罪を犯したエルフをファミリアに誘うのは間違ってるだろうか(凍結)(メインタイトル関係なし) 作:伊つき
オラリオの冒険者や民達の間でリューの噂は瞬く間に広まった。
もちろん
『あの【疾風のリオン】がまた現れたってそれ本当か?』
『あいつのお陰でオラリオの暗黒期が終わったとはいえ、大量殺人した張本人がなんで今頃…』
『ギルドに
『それがなんでも【疾風】は
『怪しいな…』
などなど迷宮都市内では【疾風のリオン】の噂は絶えない。
皆、悪人として認識されている彼女に恐れを抱いているのだ。
顧客として『豊穣の女主人』に訪れているリューは冒険者による様々な自身の話を小耳に挟んでフード深く被りながら微妙な表情をしていた。
「リューのこと、皆噂してるね」
「覚悟はできていたことです」
白鈍色の髪と町娘の風格を持つ
少し前までは同僚として働いていたリューも今では冒険者となった客となっている。
そのことを寂しく思いつつある彼女はそれを表情には出さずにリューに声を掛けてきた。
「……リューもすっかり冒険者なんだね」
「シル…」
表情を押さえれば言葉が出た、と本末転倒なのではということが起き、シルは慌てて撤回する。
「ご、ごめんね!別にリューを縛るつもりはないんだけど…!」
「分かっています。寂しいのは私も同じです、シル。貴女は私の親友だ。それは今でも変わらないのだから…」
「リュー…」
四年前、復讐の末に倒れたリューを介抱してくれたシル。
その感謝をリューは今でも忘れないし、冒険者になろうが何になろうが彼女が親友であることには変わらなかった。
想う心は以前と同じ、でも自身にはやりたいことがあるのだとどうしても分かって欲しいリュー。
シルの可憐な手をそっと握る。
「私はファミリアの団長です。今は団員一人ですが…きっとあのお方はこれからもファミリアを大きくするでしょう。それでもたまに手伝いにきたりします。これからも貴女との関係を途絶えるつもりはありませんよ、シル」
「で、でも…」
「私にはやりたいことがある」
「……!」
一心にシルの瞳を捉えるリューの瞳。
そこには冒険者特有の冒険への強い信念が込められている。
「私はもう一度冒険がしたい。それを叶えてくれるかもしれない神様がいるのです。どうか、私を許してください…シル」
自分の正直な気持ち、冒険を望む志。
それら以外にも様々な気持ちを込めてリューは真剣そのものでシルを見つめる。
これ程までに彼女の熱い
「うん。分かった。リューはリューのやりたいことをして?私はそれを全力で応援するよ!応援団長にだってなっちゃうんだから!」
「シル…ありがとうございます。本当に…」
思わず涙が零れ落ちそうなリュー。
感涙する彼女に向き合う少女は慌ててそれを拭ってあげる。
その表情は曇り一つない満面の笑みだ。
「シル…」
「ふふっ。リューったら」
微笑み合う親友同士。
だが、それを割く者がのそっとシルの背後に現れた。
「とーこーろーでー、あんたはいつまでサボってるんだい?シル!」
「ひっ!?ミアお母さん!?」
「観念して働きなぁ!今は忙しくて適わない、誰もサボってる暇なんてないよ!」
「わー!待って、ミアお母さん!あ、アーニャ助けてぇ!」
「自業自得ニャ。働けニャ!」
同僚の
シルだけでなく誰がサボってもよく見る光景だ。
「……」
一瞬にして連れていかれてしまった親友。
それでもシルと自分のために話す時間をくれてミアに心の中で感謝しながらリューはクスリと口元を緩めた。
北のメインストリートを共に歩くファミリアの主神と魔道士の少女。
しかし、魔道士の少女は今どこのファミリアにも属していないフリーの冒険者となっていた。
「まさかファミリアから脱退させられるとはな…。俺が言うのもなんだが相手側のファミリアが返すって言ったらどうするつもりなんだ」
「それに近い状態が今ですよ」
【バルドル・ファミリア】から半ば強制的に脱退させられた魔道士の少女、ルシア。
『円卓会議』で
早とちりと言っても過言ではないと思うが円卓会議の決定は絶対、今更撤回など出来ない。
「私が望むのはこれからオラリオで静かに過ごすことです。ですが、レン様はそれをお許しにはならないと…」
「当たり前だ。ただでさえこっちは喧嘩を売られて迷惑掛けられたんだ。報酬なしって訳にはいかないだろ」
「そうですか…」
ルシアは知っていた。
