「
偶然にも【居酒屋・鳳翔】にて再度雅樹と顔を見合わせた優翔は、彼に聞きたいことがあるのではないかと聞かれ、率直に問いだした。
その問いに対し雅樹は、特に表情を崩さずに猪口に口を付け酒を飲み干す。
「何故、そう思う?」
一息ついて彼から発せられたのはその一言だった。
問いに問いで返すなと言いたかったが、それを口にするのはぐっと堪え自身も落ち着くために酒を一口飲んだ。
「あのタイミングで二階級特進は明らかにおかしいからです」
「……景山曰は戦果的に見て妥当だと判断したからだったはずだが?言っておくがあいつは大将だ。自分の部下に対しての階級整理の人事権はあるぞ」
「だからおかしいんです。正式には鎮守府に着任するまでは私は陸軍所属だった。閣下に人事権は無いに等しい、あるとすれば新兵、転属者も含めた海軍全体の人事権を持つ軍令部しかありえない。それも相当上の地位に居る者限定で」
「…………」
優翔の示す数々の根拠について雅樹は無言を貫いている。
癖が変わっていないとすれば、この無言は肯定を示している事になる。
いったい何故、と思う気持ちが強くなるが今は置いておいて更に自身の持つ根拠を示すために優翔は口を開いた。
「それに戦果の話になりますが、それこそありえない。確かに戦果を挙げている自負はありますが、それでも中佐までが良い程度です。大佐まで跳ね上がるのはおかしい」
「なるほどな……」
納得したような表情を見せた雅樹は猪口に酒を注ぎ、それを一口で飲み干した。
コトリとゆっくりテーブルに猪口を置いてから、優翔の方へと顔を向けた。
「隠しても意味ないであろうから白状するが、確かにお前の階級にテコ入れを施したのは私だ。理由はお前が述べた通り、軍令部次長である私ならできるからだ」
聞かされた真実に対して、優翔はやはりという感情しか浮かばなかった。
予測が合っていただけに過ぎず、特に驚く事はなかったものの職権乱用にも程があるような気がしてままならない。
「何故、そうしたのです?貴方の事でしょうから私が息子だからという理由ではありますまい?」
「……景山との約束だ」
――約束?どういう事だ……。
此処で自身の直属の上司の名が出て来るとは思わず、言葉を詰まらせた。
どう問うか考えたていた時に、コトッと目の前に何かが置かれるような音が聞こえ、そちらに目を向けると鳳翔が料理を乗せた皿を置いていた。
「お話し中にすみません。どうぞ大佐」
「あ、あぁ。ありがとう」
虚を突かれたに等しかったが、とりあえず礼を言うと彼女は微笑んで直ぐにその場から離れた。
出された料理を見ると、鶏肉と大根の煮物であり、空腹の今現状では食欲がどんどん湧いてくるが、雅樹と会話している為に食べるべきではなかった。
「……遠慮せずに食べればいいだろう。冷めるし鳳翔に失礼だ。食べながらでも話せるだろう?」
「……では、失礼します」
「あぁ……それにしても美味そうだ。鳳翔、私にも同じものを頼む」
「はい、少々お待ちください」
自身の心境を見透かしたように呆れた表情でそういう雅樹に優翔は詫びを入れながら割り箸を手に取り鶏肉を口に含んだ。
醤油をベースとしたシンプルな味付けだが、深みがあり所謂家庭的な美味しさという物であった。
何やら雅樹も同じものを頼んでおり、自身に出したばかりだからか直ぐに同じものが出され、彼の前に置かれた。
それを雅樹は短く礼を言い、肉を口に含むと満足気な表情を見せていた。
「うむ、確かに美味い。そう思うだろう優翔」
「……えぇ、おいしいです」
「ふふ、ありがとうございます」
何気なくまた自身を名前で呼んでいたが、この際もうどうでもよく流すことにした。
鳳翔はと言えば微笑を浮かべ礼を言うなり、またキッチンへと戻っていった。
おそらく会話がしやすいように姿を見せない様に気を使ったのだろう。
「……話がズレましたが、約束とはなんですか?」
「……お前が海軍へと所属になった暁には、景山の副官候補として身を置かせる事だ」
寝耳に水も良い所であった。
そのような約束をいったいいつの間に交わしていたのかと疑問が湧いて出てくるが、それで一つだけ納得がいくものがあった。
