罪を犯したエルフをファミリアに誘うのは間違ってるだろうか(凍結)(メインタイトル関係なし)   作:伊つき

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第46話

「んっ…?」

 

目を開けると自室ではなく暖簾が目に映る。

起きてすぐ触覚的に感じたのは優しい木製の肌触り。

まだ寝ぼけながら目を擦り、身を起こすマイア。

就寝時の記憶がないことと風呂場の前で寝ていたことに首を傾げる。

 

「ふわぁ…」

 

大きな欠伸を一回。

それで意識が徐々に覚醒した。

何故こんなところで寝ていたかも思い出す。

 

「あぁ…僕あのまま寝ちゃったんだ…。んー、腰が痛い~……」

 

固いものを寝床にしていたからか身体の節々が痛む。

うーん、と身体を伸ばしほぐした。

伸びをしていたマイアの鼻を風呂場特有の匂いが突く。

よく見れば看板が裏返っていて少し湯気がマイアのところまで届いていた。

 

「んー…誰かお風呂入ってるのー?」

 

まだ眠気半分なままなんとなく呼びかける。

マイアの声が聞こえたのか暖簾を潜ってクレアが出てきた。

 

「マイア?何故ここにいる」

「なんでって…僕ここで寝ちゃってさ…ふわぁ~」

 

風呂上がりだからか着物に身を包んだクレアの問いにマイアはごく平然と答える。

だが、その返答にクレアの表情は曇った。

目を擦りながらそんなクレアの様子を不思議に思ったマイアも首を傾げる。

 

「なになに、どうしたの~?」

「いや、お前は確か今日は任務だった筈だ。何故ここにいる?」

「んー任務ー?」

 

訝しむクレアにまだ惚けているマイア。

クレアの言葉を聞き、頭に『任務』という言葉を巡らせて数秒間。

マイアの意識は完全覚醒した。

 

「……」

 

何かを忘れていたような感覚が消える。

昨晩の記憶が蘇る。

好きな異性の前で付いていくと豪語した手前、爆睡。

マイアの中で血という血の気が去っていく。

急いで廊下の掛け時計を見た。

 

「うわああああああ!?しまったぁぁぁあ!完全に出発時間過ぎてるー!!やばいやばいやばい、どうしよう!?ねえ、クレアどうしよう!?」

 

顔を真っ青にして混乱(パニック)になるマイア。

思わず目の前にいたクレアを揺さぶる程に動揺し、頭を抱えて騒ぎ始めた。

縋られるクレアは嘆息し、呆れた。

 

「まったく…。そんなことだろうと思った」

「ねえどうしようクレア!ねえどうしよう!?」

「わかった、わかったから落ち着け。ジルの行き先は分かるか?」

「う、うん。一応任務の詳細は知ってるよ」

「なら今からでも行くしかないだろう。ジルに追いついて謝ることを私からは勧める」

「そうだよね…」

 

クレアの冷静な対応にマイアも落ち着きを取り戻し始め頷く。

ジルと打ち合わせた出発時間は大幅に過ぎている。

それでもマイアが後から追い掛けてもギリギリ追いつくだろう。

冷静になって改めてクレアに感謝する。

クレアと遭遇していなければ今頃まだ騒いでいるだけだろう。

 

「リアには伝えた方がいいかな…?」

「リアは出掛けていていない。私が後から伝えておこう」

「うぅ…ごめん、クレア。ありがとー…」

 

クレアに感謝し、落ち込むマイア。

几帳面なジルのことだ。

必ず怒っているだろう。

想い人だけあってマイアは頭を抱えた。

取り返しのつかない失敗(ミス)をして、クレアと別れた後急いで自室に戻る。

昨晩帰らなかった自室は明かりもついてなく暗い中マイアは自身の戦闘服(バトル・クロス)を探し出した。

 

「やばいやばいやばい!早く、早く行かなきゃ!うわぁぁあ…どうしよう、絶対怒ってるよぉー。やっちゃったぁー、最悪ぅ!」

 

