そんな茨木に、カルデアの『英霊』たちが話しかける。
なぜ吾はここに呼ばれたのであろうか。
縁を結んだから、と言われればその通りなのであろうが、ほんの数週間前に敵対したという、縁というよりは寧ろ因縁という言葉が相応しい関係である。
吾、茨木童子はカルデアに召喚された。
ほんの十分前のことである。
今はカルデアの廊下を歩いている。
なんとなく、呼ばれた気がしたから行ってみれば―酒呑に呼ばれたような気がしたという事実も否定できない―どこかで見たような男が驚いた様子で吾を見ていた。
呼ばれてから思い出した。その男は何時だかは分からないが、吾と敵対した者であった事を。
そう、酒呑を喰い、京を支配しようとし、最後はあの小僧に――駄目だ、どうにもはっきりと思い出せない。
正確に言えば、結果ははっきりと思い出させるのだが、その過程を、その結果にいたる心情を、はっきりと思い出せない。
そもそもなぜ吾が酒呑を喰わねばならぬのだ。あの酒呑を。
いよいよ謎が深まり、頭を捻り始めたところで、あの男が声を発する。
「君は……確か」
「吾の名は茨木童子。大江山の鬼の首魁よ」
自然と口上を述べることができた。それと同時に、この男からある種の束縛のようなものを感じる。なるほど、吾は彼奴と契約した、ということか。
「そうか……。来てくれて嬉しいよ。これからよろしく」
「ふん、人間の分際で生意気よな。まぁよい」
その時、部屋の自動扉が勢いよく開き薄紫色の髪の少女が顔を覗かせる。
「先輩、ダヴィンチちゃんから相談したいことがあるそうです」
「あぁ分かった。ごめんマシュ、茨木のこと任せてもいい?」
「はい、このマシュ・キリエライトに任せてください」
先輩と呼ばれたあの男は、唐突に現れた少女に促され、何処かへ向かった。
残された少女と吾の間に、しばしの沈黙が流れる。
「あのう……茨木さん……」
「お主、名前は」
「あ、すいません。私はマシュ・キリエライト、先輩のサーヴァント、クラスはシールダーです」
「うむ、吾は茨木童子。クラスはばーさーかー? というやつらしい」
「はい、よろしくお願いします!」
マシュは笑顔を浮かべて握手を求める。吾の手は自然とそれに応えていた。
何故かマシュの笑顔を見ていると、拒否というものができない。
これが『包容力』というものなのだろうか。
「とりあえず茨木さんを部屋にご案内しますので、ついてきてください」
「うむ」
マシュに連れられ、カルデアの廊下を歩く。
長く広い廊下は、その大きさに反して人通りは少ない。いや、無いと言っても過言ではないだろう。それほどに静まり返っている。
「ふん、静かすぎて気味が悪い」
「まぁ、居住区から少し離れてますし。人理修復が終わったと言え、まだスタッフの補充もできてないらしいです」
「人理修復――なるほど」
召喚された時の情報として、それはあった。
吾を召喚したあの男は、世界を救ったらしい。
ほんの少し感心を覚えるが、それ以上でもそれ以下でもない。
吾にとってはどうでもよいことだ。
吾は大江山に棲み、羅生門に棲む鬼。
大きな世界の一端で生きる、小さな鬼なのだから。
『鬼』
その言葉に、引っかかる。
「――マシュよ。このカルデアに、他の『鬼』はおるか?」
「『鬼』ですか……いない、と思います。鬼と呼ばれる方は何名か居ますが、茨木さんのような本物の『鬼』はいませんね」
「――そうか」
そんなに驚くことではないのかも知れない。
『鬼』とは、本来英霊とは程遠い存在であり、召喚されうる『鬼』は、稀少なのであろう。
それでも、一人という事実は思いの外、重く圧し掛かる。
落胆の声色が現れていたのか、マシュは慌てふためく。
「でも安心してください。他の英霊の方々も皆良い人ばかりです。あ、丁度良い所にカルデアでも随一の良い人が!」
向かいから赤い髪と赤い瞳の青年が歩いてくる。
「ラーマさん!」
「やぁマシュ。その子供は?」
「子供? 貴様、吾を子供扱いしたのか?」
童子扱いは言ってしまえば名前の通りであり間違っていないのだが、むかっ腹は立つ。
「あぁ茨木さんの背後から禍々しい鬼の手が……」
「待て待て、悪かった――ん? 今、茨木と言ったのか?」
ラーマと呼ばれた青年は、まじまじと吾を見つめる。
「なんじゃ」
「なるほど、何処かで見た顔と思えば、羅生門の時の。マスターもお前も物好きだな」
「誰が物好きじゃ!」
