罪を犯したエルフをファミリアに誘うのは間違ってるだろうか(凍結)(メインタイトル関係なし)   作:伊つき

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第29話

暖かい。

その気持ちが心を満たす。

凍え死にそうだったのが嘘かと思えるくらい今のリューは偽りの幸福を感じていた。

 

「あぁ、寒かっただろう。辛かっただろう。痛かっただろう。だが、もう大丈夫。ケヴィンおじさんがいるからね。ウシシ」

「……」

 

毛布を掛けられ、火に当てられている。

宥めるように背中を撫でてくるケヴィンを虚ろな目で見返すリュー。

 

「よしよし、いい子だ。ウシシ…」

「……て」

「ん?」

 

反応がないかと思えば僅かに漏らした声にケヴィンが耳を傾け、リューは再度口を小さく開閉する。

 

「助、けて、くだ……さい」

「助けてください。だって?ウシシ」

 

充分に壊れきったリューの心にケヴィンは口を歪める。

およそ狙い通りに奴隷計画が進んでおり、内心では歓喜した。

 

「ウシシ」

 

――素晴らしい。あの第一級冒険者を奴隷に…!初の挑戦で不安だったが、順調なようだな。ウヒヒヒ。

 

これまでリューを奴隷とするために三日間試行錯誤してきたケヴィン。

具体的にはリューが受けた拷問は檻に閉じ込められ、極寒とキメラの恐怖だけではなかった。

あれは第一段階として恐怖を植えるためにやったこと。

次は主には絶対に逆らえない心の作成。

奴隷商売では必須となる主人への絶対服従だ。

全てはそのために。

ケヴィンは震えるリューの肩に腕を回して諭してやる。

 

「大丈夫だ。おじさんが付いてるし、言うことにさえ従っておけばもうあんな思いはしなくて済む」

「それは本当に…!?」

「あぁ。勿論、嘘はつかない。そう、従っていればいいんだ。ウヒヒヒ」

「従って、いれば。従って…」

「そうだ。逆らってはダメだ。ウヒヒヒ」

「逆らっては、ダメ…」

「逆らったらまたあの牢に逆戻りするかもよ?」

「……ッ!それは嫌だ!お願いします!どうか、見捨てないでほしい…!」

「ウヒヒヒ」

 

必死になるリューがケヴィンはおかしくて仕方がない。

これがあの第一級冒険者のエルフだというのだから、笑わずにはいられなかった。

もはや彼女は自分の手中。

ケヴィンは初の第一級冒険者奴隷を確信した。

 

「ウシシ。おじさんには他にも仕事がある。暫くここで大人しくしていろ。いいな?」

「はい」

 

ケヴィンの命令にエルフが頷く。

その様子に満足したケヴィンは一人、少年を用意した。

 

「おじさんが居ない間、こいつをご主人様と思え。なに。いつかは新しいご主人様の元に行かなきゃいけないんだ。その練習さ」

「そんな…!」

 

リューが去ってしまうケヴィンに絶望した表情になる。

ケヴィンはリューに見せないようにまた口端を歪めた。

――こいつ、俺に依存してやがる。

牢の拷問から解放したのはケヴィン。

だから、リューには唯一縋れるところだったのだろう。無様にご主人様と呼んでしまう程に。

実際は拷問させたのも内容を考えたのもケヴィンなのだが。

当然リューが知るはずもない。

 

「従えないのか?ならお仕置きが必要だなぁ。ウヒヒヒ」

「お仕、置き…!?」

「あぁ。愛しの牢とキメラちゃんがお待ちだ」

「……ッ」

 

脳裏に蘇る地獄。

リューは発狂した。

そして、物理的に縋り付く。

 

「――!――!」

「あぁ、分かった分かった。いい子にしてたらしないさ。できるな?」

 

ケヴィンの問いに勢いよく首を縦に振るリュー。

普段の面影など微塵もない。

もはや誰かさえ分からない、ケヴィンの奴隷()だ。

 

「よし。じゃあ俺は行く。新しいご主人様の名前はガンマだ。ウヒヒヒ」

「……」

 

無表情の少年、ガンマと呼ばれた彼を置いてケヴィンが部屋を後にする。

暖炉の前で怯えるリューは恐る恐るガンマを見遣った。

 

「貴方が、私のご主人様…」

「……」

 

