「さて、まずは何故街治安がのこんな状況になっているかという所だが。響、お前は艦娘として生まれて何年目だ?」
「えっと……艦娘として生まれたのは二〇五七年だから、三年目だね」
「そうか、なら知らなくて当然か」
突然の優翔の問いに響は自身の艦娘として生を受けた日を遡って答えを告げる。
それに彼は納得したように頷いて咥えているタバコを携帯灰皿へと押し込んだ。
「実はな、この十年前はまだ街の治安はとても良くてな。今のこの現状はまずありえない事だったんだよ」
「ありえない事だった?」
「あぁ、不穏になったのは六年くらい前だ。世界各国が軍事増強を進める中で出遅れてた日本は現状を変えるために今まで続いていた憲法9条を白紙へと変え、かつて自衛隊だった組織を基部に日本軍へと改名された」
「憲法9条というと、大雑把にいえば『戦争行為を行わない』というやつだっけ?」
響の問いに黙って頷きながら新しいタバコを一本取り出して火を付ける。
そこから本題に入るために優翔は一口吸いながら考えを巡らせる。
響としては彼が話しかけない限りは何とも言えない為、彼の言葉を黙って待っている事にしていた。
「此処からがこの治安の悪さの原因とも言えるんだが。六年前は各国がにらみ合いとなり、第三次世界大戦勃発間近となった時に【深海棲艦】が出没し、それどころじゃなくなった。その時ある軍属で政治的立場に立っている人物がある事を掲げた。『増税をかけ、軍事費の増加をするべし』と」
「……経済とかには詳しくないけど、それって国民の生活に使うべき税金を軍事増強の為に使うって事かい?」
「その認識で間違いない。当然、この案は国民からも反発がかなりあったが決行された。何故だと思う?」
再び問われ、響は言葉を詰まらせる。
だが、優翔が並べたキーワードを纏めれば必然と答えは出てくる。
そもそも原因となっているものが自身の生まれた意味なのであるから。
「……深海棲艦の登場が、原因だね」
「当たりだ。未知なる兵器群の登場が世界各国が震撼し、それは日本も同じだった。それ故に国を防衛し、存続させる為にまずは軍事費を増強したのさ。悪い言い方だが国民の生活を犠牲にしてな」
叩きつけられた真相に響は表情を険しくさせて押し黙るしかなかった。
調べれば分かる事ではあるが、この案を出した人物が自身の父であると知れば彼女はどう思うのか、優翔はそれが気がかりであった。
「今まで良くて2割程度で使われていた軍事費としての税金が倍に上がったんだ。それを埋め合わせするために増税だ。国民は貧困に合い、餓死する者も少なくなかった。軍属の者を除けばな……」
「軍人や私達の給料は税金から来ているからね……」
「あぁ、結果的に日本は軍人が金を持ち、軍と関係ない政治家は政策の殆どを軍に丸投げし、更に軍が立場的に上に立つ事になり軍事独裁へと変わり果てた。そして民間人には銃器、刃物の所持は禁じられて軍人は許可されている訳だ、一般的な解釈はテロ対策だがな」
そういう優翔は響だけに見える様にレザーコートの内側に帯銃されている【ベレッタM93R】を見せる。
最悪過ぎる、響の出てきた感想はその一言だった。
外の状況がかなり酷いと言うのは噂程度に聞いては居たが、これほどまでに荒廃しているというのは予想の斜め上を行き過ぎていた。
そこまで考えて響は一つの疑問にぶつかった。
「待って、警察はどうなっている訳?」
「使えるもんじゃないさ。軍事国家となった日本では警察という役割は所謂憲兵がそれにあたるが、奴らも美味い汁を吸っている立場だ。まともに取り締まりなんかしない」
「……もしかして、さっきの軍人みたいに自分たちも乗ってるとか?」
「変な所だけ察しが良いな……答えはYESだ」
先程の軍人が女性を連れて行った路地裏の入り口を睨みつけながら響は問うが、優翔からは呆れと共に肯定を示す。
――最悪ってどころじゃなかったね……。
顔を顰めながら響は優翔の言う察しが良い部分にため息をつきたくなった。