円卓会議でルシアを手早く脱退させたのは主神であるバルドルの意向であることを。
決して口にはできないが、バルドルは寧ろルシアには抜けてほしく思っていた。
だから、レンに交換条件としてルシアを求められた時、少なからずバルドルはホッと安心しただろう。
それくらいは千里眼を使わなくても予測できた。
バルドルにとってルシアが居なくなるのは好都合、それにルシアも納得していた。
自分の抱えているものはやはり何処に行っても迷惑なものなのだと彼女は再確認できた。
一時期はバルドルの元でなら…と思ったことがないわけではないが今となっては関係のないこと。
そして、それをキッカケにレンのところに行っても迷惑をかけるだけだと察したルシアはレンの誘い、否、命令を断った。
「私からバルドル様に他のものを用意させるのはどうでしょうか…?」
「ダメだ。お前を寄越せ」
だが、ルシアの事情など知らないレンは頑なに彼女の提案を拒む。
なので仕方なしとルシアは決心して全て話し分かってもらうことにした。
「分かりました。では、何故私がレン様を拒むのか…お教えします」
「やっとか」
「はい。これを聞けば…きっとレン様も分かってくれるでしょう」
「……どうだか」
一連でルシアを見るレンの視線が胡散臭くなっていた。
これ以上先延ばしにはできない。
ルシアは覚悟を決めて話を始める。
「では、お話します。私の過去を」
メインストリートから外れ、人気のないところにレンを連れたルシアはレンとじゃが丸くん片手に腰を下ろしながら重い口をやっと開いてくれる。
これは、呪われた少女の昔話。
エルフという種族はその大部分がエルフの里で生まれ育つ。
ルシアはエルフの里の外で産まれた。
だから彼女はエルフとしての性質は殆どない。清潔を極端に好み、肌の接触を許さない風習もなく、エルフは上位の存在であるという認識もない。
また、ハーフエルフだったため精霊に愛される以外は普通の少女となんら変わらなかった。
だが、それは違った。
彼女は普通などでは断じてなかった。
何故彼女はエルフの里で生まれ育たないのか。
ハーフエルフならばどの種族との混血なのか。
ルシアが問えども彼女の母は教えてくれなかったが、ある日、母子で二人だけで暮らしてきた小さな国で事件が起きた。
ルシアの秘密がその国にバレたのだ。
本人すら知らない秘密、彼女の母が隠していた秘密。
ルシアは自分のことを、彼女の母が捕えられ、国の騎士達に剣先を向けられ初めて知った。
お前は竜の、ドラゴンの子であるだと。
ハーフエルフ。
ルシアに混じっていたエルフではない方の血はモンスターのドラゴンだった。
生まれてから一度も父親を見たことないルシアは当時何を言ってるのかわからなかったという。
当たり前だった。
彼女はまだ幼過ぎたのだから。
ルシアの母は死んだ。
その時、母は泣きながらルシアに叫んだという。
お前なんて産まなければ良かった、と。
その後のことを当時のルシア自身覚えていない。
優しい騎士の一人が子供は逃してくれるよう命を掛けて王に頼み、助けてくれた気がするが、母の言葉を聞いた同時に目覚めた竜の本能で自力で逃げた気もする。
どちらでもよい。
結局どちらだったとしてもルシアは居場所を失った。
まだ生まれて十年も経っていない少女はモンスターのいる国外へと放り出され、どこの領地でもない土地を延々と歩かされた。
いつどこで襲いに来るか分からないモンスターへの恐怖。
恵まれた環境から突如野生へと放たれ、食料も手に入ることのない餓死の危機。
おまけに精神まで参っていたルシアはここで死ぬのだと思ったことは何回もあった。
だが、
空腹が限界になると迷わず竜の本能が表に出た。
そして、モンスターを自ら狩り、喰う。
そうしてルシアは生を繋いでいった。
初めてモンスターを喰らった時、彼女は自嘲したという。
なんだ、確かに私は怪物ではないか。
そう自らを自傷気味に笑った。
しばらく野生で暮らした竜の少女は
まずは地上へと放たれたドラゴンを探す。
竜の本能からか、ドラゴンはすぐに見つけることができた。
だが、何処に行っても縄張りから追い出される。
ある日、知能の高いドラゴンに出会った。
そのドラゴンは人の話す言葉を使える。
彼らのようなモンスターのことを
そのドラゴンに放たれた言葉は今でも覚えている。
「貴様は竜でもエルフでも人でもない。ただの化け物だ」
化け物だから。