虚ろさと恐怖に染まった瞳。

それに見詰められるガンマという少年は……しかし、何もしてこない。

 

「ご主人様」

「……」

「……?」

「……」

 

リューが呼び掛けても反応しない。

ただ目線はきちんと見下ろしていた。

 

「お前はそれでいいのか」

「え…」

 

這いつくばうように見上げるリューにガンマはようやく口を開いた。

が、その内容にリューは首を傾げる。

予想していたような命令がないからだ。

 

「エルフは誇り高き種族だと聞いている。俺の知識は間違っていたのか」

「貴方が、何を言ってるのか分からない……わかりません」

「分からない。俺も、分からない。だが、不愉快だ」

「……ッ!」

 

不愉快、そう言って表情を歪めるガンマ。

リューはご主人様の機嫌を損ねてしまったと思い、焦る。

お仕置きを恐れて必死に縋り付いた。

 

「すみません。すみません。どうか、許して欲しい…」

「別に。怒ってない。俺は本当のお前が見たい」

 

そのままガンマがそっとリューの首に触れる。

急に触れられて本能で嫌悪感を抱きながらも抵抗はしないリュー。

首を締められると思ってビクついたが、彼女の首が赤黒く輝いた。

 

「なにが…起こって…」

「奴隷には特別な魔道具(マジック・アイテム)が首に付けられている。俺は今それを外した」

「……!?」

 

突然の真実とガンマの行動にリューが驚愕する。

何故そんなことをするのか。

ご主人様にしてはおかしいと感じるリューの前に屈むガンマ。

次は何やら丸底のフラスコを取り出した。

 

「判断を鈍らせたり幻覚作用を起こす気体をお前は沢山吸わされた。これはその解臭剤だ。鼻に近づけて嗅げば治る」

「よく分からない…。これから出る気体を吸えばいいのですか」

「そうだ。命令」

「……はい。ご主人様」

 

命令と言われるとリューは細かいことを気にせず従うようになる。

ガンマに従ってフラスコ内の気体を吸った。

このように他にも毒性を浴びていることをガンマが指摘し、全て解毒をしてくれる。

最初はなんとなく飲んだり嗅いだりしていたリューだが、次第に朦朧としていた意識がハッキリし、虚ろな目に光が宿ってきた。

 

「これで戻らないようなら手遅れだ。お前はもう奴隷になるしかない。逃げられない」

「ご主……くっ!」

 

洗脳の効果で奴隷のような仕草をしてしまいそうなリューだったが、踏みとどまる。

自分だと分からない程息苦しい。しかし、何か、忘れていたようなものを思い出す感覚。

 

「お前の名前は?」

「リュー……リオン」

「何処からきた?」

「迷宮都市オラリオ……そうだ。私は、冒険者」

「お前はなんだ?奴隷か」

「違う…!」

ガンマの問い掛けに力強く否定するリュー。

屈辱的な感情を取り戻し、偽りの温かみ(毛布)を自ら剥ぐ。

 

「私はリュー。【レン・ファミリア】の団長だ」

「そうか」

 

自分を取り戻したリューにガンマが衣服を投げ渡す。

リューは反射神経でそれを受け取った。

 

「服と武器。リューのものだ」

「感謝します」

 

目を覚ました時には盗られていた戦闘服(バトル・クロス)

リューはそれを纏おうとして手を止める。

 

「あの…すみません。後ろを向いててくれませんか…」

「……?いいけど」

 

ガンマは男。

正気になったリューは彼の前で裸体を見せつけていたことに気付き、羞恥する。

顔を紅潮しながらリューは戦闘服(バトル・クロス)を身にまとった。

いつもの薄着の上にいつものフード。

馴染みを感じ、旧友から貰った二対の小太刀を腰に差す。

 

「どうして貴方は私を助けた。貴方はあのケヴィンという奴隷商人の仲間ではないのか」

「違う。俺の(マスター)はパラケルスス。俺は命じられてここに配属されただけ。助けた理由については……分からない」

「分からない?」

 

本来なら敵の立場であるガンマ。

彼に救われたことを疑問に思っていたリューだが、尋ねてみたら本人が首を傾げてしまう始末。

リューは困惑した。

 

「理由もなく、私を助けたのですか」

「いや。理由はある。上手く言えないけど……どうしてか、不快だった」

「不快…」

 

