてビルマとドンドルマンは立派な外道(キ〇ガイ)の分類に入るだろう、それか何も知らずに天竜人に手を出すかもしれない。そうなったらアウトだ。

センゴクさんの仕事と胃がマッハですはい。

そもそも表向きはセンゴクさんしか大将が居ないので大将不在のまま本部を留守にする訳にもいかない。天竜人の些末事の為に一々シャボンディ諸島まで来られるかってーの。

 

あ、白蛇がいるだろって?

白蛇はホラ、天竜人とは極力無縁でいたいからさ。うずめちゃんと出会った時点で詰んでるかもだが…

 

「では参りましょう、いつまでもお手洗いに篭っている訳にもいきませんし。せっかく旦那様と密着しているのに離れるのは名残惜しいですが…」

 

「はいはい、さっさと行くぞ。

まずは老人と赤髪の男ってのを探す、そいつ等が例の悪魔に繋がる〝鍵〟になるだろう。」

 

「はい、顔を見ればピンとくる筈です。」

 

ヒューマンショップとオークション会場を重点的に探せばその老人と赤髪の男ってのも見つかるだろう。道中で他の天竜人に出会わない事を祈りながら俺達はカフェテリアのトイレを後にした。

 

 

……個室の中から2人で出てきた所を店員に目撃されてちょっと引かれてしまった。違うんや、いかがわしい事なんて何もしてないんや…堪忍やで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャボンディ諸島、何処かにて

 

「お頭ぁ、この辺に船を停めるぞ。」

 

「ああ、此処ならマングローブの陰に隠れて見えづらいし問題無いだろ。

久しぶりのシャボンディ諸島だ。野郎共、酒をたんまり買い込んどけよ?」

 

「「「勿論でさァ!」」」

 

「じゃあ俺は知り合いのコーティング職人の所へ行くから船番を頼むぜ副船長。」

 

「…オイオイお頭。護衛もなしに街を彷徨こうってのか?」

 

「ハッハッハ!大丈夫大丈夫!」

 

煙草を吹かす渋めの副船長から注意を受けた彼は、片手でひらひら手を振り笑う。腰には一本の剣のみ携えた、海賊としては余りにも軽装備で。

そんな彼をクルー達は止めることもなく、笑いながら見送った。

 

「全くお頭ときたら…自分がどんだけデケェ存在なのか忘れてねェか?」

 

「いつもの事だ、諦めろ!」

 

そう言い切った肉を咀嚼する太めのクルーに釣られるようにギャハハハハ!と笑う男達。それ程彼は仲間から信頼されているという事だ。

 

 

 

 

 

「さて、レイさん元気にしてるかなァ…」

 

ヤルキマン・マングローブの湿った木の根を踏みながら、赤髪隻腕の男は心底楽しそうに呟いたのだった。

 

 

 

はるか上空、高くそびえるヤルキマン・マングローブの枝の先。3本の脚を持った不思議な烏はその光景を見るなり一鳴きし、枝から飛び去った。







書きたいこと考えながら書いてたら予定よりも天竜人編長くなりそうです、あと2、3話くらい続くかも…

次回、人攫いは犯罪です

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