あけましておめでとうございます。
ゆっくり更新ですが、今年もよろしくお願いします。
人知れず行われた、駒王町の命運をかけた死闘からはや数日の時が経過した。
町にはいつもの平穏な時間が流れているが、彼らは自分の町が崩壊寸前だったということなど露とも思っていないだろう。
(あー、平和っていいっすねぇ……)
夕刻。茜色に染まる街道を歩きながら、ミッテルトは一人空を見上げる。
いつもの黒いゴスロリ衣装ではなく白いパーカーにジーンズを身に纏い、買い物袋を両手に提げる彼女はもはや人間の生活に溶け込んでいた。今の彼女を見た誰もが、彼女が堕天使であるなどと思いもしないことだろう。
そして何時ぞやの時のように買い物帰りに襲われる、というハプニングなどなく家に帰り着くミッテルト。
鍵を開け、家の中に入る彼女を待っていたのは
「あ、おかえりなさーい! 買い出しご苦労様!」
栗色のツインテールが似合う教会少女、紫藤イリナだった。
イリナは帰宅したミッテルトを笑顔で出迎え片方の袋を預かる。今の彼女の服は教会のぴったりとした黒の戦闘服ではなく、年相応のフリルな格好をしている。
コカビエルとの一戦が終わったというのに、なぜ彼女が華霖の家に滞在しているのかというと話は長くなるのだが。簡潔にまとめると『コカビエルとの戦闘中に姿を眩ませたバルパー・ガリレイの捕縛』が主な理由と言える。
コカビエルを倒し聖剣も回収した。だが主犯格の一人であるバルパーが今も逃げているとなると、いつまた今回のような事件が起こるかわかったものではない。
おそらくバルパーはまだこの町のどこかに潜んでいると睨んだイリナは、任務を終えるまでこうして華霖の家を拠点にさせてもらっているという訳だ。
「ごめんね〜、お邪魔させてもらってる上にご飯までご馳走になっちゃって」
「礼なら華霖に言うべきっすよ。うちもあんたと同じ居候の身分なんで」
居候二人、話をしながらリビングへと向かう。そこにはソファーに寝転がり、静かに寝息を立てている
あどけなさの残る顔立ちをした華霖の寝顔を見たミッテルトは微笑みを浮かべ、どこから取り出したのかカメラで一枚撮る。
子供らしさの残る彼の寝顔は可愛いの一言に尽きるのだが、いくらなんでもそれはやりすぎだと感じてしまう。現にイリナは微妙そうな表情でミッテルトを見下ろしている。
「でもこの子が本当にコカビエルを倒したなんて、ちょっと信じられないわよね」
確かにこの少年には不思議な力があるが、それでも歴戦の堕天使を倒してしまうなど。負傷し最終決戦を見ていないイリナは俄には信じられなかった。
相方のゼノヴィアからその話を聞いたときの驚きと言ったら思い出すのも恥ずかしい。
いや、相方ではなく『元』相方だったか……。
「はぁ……」
「……? どうしたんすか、急に落ち込んで」
「ううん、なんでもない……」
元相方のゼノヴィア。彼女はコカビエルとの一戦後、なぜかリアス・グレモリーの悪魔になると言い出したのだ。その理由は『神の死』という事実を受けたため、破れかぶれになったのだとか。
しかし戦線離脱していたイリナはその事実を知らず、またゼノヴィアもとびきり信仰心の深い彼女に対して真相を打ち明けることができなかった。
ゆえに別れは辛いものとなり、カッとなってゼノヴィアへ色々と酷いことを言ってしまったことに対する後悔がイリナの胸を締め付けていた。
「……とりあえず、夕食作るっすか?」
「うん、そうだね。あ、私も手伝うよ!」
少し重くなった空気を変えるべく、ミッテルトとイリナはキッチンへと向かうのだった。
********
うすうす、お久しぶりっす。ミッテルトっす。
コカビエル様との一戦を終え、平和な時間というものを再認識することができたんですが……
「…………」
「…………」
キッチンから来客用のお茶をお盆に乗せ、リビングへと向かうとそこには。机を挟んで来客を睨みつける華霖そして、正面には紅の長髪を靡かせる制服姿の女……うちのトラウマの元であるリアス・グレモリーが。その後ろにはあの日公園であった眷属の姿もあり、広いこの部屋が初めて手狭だなと感じた。
というか、なんでリアス・グレモリーが華霖の家に来るんすか⁉︎ もしかしてあれっすか、やっぱりうちを始末しに来たんすか⁉︎
緊張で早鐘を打つ心臓の鼓動を聞きながら、震える手でリアス・グレモリーにお茶を差し出す。
「ど、どうぞっす」
「あら、ありがとう」
お茶を出し、即座に華霖の隣へと移動しソファーへ腰をかける。
「……お前たち、何しに来た」
語気に警戒心をこれぽっちも隠すことなく、睨みつけたまま問いかける華霖。
ちょ、あからさますぎるっすよ、もうちょっと隠して隠して!