今更嘆いても問題は解決しない。

分かっていてもマイアは不安を口にしながら戦闘服(バトル・クロス)に身を包み、ナイフと短剣、両刃短剣(バセラード)を腰に装着。

最後にワイヤーを腰に括りつけて自室を飛び出た。

 

「おわっと、と。回復薬(ポーション)忘れてた」

忘れ物を小物入れ(ポーチ)に入れ、今度こそ自室を後にする。

玄関へと走って向かっているとエルとすれ違った。

 

「任務か」

「う、うん。エルはお休み?」

「あぁ。久々の休暇だ。最近働き詰めだったからな…」

 

急いでいる手前とはいえ声を掛けられると立ち止まる。

マイアの駄目なところだ。

既に遅刻している身である筈が、足踏みしながらもエルと言葉を交わし合っていた。

 

「そうなんだぁー。じゃ、ゆっくり休んでてよ!代わりに僕が頑張るからさ!」

「遅刻しておいてそれを言うのか…?」

「わああああ!なんで知ってるの!?」

「今朝怒っているジルと出会ったからな」

「ひぇぇえ…やっぱりジル怒ってるんだ…。ってそういうの先に言ってよ!?」

「早く行かなければさらに怒られると思うが?」

「わ、分かったよぉう…。行ってきます!」

「あぁ。健闘を祈る」

 

親指を立て、エルに笑顔を振りまくマイア。

エルは笑ってこそないが手を振って仲間であるマイアを見送った。

はたまた走って玄関に向かっていると今度は手前で練に出会う。

どうしても立ち止まって話してしまうのがマイアだ。

 

「おはよう練!遅起きだね、今日は休み?」

「ふわぁ…うるせぇ…。ちょっとは急げよ遅刻魔」

「な、なんで練まで知ってるのさ!?あと遅刻したのは今日だけですよぉーっだ!」

「は?この前も俺との任務すっぽかして――」

「わああああ!ごめんなさーーーい!!」

 

全力で謝罪し、逃げるように玄関まで辿り着く。

ジルやリアの靴がないことはマイアをさらに焦らせた。

整っているのか散らかっているのか各々の性格が表れる靴置き場の中からブーツを選んで履く。

振り返れば誰もいない。

いつも皆で集まる招集所に掲げられた『ブラッドスターク』のエンブレムを見つめる。

先程起床した練、これから水浴びでもするであろうエル、メラの死から塞ぎ込んでしまった冬香――もうここにはいないメラ。

ジルやリアも仲間達全員の顔をエンブレムに思い浮かべる。

 

「よし…!」

 

覚悟を引き締めたマイアは笑顔で頷く。

またここに帰ってくる、いつもの誓い。

故郷に残してきた家族のためにも戦ってみせる。

もう誰も悲しんで欲しくない。

平和な世界が見たい。

冬香には笑ってほしい、そのためにもこれ以上悲しい出来事を重ねてはいけない。

自分も死ねない。

だから、戦闘服(バトル・クロス)のフードを被って精一杯に叫んで見せた。

 

「いってきます!」

 

任務を達成して帰還するために。

エンブレムを背にマイアは本拠(ホーム)を出る。

そんなマイアの声に、返答する者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的地にたどり着いたマイア。

合流したジルは言葉に示さないが、到着したマイアに一言も聞いてくれない態度が怒りを物語っていた。

何度声を掛けても答えてくれないジルにマイアも冷や汗をかく。

 

「だ、だからごめんってばジル~。ほらこの通り!」

「……」

 

両手を合わせてマイアが謝るが、顔を覗いても逸らされる。

ジルの徹底した態度にマイアが音をあげた。

「うわーん、ジルが僕を無視する!ほんっっとにごめんってば~。もうしないからさ、許してジル~」

「……」

 

とうとうジルに縋るようになったマイアに彼女は少し迷惑そうに困惑する。

敵に見つからないよう隠密に行動していたというのに全てが無駄になっていた。

一応目立たないように目的の樹林区まで辿り着いたジルは報告を受けていた『標的』が出没する場所に入ることを予期し、仕方なく騒いでいるマイアの対応をする。

 