そういえばさっきも同じようなことを言っていた。

あの時リューの意識は朦朧していたが、かろうじて思い出せる。

暫く考えたあとリューは何か閃いたのような表情でガンマに質問をいくつかする。

 

「何故不快だったのか、思い出せますか」

「分からない」

「では何が不快だった」

「……それは多分リューが虐められている時?…多分」

「曖昧ですね。ですがハッキリしました。あくまで私の一意見ですがそれはきっと貴方の正義心だ」

「正義心……?」

 

自分では見つけられなかった答えを一瞬で推測したリューと思いもよらぬ解答にガンマは固まった。

そして、俯き何度も呟く。

 

「正義。俺の、中に…正義。正義?」

「私に正義を語る資格はない。ただ貴方が私に手を差し伸べたその時の心は昔何度も見たものだ。間違いないだろう」

「……」

 

胸に何か、響くものがある。

ガンマは不快の原因が正義心だと確定付けた。

リューの一意見なことは彼女も言っていた通り、それは理解している。

ただガンマの意志が『正義』を肯定している気がしたのだ。

 

「貴方が何に悩んでいるのかは分からない。だが、私には帰るべき場所があります。だからここを出る。助けてくれたことには感謝します。ありがとう」

「待った。俺も行きたい」

「貴方も?」

「リューに付いていけば俺の知りたいことが分かるかもしれない。そんな気がする。だから付いていきたい。ダメか?」

「いえ、こちらとしても案内人が欲しかったので構いません」

「分かった。この場所の地図は頭に記憶(インプット)している。最短ルートで脱出しよう」

「えぇ」

 

応じる意味で頷くリュー。

ガンマの導きで暖炉のある部屋を出る。

誰にも気付かれぬよう隠密に逃走した。

道中、幾度か人族(ヒューマン)非人族(デミ・ヒューマン)を目にし、それら全てが奴隷だとガンマから聞く。

気になるが、今のリューにそんな余裕はない。

 

「事が終われば必ず……」

 

――あなた達を救うと誓おう。

数々の奴隷に今は解放してやれないことを悔やみながらリューは私情を抱き、脱出へと向かう。

が、唐突に前を進むガンマが足を止めた。

 

「何か異変が」

「……気付かれた」

 

尋ねる前に警戒心を強めるガンマ。

それに応じるようにリューも小太刀を抜刀する。

少し本領を発揮できなかったリューの気配察知能力もガンマの言葉の後にはそれを捉えた。

来た道の方向に警戒を強めるガンマと武器を構えるリュー。

白い影は容赦なく一本道から滑り出し、リュー達の前に降り立った。

 

『ムウウウウウウウウウウウウウウウ――』

 

「あっ……」

 

キメラ・ホムンクルス。

瞬間、リューの頭の奥底から恐ろしい記憶が蘇り、心臓を爆発させ、身体に電撃を走らせる。

間違いなく、()()()だった。

 

「キ、合成獣(キメラ)……」

「……」

 

何やらガンマがここまで肩に担いでいたショーケースを開いたが、リューはそちらに意識を割くことができない。

リューの汗が雫となって落ちた時、キメラ・ホムンクルスはリューを逃がさまいと動いた。

 

『ムウウウウウウウウウウウウ、ウギュッ――!? 』

 

「え…?」

 

リューの元に向かおうとしたキメラ・ホムンクルスだが、走り始めて一秒にも満たない低姿勢に入った所を()()に吹き飛ばされた。

それは閃光のように速く、鋭い大音がリューの傍に響いた。

キメラ・ホムンクルスの進行をも阻止したものをリューは思わず振り返る。

 

「標的、狙撃。大丈夫かリュー」

「……ッ」

 

思わず息を呑む。

ガンマが手に構える鉄器(ライフル)

リューは直感で察した。

これが、『銃』なのだと。

 

「……貴方だったのですね。オラリオにて神ヒュプノスを狙った狙撃手は」

「あぁ」

 

レンは銃は基本誰にでも扱える武器だが、狙撃銃(ライフル)であそこまで正確に狙える者はそう居ないと言っていた。

そして、ガンマは銃について何も知らないリューから見てもその才は見て取れた。

間違いなく彼が最初の襲撃者であったと、本人も頷いた。

 

「問いただすのか?」

「いえ、今は……」

 

