堕天使少女と欲望の王   作:ジャンボどら焼き

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嫌な再会

 ミッテルトが華霖に保護されて一週間が過ぎた。ミッテルトの怪我も順調に治っていき、今は飛ぶことすらもできるまで回復している。この調子ならあと二日三日あれば完全に傷が治るだろう。

 

 

 そう、あと数日()()()()()()()、の話だが……。

 

 

 

 

 

 

 

 時は夕刻。太陽が地平線の彼方へとその姿を隠した頃。空は鮮やかな茜色から黒へとその色を変化させ、人々を、街を、景色を闇へと誘う。

 場所は公園。つい数十分ほど前まで子供達が元気に遊ぶ姿があり、純人無垢な彼らの活気ある声に満ちていた。しかし今そこに子供達の姿はなく、代わりに数人の人影が対峙している。

 

「……」

 

 一つはリアス・グレモリー。夕焼けの茜色よりもさらに深い紅の長髪を風に揺らし、腕組みをしながら碧眼を鋭く細める。その威風堂々たる立ち姿は彼女の美貌と合わさり、常人にはない気品と威厳を漂わせる。

 

「……」

 

 対し、もう一つは華霖だ。彼はいつも通り黒いローブに身を包んだ彼は、愛用の剣を構えフード越しにリアスを見る。

 

 まさに一触即発。きっかけさえあればすぐにでも戦闘が始まりそうなその雰囲気の中、華霖の後ろ──スーパーのレジ袋を両手に持ったミッテルトは、目の前の光景に対して心の中で言葉を落とす。

 

 

 ──え、これってどんな状況……?

 

 

 

 

 

 ********

 

 

 

 

 

 ことの発端はつい数十分前に遡る。いつも通り、ミッテルトが夕食を作るために台所で調理をしていた時だ。

 

「あ……調味料がない」

 

 調味料の入った戸棚を開けたミッテルトは、その中に入っている醤油やら味醂(みりん)やらがなくなっていることに気づく。つい一週間ほど前に華霖が買い出しに行ったのだが、彼が買って帰ったものは全てミニサイズのものだった。

 一人暮らしならばそれでももうしばらくは持っていたはずだったが、二人となるとそれなりに消費の速度も速くなる。しかもミッテルトが朝昼晩と三食作るのも、調味料消費の一因とも言えよう。

 

 困ったと、ミッテルトは眉根を顰める。調味料程度ならば買い出しに行けばいいだけの話、と普通の人ならば考えるだろう。だが思い出して欲しい、現在ミッテルトは姿を隠している身だということを。

 あの作戦から一週間が経過したとはいえ、悠々と外を歩けるかと言われればそれは否だ。悪魔の領域に堕天使が無断で闊歩しているということ自体で問題だというのに、それが以前問題を起こした堕天使だと知られれば……その後に起こることは想像に難くないだろう。

 

「華霖はいないし……困ったっすねぇ」

 

 現在、華霖は家を離れており残されたのはミッテルトのみ。安全に買い出しをするのなら、華霖を待つのが得策だと言えるが……生憎と、当の本人が何時帰ってくるのかわからない。だが大概夜遅くに帰ってくるので、このまま待っていたら夕食自体が出来上がらない。それはそれで本末転倒だ。

 

「……しょうがない、行くか」

 

 変装していればバレないだろう、とミッテルトは引き出しを漁る。そこから適当な服を取り出し鏡の前で合わせる。灰色のパーカーにジーンズ、そして帽子……普段のゴスロリ姿からかけ離れた格好になれば、さすがに傍目から気づかれることはないだろう。

 ちゃんと華霖から貰ったメダルもポケットに入れる。

 

「頼むから、面倒ごとはなしっすよぉ」

 

 切実な願いを口にしながらミッテルトは外出をする。

 

 

 

 

 実際、行ってみると案外すんなり行くものだ。買い物袋を両手にぶら下げ、ミッテルトは自動ドアから街道へと足を踏み入れる。

 周りを警戒しながらできるだけ目立たないように移動したのが良かったのか、はたまたこの変装が効いているのかはわからないが、ここまでの道のりでグレモリー家の悪魔に出会うことなく来ることができた。

 

「んー、予想外の買い物をしちまったっす。特売ってのは恐ろしいっすねぇ」

 

 袋いっぱいに詰め込まれた特売品の数々に視線を落とし、ミッテルトは足早にその場を離れる。予想外の収穫があったからかその足取りは先程よりも軽い。

 

 

 

 夕暮れ時、沈んでく太陽を背にアスファルトを小走りで駆けるミッテルト。太陽はその姿をもうじき陽が完全に沈んでしまう。ミッテルトは走る速度をやや上げ、茜色に染まる公園へと足を踏み入れた。

 その直後──ミッテルトは酷い違和感を感じ足を止める。

 

「これは……人払いの結界……?」

 

