私はだれ。
降り積もっては消えゆく内なる囁き。
私にあるのは私の記憶と知らぬうつくしい娘の記憶。
嗚呼、娘よ、起ち上がり駆け抜けた生。お前はその果てに何を想ったのか。
私はだれ。
そう囁くいと美しい
「嗚呼! ジャンヌ!」そうかなしみと慈愛と
いと、憐れなる人。
私が踏むこの大地は、名前だけ知っていた外の国。私が生まれ育った国。私を裏切った国。
「竜の魔女だ!!」
旗を振る。かつては勇気と信仰を与えた旗を振る。呪いの旗を、怨念の旗を振る。
恐怖と苦痛の声が響き、憎悪の炎が迸る。美しく、愛しく、そして忌々しい空を竜の群れが覆う。
私はこの国を知らない。私はこの国を愛する。私はこの国を憎む。
「私は帰って来た! 私が受けた痛みを! 悲痛を! 裏切りの報いを! さぁ、今こそ受けなさい! うつくしく
愛を、怒りを、憎しみを、私の心、私にある心、沸き上がる心、全てをこの世界にぶつける。三つの心を、三つの私をぶつけて、燃やして、駆ける。
私はだれ。
私は私。
なんの刺激もなく平凡な人生を送っていた女。
凛とした眼差しで前を見据え続けた優し過ぎた娘の記憶を宿す女。
終わりなき憎悪が我が身で怨嗟の声をあげ続ける女。
ただ燃え盛る憎悪のままにひた走る。いつかこの身が灰さえ残さず消えるその日まで。
これは泡沫の夢。誰かがつついてしまえば、頬を抓ればパチンと弾けて覚めてしまう夢。
私の中にあるうつくしい娘が、人間と共に私に挑む。まっすぐに私を見据えるその人間が、亡霊の夢を覚ますのだろうか。
「貴女は、自分の家族を覚えていますか」
確信を持ったその声が、私に決定打を求めている。それでも私はこの娘に嘘をつかない。ただ、事実のみを告げる。
「泥に塗れ、傷を負い、それでも故国のために立ち上がり続け、そして故国に裏切られた。それ以外の記憶がどうして必要なのです。私は
この国を護るため、また起ち上がった娘。駆け抜けた先に待つ結末を知っているのに、愛し続ける娘。そう完結しているサーヴァント。
なんて憎らしい、なんて眩しい。けして輝きを曇らせないその魂を、私は愛し、憎悪する。
このうつくしい娘の悲劇が、愛が。国に人に私に、憎しみをもたらす。
振るい、ぶつかり合う御旗。砕け散ったのは、黒い御旗だった。
夢が覚める時がきたのだ。
「安心してお眠りなさい」
優しさ故に狂った人が、ひどく穏やかな微笑みで私に言う。私の心のために浮かべられたそれは、記憶にある狂う前の彼と同じだった。
「ジル、おかしなことを言うのね……。あとは、覚めるだけなのに。嗚呼、でも、そうね。おやすみなさい、哀れなほどにやさしいひと……」
身体がほつれ光と共に還っていくのが、目を閉じても見える。
夢から覚めたら、1番に空を見よう。浮かぶ太陽におはようと、言って日常にかえろう。
オルレアンに、朝陽が昇る。
こうして人々の悪夢は終わりを告げた。