カキン国に向かっている飛行船では兄にべったり甘えていた。ディーノと2人っきりになるのはちょっと恥ずかしかったのだ。困った子だね……と兄に言われたが、嬉しそうにしていたのは隠しきれてなかったので聞き流した。それにディーノも笑っていたから問題なかったと思う。
が、それも今日まで。兄はカキン国の首都に用があるらしく、別行動なのだ。
「どうしてもダメなのか?」
「サクラが居ると動きにくいからね」
こうもはっきり言われてしまえば、諦めるしかない。普段から私のワガママを叶えてくれるのだから、本当にダメなのだろう。そしてそれほど危険という意味でもある。何も教えてくれないし。
「にいちゃ、行っちゃダメ……」
「どうしても調べたいことがあるのだよ。わかってくれたまえ」
未練がましく兄の服を握っていると、ディーノに手を添えられた。これ以上、困らせるなと言いたいのだろう。
「絶対、戻ってくるんだぞ……?」
「もちろんだとも! 3人揃って一緒に帰ると約束しただろう?」
「ん!」
そっと手を離す。ディーノが「サクラのことは任せろ」と言ったのを聞いた兄は満足そうに笑った後、私に手を振りながら去っていった。
「オレ達も行くぜ?」
「ん……」
スクーデリアに乗ったディーノが手を差し出したが、しょんぼりしているので、横乗りがいいと訴える。ディーノは仕方ねーなと言いながら乗せてくれた。
「緊急時なら別だけどよ、オレも男なんだぜ?」
寂しさを紛らわせるために、すぐにぎゅうぎゅうとディーノに抱きつくと呆れたように言われたので反論する。
「君だって私を抱きしめることがあるだろ」
「あるけどよ……。惚れた女にするのと、されるのでは違うつーか、我慢の度合いが……」
よくわからないがブツブツ言い始めたので、ツッコミする。
「なら、フミ子を出せ」
「……行くか」
おい、やっぱりわざとなのか。と心の中でツッコミしながらも、ディーノから離れなかったのだから、私も大概だと思う。
しばらく野宿の日々が続いたが、ついに見つけた。というより、見つかった。
「サクラ、起きろ」
「んー……?」
渋々起き上がると、私を隠すようにディーノが警戒体制だったので目が覚めた。
「大丈夫だ」
ディーノの言葉にゆっくりと息を吐く。どうやら思った以上に緊張しているらしい。
私でも人の気配を感じたころに、向こうから声をかけてきた。ディーノにもう大丈夫と服を引っ張ると、僅かに横にズレた。
「お前ら、こんなところで何してんだ?」
「人探しだった」
「だった?」
「ん。探していた人物が目の前に居るから」
ちょっと言葉を選び間違えたかもと思いながら、口を開こうとした時にそれは起こった。
「サクラ!?」
「……ごめっ、寝る」
「このタイミングかよ……」
そう言いながらも、抱きとめたディーノがポンポンと私の背を叩くので眠りに落ち、『神の代弁者』が発動したのだった。
目を開く前に、ディーノが誰かと会話しているのが耳に入った。次に気付いたのは私が膝枕していて、頭を撫でられていること。
「起きたか?」
動いたつもりはなかったが、ディーノは気付いたらしい。いやまぁ『神の代弁者』の効果が切れれば誰でもわかるか。軽く頷いた後、私はもぞもぞ動き、ディーノの腰に抱きつく。
「大丈夫だ」
あまり良くない内容を見たと判断したディーノは私を安心させるように背を撫でていた。……油断したな。
「やれ」
「なっ!?」
ゴンっ!となかなか良い音が聞こえた。頭を抑えてるディーノを放置し、私はさっさと離れる。だって、逃げれないようにするために抱きついただけだし。フミ子は撫でてあげよう、良くやった。もふもふ。
私の変わり身を見て、目の前にいる人物は頬を引きつらせていた。私を警戒しないことから、どうやらディーノとそこそこ仲良くなっていたらしい。
「いきなりなんだよ……」
ちっ、もう復活したのか。
「バカに明日指示を出すからその通りに動けと連絡しろ」
「……すまん」
やっぱりディーノは兄が何をするのか知っていたのか。まったく、誰だか知らないが暗殺しに行ったらしい。兄が決めたことだし、人体収集家みたいなので止めはしないが、見つかって余計な殺生をする前に引きあげてほしいものである。
そしてやっぱり私は冷たく自分勝手だな。兄が人を殺すのを見ても他人事だった。目の前で見ない限り何とも思わないようだ。
切り替えるように頬を叩き、向き直る。
「ドタバタしてすまない。カイト……さん」
「カイトでいい」
「助かる」
しかしどう話すべきか。
「依頼しに来たことは伝えたぜ」
「なら、話が早い」
「ディーノにも言ったが、今オレは依頼を受けている途中だ。お前達もハンターならわかるだろ? 投げ出すことは出来ないな」
チラッとどうするんだ?とディーノに視線を向けられたが、想定の範囲内なので問題ない。
「私の依頼はカイトに優秀なハンターを紹介してほしいだけだ」
「……どうしてオレに?」
カイトの疑問も当然である。会ったこともない相手に、わざわざ探しに来たのだ。怪し過ぎる。
