艦隊これくしょん・蒼海へ刻む砲火   作:月龍波

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9話:実態

二月六日、マルナナサンマル。

 

自室にて優翔は目を覚まし、部屋の中に他に気配がない事を確認してから握っているナイフを手放し起き上がる。

 

ハンガーに掛けてある上着を肩に掛け、まず直ぐ隣の執務室へと移動する。

 

電気を付けて執務机に備えられている椅子に腰を掛けてノートパソコンの電源を入れる。

 

数秒の駆動音が流れ、数秒でデスクトップが写り出す。

 

それを確認するなり、海軍のネットワークに存在する自身のマイページを立ち上げる。

 

いつもであれば【受信BOX】の中に今日の指令が送信されているはずなのであるが、着任したての時の様に何も受信されていなかった。

 

これを意味する事は緊急の呼び出し以外は自由にして良いという、実質的な休日と同じ様なものであった。

 

――仮にも大佐である者が事あるごとに任務無しと言うのはそれで良いのか?

 

現状に疑問を抱かざる負えず、確認のために景山のアドレスをクリックし、メール送信画面を開く。

 

確認すべきことは言わずもがな、今日の任務に関してであり、素早くキーボードを打ち込みメールを作成すると文を確認しミスがない事を確認すると送信を押す。

 

送信が完了した事を確認できると、一息ついて背もたれに体重をかけて身体を預ける。

 

手元に灰皿を手繰り寄せ、タバコに火を付けて煙を吐き出しながら思案する。

 

今は穏やかな状況が続いているが、それも直ぐに終わりを迎えるであろう事を予感していた。

 

推測だけであり証拠となるようなものは皆無ではあるが確信だけは取れていた。

 

その第一の理由が突如の【岩川基地】壊滅の発覚とその原因たる【戦艦レ級】の出現だ。

 

佐世保まで被害が及んでいない事から基地を壊滅させた後はそのまま消えたのかすらも分からないが、周辺の被害は甚大であろう。

 

復興にも部隊再編制にも人財も物資も何より時間が足りない事から、そろそろ何かしらの動きがあってもおかしくは無い。

 

特にレ級の存在は無視できない事もあり、南西諸島が大いに荒れているであろう想像が容易い。

 

いざという時はすべての鎮守府合同での討伐作戦も考えられることから今のうちに戦力補強が望ましい所であった。

 

特に自身の艦隊の戦力の充実化は急ぐべき事であると思っていた。

 

仮にレ級討伐の際に自身が参加できずとも横須賀の守りを考えると、第二副官候補として望まぬ間に鎮守府のトップクラスに置かれている身である自身の保有戦力がしょぼいのは論外であった。

 

とは言え急な戦力増強は周りからの反感を招く恐れがある事から、地道に尚且つ手早く第三艦隊までは編成できるレベルの戦力を整える必要がある。

 

――陸地であれば問題はあれど何とかなるのだがな……。

 

考えても仕方ないような事を考えた所で扉をノックする音が聞こえた。

 

「失礼するよ、司令官。朝食をもってきた」

 

扉が開き、響が入室し敬礼する。

 

それに返礼すると、彼女は優翔の方へと近づいて机に朝食を置いた。

 

チラッと見た彼女の顔は清々しい物となっており、昨日の件には区切りをつけた様であった。

 

「ありがとう。他の者は?」

 

「さっきすれ違ったからそろそろ来るころだと思うよ」

 

彼女に礼を言いながら最初に紅茶を一口飲みこみ、響に問う。

 

返答する響の言葉が終わった瞬間に扉が勢いよく開かれ二人は扉へと視線を戻す。

 

「てーとく、おっはよー」

 

「おはようございます、提督」

 

予想通り、扉を勢いよく開けたのは島風であり、何事もなかったかのように部屋に入る。

 

それに少し呆れているかのような表情で阿武隈も敬礼をしてから入室する。

 

もう三度目であることから何も言う気になれなくなった優翔は立ち上がり敬礼をしてドカリと椅子に座る。

 

「おはよう。もう何も言う気も失せたよ」

 

「おぅっ?」

 

「……響、来る前に私宛に任務書などは届いていたか?」

 

言葉の意味を理解していない島風に呆れでため息をつきながら響に問うと、彼女は首を横に振り否定する。

 