「今では地位が低くなっている陸軍だが、それでも影響力はある。それがこの結果という事か、ふざけているにも程があると思わないか?そんなに溜まってんなら風俗に行けって話なんだ。丁度この近くにあるんだからよ」
とある方向に指を指しながら言う優翔の言葉を聞きながら、響がその方向を見やると確かにそこには風俗店が建っている。
だが、それをあえて利用しないと言うのは理由があるというのが分かり切っており、その理由すらもくだらない物だというのもだ。
「……推測にすぎないけど、くだらない理由があるんだろう?」
「ご明察だ。私が陸軍の特殊部隊に入ってた時の同僚が言ってたが、犯され慣れてる女よりもその辺の慣れてない女の方がよっぽど良いって言ってたな。他も大体同じだろ」
「……最低」
彼が特殊部隊に所属していたという事は少しばかり驚いたものの、少し前に彼の過去を覗いた時の優秀さを見れば当然だと思いさほど気にしなかった。
それよりも、そのくだらない理由とやらの方が衝撃が強い。
それに対する感想が思わず口から洩れたが、隣の彼も同じ思いの様で黙って頷いている。
たぶんありえないと信じていたいが、彼女の中で優翔はどうなのだろうと言う思いも湧いてくる。
良い感情とは言えないが、そこまで詳しいというのも逆に疑問を呼ぶばかりである。
「本当に失礼な事を聞くけど……兄さんは、そういう事はしてないよね?」
「はぁ?ふざけるな。あんなカス共と同じにされるのは心外だ。私は断じてしていない、誘われても逃げたし、そもそも女を抱くのは士官学校時代に同僚の女と散々やったからな」
響の問いに珍しい程に優翔は感情を剥き出しに、怒りの形相で吐き捨てる。
それを聞いた事で安堵の表情を響は浮かべた。
彼女の表情を見て、優翔はバツが悪そうな表情を浮かべ新しくタバコを一本取り出して吸い始める。
「それが聞けて安心したかな……?」
「たくっ……悪い、感情を剥き出しにしちまった……」
「うぅん、こっちこそごめんね?」
互いに謝罪をしながら、妙な雰囲気になってしまった事に少しばかり沈黙が支配した。
何口目か煙を吐き出した優翔は落ち着きを取り戻したのか、先ほどより平常な表情で響の方へと見やる。
「話がズレたが、纏めると今じゃ民族浄化もどきを自国の民間人に行っているという始末なのさ」
「民族浄化?」
響が聞き返した事で優翔は失敗したと感じた。
なまじ知的に見えるその雰囲気から彼女の持つ知識を過信し過ぎた。
とはいえ、聞かれてしまったからには答えない訳にはいかず、自身の迂闊さにため息をついた。
「……占領したその地の民族の血を薄くするって名目で女を犯すだけということだ。とがった血を薄くして高貴なる我が国の人間の血を持った人間を増やすって理由を付けて犯して子供を産ませるんだよ」
「…………」
彼の説明に再び響は絶句する事になった。
その反応もやむなし、と思いながらも更に言葉を続ける。
「兵のストレス発散には丁度良いとか、ふざけた事を言うやつも居たな……言っておくが、日本も含め世界各国でも行われた事だ」
「後半は余計な事かな……でも、前半のは……」
「そう、要するにこの国の女共は兵のストレスと性欲の発散の捌け口にされてるという事だ。ところで今までの事を聞いて何か分かった事は無いか?」
いきなり問われても困る事であったが、周りを見渡すと少しだけ違和感が感じるところが存在する。
誤差なのか、そうで無いのかを確かめるために更に注意深く見てみるが、やはり誤差には思えない光景が見えるのだ。
「……女の人の方が、多少なりとも裕福そうだね……」
「あぁ……利用代金って事で金を貰ってんだろうな。女の方も必死さ、腰を振らなければ殺されるかもしれない。しかも何故か自分で誘う方が受けがいい。それで望む、望んでないでも軍人の連中に金を受け取ってるのさ。街の奴らからは最悪売女と蔑まれてな」
そこまで聞いて響は自身の胸の中にどす黒い物が蠢いている様な不快感を覚えた。
初めての感覚であり、戸惑いが強いがそれと別に頭が働いて直ぐに理解する。
――これは、絶望や憎悪……ってやつなのかな?