「急に訪ねてきて申し訳ないわね。ただコカビエルの一件について、あなたにお礼を言いたくて」
「お礼……? 別に、僕お前たちになにもしてない」
「あなたはそうは思っても、こちらからすればどれだけ礼を尽くしても足りないの」
そう言い、リアス・グレモリーは姿勢を正すと
「あのとき、あなたが来なければコカビエルを止めることができなかった。でなければ確実に街に被害が出ていたし、私の大切な『
ゆっくりと、長髪を揺らしながら頭を下げる。
「この地を治める者としてお礼を言わせてちょうだい。コカビエルを止めてくれて本当にありがとう」
「……どういたしまし、て?」
お礼を言われることが本当に不思議でならないらしく、華霖は首を傾げつつお礼の言葉を受け取る。
「何か形でお礼をしたいのだけれど、あなたに望むものはあるかしら? なんでも可能な限り叶えてあげるわ」
リアス・グレモリーの言葉に華霖はうちの方へ視線を……っていやいや、あんたの望みなんすからうちに聞かないでくれないっすか。
とはいえ華霖に何か望みがあるかと言われれば、はっきり言って想像できない。だってこいつ、物欲とかいうのからっきしなんすもん。
そんな華霖が望みを言うなんて……うんだめだ、まったくイメージできないっす。
「……なんでもいいの?」
「えぇ、私にできることだったらなんでもいいわ」
「だったら、ミッテルトのこと許して」
…………ん? 今なんていったっすか? うちを許す?
「……それが願いとして、あなたはそれでいいの?」
「うん。別に僕、何もいらない。それで、できる?」
確かにリアス・グレモリーの統治下でやらかしたこと、公園での一件は華霖が来たことでうやむやになった。今はリアス・グレモリーが手を出さないだけで、あの問題が完全に解決したわけではない。
華霖はそれをこのお礼を使って消そうとしている。なんでも叶えると言った手前、リアス・グレモリーも断ることはできないだろう。
でも……
「華霖、そのお願いはダメっす」
それはうちの問題で、うち自身が解決しなければならないことっす。こんな形で解決していいものじゃないんすよ。
「それはうちが解決しなきゃならない問題っす。これだけはあんたの手を借りちゃいけないんすよ」
「……でも、ミッテルト」
「うちはその気持ちだけで嬉しいっすから。だからこれは自分のために使うべきっすよ」
すると、そんなうちらの会話を聞いていたリアス・グレモリーが小さく笑みを浮かべる。
「いいわ。堕天使ミッテルト、あなたがこの地で行ったことに対して私からはもう何も口を出さないわ」
「はぁ? だから今の話聞いてたんすか? うちは自分で」
「あなたがあのことについて彼女に謝りたい、というのならいつでもいらっしゃい。場を用意するくらいのことはしてあげるわ」
意外だった。まさか堕天使であるうちに、リアス・グレモリーがそこまでしてくれるなんて。
……はっ、もしかして罠⁉︎ おびき寄せてこっそり始末しようっていうわけっすね⁉︎
あまりにも不信だったので顔に出ていたのか、リアス・グレモリーは苦笑すると
「別に何も裏はないわ。とは言っても、警戒するのも無理はないでしょうけど」
「……うちら敵っすよ。ついこの間まで争ってたのに、なんでそこまでするんすか?」
「あなたがあの堕天使達とは違うとわかったからよ。それに敵というなら私の元には元聖女や聖剣使いもいるし、なにより日本では『昨日の敵は今日の友』って言うらしいわ」
……まぁそっちがいいっていうなら構わないんすけど。本当に大丈夫なんすよね?
