偉い人達が私を対リンドウの暗殺者と勘違いしている 作:九九裡
簡単なあらすじ
・アグネスさんアリサとコミュ
・リンドウさん失踪事件勃発、アグネスお節介の末昏睡
・リンドウさん拘束された爺と遭遇する
〈side:アグネス〉
夢を見ている。
懐かしい夢だ。
幼い私と、彼の夢。
『あ……なた、だ、れ……?』
『あ?んだよコイツ。テキトーな仕事しやがって……先住民がいるとか聞いてねえぞ。どうしようかな……』
全てはこの瞬間から始まった。
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〈side:ユウ〉
リンドウさんが行方知れずとなり、アグネスさんが昏睡状態に陥って何日か経った。アグネスさんは今もアリサの隣のベッドの上で、安らかに寝息を立てて眠っている。運び込まれた時に診てくれた医師の見立てでは失血が原因と聞いたけれど、既に顔色は良くなっていた。早く目を覚まして欲しい。
リンドウさんとアグネスさんが壁の向こうに閉じ込められたあの時、一体何が起こったのかは未だに分かっていない。リンドウさんからは『極東支部へ撤退しろ』と、アグネスさんからは『行って』とだけ言われて、俺たちが情けなく這々の体で離脱したあの後のことも。
アリサは自責の念からか、酷く精神を錯乱させてしまった。専属医師の大車さんがメンタルケアを担当しているらしいが……医師なのに部屋でタバコ吸っていいのだろうか?どうにもらしくない。
しかしつい昨日のことだが、良いことがあった。強力な鎮静剤が効いて眠らされたはずのアリサが、俺が触れたことによる
本人が言うには記憶が混濁していてーーアグネスさんと
……そして今。自分の手とアグネスさんの小さな白い手を見下ろす。
アリサが目覚めた後、コウタやソーマにも握手して貰ったが、特に何も起こらなかった。待ってくれ二人とも、突然何も言わずに手を握ったのは謝るから誤解しないでくれ、俺はホモじゃないぞ。
十分かけて誤解を解き、二人にも説明して意見を仰いでみた。アリサと自分で、互いに記憶や感情の断片を送り合ったあの行為について。コウタはしきりに首を傾げていたが、ソーマが仮説を立ててくれた。俺とアリサの間で共通していて、コウタやソーマにないものがあるとすれば、それは新型神機使いかどうかだろう、と。
なるほど。確証はないけれど、それが正しいという気はする。昔からこの手の直感はよく当たるのだ。
つまりあれーーソーマ曰く感応現象ーーは新型神機使い同士の、特定の接触で起こる可能性が高い。
そして今昏睡中のアグネスさんも、俺と同じ新型神機使いだ。
もしかしたら目覚めてくれるかもしれないと、俺はその手を掴みーー
『あ……なた、だ、れ……?』『十号の様子がおかしいのです』『こえ、あげゆ!』『ああ……ありがとう』『計画は中止する』『くそっくそっくそっ!』『おしえてもらったの!』『あなたの復讐はこんなところで終わっていいのか!?』『おいクソガキ、気を付けろよ』『お前さえいなければ』『お前は私が……わしが守ろう』『おじいちゃん?』『あら?この子がそうなんですか』『あの子に伝えられるものか!』『初めまして。私があなたのお母さんですよ?』『おやすみ、アグネス』『おやすみなさい』『あの子の秘密は守られなければならない』『そのためならばわしは喜んでーー』『自己満も大概にしろよって話だぜ』『はじめまして、ですね』『ツェロ、です』『あの少女に近寄るな』『っこのクソ爺!』『親は子の面倒を見るものですよ』『よくわかりません』『友達、ですか?』『いつまで寝てやがる、起きろクソガキ!』『私のためにここで死ね、失敗作!』『逃げて』『引き出しの中に入ってますから』『早くこちらに来い!』
『私に■顔を■■て』
『ありがとうーーアグネス』
『ジ ジ ジ ジ ジ ジ ジ ジ ジ ジ ジ ジ』
『ばちん』
ッ、今のは……いや、それよりも。
「ん……」
「アグネスさん!」
身じろぎしてゆっくりと身を起こすアグネスさん。良かった……!無事目を覚ましたんだ!あとでソーマには初恋ジュースを奢ろう!