 周囲を見渡すと、そこには公園を包むようにして展開されたドーム状の結界が。あっちゃー、とミッテルトは冷や汗を流す。

 

 

「──ようやく見つけたわ、堕天使ミッテルト」

 

 その声と共に現れたのは紅の髪が特徴の少女、リアス・グレモリー。その背後には彼女の王女(クイーン)である姫島朱乃、金髪の爽やかイケメン風男子の『騎士(ナイト)木場(きば)祐斗(ゆうと)、そして白髪の幼女体系の少女でありながら『戦車(ルーク)』の塔城(とうじょう)小猫(こねこ)がそれぞれ控えている。

 

 帰りたい、ものすごく帰りたい。とりあえず人違いってことでなんとか誤魔化そう。

 

「あ、あのー……どちら様でしょうか?」

 

「誤魔化そうとしても無駄よ。抵抗せずおとなしくしなさい」

 

 デスヨネー。

 わかっていたことだが、どうやらミッテルトの素性は完全に割れている。これ以上の誤魔化しは却って相手を苛立たせてしまうだろうと、ミッテルトは帽子を取りその素顔を晒す。

 

「……それで、うちに何の用っすか?」

 

「あら、言わないと理解できないかしら?」

 

 ズンッ、と周囲の空気が一段重くなる。リアスから放たれるその重圧(プレッシャー)に流れる冷や汗の量が増す。

 この危機的状況、なんとか会話で打開策を練る時間を稼ぎたいところだが、はたしてどこまで稼げるか。

 

「いやいや、そんな眷属を連れて行くほどの案件でもないっしょ? おたく一人でも十分じゃないんすか?」

 

「あなたは危機を察知する能力に富んでいそうだから、確実に捕まえるための保険よ」

 

 リアスの語気には油断も慢心もない。確かにこと戦闘という面におけば、リアスは己が目の前の堕天使に負けるなどとは毛頭思っていない。だが捕獲という点でいうと話は変わってくる。

 相手は非常に高い危機察知能力を有しており、自身の一撃を回避した上で朱乃の追撃からも命からがらとはいえ逃れることができた。相手に実力差が計られている以上、次もまた逃げられる可能性は高い。ゆえに今度は確実に捉えられるように、リアスはこのように眷属の大半を連れてやってきたのだ。

 

 そしてミッテルトはリアスが油断や慢心がたった一欠片すらないことを悟り、内心で小さく舌打ちをする。まさに付け入る隙を完全に潰されたわけだ。

 

「さぁおとなしく私たちに投降しなさい。そうすれば手荒な真似はしないわ」

 

 物腰穏やかにそう告げるリアス。確かに、このまま抵抗をすれば確実に負けるのは自分。なにも逆らわず捕まるのが最善だと、そう思うが

 

「はっ、冗談。うちは堕天使っすよ? 悪魔にへこへこして生き延びるつもりなんて毛頭ないっすよ!」

 

 言い終わると同時に翼を出現させ、ミッテルトはレジ袋を捨てて空へと羽ばたく。そのまま結界の外へと逃げ去るつもりだ。

 だが、そんなミッテルトの行動も予想していたリアスは、背後に立つ朱乃へ視線だけの合図を送る。

 

 彼女の指示を受けた朱乃は右手を天にかざす。すると目の前に魔法陣が出現し、そこから放たれた稲妻がミッテルトへと襲い掛かる。

 

「──ぐぅっ‼︎」

 

 バランスを崩しながらもなんとか回避をするミッテルト。だがその一瞬の停滞を突き、ミッテルトに祐斗が肉薄する。その手には一振りの西洋の剣が握られており、ミッテルトは咄嗟に光の槍を手元に作りその一撃を受け止める。

 ギチギチと、剣と槍が拮抗する音が響く中、ミッテルトの背後から小さな影が現れる。その影はフィンガーグローブを装着した小猫で、彼女はその小さな手で拳を握ると

 

「……ぶっ飛べ」

 

「あ゛う゛っ!?」

 

 小さな体からは及びもつかない力でミッテルトの背中を殴りつける。肺の中の空気が全て吐き出される感覚と痛みがミッテルトを襲い、なすすべなく地面へと叩き落とされる。

 衝撃で地面に(うずくま)るミッテルトに、リアスはゆっくりと歩み寄る。

 

「分かったでしょう、あなたは逃げられないって。だから抵抗なんてしないでおとなしく捕まりなさい」

 

 これが最後だと、暗にそう言っているように思える言葉。ふらふらとなりながらもミッテルトは立ち上がり、目の前の悪魔へと視線を向ける。

 実力差は歴然なうえ数もこちらが圧倒的に不利。さらにたった数手で詰みの状況まで持って行かれた。このままでは本当に殺されてしまうだろう。

 

 それをわかっていながら、ミッテルトは不敵な笑みを浮かべると

 