彼女の反応を見て優翔はまたもやため息をついた。

 

「任務ないの?」

 

首を傾げながら問う島風に画面が三人に見える様にノートパソコンを動かす。

 

三人が見ると、そこには一通のメールが開かれていた。

 

『無い物は無い故、休めば良いのではないのか?外出許可も与えて置こう』

 

と書かれており、艦娘三人は呆れに満ちた表情を見せる。

 

「という訳で一日中フリーだ。各自好きなように過ごすように。外出する場合は申告し、艦娘と分からぬ恰好にて出歩き、ヒトハチマルマルまでに戻るように」

 

「所属して日は浅いですけど、こんなに任務が少ない物なんですか、此処は?」

 

「所属する艦娘が少ない故、戦闘系は論外、遠征も人手は余っている故に私には無い」

 

「そ、そうですか……」

 

若干座った目付きで返答する優翔に阿武隈は危険を感じそれ以上踏み込む事は無かった。

 

だが、それに関係なく踏み込む者も存在した。

 

「あれ?私達は兎も角、てーとく事態のお仕事は?」

 

「昨日全ての書類を片づけた為、私も仕事が無い」

 

島風の問いに少し困ったような表情で返す優翔に島風は逆に目を輝かせた。

 

いったい何だ、と思い問うよりも早く島風は口を開いた。

 

「だったらてーとくも一緒に外出しようよ」

 

「……何故に?」

 

彼女の言葉に意味が分からず優翔は眉間に皺を寄せて問う。

 

そして彼女は呆気からんと言うのだった。

 

「だって暇でしょ?」

 

場が凍りついたような感覚を阿武隈と響は感じていた。

 

図々しいというか、遠慮がないと言うべきなのか、容赦がなかった。

 

これは優翔は不機嫌になるだろうと二人は予想していた。

 

「暇なのは肯定するとしても、私は自主訓練を行おうと思っているんだが?」

 

「えぇー、訓練よりも私達と遊びに行こうよ」

 

いつの間にか島風の外出に巻き込まれている二人は心の中で止めろと思っていた。

 

厳格な性格である優翔に”訓練よりも”などという言葉は地雷と言っても過言ではない。

 

響はこれ以上島風が優翔の機嫌を損ねるような事を言う前に黙らせる為に静かに彼女の背後へと忍び寄った。

 

「……軍人にとって訓練は大切な事なんだが?」

 

「偶には良いじゃん。それにてーとくが居れば街中でも安全だし」

 

更に眉間に皺を寄せながら言う優翔に島風は両手を首の後ろに回しながら言う。

 

そろそろ止めるか、と響が彼女の首に両手を伸ばしたところで優翔はピクリと反応した。

 

それを見て響はとりあえず様子を見る事にした。

 

「お前達艦娘は人間よりも身体能力が高いから、万が一があっても問題ないだろ?」

 

「あー……それが、そうでもないんです」

 

「ン……?どういう事だ?」

 

「私達艦娘は軍属だからというのもありますけど、人に危害を加える事はできないんです」

 

阿武隈の言葉に優翔は少しだけ前の事を思い出していた。

 

人に危害を加える事が出来ないのではおかしい事が一つだけあるからだ。

 

島風(こいつ)は出会い頭に私を蹴り飛ばそうとしたが?」

 

「それは提督が軍人だからですね。提督も認識用ナノマシンを体内に入れてますよね?」

 

「あぁ、軍属する者は認識用ナノマシンを体内に入れる事を義務付けられているからな」

 

彼女の問いに優翔は左手の白手を外し、手の甲を見せる。

 

そこには一種の模様の様な痣みたいなのが存在している。

 

認識用ナノマシンは軍属の人間が一目で軍属だと分かる様にする事とどこの所属であるのかを分かりやすくするための物だ。

 

一般人から軍人だと分かりやすくする為でもあり、味方かどうかの判別と一部の施設や機械もナノマシンで操作する為でもある。

 

「私達艦娘はナノマシンを認識する機能があるので、軍人相手だと手出しはできますけど、ナノマシンが無い一般人には手出しできない様にされてますから……」

 

「そういう事か」

 

