私は今日も生きていく   作:のばら

11 / 11
サンソンとの会話が難産でずっと更新止まってました……。




星を見つめるアマデウス2

 

 

竜が飛ぶ。竜が夜空を飛んでいる。嗚呼、なんて。

 

「時代遅れ……」

 

空に永劫在るのは雲と太陽、星と月。このフランスに、この時代のフランスに、もはやお伽話となった竜なんてナンセンスが過ぎた。絵画や音楽、収穫祭や料理、そういう芸術や文化的な物の方が似合っている。それに、竜よりも龍の方が好きだった。破壊と欲望、力の象徴なんて、ほんとうにナンセンスだった。

 

サーヴァントとして召喚された。それは分かっているし、聖杯から与えられる知識もあるから聖杯が存在することもわかる。それでも、マスターはいなくて召喚の儀式の跡もなかった。ほんとうに、異常事態だった。

 

異常事態だからこそ、きっとこの奇跡に巡り会えた。

 

「あら……?まぁ……!そこにいるのはアマデウスね!」

 

彼女を見間違えるはずがなかった。暗闇の世界でたった一人輝く人。幼くして花嫁となって一人、あの故郷から嫁ぎに行ったあの頃の姿のまま、マリアがそこに居た。

 

「マリア……」

 

数多いる英霊の中で招かれる数人、その中に私もマリアもいて、この広大なフランスで再会するなんてどれほどの確率だろう。あるいはフランスでマリアが召喚されたからこそ、私も召喚されたのかもしれなかった。

 

「ねぇ、アマデウス、あなたもマスターがいないのかしら?」

 

「そうだよ……。マリアもそうなら、この聖杯戦争はそういう形式なのか、まだ出会ってないだけなのかもしれないね」

 

なら探しに行きましょう、そう少女の華麗な声で言って、まるで軽やかに踊るようにマリアは進む。その華奢な手で私の手を握って、見えにくい森から物が見えやすい暗闇へと私を引っ張っていく。あぁ、世界がきちんと明るく見えたのなら、もっと、この光景を美しいと思えたのだろうか。私はただ、繊細に煌めくマリアしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

黒く優雅な服を纏った、悍ましい美しさを持つ2人の男女。かつて人であった誰かの成れの果て。きっと、そうなりたくてなったわけじゃないだろうに、人の形をした2人の中はぐちゃぐちゃで。完成されてしまった歪の中に、音の違う不協和音が混ざっている。酷く不快で、悲しい音だった。

 

ひっそりと息を潜めて時を待った。待って、待って、待って、嗚呼、繊細で優美な指先が合図を送ってきた。

 

「人であったならば聞き惚れるがいい!宝具、『死神のための葬送曲(ソング・フォー・ユー)』!!」

 

マリアは時折ひどく賢かった。まるで真理を魂と本能で理解しているみたいにどうすれば良いか知っていた。

囮のマリアに私の不意打ちの宝具。二段構えの撤退戦。相手がたかが王妃と侮れば侮るほど逃げやすく、追撃の優先度は低くなる。

 

撤退に成功して逃げ込んだ森の中、助けた時代錯誤の、この時代より先の衣服を纏う人達と自己紹介と情報共有をしようと向き合った。そして。

 

其処には丸い二つの青空があった。深く鮮やかな、カラッとした夏の空。そうだ、そうだった。こんな色だった。

 

「よろしくお願いします」

 

自己紹介の後、握手のため差し出された手にゆっくりと手を伸ばした。触れた年相応にやわらかい、けれど少年らしい硬さも持つ張りのある手。温かな、手。

キラキラと、空が輝いている。それは生きている者の、命の煌めきだった。

 

 

 

 

 

 

人も世界も、愛と恋で救われる。私にとってそれが真実で真理だった。

 

その男は狂っていた。朗らかに、母親に褒められたそうな少し照れた少年の表情で、処刑執行人の顔をしてマリアに笑う。その白銀の髪も白い手も赤黒い血で汚れ、手に持つ刃は市民の血と怨嗟で濁りきっていた。それは誰かのために生み出したギロチン(願い)であったはずなのに。

狂わされていることに気付いてない狂った男。殺人鬼は処刑人の顔をして、ただ、笑った。

 

「やはり僕と貴女は、特別な縁で結ばれている」

 

運命だと、特別な果実を口にするように、詩を言紡ぐ(ことつむぐ)ように言った。

狂わされた男への悲しさはあった、けれど、不安はなかった。マリアで始まったのなら、きっとマリアが終わらせる。彼は愛に救われる。

人も世界も、愛と恋で救われる。それは生前の私が証明している。

 

