罪を犯したエルフをファミリアに誘うのは間違ってるだろうか(凍結)(メインタイトル関係なし) 作:伊つき
暗くて奥が見えづらい一本道の奥。
その入り組んだ道を進むとミレニィアの住居があり、本人はその前でボロボロの姿で倒れていた。
「……」
久しく優しい
あれから一度もあの木造住宅には訪れていない。
あの日の帰りとある理由から無一文に近い状態になり、お金を求めてダンジョンに潜らねばならなかったからだ。
……理由はそれだけではないのだが。
「こんなこといつまで続くんだろ…」
虚ろな目で独り呟くミレニィア。
目先に唯一ある暗闇からも当然返事などこない。
「シルヴィ…」
腫れに腫れまくった身体を起こしてただ愛する者の名を囁く。
ただ彼女を取り戻したいだけなのに、何故こうなったのだろう。
もう幾度となく繰り返してきたその自問自答にミレニィアは静かに涙を流した。
翌日。
ダンジョン13階層にて、ミレニィアは精一杯剣を振るっていた。
『ガウッ!』
強靭な牙を剥き、突進してくるヘルハウンド。
子牛程の体躯がある犬型のモンスターの攻撃をミレニィアは辛うじて避ける。
「……ッ!」
彼女の貧相な装備ではヘルハウンドの攻撃も致命傷。
いくらLv.2でもこの防具なら即死も有り得るかもしれない。
そんな緊迫感を背負いながらミレニィアは再び短剣を構える。
ヘルハウンドが背中を見せている今がチャンスだった。
「はああ!」
『ガァ……ッ!?』
ザシュッと鈍い音がする。
的確に振り下ろされたミレニィアの短剣がヘルハウンドの首を貫通した故だ。
ヘルハウンドはその苦しさに暫く抵抗しようとするが、結局拘束から逃れられず息絶えた。
「ふぅ…」
ヘルハウンドの死骸もなく、完全に魔石となったそれを見下ろす。
ミレニィアの装備ではヘルハウンドを一匹ずつ狩るのが精一杯だった。
「これでヘルハウンドは三匹め。お金になるといいな…」
モンスターを倒したというのにその表情から曇は消えない。
ここまで拾ってきた魔石を数えて再度溜息をつくだけだった。
「ダメだ。これだけじゃあの
折角貯めたお金もすぐに奪われてしまう現状。
対策はもはや一度の攻略に多数のモンスターを狩って、一気に換金するしかない。
そうすれば奪われる前に規定の金額を渡せる。
「よし」
そうと決まればひたすらにヘルハウンドを狩る。
出来るだけ一匹だけのところを狙ってちまちま稼ぐしかない。
そう思って動き出したミレニィア。
だが、次のフロアに出た時、前方からある巨体が現れた。
『……』
「あ、あれは…」
手に汗を握るミレニィア。
巨体はドスンドスンと音を立てて彼女に近付いてくる。
その目には完全に捉えられていた。
もう逃げられない。
「ミノタウロス…なんで、この、階層に…」
ミノタウロス。
15階層で生み出される筈の人型牛モンスターが何故かミレニィアの目の前にいた。
恐らく下の階層から迷い込んできたそれとミレニィアは最悪にも
「ダメ…勝てない…私じゃ…ッ!」
顔から色はどんどん抜け落ち、唾が喉に詰まる。
ただ足だけがフルフルと震えるだけだ。
『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
「……!」
ミノタウロスが
しかし、Lv.2のミレニィアは辛うじてこれには耐えられる。
耐えられるのだが、彼女の潜在能力と装備はとてもミノタウロスに挑むものとは思えなかった。
「やるしか、ない…?」
『ヴオオオオオオオオオオオ!』
ミレニィアの意思など微塵も関係なくミノタウロスは駆け出す。
恐れながらもミレニィアはなんとか身体を動かした。
だが、次の瞬間その身体はフロアの壁まで吹き飛ばされていた。
「がはっ…!?」
二倍はある巨体からの突進。
ミレニィアには耐えられず、その背で壁を削らされる。
「うぐっ…ぐっ…」
『ヴオオオオオオ…』
突進がクリーンヒットして怯むミレニィアにミノタウロスは余裕の構えでゆっくりと近付く。
ミレニィアは少し薄れた意識の中、どうするか考えた。
「はぁ…はぁ…ミノタウロス、を、倒すには…」
自分で倒せるか。
そんな疑問などとっくに捨てた。
倒さなければいけない。
地上に帰る理由がある。
負けられないのだ。