阿武隈の説明に優翔は納得の表情を浮かべた。

 

人間よりも圧倒的に高い身体能力を持つ艦娘が間違っても一般人に対して危害を加えるようなことがあれば大問題だ。

 

それらを防ぐために彼女達艦娘はナノマシンを注入されていない人間には危害を加えられない様に仕込まれている。

 

それ以前にも艦娘は人間側に存在すると言う概念から精神的な位置で人間に危害は加えられないであろう。

 

ただしそれは艦娘であればの話で、艦娘ではない優翔はそれが適用外であり、一般人だろうと危害を加えようと思えば加えられる。

 

それが近頃で問題となっているのが今の日本の現状ではあるのだが。

 

「だからてーとくが一緒に来てくれれば私達も安心、ぐえっ!」

 

「はい、そこまで。司令官を困らせない様に。いざとなれば逃げれば良いだけだから私達だけで行くよ」

 

「ひ、響ちゃん……く、苦しい……」

 

島風が言い終わるより前に響は彼女にヘッドロックを仕掛けて無理やり黙らせる。

 

ただし、島風の履いている靴がヒールが高い事もあり、殆ど首を絞めている様な状態だ。

 

その光景を見ながら、優翔は思考に老けていた。

 

――本来は響の言う様に逃げれば良いだけだから、私が行く必要はないが……。

 

昨日の事を考えると、そのまま三人だけで行かせるのもどうだろうと思っていた。

 

少しだけ思案して、優翔は決める。

 

「……いや、それなら私も付き合おう」

 

「え……?」

 

「本当!?」

 

思いもよらない優翔の言葉に響は腕の力を弱めてしまい、拘束が緩んだ隙に島風は脱出すると目を輝かせて彼に近づいた。

 

何故そこまで目を輝かせるのか分からないが、とりあえず頷いて肯定する。

 

「思えば私もあまり横須賀の街を知らんから視察を兼ねてお前たちに付き合ってやるよ」

 

「てーとく、ありがとー!」

 

「はいはい、そうと決まれば着替えて準備を済ませたら第二車庫に各自集合するように」

 

抱きつこうとする島風を片手で制しながら、二人にも聞こえる様に言う。

 

三人とも「了解」と答えて服を着替えるために島風と阿武隈は退出するが、響だけ残っていた。

 

「……響、どうした?」

 

「どうしたの?急に私達に付き合うって」

 

どうやら自身が彼女達に付き合うと言う事が意外だったらしくそれの真意を聞こうとしている様だ。

 

特に深い意味がある訳ではないのだが、伝えておこうと思考するなり優翔は立ち上がった。

 

「別に、お前たちの事を良く知る為にも偶には付き合ってやるのも良いと思っただけだ」

 

「そうなんだ」

 

優翔の言葉に響は僅かながら微笑を浮かべる。

 

昨日の事もあり彼なりに自分達を知ろうとしているのが素直に嬉しかったのかもしれない。

 

だが、響の笑みと裏腹に優翔の表情は曇っている。

 

「どうしたんだい?」

 

「……いや、島風の言う通りに私が付いていった方がはるかに安全だと言うのもあるものでな」

 

いまいち優翔の言う言葉の意味が理解できなかった。

 

彼の言う万が一というのがあったとしても、逃げれば良いと思っておりそれに心配するのも少しばかり度が過ぎる様にも思えるのだ。

 

そんな彼女の心内を読んだのか、優翔は自身の後頭部を掻いた。

 

「まぁ、外出中に教えてやるよ。今回の同行も社会学習というやつも含めて、という事だというのを」

 

「…………?」

 

それだけ言うと、優翔は自室の方へと向かってしまい執務室には響一人だけとなった。

 

どういう意味なのか、というのを考えるも部屋の外から島風が自身を呼ぶ声が聞こえ、とりあえずは彼女と合流する事にしたのだった。

 

 

 

 

一足早く着替えが終わった優翔は、第二車庫内にてタバコを吸いながら三人を待っていた。

 

シャツに黒色のカーゴパンツにレザーコートと質素な物であり、左手の甲のナノマシンを見なければ軍人だとは気付かないであろう服装をしていた。

 

今吸っているタバコを携帯灰皿に押し入れると、三人分の気配を感じ取りそちらの方へと視線を向ける。

 