獣は愛と恋によって生前の私と共に死んだのだから。

 

 

 

 

 

 

いつだって運命は少し切なくて、苦しくて、そして正しき未来へと繋がっている。

マリアが滑らかな手袋で包まれた両手を私の頬に添えて、歌うように告げた。

 

「ねぇ、アマデウス。帰ったらあなたのピアノを聞かせて頂戴」

 

その言葉で理解してしまった。分かってしまった。嗚呼、マリアは予感している。だからこそ告げられた遠回しなさようならと再会の約束。

 

「マリア、きみの願いなら、いくらでも」

 

さようなら。音にせずそう囁いた口元を、マリアは分かっただろうか。ただ柔らかに笑い返される。幼い少女が浮かべる物ではない、人生を積み重ねた大人の、慈愛のこもった微笑み。

踵を返してジャンヌ・ダルクのもとへ向かう姿は可憐な少女でしかないのに。正しいことに、それ故の死にさえ綺羅めかしく手を振って微笑みながら向かっていける人。私はまた、死へと向かっていくマリアを見送ることしかできない。それしか、私には許されない。嗚呼、嗚呼、嗚呼!こんな時にピアノの音色が浮かぶ。流れ星がいくつも綺羅めいては消えていく。輝きを纏うマリアの背がどんどん遠くなって暗闇の世界へ消えていく。

 

さようなら、愛しい人。

 

「……そろそろ私達も出発しようか」

 

「……アマデウスはマリーのこと、今も好き?」

 

気遣うようにそっとかけられたその声は優しかった。この場で唯一混じりけもない純粋な人間、生者。カルデアのマスター、藤丸立香。少し一緒に行動するだけでわかった。人間として欠落してしまう魔術師とは違う、ただの優しすぎる普通の子。

この子は私を男性だと、勘違いしている。けれど私の身体を隠す服装とさっきのプロポーズの話を聞いたら仕方のないことだった。

 

「私がマリアに抱いたのは恋じゃなかったよ。これは、愛。私はマリアを愛してる」

 

「愛している……」

 

まるで初めて知るモノのようにマシュが呟くのが聞こえた。正真正銘の幼い少女の瞳に困惑の色が見える。

 

「……マリアはきっと、私にとっての運命の分岐点だった」

 

「分岐点?」

 

「そう。たとえどんな事があっても、私は音楽に出会って、音楽に身を捧げる、そんな私になる。どんな人生の過程でも、私は私になった。今の私に帰結する。でも、もし違う私が出来るとしたら、それはマリアに出逢わなかった私。暗闇の世界で独りぼっちの私」

 

どんな灯りを目にすることも叶わず、ただ音楽しか存在しない世界。暗闇に眼を潰されただろう私。

 

「でも、私はマリアに出逢って、愛を抱いて、恋をする。私はそうして完結した。マリアは、私の愛する人だよ」

 

「……わかりません。アマデウスさん、あなたはマリーさんを愛していると言います。けれど、あなたは以前人間は汚いと仰いました。なら、あなたにとってマリーさんも例外なく汚いものだと思うのですが……」

 

ふと、マシュから出た問い。ほんとうに、ほんとうに分からない、そんな顔をしている。

あぁ、この子はきっと何も知らない。まだ、愛も恋も知らない幼い人間。知識ばかりの正しさと、ひたすらな好きだけをその無垢な胸に抱いている。

新雪が積もった白い雪原に、やっと一歩を踏み出し足跡を残したばかりのような、歩み始めた人間。

 

「私は、汚いものも好きだよ。音楽は誰にでも美しくて、人間は汚い。ただ、それだけの話だよ」

 

「え……え?だって、人間は美しいものしか愛さない、と……」

 

「美しいものしか愛せないんじゃないよ。人間は美しいものだって愛せるんだよってこと」

 

人間は汚い。けれどそれは生きている証。外から何かを受け入れて、必要な何かと一つになって、不要な何かを捨てる。それは食べ物だったり感情だったり、形有るモノも形無いモノも同じ。人間は汚い。生きたがり、死にたがり、欲しがり、与えたがる。人間は想像ができるモノを、想像できないモノは無意識に、何かを欲することができる。

お綺麗な人生を押し付けられても、お綺麗に生きなくてもいい。周りに止められても、助けたいと思った人に全力で駆け寄ってもいい。どう生きるかなんて個人の自由だから。その人の人生はその人だけのモノだから。想い()に素直な人類。そんな汚い人間の中で、自分が好きになった人を好きになればいい。