チラリとキメラ・ホムンクルスを見遣るリュー。

まだ震えが止まらない。

あれに対する恐怖心はまったく乗り越えられない心の傷(トラウマ)となっていた。

 

「俺が援護する。奴を切り抜けよう」

「……ッ」

「どうした?」

 

様子のおかしいリューに首を傾げるガンマ。

暫く考えてリューの受けた仕打ちから僅かばかり察した。

「リュー。今の俺の武装じゃ倒すのは無理だ。だが、出来るだけ俺が抑える。お前はその隙に逃げろ」

「ガンマ…」

 

自ら犠牲になる。

暗にそう告げたガンマにリューは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

ただ震えが止まらない、あのキメラ相手には前を踏み出せない。

ここはガンマに任せるしかなかった。

 

『ボウッ!ボウッ!』

 

「くっ…!」

「回避」

 

キメラ・ホムンクルスが火球を放ち、リューとガンマは左右に避ける。

が、そのせいでリューが孤立してしまった。

 

『ムウウウウウウウウウウウ――』

 

「あ…」

 

振り下ろされる腕にリューは動くことができない。

目を瞑ったその時、ガンマの目には一閃が写った。

 

「邪魔だあああああああああ!」

 

『ムウウウウウウウウウウウウウウウ!?』

 

大剣を手にキメラ・ホムンクルスの胴に斬撃を与えた狼人(ウェアウルフ)

大剣の名は黒漆(くろうるし)、彼の名はライオネルだった。

 

「貴方は…【猛獣(ビースト)】。何故ここに――」

「うるせえ。お前は俺の獲物だ。あんなデカブツに取られるかよ!」

「【猛獣(ビースト)】……」

 

相変わらずの彼に今回ばかりはリューも助けられた。

理由はどうあれ、今ライオネルが優先的に倒すのはキメラ・ホムンクルス。

戦力的に増えたのは命を繋ぐ可能性を広げたことになった。

さらにもう一人。キメラ・ホムンクルスの背後に現れる。

 

「醜い姿じゃの。在り合せの其方とワシ、どっちが優れてくれるか試すか?」

 

『ムウウウウウウウウウウウウウウ!』

 

腕を振るうキメラ・ホムンクルス。

威吹鬼はそれを躱し、蹴り飛ばした。

 

『ムウウウウウウウウウウウウウウウ!?』

 

「うるさいのぉ」

「時間がない。行こう」

「なんじゃ?其方」

 

あくまでリューの脱出を目的としているガンマに急かされたが、ガンマの事など知りもしない威吹鬼は顔を顰める。

 

「おい、鬼女!手を止めてんじゃねえ!」

「なんじゃ。うるさいのは敵だけでなく犬科もか」

「誰が犬科だ!」

「リュー、行こう」

「え?」

 

言い合うライオネルと威吹鬼を無視してリューの手を取るガンマ。

片側に抱える狙撃銃(ライフル)にも目を向けながら威吹鬼が制止した。

 

「待て。其方何者じゃ?脇に抱えるそれはなんじゃ?【疾風】を連れて何処に行くつもりじゃ」

「俺達はここの脱出を目指している。だから、ここで時間を浪費する必要がない」

「あ?あのデカブツに背を向けておめおめと帰るってか?」

「俺達の戦力では合成獣(キメラ)には勝てない」

「なんだと!?俺達があいつに劣るって――」

「待て。犬科よ。ワシらはともかくLv.5の【疾風】が居て勝てぬとはどういうことじゃ?」

「……その質問に俺が答えていいのか、俺には分からない」

「はあ?」

 

ここに来て答えをはぐらかすガンマに威吹鬼だけでなくライオネルも苛つく。

仕方なしとリューを見遣った威吹鬼だが、その異変を察した。

 

「なるほどの。ビビっとるようじゃな。あの【疾風】が」

「なに…?」

「……」

 

思わず目を伏せるリュー。

まさか恐怖で戦えないなんて言える筈もない。

威吹鬼は呆れ、ライオネルは驚愕した。

 

「哀れじゃの。期待外れじゃ」

「……ふざけんなよ。【疾風】がビビって戦えねえってか」

「……すみません」

 

自分でも恥ずかしくなりながらも震える手を抑えてリューは謝罪する。

悔しいが、キメラ・ホムンクルスを目にしただけで足を踏み込めなくなるのだ。

ライオネルと威吹鬼も状況を把握したことからまだキメラが起きてないのを確認して、ガンマが促す。

 