「司令官、お待たせ」

 

響を先頭に三人とも私服を身に纏っており、一応は艦娘と見分けがつかない様になってはいた。

 

――……しかし、島風は普通の服装を持っていたのだな。

 

場違いながらもそんな感想を抱いていた。

 

元々の露出が激しい服装をしている島風だが、今は普段よりは長い丈のミニスカートにムートンコートとマフラーを付けている。

 

ただ、優翔の心境など知るはずもない島風は首を傾げるだけだった。

 

「揃ったな。では、三人とも車に乗れ」

 

「車って、提督の後ろの黒いのですか?」

 

「そうだ。ただの外出に軍用車を使うわけには行かないだろ?」

 

阿武隈の問いに答えながら、ポケットからスマートキーを取り出してボタンを押すと、ドアがスライドする。

 

「この車って、てーとくの?」

 

「私の私物だが、それが?」

 

島風の問いにも軽く答えながら優翔は運転席へと乗り込むが、三人は唖然としているままだった。

 

優翔が私物と言っている車はALPHARD(アルファード)であり、車の事は詳しくない三人も一目で高級乗用車だと分かる物だからだ。

 

しかも、使っている回数が少ないからなのか新品同様の見た目であり、ボディカラーの黒が眩く光っている。

 

「どうした、乗ったらどうだ?」

 

運転席の窓から身を乗り出して三人を呼ぶ優翔の声に、三人は恐る恐ると開かれたドアから入る。

 

ゆっくりと座ってみると、革張りでありながら身が沈む様に柔らかく、シートも質の良い物だと言うのが分かる。

 

「おぉー……座り心地が凄い良い……」

 

「こんな高そうな車に乗ったの初めてです……」

 

「気に入った様で何より。シートベルト付けろよ、確認したら出るぞ」

 

優翔の声に助手席に座る響と後部座席に座る島風と阿武隈はそれぞれシートベルトを装着し、それを確認してから優翔は車をゆっくりと発進させる。

 

カーナビの設定を弄りながら、聞き忘れた事があるのを思い出し、バックミラー越しに二人を見た。

 

「ところで、外出と言っても目的はなんだ?」

 

「んー、特に決めてないから適当にお買いものかなぁ」

 

「私ものんびりとスイーツとか食べ歩きしたいです」

 

「そうか。なら横須賀中央あたりで十分だな。響はそれでいいか?」

 

二人の要望を聞き、カーナビをセッティングしながら隣の響に問うが、彼女は黙って頷いている。

 

響に関しては特にこれといった要望などは無いようで、今日は主に島風と阿武隈の二人に付き合う事になると予想していた。

 

「なら、そういう事にするが。一つお前たちに重要な事を伝えておくぞ」

 

車を走らせながら、優翔の最後の方の言葉に三人は一斉に首を傾げた。

 

響は横でみれるが、後ろの二人はバックミラーに写る彼の目からかなり真剣な話だと察する。

 

「街で遊んでいる時に別行動などで私が傍に居ない時、もし不都合が生じた場合には直ぐに私に連絡しろ」

 

「それって、提督が執務室で言ってた、万が一の時ですか?」

 

「大丈夫だよ、万が一でてーとくにきてもらったけど、響ちゃんも言ってたし逃げれば良いから」

 

「その万が一が軍人相手でもか?」

 

最後の優翔の言葉に車内の空気がピリッと凍りつくような感覚が三人を襲った。

 

丁度赤信号に差し掛かり、車を一時停止する必要が起きた事により優翔は主に後ろの二人に言い聞かせるように口を開き始めた。

 

「一般人相手なら確かにお前たちは逃げれるだろうが、軍人相手だと奴らも帯銃などもしているからな。逃げる事は難しいだろう。艤装を装着していないお前たちの耐久面は人間とさして変わらないからな」

 

「ちょ、ちょっと待っててーとく!軍人って海軍の人はそこまで酷い人は居ないよ!?」

 

「そうですよ、海軍の人なら私たちが艦娘だと知ってますからそんな事は……」

 

「海軍の連中ならな。私が言ってるのは陸軍の連中の事だ。言っておくが横須賀は海軍の街だが、陸軍の連中も普通に居るぞ」

 