自身が海軍への異動を決心した時の夜、自身の隊の副隊長が言っていた「横須賀鎮守府の司令長官がその気があれば是非来てほしいと言っていた」という言葉だ。
そのような約束を二人で交わしていたのであれば、景山が陸軍に居た自身の身を引き取るのは当たり前だった。
「……いつからそのような約束を交わしていたのですか?」
「優翔が士官学校に入学した時からだ」
士官学校に入学した時となれば、五年も前の話だ。
――だが、五年前と言えば……。
心の中でそう呟いていた時に、雅樹がまたも心中を読んだように口を開いた。
「優翔も覚えているだろうが、五年前など私とお前が喧嘩別れして相当日が浅い。もっとも、一方的にお前が切ったものだが……それはどうでも良い。そのような事もあるから海軍に来るのは絶望的だと告げはしたが、それでももし海軍に来ることがあればうちで使いたいと言っていたから私は許諾した」
「その結果、意図せずとも私が海軍に移る事になり約束を実行するために階級を操作したと?」
「少し違うな。景山事態は最初からお前の面倒を見たがっていたようだから階級事態は関係なかった。だが、お前が海軍に異動する時には元々の副官である椎名の負傷が原因となり、階級を大きく上げる必要があった」
椎名少将の名前が出て、優翔は思わず納得しそうになった所を何とか待ったをかける事が出来た。
「待ってください、副官に階級などは関係ないはずですが」
「お前の言う通り優秀であれば副官に階級の制限は関係ない。”横須賀鎮守府の司令長官の副官”という事を除けばだ」
「
そこまで聞き、自身も言葉に出して優翔は理解した。
――そうだ、つい先日に各鎮守府の状況を調べたばかりではないか……。
隣に父が居る事も構わず大きなため息が漏れだした、己の呆れによって。
そもそも”
景山の階級が大将と普通ならば中央本部で仕事をしていておかしくない人物が横須賀に居る事からその性質は見て取れる。
とは言え決して他の鎮守府や泊地が劣っているという訳ではなく、それらにも優秀な人財は沢山存在する。
ただ、本土の最重要防衛地点という価値観から優先的に人財や物資を送られているだけに過ぎない。
だがそんな精鋭の集まりである横須賀鎮守府は他の鎮守府と決定的に違う特徴がある。
それが司令長官の副官が副司令長官を兼任するという事だ。
普通なら副官がそのまま副司令長官を兼任する事はまずありえない。
だが、悲しい事に物資的にも人的余裕が無いこの日本ではとにかく優秀な人物はそういう立場に置かれるのが常であるのだった。
そうなれば自身の階級が梃入れされた理由にも納得いくことであった。
「優翔、もう気が付いたと思うが……お前が元々此処へ来た段階で副官候補となっていた事と椎名少将が動けない今ではお前が少佐、もしくは中佐では話にならんのだ。何せ副総司令長官代理という重荷がお前に降りかかる事から最低でも大佐以上でなければ話にならんのだ」
「……海軍に異動したての素人に対して期待し過ぎではありませんか?閣下も父さんも……」
アルコールが回っているせいか、つい自身も隣に居る雅樹に対して父と呼んだことに気付いた。
だが、もうヤケクソに近い感覚であり、この際はどうでもよかった。
突然の父呼ばわりに対しては雅樹は特に驚くような素振りは見せず、猪口に注いだ酒を飲みこんでいた。
それに関しては流石だと優翔も思わずにはいられなかった。
「お前に負担をかけている事は重々承知しているさ。ただそれだけ期待していると認識したまえ……景山も私の息子だからと信頼しているし、お前は私の自慢の息子なのだ」
「それは……あまりに卑怯な言い草だ」
子が親から認められるのは一般的には喜びに入るだろう。
だが、言葉と裏腹に優翔の心が大きく揺れる事はなかった。
それほどまでに精神が摩耗しているのか、と自身で驚いているほどであった。
「……だが、私はお前に謝らなければならなかったんだろうな……」
「……?」
言っている意味を理解できなかった。
おそらく五年前の喧嘩別れについての事までは分かるが、彼自身が言ったように一方的に切ったのは自身の方だったからだ。
だが、雅樹にとってはその事ではなかったようだ。