伝う汗や口端から垂れる血液をも無視して思考する。
まずミレニィアのステータスによる短剣の攻撃では例え攻撃を当てたとしてもミノタウロスには致命傷にならない。
「はぁ…はぁ…」
『ヴオオオオオオオオ…』
張り裂けそうな足を踏ん張らせて立ち上がる。
残された手は一つしかなかった。
「お願い、成功して…」
ある策に縋りながら懇願するミレニィアは小太刀とは別に短い杖を取り出す。
「【星屑よ、穿て。標的を破滅せよ】」
『…………!!』
短文詠唱。
魔法を行使するつもりだ。
これには魔力に気付いたミノタウロスも思わず足を止め、激しい吐息を漏らす。
そして、
「【セーマ――きゃあああああっ!?!?」
詠唱を完成させたミレニィアは魔法を放とうとして
爆発に巻き込まれたミレニィアはあちこちが焼け、身を伏せる。
「ゴホッ…!がはっ…!」
焦げ臭さで息が詰まるのと肌を焼くような熱さに苦しむミレニィア。
身体はあちこち悲鳴をあげる程痛み、まるで特有のモンスターの火球を諸に喰らった如く痛む。
「うぅ…!」
『ルルルルルルル……』
「あぁ…」
ミレニィアが自滅している間に距離を縮めていたミノタウロスが彼女を見下ろす。
そこから彼女を殺すのは赤子を殺すより簡単だった。
なにせ身体が思うように動かない。
ミレニィアに抵抗する術はなかった。
それら全てを察している本人は絶望し、表情から色を完全に無くしてしまう。
――あぁ、ここで死ぬんだ。
どうしようもないこの状況に遂にミレニィア自身も諦めがつく。
自分には何も出来ない非力感が充満していく。
後はただ死を受け入れることしかできなかった。
「ごめん、シルヴィ…!!」
「【ヘル・フレイム】」
『ヴオオオオオオオオオオオオオオオ……オオオオ!?』
振り下ろされる剛腕な腕に思わず目を伏せたミレニィアだが、その腕も強烈な打撃もこなかった。
代わりに熱い灼熱が肌をチリチリと焼く。
「え…?」
明らかに様子がおかしいことに気付き、顔を上げる。
すると目の前には獄炎に灼かれるミノタウロスがいた。
『ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーー!!!』
悲鳴のように叫ぶミノタウロス。
抵抗は虚しくできず、ただ炭になるのを待つ。
ものの数秒でミノタウロスは塵となって風で消えた。
ミレニィアはこれが魔法によるものだと瞬時に察する。
「ご無事でしたか?」
魔法の獄炎が収まり、その向こうに現れた小さな少女。
その身に余る立派な杖から魔道士と察せられる彼女はミレニィアに手を差し伸べてきた。
「は、はい…」
「それは良かったです」
差し伸べられた可憐な手に触れるミレニィア。
瞬間、目の前の少女は華やかな笑顔を浮かべる。
今のミレニィアには、いや、いつ見てもそれはまるで天使のように美しい。
「リューさん。冒険者を一人保護しました。見たところ負傷しているようですし、一度地上に運ぼうと思います」
「分かりました。ここからは一人の戦闘でも充分やっていけるので大丈夫でしょう」
小さな魔道士の後から現れたフードを被り覆面をしている冒険者。
よく見るとチラチラと尖った耳が魔道士にも覆面の冒険者にも窺える。
「あ、あの…ごめんなさい…」
「いえ。謝るのはこちらの方です。ミノタウロスを13階層に逃がしてしまったのは私達のミスですから」
「え?そうなんですか…?」
「えぇ」
ミレニィアに軽い傷の手当を施しながら小さな魔道士は頷く。
それを聞いて彼女も自分と同じ上級冒険者なのかと察し、同じLv.2でありながらも総合的に差があることにどうも羞恥を感じる。
だが、ミレニィアは一つ誤解していた。
「私はルシア・マリーン・ドラグニルといいます。症状を見るに
「は、はい。凄い…そんなことまで分かるんですか?」
「えぇ。まぁ」
マジック・ポーションを動けないミレニィアのために飲ませてくれる魔道士のルシア。
適切な処置をしてくれる。
「では、失礼します」
「え…?」
突如、自分より一回り小さい身体に持ち上げられる。
そのままおんぶされた。
「えぇ!?あの、私重いですよ!」
「大丈夫です。ステータスがありますから」
「で、でもLv.2じゃ…」
「私はLv.4ですよ?」
「……」