彼女は寝ぼけ眼をくしくしと擦り、俺を見て。
「あ?誰だよお前。お前みたいなヤツいたか?」
え?
アグネスさん?
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〈side:リンドウ〉
今俺の目の前で起こっている情景を、どう伝えれば良いのだろうか。俺には遠い目をして見ることしかできない。
「ばっ、ぼっ、がっ、ひでぶっ!やめっ……」
「あら?まだ人語が喋れたのねこの老害。上等よ、まだ殴り足りなかったの、よ!」
「そげぶっ!!」
鎖で縛られたアグネスの祖父……エイブラハム氏の上に、アグネスに似た、茶髪翠眼の妙齢の女性が馬乗りになって拳を振るっている。
一撃一撃が余程重いのか、床に伝わってくる振動が震度六くらいありそうなんだが。この女性の暴行を止めるよりもディアウス・ピターを複数相手にする方が現実的な気さえする。
サクヤは元気だろうか。凹んでいるかもしれない。無事を知らせたいのは山々だが、匿われている現状で連絡を取るわけにも行かないんだよな、これが。
「ちょ、やめ、助けッ、ごは、ごるぱ!!」
「大体っ!なんでアグネスからのっ!連絡だってんなら!共有!しないのよ!この!老害が!」
「だってお前に伝えたらフェンリル物理的に終わるじゃろけぶらっ!?まだ喋っておぼっ!」
「ざっけんじゃないわよ!しかもあんたシックザールのゴタゴタも黙ってやがったな⁉︎二年前の大失敗を忘れたかこのど阿呆ッ!」
「それはわしもアグネスに聞いてから洗い直したんじゃ!事前に知っておったら情報統制の及ばん極東なんぞに送り出すか!ごべっ!」
「……へえ?じゃあアグネスのパーソナルデータの最後の一文はどういうこと?あんたが偽造したんでしょ?」
「仕方なかろう、極東はわしの力の及ばぬ範囲じゃぞ。あの子の周囲に人を寄せぬためにもーー」
「そのせいでさらにややこしいことになってんだろうがぁあッ!!」
「ごばんざっ!!」
ユウやコウタは上手くやってっかなー。
最後の震度七ありそうな衝撃を受け、エイブラハム氏は爆弾岩のように顔を膨らませたまま床に伏して動かなくなった。口から人魂のような何かが出てるのは気のせいだと思いたい。
「ったく、ホウレンソウも出来ないとか。この権力者(笑)が」
対象的にアグネス似の女性は、あれだけ吠えて動いておきながら息一つ乱さず立ち上がると、くるりとこちらを振り向いた。頬に手を当ててにこりと微笑み、困ったように肩を竦める。
「ごめんなさいね、雨宮少尉。身内の恥を晒してしまって……」
「あ、いえいえ、お気になさらず」
取り敢えずその手の甲にねっとり付着した真っ赤な血を拭いて戴きたい。雰囲気と交わって凄まじい違和感を生んでます。
エイブラハム氏に自己紹介された俺が鎖を解こうとした丁度その時、部屋にこの女性はやって来た。サッカーボールのようにエイブラハム氏を壁際まで蹴り飛ばし(鎖に巻かれている上、大柄なエイブラハム氏をだ)、そのままマウントを取ってボッコボコに殴り始めたのだ。
俺も止めようとした。証拠はないとはいえ、うちの隊員の祖父を名乗るお人が一方的に殴られているのをただ見ているわけにもいかない。
取り敢えず羽交い締めにしてでも止めようとしてーー
『身内の問題ですので、少々お待ちください♪』
笑顔の後ろに般若を見たぞ……。
やはり見た目は似てるし雰囲気もどことなく似てるし、この女性……アグネスのお姉さんか?血縁者なのはまず間違い無いだろう。腕輪はしてないからゴッドイーターでは無いんだろうが……なのにあのパワー。どうなってんだ?
ニコニコと微笑む女性は、手のひらをハンカチで拭うと一礼する。
「初めまして雨宮リンドウさん。アグネスがいつもお世話になっております」
「ああ、いえ、こちらこそ……アグネスはうちの隊でも何かと頼りになってまして……あの、お姉さんでしょうか?」
「あら!お上手ですね、雨宮さん。私はアグネスの
ああなるほど、アグネスのお母様でいらっしゃる……お母様⁉︎
若いな⁉︎まだ二十代後半に見えるぞ⁉︎
「し、失礼ですが随分とお若いですね……」
「ええ。今年で二十七になります」
二十七⁉︎……あ?