「まぁ同じマスターを持つ仲間だ。これからよろしく頼む」
ラーマはそう言い残して、何処かへ向かっていった。
「あれが『良い人』なのか?」
「良い人と言いますか、常識的な部類に入ります。なにより先輩、マスターのサーヴァントの中でも初期に召喚された長い付き合いのサーヴァントです。人理修復も一緒に成し遂げた仲間なんです」
「ふん」
しかし『仲間』とは。
吾は『鬼』で、他は『英霊』であろうに。
それはきっと、相容れない存在であろうに。
いつだって対立してきた存在であろうに。
「あの人たちもそうですね」
通りがかった部屋で、お茶菓子を食している二人の少女がいた。
一人は黒衣のマントを羽織り、もう一人はゴスロリというのか、フワフワでピンク色のドレスを着ている。
「あらマシュ。あなたも混ざる?」
「もぐもぐ」
「いえ、今は茨木さんを部屋に案内しているので、また今度で」
「それは残念。エっちゃん食べるばかりでお喋りにならないのよ」
「私は団子を食べる。エリーは喋る。それで充分」
「まぁ聞いてくれるだけでアタシはいいのだけれど。たまには返事して欲しいものよ」
「そう。なら次からはキアラでも呼ぶ?」
「チョイスがバーサーカーね。却下」
「もぐもぐ」
「それでは、また」
「ちょっと、そこの鬼。待ちなさい」
エリーと呼ばれたゴスロリ少女は、テーブルに無造作に置かれたお菓子を一掴みし、カツカツとヒールを鳴らし近寄ってきた。
「なんじゃ」
「あなた、とっても可愛らしいし、背丈もアタシ達と大差ない」
「何が言いたいんじゃ。喧嘩を売っておるのか」
「あなたはアタシ達のお茶会に相応しいと言ってるのよ。召喚されてしばらくは忙しいと思うけど、落ち着いたら一緒にお喋りしましょう」
「な――吾は鬼ぞ。貴様らとは相容れぬ存在ぞ」
「あら、それを言うならアタシは竜よ。エっちゃんは異星人? というかまぁよく分からない存在だし、そこのマシュだってデミ・サーヴァントとかいうヘンチクリンよ」
「エリザベートさん私のことそんな風に思ってたんですか……」
マシュはがっくりと肩を落としているが、エリザベートは気にせず話を続ける。
「そんな変な奴らの巣窟なのよ、カルデアは。鬼なんて珍しくもない、わけじゃないけれど、特別な存在というわけでもないわ。寧ろ竜であり美少女でありアイドルであるこのエリザベート・バートリーこそが真に特別な――」
「話長くなりそうだし、もう行っていいよ。ここは私に任せて先にどうぞ」
「あははは……それでは今度こそ、失礼します」
「ちょちょちょっと、待ちなさい」
「エリー、続きは私が聞くから」
「そうじゃないわよ」
エリザベートは持っていたお菓子の半分をマシュに、もう半分を吾に強引に握らせた。
「どういうつもりじゃ」
「意味なんてないわ。あげたかっただけ。強いて言えば、今後ともよろしく、ってやつよ。大体この部屋で寛いでるから、暇になったら来なさい。話し相手になるわ」
「ありがとうございます、エリザベートさん。それでは」
マシュと吾は再び歩き始める。
廊下に相変わらず人はいないが、それでも多くの部屋から生活音が聞こえ始めていた。
「あの竜娘は、よく分からんのう」
「あの人は私の次に先輩と契約したサーヴァントで、随分良くしてもらってます」
「『鬼』である吾と茶会をしたい、など――正気の沙汰ではないわ」
「そうですかね。私も茨木さんと仲良くなりたいですけど」
「それは何故じゃ。吾は『鬼』ぞ。『鬼』は人、いや他の生物と混ざることはない、同種で群れて悪を成す、おとぎ話の悪役ぞ。人の世にたかる虫のように、無価値な存在じゃ」
「そう――なんですかね。でも茨木さんはこのカルデアに来てくれました。私は人理修復を先輩や他のサーヴァントと成し遂げて、確信しました。この世に意味のないことなんて、無価値なことなんてないんです。全ての出来事、人、鬼、物語に意味があります。だから私は、茨木さんと会えて、話せて、嬉しいです」
マシュの言葉が眩しくて、吾は目を背ける。
最初にこの少女を見た時、吾はか弱い少女だと感じた。
実際か弱くあったのだろう。その細い腕、やわらかな物腰、陰りが見え隠れする瞳、そのどれもが強者には似つかわしくない。
しかし吾は思い出す。彼女から感じた包容力を。
包容力とは、強さの証明である。さらに言えば『人間の強さ』である。
吾ら『鬼』もマシュら『人間』も、群れる生物である。
