罪を犯したエルフをファミリアに誘うのは間違ってるだろうか(凍結)(メインタイトル関係なし) 作:伊つき
ヒュプノス。
眠りを司る女神。
彼女は基本寝ている不思議な女神だが、珍しく『豊饒の女主人』までやって来た。
普段外出など一切しないこの引きこもり睡眠ニート女神が遠出した理由はただ一つ。
無二の神友に会いに来たのだ。
しかし、その神友はヒュプノスを見て顔を顰めていた。
「なぜいやそうなかおをするの?れん」
「お前がタナトスの妹だからだよ」
「わかった。にいさんをころしてくる」
「待った。冗談だ。やめろ、行くな」
本気で兄を殺しに行こうとするヒュプノスを必死に止めるレン。
ヒュプノスなら本気で兄のタナトスを殺りかねない。
レンに止められて不思議そうに首を傾げるヒュプノス、不思議なのはどっちだろうか、兄を平然と殺そうとする方が余っ程不思議な気がする。
「なぜとめるの?」
「神を殺したら大問題だからだ」
「でもにいさんがいるとれんがわたしとなかよくしてくれない」
「分かった分かった。悪かったよ、ヒュプノス」
「ん。よかった。れんとなかよし」
あくしゅ、とレンの手を掴み上下するヒュプノス。
力なく振り回される手をレンは苦笑いで見つめた。
「私には何もないのですか?ヒュプノス」
ヒュプノスはレンとしか話さず、バルドルは放置状態だったことにバルドルが彼女に異議を唱える。
そんなバルドルにヒュプノスはゆっくりと首を捻り、目線を眠たげに合わせて口を開いた。
「ばるどるとはみっかまえにあってる」
「三週間前の間違いでしょう」
「そうだっけ?」
「きっと日々睡眠が長過ぎて日にち感覚がズレてるのですよ」
「それ大丈夫なのか…?」
なんとなく抜けてるヒュプノスに苦笑いするレン。
当の本人はそれを無視して先程までシルが座っていた椅子に腰掛ける。
同時にウェイトレスから飲み物と食事が運ばれ、ヒュプノスは当然のようにそれらに手を伸ばす。
普段から睡眠ばかりしているヒュプノス。しかし、食事の場でもそれは変わらない。食べ終わった途端寝る、なんてこともある。
しかもタチの悪いことにそこからは一切起きる素振りを見せない。つまり、それが酒場で行われるということは連れが最終的に会計を済まさせられるという最悪の可能性があるのだ。
「おい、なんか食い始めたぞ。この居眠り女神」
「これは…今のうちにどちらが会計を済ませるか決めておくべきでしょうか?」
「だいじょうぶ。んっ…わたしは、はむっ…ねない、とおも…むっ…う」
「全くもって信頼できん。後は頼んだぞ、バルドル」
「逃がしませんよ。逃げれるとでも思ってるのですか?」
「ちっ!」
自分の食事分の金を置いて逃げようとするレンだったが、バルドルに阻止され舌打ちする。
こうなったら諦めるしかない。思考を変えてレンは暫く会ってなかったヒュプノスとも談笑しておこうと声を掛ける。
「ヒュプノスはオラリオに来て何年経つ?」
「ろくねん」
「バルドルは七年だったな…。そんだけ居座るってことは何か楽しいことでもあったのか?」
「れんはしらないの?」
「何を」
「かみとけんぞくでつくるふぁみりあ」
「詳しくは神が下界で許されている『
「あー…あれか」
【ファミリア】。
神が眷属を集めて組織化したそれそのものの呼称。
【ファミリア】には冒険者系が最も多いが、他に商業系、製作系、医療系、さらには国家系も存在する。
規模や功績により、ギルドからIからSまでランク付けされ、ランクが高くなればなるほどギルドからの日間徴税額が増える方式。
バルドルは【ファミリア】の目標はダンジョン攻略だと口にしたが、人類にとっての最大目標は『三大冒険者依頼』を達成することである。
三大冒険者とは、「
昔、【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】によって、「陸の王者」と「海の覇王」は倒されたが、「隻眼の竜」には敗北し、両ファミリアの主戦力は全滅した。