次はサーッと色が抜けていく感覚をミレニィアは感じる。
自分はとんでもない勘違いをしていた、それを瞬時に理解させられたからだ。
「すすすすみません!まさか第2級冒険者様とは…勘違いしてごめんなさい!」
「構いませんよ。それより喋ると傷が開くので気をつけてください」
「は、はい…すみません…」
多大な失礼を働いてしまったミレニィアは素直に黙る。
それからは何故か少し違和感を感じる小さな背中に身を任せた。
「リューさん、地上に戻るまでの護衛は任せます」
「承知しています。行きましょう」
「……ッ」
ルシアの背中越しに美しい美貌が見え隠れしている覆面の冒険者――名をリューと呼ばれた彼女にミレニィアは息を呑む。
同時に
地上に戻るとすぐさま治療院行きとなったミレニィア。
きちんとした応急手当をされ、歩けるようになった彼女は改めてとある魔道士に頭を下げる。
「ありがとうございました…本当に…」
「いえ、ご無事でなによりです」
謝罪にルシアは微笑みで返す。
「お名前は?」
「ミレニィア・ラングレーです」
「ミレニィアさん。一応所属ファミリアも聞いていいですか?」
「は、はい。【ソーマ・ファミリア】です」
「【ソーマ・ファミリア】…」
ソーマ・ファミリア。
その名を聞くとルシアは密かに表情を曇らせるが、ミレニィアは気付いていない。
そこにリューが帰ってくる。
「換金を終えました。えっと、そちらの方は……」
「ミ、ミレニィア・ラングレーです」
「ラングレーさんですか」
リューの言葉一つ一つに緊張するミレニィア。
ルシアも同様だがまさに妖精そのもののような美しさを持った彼女に気圧される。
「傷を負ってしまったようですが、命に別状はないようで安心しました」
「そ、そんな私の心配なんて…」
「自分を無下にするのは止めなさい。貴女にも立派で尊い命がある」
「尊い、命…」
今まで死んでいいと思ったことは一度もない。
だが、自分を尊いものだという認識はなかった。
故にミレニィアはリューの言葉に目を見開く。
自分にまだそんなことを言ってくれる人がいることに驚愕したから。
(やっぱり…私とは全然違う…)
同じエルフでもリューとミレニィアでは考え方などガラリと違う。
ミレニィアはその事に劣等感を感じる。
やはり自分は駄目なのだと再認識させられた気分になった。
「ミレニィアさん。一ついいですか?」
「え?あ、はい…」
俯き加減だったミレニィアは突然ルシアに声を掛けられ、急いで顔を上げる。
「恐らくミレニィアさんが
「え!?」
思いもよらない言葉にミレニィアは思わず驚きを声に出す。
ルシアが分かるというその原因、実はミレニィアがずっと知りたがっていたことだったからだ。
「端的に言えば詠唱の不足でしょう」
「詠唱の不足…?」
「はい」
ルシアによるとミレニィアが魔法を放とうとした時魔力がまだ一点に充分に集まってなく、身体のあちこちに魔力が残留したまま放ったことでそれぞれが無理に行使され爆発を起こす、とのことだ。
それには魔力の操作に肝心な必要量の詠唱がある筈で、ステータスに記されている詠唱が足りないなんてことはほぼないという。
だが、ミレニィアは自身のステータスに刻まれた詠唱を全て読んでいる。
少なくとも本人はそう思っていた。
「まさかステータスの偽造…?」
聞こえないように呟くリュー。
話を聞いている限りミレニィアが嘘をついているということは無く、詠唱も全部読んでいることは本人も口にした。
それでも魔法に失敗するというのならばそもそもそのステータスに刻まれた魔法欄が偽造されているのではないか。
その結論にリューは辿り着いてしまった。
「……ルシア」
「分かっています」
事態の重大さに気付きつつあるルシアもリューの言葉を制止する。
これは【ソーマ・ファミリア】自体が何らかの理由でミレニィアにしたことだ。
彼女がファミリア内でどういう存在なのかまでは分からない。
しかし、あまりにも酷い仕打ちだ。
「
「さあ。今の状況では情報が少な過ぎる」
「そうですね。ただ何故団員の命を落としかねないことをするのか、それだけが引っかかります」
リューとルシアでひそひそと話す。
この時ルシアは【ソーマ・ファミリア】を
「【ソーマ・ファミリア】は表向きはただきな臭いだけなのですが、その実態は主神の作るお酒、