「──まっぴらごめんっす!」

 

 べーっ、と舌を出しながらあくまでも拒絶する。どうせあの時死んでいたかもしれない命だ、惜しむものは何もない。

 ただ一つ、惜しむものがあるとすれば……

 

(あぁ、飯作り損ねたっすねぇ)

 

 遠くに置き去りにしたレジ袋へ目がいく。できることなら最後に一食くらい作っておきたかったと、目を伏せるミッテルト。

 

「そう……なら仕方ないわね」

 

 リアスの体を膨大な魔力が覆う。どす黒いその魔力は、ミッテルトにあの日の記憶を蘇らせる。同胞二人を呆気なく消し去ったあの一撃、触れたもの全てを消し飛ばす『消滅』の魔力。

 リアスが右手を前にかざすと、魔力は塊となり右手の前に収束する。あの魔力の塊を食らえば、自分など一欠片の肉片も残さず消えてしまうのだろう。

 死ぬのはもちろん怖い。だがここまで死が目の前にくると、どうやら開き直ってしまうらしい。

 

「それじゃあ、消し飛びなさい!」

 

 冷徹な声とともに放たれる消滅の魔力。迫り来るそれが嫌にスローモーションに見える中、ミッテルトは悲痛の面持ちでポツリと呟く。

 

「せめて、さよならくらいは言いたかったすねぇ……」

 

 思い浮かべるは無感情無表情の少年。自分を保護し、自分が名を与えた人間。

 せめて自分がいなくなった後もちゃんとした生活が送れるようにと、そう願いながらミッテルトはいずれ来る死を受け入れようと瞳を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 ──ったく、しょうがねぇな。

 

 

 

 

 

 

 

「──へ?」

 

 不意に聞こえてきた幻聴。おそらく女性のものであろうその声に、ミッテルトは思わず変な声を出してしまう。

 

「──っ、なに!?」

 

 次いで聞こえてきたのは驚愕を孕んだリアスの声。何事かと、ミッテルトが恐る恐る目を開けると──眼前には赤の幻影が立っており、消滅の魔力を右手で受け止めていた。

 

(え、なに? いったい今なにが起こってるんすか!?)

 

 この状況が理解できずミッテルトの頭が混乱する。目の前の幻影はなんなのかとか、どうして消滅の魔力を受け止められているのかとか、いろいろ疑問が浮かびすぎてうまくまとまらない。

 ショート寸前のミッテルトに幻影は顔だけ──とは言っても顔は分からないのだが──を向けると

 

『今回だけだぜ? 俺が王以外のために力を貸してやるのはよ』

 

 またしても聞こえてくる声。まるで脳内に直接流れてくるようなその声に、ミッテルトはなぜかわからないが安心感を覚えた。

 とうとう赤の幻影は消滅の魔力を全て受け止めきり、直後役目が終わったと言わんばかりにその姿を煙のように消す。そして幻影が消えた後、そこに残されたあるものにミッテルトはまたも目を丸くする。

 

「華霖がくれたメダル……?」

 

 ミッテルトの言う通り、彼女の目の前には華霖から貰ったメダルがひとりでに宙に浮いていた。信じられないことだが、このメダルが先ほどの一撃から自分を守ってくれていたらしい。

 ミッテルトは恐る恐るメダルに手を伸ばす。そしてメダルに指先が触れた瞬間、メダルはひび割れ砕け散るように消滅した。

 

 ミッテルトはおろか、この場にいるもの全てがその不可解な現象に硬直する中、いち早く我に返ったリアスが警戒心を露わにミッテルトへ告げる。

 

「まさか私の一撃を相殺するのは予想外だったわ。けど、それも二度目はないわ」

 

 再び魔力を収束させるリアス。今の現象がなんなのかさっぱりわからないが、確かに自分に次を防ぐ術はない。

 そしてリアスが二度目の魔力を放とうとしたその直前

 

「──部長! 何者かが結界へ近づいてきますわ!」

 

 朱乃の叫び声とともに、公園を覆っていた結界の一部が砕け散り穴が開く。そしてその穴からなにやら黒い塊が目にも止まらぬ速さで入り込んだかと思うと、そのままミッテルトとリアスの間へと割って入る。

 その侵入者にリアスは怪訝そうに眉を顰める一方で、ミッテルトは信じられないものを見るような目で驚愕を露わにする。

 

 これまで何度も目にしたその黒いローブに間違いはない。それにその背丈や体格も、自分の知っている人物と一致する。

 

「……お前たち、ミッテルトになにした」

 

 その人物──華霖は、右手に携えた剣の切っ先をリアスへと向け、今まで聞いたことのない低い声音で問う。

 

 

 

 

 





というわけで第3話でした。
次回はリアスたちとバトる予定です。

ちょっとグダグダ感がありますが目を瞑っていただければ幸いです。

では次話もゆるりとお待ちください。
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