「まず私達は今年ハンター試験を受かったばかりの新参者。ネテロ会長は私の情報だけで動けないだろうし、他に安心して頼める伝手が無さすぎる」
いやまぁ、ヒソカやイルミに依頼してもいいが、ヒソカはディーノか兄とのバトルを迫るだろうし、出来るだけ会いたくないイルミに頼むにはお金が足らなすぎる。くそっ、ヒソカめ。
「そこで私が知った中で、性格がまともで、生物を狩れるハンターとの伝手を持っていると思ったから頼ることにした」
「……答えになってないな」
残念ながら、はぐらかされてはくれないようだ。
「私の念能力」
「サクラ!」
「いいんだ、どうせ見られたんだから」
ディーノもわかっていただろうに。私が兄への伝言を声に出して言ったのだから。まぁそれでも心配してくれるのは嬉しい。
「名前は……まぁいいか。私は予知夢が見れるんだ」
「……そうか」
「ちょっと見過ごせない内容が見えた。出来れば、カイトと同等かそれ以上の強さを持つハンターを紹介してほしい。期間は来年の3月末から」
「4月からならオレが開いているな」
「それでは遅い。場所はNGLで依頼内容は2メートルほどあるキメラアント女王蟻の討伐だ」
「……悪い」
カイトが急に立ち上がったため、ディーノが警戒したから謝ったのだろう。本当に最悪の組み合わせだからなぁ。
「その、キメラアントってのはそんなにまずいのか?」
「ん。気に入ったものばかり食べる。それも大量に」
「生態系が崩れちま……」
どうやらディーノも何を食べるのか気付いたらしい。
「まぁ最悪だぞ。女王蟻はそこまで強くないと思うが……まず硬い。普通の兵隊長でディーノの『硬』で死ぬかなってところ。念能力も使えるようになるし、直属護衛隊はカイト1人では無理だ」
やってられないと私は首を左右に振る。
「王が……生まれたのは見たのか?」
「ん。ネテロ会長が相討ちにした……って言っていいのか? 負けるとわかったネテロ会長が貧者の薔薇を使って……毒を撒き散らして倒した」
あまりの内容にカイトが頭を抱えたかったのか、帽子をおさえた。
「オレと桂……サクラの兄な。2人で女王蟻を倒すのはダメなのか?」
「私達が何を捨てても欲しいものが、ちょうどその時に得れるか得れないかの瀬戸際。一応余裕を持って行動するつもりだが、間に合わなかった時が困る」
グリードアイランドの攻略のタイミングだと気付いたのか、押し黙った。脅威と感じながらも、優先しないとカイトにも伝わったようだ。沈黙が支配する。
私は軽く息を吐いてから、口を開く。
「一応、1つは手を打った」
「そうなのか?」
「ん。君が」
オレが?というようにディーノは首を傾げた。
「本来なら今年のハンター試験の合格者だった人が、念を覚えて仲間と一緒にNGLに調査していた。その人物は念についても情報を聞き出された挙句、エサにされたんだ。だからディーノが落としても何も言わなかった」
「……話せないのはわかるけどよ。オレが落としちまった後なら言えただろ?」
「だから今言った」
全く反省していない私を見て、ディーノは大きな溜息を吐いた。
「まぁ残念ながら、証明出来るものはないし。子どもの戯言と聞き流してもいい」
「信用するさ。ウソをつく要素がない」
強いてあげるなら、依頼した人物を闇討ち出来るぐらいか?……ないな。カイトが誰に頼むかわからないし、カイト同等かそれ以上の強さを持つものだ。ちょっとやそっとでヤられる訳がない。
「……その、聞きにくいんだが、相場ってどれぐらいするんだ?」
「お前達次第だ。上手くいけば、タダで受けてくれるな」
そう言って、カイトはケイタイを操作し始めた。……マジで?タダなら本気で嬉しい。全財産消えていくかと思ったんだが。
「もしもし? ジンさん、ちょっといいか?」
むせた。ディーノが背をさすってくれているが、ちょっと落ち着くのに時間がかかりそうだ。
「知ってるのか?」
「世界トップレベルの念能力者。後、ゴンの父親」
「ゴンの?」
「ん? ゴンのこと知ってるのか? ジンさん、ゴンの知り合いだってよ」
教えたのはマズかったかなと思ったが、意外にも会ってくれることに。例え私達が連絡しても間に合わないとわかってると考えたかもしれない。ゴンが今天空闘技場に居るのは調べればすぐにわかるからな。
「お前達ラッキーだな。近くに居るから明日には来るってさ」
ディーノに視線を向けられた。私の幸運が発揮したと思ったのだろう。私もそう思う。
「凄い人物を紹介してくれて、ありがとう」
「遠慮するな。もしジンさんが断ったなら、他の人を紹介するから安心しな。依頼料はいらない」
「それは助かるぜ」
カイト、まじ良い人。……ホッとしたのか、眠くなってきた。
「後はオレに任せて寝ていいぜ?」
「ん。……抱っこ」
ちょっと驚いた反応を見せたが、ディーノは私の好きにさせてくれた。眠いけど、寝るのがちょっと怖いと察したからかもしれない。
しばらくの間、ディーノの心臓の音を聞きつつ、2人の会話も聞いていたが、いつの間にか私は眠りに落ちていた。