自身の知る言葉の中で思い当たるのはそれらであった。
なまじ自身も女の身であり軍人という括りからなのか、あまりにも身勝手な軍人のそれも男共の行動に黒い感情が芽生え始めていた。
行き当たりの無い怒りに似た感情、艦娘として生まれて年月が少ない身には余るものだった。
「分かるぜ、その感情は。だが、どうしようもねぇんだ」
「……根本から腐っているからかい?」
「だろうな。元を正すにも腐ってるのが多すぎる。それを全て排除した所で滲みついた染は中々取れない、それに戦時中の今では到底無理だ」
「……関係ないけど、兄さんは……何で軍に入ろうと思ったんだい?」
「……父が軍に入っているからというのもあるが、混沌としていく世の中で日本という国を、国民を守る為にだ」
彼の目が濁っている理由が少しだけ分かった気がした。
短い時間で接してきた優翔という人間は、誠実な人で善を良しとして悪を憎むタイプだと響は思っている。
そんな彼が、守るべき国民を蔑にして軍人の務めを放棄する周りの状況など耐えられなかったのだろう。
ただ、彼女にとって救いだったのは、彼の軍に入った動機が全うな物であった。
それが聞けただけで、心に芽生えた黒い感情がいくらか和らいだようにも感じた。
だが、優翔は自身の軍に入った理由に表情を和らげる彼女の顔を見て何とも言えぬ表情を浮かべる。
しかし直ぐに表情を変え、真剣な目で響へと視線を移す。
「……今の日本の状況がこのまま続けば破滅は必須だ。この国の、民の未来の為にもまずは戦争をいち早く終わらせる必要があり、私もそれに全力を尽くす。悪いがお前達には頼りにさせてもらうぞ?」
「
お互いの意志を示した所で、ブディックの扉が開かれた。
そちらに目を向けると、島風と阿武隈が大きめのビニール袋を手に出てきた。
表情を見ると、二人ともどこか満足気でありそれなりに良い買い物ができたのだろうと思わせる。
「満足いく買い物はできたか?」
「あ、お兄さん。バッチリ!」
「少し多く買っちゃいましたけど、お兄さんのおかげで余裕ができました」
「……そうか」
短く呟く優翔が僅かに見せた優しい微笑を浮かべたのを三人は見逃さなかった。
笑みを浮かべたとしても今の様な優しい表情を浮かべなかった彼しか知らない三人は珍しい物を見たかのように目を丸くさせていた。
だが、それは短いもので優翔は咥えているタバコを携帯灰皿へと突っ込む動きを見せた時には既にいつも見慣れている無表情だった。
その間に三人は固まり、優翔から背を向ける形でひそひそと語り合う。
「てーとくもあんな風に笑うんだね」
「笑う所は何回か見ているけど、あぁいうのは初めてかな」
「実は本当は物凄く優しかったりですかね?」
「……お前ら、なにをこそこそと話しているんだ」
呆れた表情で問う優翔に、三人は身体を強張らせながら首と両手を横に振る。
何とも怪しい仕草に眉間に皺を寄せるが、問いただした所で無駄だと感じたのか特に突っ込む様子は見せなかった。
その事で三人は聞こえぬ様に安堵のため息を漏らした。
※
それからというもの、優翔は三人に引きずられる様に街中をぶらぶらと歩くことになっていた。
元々三人の休暇に付き合うために外出をしているのでそれ自体は良い。
一つ問題があれば。島風と阿武隈の二人が中々にパワフルである事だ。
先程も二人が同時に別の店に興味を持ち、自身の腕を引っ張る事になっていたが、左右に引っ張るのだ。
しかも艦娘の力で引っ張られ、両肩の関節が悲鳴を上げていた。
響が即座に二人の脳天に制裁のチョップを叩き落としたことで落ち着き、両腕が胴体と泣き別れになる事だけは防がれた。
