「華霖、なんでここに……」
問いかける、にしては小さすぎる独り言のような呟き。ミッテルトの視線は今、目の前で自分を守るように立つ華霖の背中へ向けられている。
風に靡く黒いローブは見慣れた姿だ。いつもどこかへ行くときはこの格好をして出て行っているから。しかし、靡くローブの隙間から覗く機械的な剣。あれは初めて見るものだ。
そして武装を施しているということは、それはつまり戦闘になることを知りながら赴いたということ。
「お前たち、ミッテルトになにした」
瞬間、ミッテルトは心臓を掴まれたような感覚に襲われた。いつもの平坦とした声音ではなく、低く唸るような声。顔はローブに覆われて隠れているので見ることはできないが、その纏う雰囲気から苛立っていることがありありとわかる。
一瞬、ミッテルトは目の前の人物が別人なのではと疑ってしまう。一週間ほどの付き合いではあるが、華霖は感情の起伏に乏しいということは知っていた。何事に関しても無関心無感情で、滅多に表情を変えることはない。
ゆえにここまで感情を表した華霖に驚き、またその纏う威圧感に気圧された。
それはどうやらリアスやその眷属も同じらしい。彼らは王であるリアスを守るため、華霖の前に立ちはだかるように再度集結する。
「悪いけど部長には近づけさせないよ」
『
現状は四対一。ミッテルトを含めても数の差は相手が圧倒的に有利。しかもミッテルト自身は負傷しうまく戦うことすらできない。
助けに来てくれたことは正直に言えば嬉しかったが、しかしこの数の差は不利すぎる。それにこのまま戦闘が始まってしまえば、おそらく自分が堕天使であるということが露見してしまう。
ミッテルトが制止の声をかけようとするも遅く
「関係ない。この場の全員、蹴散らす」
そんなものお構いなしとばかりに、華霖は切っ先を向けた剣を上段に構え大地を蹴り──瞬きの間に祐斗達との距離を詰める。
「──っ!?」
そのまま何の躊躇いもなく振り下ろされる剣。一瞬で距離を詰められ驚愕に表情を染める祐斗だったが、ほぼ反射の域で防御の態勢をとる。
ガキィン、と鉄同士がぶつかり合う音が辺りに響き渡り、その直後またも祐斗は驚愕することになる。
「……脆い」
祐斗の剣をまるで紙切れも同然とばかりに打ち砕く華霖。宙に舞う獲物の残骸に目を奪われる祐斗へ、華霖は容赦なく蹴りを決め込む。
しまった、と意識を戻すがすでに遅く、華霖の右足は祐斗の腹を蹴り上げる──その寸前、両者の間に割って入る小さな影が一つ。
「っ、小猫ちゃん!」
華霖の足を掴む小猫。華霖の足を掴んだまま、小猫は体を捻り
「──せぁ!」
気合の篭った声と共に背負い投げの要領で投げ飛ばす。為す術なく投げ飛ばされる華霖だが、空中でバランスを立て直すと何食わぬ顔で着地。
「ありがとう小猫ちゃん」
「まだです。気を抜かないでください」
後輩の厳しい叱咤に気を引き締めつつ、祐斗はその手に新しい剣を二振り創り出す。そして朱乃と小猫とアイコンタクトを交わし、祐斗は小猫と同時に華霖へ駆け出す。
その後ろでは朱乃が魔法陣を展開し
「雷よ!」
華霖へ向けて雷で攻撃を仕掛ける。雷は先に駆け出した祐斗たちを追い抜き華霖へ着弾。爆音と共に華霖のいた場所が砂煙りで包まれるが、祐斗と小猫は足を止めることはなくそのまま煙の中へと飛び込む。
直後、煙の中から剣戟の音が響き、中から一つの影が飛び出す。そこへ再び朱乃が雷を放ち、完全に虚をついた一撃が華霖へ襲いかかる。
捉えた、そう確信する朱乃。現に雷はすでに距離を5メートルほどにまで詰めており、あと数秒も経たないうちに敵へと襲いかかるだろう。
迫る雷を視界の端に捉えながら、華霖は一つ小さくため息を吐き
「めんどくさい、一気に蹴散らす──アンク」
小さく言葉を漏らし右手を胸の前まで持ってくる。すると一瞬、掌が発光したかと思うと、何もなかったはずのそこに赤いメダルが一枚出現する。
華霖はメダルを手に取り、剣の
《タカ!》
すると剣からそんな音声が流れ、華霖は横薙ぎに剣を一周させる。次いで、その軌跡を辿るようにして今度は赤い線が走り──辺り一面に業火が
紅蓮の炎は雷を掻き消し、なお威力を衰えさせず近くにいた祐斗と小猫を覆いつくさんと襲いかかる。
「小猫ちゃん!」
「はい!」
祐斗は小猫の腕を掴み即座にその場から後退。一息の後、炎は祐斗達がいた場所へ降り注ぐ。だがそれだけでは止まらず、逃げる祐斗達を追いかけるように大地を駆ける。