『鬼』は喰うために群れ、『人間』は生むために群れる。
ゆえに鬼にとって、群れを成すとは機構的なものである。システムとして構築された、捕食者としての集団である。
ところが人間は、生み出す。それは『鬼』にはない習性。無駄に溢れた、生物としてみれば、火を見るよりも明らかな下位互換。
そんな覆せない事実の存在を、互いに理解してもなお、『鬼』は『人間』に敗れる。
『人間』から『鬼』が生まれたから? それは違う。
『人間』は全てを受け入れる。
『鬼』は全てを拒絶する。
捕食者と生産者、その関係を超えた、魂の器。
だから『鬼』には持つことができないのだ。
『包容力』を。
だから『強さの証明』となるのだ。
吾はマシュにばれないように、呼吸を整える。
そして、背けた目を再びマシュに向ける。
マシュはキョトンとした顔でこちらを見ていた。
その瞳には消えることのない陰が差している。
たぶんそれは、マシュという存在を形作るうえでなくてはならないものなのだろう。
それでもマシュは強い。『人間』として圧倒的に強い。吾よりも。
その証拠に、ほら。
「茨木さん?」
マシュの瞳には、心には、その陰を覆い尽くすほどの――光が。
「いや、なんてことはない。ただ――悪を成すとは、実に無為なことだと思ってな」
「悪――とは、聞き捨てならねぇナァ」
いつの間にか、吾の前に大きな壁のような男が立ち塞がっていた。
黒い外套を羽織り、日本刀のように鋭い目つきは猟犬のようだ。
実際その腰には一本の日本刀、そして長銃が携えられている。
「土方さん、こんにちは」
「ようマシュ。そこのちっこいのは?」
「茨木さんです」
「ちっこい言うな」
「茨木……茨木童子か? あの大江山の」
「なんじゃ貴様。吾を知っておるのか」
「まぁナ。俺も日ノ本出身だからよく知ってる。それに俺も『鬼』って呼ばれてたしなァ」
豪快に笑う土方を吾は訝し気に見つめる。
「貴様も鬼なのか?」
「土方さんは新選組で『鬼の副長』と呼ばれていたんですよ。本物の『鬼』ではありませんが、このカルデアの中では最も鬼らしい人間かもしれません。そういえば活躍していたのも京ですし、お二人は色々似てますね」
「新選組……人の組織か。人の組織で『鬼』と呼ばれるとは、貴様何をした?」
「なぁに、ちょいとばかし仲間を斬っただけよ。まァ俺の定めた法度を破った時点で仲間とは言えんがな」
「仲間殺しとは、鬼以下の鬼畜よのう」
「そう言ってくれるな。本物の『鬼』に言われると流石に凹む」
「凹むくらいならしなければ良いものを」
「それは俺が許さねェ。俺以上に俺が許さねェんだ」
土方はそれが世の理とでも言っているかのように、当然のように話す。
「まァいいさ、俺も少し前に召喚されたばかりでよ、あんまり知り合いがいねェんだ。よろしく頼むぜ」
土方はそう言い残し、何処かへ去っていく。
「ふふん、面白い。あんな人間もおるのじゃな」
「土方さんは最近召喚されたサーヴァントなんですけど、明治の日本にレイシフトした時に一度出逢ってるんです。クラスがバーサーカーなだけあって少し怖いですけど、良い人ですよ」
いつの間にか、吾の胸中に渦巻いていた孤独感は薄れていた。理由は分からない。
「まぁよい」
いつの間にか、廊下には多くの人間が行きかうようになっていた。
忙しそうな研究員、喋るぬいぐるみと白髪美人、目つきが大層悪い巨大なオオカミ、僧侶のような出で立ちの女性、忙しそうに厨房で鍋を振るう浅黒い肌の青年、様々な『人間』と『英霊』が共に暮らすこのカルデアの中で、たった一人の鬼という現実が、現実味をなくしていく。
「あ、ここが茨木さんの部屋ですね! 私の部屋も遠くないので、ぜひ遊びにきてください!」
「ふん、まぁ考えておこう」
部屋は一人で使うには十分と言える大きさで、内装に関しても申し分ない。
「何か必要なものがあれば、先輩に言っていただければ用意できると思います」
「うむ」
その時、部屋の自動扉が開き、あの男が顔を覗かせた。
「マシュ、案内ありがとう!」
男の傍らには完成された美女のような女性が立っている。
「いやぁ茨木君。私はレオナルド・ダヴィンチ。ダヴィンチちゃんと呼んでくれたまえ」
「ダヴィンチちゃんからの相談っていうから何かと思ったら、ただの自分語りだったんだけど」
「いきなり私に対する酷評を初対面の人にぶつけるのはむごくないかい?」