「全く……少しは加減しろよ……」
とある喫茶店のテラス席に洋服、アクセサリー、お菓子、ぬいぐるみ、etc.と大量に詰み込まれた複数の袋を自身の座る席の脇にドカリと置く。
此処で言っている加減というのは買う量ではなく、行動範囲の事を言っている訳であるが、それを理解してるのか微妙な面もちで島風と阿武隈の二人は明後日の方向へ視線を向け頬を掻いていた。
その様子に優翔と響はため息をつき、彼は一服するために灰皿を手元に手繰り寄せながらメニューを一瞥する。
「とりあえず飯にするぞ。適当に好きな物を選べ」
疲労を隠そうとしない顔で天を仰ぎ見るように首を上げる彼は、煙を吐き出しながら三人に促す。
メニューを少し見ただけではあるが、注文する内容は決まったのでこれで良い。
そんな様子に苦笑を浮かべる三人は一つのメニューを互いに見せ合って和気藹々と料理を選んでいる。
それを横目に見ながら優翔は空を見上げたまま、思考に老ける。
――思えば、こうやってゆっくりと買い物をしたのは初めてか……。
女性の買い物に付き合ったというのも含めてでの事ではあるが、穏やかに行うのは初めてであった。
無論、軍人となってから補給を目当てに買い物はしたことはあるものの、それは事務的に行っており買い終わったら直ぐに拠点に戻る程度だ。
こうやって目的を持たず何気なく街をぶらついて買い物をする事は昔は全くなかった。
――悪くない、いやむしろ……とても良い、か。
そんな感想が出る事に少しだけ驚くが、優翔自身は平和である事を望んでいる事を思い返せば別に何の間違いでもなかった。
むしろ、今までそれを忘れる程に精神が摩耗しているのかと、自嘲の笑みが浮かんでくる。
「――さん……兄さん」
自身を呼ぶ声が聞こえ、我に返った優翔は空を仰ぎ見るのを止めゆっくりと首を下ろす。
その拍子で咥えていたタバコから灰がボトリと落ちたが、運良く灰皿の中に落ちてコートを汚す事は無かった。
三人の方を見るとこちらを心配しているような表情だった。
「大丈夫かい?疲れた?」
「……いや、少し考え事をしていた。決まったか?」
響の問いに否定しながらタバコの火を灰皿でもみ消して問うと、三人とも頷いて答えた。
この様子では自身を複数回呼んでいたのだろうと悟り、それに申し訳ないと思いながらも手を上げて店員を呼ぶ。
タイミングが良いのか、通りかかった店員の目に留まり直ぐにこちらに近づいて、端末を持ち始めた。
「ランチセットのAとホットレモンティーをお願いします。お前らは?」
「えーっと……私は――」
自身の注文を言い終えると、島風を筆頭に三人とも注文を言い始める。
――しかし、今更だが嫌な視線だな……。
気にも留めるつもりは無かったが、いちいち店員の視線が気になって仕方なかった。
いや、店員だけではなく周りの客もチラチラと自身に視線を投げかけているのが分かる。
視線を感じるのは席に着いてからであったが、今は店員が直ぐ近くに居るから過敏に感じているのだろう。
原因は分かっている、自身の眉間から右頬に掛けて走る傷跡が原因だ。
服装は一般人のそれと同じだが、手の甲を隠すようにしている事と顔の傷に若い少女を三人連れているのなら嫌でも目立つものだった。
――整形手術で顔の傷を消しておくべきだろうか。
面倒で放置していた傷跡が今になって支障をきたすのは正直予想外だったため、本気で傷を消すべきか思考しながら自身の顔に走るそれを撫でた。
「兄さん、聞こえている?」
「ン、なんだ?」
「注文言い終えたから、少し経ったら来るよ?」