「お前が陸軍に入るとなった時、陸軍の連中と揉める事になっても、お前を海軍に引き入れて置けばよかったよ……百八期の件で運良く生き残ったと思えば、黄河の殺戮に加えて特殊部隊に所属した上での汚れ仕事の数々など、どれだけ心が痛かったか……」
「……知っていたんですね。私のこれまでの事を」
「……陸にも手が回る者が私には居るものでな、お前が部下に甘いのと同じように私も息子に甘かったようだ」
――そっか、知られてたんだな。
常に見守っていたのと同じ事を聞かされても、やはり大きく心が動くことはない。
別に恨みや怒りがある訳ではないのだが、どうしても感情に変化が起きなかった。
雅樹が特殊部隊時代の事を知っていれば、理由も既に分かっているのだろうがお互いにどうしようもない事であった。
「すまなかったな。あの時にお前の言葉に少しでも理解をしてやってれば、お前がこうなる事はなかっただろう」
「……今更言っても仕方ないでしょう。それに結果的には父さんの判断は正しかった、それが現実です」
謝罪の言葉を紡ぐ雅樹に優翔は猪口に再度酒を入れて飲みながら遠い目で言う。
そう、もう今更言ったところで意味がない。
多少のすれ違いから大きく動き出す事などこの世では良くある事の一部にしか過ぎない。
雅樹の自信を理解していれば良かったという言葉も優翔自身も当てはまっており、逆に優翔が彼を理解していれば自身の精神はもっとマシなものだったであろう。
「……あれだけ反発していたお前が私の判断が正しかったというとはな……」
「……実際に軍に入ってみて正しいと判断せざる得なかったんです。国民の生活を多少は犠牲にしてでも税金の数割を軍事費へと増加させるというのは。第三次世界大戦が目前となった状況下で深海棲艦の登場により我々はたった数年で鎖国状況を強いられることになってしまった。閉じ込められる前に海を移動できた時代でも外国への派遣などで小競り合いはありましたからね……結果的に軍事費増強は国を守る事になった」
「正しかったとはいえ、実際に結果論さ……五年前にお前が言っていた通り、何万の国民は飢餓に苦しみ、命を落とすもの、暴動を起こす者も増大し、今は多少落ち着いているとはいえ街の治安は落ち、軍人の特に下士官の者などはチンピラ紛いの者が多く治安を乱すのが多くなってしまった」
雅樹の言葉が終わるなり、重い沈黙が二人の間を支配し始めた。
良い事ばかりしかないというのはありえないのは世の常ではあるが、それでも五年前の雅樹の判断は劇薬だった。
その劇薬が結果的には国を救う事となりはしたが犠牲も大きかった。
何とも言えないような事ばかりでどちらも何も言えない状況だった。
「『政治の事はよく分からないけど。これでは軍事独裁になり国民は飢えに苦しみ、軍人関係の者だけが圧倒的な立場に立ってしまい治安は荒れ果てる可能性がある。国は民無くしては意味がないじゃないか』お前の言葉だったな……」
「……よく一語一句正確に覚えてますね」
「今の状況にぴったり当てはまるからな、嫌でも思い出す。当初は子供のお前の妄言だと高を括っていたが、中々にどうしたものか……お前の言葉を少しでも汲み取っていれば今よりはまだマシだったろうよ」
「
「……そうだな、すまん」
後悔したような表情と口調でぽつりと言いだす雅樹に優翔は目を鋭くさせてピシャリと言い放つ。
一度踏み切った事ならば後悔など許されない、突き進むしかないのだから。
その意を察した雅樹は苦笑を交えながら謝罪する。
無言で流す優翔は猪口に酒を注ごうとするが、徳利の中身が切れており数滴しか落ちてこなかった。
新しい物を注文するより早く、鳳翔が自身の目の前に新しい徳利を置き、彼女に軽く礼を言い酒を注ぎ始めた。
いつもよりペースが少し早い気もするが、正直な所が飲まなければやっていられなかった。
「……しかし、優翔。今のままではこの先苦労するぞ」
「……大体何が言いたいのかは想像つきますが、どうぞ」
「昼間のお前に質問した事だが、お前は艦娘の事を理解しようとしていない」
想像通りの言葉が出てきて、優翔はとりあえず、と猪口の中の酒を煽る。
響にも同じことを言われたばかりであり、未だに解決策が思い浮かんでない案件だ。