「いいや、貴重な挨拶の時間を奪ったんだからダヴィンチちゃんはもう少し反省してね」
「ちぇ」
「それより茨木、少し話いいかな?」
「ん? なんじゃ?」
「挨拶もろくに出来なかったから。諸々を含めて少しね。マシュとダヴィンチちゃんも、二人きりにしてもらってもいいかな」
「はい。では茨木さん、また後で」
「茨木ちゃん、念のためにこの防犯ブザーを渡しておく。変な事されそうになったら、この糸を――」
「ダヴィンチちゃん、あとでキアラさんと二人で書類整理の仕事押し付けるけど逃げないでね」
「よーし、天才である私は今日も今日とて仕事でてんやわんやダナー!」
ダヴィンチとマシュが部屋を去り、部屋に残ったのは吾と男だけだ。
「あらためて、召喚に応じてくれてありがとう。茨木童子」
「――まぁ、のう」
「……ほとんど初対面の相手に対して、こういうことを言うのは少し気が引けるんだけど、何か悩みでも?」
言い淀む吾に、男は尋ねた。
「悩みというほどのものではない。ただ、この部屋に来るまでに何人かの『英霊』、いや『人間』に会ってな。『人間』との違いというか、『鬼』という存在について考えてしまったわ」
「『鬼』……ねぇ。そう言えば『英霊』として召喚されそうな『鬼』っていうのは、それこそ僕らと縁を結んだ茨木や酒呑童子くらいかもね」
「そう、そして『鬼』という存在について考えてみた。我らは群れを成し『悪』を成す。到底『英霊』には及ばない、そんな吾がこの場所で何ができるというのかのう、とな」
「――何ができるのか、という話をするなら、君の強大な力があれば僕はすごく助かるし、そういう仲間がいるっていうのは嬉しいものだよ」
「それが『悪鬼』でも?」
「うーん、僕の中では『鬼』ってそんなに悪いイメージじゃないんだけどなぁ。カッコいいし、強いし。それに、僕が一番好きな童話は『泣いた赤鬼』なんだ」
「聞いたことがないのう」
「簡単に言えば、仲間想いで人間と仲良くなりたい鬼のお話。鬼は怖いだけじゃなくて、温かい心を持っているんだなぁって、すごく嬉しい気持ちになった」
「――吾はそんな鬼ではないがな」
「僕はそう思わない。だって君は、酒呑を助けようとしたじゃないか」
「それは――」
脳裏に、あの時の光景が浮かぶ。
毒を盛られ、首を落とされる酒呑を、助けることができなかった自分を。
「君は仲間であり、腹からの友であった酒呑を殺され、その恨みを晴らすために羅生門に棲みつき、あの頼光四天王と渡り合った。そんな君だから、そんな君にだったら、僕は背中を預けられるし、一緒に戦ってほしいと心から思う」
男は迷いなく、疑うことなく、吾に言う。
「お主は、世界を救ったのだろう? そんな大物が小さな『鬼』に背中を預けたがるとは、おかしな話よのう」
「それは茨木の勘違いだよ。僕は大物なんかじゃない。いっつも周りに助けられてばかりだ。マシュやエリー、ラーマやエっちゃん。皆がいなかったら、僕は何もできなかった」
吾はおかしくて笑う。
それこそが『人間の強さ』だというのに、なぜこの男はそれが分からないのだろうか。
なぜそう容易く、受け入れられるというのだ。
貴様らが、容易く行うそれが、吾らにとってどれほど恐ろしいものだったか。
しかし、その器に、吾も置いてくれるというなら、それはどれほど――。
「貴様に酒呑ほどの情愛を向けることは、叶わないかもしれん。それでも、それでもかまわないのなら――」
「あぁ、ぜひお願いしたい」
即答だった。
その答えに、吾は満足する。
「ならば、この茨木童子、お主に力を貸そう。貴様の腕となり、脚となることを誓おう。吾は『鬼』であり、このカルデアにおいて唯一人の『鬼』である。『鬼』は悪を成す者である。だが吾は、貴様のサーヴァントとして、『鬼』の縛りを破るとしよう。『鬼』として、そして『英霊』として、友として、仲間として、貴様と供に在ろう」
「よろしく頼むよ。茨木」
吾は『鬼』である。
このカルデアにおいて、たった一人の『鬼』である。
いつかはまた、かつての友と会えるかもしれない。
その時が来るのか、永遠に来ないのか。
それは分からないけれども。
吾はこのマスターと供に在ろう。
そうすれば。
たとえ一人でも、独りではないのだから。
なんとなく、FGOの短編、それもうちのカルデアについて書きたいと思い、書きました。
ちなみに、これを書いている間に金時と頼光が来ました。
書けば来る、という概念に触れた気がします。