「あぁ、分かった」
「お兄さん、本当に大丈夫ですか?さっきからずっとボーっとしてますけど」
「……いや、視線が気になるからな。これを消した方が良いか考えてた」
阿武隈の問いに苦笑をしながら顔の傷を指さして答えると、三人は視線を周りに向けた。
すると、面白いように今まで感じていた視線が散っていく。
それに対して三人はため息を同時に吐き出した。
「……言われて気が付いたけど、みーんな私達見てたんだね……」
「まぁ、大の男が若い女を三人連れてこの傷だ。目立っても仕方ない」
「店員さんもチラチラと兄さんを見ていたしね」
今更かよ、と思いながらも島風の言葉に苦笑を交えながら言うと、響も乗りながらため息をつく。
勘が良い者であれば既に自身達の素性を察してもおかしくないし、最悪は以前に阿武隈が優翔に言ったヤクザと思われているかもしれない。
少なくとも無駄な不安を煽る事を避けるために、食事を済ませたらさっさと退散すべきだと優翔は思っていた。
「ところで兄さん、聞いてもいいかな?」
「……どうした?」
「さっき兄さんと話してて思ったけど、上の人は信用していない感じなのかな?」
随分と深く踏み込んでくるものだと、優翔は感じながら顎に手を当てて思考する素振りを見せる。
響の質問に他の二人も興味を示したのかこちらに視線を投げかけており、念のため周りを見るとこちらを見ている者は殆ど居らず、これなら少しくらいなら平気かと優翔の中で決断した。
「……上の、というよりは中央の連中は信用していない、と言ったところだな」
「中央、という事は鎮守府の人達は?」
「私自体が日が浅いから、何とも言えんが……少なくとも景山閣下については信用たり得る人物だとは思っている」
周りに聞かれない様に小声で話す優翔に合わせてか、響も小声で更に質問を投げかかる。
それに対しては即答に近い形で返答し、三人は少しだけ首を傾げる。
「先日、私が閣下と共に中央本部へ赴いて会議に参加した結論だが、陸も海も大して変わらないと言うのが抱いた感想だ」
「その変わらないと言うのは?」
「後方でのうのうと居座ってる阿呆共は現場の、最前線の状況を理解してないってことだ」
あまりにもストレートな物言いに三人は顔を顰めるが、響と島風の二人には何となく納得するくらいに思い当たる事があった。
新しく建造された阿武隈以外の二人は優翔の下に配属される前に他艦隊に所属していた経験がある。
その時の上官である提督達も中央や軍令部の呑気さにいつも苦言を零している事が多かった。
遅すぎる本部からの補給など序の口であり、本当に戦況を見越しての事であるのかを疑いたくなるような無茶苦茶な任務など数えるだけで腹がいっぱいになる。
「中央での会議の内容は秘守義務がある為詳しく言えんが、まぁあるはずの金を出し渋り自分たちの私腹を肥やそうという魂胆が丸見えだったよ。貴重な時間を削ってやってきた他の鎮守府や泊地の司令長官達には同情をせざる負えない」
「相当酷い物だったんですね……」
「一度行ってみるか?呆れて物が言えなくなるぞ。陸に居た時も感じたが、場所が変わろうが後方は無能が多いと言うのを叩きつけられる。なんせ実際に前線に行かず、訓練や机上エリート共の集まりだからな」
「使えないね」
げんなりとした表情で呟く阿武隈の言葉に冗談交じりの誘いに彼女は「いやいやいや」と手を振って否定する。
その滑稽にも見える姿に苦笑を浮かべ、続けざまに言う優翔の言葉に呆れを隠そうとしない響の言葉に軽く笑いが起きた。
自身も苦笑を浮かべている中、自分達に近づいてくる気配を感じ取り立てた人差し指を唇に持っていき会話を中断させる。