「行こう」

「チッ…」

「仕方ないの」

「……」

 

キメラに背を向ける一行。

ガンマの指示するルートを辿って進んでいく。

キメラ・ホムンクルスは見失ったのか追ってこなかった。

やがて、迫る光にガンマが出口を示す。

 

「もうすぐ脱出だ」

「それはどうかな?うヒヒヒ」

「……!」

 

リューを閉じ込めていた建物の出入口で、ケヴィンともう一人――錬金術師のパラケルススと遭遇した。

二人と遭遇してしまった。

最悪の展開。

だが、迷わずガンマが狙撃銃(ライフル)を構えた。

 

「おや、ガン――」

「うヒヒヒ……ゴハッ!?」

『『……!?』』

 

ケヴィンの脳天をぶち抜く一閃。

それは一瞬の出来事だった。

 

「お前は不快だ」

 

キッパリと言い切り、ケヴィンを射殺したガンマ。

その速さにリューは驚いた。

 

「ガンマ…」

「次はお前だ、マスター」

「いやはや……反抗期が多くて困る。ここはいい子にしてたゼータ達に頑張ってもらおう」

「なっ――!?」

 

ゼータ。エータ。テータ。

食屍鬼(グール)となってない彼らはそれになりたくないがために()()()にしてたにも関わらず、嫌な予感に絶句する。

そして、パラケルススは予想を裏切らなかった。

 

「さあ、食屍鬼(褒美)をあげよう」

『い、嫌だああああああああ!!』

 

発狂するゼータ達、だが、すぐに狂乱に変わった。

揃って醜い姿に変貌する。

 

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙』

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』

『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"』

 

「貴方は相変わらず…下衆かっ!」

「ははは、ではこれにて私は失礼するよ」

「待ちやがれ!」

 

リューが怒り、ライオネルが吠える。

が、三体の食屍鬼(グール)が立ち塞がり、パラケルススの背は次第に小さくなってしまう。

これではマズイ、とリューは焦った。

 

「ガンマ、頼めますか」

「分かった」

 

たったそれだけで伝達でき、ガンマは低く狙撃銃・バレットМ82を構える。

引き金を引き、元はゼータだった食屍鬼(グール)の脳天を撃ち抜いた。

 

『アガッ……ガッ……ア゙ア゙、ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!』

 

「なっ――!?」

「やはり、効かない」

 

ガンマを除くリューにライオネル、威吹鬼でさえも目を見開いた。

脳を外部へぶちまける程に抉られたゼータの筈が、瞬時に再生したのだ。

これは暗に脳は弱点ではないと酷なことを伝えられていた。

 

「心臓を抉っても時間が経てば再生する。一気に消し飛ばすか、最悪心臓を潰して時間を稼ぐのが良策」

「確かに…私達の目的は逃亡。ならば後者を乗るべきだ」

「あ?またおめおめと敵前で逃げるのかよ。情ねえな」

「【猛獣(ビースト)】、今は協力してください」

 

上手くまとまってくれないライオネルに注意を促すリュー。

それに対してライオネルは顔を顰めた。

 

「チッ、んなこった分かってるんだよ。俺が言ってるのはさっきの前者でいけるって言ってんだよ」

「それは、それ程の火力があるというのですか?申し訳ありませんが……今は私は魔法を行使しづらい」

「勘違いすんな。お前じゃねえ」

「では誰が…?まさか【猛獣(ビースト)】、貴方が」

「んなわけねえだろ!あいつだよ、あの鬼女!」

「ほう。ワシに何か用か?」

 

食屍鬼(グール)を二体相手にしている威吹鬼。

彼女の武器を巧みに扱い、引けを取っていない。

 

「鬼女。お前の魔法で焼き払え」

「命じるでない、犬科」

「……!」

 

凄まじい覇気を感じる目に一瞬気圧されながらもライオネルは渋々と再度頼む。

 

「チッ。……頼む」

「あひゃひゃひゃ。素直で良い。良かろう、燃やし尽くしてやるわ」

 

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙』

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙』

『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"』

 

「ふん」

 

魔法の行使を頼まれた威吹鬼は食屍鬼(グール)共を蹴り飛ばし、距離を置く。

詠唱を紡いだ。

 

「【燃えよ燃えよ。闇の者よ。鬼火に焼かれ、荒れ狂え。我が鬼法術を喰らえ】」

「……ッ」

 