そこまで言い終わると信号が青になり、優翔は車をゆっくりと発進させる。

 

バックミラーで後ろの二人を確認するが、二人とも神妙な表情で彼の言葉を待っていた。

 

少し注意するつもりが三人のテンションを下げるような事になってしまい、少しばかり自分に対してため息をつくことになったが、そのまま言葉を続ける。

 

「お前達艦娘が軍人相手なら手出しできるとしても、陸軍の連中にやるのはマズイからな。私が手出しする分には問題ない」

 

「何故、司令官が手を出す分には平気なのは元陸軍だからかい?」

 

「一応それもあるが、所属が違くとも基本的に階級というのは共通だ。そしてそんな下賤な事をやる奴は大抵大して階級も高くない下っ端共だからな。私の階級である大佐より上の奴などまず居ない。私が手を出そうが殺そうが上官に反抗した馬鹿野郎という事で流れる」

 

響の問いに物騒な言葉を交えながら言う優翔にそれぞれ違う反応を見せていた。

 

だが、阿武隈と響は島風が無理に食いついてでも優翔を誘った事には感謝するべきだと思っていた。

 

そんな彼女達の反応を横目にしながら優翔は小さくため息をついた。

 

「まぁ、安心しろ。何か起きても私がお前達を守ってやる。お前たちは安心して遊べばいい」

 

濁らせた目を正面へと向けながら優翔は車の運転に専念する。

 

相変わらずぶっきらぼうな言い方ではあるが、三人はそれでよかった。

 

彼が自分達を守ると言えば確実に守ってくれるのだから、それ程までには三人とも自身の上官を信頼していた。

 

 

 

 

「おぉー、人がいっぱい居る」

 

「軍人しか居ない鎮守府と違って、此処は街だから当然さ」

 

数分かけて横須賀中央までたどり着いた優翔達はまず近くのパーキングに寄り車を駐車していた。

 

先に降りていた三人は、見慣れてない故か辺りを見渡しており感嘆の声を漏らした島風に響が突っ込みを入れている。

 

それを横目に優翔は車にロックをかけて近寄る。

 

「あー、言い忘れたが。街中では私の事を階級や提督呼びは止めろよ」

 

「何で?」

 

その一言で理由を察した響と阿武隈だが、島風だけは理解していない様で二人は呆れた表情で彼女を見て居る。

 

――……まぁ、分かり切っている理由にも確認は必要だ。

 

本人はそう思ってはいない様な事も無理やり理由をこじつけて、優翔は苦笑を漏らしながら彼女の問いに答える。

 

「軍人だと分からない恰好で来ているのに、軍人と分かる呼び方で接したら意味ないだろ?」

 

「そっか。じゃあ、何て呼べばいいの?」

 

理由を短いながら分かりやすく説明すると、島風は納得した様子で頷く。

 

その反応を見て胸を撫で下ろした優翔だが、次に飛んできた質問に一瞬呆けて直ぐに思考を纏める。

 

「……呼び方など好きに呼べばいいだろ」

 

そう伝えると、島風は響と阿武隈を呼び寄せて少し離れた所で三人で輪を作りひそひそと話し始めた。

 

――何なんだいったい……。

 

理解しようと努力し始めて時間は浅いが、今行われている部下達の行動には全く理解できず、置いてけぼりを食らった優翔はとりあえずタバコを抜き出して吸い始めた。

 

吸い始める少し前から三人のひそひそとした声が聞こえるが、流石に会話の内容までは聞き取れず、とりあえず終わるまではタバコを吸っている事にしたのだった。

 

「――うん、それで行こうか」

 

タバコが半分程炭と化した辺りで島風が締めくくり、三人は一斉に優翔の方へと向き始めた。

 

――さて、どんな呼び方に決めたのやら……。

 

若干不安を心に宿しながらも優翔は三人の方へ視線を戻し、彼女達の声を待った。

 

「じゃあ、てーとくの事を”お兄さん”って呼ぶね」

 

「…………」

 

――はい?