「失礼します、ご注文の品をお持ちしました」
営業スマイルを顔面に張り付けた女性店員が両手にもったトレイいっぱいに注文した料理を持ってきた。
軽く会釈しながら、料理の受け渡しを手伝いながら各自の前に並べる。
「ごゆっくりどうぞ」
伝票を最後にテーブルの横に引っかけ、一礼してからそそくさとその場から立ち去る。
先程よりは殆ど無いが、それでも優翔の顔を見ていた為に三人は苦笑を漏らすしかなかった。
――やはり消すか。
流石にため息しか出ず、余裕があれば顔の傷を消すことを決心した。
「まぁ、料理が来たんだ。食べるとするか」
無理矢理締め括り、昼食を取ろうと自身の前に置かれたホットドックを手に取ろうとした瞬間に周りが騒がしくなり左手が空を切った。
――いったいなんだ……。
周りを見れば、自身から見て左の方向に皆が目を向けており、そちらに視線を動かす。
まず目に映ったのはナノマシンの施術跡がはっきりと見える手の甲を剥き出しにした筋肉ダルマとその男より背が少し高いやや細見の男が二人。
その男二人に遮られ良く見えないが、僅かに見える細い足や踵まで届きそうな先端に向かう程銀色の輝きを放つ青い長髪が見えた。
――本当に節度って物がねぇな、あいつら……。
筋肉の付き方や腰に付けている銃器やナイフを見て元同僚だという事だと理解し、無用な面倒を起こしたくない為に見て見ぬふりをしようとしたが、同席している三人は険しい表情を見せ今にも飛び出しそうだった。
「ごめん、兄さん。流石にあれは見過ごせない……」
「……先も言ったが、あれは陸軍の連中だ。こちらに向かってないなら余計な面倒は起こすな」
響らしくない冷静さを欠いた発言に眉を潜めながら釘を刺すように言うが、それに覆いかぶさるように島風が口を開いた。
「違う、あの子、私達と同じ艦娘なんだよ!」
「……なに?」
島風の言葉で三人がこれだけ険しい表情を浮かべているのが理解はできた。
しかし、と優翔は思考を巡らせる。
止める事自体は容易であるが、それでは軍人である事を隠している意味もないし、周りの人間にも余計な不安を煽る可能性もある。
「……兄さん、止める事はできる?」
「それは余裕だが、良いのか?下手したら騒ぎを起こしたという事で飯を食わずに出ていくことになるぞ」
「そんなの関係ないですよ!お兄さんが無理なら私達が行きます」
――それだけは止めてくれ。
艦娘が人間を襲うという事が一番避けたくて自身が付いてきたと言うのにそれでは意味がない。
心の中でため息交じりにそう思いながら、優翔は腰を上げた。
「たくっ……荷物を纏めておけ。最悪、店を出る事になるからな」
パキパキと指を鳴らしながら言う優翔に、三人は表情を明るくさせて頷く。
――まぁ良い、丁度こういうのはうんざりしていたんだ。
それに小さくため息をついた優翔は、こちらに背を向けている男二人に静かに忍び寄った。
「あの……ごめんなさい、本当に困ります……」
目の前を立ち塞がる男二人を前にして少女は困惑していた。
そんな少女の様子に構う事無く男二人は
「おいおい嬢ちゃん。そんな迷惑そうにしなくてもいいじゃねぇか、なぁ?」
「そうそう。ちょっと俺達と遊んでくれりゃ良いだけだからさぁ」
「いえ……急いでますから……」
少女の言葉を聞くや、男達の顔は更に歪み、追い詰める様に一歩前に踏み出して手の甲を見せつける様に少女の顔の前へと手を差し向ける。
「これが何か分かるかなぁ?俺ら軍人なのよ」
「そうそう、痛い思いしたくなかったら――ごはっ!?」
