「サクラ!!」
名を呼ばれて、ハッと顔をあげる。パニックにならなかったのは今までの経験だろう。伊達に何度も殺されかけていない。
よくわからない空間にいるが、まだみんなの姿が見える。まだというのは私がこの空間に入ったきっかけになったであろう扉が徐々に閉まりかけているからだ。
「って、お兄ちゃん!?」
流石、兄である。私がよくわからない空間にいるのにも関わらず躊躇なく飛び込んできた。無鉄砲過ぎるが、心細かったので非常に助かる。
兄に手を伸ばすが、なかなか届かない。徐々にディーノ達から離れていくので、未だに引っ張られているのかもしれない。それでも飛び込んだ勢いが残っていたのか、ついに届いた。
グィッと引っ張られ、私は兄の腕の中にいた。
「にいちゃ、扉が閉まる!!」
「扉?」
見えていないのか。実は名を呼ばれて顔をあげる前に見えていたものがあった。ディーノ達がいる扉とは別にもう1つ扉があったのだ。そっちは開きっぱなしで、私はその方向に流されている。扉の奥には空が見えるので、私の勘が正しければ違う世界に繋がっている。
それを説明したいが時間は残されていない。兄はわかっていると思っていた。
「……今まで楽しかったよ。ありがとう」
ちょっと待って、どういう意味だ。10年後の兄は似たような言葉を残して死んだんだぞ。未来から記憶が届いている兄は知っているはずだろ!?
「幸せになるのだよ!!」
「にいちゃ!!」
兄に勢いよく飛ばされた。ハイスペックの兄が渾身の力で投げたのだ。一気に私はディーノとリボーンがいる扉へ近づいた。しかしその反動で兄は私が引っ張られていた扉の中に呆気なく入ってしまった。
「お兄ちゃん!!」
「サクラ!! 手を伸ばせ!!」
聞こえた声に振り返る。ディーノがムチを持っていた。兄の渾身の力でも戻るには足りなかったのだ。でも多分私が手を伸ばせばディーノのムチが届く。
閉まりそうな扉と、未だに開きっぱなしの扉。
ツナ達の顔が浮かぶ。でも兄は向こうの扉だ。
「……みんなにゴメンって伝えて! 今までありがとう!!」
それだけ言って兄が消えた扉へと向きなおる。……兄を1人に出来るわけがない。だって、私がいないと兄はダメなんだ。
神が兄に感情を植え付けるためにつかった方法が『私と触れる』だった。本人に自覚があるのかわからないが、それを知った兄は私に触れると安心したように笑うようになったのだ。多分、感情が消えた記憶も未来から届いたからだと思う。
私がいないと兄はまた壊れる。何があってももう振り向かない。
「サクラっ!」
ディーノの声が聞こえて思わず笑った。彼には悪いことをしたと思う。彼は私と違って、本気だった。
片思い中は私を好きになってほしかった。でも両片思いと知った途端、多分怖くなったのだ。だからディーノの気持ちはいらないと思った。私はそこまで真剣じゃなかったのだ。恋をした自身が好きだったのかもしれない。
兄とディーノを天秤にかければ、私は兄を選ぶに決まっている。だからディーノの声でも振り向くことはない。
「ん?」
……腕にムチが絡まっているな。
……あの場所からじゃ届かなかったよな?
ギョッとして思わず振り返った。……なんでここに居る、ディーノ。
「リボーン、後は頼んだぜ」
「戻ってくるんだぞ」
「ああ! 3人揃って必ず戻る!」
「いやいやいや、そこは永遠の別れのところだろ!?」
ツッコミと同時に扉が閉まってリボーンが見えなくなる。グイッと引っ張られ気付くと、ディーノが私を片腕で抱き上げていた。最近の定位置である。……じゃなくて!
「君はバカかっ!? なんで君も飛び込んできたんだ!?」
「文句は後で聞くから、どうすりゃいいんだ? お前は見えているんだろ?」
くそっと思わず悪態をついてから口を開く。悔しいことにディーノに指示を出すのは慣れている。
「このまま流されれば、多分別世界に行く。空が見えているから落ちる可能性もある」
「わかった」
「後、別世界だから次元?の関係でスクーデリアが出せるかはわからないからな」
「……お前はどうするつもりだったんだ」
「兄任せ」
大きな溜息が聞こえた。おかしい。
「兄のことだから私が落ちてこないかしばらく確認すると思うし」
「スクーデリアが出せねぇなら、桂の体に流れてる晴の活性もどうなってるかわからねーだろ……」
「ディーノ、どうしよう!? もう時間がっ!」
ひぃ!と悲鳴をあげながらディーノにしがみつけば、やっと素直になったなと笑った。……余裕そうだな。
「サクラ、二択だ。あっちでスクーデリアが出せるか出せないどっちだ!」
「だ、出せる! 出せるぞ、ディーノ!」
素晴らしい質問だ。出せると私の勘がいっている。感動で泣きそうである。
扉をくぐったというより放り出されたといった方が正しいだろう。ディーノが私を掴んでいなかったら、バラバラになっていただろう。それぐらい衝撃が激しかった。その衝撃が緩んでくると自身が落下していることがわかる。
「スクーデリア!」
ディーノが呼ぶと同時に天馬が現れる。状況がわかっているのか、ディーノはあっさりと跨いで空中で立て直した。
「っと、大丈夫か?」
「なんとか」
ディーノにスクーデリアの上へゆっくりとおろしてもらい、ホッと息を吐く。ツナ達に巻き込まれて慣れてきていると思ったが、心臓がまだドキドキしているぞ。