「まったく。そろそろ静かにしてください。気付かれたらどうするんですか」

「だってぇ…ジルが無視するんだもーん…」

「当たり前です!自分から付いてくるって言ったのに何時間遅刻したと思ってるんですか。こんなの誰でも怒りますよ…!」

「だからごめんってば~!」

「はぁ…」

 

相変わらず本気で謝っているのか曖昧な態度にジルも怒りを通り越して呆れる。

溜息をつく中、本格的に樹林へと入っていくのを確認したジルは取り敢えず今もうるさいマイアを騙されることにした。

 

「ねえジルってばー」

「ああもう!分かりましたよ!許します。許しますからそろそろ静かにしてください」

「えっ!?ほんとに許してくれるの!?」

「えぇ、だから黙って――」

「やったぁぁぁあーーーーー!!ありがとーージルっ!」

「――っ!?」

 

予想外な程の声量で飛び跳ねして喜ぶマイア。

歓喜するマイアとは一方でジルは驚愕し、信じられないまのを見るような目になる。

果たしてこの小人族(パルゥム)は任務の詳細を確認してきたのか、疑いたくなる程にジルの中で何かが切れた。

わなわなと震えるジルにマイアは気付かない。

 

「はああぁ~、ジルに許してもらえてよかったぁ!僕心配で心配で、ここまでずっと不安だったんだからさぁ」

「ちょ、ちょっと!?声量落としてくださいよ!」

「え?あぁ…あははっ、ごめんごめ―――」

 

『うわあああああああああああああああああ!!』

 

「「―――っ!?」」

 

突然聞こえた叫声。

軽い口調で話していたマイアの言葉を遮って聞こえたそれにマイアもジルも驚愕し、反応する。

歴戦の暗殺者だけあって二人の行動は早かった。

喋りを止めなかったマイアでさえも叫声を聞いた途端音を立てずに伏せる。

 

「ジル…今のって…」

「向かいましょう」

「う、うん」

 

ジルに従い、マイアは彼女のあとを付いていく。

『標的』かどうかは分からないが叫声は誰かが襲われたとみるのが妥当だ。

モンスターの仕業であれば被害者を助けるか、間に合わない場合はモンスターの討伐または身を隠してやり過ごす。

まだなんとも断定できない状況で二人は叫声の聞こえた方へと草木を割けて向かった。

 

「この辺りでしょうか…」

「しっ!誰かいるよ」

「……っ」

 

マイアの忠告通り、ジルも茂みに隠れながら人影を見つけた。

木々から広間へとやってきた男が一人。

ジルとマイアは男の様子を暫くの間観察した。

すると、男は倒れる。

 

「倒れちゃった、大丈夫!?」

「え、ちょっと…!ああもう…!」

 

勝手に飛び出していったマイアに呆れながらにジルも彼を追いかける。

マイアが倒れた男に立ち寄り、話し掛ける。

その時だった。

ジルがとてつもない悪寒と殺気を感じたのは。

 

「ねえ大丈夫!?おーい、聞こえるー?」

「うっ…うぅ…ここ、は…」

「あっ!目を覚ましたー。よく見たら革命軍の人じゃん。やっほー、僕はマイア・クワイア。『ブラッドスターク』だよ!」

「ぶらっど…すたーく…?……はっ!に、逃げてくれ…!」

「え?」

「マイアさん危ない!!」

 

男を介抱していたマイアが首を傾げる合間、ジルの叫びが飛び交う。

男との会話でジルの呼び掛けに一拍遅れたマイアは忠告に気付くのも遅れる。

当然彼に迫る()()()の接敵を察知できなかった。

 

「くっ…!」

「うわあああっと、と!?」

 

ジルの咄嗟の機転でマイアに飛びつき、影を躱す。

ジルによって救われたマイアは突如現れた()に目を見開いた。

 