それらの目標を達成するために眷属達は『
こうして神と眷属の関係が完成し、それが【ファミリア】となる。
だが、レンにはさほど興味がなかった。
正直面倒臭いからである。
彼は【ファミリア】の詳細などちんぷんかんぷんだし、ギルドやその他の複雑な構成を覚える気も起きない。
それに自らの眷属を作るということは彼等彼女等を率いるということになる。
交友の少ないレンにとって今の神友達が居ればそれで充分、それ以上増やしても特に意味が無いと思っている。
神でさえ狭い関係を保ってるレンにましてや非神の人族や亜人達と交流を取るなど言語道断、とまでは言わないが非常に面倒である。
それだけならまだしも眷属は冒険者、厄介なシステムの上で厄介な仕事をこなす彼等。
もはやレンが関わりたくない者の上位に入っていても仕方ない。
それでも冒険者が世界一集まるこのオラリオに来たのはレンが刺激を求め、娯楽を求めたからである。
しかし、【ファミリア】は違う。
一部の神とってあれは【
ファミリアを作ったことがある訳では無いが、単純に興味が湧かない。
「れんはふぁみりあつくらないの?」
「そうだな。作らない」
「おや?てっきり【ファミリア】を持つつもりでオラリオに来たと思っていたのですが…」
「冗談。俺は嫌だね。そもそも眷属とかいねぇし」
「つくればいい」
「そう簡単に眷属になる子供はいないだろ。眷属を作るって最初は難しい。特にこのオラリオならな」
「そうですね…。確かに他の神が居て、既に自らの【ファミリア】の名声を広めてしまっている【フレイヤ・ファミリア】などがあるこのオラリオでは眷属を作るのは難しいでしょう」
「それに俺はほぼ無名の神。神共の間でも俺のこと知ってる奴なんてなんて数えられる程度だろ。そんな俺の元に眷属を作るなんて無理無理」
「そもそも本人にやる気がないなら尚更ですね」
「むー。れんのふぁみりあみてみたかった…」
ヒュプノスが肩を落としてむくれる。
そんなヒュプノスに対し、レンは悪いなと撫でながら残っていた自分の食事と酒を空にさせる。
「ご馳走様。美味かったよ、バルドル」
「待ってください。私が奢る流れになってませんか?」
「よろしく。ばるどる」
「貴女もですかヒュプノス!ああ…もう、分かりました。レンはオラリオに来たばかりですし今回は特別に私が払いましょう。しかし、ヒュプノス貴女は別です」
「えー、けち」
「貴女もファミリアの主神なら金銭には困らないでしょうに……」
「苦労してるな。バルドル」
「さっき私に昼食代奢らせた貴方が何を言ってるんですか?」
「わ、悪い」
まずい、とバルドルに酒が回ってきてることに気付いたレンは苦笑いを向けて何か適当な理由を付けて去ろうとする。
何がいいだろうか?咄嗟に思い浮かぶものがあまりない。
なにせ交友関係は狭いのだから。
そうだ、こうなったら面識ある神には会いに行こうそうしよう、そうと決まればとレンの行動は早かった。
「バ、バルドル…俺カリス三姉妹に会いに行ってくるからここで御暇するよ。またな」
「ふえ?話はまだ終わってませんよ…」
「ばいばい、れん」
「あ、あぁ」
酔っ払いの勢いで腕を掴もうとしてくるバルドルを何とか退け、レンは足早に『豊饒の女主人』を後にした。
「勢いで行くって言ったけどそういやカリス三姉妹と会うにはアフロディーテとも会わないといけないのか…。しくじったな」
ボヤきながらメインストリートを歩くレン。
今は腕を組んでウンウンと唸りながら次の目的地を考えていた。
レンと面識のある神はバルドル、ヒュプノスに継げばカリス三姉妹となる。
だが、彼女等女神に会おうとしたならば必然的に彼女等の母神であるアフロディーテとも顔を合わせてしまう。
それはまずい。
何故かと言うとアフロディーテはレンをすこぶる気に入っているからだ。
熱愛的に、溺愛し、心酔し、執着しているのである。
アフロディーテ。
彼女は愛と美と性を司る女神。彼女は愛する者をとことん愛し尽くす。