長身の男の言葉は首に突き刺さった蹴りによって最後まで続かず、長身の男はいきなり襲った蹴りの衝撃によって3m程吹っ飛ばされる。
片や目の前に居た男が、片や隣に居た同僚がいきなり吹き飛んだことで少女と筋骨ダルマは目を白黒とさせて唖然としていた。
「……少しは周りの目とかを気にしたらどうなんだ?そんなに盛ってんなら風俗にでも行け、軍人の面汚しが」
怒気の込めた低い声が筋肉ダルマの後ろから聞こえる、その声の主は黒髪の長髪の青年、優翔であり、長身を蹴ったのは間違いなく彼であった。
彼は蹴りに使った右足をブラブラと振って、握り切った瞳に殺気を宿らせてダルマを睨みつけている。
「てめぇ、なにしやがる!」
我に返ったダルマは怒りを露わにし優翔に向け右ストレートを放つが、その拳を片手で軽く払う様に逸らしながら手首を掴んだ彼は半回転するように身を移動させ、左肘をダルマの右肩へと叩き落とした。
ゴクンッ、と鈍い音が周囲に鳴り響き、数瞬後にダルマの顔が苦痛に満ちた表情を浮かび上がった。
「ぐぎゃあああぁぁぁっ!?」
「うるせぇ」
ダルマの悲鳴に吐き捨てるように言いながら、優翔はコメカミに向けて蹴りを放つとつま先の部位が綺麗に入り込み長身の男の方へと吹っ飛んだ。
ダルマは運が悪く頭から落ちる形となり、グシャッと潰れるような音を出し倒れ伏すなり静かになった。
「受け身もまともにできねぇのか」
「て、てめぇ……」
立ち直った長身の男は殺意に満ちた目を光らせ、懐に右手を差し入れる。
動作で拳銃を抜くと理解した彼は直ぐにその場から駆け出し、長身が拳銃を抜くのと同時にマガジンの底を蹴り上げ無理やり銃を手放させ、そのまま足を振り下ろすように長身を蹴りつけた。
長身が更に吹っ飛ぶのを見送り、上空に舞った拳銃を目で追い、落ちてくる場所へと手を差し伸べて拳銃をキャッチすると、マガジンを取り外してからスライドを引いて、薬室から弾丸を取り出した後に上空に向けて空砲を撃った。
後始末が終わった銃を投げ捨て、彼は怒りを宿した目で男を睨みつける。
「周りに人が大勢居んのに銃を抜くんじゃねぇよ……どこの士官学校出だ貴様」
「だ、誰だお前……俺等はこの街の第9部隊の者だぞ!?」
「第9部隊……?下っ端も良い所じゃねぇか」
長身の男の声に、特に第9部隊という単語に優翔は呆れと下らなさに失笑を禁じ得なかった。
ゴミを見る様に濁り切った瞳を長身の男に向けて彼は口を開いた。
「誰だと言ったな?私は日本海軍横須賀鎮守府所属の龍波優翔大佐だ」
「は……?龍波って……まさか……【邪龍】……?」
「そんな二つ名で呼ばれてるらしいな。それで、これからお前ら屑共を八つ裂きにするつもりだが?」
彼の名前を聞いた瞬間に長身の男は明らかに怯えを表し、彼から離れようとするかのように後ずさる。
優翔自身はこの際徹底的にやろうかどうかと思考を巡らせていた。
「あ、あの……大佐殿、ご無礼を働いた事はお詫び致します。お見逃しいただけませんか?」
「仮にも大佐に銃を向けて、見逃して貰おうと思ってんのか?軍という組織を舐めてんじゃねぇのか?」
自身の二つ名と階級を知ったとたんの長身の男の言葉に優翔は先程よりも怒気を込めた低い声を男に投げかけた。
男の言葉は彼の神経を逆撫でするだけであり、彼の中で見逃すという選択肢は完全に消え去った。
「あ、あの」
「ん……?」
とりあえず黙らせよう、と指を再度鳴らしながら一歩前へ進んだ瞬間に後ろから少女が自身を呼び止める。
何だと思いながらも少女の方へ向くと、彼女は困惑の表情を浮かべながらも優翔の目を真っ直ぐ見つめていた。