「なに今の!?」

「わかりません…!」

 

一瞬の事で敵の全貌を見ることは叶わなかった。

しかし、彼らが望まずとも落ちてきた影は逃げることなく彼らの前にゆらりと立ち上がる。

不気味な程に揺れるその立ち姿に全身の黒と鮮血の赤がジルとマイアの目に映る。

濃い血の色に鼻を抑え、表情を歪めながらジルがナイフの切っ先を落ちてきた男に向ける。

 

「誰だ!」

「だレ……?わかラナい、ボクのナマえ」

「なっ――」

 

首はどのようにして直角に曲がっているのか、伸びきった黒髪、痩せこけた皮膚、細長い胴体と足と腕、まるで骸の死人のような男が片言で口を開いた。

気色の悪い動きと見た目にジルが口を抑える。

対照的にマイアが前に出た。

 

「やいやーい!君は何者だい?あー、わかんないんだっけか。なら最近ここらで人を殺してるのは君?」

「ヒトを、ころス…?チガう、ころシテなイ」

「あらそう。なーんだ外れ?でも僕達君に襲われたんだよなぁ」

「ちょっと!何勝手に話進めてるんですか!」

「ここは僕に任せて」

「……」

 

敵かもしれない未知の相手との会話を進めていくマイアを注意したジルだが、ボソリとジルにだけ聞こえるように呟いた彼の声は真剣そのものだった。

故にジルも黙る。

人との接し方が軽いマイアだからこそ見ただけで異常と分かる相手でも円満に話を進めることができることもあるからだ。

敵との交渉などもマイアは適切だったりする。

リアが適任なので特に出番はないが。

マイアが軽い口調で奇妙な男に話しかける。

 

「ねえねえなんで僕達を襲ったの?」

「しょクジ」

「……え?」

 

マイアが耳を疑う。

ジルも驚愕し、任務の詳細にあった報告を思い出して警戒を強めた。

『食事』、と確かに奇妙な男は呟いた。

彼は先程ジルとマイアに襲いかかった時に使ったナイフを取り出し、刃を()()()

 

「女、おいシイ。男、マズい」

「「―――っ!?」」

 

ナイフに付いていた鮮血。

それを舐めた奇妙な男はジルを指差し女と呼び、マイアを指差し男と呼んだ。

そして、ジルとマイアは気付いた。

先程の襲撃で刃が少し掠っていたことを。

奇妙な男が舐めたのは二人の血だ。

味の感想と共に分かりにくい二人の性別を当てて見せた。

理解したジルとマイアは血の気が引き、顔を青ざめる。

気色の悪いこの上ないとマイアでさえ感じた。

二人の反応を見て楽しんだのか奇妙な男はニコリと歪んだ笑みを乗せ、身体をうねらせる。

 

「ねエ、たべサせテ?」

 

刹那、人喰いは動いた。

印象とは裏腹に凄まじい速度。

暗殺者(アサシン)達でさえ反応できずにジルに切迫された。

 

「イタダきマス」

「がはっ――!?」

 

ジルの顔が衝撃に歪む。

彼女の肩部から鮮血が吹き出した。

マイアが驚愕する。

革命軍の男から見てもジルの肩に人喰いはかぶりついていた。

ぐしゃりとジルの肉を喰う捕食の音がする。

はたまた出血、人喰いが『食事』を開始した。

 

「ぐああああああああああああっ!?」

「ジル…っ!!」

 

我に返った時には絶叫を上げたジル。

激痛に叫びは止まず、肩に食らいつく人喰いを引き剥がそうと踠くが人喰いは凄まじい力(ハイパワー)でガッシリとジルを捕らえていた。

もはや人間のものとは思えない狂気の所業にマイアは思考を破棄して吠える。

 

「やめろーーーっ!!」

「ンっ…おいシイ」

 

ジルから引き剥がそうと彼女に密着する人喰いに斬りかかったマイア。

だが、人喰いは印象にそぐわぬ反射神経で躱し、しっかりと口に残った肉を味わっていた。

喰われたジルは右肩を抑えて膝をつき、マイアが駆け寄る。

 