「……響にも同じことを言われましたよ。過去の事が原因なのだろうけど、ともね」
「陸軍時代、特に特殊部隊の時は裏切りなどは日常茶飯中だったようだからな。それは仕方ないにしても、響は優翔の事を良く知っている様ではないか。昼間の事といいな」
「……あの随分と私を過大評価していたやつか」
優翔の言葉に、雅樹から深いため息が漏れだした。
何だ、と彼の方に視線を向けると、彼の表情は全く違うと無言で示している。
「あれは世辞でも過大評価でも何でもない、響の本音だ。昼間に私が何故あのような問いをしたか分かるか?」
「……いえ」
「互いがどれだけ信頼していて、相手を見ているかを確かめたかったからだ。結果は響は必死にお前を見ていたにも関わらず、お前は艦娘の事を信用していなかったという結果だがな」
雅樹の言い分に反論は出来なかった。
自分を整理してみれば、その気は十分にあるというのが分かるからだ。
陸軍所属時代、特に特殊部隊の時は特に酷かった。
同僚、上司、どれも信頼に置ける者など居らず、自分の身を守るには他人を信用しない事が一番だったから。
まだマシと言えた航空部隊所属の時も、上司は信用ならず自分を殺す気とも思えるような任務ばかりで全く信用できなかった。
その疑心暗鬼の心が海軍に異動した今でも引きずっている、というのが優翔の自己分析の結果だった。
「人を信用できないのは分かるが、せめて少しずつでも己を信用している者くらいは信じてやりなさい。でなければ互いに辛いだけだぞ」
「……善処はしてみます」
「なら良い」
そこまで言うと雅樹は食べかけであった煮物を再び食べ始める。
そういえば、と自身も食べかけであったのを思い出し、再び口にする。
すっかり冷めてしまってはいるが、ダシが浸みており問題なく美味く感じる。
「さて、私はこれで失礼させてもらう。鳳翔、御代は此処に置いておくぞ」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
もう食べ終わったのか、雅樹は言うなり席から立ち上がり出入り口へと向かっていく。
丁度優翔の後ろの方まで足を進めると、不意に足を止めた。
背後に感じる気配が不快で振り向くと、彼はじっと自身を見つめていた。
「次に会う時にはその
それだけ言うと、彼はさっさと店から出ていき、この場には優翔と鳳翔の二人だけが残っていた。
ピシャリと戸が閉められてから、優翔は思わず盛大なため息を漏らした。
相変わらずズカズカと好き放題言ってくれる、と思いながらも父親らしい事をされたのも随分と懐かしいとも思っていた。
「雅樹さんは、ずっと大佐の事を心配してましたから親心が不器用に働いてしまったんでしょうね」
自身の心を読んだ様に言う鳳翔に、思わず苦笑が漏れた。
「……随分とご存じなようで」
「えぇ、雅樹さんが此処に景山大将と来るときはいつも大佐の事ばかりお話ししますから。もっとも陸の反発を受けてでも
「私の知った事ではない。結局海軍に異動する事を決めたのは私だが、最初に陸を選んだのも私自身だからな」
突き放すような優翔の物言いに彼女は小さく笑い始めた。
怪訝な表情で彼女を見るが、笑いが止む様には見えなかった。
「……どうしました?」
「いえ、雅樹さんも突っ込まれると突き放すような言いかたをしますから、素直じゃない所も似てるのは親子だなって」
「ふんっ……」
彼女の言葉に鼻を鳴らしながら優翔は猪口に残った酒を注いで一気に煽る。
大分飲んだと思われるが、頭がボーっとする感覚はあまりなかった。
そういう風にできてしまった身体ではあるが、さっさと酔いたい時に完全に酔えないのは中々にもどかしい。
「ですが、大佐も大変ですね。憧れの父親が同じ軍のトップに居るのですから」
「他人の目という事か?致し方あるまい、この大佐という地位も第二副官候補という肩書もコネで手に入れたも同然だ。だが、コネで手に入れた地位と言われようが関係ない、力を見せれば良いだけだ」
煮物を食べ終え、鳳翔の問いにはっきりと自信あり気に言う優翔に彼女は少し関心を得た様な表情になる。
だが、彼女が関心を得たのは別の部分だったようだ。
「あら、”憧れの”というのは否定しないんですね」