迫り来る炎に表情を険しくしつつ、祐斗は小猫を掴んでいる反対の手に新たな剣を創り地面に突き立てる。すると突き刺した先から氷が生まれ、炎に対して一直線に向かっていく。そして炎と氷は衝突、ジュワァ、という蒸発の音とともに水蒸気が立ち込めるがそれも一瞬。炎は氷を全て溶かすと再び祐斗たち目掛けて襲いかかる。
「
苦虫を噛み潰したように表情を曇らせる祐斗。すると右手から小猫の腕を掴む感覚がなくなり
「──祐斗、下がりなさい!」
耳に届いた声は小猫のものではなく、彼の主人リアス・グレモリーのものだった。祐斗が背後に視線を向ければ、そこには紅の髪を風に靡かせるリアスの姿が。
『キャスリング』──王と戦車の場所を瞬間的に入れ替える技。それによりリアスは小猫と場所を交換したのだ。
リアスは祐斗を後ろへ下げ右手を前に突き出す。そこから放たれるはドス黒い消滅の魔力。それは炎と正面から衝突し、押す押し返すの拮抗を繰り返す。そしてついには互いに相殺、よもや滅びの魔力ですら完全に押し切れなかったことにリアスは冷汗を流す。
目の前の人物は、いったいどれほどまでの力を有しているのか。祐斗と小猫と朱乃の三人がかりの攻撃も物ともせず、自身の一撃と同等の炎を操る。底の見えない敵の実力にリアスは脳をフル回転させ作戦を立てるも、そのどれもが目の前の相手に通じるとは思えなかった。
「……あれが、華霖……?」
戦闘の一部始終を見ていたミッテルトは、数の差すらも関係ない圧倒的な力に思わず口に出す。リアス・グレモリーもその眷属も決して弱くはないはず。だというのに、それらを一人で相手しても一周するほどの戦闘力。本当に人間か、とミッテルトは華霖への疑問を積もらせる。
「……一つ、聞かせてもらってもいいかしら」
そのリアスはというと、絞り出すような声で華霖へ尋ねていた。そしてその碧眼が一瞬 己を捉えたのを見て、ミッテルトは、まさか、と最悪の事態を予測する。
「あなた、そこの堕天使とはいったいどんな関係なの?」
嫌な予感とは大抵は当たるもの。ミッテルトもその例に漏れず、リアスの口にした言葉は自身が予想した最悪のものと同じだった。
そんなリアスの問いかけに対し、華霖は何も答えず無言を貫く。それがミッテルトにとっては何よりも辛かった。今頃は自分に対して『なぜ黙っていたのか』とか『騙していたのか』とか、そう考えているに違いない。
何も答えない華霖にリアスは眉を潜め
「まさか彼女が堕天使だって知らないわけじゃないでしょう? それに彼女たちが行った計画も」
ミッテルトにとっては追い打ちに等しい一言を口にする。リアスが口にした計画とは、つい一週間ほど前に上司の堕天使の命で行った『一人の少女の命を犠牲にした』ものだ。乗り気ではなかったにせよ、ミッテルトがその計画に加担したことは紛れもない事実。
もう、自分に逃げ場はない。やはり悪事を働いたものがそう簡単に逃げられるほど世の中は甘くはなかった、とミッテルトは開き直り自嘲する。
(どう転んでもうちはここで終わる。だったら最後の最後くらい……)
何か覚悟を決めたらしく、ミッテルトはゆっくりと立ち上がる。話の中心核である彼女が動いたことに、この場にいる全員が視線をミッテルトへ集める。その中にはもちろん、華霖も。
最後に一度、一瞬だけだがミッテルトは華霖へ視線を向け、すぐにリアスへと戻す。そしてゆっくりと、その小さな口を開いた。
「ったく、なに何でもかんでもバラしてくれてんすか。マジで余計なことしてくれたっすね」
「……それはどういう意味かしら?」
ミッテルトの発言に双眸を鋭くさせるリアス。その反応にミッテルトは口元に笑みを浮かべ、さらに言葉を続ける。
「どうもこうも、意味なんて言葉の通りっすよ。せっかく堕天使であることを隠して傷が癒えるまでの隠れ蓑にしようとしてたのに、あんたのせいで全部台無しになったってことっす」
「それじゃあ、そこの彼は……」
「ええ、ええ、なにも知らないっすよ? ただただうちに利用されてた、哀れな人間っす」
口にする言葉の一つ一つが刺さる。震えそうになる体を必死に押さえつけ、平然を装うミッテルト。
「最初から彼を騙すために近づいたってわけね?」
「いやいや、保護されたのは偶々っすよ。それに黙っていたのも何も聞かれなかったからっていうだけで、別にうちは悪くはないっすよ?」
言葉をナイフのように尖らせる。切って切って、触れるものを皆、己でさえも切り裂くほどに鋭利に。
「まぁ身を隠していた一週間はそれなりに楽しかったっすねぇ。人間との友情ごっこ、てきな?