次第に魔力が高まっていく。

それは敏感なものならば彼女の一部に集まっていることを理解できるだろう。

詠唱を終える頃、食屍鬼(グール)達は目立つ威吹鬼目掛けて襲い掛かった。

 

「しまっ――」

「【オーガ・フレイム】」

 

刹那、紫の炎が全てを焼き尽くした。

威吹鬼を守ろうと地を蹴ったリューも動きを止めて、目の前の紫の炎に唖然とする。

そして、威吹鬼の()から放たれた魔法の炎は食屍鬼(グール)を容赦なく包んだ。

 

『ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!』

『あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!』

『ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!』

 

三体の食屍鬼(グール)

彼らは灰となって消えた。

 

「……凄い」

 

一人、威吹鬼の魔法に感嘆するリュー。

その様子をライオネルはつまらなそうに見る。

 

「チッ。情けねえ…」

 

食屍鬼(グール)を撃退し、ようやく脱出に乗り出せるリュー達。

だが、リューが居たのは錬金術師のパラケルススの研究所ではなく、奴隷商人のケヴィンの所有していた建物。

外に出たところでそこは何処か分からなかった。

少なくともリューは。

 

「マスターを追うか?」

「いえ、もう何処へ向かっているかは……」

「研究所だと思う」

「そこはワシらが襲撃したからの。もう戻らぬかもしれんのぉ」

「なら俺には分からない」

「一度ルシア達と合流したい。【ケルベロス】、彼女達の居場所は知っていますか」

「知っておるぞ。ただ…」

「ただ?」

 

一瞬言葉に詰まる威吹鬼。

二つ名で呼ばれたことに多少顔を顰めながら続ける。

 

「もう三日経っとるからのぉ」

「三日?」

「いや、なんでもないわ。とりあえず我が主達が泊まっていた宿に向かうべきじゃな」

「宿ですか。なるほど、確かに拠点は必要でした。私は……捕えられていたので忘れていましたが」

 

日にち感覚すらまだ掴めていないリュー。

威吹鬼はそんな彼女を横目に捕らわれてから三日経ったことは伏せておいた。

決して優しさではない。

必要性を感じなかったのだ。

 

「さて、決まったことじゃし行くかの」

「俺はここで別れる」

「え?」

 

出発しようかという時、突然ガンマが別行動を提案し、リューが思わず驚いてしまう。

リューに付いていくと言っていたガンマが、自分を助けてくれた恩人が、離れていくことにリューは気が気でなくなり、自然と尋ねる。

 

「どうしてですか」

「少し、寄りたい所がある」

「寄りたい…ということは戻ってきますか!?」

「そのつもりだけど…ダメか?」

「い、いえ…良かった…」

 

自分でも知らないうちにリューは安堵で胸を撫で下ろす。

 

「リューが良ければまたリューと一緒に居たい」

「……ッ!えぇ。えぇ!喜んで…!」

 

ガンマからの嬉しい言葉にリューは感涙し、その手を取った。

第三者から見れば彼女の心情に気付くが、ガンマだけにあらず、当の本人さえも気付いていない。

ガンマが自身と共に居たい理由が『探したいものが見つかりそうだから』というのを思い出して落胆する気持ちも彼女は知らない。

 

「……出発せんのか?」

「え、あ…」

 

威吹鬼に声を掛けられて我に返るリュー。

頬を少しだけ紅潮しながらコホンッと咳払いをして切り替えた。

 

「そうですね。急ぎましょう」

「犬科、其方はどうするのじゃ?」

「ふん。勝手にやってろ」

「……じゃろうなぁ」

 

黒漆(くろうるし)を担いで去っていくライオネル。

威吹鬼も内心彼の気持ちに同意し、宿へと足を向ける。

 

「ワシに付いてくると良い」

「はい。恩に着ます」

「……」

 

リューを導く威吹鬼。

威吹鬼の後ろを歩きながら違う方面へと別れるガンマの背中を見つめるリュー。

リューには視線もくれず、無言のまま目的の場所へ向かうガンマ。

三者行く方は違えど、目的は同じ。しかし、ガンマの胸のうちには何も詰まっていなかった。

 

『ムウウウウウウウ――』

 

リュー達が去った後、その跡を追うように白の巨体躯は日光の下に姿を現した。

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