「ジル大丈夫!?」

「うっ…ぐっ…。肩、がっ…!」

「……っ、傷が酷く深い。早く治療しないと――」

「おいシカッた。モゥ一口、ちょうダイ…?」

「……っ!?」

 

口を空にした人喰いがまたジルの肉を欲する。

回復薬(ポーション)を出そうとしたマイアだが、人喰いの再襲を警戒してジルを庇うように前に出る。

すると人喰いは不快そうな顔になった。

 

「おマエ、まズイかラ要らナイ。後ろのヤツ、チョうダイ??」

「あげる…もんかっっ!!これ以上ジルは僕がやらせないぞ…!」

「そウ。ワかッタ」

 

拒否するマイアに人喰いは頷く。

簡単に引き下がるとは思っていなかったマイアは一瞬拍子抜けしたが、人喰いが革命軍の男に目線を変えたのを見て青ざめた。

案の定人喰いは彼に近付く。

 

「駄目だ!逃げろ…!」

「あぁ…うわあああ!?来ないで、くれ…来ないでぇええー!」

「おマエ、あんマ美味シクなかっタけド、栄養補給ダイじ。だかラおマエで補ウ」

「来るなああああ!」

「させるかっ!!」

 

男を襲わせまいとマイアが再び斬りかかる。

人喰いが食いつく前にマイアの刃は到達するだろうという時、マイアの腹に打撃の衝撃が飛び込んだ。

 

「ぐあっ…!?」

「おマエ邪魔ダ」

 

予想していなかった蹴りの攻撃をマイアは正面から受けてしまう。

人喰いの細い身体付きからは考えられない(パワー)にマイアは踏ん張るも退けられてしまう。

腹に加えられた衝撃にマイアは表情を歪める。

 

「うぐっ…まず、いっ…」

「うわあああ助けてくれえええ!」

 

込み上げる吐き気を我慢し、顔をあげると既に遅かった。

革命軍の男の首が食いちぎられる場面をマイアはその目に焼き付ける。

 

「うっ――あっ――」

「ごチそうサマ」

 

息絶えた同志。

一人の犠牲がマイアの目の前で達成されてしまう。

マイアの表情に絶望が塗られていった。

 

「あぁ…ああああ…っ」

「次、おいシイやつモラうね」

「くっ…!マイアさん!」

「嫌っ、そんなっ…」

「マイアさん…!?」

 

ジルの呼びかけにも反応しないマイア。

マイア・クワイアは犠牲者に弱い。

彼は純真な心を抱えていた。

『覚悟』はできている。

だけどその上で犠牲を出さない、誰も死なせない。

彼はそんな優しい心をもった暗殺者(アサシン)だった。

だというのに目の前で助けたかった人が死んだ。

他ならぬマイアの非力のせいで。

その事実が彼に重くのしかかり、動けなくしていた。

 

「今度ハ邪魔シないデネ」

「……っ」

 

すれ違いざまに人喰いに囁かれるもマイアの耳には入っていない。

マイアの自我は既に亡くなった者の、失ってしまった者の、助けられなかった同志のことで一杯だ。

まだ戦える状態にも関わらず敵前で仲間の死に干渉して動けなくなるのは暗殺者(アサシン)として失格だった。

故にジルは肩を抑えながらマイアを信じられないものを見るように見ていた。

暗殺者(アサシン)としてリアの理想に近い彼女だからこそマイアとはまた別の考えを持つのだろう。

 

「おマエ。おいシイ、イタだきマス」

「マイアさん!」

「……」

「ちっ…!」

 

呼びかけてもマイアは動かない。

仕方なくジルは負傷ながらに戦闘態勢に入る。

いつもの愛用スタイルである二対の短剣を構えようとする。

 

「うぐっ…!」

 