 

普通に名字か名前にさん付けで来るのかと思えば予想の斜め上の呼び方で彼は絶句した。

 

まさかお兄さんと呼ぶことになるとは思っておらず、どう反応すればいいのか困惑していた。

 

「あれ……?駄目だった?」

 

反応が無い優翔に困惑気味に島風が恐る恐る問う。

 

駄目とかそういう物では無く、ただ単に考えが纏まってなくて反応できなかっただけなのであるが。

 

「……いや、そう呼びたいのならそう呼べばいい」

 

「そっかぁ、反応が無いからちょっと焦っちゃった」

 

苦い表情でそう言う優翔に島風は安堵した笑みで返す。

 

――よく考えたら、その呼び方も色々と問題が起きるのではないだろうか……。

 

冷静になった頭で良く考えると、他の問題に起きそうな予感をして優翔は悩んだ。

 

現在自分はナノマシンの施術跡を隠すためにオープンフィンガーグローブを両手ともつけているが、いっそのこと外して自分が軍人である事を証明して出歩く方が良いのではないかと思っていた。

 

だが、それは民間人に要らぬ不安を呼ぶだけでありどうしたものかと考えていた。

 

「クスッ……それじゃ、よろしくね。”お兄さん”」

 

「……絶対にからかっているだろ?」

 

意味ありげに微笑を浮かべながら態々お兄さんと呼ぶ響に眉間に皺よせながら問う。

 

しかし帰ってくるのは、さぁ?と白々しいものであり、それに対して盛大にため息をついた。

 

「にひひっ、ほら行こうお兄さん」

 

「置いて行かれちゃいますよ、お兄さん」

 

「はいはい……」

 

明らかにからかう事を目的として自身をお兄さん呼びしながら前を歩く島風と阿武隈に再度ため息をつきながらゆっくりとその場から歩き出す。

 

普段の自身の性格から、からかうネタが無かった事が今この瞬間に出てきてしまったが故にそれに飛びついているようにも見える。

 

――まぁ……それでストレス解消になるのなら、からかわれてやるか。

 

優翔としては自身の年齢を考えればお兄さんと呼ばれる事に抵抗は無い訳であり、それに面白がって呼ぶ事で彼女達のストレス発散に繋がるのなら別に良かった。

 

違和感事態は拭えないのではあるが。

 

「今日は大変だね、お兄さん」

 

「……その呼び方は外出している時だけだぞ」

 

「分かってるさ」

 

「ならば良い」

 

隣を歩きながら、またもやからかう様に微笑を浮かべる響に辟易しながら釘を刺すように言うと、彼女は頷きながら肯定する。

 

その返事にとりあえずの満足を得て優翔は目の前で楽しそうに談笑する二人を目で追った。

 

――こうしてみると、本当にただの女の子にしか見えねぇな。

 

いつもは鎮守府という軍の基地で見かけている事もあり、艤装を装着せずに街中で楽しそうに談笑している姿はどう見ても普通の少女だった。

 

深海棲艦と戦うために生まれた艦娘と言えども、一人の人間であり女性であると言うのが改めて思い知らされる一面だと優翔は思っていた。

 

「しれ……兄さん、少し良いかい?」

 

「なんだ?」

 

司令官と呼ぼうとして直ぐに言い直した響に視線を移すと、彼女は周りをぐるりと見渡している。

 

辺り一面を見渡し終えた彼女は疑問に満ちた表情で彼の方へと見やる。

 

「今この辺りを見渡してみたけど、どう見ても平和そうな状況で司令官が危惧している様な状況に見えないんだけど」

 

「……表向きは、な……」

 

響の問いに優翔は落胆したような表情で大きくため息をつきながら言った。

 

落胆していると言っても、響に対してではなく彼女もそれを理解しているが落胆する意味と言葉の意味も理解できていなかった。

 

すると、彼は周りを視線だけで見渡し、尚且つ島風と阿武隈がこちらを見て居ない事を確認してからある方向へと指を指す。

 

響がそれを目で追うと、大柄の一人の男が容姿端麗な女性の手を掴み建物の裏へと連れて行こうとしているのを見つけた。

 

その男は筋肉の付き方とむき出しにされた手の甲に浮かぶナノマシンの痕から軍人だと瞬時に分かった。

 

女性は抵抗するどころか、顔には怯えと絶望が混ざった表情を浮かばせ、そのまま引きずられる様に連れて行かれた。

 