だから、モンスターにも人にも受け付けられない。
それを聞いた当時のルシアはしばらく硬直した後、発狂した。
自分は存在を赦されていないのだと、どの世界でも生きていけないのだと気付いたから。
壊れゆく少女を見て、その
彼は心優しいドラゴンだったのだ。
少なくとも絶望し切ったルシアにはそう見えた。
たった二年ほどだがドラゴンに育てられたルシア。
二年経ってある日追い出されたのだ。
「エルフの里へ行け。もし、竜を隠しきれるのならそちらで暮らす方が安全だ」
そう告げられ、また放り出された。
でも今度は目的地も野生での生き抜き方もハッキリしている。
第二の父のようなドラゴンの言うことを信じて今度はその目に生を宿してルシアは旅立ったという。
「人の、それも冒険者か。面白い。相手になるぞ」
少女の背中を見送った後、ドラゴンはそう呟き飛び立った。
ハーフエルフである彼女は受け入れてもらえないところもあったが多くのエルフが恵みをくれた。
エルフとしての暮しは不自由なく、ルシアも細心な注意を払っていたため正体がバレることはなかった。
だが、突如エルフの里に懐かしき故郷の国の騎士が訪ねてきて、彼女を連れ去った。
今更なにを、と思いつつ抵抗のできないルシアは大人しく良い思い出のない故郷へと連れて行かれた。
そして、国の王に頼まれたのである。
我が国に住み着いたドラゴンの群れがいる。
なんとかしてくれ、と。
呆れたルシアだが、竜のいるアヴァロンという塔に向かうことにした。
そして、
感謝されると思っていたルシア。
だが、ドラゴンが去ると王も騎士も民も彼女を殺そうとした。
嫌気がさしてルシアは再び国を出た。
そのままエルフの里に帰ろうと思ったが、多種族が住まい、外から来る者を拒まず、身を隠すにも暮らしやすい迷宮都市オラリオの存在を知り、ルシアは行き先を変えたのだった。
「一度、エルフの里で作物の手伝いをしたことがあります。私が育てたリンゴは全て毒が含まれていました。私は呪われているのです…。きっと、人でもモンスターでも居場所に入ることは無理なのです」
視線を落として俯き加減に呟くルシア。
その手には彼女の瞳から零れた雫に濡らされたじゃが丸くんがある。
「そうか…」
ルシアの涙を見てレンはそれしか言えない。
ルシアの悲しみは他人が同情していい程軽いものではない。
ルシアに必要なのは救い。
彼女に居場所を与えてくれる人だ。
「ルシア、お前は人にもモンスターにも絶望した。どっちにも居場所がないから」
重い空気の中、先に口を開いたのはレン。
「俺は生物と神に絶望したことがある」
「……!」
レンの告白にルシアは思わず顔を上げる。
レンの過去の一部、貴重なものな気がした。
涙を拭い、彼の言葉の意味を全力で探ろうとする。
「俺の言葉の意味はいつか分かる」
「レン様…」
立ち上がり振り返って真っ直ぐルシアの目を捉えるレンにルシアは彼の言葉の真意を探ることをやめる。
続けて放たれるであろうレンの言葉を待った。
「俺はお前と同じだった。俺にも居場所がなかった。だが、自分で作ったんだ。俺自身の居場所を。自分の力で」
「私は……レン様ほど強くありません」
自分にレンの真似事は無理だとルシアは再度俯く。
「なら俺が居場所を与えてやる」
「…え?」
「俺はお前と同じだ。どこかに入ることは無理だ、だから自分で作った。俺の作った居場所は人のものでも神のものでもない!」
「人のものでも…神のものでも…ない?で、ではレン様は何なのですか?」
人どころか生物にも神にも居場所がないというレン。
その二種でないのならば何なのか、何者なのか。
残るものは何も無いというのに。
「お前と同じだ。俺も他から見れば化け物だ」
「レン様が…化け物?」
「あぁ。だが、俺は俺だけの居場所を作った。そこではお前を拒む者などいない。だって、俺とお前は同じだから…!」
「え…あ…ウソ…そんなっ」
レンの言ってることはとても信じられるものではない。
だが、もし、もし彼の言うことが本当なのだとしたら、ルシアからすれば彼の居場所は輝いて見える。
彼の元ならば誰もルシアを腫れ物のように扱わない。
なぜなら、主が自分と同じ存在なのだから。
でも、でもそんなことが本当にあるのか。
ルシアは不安だった。
「わ、私は…化け物なのですよ?竜の子です。人ではありません、エルフではありません、ただのモンスターでもありません!それでもレン様。貴方は…私と同じだと言うのですか?」