だが、右肩の痛みが片方の短剣を抜くことすらままならずに短剣を落としてしまった。

そんなことをしているうちにも近付く人喰いにジルは焦燥に駆られる。

土壇場で彼女が導き出したのは左で短剣を逆手持ちにするスタイルだった。

 

「はぁ…はぁ…やるしか、ありませんねっ」

「抵抗するンダ。イイよ、動イタ方がお肉はおいシクなル」

「馬鹿にしないでください…!」

「いくヨ」

 

ジルの動きも待たずして人喰いが動く。

肉を切るために使うのか武器なのか怪しい狩猟用ナイフを手に接敵してきた。

ジルは意表を突かれるも慣れた動きで対応する。

 

「少し速い…ですが!」

 

人喰いの斬撃を防ぎ、ジルは攻守を逆転させる。

片腕を失っても尚ジルのほうが能力(ポテンシャル)は上だった。

人喰いが優れているのは『力』と『敏捷』。

ジルはこの短い戦闘とマイアとの少ない戦いで見極める。

 

「所詮は食事のためだけの技術。僕には及びません!」

「うぐっ……!強、イ…!」

 

ジルに押し負け退く人喰い。

悔しい表情に染まる人喰いにジルは決して油断せず構える。

 

「早ク食べタイのニ…!」

「思い通りにはさせません。貴方は僕が倒す」

「うぐググ…!」

 

人喰いには誤算があった。

それは思いの外ジルが強かったこと。

比較的美食屋な人喰いにはかなりの痛手となった。

 

「さぁ大人しく負けを認めてください。そうすれば助けてあげないこともありません」

 

ジルが最後の慈悲をかける。

人喰いにも分かる、これ以上()()戦いを繰り広げても先にあるのは敗北のみ。

ジルも少しは勝利を確信していた。

実際彼女に勝機はある。

だが、ジルは大きな見落としを『三つ』していた。

 

「まだ…諦めタク、なイ…!」

「そうですか…。残念です。もう貴方にかける慈悲はない」

 

一つは慈悲。

これさえなければ相手の手の内など見ずに楽に殺せただろう。

単純な思考回路しか持たない人喰いが相手だからこそこの時決めておけばよかったのだ。

 

「諦めナイ!」

「無駄です。貴方じゃ僕には勝てない!覚悟…!」

「まだダ!諦メなインダ!!」

「はああああ…!」

「【諦めナイ、もう飢エ要らナイ】」

「これは…詠唱!?」

 

突如始まった詠唱にジルは後方に退る。

二つ目の見落とし。

ジルは事前に人喰いが呪詛(カース)使いであることを聞いていた。

リアに聞き、任務の詳細を確認していたというのに忘れていたのだ。

 

「させません…!」

「【お腹ガ空ク。満たス。そのタメの、痛ミ】」

「くっ…!当たらない…!」

 

ジルも認めていた人喰いの『敏捷』による動き。

その全てを回避に活かされてしまえばジルの攻撃は当たらない。

その上人喰いのスペックが予想より遥かに高く、『並行詠唱』を遂げていた。

ジルはさらに焦燥に駆られる。

そのことが攻撃を荒くしていった。

 

「【痛イ、イタい、痛イ、イタい、痛イ、イタい!】」

「しまった!詠唱が…!」

 

呪詛(カース)を使うジルだから分かる詠唱の完成。

そして、ここでジルの最後の見落としがジルを陥れる。

人喰いとの一方的な交戦を繰り広げる中でジルの視界が歪んだ。

 

「なっ…!?」

 

思わず後退り態勢を立て直してしまう。

ジルはここで初めて身体に毒が回っていることに気付いた。

神経系の毒、身体が麻痺を起こして思うように指先から動きにくくなっていく。

動きを鈍らせた毒はジルとマイアが初撃で不意打ちを受けた時に掠った刃に塗りつけられていたことをジルは見落としていた。

攻撃を一時的にとはいえ止めてしまったジル。

その隙を人喰いは逃さなかった。

 

「【ペイン】」

「―――っ!」

 