 

「生き続けるかぎり、いつか分かるよ。だって、それこそが人生だから」

 

それこそが、人間なのだから。

 

 

 

 

 

 

正直、微かに声が聞こえてきた時点で嫌な予感はしていた。

 

「ぐッ、うぇ、ぇぇッ」

 

「アマデウスッ!?」

 

街の中の音源近くに行くともう、あんまりに気持ち悪くて、不快で、えづく。サーヴァントは食べた物は魔力に変換されるから、吐き出す物がなくて逆にそれがツラかった。頭がごちゃごちゃに掻き回されるようで、身体に力が入らなくて膝をついた。藤丸くんがひどく慌てているのが分かるけれど、もう、ほんとうに、無理だった。意識が、き、え……。

 

「あぁっ!アマデウスが倒れた!」

 

「アマデウスさんーッ!!」

 

 

 

 

 

 

竜の魔女と戦うために走る藤丸くん以外はもう、混戦しているようなものだった。ただ藤丸くん達の戦闘の邪魔をさせない、それだけの共通の意識で不思議と互いに噛み合って、バカみたいな数の竜を薙ぎ倒して彼の道を切り開いていた。

竜達を墜として、墜として、墜として。移動した先に息をきらすマシュが居た。マシュの盾の向かい側には、黒い靄を漂わす一騎のサーヴァントがいて。

 

「アアァアア……アアァアア!」

 

悲痛な音をただ溢れ落とす彼は、壊れてしまったのだろうか。マリアに気づかされて、そしてきっとマリアの消滅と引き換えに救われて。でも、耐えられずに壊れて、しまったのだろうか。全部推測でしかない。なにもかもを知っているのはその場にいて、その本人であるサンソンだけ。サンソンの中に、だけなのに。

 

「こんにちは、サンソン」

 

君は、全てを抱き締めながら壊れてしまったのだろうか。

 

「アマ……デウス……?」

 

「……マリアは、先にいってしまったよ」

 

「アーーマーーデェウスゥゥゥウウウッ!」

 

絶叫だった。喉が傷つく程の、何かを振り切りたがっている様な叫びだった。私の言葉なんて、届いていないのかもしれない。

 

「ねぇ、壊れそうな君。生真面目過ぎて、少し優し過ぎたシャルル=アンリ・サンソン。君はマリアの愛の言葉を抱き締めたまま、壊れてしまうの?」

 

「グゥウ……ハァ……アァ、ア」

 

「狂った男のまま、ただ死を貶めて撒き散らすものとして、君は終幕を迎えるの?」

 

「ハァ、ァ…………だ、まれ。だまれ、アマデウス!おまえが、おまえが死を語るな!」

 

彼に私の声は聞こえてはいたようだった。靄が消えて、サンソンの肌に罅が走っているのが見える。砂を水で無理矢理固めたような、ボロボロの身体だった。それでも、剣を構えて彼は私を見据え叫んだ。

 

「僕はずっと、死を音楽などという娯楽に落とす君の鎮魂歌(レクイエム)が嫌いで嫌いで仕方がなかった!」

 

振り下ろされた刃は、マシュの盾に防がれる。甲高い音が辺りに響く。私の苦手な、人を傷つける剣の音。美しくない音。

 

「死を音楽に落としてるんじゃない。死に、音楽を贈っているんだよ」

 

「ッ!君はいつもそうだ!なんでもないことのように死を口にする!ただ受け入れて、死自体はなんとも思わない!君のそういう所も嫌いなんだ!」

 

ひどく感情的だった。リズムはメチャクチャで、けれど乱れた刃を捌けないマシュではなかった。受け止め、受け流し、そしてついにマシュがサンソンの体勢を大きく崩した。鋭く研ぎ澄ました音の魔弾を打ち出す。不可視のそれがサンソンの胸元を貫通していく。血飛沫が上がって、嗚呼、パリンッと、核の砕ける音が耳に届いた。

 

「……嗚呼、また、君に敗れるのか、僕は。なら……邪悪は紛れもなく僕だった。正義は、君たちにあったんだね」

 

さっきまでの激情が消えた穏やかな声だった。まるで微睡みから覚めたような、そんな変化だった。

膝をついたサンソンが微笑む。優しく、そして少し泣きそうな微笑みだった。

 

「あの時と同じく王妃は微笑みながら…………魔女の炎を受け入れた」

 

サンソンが言った光景は容易に思い浮かべることができた。空に消える虹のように、水に溶ける雪のように。繊細で、ただただ優しく綺羅めかしい微笑みをずっと、消える最後まで。