周りの人間は見て居るはずであるが、誰も助けようとせず同情するような視線を投げつけていた。

 

「……しれ……兄さん、あれはいったい……」

 

「見ての通りだ。ああやって軍人である事を良い事に民間人の女を犯すってだけだ。しかもあれは陸軍の人間だな」

 

またもや司令官と言いかけて慌てて言い直しながら問う響に対して返ってきた答えは酷く冷淡なものだった。

 

彼から発せられた言葉にはとても信じられない様な内容であり、自然と目を見開いていた。

 

だが、その様な反応は既に予想済みなのか彼の表情は特に崩れる事無く綺麗な無表情だった。

 

「……どうみても、あれは犯罪じゃないのかい?」

 

「逆に聞くが、あの女は拒否した素振りを見せたか?」

 

自分の知る限りの軍法を上官である彼に問うも、逆に問われたその質問に響は言葉を詰まらせる。

 

自分が見た限りでは怯えは混じっていたものの、拒否するような素振りは見えなかったからだ。

 

「どうなんだ?」

 

「……拒否するような素振りは、なかった……」

 

「ならさっきの答えだ。同意の上であり、暴行や強姦ではない為に犯罪ではない。それが答えだ」

 

優翔の問い詰めるような問いに絞り出すように答えると、恐ろしく冷酷な現実を彼は叩きつけた。

 

この時点で響の中では、ありえないと言う言葉が何度も頭の中で繰り返されていた。

 

その様子に同情したのか、優翔は優しく彼女の頭を撫でた。

 

「……この際、今の日本の状況がどれだけ酷いのかを教えてやるよ。その覚悟があるのならだが」

 

「……何で、ああなっているのかその一端を見ただけじゃ分からないからお願いするよ」

 

無理もないが先程と違いテンションが大幅に下がった響だが、やはりその状況というのが気になるのか優翔の目を見据えながらはっきりと言った。

 

それに頷くと、優翔は気休め程度の気分転換の為かタバコを一本取り出して火を付ける。

 

響に教えるよりもまずは自分自身が冷静にならなければ話にならない。

 

その為の喫煙であると共に、手頃な店を探すための時間稼ぎでもあった。

 

理由は今目の前で楽しそうにしている島風と阿武隈を落胆させないために話に入らせない様にするためだった。

 

そして前方を見やるとブディックが見え、前方の二人もそれに興味を示しているかのような様子であった。

 

「二人共、あの店が気になるのか?」

 

「え?あーいや気になるって言えば少し……」

 

「私的にはちょっとお店を見てみたいかなぁって……」

 

優翔が問うと、どうも二人は遠慮がちにではあるが本心を伝えてきた。

 

おそらくは自身に気を使ってだろうと言う事だろうが本音が漏れている為に意味が無く、丁度良かったと言うのもあり優翔は財布を取り出した。

 

「せっかくの外出だ、気になるなら行ってこい。少し金を渡してやるから気に入ったのがあれば買ってくると良い」

 

そういうと優翔は財布の中から紙幣を取り出し、二人に三万円ずつ手渡した。

 

流石に大金をポンッと手渡しされるとは思わず二人は慌てふためいた。

 

「お、お兄さん、流石に悪いよ」

 

「わ、私達も給料もらってますから大丈夫ですよ」

 

「ガキが遠慮してんじゃねぇ。別に大して使わない金だから手持ちの増加って思っておけ」

 

呆れた様に言う優翔に、二人は顔を見合わせると観念したようにそのまま受け取った。

 

「あ、ありがとう」

 

「すみません、行ってきますね。お兄さんと響ちゃんはどうしますか?」

 

「店の前で待っている」

 

「私も兄さんと待ってるよ」

 

「分かった、行こっか阿武隈」

 

「うん、いってきます」

 

少しばかりだが更に上機嫌となった二人はそのまま目の前のブディックへと歩いて行き、それを優翔と響はプラプラと手を振って見送った。

 

――さてと……。

 

二人が店に入ったことを確認すると、優翔は響の方へと視線を移し彼女の瞳を見据えた。

 

「それじゃ色々と教えてやるが、覚悟はいいか?」

 

「うん、お願いするよ」

 

響の返事に頷いた優翔は店の壁に背を預けながら語り始める。

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