「死ぬ気の炎が出せるなら、桂は大丈夫そうだな。問題はどこにいるか……」
「お兄ちゃんには悪いけど、先に確認したいことがある」
「なんだ?」
空を指差す。
「……サクラの目には扉が見えているんだな」
コクリと頷く。兄に向かって言った言葉だったが、やはりディーノにも聞こえていたようだ。
「今は閉まってるけど」
いっぱいいっぱいで、いつ閉まったかは見れなかった。でも多分私がこっちに来たから閉まった気がする。最初に変な空間に落ちたのは私が先だし。
「ディーノはどういう風に見えていたんだ?」
私が指している方向へ移動しながら質問する。確認することは多いので今のうちに。
「夜の炎に似てたぜ。ただ炎の気配はしねーし、サクラが見えたからすぐに別物とわかったけどな。後、時間がないって聞くまで空間が閉じかけてるとは思わなかった」
「ディーノ達は曖昧だったのか。いや、極端といえばいいのか? 私の目にははっきりと扉が見えていたし、閉じて行くのも見えていたからな。ちなみに両扉。ディーノ、ゆっくり。……ストップ」
やはり扉にしか見えないな。ただ普通の扉と違って取っ手がない。触っても大丈夫と私の勘がいっているので手を伸ばす。……実体はあるか。
「扉だけど取っ手がない。ディーノは?」
「……ダメだな、触れねぇ」
「真実の目で見えているから触れる感じか? ディーノが強力な幻覚にかかってると思えばいいか」
「ああ。まっこれで帰れる可能性は見えたぜ」
「幸先はいいな」
念のために裏に回ったが、私の目にも見えなかったし触れなかった。裏は私達が通った空間に繋がっているのだろう。
これ以上調べても何もわからないと判断した私達は兄との合流をはかることにした。上空にあがったことで、周りには島が1つしかないことがわかったので兄はここを目指すだろう。
「ディーノ、二択」
私に質問すれば、情報を得られるからな。使わない手はない。ただ絞り方が曖昧だと間違った情報を得る可能性もあるため結構難しいのだ。
「そうだなー。オレ達がきた世界とこの世界ならどっちが平和だ?」
「……あっち」
少しだけ悪いのか、それともかなり悪いのかがわからないが、警戒心は緩めれないとディーノは判断しただろう。私も気をつけないと。
「この島に桂はいるのか、いないのか」
「…………いない」
「なら、この世界に桂はいるのか、いないのか」
「いる」
ホッと息を吐いたが、どういうことだろうか。兄はもうこの島から出たのか?
「この島に人がいるのか、いないのか」
「いる」
ここまで質問したところで私の目にもしっかり島が見えてきた。
「……ディーノ」
「ん?」
「あれってハートマーク?」
「そうだぜ。変わった建物だよな」
……心の中で二択する。私の勘違いであってほしい。
「ディーノ! 今すぐこの島から離れろ!!」
いきなり指示を出したが、ディーノは戸惑うことなく私の言葉通り動いてくれた。
「ここまで離れたら大丈夫だと思う」
「そうか」
スクーデリアには悪いが、このまま空で待機してもらおう。嫌な汗が流れている。
「大丈夫か?」
「……ん。あの都市の名は恋愛都市アイアイ」
「見えたのか?」
違うと首を振る。予知ではない。
「……マンガで見たことがあるんだ」
「マンガってサクラが読んでるマンガか?」
「そう、それ。さっき私は恋愛都市アイアイか?と自分に質問したんだ。で、当たった」
沈黙が流れる。ディーノも別世界に移動したのは恐らく間違いないと思っていただろう。だが、それがマンガに描かれている世界とは思ってなかったはずだ。混乱していると思う。
私は家庭教師ヒットマンREBORN!というマンガがあったことを知っていて、その世界で過ごしたのだ。この展開はまだ許容範囲だ。しかしHUNTER×HUNTERの世界は許容範囲外だ。この世界は危険が多すぎる。
「もし世界観が同じと仮定するぞ。マニアックなところまでは覚えてはいないが、ある程度は覚えている。兄も読んでいるので大丈夫だ」
私の予想では兄の方が覚えている。読んだ回数は私の方が絶対に多いのにな。……まずいな、暗黒大陸のことは特に覚えてないぞ。いや、私は悪くないはずだ。忘れた頃に連載が再開するせいだ。
「戸籍がなくてもお金を稼げそうなところも知っている。私はこの世界の文字を覚えているから読めると思う。兄と形が面白くて話したから、兄も大丈夫だと思う」
「はっきり言っていいぜ」
「……ん。ディーノ、もし同じ世界観ならかなりヤバイ。死ぬ確率が高いんだ。兄は晴の活性があるし、私と一緒で幸運持ちだから多少はなんとかなると思うけど……」
「オレでも呆気なく死ぬ可能性があるのか」
コクリと頷く。
「似た世界なのか世界観が一緒なのかはわからないが、マンガの情報はそのまま活用できると私の勘がそう言っている。だからとりあえず説明して念を覚えないと……」
「まぁ待て。明るい内に移動しようぜ。あの島はダメなんだよな?」
「ん。兄があの島にいない理由も世界観が一緒なら説明出来る」
「なら、勘で行くしかねーか」
そう言いながらも動かないのは、私が選んだ方がいいからだろう。
「このまま真っ直ぐにしよう。大外れの方向に行けば途中で引き返すぞ。大外れは兄でもヤバイところだし、わかると思う。……多分」
「まっ何とかなるだろ」
軽い感じに言ったのは、私を安心させるためとわかっているので、素直に頷いたのだった。