「……軍人としての在り方は、十六の頃から尊敬している。喧嘩別れしていなければ絶対に海軍に所属する事を希望していた程度には……な」
「本当に、変な所では素直なのも似ていますね」
優翔の席に新しい徳利を置きながら鳳翔は困ったような笑みを浮かべて言う。
丁度新しい酒が欲しかった優翔はそれに甘え、新しい酒を猪口に注いで一気に胃の中へと流し込む。
「ですが、良かったのではないですか?偶然とアルコールが入ってるとは言え、お互いに言いたい事は言えて、理解できたようですし、それは素晴らしいと思いますよ」
「……流石、全ての空母の母だ。包容力が段違いだ」
「失礼ですが、大佐のお母様はどのような方だったのですか?」
「美人で優しい人でしたよ、激務に追われている父をずっと支えながら、私と弟にもいつも笑顔を向けていました」
「そう、ですか」
優翔の言葉が過去形である事に鳳翔は察して少しだけ申し訳なさそうに表情を曇らせる。
それに対して、優翔は手を振って気にしていないと伝えた。
「それよりも、鳳翔さん。明日、響に謝ろうと思うんだがどんな言葉をかけてやればいいと思う?」
「響ちゃんにですか?」
しんみりとした雰囲気が流れ始め、優翔は流れを変えるために彼女に聞こうと思っていた事を切り出す。
彼女は少しきょとんとした表情を浮かべて問うのを優翔は頷く。
「原因は、父との会話で何となく分かると思うが、どうしても言葉が思い当たらない」
「んー……分かれる時、響ちゃんどんな顔をしてましたか?」
「……バツが悪そうな表情だった、と思う」
優翔の答えに鳳翔はそれなら問題は無いと確信を得た。
それと同時に不器用なのは本当に雅樹と似ているというのを感じていた。
「それなら大丈夫ですよ。普通に『ごめん』って謝れば」
「……そんな簡単な事で良いのか?」
「響ちゃんは賢い子ですから、取ってつけた様な理由と共に謝るよりも、シンプルに謝った方が心に届くと思いますよ」
――そんなものなのか……?
あまりにも簡単な結論で優翔はつい、まだ何か足りないのではないだろうかと思案する。
そんな彼の眼前に鳳翔の指が現れた。
「響ちゃんに何て言われたんですか?」
「……『過去の事が原因だろうけど、そのままだと島風が可愛そう』だと」
「ならバツが悪そうにしていたのは、大佐の地雷に踏込んだと思っているからですよ。過去の事がと言う推測があながち間違いではないのはあまり穏やかではないですけど」
「……私はそんなに過去に問題を抱えているように見えるのか?」
優翔の問いに鳳翔は懐から手鏡を取り出し、優翔の眼前に置く。
優翔からすれば、いつも身だしなみを整える時に見ているいつもの顔でしかなかった。
「まともな過去を持つならば、そんなに目が死んでいませんよ。今にも死にそうな目をしていますからね大佐は」
「……すまんが全く分からん」
「自覚できないのは重症ですね。とにかく、変に付け加えるよりは素直に謝った方が良いですよ」
「……分かった」
腑に落ちない所は存在するが、それでも彼女のアドバイスを聞くという目的は達成した事から優翔は一息ついた。
改めて時刻を確認すると、丁度フタフタマルマルを示している。
時間が経つのは早い物だと思いながらもそろそろ自室に戻る事を決めた。
「私もそろそろ出るとしよう。会計をお願いする」
「あぁ、会計なら良いですよ」
財布を取り出そうとしたところを止められ、怪訝な表情で彼女の方へと視線を移すと一枚の紙を手に持っていた。
その紙には『隣の馬鹿息子の分もこれで頼む』と書かれており、雅樹が自身の分の支払いを済ませていたと察した。
それについて優翔は呆れた表情で何度目になるか分からないため息をついた。
「全く、成人して給料も貰ってんだから自分の分くらい自分で払うというのに……」
「ふふっ、ですがもう大佐の分も差し引いてもお釣りが来る分貰っていますので御代は結構ですよ」
そこまで言われると仕方ないので、優翔は父の顔を立てるためにそのままにしておくことを決めた。
「……分かった、ではこれで失礼する。あと、此処での会話は全部内密に願う」
「はい分かりました。またお越しくださいね」
