私は今日も生きていく   作:のばら

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幕間の物語=他者視点という設定です。

※注意
今回のお話で出てくるアキレウスの宝具『宙駆ける星の穂先』に関して原作とは違う点が出てきますが、オリ主故のオリジナル設定として流してくださると幸いです。





幕間の物語アキレウス/世界にとけた娘

 

 

寂しそうな眼をした娘だった。帰る場所を持たない者の、暗い眼差しだった。

 

 

 

 

上質な衣を纏ったその見慣れない娘を見つけたのは視察の帰り、丁度昼を過ぎたあたりだった。

妹から土産に頼まれた花を摘もうと森へと近寄れば、木々の奥から不自然な光が瞬いていることに気付いた。太陽の光が何かに反射している時特有の光だ。

此方の命を狙い潜む輩の武器が反射しているのではないかという考えが一瞬頭に浮かんだものの、それにしては殺気もなく動きもない。どのみち花畑へ行くにはその光がある方向へ近寄らなければならず、警戒しつつも鬱蒼とした木々の合間を進んだ。

 

そこに居たのは若い娘だった。

此方に横顔を見せるように娘は木の枝に座っていた。その手には使い込まれた、だがよく手入れされた槍が握られている。光の原因はこれだろう。一人でいる様子と馴染んでいる槍から見て最低でもそれなりの武力は持ってることが伺える。

 

声を掛ければすんなりと返される応え。警戒心の無さは、大多数の人間と交流がないのか、どんな状況であろうと切り抜けられる手段があるのか。旅袋や外套の状態から旅慣れしていないことだけは確かだろう。

まだ時間に余裕はある。やんわりと会話を続けた。

 

このトロイアを美しいと真面目な顔で語るその眼の、ほんの僅かに混ざった羨望の色に気付いた。この娘は、故郷を愛してはいないんだろう。

 

「私の故郷の花は、香りが薄い。少なくとも私はこの花畑みたいにはっきりと香りを感じたことはなかった」

 

花畑にはトロイアに生息している花も、他所の国にも生息している花も咲いている。普通の花畑だ。他所の花畑とそう大きく違わない。違いがあるとすれば、それを見る人間だ。だが、初対面で人の心情に突っ込むのも野暮ってものだ。ましてや相手は旅人だ。此方としてはうつくしい思い出だけを、この娘の土産にさせてやりたい。

 

「あぁ、そうだ。お嬢ちゃん、よければ花束を作るのを手伝っちゃあくれないか?」

 

「花束を?」

 

「妹から土産にってねだられていてねぇ。あいつもオジサンよりお嬢ちゃんみたいな若い娘の感性で作られた花束の方が喜ぶだろ」

 

少しの間を置いて頷いた娘は木から音をたてず降りてきた。身のこなしから武術を身につけていることが分かる。魔獣を倒せる話は本当だろう。

 

娘と一緒に花を摘んでいく。いい歳の男と若い娘が一緒に花を摘んでいる様が周りから見たらどんなものかは、まぁ、考えずにいよう。

 

じっくりと花を見て選り抜き一本ずつ丁寧に摘み取る娘の手付きは拙い。あまり慣れてないんだろう。それでも此方の摘んだ花に比べ、形が良く汚れもない綺麗な花々の花束は女性故か、真面目さからか。

 

「出来た。この花束で平気だろうか」

 

「あぁ、綺麗な花束だ。ありがとな、お嬢ちゃん。礼といっちゃあなんだが、こっちの花束を受け取ってくれるかい?」

 

予備に所持していた髪紐で手早く纏めた花束を娘に差し出す。娘は少し驚いた様子で差し出された花束をじっと見ている。

娘が作った花束に劣る花束を礼にするのはどうかと思うが、残念ながら若い娘が喜びそうな物は視察帰りにはさすがに持っていない。

 

「礼に気の利いた物でも渡せればいいんだがね。ちょいっと今は贈れる物を持ってなくてなぁ。まぁ、オジサンの作った花束だが、感謝の気持ちはたっぷりこもってるぜ。路銀が少なくなった時は、髪紐を売ってくれ。暫くは路銀に困らないだろう」

 

「……今は路銀には困ってなく、人から贈られた物を売るほど無粋でもない。その、礼として誰かから花束を貰うのは初めてで、本当に嬉しく思う。ありがとう」

 

そう言った娘の伏し目がちに浮かべられた微笑みは、強く印象に残った。

 

 

 

 

一度だけ会ったその娘に再会したのは、よりにもよって戦場だった。

顔色も変えずに殺しにくる英雄は、はたして此方を覚えているのかいないのか。はじめは判断がつかなかったが此方の急所を矛先が掠める度に何処となく鈍る動きは、嗚呼、覚えているんだろうなぁ。