「あぁ。何度だって言う。俺は同じだ。お前はもう化け物じゃない」
「化け物じゃ、ない…」
初めて否定された。
レンの瞳に嘘はない。
オラリオに来ても真夜中に誰かが自分の翼を見て【
やはりここも自分の居場所ではないのだと改めて思い知らされた。
でも、今は目の前に居場所がある。
絶対にあるその事実にルシアは自然と涙していた。
「あれ…あれ…」
拭えど拭えど止まらない雫。
気付けば目の前に一つの手が差し出されていた。
「ルシア。俺の眷属になってくれないか?」
「うっ…!ぐすっ…はい。はい!」
やっと見つけた居場所にルシアは心の底から笑ってその手を取った。
「おい、お前【疾風】か?」
「……ッ」
オラリオの空も暗くなってきた頃。
『豊穣の女主人』にて、リューはその正体を偶然居合わせた冒険者に剥がれそうになっていた。
「……人違いだ」
「やっぱりお前【疾風】だろ!おい!」
冒険者が無理矢理リューを振り向かせようとしたその時。
その冒険者を追い出そうと思った店主のミアより早く、リューに迫る手を弾いた者がいた。
「止めなさい。ここは笑って食事をする場ですよ?」
「お前は…!」
突如現れた少女に冒険者は顔を青ざめる。
手を払ったのはルシアだった。
「【
「私が回復魔法を使う時、花弁が舞う。その姿からその名が付いたのでしょうけど不快です。私の
「ドラグニル…?」
聞き覚えのない名の一部に首を傾げる冒険者。
だが、ルシアが視線を鋭くすると汗を垂れ流した。
「これ以上
「え、団長?……ってまさか【騎士王】!?わ、分かった!俺が悪かった!許してくれ!」
ルシアの団長をリョーカと勘違いした冒険者は顔から色を無くして必死に頭を床に付ける。
そんな彼にルシアは冷たく言い放つ。
「許します。ですから去りなさい」
「あ、あぁ。おい、行くぞ!ひぃっ!」
足を滑らせながら仲間を連れて冒険者は去る。
静かになった酒場にミアは呆れながら作業に戻り、ルシアはリューの隣に座った。
「どうも。初めまして、ルシア・マリーン・ドラグニルです。団長」
「団長というのは本当に私のことを言っていたのですか!?」
「えぇ。今日から私も【レン・ファミリア】に入るつもりです」
「なっ……」
やっと全てを悟った。
レンは新しい団員にアテがあるとも言っていた。
つまり、それがルシアなのだということに。
「ルシア、貴方がうちのファミリアに…。嬉しいです。これからよろしくお願い――」
「聞いてください。リューさん。そして、もしこれを聞いても、貴女がいいと言ってくれるのであれば私をファミリアに迎えてください」
「ルシア?何を言って…」
リューの言葉を遮ってまで言ってきたルシア。
一瞬何のことだか分からなかったリューだが、彼女の真剣な表情から黙って話を聞く態勢を作る。
「ありがとうございます。これから話すのは私の過去についてです」
適度な対応をしてくれたリューにルシアは一礼し、レンに話した内容をそのままリューに話した。
酒場の店員にも他の客にも聞こえないくらいの声で勇気を振り絞ってリューに語る。
話の途中でリューは何度もその表情を歪めたが、最後まで何も言わずに聞いてくれた。
「……これを聞いても尚、私を受け入れてくださるのならば私に居場所をください」
それは消えそうな程の声音。
ルシアは心の底からリューに頼んだ。
対するリューは少しの間、目を閉じ、再び開いた。
「勿論、歓迎します。私からも是非ルシアにはうちのファミリアに入って欲しい」
「リューさん…。ありがとうございます、本当に…」
「ただ」
「ただ…?」
まさか何か付け足すことがあるとは思ってなかったルシアは疑問符を浮かべる。
「ファミリアに入ったからには団長である私になんでも相談しなさい。もう誰も貴女を拒ませないし、利用などさせない」
「リューさん…」
「それと貴女の新しい居場所には私も居ます。私も存外危ない存在ですが…貴女の居場所はもう二度と失わせない。そう、約束しよう」
「もう、その言葉だけで私の心は一杯で、とても温かいです…」
気付けばルシアはまた涙を流していた。
それを見てリューはギョッと焦る。
「す、すみません。泣かせるつもりは」
「これは嬉しくて流れる涙ですっ!ありがとう、リューさん」
涙を拭ってあげようとするリューにルシアは人生で一番の笑顔で笑った。