それだけ会話を済ませると、優翔は店から出ていく。
店から出ると、廊下の寒気に当てられ思わず身震いを起こしそうになる。
店内は暖房が利いていた事もあり、なおさらであったためさっさと自室に戻る事に決めた。
早歩きで移動しながら曲がり角を曲がった直後に一人の人物が目に入った。
響だった、彼女は窓辺に頬杖し月光をその透き通る銀髪に当てて輝かせていた。
ただ普段と違い、幾分悲しそうな表情であった。
「響」
「えっ……」
優翔が彼女の名を呟くと、響は目を見開いて声のする方へと顔を向ける。
彼の姿を確認するや、彼女は早々に目を伏せる。
その態度に少しばかり気に食わない部分があるが、鳳翔の言葉を思い出しとりあえず流すことにした。
彼女の隣まで歩み寄り、窓から景色を見やると月が海を照らし出すという心が落ち着きそうな風景が見える。
「なるほど、綺麗だ。この風景を見るために此処に居たのか?」
「……うん。そんなところ、かな」
「……見て居たくなるのは分かるが、程々にしておかなければ風邪を引くぞ。まだ寒いからな」
どうも歯切れの悪い回答に危うく眉間に皺が寄りそうになる。
とはいえ、原因を作ったのは自分である事は重々承知であり、怒る事などもっての外で適当に事を言いながら流す。
それから優翔は彼女の出方を伺う様にあえて何も言わない様にする。
響は何かを言いたそうに、優翔をチラチラと見ながら口を開けようとして閉じる事を繰り替えし、既に五分は経とうとしていた。
――埒が明かないな……。
そう思いながらも、仕方がないとも感じていた。
推測ではあるが、心の準備ができていない状態で自身と会った事で言いたくとも言えないのだろう。
それならば、切っ掛けを作るしかない、と感じて自身から口を開くことにした。
「……響」
「な、なに?」
「……昼間はすまない」
突然の謝罪に響は目を丸くさせて彼の方をずっと見て居た。
そして、この場に乗って口を開こうとしていた。
「い、いや……良いんだ。私も余計に踏み込み過ぎたと反省してたところだったんだ……」
「あぁ、だから目を合わせようとしていなかったのか」
「……どんな顔をして会えば良いのか分からなかったから」
響の言葉に、優翔はなるほどと納得していた。
彼女も彼女なりに昼間の事に悩んでおり、その答えを探していた様だった。
とはいえ、優翔自身は言われても仕方ない事だと思っており、それが伝わっていないのも致し方ないとも感じていた。
「言っておくが、響が思い悩む必要はないぞ。昼間の件は私の失言が原因であるし、お前が言ったことも間違いではないからな」
「……だとしても、安易に人の過去の事を踏み込むべきではないと思う」
――律儀なのか、神経質なのか……。
彼女の言葉に何とも言えぬ感情を抱くのと同時に、やはり彼女も過去に何かしらの傷を負っている事を確信する。
自身の関わった人物で他人の過去に極力耳にしようとしない者は何かしら傷を負っている者が多かった。
大体は他人の過去を聞くことで自身の過去を思い出し、傷が広がるのを防ぐためだが。
「……聞いておきたいが、響は私の過去の事をどれくらいの事を知っている?」
「……実はあまり知らない。司令官が自分から話さない限りは触れるべきではないと思っているから」
「なるほどな……だったら余計に変に気負うな。お前の推測は外れているとは言わないが、知らないのに余計な気を使われるのは当人にとっては迷惑にしかならんぞ」
「うん……分かった」
彼女の返事に頷き、優翔は窓辺から移動し、自室へ戻る前に最後に一つだけ投げかけた。
「とにかく、昼間は悪かった。直ぐにとはいかんが、私もお前達を知っていくように努力をする。それだけだ、明日に影響を出さない様に早めに寝ろよ」
「分かった、おやすみ」
その場から去る前に見た彼女の表情は少しだけ微笑んでおり、妥協できる方だとは感じていた。
――しかし、もうちょっと別な言い方があったのではないだろうか……。
自身の思うような和解とは少しばかり遠い終わり方になってしまい、自身の不器用さに呆れる始末だった。
しかし過ぎた事は仕方ないと区切りをつけ、明日にシコリが残る様な事が無くなっただけ良しとすることにした。