 

根は優しい娘なのだろうと、あの花畑の近くで出会った時から分かっていた。それがたった一度の交流だけで、おそらく無意識ながら殺すことに躊躇する程とは思ってもいなかったが。

守りの此方にとっては攻めが鈍るのは好都合だったが、いかんせん、反撃の隙がなかった。

 

だからこそ、不死性を投げ打った状態での一騎打ちはある意味好機だった。他の要因から応えなければならなかったのも確かだが、消える不死性と、崩した精神を平静に戻す他者がいないことから承諾した。

目の前の英雄を倒すことのできる唯一の機会だった。

 

此処で俺が死ねばトロイアは滅び、目の前の英雄が死ねばアカイア軍は敗ける。なにがなんでも勝たなければならない岐路だった。

 

術の媒介らしき槍が地に突き立てられると溶けるように消え、代わりに朽ちかけた闘技場へと空間が変化した。自身に与えられた加護が消えたのを感じたが、それはアキレウスも同じだろう。

 

防御に徹し機を見てなんとか一撃を入れていく。此方の槍を防御せず、裂ける肌も流れる血も気にせずに英雄はただ攻めてくる。

浅い傷しか負わない相手に比べ、此方は傷だらけ。それでもまだ、生きている。

 

不死性が消えてなお相手に致命傷を与えられないのは、単純に相手の方の技量が優っているからだ。それでも此方が凌げているのは相手の矛先が鈍り続けているからだ。

だからこそ、弱い精神の方で勝負にでることにした。

 

図星を突かれ動揺した娘に、友がなぜ死ぬことになったか突き付け感情を乱すつもりだった。そうして隙を見せればいいと。

 

「ぐぅッ!」

 

選択肢を誤ったことに気付いたのは槍で急所を貫かれてからだ。その瞳を見て、どうやら逆鱗を踏みつけてしまったらしいことを悟った。

俺を映すその瞳はまさしく、怒れる神と同じだった。

 

急所への連撃に体が地に伏していく。見ずとも致命傷だと分かる。

 

槍が手から滑り落ちていく。利き手は手首の内側を深く斬られたせいか、微かに動くだけで力が入らない。それでも、片手がまだかろうじてでも動くことが重要だった。動くならば文字を残し、伝えられる。見た。見て、察した。

 

理性が飛んだ英雄が、怒り狂った神の血流れるモノが、ただ落ちていく槍の矛先を初めて避けた(・・・)

 

不自然に動かされた足は、槍が当たることを避けた。あのままだったなら、矛先は踵に当たっていた。

自我さえとんでいそうな現状の精神で意図して避けたとは思えない。身体の方が忌避し、避けた。

なぜなら、そこが傷つくのが致命的であり、弱点があるのはそれにより失われる恩恵が存在するからだ。恩恵とは、この空間を出れば復活する、不死性だ。

 

死ぬ。俺は死ぬ。戦士として敗北するが、トロイアはまだ負けてはいない。負けてないなら、まだ滅びない可能性も残る。俺は死ぬが、残せる物はある。

 

だが、あぁ、あの時、あの花畑で娘を殺してやっていたら。戦況はまだ優勢だっただろう、死なずにすんだ者も居ただろうなぁ。

 

なにより、英雄()にこんな眼をさせずにすんだだろうに。

 

 

 

 

 

 

 





「ヘクトール」
「なんだい、マスター」
「アキレウスのことよく見てるけど気になるの?」
「ああ、いや。柔らかく笑うもんだと思ってねぇ。オジサン、ほとんど戦場での顔しか見たことがなくてな」
「そっか。じゃあさ、たくさん話掛けてみてよ。素敵なのは笑顔だけじゃないから。まぁ、皆と同じで戦闘時は容赦ないけどね」
「あぁ、知ってるさ……」
「?ごめん、よく聞こえなかったや。なんて?」
「いいや、そういえばマスター、さっきマシュが探してたぜ」
「マシュが?そっか、教えてくれてありがとう。じゃあね、ヘクトール」
「じゃあな、マスター」

……最期に見た血涙より、年頃の娘らしく笑っている方が当たり前に似合ってるなぁ。まぁ、英雄の時さえ根っこの部分は普通の娘だったからな。……英雄としてあるより、あの花畑の時みたいに娘として生きてる方がお嬢ちゃんには合っていたぜ。死んじまった身としてはもう終わった物語(はなし)だろうが、まっ、サーヴァントとしては良いマスターにあたって、サーヴァントとしても娘としても穏やかな時間を過ごせているのは僥倖かねぇ。

……お前さんの微笑みは嫌いじゃないぜ、アキレウス。


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