おい待て、アグネスは何歳だった?
あいつは今確か十六歳の筈だ。
幾ら何でも十歳そこらでアグネスを生んだってのは無理があるだろう。どういうことだ……⁉︎
俺の脳裏で、ある結論が形成されかけーーアレクシアさんのほう、と安堵の溜息によって霧散した。
「それにしても良かった……アグネスは友人が出来たんですね」
「……え?ええ。口数こそ少ないですがとても仲良くやっております。新人達にもアドバイスを授けていますし……」
純粋に娘を心配する母親にしか見えず、何だかこれ、二者面談みてえだなと思っていると。
アレクシアさんが特大の爆弾を投下した。
「本当に良かった。あそこの権力者の爺に『アグネス・ガードナーは暗殺者だった』なんて偽造パーソナルデータを付け加えられていたようでしたから……孤立していないか不安だったんです」
…………………はい⁉︎
「偽造……パーソナルデータ⁉︎」
「はい」
「八歳から暗殺者をやっていたと……」
「八歳の頃は良く庭で穴掘りをしていましたね。活発な子でした」
「『
「事実無根の法螺話です」
え?じゃあちょっと待てよ。サカキ博士と真面目に相談し合った、あと余命一ヶ月って予測とかも全部無かったことになるのか?いや、それは歓迎すべき事なんだが。
……一応確認しておくべきだろうな。
「あー、すみませんアレクシアさん。アグネスが『切り札』と言って青い腕輪を使ったことがあったんですが……」
「まあ……あれを誰か目の前で使うなんて、あの子はよっぽどあなた方を信頼しているんですね。心配要らないわよ、リンドウさん。あの子があれを使ったのは、あなたが見たのを含めて二回きりですから」
二回きり。八歳から休みなしに使ってなどいなかった。
ということはアグネスの体はサカキ博士が言ったように、修復不可能なまでに傷んでなどおらず……。
「命の危険とかは、ないんでしょうかね?」
「ええ」
どっ、と体の力が抜ける。ご家族の言葉だ、信頼も出来る。あー良かったー。サカキ博士に今度文句言っとこう。博士は悪くないがそれでもだ。この安堵を表現する方法が他にない。
「さて、と」
長く続いた緊張が解け、思わずソファにもたれかかったところで、アレクシアさんから鋭い声が掛かり、背筋を伸ばす。
「自己紹介も済みましたし、本題に入りましょうか。雨宮リンドウさん。アグネスから何か聞いていますか?」
「ええ。『ディアウス・ピターを退けたら贖罪の街の広場にヘリが来るから、一時的に雲隠れして』と。それとーー」
「……それと?」
あの時。
アグネスが俺の通信機を破壊して、プリティヴィ・マータに斬りかかりながら。どういうことかと聞こうとした俺に言ったんだ。
「『信じて』と」
「……それだけしか言われなかったのに、あなたはアグネスを信じたの?」
「それだけで充分です。俺はあいつの隊長ですし、あいつの人柄を知っています。アグネスは信頼できる人間ですから。……まあ、流石に本部まで運ばれるとは思ってませんでしたけれど」
「ーーそう」
俺が苦笑い気味に告白すると、アレクシアさんは嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、リンドウさん。あの子を信じてあげてくれて。……あの子から頼まれているのは、あなたの保護。『全部終わるまで大人しくしていてください』とのことよ」
終わるまで?シックザール支部長の計画に関してか……?しかしそう言われても、アグネス一人で片付けるのは流石に無理だろう。俺が途中で合流するか、サクヤの部屋の冷蔵庫に記憶媒体を隠してあるから、それをサクヤに見つけて貰ってーーあっ。
や、やべえ。
失踪直前までに得たアグネスに関する間違った情報と所感、全部あの記憶媒体に入力しちまった……!
デデーン。
アグネスは実は暗殺者じゃなかったんだよ!
リンドウさん、いち早く勘違いワールドから脱落。なお、極東支部に新たな勘違いの火種を遺した模様。
『アグネスはかわいそうな暗殺者なんだ』
???「なん……だと……」
正式サブタイトルは受け継がれる
シリアスなんてあんまりなかった……!