「私は無事ですから……この人達を許してもらえませんか?」
「…………」
少女の唐突な申し出に優翔は一瞬唖然とし、しばらく間を置くように思考を巡らせる。
少女の優しさというか甘さにため息が出る思いだが、これ以上周りの不安を煽るのはよろしくないとも思っていた。
「おい、さっさとそこのダルマを拾って消えろ」
「は、はい……失礼します……」
吐き捨てるように言うと、長身の男は深く頭を下げた後に転がっている筋肉ダルマを引きずる様に抱え、その場から逃げるように離れていく。
――屑共が……。
離れていく軍人二人に心の中で悪態をつきながら優翔は響達が待っている席へと向かって歩き出した。
「あ、あの……ありがとうございました!」
「お礼なら彼女達に言ってくれ」
自身に対してお礼を言う少女に、優翔は少しだけ困ったような表情を浮かべながら、座って待っている響達を指を指しながら言う。
少女は指を指す方向に視線を向けると、納得したような表情を浮かべて笑みを浮かべた。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます」
自身達の席まで付いてきた少女に響が声をかけると、少女は笑みを浮かべ深く頭を下げながらお礼を言う。
その様子に三人は安堵に満ちた表情を浮かべるのを見ながら、優翔はテーブルに置かれた5人分のパフェを見やる。
「……こんなの注文したか?」
「うぅん、お店の人がお兄さんがあのゴロツキを追い払ったからそのお礼だって」
「ふぅん?」
店を出ていく必要が無くなった事を察しながら、優翔は自身に向けられる周りの視線の雰囲気が変わった事を感じた。
最初に感じていたものと違い、どうも暖かいような視線だ。
――よく分からん……。
そう思いながらも、優翔は空いている席から椅子を一つ自身の方へ引き寄せると少女に座るように促す。
「良いんですか?」
「
優翔の言葉の意味を理解した少女は少し申し訳なさそうにしながらも椅子へと座り、差し出されたパフェをほおばり始めた。
それを横目にしながら、優翔は今度こそホットドックを手にして頬張り始める。
ようやく腹ごしらえが始まったのだが、ゆっくりとしていられなかった。
どういう形であれ、かなり目立ってしまいさっきから感じる視線も別に不快な訳ではないが落ち着かないのだ。
ため息をつきたくなるのを堪えながら、和気藹々と会話している四人に優翔は口を開く。
「……悪いが、食べ終わったらさっさと店を出るぞ。こうも見られていると落ち着けん」
「そうだね、流石に此処まで見られると恥ずかしい」
同意を示したのは響で、彼女も注目の的となっているのは落ち着かない様であった。
「でも食事くらいはゆっくりしましょう?」
「そうそう、私もまだお喋りしたいし」
「分かった分かった、落ち着いたら行くぞ」
阿武隈と島風の言葉に返事を返しながら優翔はまた一口ホットドックを齧った。
暫く続く艦娘同士の聞いていると、どうやら助けた少女は横須賀鎮守府へと向かう途中だったようで、此処に通りかかった際に先ほどの男二人に絡まれたそうだ。
それならと、先ほどの事もあり少女に時間が平気なのかと島風が聞くと、鎮守府に着いた後は自由時間と伝えられていると聞き、自分達と一緒に行くことを提案していた。
流石に少女もせっかくの休暇に割り込むのは申し訳なく感じており、控えめな態度であったが、優翔にとって一人増えようが関係なく、安全面を考えるとその方が良いと伝える。
そうして少女も付いてくることになり、残りの時間を少女を交えながら街を歩き回り、鎮守府へと帰る事になった。