そうそう、ちょうどオタクのあの『
ミッテルトの言葉を掻き消すように、彼女の真横をドス黒い塊が通過する。
「それ以上の言葉を言うなら、相応の覚悟をしてもらうわよ」
低い声音。リアスの体を魔力の波動が包み、それに呼応するかのように紅髪がゆらゆらと幽鬼のように揺れる。その表情はキレていると言うには冷淡で、だからこそ迫力がより一層増す。
他の眷属もまた、リアス同様に表情を不快なものへと変化させる。
そんな中 華霖はというと、未だ表情一つ変えることなく無言でミッテルトを見つめていた。
そんな華霖の視線から逃れるように、ミッテルトはリアスとの会話へと集中する。
「堕天使ミッテルト。あなたはそこの彼の行為に何も恩を感じないていないの?」
「っははは! 恩、すか……冗談は程々にするっすよ。なんで堕天使であるうちが、人間ごときに恩を感じないといけないんすか? むしろ助けさせてあげたんすから、泣いて喜ぶくらいして欲しいもんっす」
そこまで言い終えると、ミッテルトはリアスから華霖へと視線を変える。もうあちらには十分すぎるほど種は撒いた。最後の仕上げは……この少年に嫌われること。
フードで隠れて見えないが、いつも見てきたその顔が、ミッテルトの目にははっきりと映る。
「──っ」
無愛想な、無感情な、無関心な……憎たらしくもどこか愛嬌を感じさせる顔。
思い浮かべてしまったが故に、ミッテルトは僅かに表情を曇らせてしまう。
「……ミッテルト」
「──人間風情が、気安く名前を呼ぶな!」
初めて口を開いた華霖へミッテルトは光の槍を投げる。それは華霖の頬を掠め、小さな傷跡を作りそこから一筋の血が流れ出す。
たったそれだけの行為だというのに、なぜだか息が苦しくなる。胸からこみ上げてきそうな何かを必死で堪え、肩で息をしながらミッテルトは言う。
「あんたとの一週間、まあまあ楽しかったっすよ。最初は
リアスに言う時とはまるで違う感覚。言葉を紡ぐたび、脳内にここ数日の記憶が走馬灯のようにフラッシュバックする。
「これまで隠れ蓑役ご苦労様。おかげで傷も無事完治できたっす」
もうあと一言二言も保ちそうにない。
だから……これで最後。
「──さよなら人間。お前との友達ごっこ、思った以上に楽しかったっすよ」
新たに数本の光の槍を創り、華霖、そしてリアスとその眷属達へ投げつける。不意をついたその一撃だったが、リアス達は動じることなく各々が回避の行動をとる。だがその一瞬があればよかった。その一瞬があれば、この込み上げてくるものを少しでも吐き出せるから。
頬を伝う数滴の雫。ミッテルトはそれを袖で拭うことなく、華霖から体を背けることで振り払う。そして漆黒の翼を広げ結界の外へ向かって一直線に飛行する。
「──逃がさないわよ!」
背中に走る悪寒。ミッテルトが無理やり体を捻ると、直後真横をリアスの魔力が通過する。だが完全に躱しきれたわけではなく、ミッテルトの左の翼が根元の近くからごっそりと削り取られる。
「ぐぅっ!」
翼を失いバランスと飛行能力を失ったミッテルトは、重力に従い真っ逆さまに地面へ落ちる。体を地面に打ち付け、衝撃で一瞬意識が飛ぶ。体も受け身を取ることができなかったせいで全身に激痛が走る。
悶えることすらできず俯せに倒れこみ、痛みに表情を歪めるミッテルト。
(やっぱり逃げ切るのは無理だったすねぇ。まぁやることはやったし、もう思い残すことは何もないっす)
後悔はない。ミッテルトは静かに瞼を下ろし、これから訪れるであろう死を待つ。そうして待つことおよそ数十秒後、ミッテルトは正面に誰かが立つ気配を感じ目を開ける。
そこに映るのはリアスでもなく、ましてやその眷属でもない。
(ああ、あんたがやってくれるんすね)
ミッテルトの視線の先、そこには右手に剣を持った華霖の姿が。フードの奥に覗く黒い双眸と視線が重なる。
ああ、いつもと変わらない、憎たらしい無表情だ。
「あんたの手で楽にしてくれっす……華霖」
「……わかった」
ミッテルトの頼みに一つ返事で了承する。
そして華霖は剣を頭上高くまで振り上げ──躊躇いなど入る余地もなく振り下ろした。
はい、という感じです。
賛否……と言いますか、批評の方をお願いします。
オーズ本編を見た方はわかったとは思いますが、メダジャリバーにコアメダルを使用するというオリジナルの設定を設けさせていただきました。
こちらも賛否のほどご意見をお願いします。
それでは、また次回をごゆるりとお待ちを。