呪詛(カース)が唱えられてしまう。

察知はできても今ジルには回避行動は取れない。

事前に考察していた呪詛(カース)の効果は神経系の麻痺。

だが、その実態はナイフに付着した毒だった。

ならば呪詛(カース)の能力は未知となる。

ジルは襲い来る未知の脅威に身を庇った。

 

「ぐあああああああああああ!!」

「え…?」

 

しかし、聞こえてきたのはマイアの悲痛の叫び。

予想外の事態にジルが目を開けるとジルを守るように人喰いとの間に入ったマイアが呪詛(カース)を受け、苦しんでいた。

 

「マイア…さん?」

「うぐっ…!あぁ…ぁっ!」

「あレ、狙いハズレた…」

 

人喰いですら首を傾げている。

尚更理解できないジル。

苦しみに耐えようとするマイアに尋ねようと肩に触れた。

 

「マイアさん、一体何を―――」

「あああああああ!?痛っ、うぐっあああああああっ!!」

「なっ…」

 

ジルが触れた途端先程までとは比較にならない悲鳴を上げたマイアにジルは絶句する。

だが、これでハッキリした。

人喰いの呪詛(カース)は痛覚倍増だ。

 

「なん、でっ――」

「ぐっ…うぅ…!」

「なんで…!!」

 

自身を庇ってくれたマイアに対するジルは感謝ではなく怒号を響かせた。

マイアは苦痛に顔を歪めながら横目で憤るジルを見る。

ジルの気持ちはマイアにも理解できる。

 

「なんで僕を庇うんですか!?この程度の呪詛(カース)なら僕を犠牲にしてマイアさんがその隙にやつを殺せば終わりだったじゃないですか!」

「うぐっ…それ、は…」

 

呪詛(カース)を使った瞬間には隙が生まれる。

魔法でも然り、魔道士達は当然周囲に気を配るが人喰いはマイアなど眼中になかった。

ならばマイアがその隙を突けば任務は同志を一人失っただけで済んだ筈だった。

なにもマイアが呪詛(カース)を受ける必要などない。

ジルの怒りにマイアは何も言えない、そもそもまともに口を開くことさえ叶わない。

でもジルは頭で分かっている。

呪詛(カース)の全貌が分からない状況下でマイアの行動はごく当然のことだ。

だというのにマイアはそんなジルに呪いで苦しんでいるにも関わらず微笑んで頬に触れた。

 

「なん、ですか…」

「ごめ…んね。僕バカだからかさ、分かんなかったや…あはは…」

「笑い事じゃありません。もう最悪です。終わりです。僕は負傷してます、マイアさんは呪詛(カース)に…。こうなったのも全部マイアさんのせいです…!」

「そう、だね…」

「貴方となんか…貴方となんか組むんじゃなかった!!」

「……」

 

人喰いは不思議そうに様子を見ている。

興味をなくせば襲ってくるだろう。

そんな中でジルは感情を爆発させ、マイアにあたった。

マイアは黙ってそれを聞いている。

痛覚が鋭くなった彼は空気が肌に触れるだけでも激痛が走っていた。

 

「大体最初にマイアさんが騒ぐからバレて…不意打ちを受けたんです!今考えたらさっき死んだ男の人が出てきたのも良くある野生のモンスターの罠みたいじゃないですか!」

「そうだ、ね…」

「そんな簡単な罠にかかってこんな始末…最悪だ!」

「……ごめん」

「もう貴方とは二度と組みたくない!」

 

ジルの口から叫びが止まらない。

次第に理解していた。

これはただの八つ当たり、敗北が確定し、狙われているのはジル。

だから、自暴自棄になってマイアを責めて楽になろうと人間としての本能がそうさせる。

分かってるのにマイアはただ頷いていた。

やがて、ジルが疲れて怒号をやめた時、人喰いが尋ねる。

「オわッタ?じゃア食べルネ」

「……っ」

 

人喰いの言葉にジルが諦め目を瞑る。

瞳から涙が零れ落ち、マイアは地に落ちゆくまで目で追った。

 

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