「そういった裏事情が何か関係してると、貴女は言うのですか?」
「いえ、まだ分かりません。千里眼を持ってしても得られる情報には限りがあります。それに」
「それに?」
「規定違反ですのでファミリアの内状を勝手に見るのは昔から抑制してました。ですから知ってることはそこまで多くありません」
「そうですか…」
「あ、あの…」
リュー達が暗い顔をしているとそれまで除け者にされていたミレニィアがおずおずと声を掛ける。
それまでの短い間すっかり会話に夢中になっていたリュー達は慌ててミレニィアに向き直る。
「あぁ、すみません」
「いえ…。何を話されていたんですか?」
「大したことではありませんよ。ちょっとした世間話です」
「はぁ…今、ですか」
「そんなことよりミレニィアさん。これを」
「これは…魔石?」
「それとドロップ品です」
そう言われて渡されたのはミレニィアが狩ったモンスターにしては大きい魔石、それと知らない角だ。
不思議に思い、ルシアを再度見る。
「あのこれって…」
「ミノタウロスの魔石と角です。ほら、私が倒したあの」
「あぁ……ってそれだったらルシアさんの物じゃ?」
「魔法を行使できていれば倒したのはミレニィアさんですし、私達はもう手荷物が多くなるだけなので要りません」
「そうですか…。じゃあ有難く貰います!」
「はい」
思わぬ報酬に表情に喜びを隠しきれないミレニィア。
ミノタウロスを討伐したことがないわけではないのだが、その時の装備はもっと重厚だったため今では困難になっている。
何故その時の装備がないのなというと取られたとしか言いようがないのだがそんなこと本人と当事者以外知る由もない。
とにかくミレニィアにとってミノタウロスの魔石とドロップ品は思わぬ報酬だ。
「これだけあればきっと…」
「どうかしました?」
「あっ、いえ!なんでも!」
無意識に出た呟きを聞かれぬようミレニィアは誤魔化して立ち上がる。
その際傷が響いてふらついたところをリューが支える。
「す、すみません」
「気を付けてください。換金まで付き合いましょうか?」
「いえ…そこまで迷惑をかけることはできませんし、充分助かりました。ありがとうございます…では」
深々と頭を下げてミレニィアはバベルの換金所に向かっていく。
リューとルシアはそのか細い背中を見つめた。
「……心配だ」
「そうですね。一応レン様にも話しておきましょう」
「はい。我々もそろそろ
「換金した魔石も集金しなければいけませんしね」
何か問題を抱え込んでいる
そして、
「そうか、お前らも会ったのかミレニィアに」
「はい。レン様が美味しそうな豆腐料理を食べさせていた女性ですよね」
「豆腐料理…?」
「おい待て。やめろ、バカ」
千里眼で既にレンとミレニィアの出会いを知っていたルシア。
当然肉豆腐の件も知っていた。
聞いたことのない料理にリューも目を細める。
「別にやましいことはしてないし、特に大したこともなかった」
「そうですか。それで、調べはつきましたか?」
「そこまでお見通しか」
レンも個人的にミレニィアについてはある程度探りを入れていた。
その事にもルシアは見ていて、リューもルシアに予め知らされていたので話には付いていけている。
「で、知りたいのか?」
「はい」
レンの問いにルシアは迷いなく頷いた。
リューも異論はない。
寧ろミレニィアの問題自体にはリューの方がルシアより興味がある。
ルシアはリューよりミレニィア自身に興味があった。
ある程度彼女達の気持ちを察したレンも続ける。
「分かった。だが、結構めんどくさいぞ?いいのか。昨日今日知り合った他人の面倒臭い事情に首を突っ込んで」
「ふふっ。もしやレン様は面倒事がお嫌いですか?それとも恐怖の感情を?」
「馬鹿言え、俺はお前らを心配してやってんだよ」
ルシアの茶化しにレンも不敵に笑う。
次にレンはリューにも確認を取った。
「お前もいいか」
「勿論、異存はありません。彼女に起こっていることは許されるものではないかもしれません」
「お前らしいのかもな」
リューも承諾し、頷き合う。
これでファミリア内の主神団員全ての同意を得た。
「なら話そう。お前らに覚悟があるならば」
そうして悲劇のエルフの物語は語られた。