そして、美の女神である為に意中を魅了し、性の女神である為に空っぽになるまで性的に喰べ絞り尽くしてしまう。
もちろんそんな目にあうのはレンも断固拒否する。
だから、なるべくアフロディーテとは出会いたくないのだ。
こうしてレンの頭からカリス三姉妹に会う予定は消され、宿でも取ろうという考えに移行した。
「ん…?」
その道中、レンは路地裏に入っていく一人の女性を見かける。
「あれは…酒場にいたエルフのウェイトレス?確か名前は…リュー、リオンだったか」
もう路地裏へと消えてしまったが、確かにレンの目に映ったのはあのエルフのウェイトレス、リューだ。
おそらく間違いないだろう。
酒場で彼女の踏み込んではいけない地雷に触れてしまったレンは色濃く覚えている。
そういえば、まだ彼女には謝ってなかったことに気付くレン。
バルドルが気を使ってくれた上に謝罪はしておけと言っていたのを忘れていた。
丁度いい、とレンはリューを追い掛ける。
「確かこっちに入っていったよな…」
リューが通っていったと思わしき通路をレンも伝っていく。
すぐに路地裏へと出て見渡すと更に奥へと向かっていくリューの背中が見えた。
「ったく。何処へ行く気だ?」
ただのウェイトレスがこれほど奥地へ行くことがあるのだろうか?
路地裏にいい所なんてほとんどないイメージだ。ウェイトレスが裏で何をするのか。
いや、そもそも彼女はウェイトレスである前に彼女自身。用があっても不思議ではない。
そもそも彼女の都合なんて知らないレンにはその背中を追いかけるしかない。
「はぁ…仕方ない。どうせ暇だ。とことん追い掛けてやるか」
もはやストーカーのようなことを言ってしまった気がするレンだが、その思考を破棄して進む。
暫く追い掛けていると広間に出た。
その中心にあのエルフは…リューはいた。
だが、レンは声を掛けず、物陰に隠れる。
なぜならリューを囲むように複数の男達が武器を持って如何にも戦闘向きな身なりをしていたからだ。
どう見ても修羅場のこの場に躍り出るほどレンも馬鹿ではない。
なので見守る。
「久しぶりだなぁ、【疾風】さんよぉ。随分可愛らしい姿をしてるじゃねえか」
「メイドさんですかー?ぎゃははは!」
「…………」
【疾風】。
リューをそう呼び、男達はリューを煽る。
だが、当の本人は無言無表情を貫いたままである。
「ちっ!黙っててつまらねぇな。何か言ったらどうだ!?」
「……貴方達と話すことは何も無い。黙って死ね」
「……!?」
瞬間、ほんの一瞬。
瞬きの間にリューの存在がブレ、男達は既に息絶えていた。
そこにはもうリューがしか居ない。明らかに犯行はリューだった。
「お前…」
「……ッ!誰だっ!」
思わず声を漏らして出てきてしまったレン。
リューは誰にも見られていないと思っていたのか、驚愕と共に振り返った。
「貴方は……昼間の神ですか」
「あぁ。一応、な。で?こんな入り組んだ路地裏で人殺しか?」
「……ギルドに報告するのですね」
「いや?しないが」
ケロッと真顔で答えるレンにリューは再び目を見開く。
それほど予想外だった。
「何故!?」
「どう考えても男達から絡んできてるみたいだったからな。正当防衛でいけるだろ」
「……」
淡々と告げるレンにリューは何か納得したように目を逸らして俯いて黙った。
レンはその真意を分かっているが敢えて何も言わずにリューの肩を叩く。
「まぁなんだ。殺しは殺しだ。そう容易くしていいものじゃない」
「……それは」
「お前にも生活はある。今の平穏を崩すなよ?」
「……」
「今回は見なかったことにしてやる。もう馬鹿なことはするな。いいな?」
「……」
「これは警告だ。俺も次は見逃さない」
「……」
尋ねてもリューはまた黙ってしまう。だから、少し脅してやったがそれでも反応はない。
これ以上言っても無駄だと察したレンは溜息をつき、再度リューの肩を軽く叩いてからその場を去った。
少なくともリューはレンが離れたと思い込んでいた。