「とまぁ、これは私とあなたの話。そちらの彼については、また何かあったときに言ってくれればいいわ」
「うん。貸し一つ」
どうやらこっちは華霖のこととは別の話だったようで。”貸しを作る”という形で終着した。
ふぅ、最初はどうなるかと思ったっすけど、無事に終わってよかったっす。
「さて、私からの話はここまでよ。次は……小猫」
「……はい」
リアス・グレモリーの言葉で前に出たのは、白髪のちびっこ。公園で盛大に殴り飛ばしてくれたフィンガーグローブ娘だった。
「この子も、あなたにお礼が言いたいらしくてね。受け取ってもらえないかしら?」
どうやら華霖はこの子にも何かしていたらしい。しかし当人は首をかしげ、不思議そうな表情を浮かべている。
そんな華霖の前に立った少女は小さく頭をさげると
「あの時はありがとうございました」
「あの時……ああ」
どうやら思い出したらしく、華霖はそう漏らすと
「どういたしまして」
少女の頭に手を置き、なでなでと優しく手を動かし出した。
おぉっと、この男なんて自然に頭を撫でてやがるんでしょう。うちだって撫でられたこと少ない──おっほん。
「あの、何を……」
「別に、なんとなく。嫌だった?」
「嫌というわけではないんですが……なんか恥ずかしいです」
「……ん」
華霖は少女の頭から手を離し、抑えるものがなくなった彼女もまた頭を上げる。心なしか若干赤くなってるように見えるが、まぁ男に頭を撫でられたのだから仕方ないだろう。
まぁ見た目は少女にも見えるんすけどね。
「それじゃ、私たちはこれで失礼するわ。急に尋ねてごめんなさい」
「……ん。ばいばい」
そしてリアス・グレモリーたちは転移魔法陣を用い家を去る。
来客がいなくなり、急に広くなった部屋に若干の物悲しさを感じていると
「……また、誰か来た」
「へ?」
再び、突如として部屋に魔法陣が現れ、そこから出てきたのは紅髮の男とその傍らに侍る銀髪のメイドだった。
なんなんすかこいつら、いきなり現れて……。もしかして華霖の知り合いかなにかっすか?
ちらり、隣に座る華霖へ目を向けるが、当の本人は”誰こいつ?”みたいな顔をしていた。
「突然の来訪申し訳ない。私はサーゼクス・ルシファー、そしてこちらの女性は私の侍女のグレイフィアだ」
ぺこりと頭をさげる銀髪メイド。
というか今この男ルシファーって言いませんでした? あれ、それってもしかして、あの”ルシファー”?
「も、ももも、もしかして……魔王⁉︎」
「ん? ああそうだよ、可愛らしい堕天使さん」
その一言でうちの脳は考えることを放棄した。
「それで、魔王が何の用?」
「ああそうだった……今日ここに来たのは他でもない、君に一つ頼みがあってね」
「頼み……?」
はたして魔王直々のお願い事とは。話の邪魔にならないよう、口を閉ざし聞くことに神経を集中させる。
そして魔王はゆっくりと口を開き
「数日後に行われる”三すくみの会談”、君も出てくれないかな」
ああ……どうやらまた、新たな厄介ごとの種が運ばれてきたようっす。
というわけで、原作と違いイリナは駒王町に残って華霖の家に居候することになりました。
やったね、美少女二人と同棲だ!