 

「諦観ではなく、希望を抱いて。……君たちに、どうか祝福がありますようにと」

 

そう言い残して、サンソンは還っていった。穏やかな笑みのまま、処刑人は世界にとけた。

 

 

 

 

 

 

声が、聞こえた。心が届く。紡がれたばかりの細い縁。嗚呼、行かないと。震える心が、それでも折れたくないと叫ぶ想いが伝わってくる。だから私は、青空を思い出させてくれた君のもとに行こう。

 

か細い縁を辿って着いた人理の果て。

そこには、どこまでも続く青空があった。きっと私にしか見えていない青空だった。明るい空に、星々は瞬かないから。星の輝く青空はきっと、暗闇だった。

 

「我ら九柱、音を知るもの。我ら九柱、歌を編むもの」

 

幾柱もの魔神柱が言紡ぐ。ギョロリギョロリと目のような器官が動いている。これが、魔神柱、これが人理を焼却しようとしているもの。……嗚呼。

 

悲哀に目が潰れた獣。あなたには星が見えていない。

 

「恐ろしかった。ずっとずっと、恐ろしかった。だけど、実際に見てやっぱり確信した。私はお前達にはならない。だって、私は知ってる。愛と恋は世界を救うことを」

 

知らないのだろう、分かろうとしていないのだろう。愛と恋がどれだけの勇気を与え、世界を光で照らすのか。

涙に溺れている獣は、気付いてすらいないのだろう。

 

 

 

 

 

 

消滅して現れなくなった魔神柱と同調するようにボロボロと足場が崩れていく。立っているのもやっとな状態の私に耐えられるわけなくて、倒れそうになったのを誰かに横から支えられる。振り向けば、それはボロボロのサンソンで。乱れた銀髪が反射する光が、少し眩しかった。彼の銀髪も、本当はこんな風に輝いていたのだろうか。

 

「ありがとう、サンソン」

 

「……たとえ君でも、目の前で倒れそうになっている女性がいれば支えるさ」

 

私はそんなに意外そうな顔をしたのだろうか。眩しさに細めた目が、そう見えたのだろうか。消耗しきった霊基がとうとう壊れきって、身体が解けていくのが分かる。最後くらい、気の抜けることを言った方が、良いだろうか。

 

「君は私があんまり好きじゃないようだけど、私は、君のこと好きだよ」

 

「はっ、」

 

「だって君、本当は私の鎮魂歌(レクイエム)好きでしょう」

 

顔が近いから、サンソンの口元が引き攣ったのがよくわかった。見開かれた瞳の中に、ボロボロの私が写っているのが見える。光の粒子にバラけて、顔の輪郭さえもう曖昧だった。

 

「私、音楽の天才だから。好きにならないはず、ないよ」

 

「ッ!アマデウス!」

 

咄嗟に声をあげたサンソンも、どんどん身体が解けていっている。もう、私たちの役目は終わった。後は、藤丸くんたち次第。

 

……嗚呼、今回の召喚は本当に疲れた。音楽家には少しどころかだいぶツラかった。今度顕現する時は……ピアノ、を、ひ……き…………。

 

 

 

 





アマデウスちゃん
自分には音楽しか取り柄がないと思っている天才音楽家。
人も世界も愛と恋で救われると心底本気で思っている。
基本物静かでどこかズレている人物だが、恋した人がアマデウスの音楽を愛する限り自身を音楽の天才と公言する。
生まれ変わって暗闇の世界しか見えない。冠位時間神殿で宙域が青空に見えたのは生前共に死んだ存在の残骸に影響されたため。
偶像ではなくマリーの中にある彼女自身の人間性をこそ愛した。何故かマリーだけ物理的に輝いて見える。
音楽に身を捧げ、マリーを愛し、とある音楽家に恋をした。

マリーちゃん
フランスに恋をされた王妃。
一人の人間として、友達として、そして少しだけ無垢な子供に対するようにアマデウスを愛した。
男性だと周りを欺いていたアマデウスと少し過ごしてすぐに女性と見抜くという、何気にすごいことをしているがそのことに気付いていない。男装をしていること、何か秘密を抱え込んでいることに気付いているが、アマデウスの秘密である暗闇しか見えない目のことは知らない。

サンソンくん
狂化付与されてしまった処刑人。
マリーへの想いを拗らせてるが、アマデウスに対してもある意味拗らせている。アマデウスの死自体への感じ方が気に入らない。
なぜかアマデウスが女性だと知っていた。
今回より以前に英霊としてアマデウスに遭遇しているような物言いをしているが……?



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。